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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨41] 第6章 水死体(3) /昔イラスト第2弾(3) 

第6章『水死体』は比較的短いので、あと2回で終了です。第7章からは第2節に入ります。
今考えてみると、この改訂版を始めたとき、1回分を短く切るという話をしていたのに、蓋を開けてみたら、あまり短いと話がぶつぶつ切れた感じになるので、結局長くなっている気がします。
読みにくいとか、ございましたら、いつでもご指摘くださいませ。
それでは、第6章(3)、竹流の恋人・女刑事と真の会話、お楽しみください。




 田安を訪ねたのは、父の事を聞きたかったからなのかもしれない。
 その人のことを知らないままでは、恐怖ばかりが自分にまとわりついてくるような気もしていた。いや、そうではない。ただもう一度聞きたかっただけなのかもしれない。

 お前は優しい人間だ、と。人の死を願うような人間ではないと、ただそう言って欲しかったのだ。
『あの男と一緒に住んでいるそうだな。そりゃ構わんが、早く嫁さんを貰え。あの秘書のお嬢さんはどうなんだ。北条仁の恋人だって? いや、ああいうあっけらかんとしたタイプがお前さんにちょうどいい』
 珍しく酔った時、田安はそう言っていたこともあった。
 その人がこの世にいない。あんな膨れ上がった人間かどうかもはっきりしないような姿になって横たわっていた。

 何度も何度も吐いたのに、まだ胃の中に黒い塊が残っているような気がした。それはどうしても吐き出せず、苦しくて堪らなかった。涙と汗が血を絞るように噴き出してきたが、今はもうどうすることもできなかった。
 真がふらふらと手洗いから出ると、廊下で待っていた添島刑事が顔を上げた。嫌味な気配はなく、心配そうな顔だった。
「大丈夫?」
 真は返事をしなかったが、添島刑事は真の腕を労わるように支えてくれた。格好悪いとか、考える余裕はまるでなかった。

 控室は殺風景で、事務的な机と椅子が並んでいた。薄暗い廊下から部屋に入ると、窓からの光が作る暖かで穏やかな影とのコントラストが目を射た。突然別の次元に来たような心地がする。
 添島刑事は長椅子に真を座らせ、彼女も隣に座った。
「あなたって本当に、突然意外な顔をするのね。気丈かと思ったら、本当に脆いんだから。そんなに大切な人だったの?」
 真は答えなかった。大事な人だったかどうか、本当はよく分からなかった。

 傍らで添島刑事がそっと息を吐き出した。
「呼びつけて悪かったわね。あなたならもう少し冷静に何か見つけ出してくれるかと、いえ、本当は何か知ってるのかと思ったのよ」
 添島刑事の手が自分の背中に触れたので、真はびくっとした。不意打ちだったからではない。それが思った以上に優しい手だったからだ。

 あぁ、そうか。この女も実際には意外と優しい女らしい人なのだろう。こういう、芯が強くてしなやかで優しい女は竹流の好みだし、この女が彼の恋人として相応しい一人であることは納得がいった。
 そのことに思い至ったとき、背中に触れている彼女の手が、心のうちに今、自分が最も求める手と重なった。
 りぃさの自殺を真に伝えたのは竹流だった。やはりあのマンションのベッドで、もうその時は声を上げることもできなかった真を抱き、彼は静かに真の頭を包み込んでくれていた。そしてその後、大間の海岸で、一緒に住もうと言われたのだ。
 不意に、真は身体を貫くような痛みを覚えた。もしかして、あの手も二度と冷たくなったこの身体を抱き締め、時には慰めるように頭を撫で、あるいは労わるように肩を叩いてくれることはないのだろうか。そう思ってぞっとした。

 田安は殺されたのだ。いくつもの戦火を潜り抜け、戦いに明け暮れた人生を送り、人一倍他者の殺気には敏感な男が、東京湾に浮いた。田安が老人だったとは言え、ただの年寄りではない。その無情で周到な殺人者が竹流を放っておいてくれるだろうか。
 そう思って身体は震えた。
 震えてから、幾分か頭が冷めると、竹流が関わっていることと、田安の死に関係があるという確証がないことに気が付いた。だが、もう半分は何が何だか訳が分からなくなっていた。
「帰って待ってる? 解剖の結果は教えてあげてもいいわよ」

 真は、待つと答えた。田安の死を見届ける義務があると思った。そして、竹流が戻ってくるまで、まだ倒れるわけにも狂ってしまうわけにもいかないと思った。あの手を取り返すまで、たとえ心の内にどんな闇を抱えていようとも、立っていなくてはならない。
「泣いてるの?」
 真は返事をしなかった。添島刑事が隣でひとつ息をついた。
「あの人があなたを放っておけないわけがわかるわ。でも、本当はそんな単純な言葉じゃ片づけられないのよね」
 彼女の呟きの意味の全てが、理解できたわけではなかった。だが、意外にも優しい気配を感じると、この女が竹流を本当に愛しているのだと信じられた。

 あの馬鹿、何人の女をその気にさせたら気が済むのだろう。それなのに、生きて帰ってこないとしたらとんでもない。精一杯の強がりでそう思った。
「竹流を、本当に好きなんですか」
「そうね。そうかもしれないわね」
 添島刑事は突然の質問にも驚いた気配はなかった。
「何人も女がいるのに」
「知ってるわよ。多分、私のほうがあなたよりずっと具体的なことを知ってる。でもあの男はそれぞれの女といるとき、本当にその相手に真摯だから、少なくともそう思わせてくれるから、女は気持ちよく騙されてしまうのよね」

 むしろ爽やかに言い切る隣の女に、真は嫉妬した。
「腹が立たないんですか」
「立つわよ。でも、実際に目の前にいて上手く甘えられてしまったら、それまでなの。そして抱かれたら許してしまう。彼に見つめられると、自分が世界の中心にいるのだと思えるの」
 真は思わず添島刑事を見た。
「だからあいつはつけあがるんだ」
 添島刑事は真が驚くほど感じのいい笑みを見せた。
「そうね。で、あなたは?」
「俺? 何で?」
「てっきりあなたたちはできてるんだって思ってたけど。カマをかけたのに、あなたは引っ掛からないし」

「カマをかけた?」
 真が訝しく思って聞くと、添島刑事は幾分か楽しげに笑った。
「彼の背中の火傷のこと。知らない振りをしてあなたにカマをかけたわ」
 あぁ、そういうことか、と真は思った。
「いえ、引っ掛かるも何も、俺は実際知らなかった。それにできてるって、どこかの三文雑誌並みの発想です。刑事のあなたが、らしくもない」
 添島刑事は今度は意味ありげに笑った。
「そうかしら? 刑事らしい洞察力だと言って欲しいわね。あの男は本当に、『恩人の息子』を我が子か弟か恋人かってくらい、可愛がっているものね」

 真は少しの間考えていたが、やがて自分の手を見つめたまま言った。
「できてるんなら背中にだって触れる。火傷の瘢の事を知らないことはない」
 添島刑事も少しの間考えていたようだったが、やがて言った。
「じゃあ、もっと女たちの気持ちを害するわね」
 真は意味がよく分からずに、彼女の顔を見た。
「余計に悪いって言ってるのよ。セックスをする相手の方がよほどましね。身体を求めないのに、あそこまで大事に思うってのは」真が理解できないまま返事もしないでいると、添島刑事は先を続けた。「あれは二年ほど前のことだったかしら? あなた、ビッグ・ジョーのところでひどい目にあったでしょ。彼がその時どうしようとしたか聞いている?」

 真は思わず息を飲み込んだ。
「可愛い恋人のためでなかったら、あんな喧嘩の売り方をするかしらね。いえ、喧嘩じゃなくて戦争だわ。頭に血が上って何も目に入らなかったって感じだったけど。彼の仲間たちがそういう部分で常識的な人間たちでなかったら、新宿は文字通り戦場になってたわよ。あの男に自覚はなかったんでしょうけど」
 真は添島刑事から目を逸らした。僅かに身体が震えるような感じがした。
「俺にはただ、野良犬に噛まれたようなものだから忘れろと、そう言っただけです」
「あなたにはそんな自分を見せたくなかったんでしょうけど、あの事件でその世界では、完全にあなたは彼の恋人だと思われるようになった。その上全国版の雑誌であんなに堂々と愛しているなんて宣言されたんじゃね。しかもあなたたち、否定しないじゃない」
「それは、面倒だからです」

 真はいちいちそう答えるのも面倒な気がしてきた。大体、人と人との間の微妙な距離感を、第三者にどう説明してもわかってもらえる気がしない。何よりも自分自身が自分の感情に確信が持てない。 
 だが、添島刑事にそう言われてみると、あの雑誌の記事が何となく周辺の人間たちの感情を引っ掻き回した気がしなくもない。竹流の仲間たちも女たちも、面白くないと思っただろうし、あるいは彼の敵だって、別の形で何かを思ったかもしれなかった。

「あの時、何があったか知ってる?」
「え?」真は聞き返して添島刑事の顔を見て、それから床に視線を落とした。「いや、俺は」
「そうね、さらわれてから薬漬けで散々玩具にされて、意識もなかったんでしょうね。あの時、ビッグ・ジョーは彼がソ連やアメリカ、ヨーロッパの国から美術品を運んでいるルートを欲しがった。あれほど完璧にやばいものを隠せるルートは他にないと思ったんでしょうね。ある意味正しいけど」
「それは、あいつは怒るでしょう。そういったものが麻薬や武器の隠れ蓑に利用されるとしたら」

 添島刑事は微妙な表情で笑った。
「そうね。でも、彼はビッグ・ジョーにこう言ったそうよ。そんなものが欲しければいくらでもくれてやる、堂々と正面から交渉に来い、けれども既に交渉の席につくチャンスをお前は自分から失ったってね。彼にとって、本当にそんなものはどうでもよかった。そのルートを奪われるだけなら、彼は戦争をしかけようとは思わなかった」
 真は床の冷たいタイルの色を見つめたままだった。そのことについて竹流自身がどう思っているかは別にしても、葛城昇や東道が竹流を見て危なっかしい気持ちになったのは十分理解できる気がした。

「世界中には馬鹿みたいな金持ちがいて、自分のためだけに値段もつけられない土地と屋敷と金銭以外の財産を持っていて、数えたこともないほどの数の車や自家用機や船を持っていて、ついでに気が向いたときに何時でも玩具にできるセックスの相手をハーレムのように持っている。普通の遊びでは飽き足らなくなっていて、相手の性別も年齢も全く気にせずに玩具にするのよ。それも使い捨てでね。異常なセックスの結果、相手が死のうと構わない。あるいは、宴会の余興に、素手の人間を、虎やライオンと闘わせたりして楽しむ。寺崎昂司があなたを助けなかったら、あなただってそういう金持ちに売られていたかもしれない」

「寺崎?」
 真は思わず飛び込んできたキーワードに飛びつくように彼女の顔を見つめた。
「あなた、誰が自分を助けてくれたのかも覚えてないの? まぁ、あんな状態だったから仕方ないけど」
「寺崎昂司って、竹流の仲間の」
「仲間? ちょっと違うかしら」
「どういう意味ですか」
「彼の仲間と彼は表向きにはほとんど接触しないようにしているでしょ。でも寺崎昂司と彼だけは違うわ。一緒に遊んでるし、いつだって何かを競って楽しんでいる。お互いに特別な存在なんでしょうね。寺崎は関西では有名な運送屋の社長の息子で、裏家業では逃がし屋として知られている。あなたを助けることができたのも、寺崎昂司の持つネットワークが物を言ったのよ」

 真は添島刑事が、寺崎が今彼と一緒に(現在一緒にいるかどうかは別にして)行方不明になっていることを知っているのだろうかと思ったが、そのことを確認していいものかどうか判断がつかなかった。寺崎の名前が偶然に出されたのか、それとも故意なのか、何か探りを入れられているのかもしれなかったが、あまりにも竹流の身近にいる人物のことだけに、ここで寺崎の事情を話すことが躊躇われた。
 だが、そうなのか、と思った。だから高瀬は、あなたは知っている、と言っていたのか。添島刑事が言うビッグ・ジョーに捕まっていた時、意識が朦朧とした状況だったので、あの時自分を助けてくれたのはてっきり竹流自身だと思っていた。助けに来てくれた男の背格好も気配も、実際竹流とよく似ていた。いや、本当のところはあまりよく覚えていないのだ。

「寺崎昂司があなたを救い出すのが僅かに遅かったら、あるいは寺崎が彼を止めなかったら、それこそ新宿のど真ん中で血の雨が降っていた。いいえ、あるいは止めたのが寺崎昂司じゃなかったら」
添島刑事は一瞬、言葉を継ぐのを躊躇い、そして続けた。
「いつも陽気で性質的には寛容で穏やかな男に見えるけど、あの時はやっぱりイタリア人だと思ったわ。報復に手ぬるいことはしない」

 あまり考えないでおこうと思った。竹流がそうしようとしたのは、多分彼自身の血のせいで、自分をどうこう思っての事ではないと思った。彼は、例えば寺崎昂司が同じようなことになっても、やはり同じ反応をしただろう。
 そういう男だと思った。
 竹流は寺崎昂司を庇ってあの背中の火傷を負ったのだ。自分が傷つくことよりも友人が傷つくことを恐れたのだろうか、それともただ、受けてきた教育の結果として、身体と脳が反応するままにそうしただけのことか。

 真は自分の手を握りしめた。この手で彼の背中に触れたのは、一体いつが最後だったのだろう。あんなにもそばにいたのに、知り合ってから十五年も経つのに、本当に彼の何を知っていたというのか。少なくとも知ろうという努力が必要でないほどに、彼は真を大事にしてくれていたということなのかもしれない。
 だが、本当にそれだけで良かったのだろうか。
 あんな新聞記事の切り抜き一枚を残されても、何をどうしたらいいのか分からない。
 だがふと、三年半前、というキーワードを思い出した。
 あの新聞記事、雑誌記者の自殺と、竹流が火傷を負ったという三年半前。





以下コラムです。
続きを読む

ちょっとばかり、懐かしくなってきました。
ここに挙げられたのは、その小説の中で(これを書いている時点で)もうすぐ死ぬ予定だった二人。
その後、実際に亡くなられましたが…本当に、この二人の死を書くのに膨大な?エネルギーを使いました。
一人は慎一のピアノ教師かつ政治活動家だった。ジョルジョを殺しに来て、返り討ちにあった。
それでも、慎一の手によって。
もう一人は、ジョルジョのボディガードだった(もとはチェザーレのボディガード)中国人。
チェザーレに心酔していたあまり、ジョルジョには心を許していなかったし、慎一にもまったく興味を示さなかった(ように見えていた)のに、今度は慎一を庇って亡くなった。
…などなど、本当に大河ドラマでして^^;

登場人物の死を書く時って、本当にエネルギーを消耗しますよね。
脇でこれなのだから、主人公だとどうなのだろう。
紫式部が光源氏の死を章題だけしか書けなかったのも分かる気がする…
もっとも、あれは、書けなかったのか、あるいはもう興味が次へ行っていたのかは不明ですね。
紫式部が書きたかったのは、宇治十帖、という話を聞いたこともあるし。

ちなみにここに書かれているラインハルト、というのは実は、ジョルジョのもう一つの名前で、実は彼を捨てた母親が彼をそう呼んでいた、という設定だったけど、もうこれは外した設定です。母親に捨てられた、というのは残っておりますが。
eroica3
そう、こんな風に、少しずつ設定は動いてはいるのですが、大筋は変わっていません。
そう考えると、本当に私って進歩がないというのか、設定考えるのに時間かかり過ぎというのか…
しかし、やっぱり、手書きの原稿って、味わいがあるなぁ…と思ったりしております(^^)
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Category: ☂海に落ちる雨 第1節

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コメント


竜樹さま、ありがとうございます!!

時々覗きに行っては、執筆頑張っておられるようなので、静かに帰ってきておりました(^^)
そんな中でコメントわざわざ残していってくださって、本当に本当に嬉しいです!
読むのはもう、本当にあまりにも暇で暇でしょうがない時にしてくだいませ。それよりも、ぜひぜひ良い作品を仕上げてくださいね。応援団としてはそっちが大事!ですから。

イラストは……^^;^^;^^;^^;
竜樹さんに褒めていただくと、どうしましょうとか思ってしまします。
彩色もしたことないし、鉛筆で描いてペン入れしただけの代物で、あ、スクリーントーンは張ったけれど…
でもって、本当にいい加減なんですよ。なおかつ、もう今は描けません^^;^^;
字は、うちの祖父が達筆で(物語を遊ぼうの【夏目漱石初版本復刻版】の回に、うちの祖父の残した自作・自装丁?の本をちょっぴり載せています…筆書きですが)、父も達筆で、私などは全然なのですが、書くのが好きだった理由はそのあたりから来ているのかもしれません。
いや、でも、ここに載せるのは結構恥ずかしいものがあったのですが……
アナログの面白さってのをお伝えできれば、と。
設定というほどしっかりしたことはやっていないのですが、落書きをしている間に湧いて出ることはよくあります。今では落書きしている時間がほとんどないのが辛いですが^^;

って、鍵つきじゃなかったので、堂々とのお返事でよかったんですよね????
そもそも竜樹さんは、拓たちの親のようなもの?ですから、いいことにしよっと…
Time to Say Goodbyeも最終回を前に停滞しておりますが、遠からず終わらせます(^^)
もちろん竜樹さんのお蔭で思い入れがあるし、何より大好きなボクシングの話はまた書きたいので(って、この間井岡一翔くんの試合を見てまた火が付いただけ?)、結構番外は出るかも??
しかも、あの試合を見て、やっぱり引退はさせないぞ!と強く思いました。
戦え拓! とか思ったりしています(^^)
また遊びに来てくださいね(*^_^*)
私も5月SSは参戦したい、と思って練っております。

大海彩洋 #nLQskDKw | URL | 2013/05/16 07:04 [edit]

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