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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨50] 第8章 ある代議士の事情(3) 

代議士・澤田顕一郎が喪主となった元傭兵・田安隆三の葬儀に参列した真は、そこで飲み仲間でもある新聞記者・井出から、自殺した雑誌記者・新津圭一の娘が預けられていた新潟の施設が閉鎖され行方が分からなくなっていることを知らされる。葬儀にはヤクザまで参列しており、真は澤田の本心を疑う。自らの身を危うくしてでも田安の葬儀を行った本心はいったい?
一方、澤田は新津のことを知っているはずだし、新津が脅迫していた相手の中に澤田が含まれていた疑いもある。
澤田から食事の誘いを受けていて真は、彼の真意を確かめるために、再び澤田に会うことにした。

さて、竹流の失踪の大元には、新津圭一という雑誌記者の死が関係しているもよう。さらに、竹流は新津が自殺したころ、新潟の県庁の中にある絵にまつわる仕事をしていたようなのだ。新潟というキーワードの中にいく人もの人間が関わっている。
真は美和と一緒に新潟へと向かうことにした。
その前に、2回に分けて、澤田顕一郎との会話をお聞きくださいませ。
真実の一端が見えるでしょうか。





 嵜山は時間通り事務所に現れた。
 美和とは銀座で待ち合わせていたが、真は彼女が嵜山と鉢合わせなかったことに感謝した。また何かれと美和が心配するのは申し訳なく思っていた。

 その日は料亭ではなく、田園調布の澤田の私邸に連れて行かれた。豪邸ではなく、適当に恥ずかしくはない家という程度だが、落ち着いた静かな環境だった。
 嵜山は車を車庫に入れ、一度姿を消した。真を出迎えたのは四十代の上品な女性だった。澤田夫人かと思ったが、すぐにお手伝いの女性と知れた。
「妻が入院していてね」
 澤田の個人的な状況を聞いたのは、それが初めてだった。

 派手な飾りのひとつもない十畳ほどの座敷に通されて、勧められるままに座布団に座ると、先ほどの女性がビールを運んできた。床の間には、細い筆づかいの文字だけの掛軸と、姫百合と小紫陽花が活けられた花器が吊られている。静かな梅雨の景色が、この床の間に切り取られていた。
「無理を言って済まなかったね。田安さんのことを話す相手を、他に思いつかなかった」

 真は黙って女性がビールを注いでくれるのを受けた。彼女が出て行くと、真はビールに口はつけずに、座敷机の上にグラスを戻した。
 顔を上げると、澤田は真っ直ぐに真を見つめていた。
「故人を偲ぶ、というムードではないようだね」

 真は意を決したように口を開いた。
「香野深雪はあなたの何ですか?」
 澤田は黙ったまま真を見つめている。
「あなたは大和竹流をどこへ隠したんですか。それから、あなたは新津圭一という男を知っていますね」

 いきなり切り出すのは性急だったかもしれない。美和と待ち合わせた時間のこともあったが、何よりも今流れている時間そのものが惜しかった。真はどの名前で澤田が表情を変えるかと思って見ていたが、どれも裏切られた。
 澤田は淡々とした表情で真を見つめ返しているだけだった。

「深雪と私に、つまり世間の一部が噂するように、身体の関係があるかどうかを聞いているのかね」
「……それでも結構です」
 澤田は笑ったようだった。
「あれは君に惚れているんだよ」
「何のために彼女は僕に近づいてきたんです? それは僕が大和竹流と親しいからですか」
「それは、君と同居している男のことだね。一体、君は何を私に聞きたいのだ?」

 真はまだ注意深く澤田を見ていた。澤田は手にしたまま口をつけなかったグラスを、結局机に戻した。
「深雪と私の関係は、今はただビジネスのようなものだ。あれは世間が思っているよりも賢い女だし、何を考えているのか、私に手の内を全て見せることはないが、それでも誰を思っているかはよく分かる」

 真は注意深く澤田の表情を確かめた。澤田が深雪に対して抱いているのは、それほどにビジネスライクなものには思えなかった。深雪の気持ちも、どうだか分からない。
「それで、私が君の同居人をどうしたと言うのだね」
「あなたがさらったのではないのですか」
「さらう?」
 澤田が何を考えているのか、やはり表情からは掴み切れなかった。

「あなたの秘書は僕の実家でもなく事務所でもなく、大和竹流のマンションに電話をかけてきた。送り届けてもらったのも彼のマンションです」
「嵜山が自分の判断でしたことだろうが、一体君の同居人がどうしたというのだ」
「あなたと彼の接点は何ですか」
 澤田はまだ不可解に真を見つめているだけだった。
「君は、まるで恋人のように必死だね。その人がどうしたというのだね。私に分かるように話したまえ」
 澤田ではないのか、それともしらを切り通すつもりなのか、真はまだ暫く澤田を見つめていたが、やがて諦めた。
「あなたの秘書を呼んでください」

 澤田は手伝いの女性を呼んで、嵜山を呼ぶように言った。嵜山は直ぐにやって来た。
「お呼びでしょうか」
 その姿を見ると、今度は、澤田よりもこの男のほうが怪しく思えてくる。実直だが、その心の内を読めない、抜け目のない目つきだった。
「この人が君に聞きたいことがあるようだ」
 嵜山は背中の障子を閉めて、真のほうを向き直った。
「何でしょうか」

 淡々と押さえ込まれた声で嵜山が尋ねる。質問したのは澤田だった。
「彼の同居人のことを知っているかね」
「銀座にギャラリーとレストランをお持ちのイタリア人の方です。最近、雑誌でお顔を拝見しました。御一緒にお住まいということでしたので、そちらに御連絡いたしました」
 それもそうだ。あの雑誌で、真や竹流を知る人間だけでなく知らない人間も、『大和竹流』という男を認識したわけだ。真は自分からは口を挟まず、澤田が嵜山に質問している様子を見つめていた。

「その人のことを調べたかね」
「お住まいは、申し訳ありませんが、探させて頂きました」
「その人が今、どこにいるか知っているかね」
 嵜山はその質問の意味が飲み込めなかったようだった。
 澤田は真のほうを見て、他に何か聞きたいことはあるかと聞いた。

 本当のところは、ここまでは予想していた展開だった。実際、澤田は竹流の事は知らないのかもしれない。同じ人物と関わっているが、澤田と竹流自身に接点があるわけではないのかもしれない。
「新津圭一という雑誌記者をご存知ですか」
「新津?」
 嵜山は首を傾げた。
「三年半前、ロッキードの直前に自殺した……いえ、殺されました」

 不確定な話だが、インパクトのある表現を選んだ。嵜山はまだ考えているようだったが、逆に澤田が真の視界の端で多少不可解な表情をした。
 真はそれを見逃さなかった。澤田のほうを向き直ると、真は改めて聞いた。
「新津圭一をご存知ですね」
 しかし、代わりに答えたのは嵜山だった。
「それは、フロッピーに脅迫文を残して自殺した男ですね。殺人とは聞いておりません」
 真はそれには答えず、澤田の顔を見つめていた。

「君は何を調べているのだね」
 ようやく、澤田は関心を示したような気配を見せた。
「大和竹流を捜しています」
「その人が、新津圭一という男とどういう関係があるのだね」
「わかりません。あなたがご存知ではないかと思っていました」
 澤田は暫く真を見ていたが、やがてひとつ息をついた。

「その男が自殺したときに、検察が、脅迫されたことはないかと言ってきた。直後にロッキード事件があって、それとも絡めて随分としつこく聞かれた」
「あなたには、脅迫された事実があったのですか」
「いや」
 澤田は一言で否定したが、何か考えているように見えた。

「脅迫の内容をご存知ですか」
「ある企業から収賄があったのではないかと言われた」
「ある企業?」
「だが全く身に覚えのないことだった」
 雑誌記事には『IVMの件で、と脅迫文には書かれていた』と載っていた。検察も何かの企業名と思ったのだろう。もちろん、澤田が身に覚えがないと常套句を言ったところで、検察がそれを信じたかどうかは分からない。実際に澤田が収賄事件に関わっていた可能性もある。だが、真は澤田が金を受け取ったかどうかには興味がなかった。

「もう一つ教えてください。その頃も嵜山さんはあなたの秘書だったのですか」
 澤田は何を言うのか、という顔で真を見た。それから嵜山と視線を合わせる。
「そうです」
 返事をしたのは嵜山だった。
「では、四十年台の後半頃は?」

 明らかに、澤田は真に対する態度を、その身体の奥のほうで変えたように見えた。
「一体、君は何を嗅ぎ廻っている?」
「気になりますか? それなら、あなたももう少し手の内を見せてくださってもいいのではありませんか」
 食い下がるしかないと判断した。嵜山が澤田に何か命令を仰ぐような表情を見せたが、澤田は暫く考えるような顔をした後で、嵜山に下がっているようにと言った。 

「今度は君が脅迫者というわけか」
「あなたには脅迫される覚えがあるというわけですか。さっきから申し上げていますが、僕は大和竹流を返してくれと言っているのです。それ以外のものを要求するつもりはありません」
「その男は君の一体なんだね?」

 澤田が竹流をさらっていたぶったとは思っていない。しかし、この男は何かを知っていると思いたかった。今直接に竹流に近づくのは、この経路しかないように思ったのだ。
「僕のことで、叔父、いえ、父のことを調べたあなたが彼のことを知らないとは思いません。僕が香野深雪と付き合い始めたのはもう一年以上も前のことで、今更のようにあなたが僕に接触してきたのは、父のことを知ったからですね。僕と同居している男も、父以上にかなり特殊な事情を抱えた人間です。田安さんとあなたの関係を考えても、あなたが何も知らないとは思いません」

 澤田はようやく落ち着いた表情に戻って、冷めた声で机の上の料理を片付けるように言った。せっかく妙子が腕を振るっているのだから、と穏やかな声で続ける。
 真は有無を言わせぬ気配を感じて、逆らわずに食事に専念した。
 確かに、竹流ほどではないにしても、妙子という澤田家のお手伝いもかなりの料理の腕前に思えた。
 だが、美和の味噌汁の伸びたわかめが何となく愛おしく思い出されるのは不思議だった。

 食事の間に、澤田は、自分の妻が病気で長く入院していることを真に告げた。何の病気かと真が聞くまでもなく、心の病だと澤田のほうから言った。お子さんは、と何気なく聞いたが、澤田は、男の子が一人いたが小さい頃事故で死んだと、今まで以上に冷めた声で言っただけだった。

 食事の後で、澤田の書斎に通された。食事をしていた部屋は一階の和室だったが、二階は洋室が並んでいるようで、特に書斎は扉も厚く、外界との空気を完全に隔てるようになっていた。
「先程の話の続きをしなさい」
 澤田は小さめの一人掛けのソファが二つ向かい合っているところに、真を座らせた。大きなデスクはなく、真の伯父の書斎と同じように小さな机が隅に置いてあり、あとは書棚が図書室のように並んでいる。澤田顕一郎のお気に入りの空間とでも思える小さなスペースを、仄かに橙の明りが包み込んでいた。

 真は開き直ることに決めていた。今は手がかりもないのだ。
「あなたもご存知かもしれませんが、僕の同居人は、ギャラリーとレストランの経営者ですが、本職は絵画や美術品の修復師です。かなり胡散臭い仕事もしているかもしれませんが、仕事には情熱を持っている。彼が絡むとなると、間に絵画か何か美術品が介在しないわけがないと思っています。もう一つ、彼の実家はローマのヴォルテラという家です。表向きは銀行業とホテルチェーンを持っている事業家ですが、裏では情報の売り買いをしているし、何よりも随分大掛かりな警備にまつわる仕事をしていると聞いています。つまり特殊技能を持った兵士を雇っている。もともとはヴァチカンの法王庁を守るために作られた組織だと聞いています。田安さんがそういう事情を知らなかったとは思いません」

 澤田は顔色も変えずに聞いていた。
「彼が今何をしているのか、僕にはわかりませんが、あなたの関係者と一緒にいるのではないかと、そう疑っています」
「私の関係者?」
「昭和四十年台の後半、あなたの秘書だった誰か」
 澤田は真をじっと見つめた。初めて、真はこの男が強い興味を示したように思った。

「何故、その人物を知っている?」
「山口県の小郡辺りの土地を新幹線のために買い付ける仕事をされていた、その時、あなたと握手した女の子が、あなたの秘書の事を何となく覚えていた」
 澤田は暫く顎に手を掛けて考えていた。

「村野、という男だ。しかし彼は四十年代の後半に癌で亡くなっている。私の秘書を十年近く勤めてくれたが、秘書というよりも戦友のようなものだった。現在、君の同居人と行動を共にするのは不可能だが?」
「いえ、本人ではなく、その息子さんです」
「息子? 村野に子どもがいたとは聞いていないが。村野家が養子をもらっているなら別だが」
「いえ、血のつながりのある息子さんのはずです」
「どういうことだね?」
 美和の『親子』を見抜く勘だとも言えないな、と思った。澤田はまた、思い立ったように言った。

「もちろん、彼の晩年のことは私もよく知らないし、身辺に誰か女性がいたとしてもおかしくはない。だが、その『村野の息子』が君の同居人と一緒にいるとしても、私との接点にはならないと思うのだが?」
 それはその通りだ。真は思わず唇を噛み締めるように俯いた。
「それで、他に君が私について疑っているのは、何だね?」
「新津圭一をご存知ですね。検察から名前を聞いたわけではなく」

 澤田は溜息をついたようだった。
「その男は、深雪と付き合っていたからね」
 楢崎志穂の作り話ではなかったのか、と思った。
「だが、私と彼が直接関わるようなことは何もない」
「香野深雪のことで、嫌がらせをしたことも?」

 澤田はさすがに少しばかり笑ったようだった。
「私が君に嫌がらせをすると思っていたのかね?」
「いえ、そういうわけでは」
 痛いところをつかれたようには思うが、あまり表情に出さないほうがいいと思った。

「私から見れば、君は新津圭一より遥かに深雪には良い相手だと思える。少なくとも結婚していないというだけでもね。君も世間も、色々と誤解をしているようだが、私はただ深雪の幸せを見届ける義務があると思っているだけだ。だが、新津圭一がそういう意味で相応しくない相手だからと言って、私には彼を殺してしまうほどの理由はない。君の言うように、自殺でなく他殺だったとして」
 真は暫く澤田の顔を見つめていた。真の感情に引っ掛かったのは、思いも寄らない部分だった。
「幸せを見届ける義務?」

 澤田は一つ息をついて、ソファに凭れた。
「深雪の過去を聞いたことがあるかね?」
「いいえ」
 深雪とはそんな話をした事がない。澤田がどう思っているのかはともかく、自分と深雪はただ身体を重ねるだけの関係で、言葉を重ねてお互いの来し方を思い遣ったことなどなかった。
 よく考えてみれば酷い話だ。相手のことを十分に知ろうとしなかったのは、何に対しても責任を取ろうという気がなかったということだ。
「あれの両親は自殺している」
「自殺?」
 言葉を繰り返しただけで、しばらくそれ以上の反応ができなかった。
 
 もちろん、初めて聞く話だった。





深雪の過去…次回は、真が彼女から聞いたことのない過去を澤田が語ります。
澤田顕一郎と深雪の関係は、愛人関係なのかどうか?
そして、澤田はいったい何を考えているのか?
それぞれの人間たちの思いのどの狭間で、竹流はひっかかってしまったのか…
次回、第8章最終回です。
少し退屈ですが、お付き合いください。
第9章は……いよいよ(^^)『若葉のころ』……つまり、真、過去の思い出にどっぷり浸る章です。

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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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