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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

❄10 紙を剥ぐ 古い地図 末代まで 

 福井駅からはタクシーは街を外れて海岸の方へ向かった。道の脇の防風林、時々二車線から車線が消える真っ直ぐな道、所々に低い家しか見えない海の近くの風景は、どの町でも同じように見える。懐かしい浦河の海岸部の道が重なった。
 進行方向に日本海が見えていた。そしてタクシーは一軒のトタン屋根の比較的大きな建物の前で止まった。敷地は十分に広そうだが、工場のような平屋の建物は人気もなく寂れている。
 車を降りると、日本海からの風が身体を刺すようだった。四月の始めとは言え、ここはまだまだ春には遠いように思えた。
 すぐに建物の開き戸が軋みながら重々しく開いた。
「待っとったぞ」
 厳つい親父が顔を出した。とは言え、厳ついのは顔だけで、体つきはお寺の住職と同じで小さかった。皺を顔いっぱいに刻み、無精髭を中途半端に伸ばし、髪にも白いものが混じっているこの厳つい顔の親父に、竹流は嬉しそうに抱きついた。親父はこの外国人風挨拶にまだ慣れないのか、その厳つい顔のまま、いくらか照れたように見えた。
「さっそくかかるか」
 竹流は頷いた。彼らは建物の中に入った。
 古い工場のような場所だった。空気は冴えていて、風が凌げるだけで、気温は外と変わらないようだった。親父は漁師のような黒い厚手の長いエプロンをしていた。
「連れは手伝いか?」
「いや、訳ありでして」
「こんな寒いところは何だから、おれの娘んとこに行ってるか」
 事情を聞くと、真は寒くてもいいからここにいると答えた。親父はちょっと妙な顔をしたが、何も言わなかった。無言のまま、休憩に使っているらしい奥の六畳ほどの畳の間に、石油ストーブをたいてくれた。それでも、結局真は、親父の貸してくれたドテラを肩に掛けて、作業場に座って彼らの仕事を見ていた。
 作業場には大きな紙漉きの道具がいくつもいくつも並んでいた。真には何が何なのかよくわからなかったが、これは相当な体力のいる仕事だろうと思った。
 竹流と親父は、奥の台の上で何回も何回も掛軸を確かめ、話し合っていた。こうしてみると、厳つい顔の小さい親父まで神々しく見えた。
「しかし、まぁ、御丁寧な仕事だな」
「だから、あなたの手がどうしても必要だったんです」
 竹流が相手を立ててそう言っていることが伝わってきた。親父は顔にこそ出さなかったが、竹流の腕を叩いて、信頼の感情を示そうとしているように見えた。
「巻かれていた分、傷みも不均一だし、しかももとの紙は随分上等だな」
「生漉奉書」
「ふん、どんどん見る目だけは確かになってきおって。それでわしんとこに来たか」
「えぇ。でもこの紙はピカソも使っていた。あなたの受け売りですが」
「何枚に剥いどるんだ?」
「二枚なら、その場でも剥そうかと思ったんですが、どうやらそうではないらしい」
 親父は幽霊の掛軸を検分している。紙とは、そういう方向からも見ることができるのか、と真が感心するくらいの熱心さだった。
「らしいな」
「しかも、紙は立派だが、後で貼り合わせた糊が問題で、多少不安だったものですから」
 真には何の事かわからない会話はしばらく続いていたが、すぐに彼らは作業に取り掛かり、あとはほとんど沈黙していた。真も黙ってその作業を見ていた。
 何かと分かって見ていたのではなかったが、飽きることもなかった。二人の職人の手は、小気味いいほどのスピードで進んでいたし、手元を見ているだけでも飽きなかった。どこにも無駄がない手は、彼らの作業の意味がわからない者にも、その正確さや丁寧さ、そして技術の高さを伝えてくる。真は、自分自身の仕事に熱意と自信を持っている男たちの姿を見つめながら、心地いい気分に浸っていた。
 夜も更けてくると、作業場はどんどん冷え込んだ。じっとしている真には随分寒いところだったが、あまり気にもならなかった。安定の悪い木の長椅子に膝を立てて座って、真はいつの間にかうとうとしていた。
 ここでは妙な気配もなく、眠れそうだった。
 眠気が襲ってくる中で、誰かが、多分親父なのだろうが、毛布を掛けてくれた。ふわふわと暖かく心地よかった。
「済みません」
 少し離れたところから竹流の声が聞こえてきた。
「離れとるのが不安なのか?」
「俺の方が、です」
「まあ、織田信長も三島由紀夫もそうだったというし、だいたいあちこちのお寺にゃ、いわゆる寺小姓というのがいたし、つい近年まで日本では衆道というのは恥ずかしいことでもなんでもなかった。お前さんの国辺りでも、アレキサンダー大王とやらも、ダ・ヴィンチやミケランジェロもそうだったというじゃないか、わしは驚かんが」
「おやっさんの博識には恐れ入りますが、そういうんじゃないんです。いや、いっそそういうことなら、簡単でいいかもしれない」
 一体何の話だろうと頭の隅っこで考えていたが、よく分からなかった。


 真が目を覚ますと、作業場ではなく、奥の和室の布団の中だった。石油ストーブの上ではヤカンがしゅんしゅんと湯気を上げていて、真は薄い古ぼけた布団の中で暫くその音を聞いていた。古い黴と埃の入り混じった懐かしい重い匂いが辺りに漂っている。
 身体を起こして周囲を見渡し、真はほっと息をついた。六畳ほどの畳の部屋には炬燵と、真が眠っていた布団と、背の低い棚、それに石油ストーブが置いてある。背の低い棚は木で作られていて、色々な紙が雑然と放り込んであった。
 暖かく、気分は良かった。
 汗や埃や年月の臭いが滲みついた親父のドテラを肩にかけ、建て付けの悪いガラス障子を開けて作業場に降りると、そこには誰もいなかった。作業場の古い木の台の上の天井や周囲の壁から、いくつかの紐が渡されていて、何枚かの紙がそこに吊られている。
 作業台の間の通路の向こうに外への扉がある。扉が開いていて光が差し込んでいるのを見て、真は土間を光の方へ歩き、まだ寒い外に出た。
 親父と竹流は、建物の短い軒下の木の長椅子に腰掛けて煙草を吹かしていた。その向こうには、空き地のような広い土地に薄い緑が芽吹き始めていた。時々、低い草の芽を撫でるように風が吹く。潮の匂いが体を包み込む。
 煙草の煙も一緒に、風に取り込まれた。
「起きたか?」
 真は頷いて、親父とも目で挨拶を交した。
「お前も、どうだ?」
 そう言って差し出された煙草を、真は一本もらった。
「煙草、珍しいね」
 酒はよく飲むが、竹流が煙草を吸っている姿を見ることはほとんどなかった。仕事の上で臭いや煙が気になるのかもしれない。
「ひと仕事の後の一服は格別だからな」
 それからしばらくの間、三人で黙って煙草を吹かしていた。
 静かな時間だった。仕事を終えた男たちは、随分と清々しく見えた。自分の腕と技に確かな自信を持っている男たちの匂いと息遣いが、冷えた朝の空気の中で光の輪郭に縁取られていた。親父は小柄ながらも、太い腕と大きな背中を持っていた。竹流の背中も大きく、大きな手を持っている人には珍しく器用だった。
 あれ、と思った。竹流の左手の薬指に指輪がなかった。
 そうか、仕事だから外したのだろうと思い、半分ほっとして半分辛くなった。
 一服して作業場に戻ると、紐に吊るされていた紙が作業台の上に降ろされた。真はそこに、幽霊と、今初めて見る二枚の見取り図のようなものと、それから貢ぎ物目録と何か手紙のようなものを認めた。
「この幽霊はどうするんだ?」
 親父が竹流に確認するように聞いた。
「親父さんの奉書を頂けますか? 掛軸に戻してやりたい」
 親父は自分の漉いた奉書を裏打ちにして、自ら作業をしてくれた。その器用な作業を見ながら、竹流が真に囁いた。
「終わったら、奥さんの手料理をご馳走になろうな」
「結局それが楽しみで来とるな」
 親父が顔も上げずに言った。ふと作業台の上を見ると、銀の指輪が外されたままぽつんと光っていた。拾い上げて竹流に手渡すと、竹流は少しの間真の顔を見つめていたが、やがて指輪を受け取り、また左の薬指に戻した。
 作業が終わって、幽霊は掛軸へ、初めて見る二枚の見取り図のようなものは奉書で裏打ちされた和紙の上へ、巻物の貢ぎ物リストもその裏にあった手紙も、それぞれ納まる形に納まった。
 そこへ軽トラックで親父の奥さんが現れて、親父は助手席に、真と竹流は荷台に乗り込んで、親父の家に行った。軽トラックは左手に松林とその向こうの日本海を見ながら、まっすぐの道を随分と走った。
 竹流はさすがに疲れたのか、トラックの荷台で揺られながら、そのまま真にもたれ掛かってきた。
「帰りに東尋坊に連れてってやろう。先に、ちょっと寝てからな」
 そう言っている間にも、もう竹流の意識は半分落ちかけていた。真は自分の胸の辺りに預けられた彼の頭を、何となく抱くようにした。
 顔を上げると、かすかに潮の匂いが香っている。


 親父の家に着くと、彼らが来ることを知っていたのだろう、魚料理を含め、朝食とは思えない豪勢な料理が並んでいた。米は美味く、みそ汁のわかめも何か特別なもののように海の匂いが香った。
 それから竹流は、親父の家の狭い座敷で横になって、二時間ばかり爆睡していた。
 その横で、真は竹流から渡された数枚の紙を、座敷机の上に並べて見つめていた。
 洗浄を終えた後では幽霊はより鮮やかに美しく見えた。幽霊に鮮やかも妙なものだが、すらりとした体つきに憂いのある面長の瓜実顔で、上品な幽霊だった。目は細く涼やかで、唇には優しげな笑みさえ浮かべているが、どこか淋しげにも見えた。
 紙が洗われる前に比べると、随分おどろおどろしさも消えて、足があれば幽霊というよりも美人画だ。それは、やはりあの祠の前で見た美しい女性に生き写しだった。
 それから真は、幽霊の下から出てきた二枚の見取り図のようなものを確認した。
 本当に宝の地図が出てくるとは、と真は思っていた。
 しかし、ちょっとばかり問題があるようだった。その見取り図はどう見ても、今の寺のものではなかった。
 それにこの『宝の地図』には、ここにお宝がありますよ、という印がなかった。しかも、全体に薄い墨で描かれ、その中でも濃淡の激しい、読みにくい見取り図だった。
 真はもう一枚の見取り図を、というよりもこちらは地図のようだったが、見つめた。それをぼんやりと見つめていると、何か引っ掛かるものがあった。
 そうか、これはもともとの神社の敷地全体の地図、のようだ。
 見ると、手前の方に本社があって、その先に奥宮があるようだったし、その奥宮が、自分が一昨日行ってみていた杉林の上の注連縄の囲いの辺りだとすると、その地図の上では、奥宮の先にまだ別の鳥居のマークがあった。
 幻の中で見たあの窟かもしれない。昔はやはりあの場所にあったのだろうか。
 ただ、その鳥居のマークは見取り図の中ではそれだけ浮き上がっているように見え、マークを起点にして不思議な線が描かれており、地図の両端を弧を描いて、本殿の辺りまで伸びていた。
 だがそうやってみると、今の寺が建っているところは、丁度本堂の辺りが元々の拝殿で、今自分たちが寝泊りしているところが本殿の辺りになりそうだった。本殿の廻りには瑞垣があって、その内部にはそもそも神職の者しか入れないと言われているが、あの広間と自分たちの寝起きしているところ、それから枯山水の庭が大体本殿の部分になるようだった。つまり、自分たちが寝泊まりしているのは、まさにもともとは禁足地なのだ。
 祠のある位置は、満更いい加減な位置ではないのだろう。
 もともとの本殿の中心なのかもしれない。
 それから改めてもう一枚の見取り図を見た。
 確かにそれは元の神社の拝殿と本殿の見取り図のようにも見えるが、これが今の寺とどうやって重ねればいいものやら、分かりかねた。
 真はぼんやりと見取り図を見つめながら、ふと龍のことを考えた。
 龍のことを考えていると、何やら不思議な感じがしてきた。住職は初めに、この寺が、あるいは元の神社が、京の東の守りだと言っていた。そのことを不意に思い出した。
 そう言えば、京都自体、桓武天皇が平安京を創建したとき、怨霊から京を護るための巨大な陰陽道の呪術装置だったと聞いたことがあった。京都の東北、つまり鬼門には比叡山延暦寺が、北方には鞍馬寺が置かれている。あの寺はもとの大内裏からすると、丁度比叡山の方向になるのだろう。
 それに、伝説の守護獣がいる。確か、東に青龍、北に玄武、西に白虎、南に朱雀。
 そうか、丁度東だから、お寺のある位置は青龍の方向。どれもおっかない顔をしてたっけな? 玄武なんか、亀かと思えば蛇までひっついているし、まぁ、朱雀はそうでもないけど。
 それからぼんやりと見取り図を見ていると、このシンメトリックな図の中にいくつかの違和感を憶えた。瑞垣の中にいくつかの細かい絵が書かれているし、何となく濃淡もあって、見にくい図だ。古いからなのだろうか。だが、竹流が洗浄したその紙は、むしろ汚れを排除して元の姿を現しているはずだった。
 その細かい絵の中でひときわ目立つのは、ひとつは拝殿脇にある東側の丸、それからやはり拝殿の西脇の棒のようなもの。
 何だろう、これ。剣と、珠?
 よく分からないが、形はそんなふうに見える。そしてその模様の直ぐ脇を、鳥居からの不思議な線が通っている。
 真が熱心に見入っていると、竹流が起きだしたようだった。
「どうした?」
 竹流は身体を起こして、机の上に広げられた見取り図を見、それから真の顔を覗くようにした。寝起きで幾らか癖がついたくすんだ金の髪が、真のすぐ側でわずかな光を跳ね返した。
「どう思う?」
「もとの神社の見取り図じゃないかと思うんだ」
 真は自分の声が擦れて頼りない気がした。竹流は真の顔を見た。
「なるほど、そうかもしれないな」
「何で二枚も?」
「わからん。だが、その全体図を見る限り、立派な神社だったんだな」
「この印、何だろう?」
 真は丸い印と線のような印を指した。
「不動明王の印か?」
「いや、何か、丸と棒。珠と、剣?」
 竹流はそれを確認するように見つめている。
「それに、ばらばらの二ヵ所になっているし。不動明王がバラバラってのも妙じゃないか」
「今の寺の位置からすると、何処になるんだろうな」
 真は、杉林の位置が奥宮になるとすると、祠の辺りから自分たちが寝泊りしている広間と次の間が以前の本殿、現在の本堂のあたりが拝殿になるんじゃないかと言った。
「すると、この丸は? 庭の端か、廻り廊下の隅辺りか。丸いものなんてあったか?」
 竹流は顔を上げて真の方を見た。疲れた顔だったが、目にはまた精気が蘇っている。
「丸いといえば、古い水盤があったけど」
 真は呟いた。そう言えば、メインになっている庭は枯山水の庭で水の気配はなかったが、その水盤にだけは水が張ってあった。
「あれ、どうなってたっけな?」
「水が湧いてたのかな? 和尚さんがお茶を点ててくれたとき、朝一番に底の水を汲むって言ってた」
「じゃあ、この棒の位置は?」
「広間より随分西だし、あっちは行ってみてないけど。本堂はもっと南の西だろう?」
 二人とも、またしばらく地図を黙って見ていた。
 すぐ傍に、竹流の温度と体臭がある。体臭と言っても、この男の身体からは香木のようなかすかに甘い香りがしていた。香水をつけているようではなかったから、この男自身の匂いなのだろう。
 学生の頃、勉強を教えてもらっていた時にも、こんなふうに、すぐ傍にこの男がいた。二人の間にある数式や記号が、世界の全てだった。懐かしく、苦しかった。
 真は息を整える。
「それに、何だか不思議な感じがするんだ」真は呟くように言った。「昔、あんたが教えてくれなかったっけ? 京都は陰陽道の何かによると、天然の怨霊防御要塞みたいなものだって。東に青龍、北に玄武、西に白虎、南に朱雀。それぞれ何かの景観の象徴だったよな」
「青龍は、すなわち川、京都で言えば鴨川だ。玄武は山、京都では山というほどの高さではないが、船岡山。西の白虎は大きな街道、京都からは山陰道が延びている。南の朱雀は窪地あるいは湖畔を指している、今はもう埋め立てられているが、伏見の辺りの巨椋池だ。でも、それがどうかしたのか?」
 真は、古い神社の見取り図と思われる図を示した。
「この寺の建っている土地は、北側が小高い山みたいになっている。どっちに向いているのがより自然景観的にいいのかわからないけど、建物の開口部が南に面している、つまり庭が南にあるように造るのが普通じゃないないかと思うんだ。でも、この寺の庭園はわざわざ北の山の方を向いている。この庭で、少なくとも外からわかるように水があるのは、東の水盤だけ。この寺の入り口は西側で、外への道が出ている」
 竹流は、真の顔をじっと見た。
「お前、その才能がありながら、何で美術品の良し悪しがわからないのか、それが不思議だ」
「そんなの関係ないだろう」
「いや、昔言った通り、お前には一瞬目に写ったイメージを、写真のように脳に焼き付ける才能があるんだ」
 別に褒め言葉とも思わなかったので、真はそれを無視した。
「南に窪地か池があると辻褄があう。ちょっと気になるのは、東にあるのが川じゃないってことだけど、逆に南に窪地があれば、この寺自体が京都の町の縮小図か、さもなければこの寺自体も陰陽道の怨霊退散システムってことだろう? ただ、今の本堂や広間を含めた建物が建っている位置は、確かに北側よりは低いけど、窪地ってほどじゃない」
「だけど、窪地があるはずだ、と言いたいんだな」
 それから竹流はその地図をもう一度眺め、地図の上方に描かれた、鳥居から伸びている左右二本の弧のような線を指した。
「この線は? 川みたいにも見えるが」
「水脈、かな?」
 竹流は地図を見ながら、ちょっと考えていたが、真を促して立ち上がった。
「東尋坊はやめとこう。よく考えたら自殺の名所だし、これ以上何か変なものにも取り憑かれても困る。京都に帰るか」
 親父と奥さんに礼を言って、彼らは慌ただしく駅に向かった。


 京都に向かう雷鳥の中で、竹流は貢ぎ物リストの裏から出てきたという文を真に見せた。小学校で使った半紙ほどの大きさの紙にわずかに三行、墨は薄いが文字には力が篭り、何かが浮き出てくるように見える。最後に記された署名にはまだかすかに赤みが残っていた。
「これ……」
 真が言葉を呑み込むと、竹流は真の手からその紙を取り上げ、ゆったりと巻いた。
「初っぱなからえらいことが書いてある。どうやらその貢ぎ物の主は、子どもの母親の実家のようだな」
「何て?」
「簡単に言うと、祟ってやる、と書いてある。しかも、墨ではなく、血だ」
 真は淡々と語る竹流の顔を見つめた。
「貢ぎ物、というよりもそれは取り上げられたもののリストなんだろう。子どもが死んで、尚且つ実家から相当のものが時の権力者へいっている。その田畑の面積など只ならぬものがあるしな。戦国時代を経ると、日本の家もほぼ男系になっていくが、このころは女の実家の方もかなりの権力を持っていたりする。家を存続させようと必死だったのか、何とか生き延びようと必死だったのか、ある意味将軍家を含めて、色んな家が一族内の内紛を繰り返した時代だからな、貢ぎ物か賄賂か、取り上げられたのか。その記録魔の絵師は、どっちかというと、嫁の家の婿養子のような立場だったようだ。子どもが亡くなって、母親も死んでいるようだし、それが病死か自殺か、はたまた殺されたのかは分からないが」
 真の頭の中に、どちらかといえば短めの文章の中に浮き出すような『怨』という文字が浮かび上がった。
「末代まで祟るって?」
「末代、どころか、国を滅ぼす勢いだな」
 真は思わず自分の手に力が入るような気がして、握りしめた。それに気が付いたのか、竹流はいつものように、子どもにするように真の頭に手を置いた。
「まぁ、そんなに祟りが溢れていては、この国は道も歩けない。それにその時代からもう六百年近くも過ぎようっていうんだ。もし本気で国を滅ぼす祟りだったのなら、太平洋戦争の時に日本は米国の属国になってたよ」
 今は、祟りが怖いと思ったわけではなかった。
 その心が、哀しいと思った。

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