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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【物語を遊ぼう】13.ロケハンと聖地巡礼:後篇 

さて、後編は聖地巡礼です。
予定外に長いです(タルコフスキーで盛り上がりすぎて…^^;)。ごめんなさいm(__)m

聖地と言えば、ドラマや映画、小説の舞台・ロケ地のこと。そこに行くというのが聖地巡礼なのですね。
韓流ドラマに嵌って、雪だるまでチュウのあの公園に行った方も多いに違いない……
ファンにとってはたまらない場所、そしてその特別な場所で過ごす時間は至福のひと時、であります。
日本では『東京ラブストーリー』愛媛県のどこかの駅(すみません、よく知らないんです…)とか、でしょうか。

私たちがまだ若いころ、『南京路に花吹雪』という漫画がありまして、大いに嵌った私たち、何年もたって上海に行く機会があった時、友人が「南京路で花吹雪(=紙吹雪?)やりたい~」と叫んでいました。
本当にやったら、『当局』につかまっていたと思われます。
(当時、上海はまさにバブル夜明け状態で、町をきれいにしようキャンペーン中。道に唾を吐かない、ごみを捨てない、ごみ箱でおしっこしない(子供は股割れパンツ穿いてましたからね)、などなど7か条の条例ができて、破ったら罰金か禁固だった…今も?)


さて、私にとっての聖地巡礼。
それはタルコフスキーが映画を撮った舞台を見に行くことでした。
多分、あんなところまで行った日本人は多くはないだろうし、もしかしていらっしゃったら、語り合いたいくらいです。

と、その前に、アンドレイ・タルコフスキー
生涯にたった8本の映画を残して、亡命先のパリで亡くなったロシアの映画監督。エキセントリックな監督で、『鏡』では自分の母親の思い出を撮るのに、故郷の景色を再現するために麦畑を一から植えたり(しかし、これはすごいシーンだった。女性=母親が家にいて、医者だったか男が帰っていく、目の前に一面の麦畑、風がだだっ広い麦の畑をザーッと撫でていくんです。あの時私は、映画の画面から風が吹いてきたと感じて…これは神の息吹だと思った。今思い出しても鳥肌の立つシーン)、『サクリファイス』ではセットの家をラストで燃やしているんだけれど、カメラが回ってなくてもう一度きちんと建て直させて、また燃やしたり(ちゃちなセットでは許せないと)、『ノスタルギア』(邦題ではカタカナでは『ノスタルジア』ですが、タルコフスキーがロシア語で『ノスタルギア』と呼んでほしいと言っていたというので)ではろうそくの火を消さないようにして、ある場所(バーニョ、つまり風呂なんですね。古い公衆浴場=温泉の水を抜いたところ)を端から端まで歩く、消さずに歩けたら世界を救うことができるみたいな話で…その気の遠くなる長時間の撮影にしても、正直、周囲の人間は迷惑だったろうな、と思うエピソードばかりです。黒沢明が大好きで、日本も好きで、首都高をワンシーンに使ったり。
ある映画評論家に、自分が死んだら「回想録にどうしようもない暴君の監督だったって書くなよ。生きているうちにそれはさんざん言われたから」とか言ってみたり。
『芸術至上主義』で、多分近くにいたらかなり迷惑な監督だったかもしれないけれど。
でも、残された映像は、ある意味鬼気迫るものがあって、本当に素晴らしい。

「僕と君たちの間には秘密がなくてはならない。君たちに何もかも分かってしまってはいけない。君たちは不明な状態にいなくてはならない。すべては意外で、予測できず、興味を引くものでなければならない。君たちはちょうど恋をしているようでなくっちゃね。最後の場面で死ぬということが最初の場面から分かっていて、どうやってまともに演じることができる? つまり最初のシーンと最後のシーンとの間に起こることは全て嘘になってしまうだろう」
タルコフスキーが役者たちに語った言葉。
これって、映画監督と観るものの間にも成立することだし、書き手と読み手の間にも成立することですね。

あるいは彼の父親、詩人のアルセイニー・タルコフスキーの『最初の出会い』
『出会いの一瞬一瞬を
 神の出現のように祝った……』
タルコフスキーの映画は、まるで父の詩を映像に刻み込んでいるみたいです。
そう、彼は映画を『刻みこむ』と言う表現で語っていました。

あぁ、タルコフスキーの話をすると、際限がなくなり、人を退屈させるので、このあたりで。
私の本棚のタルコフスキーコーナーでお察しください…^^;
タルコフスキーコーナー


『ノスタルギア』『サクリファイス』はやはり彼の最高峰だったと思うけれど、個人的には『アンドレイ・ルブリョフ』が一番好き。あの、ラストでイコンがカラーになる瞬間、何度見ても背筋がぞわぞわするのです。
そう言えば、大和竹流(修復家)がイコンに造詣が深いのは、もう完全にこの映画の影響です。


さて、そのタルコフスキーの『ノスタルギア』のファーストシーンで使われた礼拝堂と、ラストシーンで使われた教会に行ってきたのです。
言うのは簡単ですが、もちろん観光案内書には載っていない。タルコフスキーの本で町の名前を確認し、本の中に載っていた車で行ったという人のコラム(当時はネットなんてありませんでしたから)を読んで、イタリアの細かい地図を取り寄せて鉄道が走っているかどうか確認し、調べたけれど、結局わかったのは町の名前と路線図だけ。そもそもイタリアは駅から町まで遠いことが多くて、しかも彼が映画を撮った町自体には列車は通っていない。とにかく、地図上の最寄り駅で降りることにした。
分からんけど、とりあえず行ってみようと。きっと行けばわかるだろうと…あの頃、本当に無謀だった私。

ファーストシーンで使われた礼拝堂は、フィレンツェからローマに向かう列車を途中下車し、ローカル線に乗り換えて、ある駅で降りて、駅員さんに聞いて、結局目的の町・トゥスカニアは古い町と新興住宅地が並んでいて、その新興住宅地に向けてバスが通っていることが判明。
駅から半時間(もっと?)ほどバスで移動。移動中には道路を横断する羊さんの群れ(むろん、羊優先)やら、耕された土が湿った茶色や乾いた灰色になっていたり、緑の牧草地があったり、の私の大好きなイタリアの田舎の景色。

あ、そう言えば、私この電車移動中に帰りの航空券を落としまして…もうイタリアに住めってことか?とか思ったけれど、本当に田舎町の駅員さんは優しかった!
何と、あちこち電話をかけて、ローマに向かって行ってしまっていた列車の中を探してもらってくださり…私は無事に日本に生還したのでした。
その時、言われた、忘れられない単語。
Domani, tirare(多分、辞書を引っ張り出した私が、動詞の活用を分かっていないと気が付かれたからか、原型でおっしゃられた)…その後、真面目にイタリア語を勉強し始めた時、この単語は心の灯りみたいだった。
『明日、引き取りにおいで』
special thanks2
その時の駅員さんたち。きっとこの方々は、私が今でもものすごーく感謝していることを、ご存じないだろうなぁ。

忘れられないのはバスの中。珍しい乗客にバスの中は騒然…『どっから来たの?』『日本』『何歳?』『○○歳』『どこ行くの?』『バジリカ・サン・ピエトロ』…そして、随分走った時…バス中の乗客がみんな、窓の外を指差して『バジリカ・サン・ピエトロ!!!』と大合唱。
丘の上に建つ寺院と、笑顔いっぱいで見知らぬ異邦人にあれがそうだよ、と教えてくれた人々に大感謝でした。

ついでに、行くまでホテルがあるかどうかも分からなかったのですが、何とか発見。と言うより、ほぼ開店休業の宿が1軒のみ。え?客?と、明らかに戸惑っている様子。
ぼろぼろのホテルでした…長期にわたり客を泊めた気配がない^^; 取りあえず雨風がしのげる、でもシャワーしたらバスルームどころか、部屋全体の床が水浸し…でも映画みたい~(タルコフスキーの映画にはやたら水のシーンが多い。これはもう神の配剤?)とか言ってはしゃいでいた私…今だったら絶対怒るに違いない^^;

2泊して、本当に何回も礼拝堂に通いました。
この地下の礼拝堂、歩くと柱が移動していくみたいなのです。静謐で、何もなくて、ただ柱が並んでいる。
バジリカサンピエトロ
バジリカサンピエトロ
日付を見ただけでも、びっくりすると思いますが、なんと3日間も通っていた私…
学生って本当に、金はないけど暇はあった…宿泊はぼろホテルか修道院、電車はユーレイルパス。
懐かしい。

映画で使われた時はこのシーン。懐妊を望む女性のための祈祷が行われていた。実際には、タルコフスキーは祭壇の絵は別の教会から借り受けて使っていました。その教会は、たしか北イタリアのどこかにあったはず。
タルコフスキー

教会はいつも扉が閉まっていて、門番のおばちゃんがいて、鍵を開けてもらうんです。
1日に2回も行ったりしていたので…最終日はもう、別れがつらくて。
『Io, qui』おばちゃんの言葉…私はここにいるからね、と。またおいでね、と。
special thanks
結果的には再訪できていないし、この方ももういらっしゃらないかもしれないけれど……私が本当はもう一度お顔を見たいなぁと、今でも思っていることを、この方もご存じないだろうなぁ…

多分、どうでもいい人にはどうでもいい場所なんだろうなぁ……(と、いきなりしみじみ)^^;
でも聖地って、そんなものですよね。

ラストシーンの教会はサン・ガルガーノ。
こちらはシエナから1日数本しかないバスに揺られて1時間ばかり…だったかな。
帰りのバスも1本か2本しかなくて、まぁ、よく行ったものだと。海外で運転に自信がある人は、レンタカーをお勧めします^^;
ただ、こちらはきっと、写真などで見た方もあると思います。

サンガルガノ
サンガルガノ
いやもう、素晴らしい。屋根のない教会です。金がなかったので、売っぱらったとか言う話。
バスの本数があまりにも少ないので、朝着いたら、あとは夕方のバスの時間まで、何もない教会で1日過ごしました。
(あ、びっくりするトイレの話。またいずれ)
長くいると、太陽の加減でこんなにも写真が違っている……

そして映画ではこんなシーン。
タルコフスキー
イタリアの景色(教会だけど、屋根のない廃墟…実はちゃんと修道院として機能している)の中に、ロシアの風景。
亡命したタルコフスキー自身のノスタルギアを感じるシーンなのです。

実はあまりにも感動して、これはイタリア旅行の真と竹流(真18歳、高校卒業から大学入学までの間の1か月のハネムーンですね…いえ、まぁ、そんなこともあったと^^;)に、この地に立っていただきました。聖地巡礼かつ、結果的にロケハンということに…(いずれ【雨】の回想シーンで登場)
その時彼らが寝転がっていたのが、この教会の裏手。
サンガルガノものすごく小さく、うちの母が座っています(^^)

ちなみに、滅多に見かけない旅行者を見ると確認したくなるんでしょうね…
必ず田舎のバスでは乗客の皆さんから質問攻め:『どこ行くの?』
で、私は答える。『サン・ガルガーノ』…着いたら教えてくださいとバスの運転手さんに言ってあるんだけれど、結果的に必要はないんですね。
だって、乗客のみなさん、私の行先をしっかりチェックしていて、近づいたら口々に(この時は輪唱のようでした)『サン・ガルガーノ!』『サン・ガルガーノ!』
…え?と戸惑っていると、窓まで引っ張って行かれて、指差してくれる。
バス道の車道からは、遥か彼方にちっこく見える寺院。

トスカナの田舎は私にとってベストな場所(精神安定という意味で…)。人為と自然が程よく入り混じり、緑の丘が重なり合って続き、その空と地の境界をバスで走って行く……風の匂いも、空と小麦畑やブドウ畑の色も、果てない地平線の向こうも…何もかも。

この旅の話、話せば長いことながら、なので、またそのうちに。
聖地と思っているからか、その地で出会う人はみんな優しく、私はこの場所に好かれている、私もこんなに恋焦がれてやってきたのだから、とご都合主義的に思っちゃうのでした…(^^)



考えてみれば、観光地の多くは歴史的背景のある場所で、ある意味、普通に観光地に行けば聖地巡礼ともいえるわけですが……

私の場合、他に訪ねたことのあるマニアックなところは、『オルフェウスの窓』のレーゲンスブルグ……これはウィーンから一人、てぽてぽと電車に乗って、本当に大丈夫かなと思いながら行きました。もう、どこにあの音楽学校が~という感じで、少年合唱団(ウィーンとは違って声変わりしても歌える)の歌に感動したりしながら。

他には坂本龍馬脱藩の道(諸説あり、2か所ほど行きました)でしょうか。こちら、檮原は何度も行っているのです。でも、これは歴史上の人物なので、今回はちょっと話の筋から外れるかな。実は龍馬友の会の幽霊部員?の私…^^;
あ、鬼平の舞台は歩きましたよ、もちろんです(^^)
池波先生のお気に入りのお店も、そして山の上ホテルにも泊まりました…でも、これはマニアックというほどのこともなく、鬼平ファンなら誰でもやりたくなりますよね、うん(^^)


そして、ロケハンと聖地巡礼の旅はまだまだ続くのであった……(*^_^*)

自分なりのこだわりの聖地、皆さんはどんなところに行かれましたか? あるいは行きたいですか?
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コメント


NoTitle

 こんにちは。
タルコフスキーは はまりました。
あの 光と翳と水と…
ノスタルジア サクリファイス 何度見た事か!!!!
少年が 最後に 細い小さな樹に 水を注ぎ 始めに言葉あり と聖句を口にのせるシーン 震えます。

もう 此の一言 始めに言葉あり 影響受け過ぎて 此の一言を書きたいが為に 
書いている作品ありますよ。

ああっ 少しまとまった期間 うろつきたいなぁーー
毎日 違う天井を見詰めて眠る事が自然となり 誰も自分の名前を知らなくて 
誰も自分を名前で呼ばない
あーゆー感覚 好きですよ。

ウゾ #- | URL | 2013/04/29 16:09 [edit]


ウゾさん、やっぱりですか!!

実はそうなんじゃないかと、ひそかに思っていたのです。
何故かにおう、タルコフスキーに嵌るヒトの気配…^m^
私がタルコフスキーに嵌ったころ、たまたまクラブの後輩(男性)が時を同じくして嵌りまして、その人の気配はもう、本当に『はまりそう』だったのですが、実はウゾさんも同じような気配が漂っていたものですから……
やはり、同類は何となくわかるものなのでしょうか?
(何の役にも立たない、ずいぶん局所的な直観^^;)

私も、庭に水をやるときは、いつもあの場面を思い出しています。
見返りを求めず、ただ毎日毎日水をやりなさい、続ければいつか…というお父ちゃんの声…
あの子供が風邪で声が出なくなっていたのは象徴的でしたよね。
で、トゥスカニアで泊まったぼろホテルの部屋、本当にタルコフスキーにの映画に出てきそうな部屋だったんですよ!
しかも水浸し…もう喜んじゃった私でした(一緒に泊まった友人はかなり困惑していたと思われます)。

人間にとって視覚は本当に(脳の錯覚の結果であったとしても)影響が大きいので、映画を見た後は、映像とその場面で語られた言葉が絡みあって強烈に脳に残って、私もよく、しばらくの間、書くものに響きます。
記事に書いていた『鏡』の麦畑を風が吹き抜けていくシーン、登場人物が何か重大なことを感じるとき、頭の中に風を感じる、という形で何度も書いてしまいました。

旅…もうきっとあんな若さゆえの無謀な旅はできないと思うのですが、ウゾさんはこれからですからね!
いつか、を思い描きながら、今は必要なことをきちんとこなしていってくださいね…って、きっとウゾさんのことだからソツなくこなしておられるとは思いますが(^^)
何だかうらやましいです。

でも、無謀な旅においては生命維持にはくれぐれも気を使わねばなりませんね(^^)
生きて帰ったから、語れることもたくさんありまして。
もちろん、運が左右することもたくさんありますけれど。
行き帰りの飛行機のみ決まってて、後はもう宿さえ、行き先さえ不明な旅…ちなみに帰ったら両親にこっぴどく怒られました…○○ちゃんと一緒じゃなかったの!?…はい、すみません。一人でナポリからシチリア行の夜行列車に乗った女です…
この旅行の顛末を私の友人から聞いたある旅行会社の添乗員さんは、「その人よく生きてますね」と言ったらしい。
はい、生きています。それが、後から考えたらすごいピンチが何回もあったんですが、その度に神様みたいな人が現れるんですよね~
で、私はその時思ったのです。
私はこの国に愛されている!
勘違いで生き延びました(*^_^*)

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/04/29 21:32 [edit]


NoTitle

正しい一般的な意味での「聖地巡礼」と私だけの意味の「聖地巡礼」。それは二年前に行った出雲ですね。っていうか、行かずに書いたのかって話なんですけれど。

小説の舞台にしているから、書き終える前に行こうというきちんとした取材はしていなくて、勝手に盛り上がったので後から行くという感じです。

他の方(プロ)の小説の舞台の聖地巡礼的に訪れたのは、マルタ島。「クリーシィ・シリーズ」が好きでして……。あ、この話、そのうちにブログで取り上げようっと。

小説とは関係ないけれど、行きたいのはグラストンベリーです。彩洋さんはもしかしたらもう行かれたのかも……。これまた、私には永久に治らない中二病の一種ですね。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/04/30 03:07 [edit]


夕さん、ありがとうございます

行かずに書く…私も結構やります(^^)
と言うのか、基本的にはそういうことは多いです。
時代まで揃えるのは結構大変なので、昔行った記憶をひっくり返すこともありますし…
日本の地方っていうのは、およそ似たり寄ったりというとこがありますから、いいことにしましょう!
で、私も夕さんと同じで、書いてから盛り上がることはよくあります(^^)
で、行ってみてから手直しすることもよくあります^^; 
出雲、私も最近結構、島根県に嵌っていて、併せて宮崎県に嵌り、神話の世界にどっぷりです。
島根にはお気に入りの古墳がありまして…
そんなこんなで、【樋水龍神縁起】楽しく読ませていただきましたよ(^^)

クリーシィ・シリーズ…読んだことはありませんが、聞いたことはあります。ボディ・ガード?
ぜひ、記事を書いてくださいませ(^^)
そしてグラストンベリー…アーサー王ですね。実はイギリス・アイルランドは行ったことがないのです。
石好きのわたしにとっては聖地なのに…何度か計画しては挫折しており、次こそはアイルランド、と思っているのですが……最近、年取ったのか、国内旅行が妙に楽しくて…

大海彩洋 #nLQskDKw | URL | 2013/04/30 22:42 [edit]


聖地巡礼とか聞くと、はいは~いと手を上げたくなるのですが……うむむ、こ、高尚だ。
現地に行ってないのに、さも見てきたように書く。これ、一度はまると楽しいですね。ただ、自分の鼻や耳や肌で感じた感覚がわからないので、できればロケハンはしたい派なんですが……。人間●●年もやってると、そんな時間もお金もなくなるorz
映画の聖地巡礼だと、尾道ですね。あとは柳川も。大林宣彦監督の映画が好きでして。尾道シリーズとか「廃市」とか。
小説の聖地巡礼で印象的なのは、やはり伊豆です。湯ヶ島から天城峠の旧天城トンネルを抜けて湯ヶ野、そして下田まで。友人と一緒に、「伊豆の踊子」を読みながら訪ねたのが懐かしい(遠い目)

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2014/09/25 20:55 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

TOM-Fさん、コメントのお返事が遅くなってすみません。今日(昨日?)、東北から帰ってきました。旅行中、電波が届くところにはいたのですが、ネット環境はやはりいまひとつでした。
聖地巡礼、TOM-Fさんならばきっと反応してくださると思っていました。
いえ、私のは全然高尚ではないのですよ! 単なる物好き、というだけのことで……(^^)

> 現地に行ってないのに、さも見てきたように書く。これ、一度はまると楽しいですね。
確かに……全ての舞台となる場所に行くことは無理ですものね……そうそう、暇も金もなくなっていく^^; 
だから「さも見てきたように書く」ことになるのですが、結構後になって行く機会があって、あらびっくりってことも多いですよね^^; 
でも最近はネットのおかげで、そう大きく外れることはなくなたかなぁ。

尾道はいいですよね。私が最も愛する石があります。波長が合う、というのか、いつまでもそこにいたい感じがある、というのか。でも、私の中の尾道もほとんど映画の中の世界です……現実にも行ったはずなのに、それよりも映画のイメージの方が強いんですよね。
伊豆・箱根は行ったことがないのです……天城峠、とか渋いなぁ。しかもTOM-Fさん、十分高尚ですよ。「伊豆の踊子」とは……(*^_^*)

やっと帰ってきましたので、またよろしくお願いします(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2014/10/01 01:32 [edit]

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