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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨46] 第7章 父と子(4)/ カミングアウトの余波 

ついに(?)、真の実の父親の登場です。ほとんど出てくることはありませんが、実は裏では?暗躍しております。
真とのかなり微妙な、というよりもはっきり言って遠すぎる距離感をお楽しみください。





 美和は賢二の話を黙って聞いていたが、やがて少しばかり大人ぶった表情を作って言ってやった。
「何だ、分かりきったことじゃない」
 賢二は彼らの関係について、一部分だけは美和に言葉では告げなかったようだった。しかし、美和は賢二の話し方から、何となく妄想は妄想ではなかったな、と思っていた。賢二は、彼自身が思っているほど嘘をつくのが上手ではなかった。

 宝田も神妙な顔で俯いていたが、彼らが三人で押し黙ってしまったとき、表のドアをノックする音が聞こえた。
 悪いことをしていたわけでもないのだが、彼らは皆一様に緊張して顔を見合わせ、結局宝田がドアを開けに行った。
 そこに立っていたのは四十を越えたかというくらいの年恰好の紳士で、上品な深いグレイのスーツを着こなし、いくらか白いものも混じっている髪は緩く波打って、優しげな印象だった。背は日本人の平均からして決して大柄ではなかったが、身体つきはがっしりしている。だがその目には普通の世界で生きている人間のものではない、底知れない何かが潜んでいるように見えた。

 一見の穏やかな風情の向こうに隠されている何かを嗅ぎ取ったのは、美和だけではなかったようだ。
「あー、あの、何のご、御用でしょうか」
 いくらか躓きながら宝田が相手に尋ねた。返ってきた声は、力強く明瞭で、是非を問うことのない確かな響きを持っていた。そして、どこか冷たく、重い響きが残る。
「真は留守ですか」
 美和は、ここの所長の事を『真』と呼び捨てにする人物は、竹流と、最近気を良くして彼を呼び捨てにしている自分の恋人の北条仁しか知らなかった。あとは、真の妹婿で親友の富山享志と、真の親戚くらいだろうか。
「……あ、は、はい」

 宝田が困ったように美和を振り返った。その男のムードには、立っているだけで相手を威圧するような気配がある。
「そうですか」
 男は当てが外れたようで、ちょっと考えたように見えた。
「あの、何かご伝言でしたら」
 美和は慌てて立ち上がり、尋ねた。
「いえ、出直します。仕事の合間に寄ったので」

 その向こうで階段を登ってくる足音が聞こえた。宝田がほっとしたように美和を振り返った。
「あぁ、帰ってきたようですね」
 紳士がすっとドアの脇に寄ったので、美和からも真の姿が見えた。真は紳士を見て、驚いたように足を止めた。

 その真の顔を見て、美和は尋常でないものを感じた。
 真の表情は一瞬で感情という感情を閉じ込めたように、いわゆる無表情というような種類のものに変わった。その石のように固まった表情のまま、いや、正確にはその後で無理やり表情を作ったような顔で、ゆっくりと階段の最後の一段を登りきり、その紳士の前まで来た。
「何度電話しても出ないから、心配したよ」
「何時日本へ?」

 真の声は、美和がこれまでに聞いたことのあるどの種類の声とも異なっていた。熱い何かを一瞬に凍らせたような声で、いくら愛想がない男だとはいえ、こういう真の顔も声も態度も、美和は全く見たことがなかった。
「一週間ほど前だ」
「そうですか。すみません、ずっと知人のところに居候していたので。入ってください」
 紳士はそれをそっと手だけで拒否した。
「いや、車を待たせているのでね。夕食の約束ができれば、と思って寄らせてもらったんだ。先約はあるか」
 真は暫く紳士を見つめていたようだった。その背中から立ち上る不信の気配に、美和は緊張した。
「いえ、今夜は別に」
「では、七時を少し回ると思うが、ここへ迎えを寄越そう。皆さんもぜひ御一緒に」

 紳士は美和や宝田、賢二にも声を掛けて、腕時計を見てからあっけなく立ち去った。美和は、暫く気圧されたようにその紳士の靴音を聞いていたが、真がドアを閉めて事務所に入っていたので、思わず聞いた。
「今の人、誰?」
 真は一瞬だが、何か躊躇するような顔を見せた。
「叔父だよ」
「おじさん? 先生の?」
 美和は幾らかの違和感を覚えて繰り返した。
「かっこいい人っすね。何をしてる人ですか」
 宝田が緊張したまま、しかし何か話していないと逆に緊張で壊れそうになるとでもいうかのように、言った。
「今はワシントンに住んでいる。半分はロンドンかな。まぁ、警察関係だ」

 それ以上真は何も言いたくないかのように話題を逸らせた。
「美和ちゃん、大学は?」
「やっぱり面白くないから帰ってきちゃった。あ、それで、これ添島刑事から」
 美和は机のほうに戻り、添島刑事から渡された茶封筒を真に手渡した。
「刑事さん、先生のこと心配してた。大学の門で待ち伏せ喰らっちゃった」
 真は受け取った茶封筒の中を出しながら、不可解そうに美和を見つめた。
「待ち伏せ?」
「うん、と、まぁ、あの人なりに先生を心配してるって感じだった、かな」

 美和は真が出している封筒の中身を覗いた。コピーの用紙が十枚ほど入っていて、例の贋作と言われているレンブラント、フェルメールの絵のコピーと解説も入っていた。
「これも」
 美和は机の上に忘れていたメモと旅行会社の封筒を思い出して、それも真に手渡した。あなたも一緒に、と言った添島刑事の声が耳に蘇ってくると、照れるべきなのか、あるいは覚悟を決めなければならないのか、よく分からなかった。
「これは?」
「絵に詳しい人だって。その贋作鑑定者の一人だとか言ってた」

 旅行会社の封筒には新潟までの往復切符二枚と二泊分のオークラホテル新潟ツインルームのクーポン券が入っていた。メモ書きに『美和さんも連れて行くこと』と書かれているのが、美和の目にも入った。真が急に顔を上げて美和を見たので、美和は思わず真を見つめていたままの視線を外すこともできなかった。
「明日、行く?」
「そうだな」

 出掛けるとなると、それなりに済ませておかないといけない用事もあったので、彼らはそれから幾らか真面目に仕事の相談をした。出掛けている間、賢二と宝田に頼んでおかなければならないことが幾つかあった。
 そんなこんなで、あっという間に七時になりかけていた。誰もがそわそわと時計を気にし始めたが、真だけは冷静な顔をしているように見えた。
 美和が思うところでは、宝田は自分とは無関係な世界から来たような紳士に誘われて浮わついているように見え、賢二は誘ったのが真の関係者、しかも叔父という身近な人物だということに緊張し、美和自身は真の無愛想な気配に緊張していた。

 七時になって迎えが来たが、車を運転してきたのは真の叔父というその人本人だった。紳士は美和の為に自分で助手席の扉を開けてくれ、結局後ろに男三人が並んだ。
大きな宝田が乗っても、車には余裕があった。
 美和は心配になってバックミラーから真の顔を盗み見したが、真は端っこに座っていて、表情はよく見えなかった。
 車の中で皆が緊張していたのか、始めは誰も口をきかなかった。何か気の利いた会話でもと思ったが、何も思いつかず、美和も結局黙っていた。

「知人って、大和君のところか」
 ようやく、紳士、つまり真の叔父、相川武史がバックミラーに映っているはずの真の顔を確かめるように見て、問いかけた。冷めた声だった。とても友好的な叔父と甥の会話には思えない。
「そうです」
「調子は?」
「え?」
 真が何を聞かれたのか解らないというように聞き返す。
「身体だよ。前に入院していたって」
「いえ、大丈夫です」

 そもそも真は愛想がいいほうではない。しかし、これは全く感情を殺しているとしか思えなかった。しかも、叔父と甥という関係にしてはあまりにも淡々としている。だいたい、真が入院していたのは、事務所を独立する前で、二年半以上前のことではないのか。
 美和は自分の悩みなどすっかり吹っ飛んでしまって、忙しく、真の声と運転席の男の横顔とを観察していた。
「大和君は、元気にしているのかね」
「あなたが知らないとは思いませんが」
「何のことだ」
「河本さんのところで聞かれたんじゃないのですか」
 暫く武史は黙っていた。
「後で話そう」

 美和はちょっと緊張して、隣で運転する武史の横顔をちらりと盗み見た。どこかで見た顔つきだなと思いつつも、緊張がその考えを吹き消した。
 車は赤坂のテレビ局の辺りを狭い道に入って、いささか由緒ある、しかし表向きは普通の家のような一軒の料亭の前で停まった。武史が一旦エンジンを止め、皆を下ろして、それから玄関の呼び鈴を押すと、上品な和服姿の女将らしい人が出てきて、武史から車の鍵を預かった。直ぐに番当風の男が女将から鍵を受け取り、車をどこかに持っていったようだった。
 女将と武史は親しげな夫婦のような呼吸で話を交わしていたが、やがて女将自ら彼らを奥へ通した。美和は得意の観察眼で彼らを見ていたが、その距離は男と女の関係だと判断した。それについて、真が複雑な顔で彼らを見ていることに美和は気が付いた。真は美和と目が合うと、視線を中庭の方に逸らせた。

 坪庭のような中庭に向かって三つほどの部屋があるきりの、古い日本家屋だった。東京の真ん中とは思えないほど静かなところだ。塀に囲まれているからか、車の音も、耳を澄ませると聞こえないわけでもないのだが、どこか別次元のものに思える。代わりに、庭の小さな池を流れる水の音に、鹿脅しの音が高く重なった。
 ふと見ると、宝田がかちんこちんに緊張していた。美和はそれを見て思わず笑いがこぼれ、自分のほうは逆に落ち着いてきた。

 部屋に入ると、座席は掘り炬燵になっていて、宝田はやっと幾らかほっとしたようだった。
 直ぐにビールと付けあわせが運ばれて来て、彼らはとりあえずグラスを合わせた。真は武史に聞かれて、美和から順番に武史に紹介した。
 食事の間、武史は特に美和を気遣うように、大学の事や事務所で仕事をしている理由やらを尋ねてきた。緊張していても仕方がないと開き直って、美和が答えていると、武史は穏やかに微笑むように聞いてくれていた。

 いい男だな、と思った。身体つきもしっかりしていて、外見だけなら年齢関係なく女がほれ込んでしまうような男だ。煙草と、かすかにコロンのいい香りがしている。だが、それは何かを取り繕うためのもののようで、随分と取ってつけた匂いに思えた。
「一度、ワシントンに電話したんです」
 真が不意に言った。
「何時?」
「いえ、あなたはもう日本に来ていたようですから」
「お前が電話してくるなんて、珍しい。何かあったのか」
「ある人が、あなたのことを懐かしいと話していて、あなたはどうしているかと聞いていたので」
「ある人?」
「澤田顕一郎をご存知ですね」

 叔父に対して随分よそよそしい口のきき方だという点は置いても、何を性急に話してるのよ、と美和は思った。
「あぁ。しかし、それは奇妙な質問だね。彼には四日前に会ったところだが」
「会った?」
 美和は思わず手を握りしめた。ふと見ると、賢二も宝田も、わざと視線を逸らすかのように料理に集中している。本当に男はこういう時役に立たないと美和は思った。

 真は少し考えていたように見えた。
「すみません、今の言い方は正確ではなかった。澤田顕一郎は僕にあなたのことをよく知っていると言って、それから僕に彼のところで働かないかと言ったんです」
 武史はしばらく真の顔を見つめていた。驚いた顔でもなく、ただ淡々と見つめている。
「それはまた……、それで返事をしたのか?」
「断りました」
 武史は頷いた。
「それは正解だったね。お前をSPにでも雇うつもりだったのかな」
「澤田はあなたに何も言わなかったのですか。つまり、彼は僕のことでどこかに探りを入れていたと、ある人から聞きました。正確には僕の事ではなく、あなたのことです。あなたに行き着いたので、彼は僕と会う気になった」

 美和はどきどきしながら彼らの会話を聞いていた。
「穏やかに食事をさせてくれる気はないのか。お前の仲間と恋人も一緒だというのに」
「恋人じゃないです」
 美和は飛び上がりそうになって否定した。
「そうですか。あなたのような人がこの子の傍にいてくれて、安心だと思ったのですよ」
 武史が穏やかに言ったので、美和はどきん、と胸が鳴るのを感じた。

「はぐらかさないで下さい」
 真が淡々とした声で言うので、美和はまた緊張してきた。ヤクザと付き合っていてこういう緊張感には慣れているつもりだったが、今日はムードが違っている。
「真、何を焦っているのか知らないが、澤田が私に会おうとしたのは、日本に帰って警察庁のある部署で働く気はないかと聞くためだった、と理解している。お前のことをどうこう言われたわけではないし、私も断ってきた」
「立場があるからですか」
 武史はそれには答えず、真に日本酒を奨めた。真は強張った表情でそれを受けていた。

「それで、さっきお前は河本がどうのと言っていたが?」
 真はしばらく武史を見つめていた。それからゆっくりと確認するように問いかける。
「河本さんにも会ったのですか」
「いや」
「でもあの人を知っているんですね」
「仕事上のことだ。それで、お前が焦っているのは何故なんだ?」

 真は当てが外れて幾らか拍子抜けしたというような顔になった。美和は、真がもしかして目の前の叔父という人まで疑っているのかと思った。真はそのまま会話に興味を失ったかのように黙り込んでしまった。
「実は大家さんが事件に巻き込まれてて」
 美和は思わず口をはさんでいた。宝田までが身を乗り出す。
「そうなんす。先生は大和さんが心配で」
 美和は、宝田がそれでも真を守ろうとしているのだと思って、なんだか嬉しくなった。ちょっと情けないムードだったことは、許してあげようと思う。

「大家さん?」
 宝田の言葉を聞いてから武史は美和に聞き返した。頭が回っていなかったので、半分しどろもどろに返事をする。
「あ、つまり大和さんのことです。大家さんが死にそうな怪我して帰ってきて、それからまた病院からいなくなってしまったので。ちょうど澤田顕一郎が先生に急に接触してきたので、もしかして何か関係があるんじゃないかって」
「大和君が、怪我? どういう意味だね。それが澤田と関わっているというのは?」

 武史は知らないようだった。いや、知っていたとしても、それを表に見せるような男ではなさそうだった。美和は真の顔を見た。真は美和を少しの間見つめていたが、やがて決心したように言った。
「実は澤田がパトロンになっているという噂のある女が銀座にいるんですが」
「先生」
 美和が心配して遮ったのを、真はいいんだ、というように目で合図してきた。
「その女と一年以上前から懇意にしているもので」

 武史は暫く真と美和の顔を交互に見ていた。それからほっとしたように笑った。だがその笑顔にはひどく不自然なものがある。笑いなれていない人間の顔に思えた。あるいは、上手く笑っているが、心からは笑っていない。
「お前も男なんだし、そのくらいのことで非難されることもないだろう。それで、お前が一年も前からその女と懇意にしていて、それなのに急に最近澤田顕一郎がお前に接近してきた。それには何か理由があると思った。だが、まだわからないな。大和君が怪我をしたということと、それが何の関係が? 何より、大和君の怪我というのはどういうことなんだ?」

 真はまだしばらくの間、言葉を探すように黙っていた。美和には、真がそれでも用心しているように見えた。
「誰かに暴行されたようだ、と。酷い状態で、それでも本人は何も話そうとしない。挙句に病院から消えました。彼自身の意思か、さらわれたのか、今のところわかりません。ただ、澤田に関わりのある女が、ある事件の関係者ということがわかって、竹流自身もその事件に関わっていた」 
 武史のほうも頭を最大限に回転させているように美和には見えた。
「まず、食事を片付けよう」





一気に行こうかと思ったのですが、あまりにも長いので半分にしました。
えぇ、今から宣言しておきます。何げない登場をした人物が、本当に何気なく終わることもありますし、実は後でかなり重要な役割を果たしていたと分かる場合もあり、無茶苦茶怪しい癖に実はいい人だったり、無茶苦茶怪しくてやはり怪しかったり……
さて、このお父ちゃん、いったいどれでしょう……
答えは……ラストまで教えられません^m^

前回のことですが……カミングアウト、などと大仰なことをしなくても、別に良かったのかしらと思いつつも、皆様の暖かいコメントにちょっとうるうるしております。
コメントのお返事もう少しお待ちください。遅くなっていてごめんなさい。
嬉しいので?じっくりお返事させていただきます(?)
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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