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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

❄11 涸れない泉 四神相 水の道 

 寺に戻ると、住職は二人の帰りが予定より早いことには何ら驚きもせず、広間に真と竹流を招き入れ、さっそく一緒に見取り図を検分した。
「間違いなく、これは以前の神社のものですな」
「寺が建てられたとき、神社のもので残されたのは」
「確かに、あの水盤は古くからあるようでしたな。果たして神社の時からあったのかどうかはわかりませんがの」
「あれは、どうなってるんです?」
「多くはありませんが、水が湧きだしています。底の穴から水が水盤に入り込み、そこからこぼれた水は周囲の砂利の中へ落ち込んでまた地面に吸収されているようですが、はて、美味い水だと伝え聞いていて、茶を点てるときに汲んではおりましたが、詳しく調べたことも考えたこともございませなんだ」
「つまり涸れない水盤、というわけですか」
「水量の多少はあるようですが、完全に涸れることはございません」
 枯山水の庭の脇に涸れない水源がある。何とも不思議な組み合わせだった。
「地下に水が流れている、ということでしょうか? 川のように?」
「確かに、庭の先はやや小高い杉林です。その向こうから流れ出てきているのだとしたら、地下に水脈があってしかるべきでしょうな」
 では、敷地の両端に水脈があるのかもしれない。この鳥居から伸びているように見える線は水脈の印なのか。
「で、この剣の印のところは?」
 住職はしばらくそれを見ていたが、やがて顔を上げ庭の奥の方を見やって、言った。
「それは、地蔵堂のあたりですな」
「地蔵堂?」
「明日、明るくなれば御案内致しましょう。渡り廊下の先の階段を登ると、小さな地蔵堂がございます。その辺りになりそうですな」
「問題の不動明王ですが、この剣の印がその位置を表しているといいんですが」
 その後、住職は竹流から、例の貢ぎ物リストの裏から出てきた祟りの文章を受け取り、それをしばらく読んでいたが、丁寧に拝むようにした。
「そういうことでしたか。これは本堂に上げて、毎日お鎮め致しましょう」
 夕食と風呂を済ませて、真も竹流も早くに寝床に潜った。風が強く、今日は渡り廊下の雨戸も閉められた。雨が降りそうな気配だった。
「地蔵堂では、話が合わないな」布団の中で竹流が呟いた。「不動明王の鈴が鳴るのは、この本堂のある建物自体の問題でないと、地蔵堂ひとつではそこまでダイナミックな仕掛けを作る意味合いがないだろう。卵城伝説にこだわるわけじゃないけどな」
 真はしばらく竹流の言葉の意味を考えていた。それから気になっていたことを聞いた。
「剥いだ後、紙は洗うのか?」
「表面の汚れは洗浄してある。十分とは言えないかもしれないが、糊も取り除いた。おかげで幽霊も美人になっただろう。日本の和紙と糊は素晴らしい材料で、これを扱えるようになると西洋の絵画の修復も随分楽だし、いい仕事ができる」
「十分立派な仕事をしているように見えるよ」
「そりゃどうも」
 竹流は、今日は絶対にひとりで寝る、と言った真の言う通りにしてくれていた。
「でも、その洗浄のお蔭で、きっと紙は元の状態に近づいているんだろう?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、あの奇妙な濃淡は、始めからって事だよな?」何かが引っ掛かっているのだが、上手く表現できなくてまだるっこしい。真は天井を見つめたままだった。「もし、地蔵堂に不動明王が無かったら、何処にあるんだろう? それとも不動明王の在り処を示すものじゃなかったのかな」
「うん、どうかな。ただ、剥いでいるときに、何か引っ掛かったんだがな。何だろう?」
 竹流のほうにも何か気になることがあるようで、少しの間黙って考えていた。疲れているだろうから今日はもう何も考えないで寝たら、と真が声を掛けようとしたとき、竹流が思い当たったように言った。
「そうか。親父と奉書の話をしてるときだった」
「奉書?」
「紙ってのは二世紀に中国で発明された。何らかの線維を溶かして、その水の中で漉き枠を揺り動かして、あの工場で見たろう? その枠の中に少しずつ紙の層ができる。それを乾燥させて、出来上がりだ。言うのは簡単だが、これを人力で行う行程はなかなか大変だ。最近では原料は短線維で機械で漉くようになって、滲みを防ぐためにミョウバンを使ったり、木材パルプを使うようになって、紙の寿命は短くなった。だが、日本の手漉き和紙は違う。楮、三椏、雁皮、麻といった木の線維が使われていて、耐久性も他の紙の比ではない。その中でも生漉奉書は日本でとれた楮百パーセントの和紙だ。版画や巻物に使われて、木版画の場合、三百回重ね刷りしても耐えるという」
時々、この男の解説は回りくどく長い。
「で? その長い話のキーワードは?」
「重ねる、だ」
 真は竹流を見つめた。
「丁度紙を剥いでいるときに、重ねる話をしてたんで、妙な気分になって、ふと引っ掛かったんだ。そうか」
 竹流は起きだして、部屋の隅の机の上に置いた三枚の紙を並べた。
「しまったな、裏打ちしてくるんじゃなかった。まぁ、これなら簡単に剥せるが」
 竹流はアタッシュケースの中から美濃紙と刷毛などを取りだし、ポットに残されたお湯を素焼きの器に取ると、外にでて雨戸を少し開け、水盤から湧き出した清らかな水を加え、ぬるま湯にした。美濃紙を貼り付け、湯を刷毛で延ばして、そうしてもう一度、地図になっている二枚の紙の裏打ちを剥いだ。水気と糊を和紙で吸い取ると、しばらく置いてから、彼は枕元の蛍光燈を引き寄せた。
 真も側に寄って、それを見つめた。
 一番厚手の幽霊の絵の上に、薄く剥いだ状態の他の二枚の紙を重ねて光で透かすと、そこに浮かび上がったのは、こちらを見つめる龍、あるいは忿怒の形相をした不動明王自身の顔だった。だから、この見取り図は妙に濃淡があって、見にくかったのかと思った。やはり、古いせいではなく、意味があったのだ。
 そしてその忿怒の顔が浮かび上がったのは、神社の形からは本殿辺りになっていて、水盤の位置から考えると、まさに今自分たちのいる部屋の隣、広間のあたりだった。
「やったな」
「じゃあ、この剣は?」
「もう一つキーワードが必要だな」真は呟いた竹流の横顔を見つめた。竹流は顔を真に向けて言った。「水だ」
「水?」
 竹流は簡単に辺りを片づけると、寒いから布団に入ろうと言った。
「卵城伝説の意味が違っていたのかも知れない。考えてみればこの見取り図も、どうして今の寺が書かれていないんだ? この地図が書かれたときには、既に燃えて無くなっていたはずの古い神社の見取り図だ。そして、それと分かるように書かれていたのは、剣と丸、つまり劔と珠を探していたら、始めに目に付く印だろう。その丸のところには、涸れない泉がある」
「じゃあ、剣のところにも?」
「地形で年月を経て変わらないものがあるとしたら? 建物も、庭の形も、山の形も、いずれ原形を留めないほどに変わるかもしれない。わざわざもう存在しない神社の地図を下敷きにしたのは、変わりゆくものと変わらないものがあるということを、伝えたかったのかもしれない。つまり、宝を埋めるときには地面の適当なところには埋めないものだ。埋蔵金伝説の基本も『何百年かは変わらないはずの目印』だ。今回の場合、その目印は?」
「水の湧き出るところ。もっとも涸れなければ、だけど」
「多分、どんぴしゃだな。恐らく、その湧き水はひどい旱魃の時にも涸れなかったんだろう。和尚も言ってた、決して涸れない、と。だから、『その人』はこの湧き水に運命を託したんだ。旱魃のために子どもを失ったという気持ちもあったろうしな」
 それから、竹流はもう一度側に地図を引き寄せて、検分した。
「さらに、地図を読むときに、それが実際の地形と合致しているかどうかを示すために必要なものは何か? 地図上と実際の場所の三点が合致すれば申し分ないけど、何百年後まで残るかどうかわからない。この寺には運命を託された湧き水のある場所は二点、あとは東西南北を合わせれば、場所は確定される。お前の言う通り、この寺の東西南北は四神相に合わせてある。まるで京都の縮小図のように」
 そこまで勢いのある調子で言ってから、竹流は少し言葉を切って、鎮かな口調で続けた。
「まぁ、全て、これ以上意地悪をしない人であれば、だけどな」
 真も少しの間黙ったが、その竹流の言葉に同感した。
「じゃあ、不動明王の鈴が鳴るのは?」
「お前ここに来てから、鈴の音など聞いたか?」
「夢の中で、だけだ」
「自分で卵城伝説の話なんかして、自分で混乱していたよ。京都の街の下には巨大な地下水盤があると聞いたことがある。つまり、京都自体が地下の巨大な古代湖の上の街だと言われている。この寺の中にも水の湧き出るところがあるが、他にも京都にはそういう場所が多くある。ほとんど涸れることはないというが、どこか天皇家縁の家の庭の池は、地下の『古代湖』の水が減ると水位が下がり、涸れることもあると聞いた。危機に瀕しているのは寺の建物じゃなくて、京都の水なのかもしれん」
「湿気か何かで、鳴るとか鳴らないとか決まるのか?」
「今年の冬、雪は少なかったし、えらく乾燥してたろう? 俺たちがここに来る前になって、何日も雨が降った。だから、小僧たちは怖がっていたが、俺たちがここに来てからは鈴は鳴っていない。まぁ、古代の科学については明日のお楽しみにしよう」
「上か下か、分からないっていってたろ? 土中の湿気が絡むとなると、十中八九、下ってことか。広間の下、掘るのか?」
「そうなりゃ、明日は力仕事だな。やっぱり寝よう」
 竹流はそう言って、あっさりと眠ってしまった。真は、目が冴えてきて眠れなくなってしまった。
 ふと、怨念を込めた血の筆の跡を思いだしていた。それは、怖いというよりも哀しく見えた。その哀しみの気配が真には重くのしかかった。子どもが亡くなって、母親はどれほど悲嘆にくれたことだろう。それとも、何か別の感情があっただろうか。真には理解できない複雑に入り組んだ感情。それは真の首を絞めた育ての母親の感情に重なった。
 意地を張るんじゃなかったと思った。一人でいる布団の中が急に冷え込んだように思えた。彼の腕の中がどれほど心地いいところか、真はよく知っていた。それはまさに、幼いころ真を抱いて眠らせてくれた馬たちの足下の藁の中や、犬たちの温もりや、目に見えないはずのもののけたちの子守歌と、同じだった。
 だが、彼にずっと甘えているわけにはいかなかった。ひとりで生きることができるようにならなければ、と思った。
 その日はどのくらい眠れずにいたのか、結局眠ってからは夢も見なかった。

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Category: ❄清明の雪(京都ミステリー)

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コメント


地図のこととか、水の話とか、いろいろなキーワードが出てきたような。
紙を扱う職人技が冴えていました。お見事。
切れ目の美人画。見たいかもと一瞬思って、足がないのかと思ったらやめといた方が良いかも、と怖気づいた私でした。

真と竹流の会話が高尚で・・・
竹流いろんなこと良く知っている。すごい知識ですね。それについていってる真もすごい。長年こんな会話しているんですかね。
ホント疲れているときくらい、頭抱っこしてあげないと。

けい #- | URL | 2013/08/18 18:25 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

> 真と竹流の会話が高尚で・・・
> 竹流いろんなこと良く知っている。すごい知識ですね。それについていってる真もすごい。長年こんな会話しているんですかね。

本当に竹流の薀蓄話には困ったものです。真はもう適当に聞き流していると思います。
なので、「で、その長い話のキーワードは?」で片づける、意外に冷静な真……^^;
長年これを聞かされているので、適当にあしらっているのですが、あまりあしらっていると怒られます^^;
竹流の知識が(外国人にしては)すごいのは、修復師の仕事ゆえだと思われます。
真は何も分かっていないはず……美術の成績、からっきしでしたし。
なのに、じいちゃんとばあちゃんは、真が図工の時間に描いた四季折々の果物とか花とかを掛け軸にしています…^^;
いわく、かえって芸術的(下手過ぎて)。竹流はこの「真の間」に泊まるのを喜んでいます。

この薀蓄は、立て板に水で読み流したい場合、実は縦書きで読むことができます(^^)
実は、『小説家になろう』さんに『清明の雪』をアップしてあります。
(その後面倒くさくなって続いていませんが)
縦書きで読みたい! 竹流の説教は面倒くさいので、立て板に水でつらつら読みたい、という場合は利用してみてください。
http://ncode.syosetu.com/n1618bn/
クリックしたら上のほうに、「縦書きで読む」というありがたいボタンが……

> 地図のこととか、水の話とか、いろいろなキーワードが出てきたような。
そうなんです。結構あれこれ話が飛んでいます。
地図は、絵を描きたかったんですが、何しろ絵心が……今度書いてみようかな、地図。
そしてこの物語の大筋は、実は水にまつわる物語。
ちょっとずつ、楽しんでいただければ、幸いです(*^_^*)
でも、だんだんクライマックスに向けて盛り上がって…行く予定。
まったりで本当にすみません。読んでいただいて嬉しいです(*^_^*)

> ホント疲れているときくらい、頭抱っこしてあげないと。
いや~、ほんとですね……車の荷台で何やってるんだか(*^_^*)
ま、これは可愛いエピソードです。普段は、噛み付きあってる時が多くて……^^;

コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/19 07:53 [edit]


これは本当に良く練られたお話ですよね。
素晴らしいです。
日本版インディジョーンズのような。
(好きなんですよ。インディ)

こういうのは自分には書けないんだろうなあと大海さんの頭脳と筆力に脱帽しつつ、ちょっと悔しかったり。

ヒロハル #- | URL | 2014/03/23 22:22 [edit]


ヒロハルさん、ありがとうございます(^^)

わ。ヒロハルさんもインディ・ジョーンズのファンでいらっしゃいますか!
私も、すごく好きで、映画に詳しいわけでもないのですけれど、私にとってバイブルです。
竹流と真の話では、2人が砂漠の町でまさにインディ・ジョーンズのような活躍をする話も、何年も温めていまして……これはいつか絶対書きたいものなのです。伝説の刀剣を探しに行って、敵に追いかけられたり、幽霊が出てきたり、あれやこれや。3分に1回のクライマックスを目指しています。
でも、このお話(『清明の雪』)は、かなり地味で……竹流の薀蓄は多いし……行動範囲も狭いし……
何だか、読者さんをひどく退屈させているのでは、ととても心配しております。
でも、小さなお寺の中で起こるあれこれ、無限の世界を感じる日本ならではの光景、お楽しみいただけたら嬉しいです(*^_^*)
私の頭……結構ごまかしで書いています(・_・;)
あまり深く追求しないでくださいね!
読んでく下さって、そしてコメントありがとうございます(*^_^*)

彩洋→ヒロハルさん #nLQskDKw | URL | 2014/03/24 01:16 [edit]

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