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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【物語を遊ぼう】12.本の装幀は芸術:夏目漱石初版本 

今回は、本というものが芸術であるというお話。

本の装幀のお話です。
最近は文庫本になるのを待って買うようになってしまったけれど、以前は単行本の時に装幀を楽しんで買っていたこともあったんですが……しかも、もう最近では電子図書なんて時代になって、装幀という概念自体がなくなってしまうのかもしれないと思うと、寂しいですね。

ブログで小説を発表していますが、そもそも書いた小説を確認するとき、やっぱり一度ならず印刷して、紙ベースで、しかも縦書きで確認するのが常です。
ついでに、とじ太くんという有難い簡易製本グッズで本にしてみたりもしています。もちろん味気ない姿ではありますが。
やっぱり紙がいいですよね。同人誌さんなどは、本当に良いと思います。
時々、うちの祖父がやっていたように、本を作ってみようかなと思う時もあるんですが……

うちにある本の中で最も私が大事にしているのが、夏目漱石の初版本の復刻版です。
もう20年以上前に、アルバイトと仕送りで生活していた大学時代に、月々3000円くらい、何年間かかけて購入しました。もうこれから先、こういう本職人はいなくなるから、と聞いて、無理してでも買いたいと思ったものです。

言葉よりも、今回は写真、ですね。
ほとんど語りのないまま、写真が並びます。すみません。本当は全巻、お見せしたいのですが。
草合
草合
まずは『草合』です。包む形の紙箱に覆ってあるその下から出てくるのは……
これはツワブキのようですが、この黒い部分、漆なんです。
本の装丁に漆。本当にこれは芸術のたまものに見えます。
夏目漱石
こちらは『道草』。左は箱ですが麻の布が貼られていて、表紙は紙ですが、絵が綺麗。

そして一番凝っているのが、この『吾輩は猫である』でしょうか。
夏目漱石は始めからこれをこんなに長編で書くつもりはなかったそうですが、あまりにも人気が出てしまったので長編になった。その読者や出版社の愛着が、こういう形になったのでしょうか。
吾輩猫2
上はまず、一番表のカバー、そしてそのカバーを取っても下のようにおしゃれな表紙が出てきます。
前・中・後編と3冊とも、それぞれ異なっていて面白い。
吾輩猫
もっと素敵なのは、この背表紙です。右がカバー、左が表紙のものです。表紙の背表紙(って変な言い方)がいいと思いませんか? 猫→ネズミ→魚、というのが素敵です。
吾輩猫
そしてこれはなんと、アンカット製本なのです。
(すみません、カット本ではなく、アンカット。カットして読むと覚えていた私の勘違いでした。)
下の写真のように、下半分の袋とじ状態です。これをペーパーナイフで切って読むのですね。いつか切りたいと思うけれど、もったいないのでそのままです。年取ったら、ちみちみと楽しみたいですね。
*追記:しかも天が繋がっているアンカット製本が多くて、地が繋がっているのは珍しいとか。この本は地が繋がっていて、天は切りそろえられていて金箔が施してあります。
吾輩猫1
本を開くと、こんな風に物語の世界に入り込んでいくことができます。挿絵も素敵ですよ。
吾輩猫
吾輩猫
しっかり文章を書きたいと思っていたのに、この本の前では何も言葉が無くなりますね。
ブログに文章を書きつけてはいますが、本の世界にはやっぱり心が躍ります。

最後に少し個人的な本を。
おじいちゃん
おじいちゃん
上の写真、表紙に出ている文字は決して本の題名ではありません。多分、何かの箱に書かれていた絵と文字がそのまま本の装幀みたいだったので、このように使ったものだと思います。そして薄い半紙に墨で書かれた文字と絵。祖父の直筆です。
この世に1冊しかない、世界中で私にとって最も大事な本かもしれません。


次回、『小説はストーリーかキャラか』……またご一緒に物語を遊んでください。

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Category: 物語を遊ぼう(小説談義)

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コメント


やっぱり本がいい。

電子書籍が始まった当時は、そのうち紙の書籍はなくなって行くなどと言われましたが、それだけは嫌です。
私も、ブログで書いている身ですが、やはり小説は紙媒体で、そして縦書き! ですよね。

私も文庫本が出るまで待つ派ですが、どうしても好きな作家さんの本は、絶対単行本で買います。文庫が出たら、それも買って、どこが改稿されたか、確かめてみる・・・なんてことも、楽しみのひとつです。
そしてなにより、枕元に置いて寝たい^^(だから結構、痛みます)

わ~~、このコレクションは、感動ものです。
吾輩は猫である、背表紙まで素敵。
そして、カット本なるものを、初めてみました。
これは一体、なぜなのでしょう。印刷工程を減らすため?
まさか、立ち読み防止・・なんてことじゃないですよね。
これ、切るのは勇気がいりますね。なんだか、もったいないような気がして。

でも、一番唸ったのは、最後のおじいさまの書かれた本。
これこそ、本当に世界でたった一冊の本ですね。
なんと美しい文字と絵。
またじっくりおじいさまのことを書いて欲しくなりました。
こういう、すべてのセンスが大海さんに受け継がれているんだろうなと、妙に納得できました。

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/04/21 01:43 [edit]


limeさん、ありがとうございます

そうなんです。本が消えていくとしたら、さみしいですね。
でも、昔の和紙とは違って、今の紙の寿命は短いのだとか。
だから永遠に残ることはないのだけれど……とはいえ、電子図書なんて電源が入らなくなったらおしまいだし…
となると、最も強いのは伝承だわ。口承ともいう。
神話や神や仏の教えが今日まで残ったのは、口承の強さなんだろうな、そしてそこに、言葉だけではわかりにくいからと刻まれた彫刻や絵。
うーん、所詮、本も、もしかしたら今隆盛を誇ろうとしている電子図書も消えゆく運命なのか…
でも、それなら自分の生きている間は本の世界を楽しみたいですね。

先日どこかのブログさんで、置いとく場所がないから、さっさと捨てる派、というのが出ていました。
この復刻版を持っている人も、ただのゴミと書かれていて…
ま、売れない、という意味でそのように書かれていたようですが、うーん、少し残念。
復刻版ですが1冊1冊、本職人が作ったわけで。たとえその人が無名の本職人であっても。
いえ、職人てのは無名なものでして、それが素晴らしい(職人を語ったら長いので中断)。
こういうのは、価値観の違いというのでしょうね。

あ、それから、ごめんなさい。
カット本というのではなくて、アンカット本が正解でした。
カットして読むというふうに頭で理解していたので、誤解して覚えていました。
アンカット製本というそうです。
そもそも製本というのは、昔(っていつ?印刷機が発明されたころ?)は紙に印刷して糸で束ねて表紙を付けただけのものだったそうで、切っていないのが普通だったとか。
わざわざこの状態で売るのは、ノスタルジーだったんでしょうか?
因みに天が繋がったままのものが多くて、地が繋がっているのは珍しいのだとか。
この『吾輩猫』は地が繋がっていて、天はちゃんと揃えられて、金箔が施してあります。

そしておじいちゃんの本。
ありがとうございます。たぶん、私が持っている『本』というものイメージは、ここに原点があるのだと思います。
これは歌を書いたページなのですが、紀行文や、ただ読んだ本の抜粋を書いたものや、覚書、日記、などなどもっといろいろあったと思います。最後の日記には辞世の句まで書いてあった(全てが私の手ものとにあるわけではないので…うろ覚え)。戦地からの友の手紙とかも綴ってあって、本当に書くのが好きな人だったようです。しかもすごい達筆。
実は父が3歳の時に胃がんで亡くなり、もちろん私は会ったこともないのです。それなのに、ここに残る本は雄弁にその人の存在を語りかけてくれます。
不思議ですね。

limeさんが本好き、縦書き好きでよかったです。
もしかして消えて行く運命だとしても、最後まで本の世界を楽しみたいですね。

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/21 14:22 [edit]

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