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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨57] 第10章 県庁の絵(3) 

竹流が残していた新聞記事には雑誌記者・新津圭一の死が報じられていた。
新津圭一は、真が付き合っている女・香野深雪の昔の男で、不倫の関係だった。
新津圭一が脅迫していた相手は、政経済界の名のある人物たちで、その内容は『IVMの件で』だったというのだが、そのIVMがフェルメールの署名であることが判明。
フェルメールが絡んでいるのなら、大和竹流とつながってくる。
竹流は三年半前、新潟の豪農の家から出たという大量の偽物の絵画と関わっていた。真と美和はその豪農の屋敷を訪れる。

2回に分けて、新潟・村上~荒川の豪農の屋敷を訪れてみます。






 村上までは国道三四五号を約六十キロ、日本海沿いに走る。内陸から国道七号を走る道もあったのだが、距離的には大差もないし、海岸沿いの景色が多少は自分たちの感情を宥めてくれるように思えた。雨が上がった後の冷めた海の色を見つめていると、重いはずの日本海の海も、光に満ちているものだと思えた。

 美和はもう何も言わなかった。真も何も話さなかった。
 彼女が自分の女でなくても、大事な存在であることは変わらなかった。それに、本当はむくれられているほうが辛かった。機嫌を直してくれればいいと思っているのも事実だった。

 村上市が近づくと、海岸沿いにホテルや旅館がちらほら見えてきた。右手に山、左手に海を見ながら、そのうち国道は内陸に入っていった。更に旅館やホテルが続き、暫く走ると駅が見えてくる。線路を越えて、時政が書いてくれた地図を頼りに、新多久という料理屋を目指した。

 村上といえば漆と鮭。どちらも歴史が古く、鮭は市内の三面川で平安時代から漁が行われていたという。残念ながらシーズンは鮭が川に戻ってくる十月中旬から十二月だが、それぞれの季節料理も美味いというので、時政が予約を入れておいてくれた店だった。

 料理が運ばれてくると、美和も機嫌を直してくれたようだった。いくら何でもこんなところで放り出すわけにもいかないし、美和の方もそう思ったのだろう。相変わらず食欲だけは旺盛で、鮭が彼女を元気にしてくれるように見えた。

 時政の伯父、蓮生の家は山のほうに向かった羽黒町にあった。山を背景に屋敷が建っているので、まるでその山ごと敷地に含まれているように見える。屋敷の規模は想像していたほどでもなかったが、庭園は想像よりずっと大きい。

 表門は新しい木と瓦でできていた。呼び鈴を押すと、随分とたってから御手伝いと思しき四十台くらいの女性が出てきて、門の横の潜り戸から顔を出した。
「『歴史紀行』の相川と申します。時政さんに御紹介いただきまして……」
「はい、伺っております。どうぞ」

 潜り戸の向こうは、家の玄関まで実に立派な枝振りの松が幾本も植えられていた。玄関までかなり歩いて辿り着くと、建物の中はそのまま土間で、囲炉裏の間がまず正面にあった。土間は入り組んで奥まで続いている。思わず天井を見上げると、その立派な梁に驚かされた。重々しく黒々とした欅の梁だった。

「どうぞ、お上がりください。今若主人が参ります」
 女のイントネーションは綺麗な標準語だった。真と美和は薦められるままに上がって、囲炉裏の側に並べられた座布団に座った。

 程なく『若旦那』が現れたが、既に五十歳は越えているだろう中年の男だった。背は高くなく、ガッチリした肥え方だった。身体つきのしっかりした感じとは不釣り合いにも、顔つきはどこか自信のないイヌ科の動物のようだった。
「絵の事で何か聞きてえことがあるというのは、あんたか」
 幾分か横柄な態度で若旦那は切り出した。囲炉裏の向こうにどっしりと腰を下ろす。真は例の偽の名刺を差し出した。

「『歴史紀行』では今度『贋作の歴史』という内容で記事を書くことになりました。ここからフェルメールやレンブラントの絵画の贋作が見つかったとお聞きしましたので、時政さんにご紹介いただきました」
「何でああいうものがうちから見つかったか、っつうのが聞きたかったんだべ」
「えぇ、それが歴史的にどういう意味づけになるのかを考えていきたいと思っています」

 若旦那は真を頭から足までとっぷりと見て、次に美和にその視線を移した。自信のないイヌ科の動物のような顔つきだったが、目だけは執拗で、見られた後まで身体に残るような視線だった。ある意味では性的な興奮に繋がるような視線で、人間の中の不可解な反応を引き起こすような何かがあった。
 美和が横でほんの少し身震いしたように思った。

「あれがうちにやって来た経緯は、わしには分からん。うちのじっさんは知っとるだろうが、あいにくボケちまって話になんねぇ」
 真は身体にまとわりつく若旦那の視線を受けながら、それを振り払うように尋ねた。
「色々と噂もあったようですが」

「日露戦争の頃のことだべ。そういうことがあったかもしれんし、なかったかもしれん。わしらはご先祖様が何をなさったか、よくは知らん」
 若旦那はそう言って天井の梁を見上げた。
「これだけの屋敷を維持していくだけでも大変なもんだて、財産も少しばかりは食いつぶしていかねばなるめぇて、蔵の中からいくらか売ったんだ。その時にあれが見つかった。わしらにはあれがどういうものか分からんべ、時政の倅に任せたんだ。贋物かどうかはなんてぇのは、わしらにはどうでもえぇ」

「時政さんはこちらとはご親戚だそうですね」
「あれはわしの腹違ぇの弟の倅だ」
 話しながらも若旦那の視線はいよいよ執拗に真に絡み付いてきた。相手を値踏みしているようだが、それは相手の中身を探るというよりも、衣服の下の身体を確認するような視線だ。居た堪れないような気分になってくる。

「こちらは昔、荒川にお住まいだったとか」
「うちは下蓮生といって、荒川の蓮生の分家になるんだ。荒川には今、上蓮生って家があるけんど、それも分家だ。本家は昭和の始めに跡を継ぐものがなくなって、途絶えてしもうた。屋敷は一般公開されとる」

「本家が途絶える? 分家から跡継ぎを出せば済んだのでは?」
「なに、あと継ぎは何人も出した。皆、一年とたたねぇうちに死んでしまったんで、誰も寄り付かなくなった。今、上蓮生を継いでるのも女だ。男は皆死んでしもうた。男で生き残ったのはわしと弟の時政だけだべ」
「皆? 何か病気でも?」
 若旦那は表情を変えなかったが、笑ったような気がした。

「呪いだ、皆、そう言うとる」
「呪い?」
 話の収拾がつかなくなってきたような感じだった。ちらりと美和を見ると、もう帰ろうよ、というような視線を真に向けていた。

「噂はともかく、ロシアと取引をしていたというようなことは?」
 帰りたいのは山々だが、聞くことだけは聞いておかないと、と思った。
「そりゃあ、あったかも知れねぇ。じっさんはロシア語ができる。だが、日露戦争なんてぇのはじっさんの親父の頃の話だ、誰ももう知っちゃいねぇ」

「下の家と、本家や上の家は随分離れていますが」
「下蓮生がここに移ったのは、もう江戸の終わりのころだ。何故なんてぇのはわしらには分からん」
「何か海外との取引や貿易に有利だったからでは? 何かそういう記録はないのですか」
「ふん」
 若旦那はまた、真を嘗めるように見た。
「門を入って来たべ」

「え?」
 真は何を聞かれたのか分からなくて、聞き返した。
「門を見たべ?」
「えぇ、それがどうか?」
「門と蔵の一つが火事に遭うた。四年ほども前のことだ。だから門はまだ新しいんだ。じっさんがボケたのはその火事を見てからだ。焼けた蔵には書物があったべ、あんたの言う記録なんてぇのもそこにあったかも知れねぇが、わしは見たことがねぇて、分からん」
「それはどこから出火したのですか」

 さきほどの女性がお茶と和菓子を運んできた。遅くなりまして、と彼女は上品な声で挨拶をした。
「放火かもしんねぇと言われた。蔵はその頃門の脇にあって、蔵の脇から火が出たってぇ話だったべ。それが原因で蔵を皆片付けて、あの絵も見つかったてぇわけだ」
「犯人は?」
「さぁねぇ」
 自分の家の事なのに、若旦那は興味のないような返事だった。代わりにお手伝いの女性にあのねっとりした視線を向けていた。

「絵は、あの県庁に寄贈した絵だけではなかったんですね」
「あぁ、何十枚かあった。わしには何やら分からんべ、時政の倅に任せて、弥彦の何とかってぇ人に鑑定とやらを頼んである」
「弥彦、というと、江田島さんという方ですか」
「あぁ、そんな名前だったかな」
 若旦那の話し方はのらりくらりとしてきた。彼が真たちを警戒しているからというよりも、無関心の故のようだった。雑誌記者というから、どんな楽しい取材が待っているのかと思えば、興味のない話だった、というような感じなのだろう。

 その家を出ると、美和が思わず身震いした。
「何か気持ち悪い目つきの人だったですね。っていうか、私より先生にやたら変な視線を向けてた気がする」

 真は車の鍵を開けて、助手席側に立つ美和の顔を見た。そう言われてみれば、確かに執拗な視線の気配が身体に残っているような気がしてきた。頭の中は、聞いておかねばならないことでいっぱいで、それを受け流そうとしていたのかもしれない。

 美和は荒川へ行くことを提案した。真がその気なのが分かっていて、一人で行かないように釘を刺してきたのかもしれない。真はもう美和を置いていく気持ちはなかった。考え事をしていると悪い方向ばかりに考えてしまうだけで、実際に美和や真に危険が迫っているというわけでもないのだ。一人でいると、その悪い考えに足を摑まれてしまう。美和がいてくれると、少なくとも幻想に怯えなくて済むだろう。

 荒川峡は村上から国道七号線を新潟方面へ戻り、荒川町で内陸へ入っていく。国道はすぐに荒川にぶつかって、その川を左手に見ながら道を辿った。
 関川村役場の向かいに蓮生邸があった。周囲に堀が巡らされ、敷地は三千坪、母屋だけでも五百坪という壮大な家屋敷だった。村役場の駐車場に車を停めて、その屋敷を見学することにした。

 美和は写真を撮りながら、真に感想を求めた。
「農家ってイメージじゃありませんよね。この土地の歴史そのものって気がしません?」
「うん」
 真は曖昧に返事をして、先に土間に入った。梁を見上げるとどれも見事な欅で、歴史の重みが黒く染み込んでいる。土間は脇の部屋をぐるりと囲むように続いていて、板間の上がり口も総欅だった。茶の間と台所だけでも広大に過ぎる。

 これが天明の頃に新潟に富を築いた豪農の館だった。歴史の中で彼らが果たしてきた役割の計り知れない部分は、恐らく日本の大きな歴史の中では十分に明らかにはされていないのだろう。

 受付の女性に上蓮生家について聞くと、すぐにその家を教えてくれた。歩いても行ける距離だったので、車を村役場の駐車場に残していった。
 美和は散歩を楽しむような様子で先を歩いている。村上に行く前の言い争いを忘れているわけではないのだろうが、今それを考えても仕方がないと思っているのだろう。






さて、私が新潟を訪れたのは、多分もう20年以上前。
それでもこの物語よりは未来になってしまいます。
でも日本の田舎の景色は、何十年も変わりませんね。
都会だけがものすごい勢いで変化している。
次に訪れたら、もう同じものがそこにない。
自分だけが変わらずにそこに立っている。

でも、新潟や青森、日本海側の海岸線は、太古の昔から大陸に向かって開かれていたのです。
北前船もこの日本海を通っていたのです。
その時代の大きな港町の遺跡、豪商たちの館の跡が残る町。
そう言えば、私の愛する民謡、江差追分もその時代の名残の唄です。

次回、蓮上家のもう一軒を訪れます。
この蓮上……ちょっと意味深な名前なんです。
蓮の上に生きるある一家の物語が、本編の物語と少し絡みながら進みます。
歴史の隅に生きる人々の、少し哀愁漂う物語もお楽しみください。


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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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