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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

伝えたい想い/【百鬼夜行に遅刻しました】(夏)あとがきに代えて 

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(『風の谷のナウシカ』より)

ちょっと勢い余って書いてしまった【百鬼夜行に遅刻しました】夏物語。
気持ちが入りすぎて、文章が乱れ飛んでいて、後で微妙に恥ずかしくなったりもしていたので、あとがきを書きます。
はっきり言って、長いです。
面倒くさい方は、このあたりで引き返してくださいね^^;


実は、始めはウゾくんが、鬼になった戦国時代の誰かに会って……なんて話を考えていました。
エピソードに、千利休の朝顔の話を使うことは決めてあって、これをふくらます予定でしたので。

この朝顔エピソード、茶道を習っている時には、千利休は偉いことを言う人だと単純に感心していたのですが。
ふと、でも、大義のためとはいえ小さな命を散らすのは……、とかあれこれあらぬ方へ考えが転がってしまいまして。

秀吉って、天下人になっても感覚は所詮農民だったのですよね。泥臭い。
もちろん、あの場所まで知恵ひとつで登って行ったのはすごいことですが、私の中の秀吉像は、数年前の大河ドラマの『江』の岸谷五郎さん。
むかつくほどいやらしいおっさんなんだけど、単純で泥臭くて子供っぽい。
天下を取るような器じゃないはずなんだけど、あれよあれよと時が味方をしてしまった。
茶々=宮沢りえさんが、恨んで怨んで逆らいながらも魅かれて行ってしまう。
(その、秀吉=岸谷さんを憎んでいるぞ!と口で言いつつ目だけで誘う宮沢りえさんにドキドキしました……いやもう、この二人のためにあったと言っても過言ではないくらいの大河ドラマでした。無茶苦茶萌えました)。

で、朝顔エピソード。
農民ですからね、しかも感覚が子供ですからね、だからきっと、単純に、溢れんばかりに咲き誇る朝顔を見たかったんでしょうね。

千利休のほうがはるかに、政治家であり、武士であったと思います。
当時の茶の湯は、今のような単純に精神的なものではなかったはず。
お茶碗ひとつで国ひとつが買えるくらいだったと言います(そうしたのは実は下戸の信長、引き継いだのが利休)。
茶の湯に、国を動かす力があったのです。
だから、当時の二人(秀吉と利休)の関係を、現代の我々の視点から考えてはいけないと、つくづく思うのです。

あれこれ考えて、これこそ『是非もなし』だと思いました。
どちらが100%正しいわけでも、100%間違っているわけでもない。
秀吉も利休も、朝顔の美を認めていたことは確かなんでしょうね。
そして、朝顔の精は、そんな人間の営みなどは、もっと高い次元から見ていた、のかもしれません。

そう言えば、この『是非もなし』
信長が本能寺で、明智光秀の奇襲だと知った時に言い放った言葉として有名ですね。
是非もなし…やむを得ない…襲われて死ぬのもまた運命だ…人間五十年なんだから仕方がない、というような達観したニュアンス、と取られていることもあるようですが。
敦盛を好きで舞うくらいですからね、そういう思想が、とっさに言葉になったのでは、と?

この信長の言葉の前に、仕えていた者が「(襲ってきたけれど)どうしましょう」と聞いたのだとか。
これは信長の返事です。
『是非もなし』
信長ほどエキセントリックで、明確に日本の王になることを目指していた男が、ちょっと立ち寄っていた本能寺なんかで死んじゃうわけにはいかないのです。少なくともこの男はそう思ったはず。
「是非もないことだ、戦うにきまってるがや」
やられそうになって、火の中で敦盛なんて舞ってるものか、絶対最後まで足掻いて戦っていたはずだ。
信長にはやっぱりそんな男であって欲しい、そんな最後であってほしい大海でした。

話が逸れましたが(逸れすぎだって^^;)。
考えているうちに……
だんだんこの朝顔エピソード(武士道たるもの…的物語)が、信念を貫くためとはいえ、花は一生懸命咲いてるんだよなぁ、切っちゃうのもなぁ…という方向にずれ。
大義のために小さな命を犠牲にできるか、とかいう方向へずれ。
折しも、広島の原爆投下の日を迎え。
グンソウさんのように、戦争中のことを思い出したくない、語れない、でも今も苦しみ続けている、という人々もいるだろうと、想いを馳せ。
沖縄のひめゆりの塔記念館でお会いした、当時その一員だったおばあさんを思い出し。
淡々と語られた言葉が重くて。

私はその時、その人に言えなかったけれど、心の中で思っていた。
『その時代を生き延びて、今ここに生きていてくださって、ありがとう』って。
その時何があって、何をしたのだとしても、今、生きてここにいてくださってありがとう…と。


現実が重すぎて、小説には書けないことがいくつかあります。
戦争はそのひとつです。

でも、このたび、本当は書けない、書くまいと思っていたことを書いてしまったので、少しだけ言い訳をしたくなったのでした。


何かを書く時に、外してはならないこととして、自分の中にあるルールがあります。
それだけは守りながら、書いたつもりです。

ひとつは 100%の善もなければ、100%の悪もないということ。
ひとつは 過去の出来事について、現代の人間の感覚で判断・批判してはいけないということ。

だから、戦争については、当時を生き抜いた人々に対して、その人が何をしたのだとしても『断罪』する権利は、今の時代の自分にはないと思っています。
当時を生きていて、ただ被害者だった人にだけ、その権利があります。

自分が全く正しいと思う人間だけが石を投げろと、聖書にも書かれておりますが、私には自分が『全く正しい』という自信がありません。
ただ、そのことを深く考え、立ち向かうことは必要です。
過去をただ闇雲に批判するのではなく、そこから何を学び、これからどうするのかということだと思うのです。

戦争は、人間を被害者にもするし、加害者にもすると思うし、その両者は裏表の関係で、誰でもいつでもそのどちらにもなり得るのだ、そういう精神状態に人間を追い込むのが戦争という状態だということを覚えておかなければならないのだと思っています。
そして、犠牲になった人たちに対しては、時が遅くならないうちに、国として、あるいは人として、購ってさしあげなくてはならないのだと感じます。

だからこそ、何より、そのような状況(戦争)を作らないこと。
そこへ向かう理由を作らないこと。
そこに至ってしまったら、人間の精神はまともであり続けることはできないのですから。


卑近なことですが、車を運転する時、いつも思っています。
これは走る凶器だ。これに乗っている限りは、いつもで加害者になる可能性がある(最近は自転車も、のようですが)。被害者になることよりも、加害者になることの方が、本当は怖いのです。
でも……移動のためには、今はどうしても必要になってしまっています……(..)
事故は起こるものと考えて、障害物を前に勝手にブレーキがかかるようになってきています。
保険も、事故は起こるものだという前提で入らなければなりません。
そして何よりも、常に、自分が加害者になる可能性をちゃんと考えて、安全運転を心がけねばなりません。

車もそうなんですが、私の力では制御しきれないもの思うので、点検はしょっちゅう行っています。
でも、本当は、人間は自分の知恵で制御できないものを使ったり、持ったりしてはならないんでしょうね。
同じレベルで言うのも変ですが、原発、原爆、戦争、そして最近話題の出生前診断。
尊敬するある人が、最近元気がなくて、どうしたんですか、と尋ねたら。
「原発再稼動と出生前診断。(人類として)生きる希望が無くなって来たわ」と。

今、自己増殖し続ける科学を手にした人類は、自分たちで制御できないものを動かしている。
技術が自己増殖しているのであって、それを使う人間はそんなには賢くないのです。
もしも戦争が起こってしまったら、始まってしまったら、制御はできない……
そうならないように、知恵を絞らなければならないのだと……


そういう想いを、ちょっとウゾくんにぶつけてしまいました。


というわけで、本当はちょっと恥ずかしいのです。
心の中で、秘かに、一方では強く、思っている信念だったりするので。


そうそう……希望を無くしたと言っておられた方に、メッセージを送りました。
私がものすごく好きな『風の谷のナウシカ』の1シーン。
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戦争で人間が壊してしまった地球。巨大な菌類が森(腐海)を作り地表を覆っている。胞子には毒素があり、人はマスクなしにそこに入るとすぐに肺が腐ってしまう。海から吹く風に守られた『風の谷』でも、腐海の空気は入り込んでいて、老いた人は多かれ少なかれ肺や皮膚を病んでいる。この国の姫君・ナウシカはそんな人々の病を治せないかと、自ら腐海に入っては菌類の胞子を集めてきて、こうして研究しているのです。
そして気が付く。汚れているのは土と水だと。それが清浄であれば、菌類は毒素を吐き出さないのだと。

この物語、この先にいくらでも素晴らしいダイナミックなシーンがあるのですが、私はこのシーンが大好きです。
誰かの幸福を願い、そのために、地道に、真実に近づこうと知恵を絞る。
(これこそが科学であるべきだと、そう思いながら、日々お仕事に励んでいます)

そして、あるインディオのシャーマンの言葉を添えました。
『皆が薬草について教えてくれとやって来る。だが、誰一人として、森とともに生きる方法を教えてくれとは言ってこない』
皆、というのは我々、いわゆる文明国と言われている国に住む人間たちです。科学が行き詰まり、彼らに助けを求め、あるいは利潤を求め、薬草の知識を学ぼうと、シャーマンのところへ行くのです。
でも、我々に必要なのは、薬草の知識ではなく、この地球とどうやって生きていくか、そのことを学ぶことだと、彼はそう言っているのです。
だから、どんなに小さなことでも構わないので、一緒に森とともに生きる方法を考えましょう!と。
(明日から、森の中に住むというわけではありません^^;)



長々とお付き合いいただきありがとうございました。




最後に。
朝顔の精は、美人で気風のいい『極道の妻』をイメージしました。
サクラちゃんにはモデルがいます。『ハリー・ポッター』のハーマイオニーです。もっと子供にしてみました。
飛んでいるヒタキはフェニックス(『秘密の部屋』)のイメージです。和風ですけれど。

ちょっと重くなったけれど、『夏・朝顔』、それなりに楽しく書きました。
ウゾさん、ありがとうです。

次は『秋・菊花』です。今度はどんな花でしょうか。
また、涼しくなったらお目にかかりましょう。



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Category: 百鬼夜行に遅刻しました(小鬼)

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コメント


うむ。

ジャッジすべきではないから書かないという方もいるし、ジャジできなくとも想っているから書くという方もいる。それでいいのだと思います。それこそ「是非もなし」なのでしょうね。私は、こういう形で彩洋さんが書いてくださったことに拍手を送りたいです。

平和の象徴みたいに言われるスイスですが、実は有数の武器輸出国で「武器の輸出はやめようよ」の国民投票を「職がなくなったらどうしてくれるんだ」派が否決してしまうようなところもあります。世界は複雑で、利己的で、時に冷徹ですが、それでも平和な世界の実現をあきらめてはいけないんだと思います。選挙に行くことや武器の製造に関わっている会社の製品を買わないことなどもそうでしょうし、筆を使って想いを発信することもそうだと思います。

ところで、信長が「○○だがや」って……。そりゃ尾張のお方だから言ったんだろうけれど、イメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく(笑)
朝顔の精は、岩下志麻のイメージで、OK?

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/08/07 03:47 [edit]


 おはよう御座います。
科学もね… 特に宇宙技術系は軍事転用が簡単ですからね。
今では 宇宙にロケットを打ち上げる事も軍事技術の誇示に繋がり 牽制になったりと…
無邪気に 宇宙の夢が語れない状況ですね。

出生前診断もねーー あれも突き詰めると 何処から人間とするかと言うような話になりますからね。
障害があっても 実際に生きる事が可能な場合の判断が難しいのでしようね。
極端な話 寄生体のように 脳と心臓はないが寄生する事に拠り生きている。これは 医学上では生きているとは認められないでしようね。でも 此処に宗教が絡むと…

江戸時代とか アサガオの品種改良盛んでしたからね。
黒いアサガオや黄色いアサガオ 花の真ん中で色が変わるモノとか 江戸時代の方は アサガオに思い入れありましたね。
秋は 菊なのですね 楽しみに待っています。

ウゾ #- | URL | 2013/08/07 08:28 [edit]


わたしは、歴史について「断罪」は誰にもできませんが、「異議申し立て」はできるし、やらなければならないと思っています。

そうしなければ、歴史によりわれわれ全体が押し流されて、気がついたらとんでもないところに立っていた、などということになりかねません。

絶えず「異議申し立て」を繰り返し、妙なかたちで「固定」されてしまうことを避けねばならないと思います。「固定」した歴史ほど、人をとんでもないところに連れて行くものはないとわたしは思います。

ポール・ブリッツ #0MyT0dLg | URL | 2013/08/07 17:16 [edit]


何が正義で、何が悪なのか――。

それは人によって千差万別ですし、
絶対的な正義、絶対的な悪というのも
存在しないんちゃうんかなって。

そういう面では歴史は事実であっても、
ぶり返して今の尺度で測っても無理で無駄で無明なことですよね。

シュナイダー #- | URL | 2013/08/07 23:04 [edit]


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# |  | 2013/08/08 07:05 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

> ジャッジすべきではないから書かないという方もいるし、ジャジできなくとも想っているから書くという方もいる。それでいいのだと思います。それこそ「是非もなし」なのでしょうね。私は、こういう形で彩洋さんが書いてくださったことに拍手を送りたいです。
ありがとうございます。ちょっと勢いがついてしまって、恥ずかしいのですが……
そうですね。書くのも書かないのも自由であること、それはとても大事なように思います。
でも、思想的なことを書く時、やっぱり気を遣います。自分の主張なので、ついつい言葉が強くなってしまうような気がして……自分の思うことだから何でもいいというわけでもないし、自分の中で大事なことと他人の中で大事なことは違うので、不用意な言葉が出てしまって、人の気に障ることもあるんだろうな、とか。
ちょっと違うことですが、海外の子どもに手紙を書く時、宗教の話は書いてはいけないと指導されました。
敢えて書くことはないとしても、そうか、自分では気が付かないで触れていることもあるかも知れなくて、不用意に書くとダメなことってあるんだなぁと思いました。
う~ん。難しいですね。思うのは自由でいいのですが、書いて表に出すとなると、あれこれ悩みますが。
でも、本当に悩んでいる人は、ブログなんてしていませんね……矛盾でした^^;

> 平和の象徴みたいに言われるスイスですが、実は有数の武器輸出国で「武器の輸出はやめようよ」の国民投票を「職がなくなったらどうしてくれるんだ」派が否決してしまうようなところもあります。世界は複雑で、利己的で、時に冷徹ですが、それでも平和な世界の実現をあきらめてはいけないんだと思います。選挙に行くことや武器の製造に関わっている会社の製品を買わないことなどもそうでしょうし、筆を使って想いを発信することもそうだと思います。
そうなんですね。確かに、近くの某国も、武器の関税で国庫を維持しているとかも聞いたことがあります。
日本における原発論争も、原発が制御できなくなった時の恐ろしさを目の当たりにして否定する意見と、それを仕事にすることで町が潤ったりしている(まさに、生きていくために仕事が必要)現実と、どこまでも平行線になりますよね。昔の炭鉱町がすたれて財政が成り立たなくなって…という姿もたくさん見てきたため、色々考えてしまう人もいるのでしょうし。
でも、少しでも良い社会を未来に残すために、知恵を絞らなければなりませんね。
夕さんのおっしゃる通りだと思います。

> ところで、信長が「○○だがや」って……。そりゃ尾張のお方だから言ったんだろうけれど、イメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく(笑)
あ、そう言えば、確か夕さんは名古屋界隈に住んでおられたことがあったんでしたっけ?
(記憶違いかも……すみません^^;)
いや~、これ、実は以前に方言の記事で書いた「信長の話が尾張弁で書かれていた小説」を思い出しておりまして。本当に、読みにくかったなぁ、と……^^;
でも、実際には、そんな感じだったんでしょうね。確かに、ちょっと映画とかでは見たくないかも。

> 朝顔の精は、岩下志麻のイメージで、OK?
そうですね。朝に咲いて夕方にはしぼむけれど、また翌日見事な花を咲かせる、強くたくましい女のイメージで(*^_^*)

コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/08/09 00:29 [edit]


ウゾさん、ありがとうございます(^^)

> 科学もね… 特に宇宙技術系は軍事転用が簡単ですからね。
> 今では 宇宙にロケットを打ち上げる事も軍事技術の誇示に繋がり 牽制になったりと…
> 無邪気に 宇宙の夢が語れない状況ですね。
本当にそうですよね。東西冷戦の頃の米ソの宇宙開発バトル、本当にすごいものがありました(リアルタイムで知っている、というのもちょっといただけんですが…^^;)。
その中で、宇宙での事故は結構隠匿されてきたんですよね。認めたり公表したりすることは、そのバトルに負けることを意味するわけで、当時の米ソ関係ではありえない。
実は、拙作の話で申し訳ありませんが、真って、もともと宇宙ロケットを飛ばすことを夢見る若者だったのです。それが(時代が古いので)あるロシアの現実にあった宇宙事故を知ったことを契機に気持ちがぐらついてしまったんです(それが、【清明の雪】の話)。本当はチャレンジャー号の爆発事故を取り上げたいと思ったのですが、時代をそれより古くに設定してあって、今更変えると4代分の話がずれるので…^^;

> 出生前診断もねーー あれも突き詰めると 何処から人間とするかと言うような話になりますからね。
> 障害があっても 実際に生きる事が可能な場合の判断が難しいのでしようね。
そうですね。今、親になる人は「パーフェクトベビー」を求める傾向にありますよね。
わが子ならどんなふうでも可愛い、と思えるかどうか、それは実は、社会がどれくらい障害のある人々に寛容であるか、ということとも関係しているように思います。
もしも出生前にある疾患が分かって中絶する。それは、今現実にその障害を持って頑張って生きておられる方の存在をないがしろにすることに繋がりかねない。一方で、その方たち(家族も含む)の生活が楽ではないこともわかっている場合、一概に是とも非とも言えません。生きていくのはその人であって、主義主張を語る人ではないから…(両者が同じ場合は問題ではありませんが)。
これは以前、あるフランス人さんと論争になったことがあって。色んな立場の人の話を聞くと、それぞれの立場で皆正しいことを語っておられて、100%間違っている意見がないということも分かりますが……選ぶって、辛いことですよね。
さて、話を進めていくと、ウゾくんが将来何を選んでいくことになるのか、少しずつ紐解いていくことになります。
秋は恋です(実は下敷きになるのが『雨月物語』…すみません、恋と言っても実は…いや、多くを語るまい。悲恋ですから^^;)。
またまたよろしくお願いいたします。

> 江戸時代とか アサガオの品種改良盛んでしたからね。
> 黒いアサガオや黄色いアサガオ 花の真ん中で色が変わるモノとか 江戸時代の方は アサガオに思い入れありましたね。
そうそう、あさがお市、の始まりですよね。でも、原種の青白い花が、やはり綺麗です。
朝顔の精は、その原種の朝顔をイメージしています(岩下志麻??)。

コメントありがとうございます(*^_^*)

彩洋→ウゾさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/09 00:51 [edit]


ポール・ブリッツさん、ありがとうございます(^^)

> わたしは、歴史について「断罪」は誰にもできませんが、「異議申し立て」はできるし、やらなければならないと思っています。
そうですね。そのためには、過去の出来事を深く学び、深く考えて、そして初めて何かを語ることができるのだろうと思います。
そのために何をするべきか、あれこれ考えると混乱してしまうこともあるのですが(色々な立場の人の話を聞くと混乱してしまうんですよね……どの意見にも一分の理があるような気がしてしまって…弱いもので(..))、未来の地球のために何を残せるかということを土台において、しっかり考えていかなければと思います。
突き詰めたら、原始時代に帰ろう的話になってしまいそうで、怖いのですけれど。
あるいは、社会が閉塞した時に、その閉塞感への憂さ晴らしで……いえ、すでに、ある意味では今閉塞していますよね。そこに閉じ込められた人が小さな戦争を始めているようにも見えます。無差別何とか、はそのひとつにも思えます。
現実に何ができるのだろう。いつも悩んでしまいます。
きっと、ポールさんのおっしゃるように、『異議申し立て』をしていくこともひとつですね。
色々な意見があり、それが権力を持つ者のひとつの意見の力で捻じ曲げられないでいること、それが大事なことなのかもしれませんね。そうすれば妙な形で固定されてしまうことはないのかもしれません。

そう言えば、かの『銀河英雄伝説』で、素晴らしい為政者がいる専制君主制の国と、ばらばらの意見を戦わせるばかりでなかなか正しいと思われることが前に進まない民主主義国、どちらがいいのかという問いかけがありました。
私の愛するヤン・ウェンリーは、それでも民主主義だと言いました。どれほど素晴らしい為政者でも間違いはあり、もしその為政者が正しくてもその次の世代にその正しさが受け継がれるとは限らないのだと。だめだめな連中の寄せ集めでも、皆が正しいと思う意見を言い、間違いを修正してくことが可能な国の姿であるべきだと。
できることって小さいことかもしれませんが、諦めてしまわずに、ひとつでも進んでいけたらいいですね。

とても大切な言葉を、ありがとうございました(*^_^*)

彩洋→ポール・ブリッツさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/09 01:18 [edit]


シュナイダーさん、ありがとうございます(^^)

> 何が正義で、何が悪なのか――。
> それは人によって千差万別ですし、
> 絶対的な正義、絶対的な悪というのも
> 存在しないんちゃうんかなって。
そうなんですよね。それが実は一番難しいところで。立場と時代が変われば、そしてその社会が持っている時間軸や機能が変われば、まったく違う現実がそこにあるわけで。
たとえば、宗教が理由で行われる戦争や儀式。特に割礼は、人の命と人権に関わることでもあり、絶対にダメだと思う。宗教を大義名分にした戦争を知ると、どうして、と思う。一方で、宗教に縋ることを是としない社会で生きてきた人間が窮地に追い込まれた時、縋るものがなくて壊れていくこともある。
昔、正しいと思われいてた治療が、今は非常識とされることもある。
それについては、過去のその時には精一杯であり、仕方がないという面もある。もちろん、すべての物事は反省の繰り返しで、あたらしい知識と探究心はそこから生まれてくるのですが……

要するに、想像力かなぁと思うのです。
100%の是も、100%の非もない。だったら、過去の時代の人の感覚を思いやり、別の立場の人の心を思いやり、100%は理解できなくても、想いを巡らせる。
その中で、一生懸命相手を分かろうとする心が生まれてくる。『想像力』というのは、本当に大事だと思うのです。
とは言え、どうしてもわからん!って人は世の中に結構いるんですけれどね!
そんな時は、ついつい、あの人とはシナプスの結合が違うんだから仕方がない、とか頭の中で一生懸命念じてしまう、弱い私……^^;

> そういう面では歴史は事実であっても、
> ぶり返して今の尺度で測っても無理で無駄で無明なことですよね。
そうなんですよね。でも、その中にも、変わらない、大事なポイント(問題点というのか、次の時代へ進むために見落としてはならないことというのか)があるのだと思うのですよね。
歴史は繰り返す、と言いますから。
いろいろ思うこともあるのですが、なかなかうまく言葉にできていません。
一生懸命書いても、書いてしまった言葉を見ると、自分でもなんかちょっと言いたいことが違う気がしてしまったり、まだ足りないような気がしてしまったり。
難しいですね。

コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→『シュナイダーさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/09 01:41 [edit]


鍵コメH様、ありがとうございます(^^)

いつもありがとうございます(^^)
作品のほうは…またいつでも、すご~くお暇なときがありましたら…^^;
いえ、この後書きは、内容など関係なく読めるものですので。
でも、話題があっちこっちに行きすぎて、何を書いてあるのか、後でみると自分でも????^^;
無い知恵を絞って一生懸命考えているけれど、気が散りすぎの奴、と思ってやってくださいませ^^;

そうなんですよね。車って、本当に走る凶器です。
でも、今なしで生活できるかと言われると……結構きついかも。
仕事がなければいいかなぁ。あとは、公共交通機関がもっと遅い時間まで動いてくれたら……
でも、仕方がないので、今は安全に気を付けて、この文明の利器と付き合っていきたいと思います。

「ナウシカ」、劇場で初めて見た時、犬のホームズと二本立てだったのですよね。
先にホームズを見て、笑い転げ、ナウシカで泣きまくり。
後ろに座っていた知らない人に「大丈夫ですか?」と聞かれてしまった私。
(きっと迷惑だったのでしょう^^;)
色々と、今でも考えさせられるお話です。今私たちにできることって何かなぁ。
ひとつでも、心に想うことができたら、そして次の世代に少しでも希望の残る地球を残せたらいいなと思います(*^_^*)
コメントありがとうございました m(__)m

彩洋→鍵コメH様 #nLQskDKw | URL | 2013/08/09 02:07 [edit]

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