FC2ブログ
10 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨47] 第7章 父と子(5)/ 家系図 

前回あまりにも中途半端だったので、続きをアップします。
これで第7章は終了です。美和ちゃんの啖呵(?)をお楽しみください(^^)
啖呵というのか、心の声ですね。こういうシーンを見返すと、なんでこの二人、恋人に収まらなかったのだろうと思います。そこが面白いんでしょうけれど。





 武史はさりげなく宝田や賢二にも気を使って、それからは事務所の仕事のことや、事務所に勤めている馴れ初めのことなどを彼らに聞いたりしていた。
 その間に幾らか酒が入って、美和も少しずつ気分が良くなっていた。宝田と賢二も同様のようだった。ほぼ下戸のはずの宝田も、今日は逆らえないと思ったのか、意識を失ったほうが勝ちと思ったのか、多少飲んでいる。

 食事が終わると隣の部屋に席を替わって、上等のウィスキーを振舞われた。
 美和は、本筋の見えないムードに幾らかやけになってきて、とりあえず飲めるだけ飲もうかと思ったが、さりげなく武史が美和の飲んでいる水割りを薄くしていってくれているのが分かって、多少感動した。
 宝田は頑張っていたが、緊張から飲めないものを飲んでしまって、既に鼾をかいていた。女将が来て、宝田に布団を掛けてくれる。
 美和がちらりと見たとき、女将と武史は静かに視線を交わした。賢二はまだ緊張しながらも付き合っていたが、半時間後にはダウンしていた。

 真と武史は向かい合って暫く黙って飲んでいる。それから武史に奨められて、真は煙草に火をつけてもらっていた。美和が一旦トイレに立ってから戻ってきたとき、二人は同時に美和を振り向き、それからほとんど同じタイミングで煙草の灰を落とそうとした。

 美和は二人の横顔を同時に見て、そしてその瞬間、随分と前から大脳を刺激していたものが、あるべきところにピンと収まった。もう少しで声を出すところだった。

 だが、美和はそれを飲み込んで、真の隣に座った。
「大和君は一体何の事件に首を突っ込んでいるんだ?」
「絵のことかと」
「絵? それは彼には本職だろうが、澤田が絵に造詣が深いとは聞いた事がないが」
「でも絵画には金銭的価値もありますよね」
 武史は暫く真の顔を見ていた。

「例えばレンブラントやフェルメールなら?」
「まさか、どこかの美術館から盗み出したとでもいうのか」
「知られざる名画が埋もれていたとか」
「それは、特にレンブラントやフェルメールの場合大いにあり得るが、しかし一方で、それを本物か贋物か判定するのは実に困難だし金も時間もかかる。その『知られざる名画』に金銭的価値が付随する前に、個人なら破産しかねないね。特にフェルメールなどはこれまでにもさんざん贋作が現れ、あるいは同じ時代の他の画家のものが彼の作だとされて大騒ぎになった歴史があるので、既に皆が用心している。だがそれでも、もしもそれが『知られざる本物』だというなら、条件がある」

「条件?」
「簡単なことだ。その絵を本物と知っていること、つまり来歴がはっきりしているということだ。あるいはその持ち主にとって本物と思い込める何かがあること、そしてその持ち主が、金銭でもなんでもなくその絵そのものを他人の目に触れさせたくないほど愛しているということだ」
「澤田はそれには当てはまらないと」
「そうだね」
「では誰が」

 美和には、真が何かに縋り付きたいと思っている気配がよく分かった。そして、そのことを武史も気が付いていると思った。
「澤田自身に確認したのか」
「澤田は彼の話題には全く興味を示さなかったんです」
「だがお前は澤田が何かを知っていると思っている」
「そうです。澤田の秘書は事務所ではなく僕の自宅でもなく、竹流のマンションに電話を掛けてきた。僕が何も言わないのに、竹流のマンションに僕を送り届けた。それに、ある刑事が河本さんから、澤田と竹流と僕を見張るようにと指令を受けていた。その人の話では、澤田も竹流も同じ人物と関わっているようだ、と。僕はてっきりあなたもその件で日本に帰ってこられたのかと」

「真、私は河本に指令を受ける言われはない。帰ってきたのが休暇でも悪くはないだろう」
 武史は淡々とした口調でそう言った。その声が美和には酷く冷淡に聞こえた。
「それは、そうですが。でも、澤田には会われたんですよね」
 武史はそれには何も答えず、表情も変えなかった。真が武史の顔を見て更に何か言いたげにしたが、結局口をつぐんだのを見て、美和は武史に向き直った。

「先生は大家さんのことを心配してるんです。先生にとって大家さんは親や恋人も同様ですから」
「親や恋人?」
 武史が呟くようにして顔を上げ、美和を見た。
 美和はその深く強い、冷淡な視線に対抗するように、思わず次の句を継いでいた。
「先生は小さいときからずっと苛められてて、それは外見のせいもあるけど、でも一番悪いのは守ってくれる親がいなかったからです」

「美和ちゃん」
 真が思わず美和の腕を掴んだのを、美和は振り払った。本当のところはかなり酒が廻っていたし、さっきからずっと我慢していた感情が噴き出してしまった。
「大家さんが先生をずっと庇ってくれていた。勿論、人と人との間のことだから、始めから良好で親密な関係ではなかったにしても、大家さんは、先生が攫われてひどい目に遭った時だって、周囲構わず相手に戦争を仕掛けそうだった。そういうことは多分ただの恋人ならしない。自分の立場や相手の状況もかなぐり捨てて怒れるのは、本当なら親のすることだわ。その大家さんがあんな怪我をさせられて、その上行方不明で、正気でいられるわけがないです」
「美和ちゃん、いいから」
 真が止めるのを美和はもう一度無視した。
「あなたが先生の親なら、何とかしてあげようとは思わないわけ?」

「美和ちゃん」
 ついに真は美和を引き寄せて頭ごと抱えた。
「酔ってるんです。すみません」
 真の声も淡々と響いた。美和はその声を、頭を押し付けている真の胸を介したまま、乾いた振動として感じていた。武史の表情は見えなかったが、二人とも長い間黙っていた。
 真の心臓の音は随分と不規則に感じる。不安と混乱がその不安定なリズムの奥に見え隠れするのに、音質は単調でぱさぱさとしたものだった。その音を聞いている間に、美和は無理矢理、平静に戻されたような気がした。やがて真の腕の中から離れるようにして、真の顔を見る。真の表情は冷めたままで、そこには怒りも不安もなく、あるいは感情さえ窺うことができなかった。

「ごめんなさい、半分妄想です」
 そう言って恐る恐る見たが、武史も怒っているようではなかった。
「いや、隠しているつもりはない」
 武史は静かに抑えた口調で答えた。

 その強い意思で抑制された感情の奥を、美和は例の文章教室トレーニングの要領で更に妄想してしまった。本当はこの人も辛いのだろうと、大体そうでなかったら先生が可哀想と、そう思った。
 それでも、もしかしてこの人は、先生が自分の仕事のせいで間違えて危ない目にあったり殺されたりしても、この無表情を変えないのだろう。何かを深く感じるということを既に捨ててしまった人間の魂は、冷たく固まって、もう何一つ受け入れようとしないように思える。

 真も黙ったままなので、美和は居た堪れない気持ちになった。
「さっき、先生と叔父さん、向かい合って煙草吸ってたでしょ。あ、同じだと思ったの。仕草とかそんなんじゃなくて、顔や背格好の似ている、似ていないじゃなくて、その人が内側に持っているオーラみたいなもの、それが同じに見えた。ごめんなさい。気に障ることを言うつもりじゃなかったんです」

 武史も真も、しばらくの間何も言わなかった。女将が一度、氷を取り替えにやってきたが、何も言わずに直ぐに出て行った。真はもう一本煙草を引き出して銜えた。ライターの火で真の表情に幾らか翳りができ、一瞬強く燃え立った後では、闇は一層深くなったように見えた。
 やがて真は淡々と言った。
「別に、僕はあなたを恨んでいるわけではありません。今更、あなたにどうこうして欲しいと思っているわけでもない。ただ、竹流をあんな目にあわせてさらったやつがいるなら、そしてもしあなたがその相手を知っているなら、教えて欲しいと思っただけです」
「それで、お前はどうするつもりなんだ」
「知れたことです」
 武史は黙って息子の顔を見つめていた。美和は急に真のことも武史のこともおっかない気がした。
「それは、彼の『父親』に任せられないのか」
「イタリア人の力を借りたいとは思いません。挨拶もしてもらっていない。これは彼と僕自身の問題だと思っています」

 武史は息をつくようにして煙草を取り、火をつけた。美和は黙って武史と真の顔を窺っていた。どちらも自分の感情を最大限に堪えているように見えた。
「だが、あの男は使いようだ。もし相手が接触してきたら、迷わずに会いなさい。お前の協力者にはならないだろうが、あの男は自分の後継者のためなら国一つ滅ぼすくらいのことはする。それから、澤田が何を考えているのか、お前が直接聞くことだ。あの男はお前の力にはならないかもしれないが、利害は一致するかもしれない」
「河本さんは」
「真、お前も分かっているだろうが、あの男は表向きとは違う顔を持っている。お前が彼に協力を求めれば、その代償は高くつく」

 真はまだ暫く武史を黙って見つめていた。美和はその真を見ていたが、やがて真が淡々と言った言葉にいくらか動揺した。
「あなたは、本当は何が目的で日本に帰ってきたんですか」
 美和は真が自分の父親すら疑っていると思った。だが、それに答えた武史も、一線を越えてくることはなかった。
「休暇だ。それに河本の戯言を聞く必要もありそうだと思った」
 今度は武史もはっきりと、議論を打ち切るように断言した。

 暫くして女将がやって来て、彼らは相談して宝田と賢二をここで寝かせておくことにした。帰りがけに美和が武史に頭を下げると、武史は美和の腕を優しく叩いて、囁くような優しい声で言った。
「真を頼みます。あの子にはあなたのような人が必要でしょう」
 美和は思わず武史を真正面から見つめた。美和は一度呼吸を整え、それから堅い岩のように感情を押さえ込んだ男に、ひとつひとつの言葉を何とか響かせようと、ゆっくりと言った。

「さっきも言いましたけど、先生にとって、一番大事な人は大家さんなんです。大家さんが帰ってこなかったら、先生は」
 だが、これ以上は言葉にならなかった。
 武史は、今日美和が見た中では一番優しい表情を見せた。
「彼はずっとここにはいられない男です。ヴォルテラが跡継ぎを諦めることはないし、実質ヴァチカンの懐刀であるヴォルテラが、あの子たちの関係を認めることもない。たとえそれが恋人同士ではなく、きわめて親密な親子のような関係であっても、です」

 美和は真に今の言葉が聞こえていなければいいと思ったが、武史はむしろ真の耳に入ることを望んでいるように思えた。
 不意に、この男がコロンと煙草の臭いの向こうに隠している本当のにおいが鼻についた。それは美和の世界の中には本来なら存在していないにおいだったが、彼女の妄想はそれを嗅ぎ分けて認識した。





さて、次章、第8章は『ある代議士の事情』です。
真の心の中へ少しずつ、入っていってくださいませ。

以下、ちょっとコラム。
…続きを読む


昔の落書き家系図、ちょっと公開です(^^)
と言っても、一部設定が微調整されているのですが、大筋は変わっておりません(^^)
真の嫁の設定は結構大きく変わりましたが、それ以外はほとんど同じかな。
って、いつからこの設定なのよってくらい古い話なのですが。
お察しの通り、中心になっているのは、真の息子の慎一です。で、まだ娘のれいなの子ども以降はここには出てきておりません。
家系図
それどころか、この頃、相川武史、つまり真のパパの青春時代(戦後間もなくですよ!)を書いていたのです。
びっくりしますよね……つまり、アニキ=相川功と女の取り合い(なんて派手なことをしたわけじゃないけど、結果的に)をしていた話。あの頃は、兄弟葛藤が大好きで(今でも大好きだけど)、しかも夏目漱石の『こころ』『それから』に思い切り感化されてまして。
それがこの【海に落ちる雨】では思い切り省略されて、澤田顕一郎の思い出話の中に組み入れられていた、という。
ちなみに、【雪原の星月夜】はこの武史・功の話が大きな下敷きになっていますので、またお楽しみに(って、いつの話?)。

繰り返しますが、顔は全く気にせずにお願いしますね。
落書き、ですから^^;
関連記事
スポンサーサイト



Category: ☂海に落ちる雨 第2節

tb 0 : cm 2   

コメント


美和の啖呵が心地いいですね。
この物語で、一番読者の感情に近い位置にいる美和の言葉は、読者の心の代弁者ですね。
すっきりしました。
武史さんには武史さんの事情があるにしても、やっぱり真は心を持つ、青年なんですもんね。純粋だし^^(真くんは純粋で健気なのです)←断定??
武史さんって、こんなにも紳士で、気遣いができる人だったのですね。
もっとギラギラ下、野性的な、危ない感じの人かと・・・勝手に想像していました。
ちゃんとこうやって、穏やかに話を聞いてもらえる存在で、ホッとします。
だからといって、気を許せる感じには思えないのですが。
美和ちゃん。このあとも、真をよろしく。

それにしても、本当にすごい設定!
こんなにもきっちり家系図が組まれていたとは。やはり、物語の構成の仕方や振り幅が、まったく私なんかとは違うなあと、改めて思いました。愛情がもう、ここから溢れてきています。
ああ、私も、そんなに大事に付き合えるキャラを、生み出したい><

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/07/07 11:12 [edit]


limeさん、ありがとうございます(*^_^*)

美和の啖呵にすっきりしていただいて、ありがとうございます。
そうなんです。ここは、もう、気分よく書いていました。
美和は私たちの代表として、この物語の語り部になっていますので……
でも、実はちょっと悩める乙女。
彼氏がいるのですよね、ヤクザの^^;
で、このヤクザがまた、いい男なんです。いえ、決してヤクザさんにプラスの感情とかを示そうというのではありません。でも、ちょっと浅田次郎さんの世界みたいになっているかも。
登場人物が結構いろんな職業になので、その一環と思っていただければ……
後半には、美和もちょっと揺れ揺れの気持ちになりますが、真と美和はどちらかというと戦友みたいな感じなのです。お互いに大事なんだけど、恋人とはちょっと違うのかな

> 武史さんには武史さんの事情があるにしても、やっぱり真は心を持つ、青年なんですもんね。純粋だし^^(真くんは純粋で健気なのです)←断定??
純粋!ということにしていただいてありがとうございます。
うん、そういうことにしよう!(と力を入れる作者^^;)
この人は多分、いささか反応が幼いところがあるのですよね。純粋なのか、単純なのか?
複雑な人間なのですけれど、結構内側の芯のところは動物的直感で動いてしまったり、そこから出てきた感情に流されたり。
で、こういう、頑なな面もあり、で、打たれ弱いところと、妙に強いところがあって。
でも確かに健気かもしれません。

> 武史さんって、こんなにも紳士で、気遣いができる人だったのですね。
> もっとギラギラ下、野性的な、危ない感じの人かと・・・勝手に想像していました。
> ちゃんとこうやって、穏やかに話を聞いてもらえる存在で、ホッとします。
> だからといって、気を許せる感じには思えないのですが。
いや、もう全然、気を許してはいけません。
でも、もうすぐ添島麻子刑事の感想が出てきますが、少し人が変わったかもしれません。
若い時はもう、子どもがいるのかどうかも忘れていた時期もあったのじゃないかと思うくらい。
仕事が仕事ですから、多分、死ぬか生きるかで、息子なんて忘れてた時期があったと思うのです。
でも兄貴が死んでしまってから、ちょっと気になっていて、気になったらどんどん気になって。
ぎらぎら、野生的、危ない、という時代は確かにあったと思います。
あぁ、でもこの話の少し本筋に近いところの話になっていくので、今は言えないことがいっぱい^^;^^;

> 美和ちゃん。このあとも、真をよろしく。
はい、美和に任せといてください。
最後はまた別の啖呵を切りますから(^^)
真は最後まで、美和には頭が上がりません。

> それにしても、本当にすごい設定!
> こんなにもきっちり家系図が組まれていたとは。やはり、物語の構成の仕方や振り幅が、まったく私なんかとは違うなあと、改めて思いました。愛情がもう、ここから溢れてきています。
いえいえ、これはもう多分20年以上前の設定なのです。少し変わっているところもあるので、まさに『楽しんでね』程度のもので、いささか適当なのですけれど。
昔って、暇だったのですね。
こんなの書いて遊んでいたという……(^^)
丁度あの頃、真の時代の話を数本書いて、後はジョルジョの少年時代、武史と功の話(兄弟葛藤が好きすぎて)、そして慎一(息子)の音楽学校話、真の曾孫の真のロックバンドの話をやたらと書いていたので、友人たちから家系図・人物相関図を書けと言われておりまして……(^^)
いえ、もう、お目汚しですみません!

> ああ、私も、そんなに大事に付き合えるキャラを、生み出したい><
何をおっしゃいますやら!
沢山、愛すべきキャラを生み出すlimeさんのほうがすごいです。

では、またまたゆっくりこれから出てくるあれやこれやの人物たちをお楽しみくださいませ(^^)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/07/07 20:52 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/199-ec2d5e5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)