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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨37] 第5章 誰も信じるな(4) 

*竹流の怪我が尋常でなかったこと、少なくとも『彼のような』人間が簡単に傷つけられたという事実に、もっと何かを察するべきではなかったのかと責められて、真はようやく事の重大さに愕然とする。
もしかしたら大和邸の執事・高瀬なら、竹流から何かを聞いているかもしれないと訪ねていくが、残されていたのは、ある雑誌記者が自殺した記事だけ。
これは楢崎志穂が敬愛していたという先輩の記者のことらしい。そして、その男の愛人が深雪だったと、彼女は言っていたのだ。
深雪と鉢合わせたことで美和が怒っているのではないかとちょっと心配だった真だが、事務所に戻ると……




「先生、お帰りなさい」
 意外にも明るい声で美和が真を出迎えた。機嫌を直してくれたのかどうか、それはまだわからない。
「事件の事、分かったか」
「うん。どれも扱いは小さいけど、でも井出さんがその事件の事、よく覚えてるって」
「井出ちゃんが?」
 真は美和がコピーしてきた新聞記事に目を通した。そのうち一枚は、さっき高瀬から手渡されたものと同じだった。少しずつ、無関係であった人と人の関係が絡み合ってくる。
「しかも、その記事書いたの、井出さんなんだって。電話したら、今ちょっと手が離せないけど、六時ごろなら空くから飲もうって」
「飲む?」
 美和はにっこり笑った。
「先生に会いたいんだよ。それにその事件の事を聞いたら、声が裏返ってた」
「裏返るって……」
「うーん、なんて言うのか、飛びついてきたって感じ」

 どういう意味なのか分からないが、井出がこの記事のこと、事件のことを知っていて解説してくれるなら有り難いと思った。
 井出は某大手新聞社の社会部担当で、ちょっとした事件で知り合い、やたらと事務所にやってくるようになった。ネタ探しというよりは真を飲みに誘いに来るのが主目的のようで、多くは飲めない真を飲ませては何かしゃべらせようと企んでいるように見えた。一見は遊び人風だがやり手のようで、将来の有望株だと本人が言っている。半分は嘘ではないようだった。
「で、もう六時過ぎてるんだけど、行く?」
 真は時計を見た。気持ちは焦っていたが、どこか宛があるわけでもなかったのだ。
「そうだな」
 それから宝田と三人で井出に会いに、彼とよく飲んでいる居酒屋に出掛けた。


 雑誌記者、新津圭一は当時三十六歳で、その日自分の部屋で首を吊って死んでいるのを発見された。部屋の扉には鍵がかかっていて、窓も同様だった。発見したのは、たまたま家を訪問した圭一の姉婿だった。遺書らしきものはなかったが、机の上は整理されフロッピーディスクが一枚置かれていた。
 脅迫文めいた内容のものがそのフロッピーに入っていたが、詳しい内容は公表されなかったようだ。新聞ではそのあたりの事は省かれていて、彼が最近借金で苦しんでいたことなどが取り上げられている。内側から鍵もかかっていたので、警察は自殺と断定したようだった。
「その後の記事、一か月分くらい見たんだけど、続報はなし。その頃って新聞はロッキードだらけだったもの、こんな末端の事件はあんまり興味を引かなかったんでしょうけど」
 美和が歩きながら解説した。時々、美和の腕が身体に触れるので、真は少しばかり居た堪れない気持ちになった。

「らっしゃーい」
 居酒屋の引き戸を開けると、威勢のいい掛け声が出迎える。金曜日の夜だけあって、開店して間もないのに既に半分の席が埋まっていた。
「よぉ、久しぶりだね、真ちゃん」
 威勢のいい声の主がお絞りを持ってテーブル席にやって来た。
「先週来たよ」
「毎日来てよ。カウンター座んないの?」
「ちょっと人待ちなんだ」
「どうせ、井出ちゃんか桜ちゃんでしょ。いいじゃない」
 見抜かれているな、と思った。桜ちゃんというのは新宿二丁目のゲイバーの明るいチーママで、真に頼み事と悩み事相談をするのが半分趣味になっている。
 この町で真は何故かこういう水商売の男女に好かれる傾向がある。特にゲイバーに勤める連中の一部からは、同族と思われているせいもあるかもしれない。誤解だと言って解説するのが面倒で、たまに否定し、たまには相槌を打っている。

 美和がまずビールを注文し、それから宝田と二人でぽんぽんと注文を始める。
 宝田は実はほぼ下戸で、真以上に弱い。だが食べるほうは人一倍だった。美和と宝田が注文する間に、真に口を挟むチャンスは全くない。一通り注文が済むと、今度は真のほうを向き直り、先生は何する? と真の注文を更に聞こうとする。三人分どころか五人分くらい注文した後だというのに。もっとも残ることはないので、あと何品か真が追加したところで変わりはないのかもしれない。
 既に美和がビールを一気に二杯空けたところで、ようやく井出がやって来た。

「すまん、すまん。会議が長引いて。お、もうしっかり飲んでるね」
 井出は美和に声をかけて、宝田の隣、美和の向かいに座る。気さくと言えば聞こえはいいが、ある意味だらしがないほどにいい加減な格好は、大手新聞社の記者のように見えないといえば見えず、そうだといえばそう見える。頭は半分天然パーマ、半分は寝癖でいつも手入れが行き届いていない。服装も、真も頓着しない方だが、井出よりはましだと思ってしまう。
「あれ? 真ちゃんは何で茶なんかすすってるわけ?」
「先生は二日酔いで飲めないんですって」
「二日酔い? 珍しいじゃない」
 井出はそう言ってから注文を聞きに来た女の子にビールを頼む。それから、真に方に向き直り、にたにた笑いながら言った。

「真ちゃん、何かややこしいことになってるんじゃないの?」
「何が?」
「うちの若いのが一人、澤田顕一郎に張り付いてんだよね。澤田がいつも使ってる料亭に入るから誰が来るのかと思ったら、秘書の親玉、嵜山に連れられて来たのが真ちゃんだったってさ。もしかしてコレのことで嫌がらせされたんじゃないの?」
 そう言って井出は左手の小指を立てる。
「まさか」
 拙いタイミングの話だと思ったが、真の隣で美和は構わずに飲んでいた。
「何だったのさ。教えてくれてもいいんじゃないの」
 社会部記者であっても、とりあえず澤田が一般人に何を言ったのか聞いておきたいのだろう。あるいは単なる興味かもしれないが。

「昔話を聞かされてただけだ」
「昔話? 九州日報時代の?」
「九州日報? 彼、ブンヤあがりなのか」
 美和が真を覗き込む。
「先生、知らなかったの? 私が渡した澤田の資料、読んでないんですね」
「あぁ、後で見ようと思って。ごめん」
 美和の機嫌を損ねることばかりだ。
「で、どんな昔話?」
 井出が興味深そうに身を乗り出す。
「違うな、もっと前のことだよ。大学時代の」
「帝国大学か」
「東大だろう、いつの事だ」
「そんな話をわざわざするのに真ちゃんを呼ぶなんて、あり得ないなぁ」
 疑わしそうに井出は真を見る。真はひとつ息をついた。この話題はさっさと切り上げようと思った。
「俺の父を知っていると、そういう話だ」
「真ちゃんの親父さんって、脳外科医だったよな」
「うん、まぁ。もういいよ、別に苛められたわけじゃないし」
「あやしいなぁ。やっぱりコレのことでしょ」

 井出がもう一度小指を立てたあたりでビールがやって来た。それで乾杯している間に、真はさっさと話題を振り替えた。
「それより、新津って記者の話だけど」
 ビールをほとんど一気飲みして、井出はジョッキを置くと、真のほうへ身を乗り出した。「あれねぇ、あれは臭いよ、真ちゃん」
「臭いって?」
「それより何でこんな事件ひっくり返してんの? 怪しいなぁ。真ちゃんの興味を引く理由を教えてよ」
 井出の追求は記者だけにしつこい。
「いや、まだ分からないんだ。だから教えて欲しくてさ。井出ちゃんが書いた記事なんだろう」
 井出は椅子に凭れて頷いた。
「まぁね。というか、それ書いた時、俺、その家族に会っててさ。ていうより、色々気になって、ちょっと調べたことを続報にして記事書いたんだけど、没にされちゃってさ。でも、まあそんなことはしょっちゅうだからね、一々覚えてられないんだけど。しかもその頃ロッキードでてんてこ舞いしててさ、寝る閑も無くてそれどころじゃなかったんだよね」

 ちょっと昔を思い出すように言ってから、井出は記者の目になった。
「警察はろくに調べなかったようだった。確かに、その新津って記者は奥さんが意識のないまま病院で寝たきりで、借金抱えてて大変だったみたいだけど、結構責任感の強い人だったみたいよ。それがさ」
 井出は店の女の子の薦めるままに、ビールをもう一杯、美和と一緒に注文した。
「俺が覚えてるのは、その娘のことでさ」
「千惠子ちゃん」
 美和が口を挟んだ。
「そんな名前だったかな。その子がまともに見ちゃったらしいんだよね、父親がぶら下がってるところをさ。パパは鍵なんかかけない、って言ってそれきり、口も利かないんだっていってたなぁ」
「鍵をかけない?」

 井出は彼にしては珍しく、その後しばらく言葉を探しているように見えた。何か別のことを言いかけたようで、それを呑み込んだようにも見えた。
「そんな習慣がないってことだろ。っても、自殺するときには習慣なんて関係ないけどさ。まぁ、この事件は新聞で詳しくは扱われなかったけど、この記者が誰かを脅迫してて、それも借金に困ったからだろうって話でさ、死人に口なしだからそれ以上は誰も追及できませんっていうわけだ」
「脅迫の内容もか?」
 井出は上着の内ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。ポケットに突っ込んできた割には大きな紙だ。
「これ、事件の二ヶ月後の週刊誌。これが新津圭一の勤めていたとこのライバル社から出たんだよね」

 週刊誌を数枚ちぎって折ったものを、井出は真の前に広げた。
 そこには意外にも随分大胆な内容が載っていた。新聞に取り上げられなかったのは、あまりにも内容が低俗だからか、出所がはっきりしない情報が多くて警戒したからなのか、ともあれ『記者の死』と見出しされたこちらの雑誌の方には、フロッピーの事、中に入っていた脅迫文の内容、彼の預金通帳の中身、愛人がいたことまで書き立てられていた。そういう記事にありがちなことだが、大した内容はないのに、スキャンダラスな気配と、顔も名前もはっきりしないが、社会的に許しがたい誰かを告発したい、あるいはこの記事が注目を浴びてほしいという、意気込みだけは感じ取れる。
「井出ちゃんがこれ、気にしていたのはどうしてなんだ?」
「なんかねぇ、俺も血気盛んでさ、報道規制にむかついちゃって」
「報道規制があったのか」
「んー、言葉じゃなく無言の圧力よ。いや、というより、気が付いたら記事が消えていたみたいな感じの。いや、記事どころか会社もね。その週刊誌の会社、よくそんな記事書いたな、と思ったら、その数ヵ月後には倒産したんだよね」
「倒産?」

 井出はようやく煙草を咥えた。真に、ライター持ってるか、という仕草をする。真はライターを出して火をつけてやった。
「何かごたごたしているうちに消えちゃった、って感じだったな。別に経営状態が悪いようには見えなかったけど。それに、ロッキードが一段落したとき、俺、実はその女の子のこと聞きに伯父さんとやらを訪ねたんだけどさ、どこかの施設に預けたって、門前払いだったしね」
 真はその記事を注意深く読んだ。フロッピーに入っていたのは、六人ばかりの相手への脅迫文で、その相手の名前は伏せ字になっている。だが、澤田らしい人物の伏せ字はなかった。要求している金額は予想より大きくはないが、それ以上の金額が彼の口座に振り込まれている。

「このIVMってのは何だ?」
 真は脅迫文に入っているアルファベットを指して井出に聞いた。脅迫文にはIVMの件で、と書かれていたという。
「うーん、IBMの綴り間違いかな、というか、その記事自体、妙に伏せ字と暗号が多いからね。わざと変えてるかもしれないし」
「この、愛人ってのは」
「新津って記者は愛人抱えるような男じゃなかったって聞いたけどね、というのか、つまりそんな甲斐性がないってのかな、でも、姉夫婦はもうその件には触れて欲しくないって感じだったよ」
「何か調べたのか、この愛人という女のことで」

 真は自分の声が上ずってないかと気になったが、井出も美和も何も思わなかったようだった。気が付くといつの間にか美和は冷酒に移っていて、既に二合徳利を二本倒している。
 美和がザルに近い酒呑みなのは分かっていたが、この飲みっぷりが自分への嫌がらせに思えて、逆に真は止められなかった。その上、井出までも美和と一緒に冷酒に移っている。
「いいや、だから俺もそれどころじゃなかったしね」井出は冷酒をぐいっと飲んで、真に向き直った。「それにこの記事、ちょっと面白いんだよ。この自殺した記者を断罪しているように見えて、何か目的が別のところにあるんじゃないかって感じがするんだよね」
「別のところ?」

 真が聞き返すと、井出は頷いてから、この居酒屋名物、焼いた甘い白葱を箸でつまんで口に放り込んだ。
「忘れ去られそうな事件をあえてひっくり返したいっていうのかな、その直後にロッキードだったからさ、そんな記者の自殺なんか忘れられそうな時期だったしね。愛人だの金の動きだのスキャンダル性を前面に出しながら、意外に細かいところ、ついてるんだよ。本当に書きたかったのは別のところにある、みたいな。その伏せ字になってる脅迫の被害者さ、じっくり読んだらちゃんと分かるようになってる。そのうち何人かは、もうとっくに現役を退いてる経済界の大物だったりする。わざわざ一線を退いた人間を、今更脅迫しても大したものが出てこないような相手だぞ。新津圭一の本当の目的は何だったんだろうって、ちょっと引っ掛かってしまうわけさ」
 真はしばらく、内容が薄そうでいて、奥行きの見えない週刊誌の切抜きを眺めていたが、やがて顔を上げた。
「この出版社の人間、知らないか? あるいはこれを書いた記者を」
 記事の最後に記者の記号がSとだけあった。
「調べたら分かるかも知れないけど」井出は真にお猪口を薦める。「高くつくよ」
「いつか借りは必ず返す」

 真がお猪口を断りながら食い付くように言うと、井出は真剣に真の目を見つめていた。
「真ちゃん、何かあったの? いつになく必死じゃないか」
 酔っ払い始めた美和が完全に据わった目で、真の腕に腕を絡めてきた。
「そうなんです。先生はね、恋しい人が行方をくらましちゃったので、気が動転してます」
 美和が酔っ払ってくると絡むタイプなのは皆知っているが、今日はいささか勝手が違う。真が深雪のところに会いにいくことを分かっているからに違いなかった。後ろめたさのせいで、もう飲むなとも言えず、真は美和の手からお猪口を取り上げようとしたが、美和の手が早かった。
「恋しい人?」
 井出が興味深そうに美和の言葉に反応する。
「大家さんです」
 横断歩道を渡るように右手を上げて、美和が宣誓の如く言い放った。

 駄目だな、これは、と真が思っていると、宝田が真剣な目で真を見ていた。
「先生、深雪さんだけじゃなくって、つまり、その」
「酔っ払いの言うことを真に受けるなって」
 宝田は美和の言うことは全て正しいと思っている。真は慌てて否定した。
「あーら、高校生みたいに電話でいちゃいちゃしゃべってたくせに」
 美和が真を覗き込むように口を尖らせて言った。

 いささか面喰ってしまった。
 そうか、夜中の電話の話か、と思い至った。いちゃいちゃというような、そんな記憶はないが、美和がそれを見ていたのだと改めて知ると、実に気まずいような気分になる。
 その上、深雪で恨まれてるんじゃないのか、と真は思い、更に当惑する。
 その件は、真自身の中でも、追及されても追及しても答えの出ない袋小路のような話だ。だが、美和がそのことを察していて、この状況で深雪ではなく竹流の名前を出したことに、真は心のうちを抉られたような気持ちになった。
「真ちゃんと電話でいちゃいちゃしゃべる相手って、ていうか、真ちゃんが恋人と電話でしゃべってる場面なんて、俺ん中ではあり得ないなぁ。せいぜい何十秒かで電話切って、相手に嫌われるのが落ちだろ。大家さんって、あの大和さんのこと?」
「そうです。先生が世界で一番愛してる人です」
「美和ちゃん」
 真が美和を制すると、一瞬、美和の目がしらふになった。
「妄想じゃないもん」
 井出は面白そうに目の前の真と美和の絡みを見ていた。
「大和さんって言えば、プレデンシャル、見たよ。確かに、愛してるって書いてあったなぁ」
「からかってるんだ」
「ま、確かに、恩人の息子ってだけじゃ一緒に住まないよな。で、何で行方をくらましてんだ?」
 井出はさすがに酔っ払っているようで話を逃さなかった。





相川調査事務所のメンバーにとっては飲み仲間でもある新聞記者の井出(もっとも真はほとんど飲めない、宝田は下戸…したがって飲み仲間なのは美和と井出のみ?)から、ある雑誌記者の『自殺』が疑わしいことを聞いた真。
…えーっと、もう少し居酒屋シーンが続きます。
予定外に長くて、切るところがなかったので、ちょっと中途半端でごめんなさい。
次回で、第5章が終わります。

第1節はあと第6章(水死体)を残すのみ。
これで、大方、事件らしきものは出揃います…と思います。

ちょっと余力がなくてお休みだったミニコラム、第6章からは復活かも?
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Category: ☂海に落ちる雨 第1節

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