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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨68] 第13章 街の色(3) 

【海に落ちる雨】第13章の3話目です。
あちこちに大和竹流と彼の親しい友人・寺崎昂司を探す者たちがいます。
彼らが関わっているのは、3年半前に自殺した雑誌記者・新津圭一の自殺。
新津はIVMすなわちフェルメールの件で誰かを脅迫していたが、自殺したとされていました。
贋作と言われた絵画には何が隠されているのか。
新津圭一は本当に自殺だったのか。
そして、大和竹流は今どこに……
(という話でしたが)
今回は、大和竹流の恋人の一人である女刑事・添島麻子と真のやり取りです。
内閣調査室の河本という男に預けられている添島刑事。自分が大和竹流への牽制に使われていることを察知していて、身の振り方をあれこれ考えてもいる。聡明な女性ですが、やはり女。でも…多分、真の味方をするつもりになってくれていると…思うのですが。





 添島刑事との約束の時間が近づいていた。送ってやろうというビッグ・ジョーの「有難い」申し出は断って、表に出ると、タクシーを拾った。
 澤田が満たしておいてくれた財布のお蔭で不自由がない。ただ有り難かった。

 タクシーを降りて、添島刑事と待ち合わせた国道の坂道をゆっくりと上っていると、後ろからすっと車が近づいてきて、真の少し前で止まった。目立たない白い車で、ナンバーからはレンタカーのようだった。
 真はガードレールを飛び越えて、その車の運転手を確かめると、助手席に納まった。
 添島刑事の顔を見て、本当にほっとした。半時間ほど前まで、もしかしてそのまま戻れないかもしれない場所にいたとは思えなかった。

「大丈夫でしたか」
 添島刑事からは珍しい印象がした。
「逃げられたって言ったら、多分信じていなかったでしょうけど、別に何も。まあ、あなたは参考人の参考人程度だから」
「それにしては、事務所に警察が張りこんでる。どういう圧力をどこからかけているのかは知りませんが」
「それは私も知らない。ただ、あなたの相棒が現れそうなところを虱潰しに見張らせているのよ。それがすなわち、寺崎昂司の現れそうな場所だと思ってるのかしらね。よほど手がかりがないんでしょう。最後にどこが手柄を手にするのかは見ものだけれど」

 添島刑事は自分の所属する組織を、屑籠に捨てるような調子で言い切った。
 女のくせにと言われ続け、本人ははっきりとは言わないが性的なものまで含めて嫌がらせをさんざん受けてきたのだろう。だから、いざとなったら、つまり男が作ってきた組織がろくなものではないと見限ったら、あっさりと裏切ることも厭わないかも知れない。
 もっとも、どの時代にも男を叩きのめすほどに鍛えた女はいるものだ。一度だけ竹流が、絶対にあの女に喧嘩をふっかけない方がいいぞ、と冗談交じりに言っていたことがあった。大和竹流相手でなかったら、もしかすると女とは見られていないのかもしれない。

 信号でゆっくりと車を停めると、添島刑事は真の顔を見て、少しだけほっとしたような顔で笑った。
「ちょっとすっきりしたじゃない。朝は随分むさくるしかったけど」
 真は頷いた。まさか、澤田顕一郎に御飯を食べさせてもらって、服まで面倒をみてもらった、とは言えなかった。

 真正面から添島刑事の顔を見て、さっき感じた珍しい印象が何なのか、わかった。
 いつもきちんと化粧をして、きつすぎるようなイメージの赤い口紅を引いている女性が、今日は薄化粧だった。口紅も薄いリップクリームのようだ。素顔に近い彼女は、真のイメージの中にあるよりは、若く純粋な気配を持っていた。
 これが、いつもベッドの中で竹流が見ている顔なのかもしれない。そう思って、感情と身体のどこかを刺激されたような気分になった。

「食事は?」
「大丈夫です」
 真は無遠慮に添島刑事を見つめていたことにようやく気が付いて、視線を逸らせた。
 添島刑事は前方に視線を戻して、一旦間を取った。何か重大なことを伝えようとする、前置きのようだった。

「私が知っていることを話すわ」
 自分自身に何かを確かめるような口調だった。彼女にしてみれば、これは職業倫理に関わることだろう。
 信号が青になる。添島刑事は車をスタートさせた。車が地面を擦る音で、言葉が誰かに聞かれるのを紛れさせようとしているようにも見えた。

「まず、ある男がひき逃げされた。新潟出身のあの大物政治家の秘書だった。それから入院していたある男が突然死亡した。肝炎で、死んでもおかしくない状態だったので、疑問はなかったみたいだけど。ただ、これがその政治家に大いに関わっていたフィクサーだった。秘書のひき逃げのほうは、実は密かに容疑者が挙がっているんだけど、手が出せない」
「それも、大物だからですか?」
 添島刑事はゆっくりと車を走らせていた。
「ひき逃げをした車を、警邏中の警官が見ていたのよ」
 真は、思わず添島刑事の横顔を見た。
「澤田顕一郎の奥さんの車だった。でも、運転していたのは男だった」
「まさか、澤田顕一郎を疑っているのですか」
「本人じゃなくても、その周辺の人物って事は間違いがないでしょ。この二つの出来事をきっかけに、河本が何やら内偵を始めたわけなの」

 真はすっかり暗くなった道の先を見つめた。前の車のテールランプがぼやけてかすんでいる。
 澤田顕一郎が何かとんでもないことを目論んでいるということなのか、あるいは逆に澤田にまつわる悪い噂が誰かの思惟であると含んでいるのか。
「澤田顕一郎の奥さんは、確か」
「山口県の某元首相の縁戚の人。今は病気で郷里に帰ってるわ」
 澤田は『心の病』と言っていた。
「その、大物政治家というのは、澤田、あるいは現首相と敵対しているのですか?」
「お互い触らぬ神に崇りなし、って感じかしらね。でも、自分たちの立場を守るのに、ひき逃げとか殺人とかいう小賢しい悪さをするような人物ではないことだけは確かね。少なくともそう願うわ」

 添島刑事は一つ、息をついた。
「ずっと疑問に思ってた。河本が絡む、政治家が絡む、あなたの父親まで出てくる。妙に大物が動く割には、起こっていることが小さい。ひき逃げにあった秘書、病死したフィクサー、恐喝を企んで自殺した記者、溺死した元傭兵、贋作だと言われる絵。あなたの同居人だって、大怪我はしたけど、国家絡みの大事件に首を突っ込んでいるような気配じゃなかった。それなのに、誰も『本当のこと』を言わない。河本も、澤田顕一郎も、朝倉武史も、それに大和竹流も」

「どういう意味ですか?」
「あなただって、そんな国家絡みの大事件に首を突っ込んでいる気はしないでしょ? でも、あなたにとってはこれは大事件には違いない。大和竹流の怪我と失踪、元気で死にそうになんかない老人の溺死。大和竹流にとっても、自分が関係している贋作を調べていただけだった。彼にとっては、当たり前の仕事だった」
 添島刑事はまた言葉を切った。

「でも、河本さんは『誰か』を追いかけている、ってあなたはおっしゃっていましたよね」
 添島刑事は真の言葉をしばらく反芻しているように見えた。それから、思い切ったように口を開く。
「確証はないけれど、私が思っていることを言うわ。聞き流しなさい。河本は」添島刑事はしばらく前方を見つめたまま、言葉を選んでいるように見えた。「本当にそれが誰だかわかってないんじゃないか、と思うの。確かに、誰かを追いかけている。でも、それが確信のある人物じゃないんじゃないかって。つまり、ものすごく取り留めのないことをしている。澤田も、大和竹流も同じよ。自分が何をしているのか、わかってないんじゃないかって」

「どういう意味だか、よく分りません」
「河本は私に、澤田と大和竹流とあなたを見張っているように、と言った。何故あなたたちなの?」
 真は思わず添島刑事の横顔を見つめた。
「河本が、自分のしていることに確信を持っているなら、もっと確信的な人物を見張れって言うんじゃないかしら。澤田は確かにそこそこ大物だけど、国家を敵に回した大事件を企んでなんかいない。あなたもそう思うでしょ」
 真は自分の手に視線を落とす。
 右手。彼の右手だ。まさに自分が動いているのは、あの右手に対する個人的な恨みだ。

「河本が何故私に目をつけたのか。それは私が大和竹流の女だから。でも、河本は別に大和竹流本人に何か疑いを持っているわけじゃない。よく分らないのよ。だけど、本当は誰も、河本自身も、よくわかってないんじゃないかって、そういう気がしてならないの」
 添島刑事の声は、最後のほうでは苛立ちを含んでいた。真は何と返事をしていいのか分らず黙っていた。
「それなのに、実際にあの人はあんなに痛めつけられて、行方もわからない。今、生きてるのか死んじゃってるのかもわからない」
 真は思わず添島刑事を見た。静かに感情を押し殺した横顔だった。

「何を、言ってるんですか」
「みんな、何だか分らないけど、それぞれにそれっぽい理由で死んでしまう。あの人も明日には東京湾に浮いているかもしれない」
 田安の水死体を見て、想像に怯えていたのは自分だけではなかったのだと思った。冷静で聡明な添島刑事の、震えるような声は、よく通る声だけに、真の胸のうちの深いところに突き刺さった。

「でも、彼を暴行したのは、手足のある人間だ。ろくなことを考えていないにしても、多分、頭だってついている」
 答えた真の声は、車のエンジン音にかき消される小さな呟きだった。
 それでも、それは添島刑事に届いたようだ。

「本当は、あなたが嫌いなのよ」
 添島刑事が車を走らせ続けている理由は分かるような気がした。停まって、じっくりと話したくはないのだろう。
「彼の恋人は、仲間も、誰一人だってあなたのことを好きじゃない。あのふざけた雑誌のインタヴューを読んで、誰がいい気分になったと思う? だけど、彼が何故あんなパフォーマンスをしたのかは、分かってる」
 真は手の平がじっとりと冷たくなってくるのを感じた。

「あの雑誌の発行社には、ヨーロッパに系列社があるのよ。同じ記事がその系列社の雑誌にも掲載される。遠いアジアの経済と芸術の情報は、一般のヨーロッパ人にとってもちょっと興味をそそられる話題なのよ」
 真は、一瞬頭が真っ白になったような気がした。
「でも、そんなことくらいでチェザーレ・ヴォルテラは動じたりしないでしょう」
 冷静に言ったつもりだったが、声は上ずっていた。

「ジョルジョが個人的にチェザーレ・ヴォルテラに逆らうだけなら、誰もそのことを知らない。せいぜい噂の程度だわ。でも、文字になって記事になった。ヴォルテラの後継者に後を継ぐつもりがないことが世間にばら撒かれたのよ。チェザーレのファミリーも敵もそのことを知った。それがどういうことだか分からないほど、あなたも馬鹿じゃないわよね。しかも、ヴォルテラはヴァチカンの裏のネットワークを支えている大きな組織よ。その後継者が、事もあろうに日本人の男性に、事実や内容はともかくも恋愛対象であることを仄めかした」
 真は呆然としたままだった。
「事実なんてどうでもいいのよ。文字になって世間に晒されたことが問題なの。それについて誰がどう思うか、その感情に歯止めは利かないわ。だから、誰もあなたの味方なんかになれない」

 手が震えだした。どう返事をしていいのか分からなかった。勿論、竹流の関係者の誰にも自分がいい感情で迎えられていないことは、分かっているつもりだった。
 父の言うとおりだ。あの時、美和に囁くようなふりをして、父が自分に警告したのは、単なる気まぐれではなかったのだろう。
「でも、あなたの気持ちも、多分みんなよくわかっている」
 添島刑事の声は、まるで彼女自身を説得しているようだった。

 真は何も言えずに黙っていた。竹流の事に関して、自分に味方がいないというのは何となく分かっていた。誰も、相川真にはいい感情を持っていない。大和竹流に対する気持ちを共有していると勝手に考えて、添島刑事に親近感を覚えていたが、それが自分の一方的な思い込みだということは了解できた。
 添島刑事は暫く黙っていたが、信号のある四つ角を曲がると、数十メートル進んでから、車を左脇に寄せて停めた。
 暗くなった道の両脇には幾つかビルが並んでいて、それなりに人通りもあったが、賑やかな通りとは言いかねた。

「内閣調査室から盗まれたフロッピーの話だけど」
 真はゆっくりと話し始めた添島刑事の言葉を、何度か頭の中で反芻しなければならなかった。
「内調から盗まれた? 検察が保管していたのではないのですか」
「色々事情があって、最終的には内調に保管されていた。たかが一記者の恐喝事件だったし、ロッキードという大事件の陰で、事実関係もろくに調査されずに放置されていた」
「でも、それがどうして寺崎昂司が盗んだと分かったんです?」
「たれ込みがあったみたいよ。寺崎昂司の恋人、と名乗る女から。彼がフロッピーを盗み女の子を誘拐する気だって」
「女の子? 新津千惠子のことですか」
 父親の新津圭一が残したフロッピー、そしてその娘が見たかもしれない父親の自殺の真相。

「そう、それで警察が確認したら、ある施設から女の子が確かに連れ出されていた。ただ、その施設では誘拐だとは思われていなかった。何でも数年前に、彼女の父親の友人という男が現れて、誕生日やクリスマスにプレゼントを持ってくるようになったそうよ。施設にも幾らかの寄付をしてくれるようになって、そこの従業員たちもすっかり彼を信頼していた。その日、外泊願いがあって、誰も何の疑問も感じずに、その男に新津千惠子を預けた」
「それが、寺崎昂司だと?」
「写真で、間違いがないって」
 寺崎を見間違えるのは難しいだろう。日本人離れした体格だし、美男子というわけではないが、人を惹きつけるいい男だ。

「寺崎昂司はその子を連れ出したのは危険だと思ったから? 千恵子という娘は、自殺した父親の、つまり第一発見者ということですよね」
「そうね。危険だと思う理由は、自殺には裏があるということになるんでしょうね」
「でもその子は口がきけないって……」
「父親の死体を見てからね。新津千恵子は大人の男を怖がっていて、最初は寺崎昂司に対しても怯えていたようだったけど、そのうち少しずつ打ち解けるようになったみたい。寺崎昂司が彼女を連れ出したのがはっきりしたので、その垂れ込みの信憑性もでてきた。それで調べたら、フロッピーは確かに保管場所から消えていた」

 添島刑事は一度息をついた。
「ただ、その保管場所はもう随分と前から開けられた形跡はなかった。つまり、既にフロッピーはもっと以前に別の場所に移されていたみたいだった。あるいは、とっくに盗まれていたのか、あるいは始めからそんなものがなかったのか。つまり、誰も何も言わなければ、いえ、もっとはっきり言えば、寺崎昂司と大和竹流が動かなければ、誰も『何かが封印されたこと』に気が付かなかったかもしれない」
 添島刑事はちらりと時計を見て、エンジンをかけた。
「その女性を特定できますか」
「寺崎昂司の恋人?」

 真は頷いた。
「糸魚川に深雪の両親の自殺について確認に来ていたのは六人。竹流と寺崎昂司と、深雪と楢崎志穂。あと二人は知らない人間だったけど、モンタージュ写真がついていた。一人は女性で、もう一人は男性だった」
「楢崎志穂を知っているの?」
「えぇ。田安さんのところに出入りしていましたから。彼女は、自分が香野深雪の妹だと言っている。確かに、糸魚川で自殺した旅館経営者夫婦には女の子が二人いた」

 サイドミラーを確認しながら、添島刑事は車を発進させた。真は続けた。
「楢崎志穂も、澤田顕一郎のもと秘書の息子らしい男をつけていた。あなたもご存知かもしれませんが、その男は大和竹流と接触していた。楢崎志穂は澤田を恨んでいると言っていた」
「楢崎志穂は、新津圭一の後輩だった。随分と彼に熱をあげていたと、当時の同輩が言ってたわ。彼女は新津圭一が亡くなった後、そのライバル社に移って、あの事件についてスッパ抜きのような記事を書いた」

 真は驚いて添島刑事を見た。
 そう言えば、井出が見せてくれた記事の最後のイニシャルは『S』だった。志穂、そうか、彼女だったのか。では、彼女はあのフロッピーを見たのだろうか。でなければ、あれほど詳しい内容は書けないはずだ。それとも、彼女は記者として、正しいと信じたことを文字にしたのだろうか。
「あなたたちは、彼女をマークしてはいなかったのですか」
「さあ、河本は彼女を見張れとは言っていなかったけど」

 車は大きな通りに戻った。
「それで、あなたは寺崎昂司の恋人が、その糸魚川に行ったもう一人の女じゃないかと言いたいの?」
「その女は、寺崎昂司の恋人だったわけじゃない」
 添島刑事が隣で息をついたのがわかった。
「そうよ。寺崎昂司の恋人じゃなくて、大和竹流の恋人だった。正確には三角関係ってやつになっていた。もっとも、大和竹流は別に積極的に三角関係に参加したいと思うような男じゃなかった。その女を心から愛していたわけじゃないでしょうから」
「あなたは、その女の顔を知っているのでは?」
「つまり、私がそのモンタージュを見れば、それが彼女かどうか分かるのではないかと言いたいの?」

 真は返事をしなかった。女同士のことだ。それなりに嫉妬の感情が絡まってもおかしくはないと思った。添島刑事は少し時間を置いてから続けた。
「見たわ。あなたの言うとおり、その女だった。彼女が大和竹流のところで仕事をしていた芸術家の一人だということは知っていた。彼の女たちにいちいち嫉妬していたら身が持たないから、見て見ぬふりをしてたけど、その女がジョルジョを、いえ、大和竹流を独占したいと思っていたことは知ってたわ」

 真はぼんやりと添島刑事の言葉を聞いていた。
 結局はあの男がやたらと女に手を出すからややこしいのだ。そう思いながらも、女たちが彼に入れ揚げる理由も分かるような気がした。あの男は、そうとも思わずに女をその気にさせてしまう。分別のある女でも、嫉妬という感情は計り知れない。
「でもそれ以上のことは知らない。大和竹流は、その女が自分のところから去っても、追うことはしなかったし、責める事もなかった。彼女は多分、追って欲しかったし責めて欲しかったんでしょうけど」

 ふと気が付くと、歌舞伎町の見慣れた交差点の近くだった。雑多な人の群れが行き交う歩道に、いつものように客引きの姿が見えていた。誰しもが華やかで、薄っぺらく見えた。
 その女への大和竹流の愛情に嘘偽りがあったわけではないのだろう。だが、竹流はその女を愛して大事にしても、執着などしなかったのだ。もちろん、女が苦しんでいれば彼は何を置いてでも助けに行くだろう。それでも、大和竹流の心を完全に支配することも繋ぎとめることもできない。
 そしてこの女刑事は、自分もまた、その女と同じような立場にあることを知っている。
 
 真は、真っ直ぐに前を見つめている添島刑事の横顔を見た。意志の強い横顔、時折見せる女らしい優しさ、そして。
 そうだ、その女と添島麻子は、何かが根本的に違っている。
 添島刑事は車を停めた。
「降りなさい」
 真は素直に助手席の扉を開けた。降りようとしたその瞬間、添島刑事の手が真の腕を捕まえた。その手は冷たく、だが力強かった。
「気をつけて」
 真は添島刑事を振り返り、頷いた。
「あなたは失踪人調査は得意よね。彼を、見つけて」
 この女は、本当に彼を愛しているのだろうと思った。真は今度は頷く代わりに黙って添島刑事を見つめ、そのまま車を降りた。






街に戻ってきました。
さて、次回は第13章の第4話:真、今度は大和竹流の仲間(そして竹流を想っている)ゲイバーのママ・葛城昇と対戦?
主人公って、もう少し周りの人間から好かれていてもいいんじゃないかと思うけれど、今のところ結構いろんな人からけちょんけちょんの真でした。これもすべて、竹流が悪いんですね、きっと。
少し色っぽいシーンも出てきますが、18禁とは言えないので、そのまま出します。
何しろ、バーの店内ですから。
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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コメント


竹流の意図がよくわかんないですね

この事件とは関係ないのかもしれないけれど、ヴォルテラの親玉を怒らせたり、不安にさせたりして、なんか得があるのかしら? 「ち。公に言われちまったから、あきらめるか」って親玉でもないでしょうに?? この辺の種明かしはず〜っと後なのかな。

あの雑誌のせいで真はみんなに恨まれているのかあ。かなりとばっちりですよね? でも、刑事さんが助けてくれるのは、協力しないと竹流が見つからないかもと思っているからなんでしょうかね。ううむ、先が氣になる。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/08/13 04:21 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

おっと……そこに引っかかってくださったのですね……^^;
いや、その……なんと言うのでしょうか……私の書き込みがまだまだ足りないのですよね…きっと。
つまり、ヴィルとエッシェンドルフ教授みたいな…いえ、ちょっと違うか……
気持ち的には、チェザーレ・ヴォルテラから離れたいんですよね。ヴォルテラとは別の人生を歩み、別の未来を見たいと思っている。この組織が守るべきもののためには何でもするのを知っているし、自分が当主になるということは、その命令を下さなければならなくなるのだし。それに、ようやく自分の力だけで修復師としてやっていける自信も、今は持っているし。
ただ…ゴッドファーザーのようなもので、離れられないんですよね。
普通に話しても理解してもらえないし、自分自身も離れたいのかどうかわからなくなる時があるし、教皇から受けた恩義もあるし、でも組織としては離れたいけど、血の繋がりという情愛もある。それに、自分はチェザーレにとって不仲の双子の兄の息子で、チェザーレにはちゃんと息子がいるのにどうして彼に継がせないのだろうという疑問もある。
一方で、こんなに想ってもなお、真や珠恵、日本に対して、どこかに相容れないものも感じている。あれこれ彼も混乱していたのですね。
そこへ、ついに、ポーランド人の教皇が「就任」したという記事を読んで……予言なら、その人がジョルジョが仕えるべき教皇様、ということになる。選ぶべき時が来たと思った。
選べなくても選ばなければならない、とチェザーレに言われていましたから……彼は選んだのですね。これは宣言だったのです。
もっとも、この波紋については、考えていなかったと思います。それが、彼の絡んでいる「事件」の契機だったのです。(でも事件は一つではないので、ちょっと絡まっています)
実は、最後まで、このインタヴューがすべてのことの始まりだった(そんなに重要だった)ということに気が付かない人もいたので、夕さんはさすがです。
そしてついでに、ヴォルテラの親玉がそんなことでは諦めないってのも……^^; ばれてましたね。

次話に少しだけ、記事の話題が出ていますので、また読んでくださいませ(^^)
なかなか夕さんの突込みに応えられているかどうかは分かりませんが……・先々では少しずつ、色んなことが紐解かれていく…予定です(*^_^*)
うぅ、でもでも、鋭い突込み、しかも本筋に関わる突込みを頂き、ありがとうございます(^^)

> あの雑誌のせいで真はみんなに恨まれているのかあ。かなりとばっちりですよね?
はい、本当にとばっちりです。
でも、竹流も……あれで結構真に気を使ったのかも……?
他に言いようがあったんじゃないかってのは、私も思いますけれど^^;
本気になると、何も言えない人ですから。
この人、本当にええとこのぼんで、他人の悪意にはいささか鈍感なところがあります。
それがこの先、誰かの恨みを買っていることも出てくるのですけれど。
それはお楽しみに(^^)
いつもありがとうございます m(__)m

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/08/13 22:53 [edit]

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