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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨66] 第13章 街の色(1) 

【海に落ちる雨】第13章のスタートです。
竹流の失踪から時間だけが経過していく。新潟の県庁にあるフェルメールの贋作は、新潟の豪農が日露戦争の頃にソ連のもと貴族から預かったものらしいという。その絵に竹流が絡んでいた理由はまだ判然としない。
そして、恋人の深雪の過去。糸魚川で、確かに彼女の両親が自殺していたことが分かった。そして、その深雪の過去を幾人もの人間が確認しに来ている。それぞれの人間は、それぞれの事情でここに来ていたのだろうが、その中には竹流と思われる男もいた。
それぞれの人間の思惑。掴み切れないそれぞれの事情。
どの糸が彼につながっているのか、まだその糸の端にさえ触れることができないままの真は、徐々に焦りをかくせなくなっていた。






 新宿はいつもの賑わいの中だった。
 どういう目的で歩いているのか、行き交う人々にはそれぞれ複雑な事情が絡み合っていて、その足の向かう先も一定方向を示さない。いつも他人とぶつかっては悪態をつく誰かを見かける。

 そんな雑多で複雑な感情の交錯を見ていると、どこかでほっとしているのを感じる。
 以前に勤めていた調査事務所は六本木にあった。そこでは大学に在学中も含めると五年近く働いたことになる。だが、大学生のような金のない若者に対してははっきりとけじめをつける六本木の街は、どこか居心地の悪い側面があった。

 そのせいか、今でも六本木に戻ると何だか落ち着かない。北海道から見れば、六本木も新宿も雑多な都会にはかわりがないのに、新宿の街では、自分の中の何かを隠しておけるような気がするからかもしれない。

 北海道から出てきて以来、東京に馴染んだことなど全くなかった真に、意外にも街の中にいてそれほど居心地の悪い気分を起こさせなかったのが、この複雑な街だった。北海道にいたときよりも酷い苛めにあったのも、唯一真の知る母親という種類の人間が亡くなったのも、初めて女の子と付き合ったのも、初めて友人と呼べる人間に出会ったのも、そして初めて自分には全く理解のできない他者という世界があるということを知ったのも、この東京の街だったにも関わらず、真は永遠にここには馴染めないような気がしていた。そんなふうに言葉も外見も明らかに都会にそぐわないはずの真が、初めて気の合った都会の街が、この新宿だったのだ。

 ある意味では、北海道と全く正反対の姿を持つ街が、いつの間にか真を庇ってくれる唯一の都会の街になっている。

 とは言え、今日この見慣れた街には、真や同居人にとってありがたくない連中がどこかに潜んでいるのかもしれない。真は知り合いに会いそうな場所は避けて通って、駅から少し離れた公衆電話を見つけると、ポケットの小銭を探った。

 相手は直ぐには電話に出なかった。十何回かコールして諦めかけた頃に、ようやく受話器をとってくれた。
「はい」
 ぶっきらぼうな声だった。いかにも、今起きたという感じだ。
「相川です」
「なんだ、お前か。例の絵のことなら調べているところだが、芳しい結果は望めそうにないぞ。あいつが高瀬のおっさんに任せたんだとしたら、お手上げだからな」
「厄介なことになっているみたいだ」
「何が」
「あなたたちの仲間を二人、警察が捜している」
「なんだ、それは」

 向こうで葛城昇は一旦黙り込み、それから慎重な声で聞き返してきた。
「寺崎のことか。もう一人というのは、まさか」
「竹流の場合は、あくまでも重要参考人ってことでしょうけど。あなたたちの仲間は仕事以外で、つまり裏稼業以外でも接点はあるんですか」
「寺崎が運送屋をしているっていう話か? あいつの場合は特殊なんだ。普通は、俺も、他の連中も普段は別に竹流と接点があるわけじゃない。それで? お前も重要参考人の参考人か」
「そのようです。今、警察と絡みたくはない。八方塞がりにはなりたくないんです」

 たまに昇が年上であることを思い出して、真は敬語に戻る。自分は随分いきり立っているらしい。それを察するからなのか、昇が幾らか柔らかい声で尋ねてきた。
「新潟で何か分かったのか」
「糸魚川で留置場に突っ込まれました」
「糸魚川? またなぜそんな所まで」
「ある女の素性を探りに。そうしたら、竹流も三年半前に来ていることがわかりました」
「何しに?」
「同じ目的で」
「へぇ」
 電話の向こうで、昇は曖昧な声を上げた。

「それで、どうする?」
 暫く間を置いて、更に昇は尋ねてきた。
「どう、とは?」
「八方塞がりなのはお互い様だ。お前が堅気をやめるっていうのなら、俺たちの間に垣根はない。東道や他の連中もあんたを認める。仕事もしやすい」
「でも、俺は」
「まあ、東道もそうだが、お前の存在自体を危なっかしいと思っているのは確かだけどな、下手に堅気でいられるよりはいいかもしれない」
 真はどうとも返事ができず黙っていた。
「店の更ける頃に寄ってくれ。かくまってやる」
 昇は最後にそう言った。

 同じ場所にいるのは人目につくような気がして、別の場所に移動してまた事務所に電話をした。
 出たのは賢二だった。
「すみません、あいにく所長は留守でして」
 賢二の声には緊張が漂っていた。誰か有難くない連中が近くにいるのだろうと思った。
「大丈夫か、お前たちは」
「はい。その件は三上さんに一任したそうですから、そちらのほうに連絡していただけますか」
「ありがとう。後のことは頼んだよ」
「承知いたしました。所長にも伝えます」

 賢二のやつ、慣れない言葉遣いでさぞ肩が凝ったことだろう。それに、宝田はもっと窮屈な思いをしているに違いない。考えると、申し訳ないが、おかしい気がした。
 そう思うと、多少落ち着いてきた。いつの間にか、彼らの存在自体が自分にとって必要なものになっている。そんな気がした。


 真はそのまま近くを通りかかったタクシーに乗った。行き先は銀座のホテルだった
 今、深雪がそこにいるのかどうかわからなかったが、心当たりはそこしかなかった。
 思わずタクシーの中で身を低くしていると、運転手の怪訝そうな顔がバックミラーに映っていた。真は目を逸らせた。何をそんなに警戒しているのだろう。自意識過剰になっているようだった。

 空は今日もあまり気分を盛り上げてくれるような色ではないが、窓の外はいつもと変わらない雑多で賑やかな街の姿だった。ふと自分の手を見ると、その暗い肌の色は青に、また赤に、やがて完全に黒く沈んだかと思うと、不意に存在を突き付けるように明るくなり、青く血管を浮き立たせた。

 ホテルに着くと、足を運びなれたホテルの部屋に向かって、エレベーターで十四階に上がった。エレベーターの中では自分ひとりだったのでほっとしたが、エレベーターホールから廊下を曲がったところで、真は足を止めた。
向こうもこちらに気が付いたようだった。

 逃げるべきかどうか迷ったが、階段がどこにあるのかよく知らなかった。しかも、エレベーターの扉は全部閉まっている。まさか、いきなり引っ捕まるとは思ってもいなかった、と考えながら立っていると、目が合った二人組の男が近づいてきた。

「相川真さんですか」
「そうです」
 刑事にしては上品だな、と思っていると、彼らはいつも真が深雪と会っている部屋に真を通した。奥のリビングにいたのは、澤田顕一郎だった。

「ここは今の君にとってあまり安全とは言いがたいはずだが、君は必ずここに来るだろうと思っていたよ」
 真は促されるままに、澤田に向かい合って、テーブルセットのソファに座った。
「深雪は?」
「店には今日は休むと連絡があったらしい。ここにも、マンションにもいない」
 彼女自身の住まいがあること自体知らなかったと思って、真は思わず複雑な気分になった。確かに、このホテルがそのまま彼女の住まいというわけではないだろう。

「昨日の夜から飲まず食わずじゃないのかね」
「いえ、一応留置場ではご馳走になりましたから」
 澤田は少し笑ったように見えた。
「何か頼もう。断ろうなどとは考えないほうがいい。食べられるうちに食べておくのは、戦争中の鉄則だ」

 今日澤田と一緒にいるのは嵜山ではなかった。さっき廊下で会った男の一人に、適当にルームサービスを頼むように言って、澤田は真に向き直った。
「それから、ひと風呂、浴びてきたらどうだね」

 逆らっても仕方がないと思い、真は言われる通りに、使い慣れたシャワールームに入った。シャワーを浴びているうちに、外で待っているのがいつものように深雪であるような錯覚に陥った。
 そう思うと、それでもまだ彼女の事を諦めていない自分が、やはり浅ましい人間であるような気がした。こうなってもまだ、彼女を抱きたいと思っているのだろうか。自分でもよくわからないが、どこまでも満たされない何かが、咽元まで上がってくるようだ。

 シャワーを使って出てくると、バスローブと一緒に着替えの下着まで用意されていて、澤田の妙な心遣いに有り難いような気恥ずかしいような気分になった。
 澤田は真が出てくると、テーブルに出したグラスにワインを注いだ。
「あまり飲まないほうがいいだろうが」
 それでも少しばかりの酒は有り難い気がした。

 そう待たないうちに、ルームサービスの食事が運ばれてきて、真は薦められるままにその前に座った。
「食事をしながら、事務的な話をしよう」
「はい」
 澤田が敵にしても味方にしても、契約を交わした相手には違いなかった。

「新潟に行って何かわかったかね」
「いえ、ただ絵の事が多少」
「君の同居人の行方は」
「分かりません」
「警察が捜しているらしいが」
 真はただ頷いた。それから、徐に辿り着いた絵についての情報を話した。

「あなたがおっしゃっていたIVMの件ですが」
「例の、フロッピーに入っていた脅迫文のことかね。それが盗まれたと聞いたが」
「そのようですね。それで、その三文字は、フェルメールの署名なんだそうです」
 真はかいつまんで新潟県庁で見た絵の事、それに続いて会った江田島や蓮生の家のことを話した。額縁の件は端折っておいた。

 真はずっと澤田の顔を窺っていたが、澤田は感情を一切表に出さなかった。
「新潟の豪農か」
「蔵からそんな美術品が出てくるのは普通ではないのでは」
「まぁ、金貸しでもしていたとなると、借金のかたに取り上げた財産でもあるのかもしれないね」
 澤田はそう言いながら、多少何かを考えているような気配だった。

 澤田の記憶や思考の隙間に入り込んだものが蓮生の家のことだと思ったが、それ以上確認もできなかった。考えてみれば、澤田は新潟の事情には詳しいだろう。その彼の頭の中のパズルに何かがはまり込んだとして、彼が真に何もかも話してくれるとは思えなかった。

 食事を済ませると、どこかへ出掛けていた男たちが戻ってきて、真に着替えを渡した。澤田が、服を替えていったほうがいいだろうと言ってくれたので、それもそうだと思い、有り難く好意に甘えた。
 スラックスのポケットに入っていた財布は、新しい服に移されていて、何やら嵩張ると思って見ると、随分と分厚くなっていた。ついでに困ったら使うようにと、この部屋の合鍵まで渡してくれた。

 鍵を手渡された瞬間、澤田の手が、鍵を介して真に何かを語りかけたような気がした。真は思わず顔を上げて澤田を見た。

 それが真の思い違いでなければ、澤田はその時、こう言っていたような気がした。
 深雪を、頼む、と。

 真は暫く澤田と向かい合って立っていたが、やがて促されてその部屋を出た。背中でパタンと閉まった扉の向こうで、澤田が何を考え何をしようとしているのか、真は振り返るべきかどうか考えながら、結局前へ進むほうを選んだ。
 それは、たとえ目的を同じくしても、想いを共有することはないという、澤田から発せられたメッセージを感じたからだった。


 新宿に近づくのもどうかと思い、何となく六本木に向かった。こういう場合には慣れた場所にいるほうが、いざというときに助かると思った。匿ってくれる連中の居場所も分かっているし、動きがとりやすい。
 少し時間を潰せば、添島刑事との約束の時間になりそうだった。

 向かったのは三上と一緒によく通った店で、酒のあまり飲めない真に最初に街での酒の飲み方を教えてくれた店だった。三上は、竹流ほどではないが、結構な酒豪で、真を無理矢理つき合わせては始末に終えない酔っ払いをこしらえて喜んでいた。
 その店は半会員制の店で、顔馴染みでなければ入っても美味い酒が飲めるという保障はない。雑居ビルの三階にあるその店に入ると、マスターがカウンターの向こうでグラスを磨いていた。比較的長めのカウンターには十席ほどの高い椅子が並んでいて、テーブル席は四人掛で三つあるのみの細長い店だ。まだ客は誰もいなかった。

 マスターは恰幅のいい、顎鬚を持った五十代の元山男で、遭難した際に凍傷になった左足の指が何本か無いそうで、足を引きずっていた。それでも、この店には今でも山好きの連中が集まってくる。
「真ちゃんじゃないか。珍しいね。もう六本木には愛想を尽かしたのかと思ってたよ」
 真は軽く挨拶を交わして、カウンターに座った。
「早いね。仕事の途中?」
「えぇ、まあ」
 適当にごまかして、真はビールを一杯注文した。

「この間はありがとうございます」
 真が新宿で仕事をするようになってからも、一本釣りの客に関しては、ほとんどこういう飲み屋が媒介になってくれていた。

 真の仕事が、調査事務所としては比較的順調にやってこられたのは、個人的な依頼主ではなく、ほとんどが名瀬法律事務所を介してやってくる仕事のお蔭だった。名瀬は真には才能があると言って気に掛けてくれていて、何度か唐沢に真を自分のところで雇いたいと申し入れてくれていたようだった。もっとも、実際にそうなってみると、窮屈で逃げ出したのは真のほうだった。
 名瀬の機嫌を損なったのかと思っていたが、彼は今でも真を下請けにうまく使っていて、お蔭で独立してからも真のほうもそれなりに仕事をやっていけている。そうして噂が後押しをしてくれると、こういった店の客からの情報で、新しい仕事が入ってくることも多くなった。

「って? ああ、あの客、真ちゃんとこに行ったんだ。まあ、真ちゃんには随分世話になったからね、思い出したくはないかもしれないけど、唐沢のおっさんにもね」
 真は返事をしなかった。
 思い出したくない、などということはない。けれども三上の事を考えると、どうとも答えられなかった。

「いつ刑務所から出てくるんだっけ?」
「あと二年……かな」
「三上ちゃん、それでも迎えに行くんだろうな」

 マスターはグラスを拭き終えて、煙草を咥えた。真はやはり返事をしなかった。
 三上が下半身不随になったのは唐沢のせいだった。それでも、三上とっての唐沢は、どんなにどうしようもない人間でも捨てられない親のようなものだと、以前葛城昇が言っていたことがある。
「あ、それはそうと」
 マスターは思い出したように真のほうに身をかがめた。

「数日前さ、ビッグ・ジョーの下っ端が来たよ」
「何しに?」
「人捜してるって」

 どうもビッグ・ジョーの名前が出ると身構えてしまうのは、不意にあの時の事を思い出すからなのだろう。記憶は曖昧だし、身体のほうも何をされたのかあまり明確な意識がないのだが、身体の芯のほうで痛みが走る感じがする。ビッグ・ジョー自身、身体のごつい男で、素手でライオンを絞め殺せるという噂も流れていた。平和な日本ではあまり説得力のない噂だが。

「それがさ、一度真ちゃんが連れてきた男のことじゃないかな」
「俺が連れてきた男?」
「あの、背の高い金髪の外人」
 真はマスターをまともに見た。

「いつのことです?」
「あの男前が来たのが?」
「違う、ビッグ・ジョーの使いが来たのが」
「一昨日かな、確か。それがどうかしたのか」
「どんな感じでしたか? 焦ってるようだったか、何か聞かれたか」
「焦っているようではなかったけど、虱潰しに聞きまわっているようだった」

 一体、ビッグ・ジョーが動いているとはどういうことだろう。
「捜しているのはその金髪外人だけでしたか。もう一人、男を捜していなかった?」
「あぁ、よく知ってるね。そうそう、もう一人捜してた」
「それは日本人で、背が高いって言ってませんでしたか」
「うん、百八十はあるって言ってたかな。名前がたしか」
 考えたマスターの言葉の先を、真は続けた。
「寺崎」
「そうそう、さすがは名人」

 真は礼を言って、ついでにチップもはずんで、店を出た。どこへ行けばビッグ・ジョーとコンタクトを取ってもらえるのかは知っていた。知っていたが、今までは近づきたくないと思っていた。だが、そんなことは言っていられないと思った。
 添島刑事との約束の時間まで二時間ばかりあった。それに遅れるわけにはいかないが、今寺崎や竹流の行方について、何か手がかりがあるのなら何でもしがみつきたい気分だった。






さて、少しずつ、物語の展開が早くなっていきます。
まずは、澤田顕一郎の動き。
そして、竹流を探すほかの連中。
絡み付いてくる連中のそれぞれの事情。
真は彼に近づくことができるのでしょうか。

失った過去の父親との絆。
そして、3人目の父親とも言える男の影を探し当てることができるのか。
一体、彼の身に何が。
第3節にあれこれの事情の糸の切れ端が潜んでいます。
その第3節まであと3章。
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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