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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨63] 第12章 絵と女の来歴(2) 

弥彦の役場に勤める江田島という男。
一見物腰の柔らかそうな、しかし融通の利かなさそうな男。
怪しいと言えば怪しいし、そうでもないと言えばそうでもない。竹流のことを知っているようではあるけれど、美術界で名前を知っているという程度のニュアンスのようでもある。
さて、手掛かりになったのかどうか。
美和の推理は直感的ですが、意外に役立つ女の直感。
では、糸魚川へ参りましょう。





「あの人に掛かると、有名な画家も『なんだ、それだけのもの』って感じですね。でも、ちょっとフェルメールを、なんて言うのか、わざと下げて言っているみたいな」
 村役場を出た途端の美和の感想は、真の足を止めさせた。
「下げる?」
「好きな女を苛める、みたいな感じかな?」

 真は美和の観察眼にまた多少驚いた。
「そういうものか?」
「仁さんみたいに、すぐ恋愛モードで測っちゃうのかな?」
 そう呟いて、美和自身、あ、と小さく口の中で呟いて黙ってしまった。
 真は聞かなかった振りをした。美和の心の中で、仁の存在が消せるわけはない。そのことは真も、誰よりも美和自身がわかっているはずだった。
「でも、大家さんの事、芸術家って言ってたね。日本では修復師の地位は低いって、大家さん言ってたけど、その道の人にはその道の見え方があるんだ」

 真はレンタカーの鍵を開けて、美和に乗るように促した。
 小さな村役場には不似合いなほどの広い駐車場には、停まっている車の数も少なかった。広い空間に、広い空、そして遠くはない海の向こうに、確かに江田島の言うように大国がある。
「でも、下げるっていうのはどういうことだろう?」
 運転席と助手席に収まってから、真は美和に問いかけた。

「つまり、好きだって事を知られたくないってことじゃないの? あの人、努めて穏やかそうに話してたけど、きっと内面は激しい人なのよ。自分は田舎の村役場なんかに納まっている人間じゃないって。だって苦労してお金貯めて、フランスにだって留学してたんでしょ。それなのに、家の事情でこんな田舎町に帰ってこなければならなかった」
 真は美和の顔を見つめた。
「それも、文章教室のトレーニングの一環か?」
 美和は、やっと少し微笑んだ。
「そうね。ちょっと深読みしすぎかな」
「いや、いい線を行ってるかもしれない」

 しかし、だからと言って、彼が竹流をさらっていたぶっただろうか。修復師としての、芸術家としての彼の才能や、努力して手に入れたものに嫉妬した、などという事があるだろうか。男の仕事に対する嫉妬は凄まじいものがあるとも思うが、そこまでするのはよほどの事だ。江田島には竹流に対して暴行をするような、ある種の狂気の気配が感じられない。

「これからどうするんですか」
「糸魚川に行こうかと思ってる」
 美和はロードマップを広げて小さな悲鳴を上げた。
「糸魚川ってずっと端のほうじゃない」
「新潟まで送るから、先に東京に帰っていて構わない」
 美和は少し黙っていた。それから、一息ついて言った。
「また追い返す気ね」
「そうじゃない。大分に行ってくれるんだろう。先に戻って調べを進めておいてもらえると有り難い」

「私を一緒に行かせたくない理由は何?」
「別にない」
 美和は、今度は心配そうに真を見つめていた。考えてみれば、真を一人にしないようにと添島刑事に言われて、美和はここまでついて来たのだ。誰が敵か分からない中で、さっきのように相手に警戒心を抱かせるようなことを言ってしまうのは、何かの瞬間に、真の中で歯止めの利かない感情が膨れ上がるからだろう。それを、美和は心配しているのだ。

「深雪の、生まれ故郷なんだ」
 美和は、さすがに驚いたような顔で真のほうを見た。
「もっとも、彼女が記憶しているかどうかはわからない。それに、彼女に妹がいたというのも、本当かどうか確認したい。昔のことを知っている人間がいるかもしれない」
 美和は暫く黙っていたが、それからまた小さく溜息をついた。
「無理しないでね」
「君も」

 小さな間の後で、美和は助手席から少し身体を乗り出すように、真の肩に自分の頭を乗せ掛けた。真も少しの間をおいて、彼女の頭を抱き寄せた。
 もしも、美和が妹か従妹か、せめてそういう関係ならば、今こんなに愛おしいと思う存在はないだろうと思った。そう思えば、妹というのは真には必要な言い訳だったのだ。
あんなに愛おしいと思えた葉子の手を、握りしめられなかったのではない。妹という言い訳に安心して、握りしめようとはしていなかったのだ。


 真にとって、この道は遠い道だった。
 真は、自分が深雪の事をどこかで諦めていないことを感じていた。それが愛情の度合いを測るものではなく、ただその身体に対する執着の表れかと思うと、自分ながら浅ましい気がした。
 目一杯の言い訳を探してみれば、ただの欲望の捌け口を求めているなら、その時々の行きずりの相手でも良かったわけだし、美和と寝るまでは、ここ何年も彼女以外の女と寝たこともないのも事実だった。勿論、ただ身体の相性の話をすれば、これまでにも彼女ほどに自分を喜ばせてくれる女が他にいたわけではない。

 それでも、結局、それだけにしてしまいたくない自分がいて、その自分は彼女との関係に対して理屈付けを求めていた。りぃさがあんな形で亡くなってから、誰かの心のうちに深く入ることに恐怖を感じていたのも事実だったので、深雪の心の奥にあるものを知るのが怖かったのかもしれない。
 深雪のうちにある哀しい魂が、時々真自身の中の何かに反応しようとすると、それを見つめてはいけないような気持ちになっていた。それでも、二年近くも彼女と、内容はともかく付き合ってきた。その相手に対して何の感情も持っていないわけではない。

 澤田と深雪の愛人関係は、政敵や世間が作り上げたでまかせであろうと思っている。そんな政治家を許すほど世相も甘くはない。だが、彼らの間に何の感情もないとは思えない。
 そしてまた、真の気持ちを乱したものの中に、新津圭一の名前があった。

 深雪の恋人だったというその男が、実際に深雪とどのような時間を共有し、思いを語り合い、そして抱き合ったのだろうと思うと、不意に眩暈のような感覚が襲ってくる。それが嫉妬なのかどうかはわからないが、自分にも関係のあることのように思えてならなかった。

 もちろん、香野深雪が相川真を愛していると思うのは、真の思い上がりに過ぎない。
 だが、彼女が何かのサインを真に向けて送っていたかもしれず、それに真は気が付いていなかったのかもしれないのだ。彼女の身体も美しい顔も思い出せるのに、彼女自身である何か大事なものを、どうしても思い描くことができない。深雪の過去も何も知ろうとしなかったし、彼女の心の声に気持ちを向けることもなかった。
 それは、今まで真にその動機を与えてくれるものがなかったからだった。一番あり得た動機は、愛だった。だが、それが真の中になかったのだ。
 深雪の生まれた町に行って、それから彼女にもう一度会いたいと思った。


 糸魚川に着くと、まず市役所に向かった。
 そろそろ今日の仕事を切り上げようかという時間帯で、真以外の一般人は数人を数えるのみだった。人を捜している旨を伝えると、背の低い人懐こそうな男が、真を雑然とした奥の方へ誘って、低い小さいテーブルの前のソファを勧めた。
 市役所というよりは、村役場といった穏やかな気配に包まれた空間だった。人々は机の上の書類と向かい合っているが、本当に忙しいのかよくわからない。時々、ちらちらと自分の方を窺っているのがわかる。東京では面倒くさそうにされるような用件でも、こうやって丁寧に相手をしてくれるのは有り難い気がした。

「お待たせいたしました。人を捜しておられるとか」
 今度は身体の大きい男が現れて、真の前に腰掛けた。人工革張りのソファは軋んだ音を立てた。身体の割には目の小さい男で、熊のような印象を与える。
「実は」真は素直に調査事務所の名刺を差し出した。「ある女性から依頼を受けて、彼女の両親を捜しています」
「はぁ」
 意味のない声を発して、男は頷いた。胸元の名札には、寺島とある。
「彼女のご両親は、この糸魚川で旅館をされていたと聞きます。実は自殺なさったようで、そのことは彼女も知っているのですが、ぜひ詳しく両親の事を知りたいとおっしゃるのです」

「自殺を」
 寺島は確認するように、しかし抑揚無く、その言葉を繰り返した。
「古い旅館で、硬玉翡翠の販売も手がけておられたということですが、何やら事件に巻き込まれて二十三年前に自殺なさったらしいということでした」
「二十三年前、ですか。旅館というなら、調べればわかりますが、自殺の事まではわかるかどうか。まぁ、待っとってください」

 寺島は席を立って、少し離れた席に座っているかなり年配の男のところに行って、何やら話しかけていた。年配の男は真のほうに一瞥をくれて、それから寺島に何か話すと、寺島は頷いて奥のドアへ消えた。
 年配の男は直ぐに立ち上がって、真のところへやって来た。
「私、庶務課の江崎と申します」
 そう言って、彼は名刺を差し出した。真も名刺を出そうとしたが、江崎は寺島から聞いたと言って受け取らなかった。それから、妙にゆっくりとした間を取って、椅子に腰掛けた。その上で、じっくりと真の顔を見て切り出した。

「ここ二年ばかりの間に、同じ質問をしに何人かの方がここへ訪れています」
 それには、真のほうが言葉を失った。
「何が起こっとるのか知りませんが、事と次第によっては警察にも知らせんといかんです。一体、どういう理由ですか」
「何故、警察に知らせないといけないのですか」
 江崎は胡散臭そうに真を見ていた。
「そんな昔の事を、今更何人もの人間が掘り出そうとするのはおかしいことです。その娘さんは一体何人の探偵を雇ったのかは知りませんが、妙な話です」
「私は嘘を言っているわけではありません」
「では、その『娘さん』とやらを捕まえなければなりません」
「何故です?」
「そりゃ、あなた、怪しいからです」

 何が怪しいのかもわからないが、真はこの男が取っている妙な間が気になった。本当に警察を呼んでいるのかもしれない。冗談じゃないと思ったが、今更逃げるわけにもいかない。第一、名刺を出してしまっている。
 諦めて座っていると、先程寺島が出て行った奥のドアが開いて、まずは寺島が、それから私服の刑事らしい男が二人現れた。すぐ横に暇な警察があるのだろうか。刑事やその類は、人相と身体つきで直ぐにわかる。
「この名刺は、本物か」
 訛りのある言葉で凄まれると、やはり迫力があった。
「そうですが」
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」

 ふと気が付くと、フロアの職員は皆手を休めていて、こちらを注視していた。真は黙って立ち上がると、二人の男について、奥のドアから出た。そこは廊下で、そのまま裏口から出られるようになっていた。
 横は本当に警察署だった。
 警察署といっても驚くほど小さな造りで、このくらいのほうが可愛げがあっていい、と真がくだらないことを考えている間に、二階に上がる狭い階段を、前後を挟まれるようにして上がらされ、二つ目のドアの中に案内された。
 事務的な机と椅子があるだけの狭い部屋は、いかにも取調室という部屋だった。

 二人のうち一人がパイプ椅子を引いて、真に座るように促した。もう一人の年配のほうの男が、向かいに腰掛けて、真の顔を覗き込んだ。
「若いのに、探偵さんかい。それとも、悪い女に騙されて追いかけているチンピラか」
 何の話だ、と思った。
「名刺の住所に問い合わせて下さっているんでしょう」
「あたりめえだ」
「じゃあ、待ちます」
「なんだ、そのふてぶてしい態度は」

 前の事務所で働いていたときから、所長の唐沢に付き合って何度も警察と渡り合ったし、対処も学んでいたので、さすがにこんなことで怯むのでもなかったが、その凄み方をみると、こうやって冤罪事件は出来上がるのだろうと思えた。
「正真正銘、私は調査事務所の人間で、市役所でお話した通り、依頼を受けて仕事をしているんです。私が来る前に、何人の人間が同じ事を聞きに来たかは知りませんが、そんなことは私の知ったことではありません」

 直ぐに若い男が入ってきて、目の前に座っている男に何か長い耳打ちをしていた。真は黙って座っていた。賢二や宝田のことだから、上手くかわしてくれているだろうと思った。話を聞き終えると、男は真のほうに身を乗り出した。
「あんた、いくつだ」
「何がですか」
「年に決まってるべ」
「二十七です。それがどうか」
「随分若いのに、調査事務所の所長さんかい」
 何か悪いことをしているに違いないという口調だった。
「それがどうかしたのですか」
「何で、そんな大昔の事件を探りにきてるんだ」
「事件?」
 真は自分のほうから身を乗り出した。刑事のほうが一瞬、怯んだ。

「何だ」
「私はただ、依頼人の両親の自殺について聞きに来たただけです。事件とはどういう意味ですか」
 刑事はまた威圧するように、自分も身を乗り出した。
「あんたの前に、何人もの人間が同じ事を聞きに来とる。市役所の江崎が気味が悪いちゅうて、今度来よったら連絡するといって寄越した。何で、同じ事を、それも『ただの自殺』について聞きに来るべ」
「それはこっちが聞きたいですね」
「ふてぶてしい態度はよくねぇ。何なら、泊まっていってもらってもいい」
「何の罪状で?」
「そんなものは何でもかまわん。御託を並べとらんで、さっさと事実を話すんだ。今まで聞きに来たやつらとの関係は? 一体何が起こっとるんだ」

 真はふと興味を引かれて、多少丁寧に刑事に質問した。
「その、今まで聞きに来た、という者たちの人相書きとかはないのですか。見せていただいたら、関係のある者もいるかもしれません」
 刑事は真の顔をじっと見て、それから部屋に残っていた若い男に、何か持ってくるように言いつけた。
「自殺については調べられたんですか」
 刑事は真の方をちらりと見て、椅子に深く座りなおし、背凭れにもたれた。

「あぁ。確かに二十二年前、旅館の主人夫婦が自殺しとるべ。娘が二人いて、姉の方は施設に預けられて、赤ん坊だった妹は、弥彦のほうにもらわれて行ったと聞いとる」
 話の内容は、これまで聞いてきたことと大筋は違っていない。
「自殺の原因は?」
 刑事は真を睨んだ。
「質問しとるのはこっちだ」
「答えようにも、こちらにはなにも情報がありません」

 真は、ふと以前勤めていた調査事務所の所長、唐沢を思い出していた。
 今刑務所に入っているその男は、警察に絡まれても大概ふてぶてしい態度でやりあっていた。いつもちゃらんぽらんで、やけくそのような態度だったが、多感な少年時代を戦争と共に生き、大戦後は傭兵として主に中南米の戦場を潜り抜けてきたという、悲惨でもあり逞しくもある過去を持つ、不思議な男だった。基本的には胡散臭いことには変わりはないのだが、警察でのあの態度は、ある意味では頼りになるとさえ思われた。

「あんたに依頼したという女のことを話すべ」
「依頼人の事は、たとえ警察であってもお話できません」
「そんな悠長に構えとられる立場じゃないだろう」
 何の立場だ、と思った。あまりにも理不尽だと思っていると、そこへ先程の若い方の刑事が戻ってきて、座っている年配のほうの刑事に書類の束を渡した。刑事はそれに目を通してから、真の前の机にやや乱暴に置いた。






次回はちょっとポイントになるかも?
絡んでいる人間の数が少しだけ数えられるかもしれません。
(でも、まだいるのですね……いや、すでに出てきてはいるのですが表舞台には上がっていない?)
そして、いよいよ、【清明の雪】から持ち越してきたこの物語全体のキーワードのひとつである言葉の意味が出てきます。
引き続き、お楽しみください。
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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