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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【死と乙女】(2) 胎動、特待生試験 

かなり真面目なクラシック物語になってしまっています。
のだめみたいにもっと笑いを増やしたいのですが、ついあれこれ思い入れが…^^;
モーツァルト弾いている時はまるでのだめ風に、ちょっと阿呆丸出し(いい意味で)になっていますが、音が聞こえるような物語になっていたらありがたいです。
(と言っても、のだめさん、実はあまり真面目に読んだことがなく、中途半端な知識です…すみません^^;)

今回の曲は
ベートーヴェン ピアノソナタ第32番
 第2楽章の最後、ロマン・ロランが天国への階段だったか上昇だったか、と表現したトリルが……
モーツァルト ピアノソナタ第11番
 第3楽章がかの有名なトルコ行進曲です。





 特待生試験は一週間後に迫っていた。
 合格すれば一年間の学費は完全に免除、上手くすれば生活費も半分は面倒を見てもらえるという純粋な試験の一面もあったが、実際にはこれはイベントだった。試験という名前の新人発掘オーディションのようなものだ。
 職人とは違って、長い経験がキャリアとなり演奏家を一流に仕立てあげるという世界ではない。要するに売り出すことが可能な才能を発掘することが目的なのだった。

 だから、この試験は一部の部外者に対しては公開されている。つまり、プロのオーケストラやオペラ劇場、舞台のプロデューサーや音楽監督などの責任者、テレビ局や新聞社の音楽担当、署名入りの評をある基準以上の雑誌に載せることのできる評論家、つまり学校が付き合っていく中で、将来に向けてメリットのある有力者が招待されていた。
 そして、数年前から、ヴィクトル・ベルナールもその招待状を受け取る光栄に浴している。

 その頃、慎一は毎日ヴィクトルの屋敷に通ってきていた。
 彼の下宿の女主人は若い音楽家を育てることを趣味にしているようで、音楽院の学生というだけで賃貸の契約条件の半分はクリアするのだが、さすがに下宿にグランドピアノを持ち込むスペースはない。
 慎一もベーゼンドルファーのアップライトを借りていたが、大きな試験の前にタッチの違うピアノで練習することはマイナス以外の何物でもない。練習環境が整わないという時点で、この世界では既にスタート地点に立っていないのと同じだった。

 慎一が毎日来てもいいかと尋ねた時、ヴィクトルは顔には出さなかったが大いに喜んだ。幾らかはやる気になっているのだろうと思ったからだ。ヴィクトルは直ぐに信頼のおける調律師を呼んだ。調律師はこの間来たところなのにと不思議がったが、ヴィクトルは一厘の狂いも許せないので、毎日でも来させるつもりだと答えた。調律師はますます不思議そうな顔をした。

 多分慎一にとっては死活問題なのだろう。他の学生にとってはこの試験は名を挙げるためのステップだろうが、慎一にとっては授業料という大きな現実がある。だが理由などこの際どうでもいい。切羽詰っていればいるほどいい。
 もっとも、あくまでも言葉はきつく、意地悪な言い方をした。
「その代わり、拙い音を出したら蓋を閉める。俺は騒音には耐えられない」
 慎一はしばらくヴィクトルの顔を困ったように見ていたが、やがて唇を引き結んだ。
「わかったよ」

 おかげで、しばらくの間ヴィクトルは至福の時間を過ごすことができた。
 ホイリゲで弾くような曲ではなく、死活問題の絡んだ試験のための練習だけに、一曲一曲に集中しているのが分かる。

 毎年出るとは限らない合格者にはいくつかの特典が提供されるが、授業料の免除だけではなく、コネでもなければとても授業を受けることができないような名教授のレッスンが受けられるかもしれないのだった。もっとも、そういう名教授の多くは気難しく、実際にレッスンを受けることができるかどうかは、その後いかにうまく交渉するかにかかっていたりするようだ。

 ピアノ科ではリーツマン教授がその人だった。
 還暦もとっくに越えていたが、半年に一度行われる演奏会のチケットは全くとることができないという。拙い演奏を聴くと、授業でも演奏会でも椅子を蹴って席を立つという伝説があった。

 一次試験で各科の受験者は五人に絞られる。ピアノ科の課題はバッハ『ピアノ協奏曲第一番』とベートーヴェンのピアノソナタだった。ベートーヴェンは何が来るか分からないという話だったが、こういうものは大抵情報が確信犯的に漏れ出すもので、今年は後期三大ピアノソナタのどれかだという「確かな風評」が流れてきた。

 慎一からそれを聞いて、ヴィクトルは年々嫌がらせがひどくなってきていると思った。ショパンもリストもないこの試験の意味合いは容易に推し測られる。そもそも最初のバッハで大概は振り落す気なのだ。
 弾くこと自体は難しくはない、だが全くごまかしがきかない曲をメインに並べてくる。その中にこうして若さだけではどうしようもない曲を混ぜ込んでくるのだ。

「バッハはもっとタッチを揃えろ。シンプルに、できるだけシンプルに」
 慎一のバッハを初めて聞いたが、どうにも色が付きすぎていると思った。いや、もしかすると、当時のバッハの曲は教会の中であのステンドグラスから零れ落ちる光の競演を音にしたものかもしれないのだが、多分一次試験の審査をする連中はそれを求めてはいない。
 その最初の関門は、簡単そうでいてなかなか越えられないものだろう。

 慎一はむっとした顔をして、何かを言いかけたが、すぐにじっと鍵盤を睨んだかと思うと、ヴィクトルの要求通りに弾きはじめた。
 悪くない。
 基礎はきっちりとできている。教育はしっかりと受けて来ているのが分かる。練習自体の基礎だってできている。

 だがあのベートーヴェンは。
 抒情というものはテクニックの上に乗っている。だから確かなテクニックがなければ、抒情という域の話をすることはできない。だが、あの『熱情』を聞いた時、そこには音楽を聴いているという受け身の自分はいなかった。演奏家のテクニックなどどうでもよくなった。

 引きずり込まれてしまったのだ。彼の内面へ。
 慎一がいつもあの生と死の狭間で叫ぶような音を出しているわけではないことは、この数週間で納得した。何かのキィがあるかのように、瞬間にあの場所へはまり込むのだ。
 不用意に聴いていたら、足を掴まれて湖の底へ引っ張り込まれるような危うさ。

 それは一次試験の課題と噂された、ベートーヴェンの後期三大ソナタのうちでも抒情的で高度なテクニックを要求する三十二番の第二楽章を聴いている時に、不意に襲ってきた。

 目の前に地球の景色がある。天空に広がる満天の星が降り注ぐ。あるいはしんしんと降り積もる雪。日本のある評論家はこれを宇宙の星の煌めきと称した。天国の旋律だ。
 弾こうと思えば十代の学生にも弾けるだろう。だが、酸いも甘いも、死の恐怖も生の喜びも身に迫って味わったことのない若者には弾く資格のない曲だと思っている。
 それを試験でやろうというのだから、嫌がらせとしか思えない。

 まいったな。
 ヴィクトルは廊下を挟んだ向こうから聞こえてくる天国の哀しくも明るい調べに身体を締め付けられ、動けなくなっていた。
 おそらく、慎一自身も分かっているのだろう。彼自身なのか、あるいはそうではない何かが彼の指を動かし、天国への道を開く瞬間があることを。あるいは彼自身のうちにある深い湖の奥深くへの道が、通じる瞬間があることを。

 ヴィクトルは突然不安になり、廊下に飛び出し、慎一がピアノを弾く部屋に飛び込んだ。
 慎一はヴィクトルには気が付かなかった。
 十本の指がピアノの上に確かにあるのだが、すでに音楽は指先でもなく、その指先から繋がるハンマーから奏でられているのでもなかった。
 確かに彼の指が奏でているはずのトリルは、彼の内側から迸る光になっていた。光はこの部屋を埋め尽くし、どこか果てのない非現実にぶつかって、再びこの部屋に降り注いでいる。

 宇宙がそこに広がっていた。
 星が瞬くときにガラスが触れ合うような音になる。これはもうピアノの音ではなかった。孤独や恐怖や不安はないが、喜びや安堵もなかった。星々の瞬く光で宇宙が真っ白に染まっていた。あるいは雪が降り積もり、真っ白の中へ自分が埋もれていくような感触だった。

 ヴィクトルはピアノに走り寄り、思わず慎一の手を払いのけ、蓋を閉めた。
 蓋の閉まる音が突然真っ白な空間を畳み、引き裂かれたような痛みだけが残った。
 何が起こったのか分からずに慎一がびっくりした顔でヴィクトルを見ていた。
 だが、何が起こったのか分からないのはヴィクトルも同じだった。
 腕を掴み、そのまま寝室に連れ込んだ。
「ヴィクトル、どうしたの」
 何度も慎一が聞いた。
 聞きたいのはこっちだと思った。

 幼い時、シューベルトの『魔王』を聞いた。そしてそれ以降、魔王はずっと彼の身近にいた。
 既に母親は亡く、父親は死の床にいた。魔王が連れて行ったのは子どもの彼ではなく、父親だった。
 あれから、シューベルトの歌曲は警戒するようになった。無意識に予防線を張るお蔭で、聴いていても心を取り込まれることはない。
 だが、こんなふうに不意打ちで死の世界を見せられるとは。
 死は真っ白だ。そして、不安でも恐怖でも安堵でもなく、ただそこにあり、それ以上でもそれ以下でもない。ただ真っ白だ。

「ヴィクトル」
 呼びかける声は少しずつ曖昧になっていく。
 ヴィクトルは慎一の頭を抱き締めた。魔王が今さらって行こうとしているのはお前なのか、それとも俺なのか。あるいは、二人が重なり迎えようとしている別の形の死なのか。


 一次試験を通過したのは四人だけだった。ベルリンから来たヘルムート・シュルツ、アメリカから留学しているヒューバート・スミス(彼は弱冠十五歳だった)、そしてアネット・ブレヴァルとシンイチ・アイカワ。多分最後の名前だけは、大方の予想のうちには入っていなかったことだろう。
 幸いというのか、ベートーヴェンは三十番の第三楽章で、慎一はそれなりに可もなく不可もなく、確かなテクニックを見せていた。

 三日後の二次試験はモーツアルトだった。
 モーツァルトについては、ヴィクトルは心配していなかった。むしろしてやったりと思っていた。いつも慎一を教えている講師のローマイヤーは、ヴィクトルとは別の形で早くから慎一の才能を認めていた一人だった。

 初めてのレッスンの時、慎一はモーツァルトのソナタで、ローマイヤーが想像していたどの音とも異なる音を聴かせてみせた。それはローマイヤーが聴いた久しぶりに面白いモーツァルトだった。

 モーツァルト以降のロマン派の作曲家たちは、良くも悪くも藝術の至高を求め、そこに哲学や人生を織り込んだ。
 だがモーツァルトは違う。彼の先駆者はハイドンしかおらず、藝術ではなく娯楽として、ひたすら音を楽しみ遊び続けた。彼はそういう時代の申し子だった。軽やかで明るい音は、ばらけたと思えば心地よい所へ収束する。その畳み込まれる一瞬の音の調和と透明度を、人々は楽しんだ。イタリアを旅すればイタリア以上に底抜けに明るい音を、ロココ調の音楽を耳にすればさらに流麗な音を披露して見せた。

 その彼が藝術に目覚めた時、モーツァルトの神髄が胸のうちから彼を食い破った。モーツァルトの娯楽の音、彼の軽やかで明るい音に魅かれ、その世界に遊んでいた信望者たちは彼を離れた。モーツァルトは支援者を失い、貧しさと絶望のうちに亡くなった。
 その彼の晩年の作品こそモーツァルトの神髄であるというものもいる。

 だが、ローマイヤーは、透明な湖のように時代を反射したモーツァルトの音楽は、底抜けに明るい天才の軽さだと思っていた。そしてモーツァルト以降何百年を経ても、まだ誰一人として彼の天才に追いつくものは現れていない。
 そして今、モーツアルトにも、彼以降の常識、つまり音楽は苦悩する人生を映し、音を哲学するものだという考え方を押し付けようとするものもある。
 だがナンセンスだ。モーツァルトの音楽は純粋に音を遊んでいる軽さなのだ。

 その音楽を慎一は肌で知っているように思えた。イタリア以上に明るいイタリアの、透明で何ひとつそこに留めることのない残酷な無邪気さが彼の音にあった。
 ローマイヤーはヴィクトルを誘った。
 人嫌いだと言われたヴィクトルも、さすがにこの頃には人に慣れ始めていた。音楽を聴き、評論を書くだけでは足りないものがあることを思い知っていたからだ。

「おい。久しぶりにモーツァルトを聴いた。あれこそモーツァルトだ。底抜けに明るい、何も考えていない、透明度の高い湖みたいな音だ。知っているか。モーツァルトの本物の音は、馬鹿にしか奏でられないんだ。国王の前で尻をめくって見せるほどの阿呆にしか出せない音だ」
 興奮してそう言ってから、ぐっとワインを飲み干し、ローマイヤーは渋い声で続けた。

「無邪気すぎて、残酷な音だ。誰も追いつけない。それは鏡だからできることだ。あるいは、透明でどこまでも底が見えない湖だ。何もかもを跳ね返す孤独な湖だよ。だが、もし一度その湖に飛び込んでしまったら、そこは本当に底なし沼だろうな」
 その阿呆もしくは馬鹿が、ヴィクトルの知っているホイリゲの少年と同一人物だと分かったのは、それから数か月後だった。

 ローマイヤーはまた、テオドール・ニーチェを育て上げたスタッフの一人でもあった。
 半世紀に一度の逸材に対する音楽院の態度は、特別に過ぎると思うこともある。だが、そのような人物がここで学び自分の道を切り開いて行ったということは、学校のステータスに関わっていた。彼のために他国からも著名な演奏家や教育者を客員講師として呼び、それがまた生徒に人気だった。

 幸いテオドールは学ぶことを喜んだ。ただピアニストとしてのテクニックを追求するだけでなく、舞台芸術や指揮法のクラスにも顔を出していた。そんなことは無駄だという教師もいた。だが、彼が目指す世界はもっと高いのだろうとローマイヤーは思っていた。ローマイヤーがそう言うと、皆は渋い顔をしながら認めた。
 ただ、学校がどうしても提供できないでいるものがひとつあった。テオドール・ニーチェは、彼の域に手が届く仲間を持たなかった。友人もなく、孤高の存在だった。ローマイヤーは彼にぜひとも友人を持たせてやりたいと思っていた。

「リーツマンは彼の音を気に入る。百二十パーセント、請け負う」
 ローマイヤーがヴィクトルに言った通りだった。
 モーツァルトピアノソナタK.331。全く嫌がらせとしか思えない王道だ。音が良く聞こえるように仕組まれている。

 ちょっとした演奏会風に仕立てられた音楽院のホールには、未来の契約者を求める各界のエージェントがひしめいていた。その中にはユーディット・マンハイムの姿もあった。ヴィクトルは何となく満足だった。
 ヴァイオリン、チェロ、フルートと進んで、次がピアノ科だった。

 演奏順はヘルムート・シュルツが一番だった。悪くないが、いささか音が重い。一次試験のベートーヴェンは悪くなかったし、堅実だが、モーツァルト向きではない。
 二番手はヒューバート・スミスだった。これも悪くない。最少年の無邪気な悪意が感じられる音だ。
 そして三番目が慎一だった。

 心配していたつもりはなかったが、ヴィクトルは何となく背筋を伸ばして座り直してしまった。
 慎一の指は、今日は一段と軽やかに鍵盤を走っているように見えた。重さが全くない。ローマイヤーが言うところの、残酷な無邪気だ。全ての音が明瞭に聞こえる。しかも、音の種類が以前よりも一段と増えているような気がした。

 慎一の音楽の特徴は、音色の豊かさだった。一音一音、色合いを変えることもできるのではないかという気がする。それがモーツァルトで生きる。花を咲かせたり、水遊びをしたり、スケートを滑ったり、時には落とし穴を掘ってみたり、おもちゃ箱から色々なものを取り出しては大人に自慢をしている、そんな音だった。まさに、おとぎの国のミッキーマウス、魔法使いの弟子みたいなものだ。

 もっと緊張するのかと思っていたら、意外にもしっかりしている。そんなことにほっとするなんて、俺は授業参観にやって来た父親か、とヴィクトルは自分自身に突っ込んでおいて、やがて目を閉じた。
 湖か。まさにそうだ。森の奥にある透明な湖の面をガラスにして、妖精がスケートをしているような、いやまさに国王に尻をめくって見せるような乱痴気騒ぎをしている明るさだ。
 こんな音で表面を飾り、そして内にあのパッションを潜めている。湖の岸辺で遊ぶ妖精を見ているうちはいい。ふと、気になって湖の底を覗き込んでしまったら、そこにはあの深い闇のような熱情があるのだ。
 その内面に気が付く者がどのくらいいるのだろう。

 ふとヴィクトルは周囲を見回す。
 すり鉢状の会場の一番下がステージだ。そのステージに向かって左端の隅に、テオドール・ニーチェが座っていた。
 へぇ、怖い顔だな。……なるほどね。天才を揺るがしたか。

 隣のローマイヤーが肘でヴィクトルをこついた。
 見ると、さっきまで真剣に聴いていたリーツマンが隣の助手に何か話しかけていた。リーツマンは全く学生の名前を憶えないことでも知られていた。多分、彼は一次試験を通過してきた四人の優秀な学生の名前を一人として知らずに、この会場にやって来たはずだ。その彼が確かめるのはただひとつ、その学生の名前だ。
 ローマイヤーが右手の親指を立てる。ヴィクトルはただ頷いた。

 さて、後はアネット・ブレヴァルだ。
 だが、彼女の演奏が始まった時、ヴィクトルはあれ、と思った。
 期待していたどの音とも違う。音は一つとして重くない。技術も確かで華やかだ。だがこの音は。
 隣でローマイヤーが身を乗り出して心配そうにステージを見ていた。
 相変わらず、手で触れることができるような絹の耳触りだ。慎一の音にも匹敵するほどの無邪気さと透明さ。多彩で明るい音の豊かさと深さ。その華やかさはさすがとしか言いようがないが、ヴィクトルにはある違和感があった。

 この娘は以前、こんな音を出していたか?
 それに、ヴィクトルはある一か所、ほんの一瞬、あることに引っかかった。気のせいかと思って瞬間に辺りを見回し、同じことを感じた者が、少なくともこのホールにあと二人、いることが了解できた。

 だが、勝敗の行方は分からなくなったな、とヴィクトルもローマイヤーも思った。花があると言えば、アネットの方に軍配が上がる。
 ヴィクトルは先に屋敷に戻りながらあれこれと考えをめぐらす。今日は土曜日で、そのまま慎一が屋敷にやって来るはずだった。

 特待生試験の先にデビューを見ている者と、とにかく学費をと思っている者と、自ずと世界は違っているという現実はある。この試験に落ちたら、慎一はいささか困窮するのだろう。生活の全ての面倒を見てやるから、下宿を引き払って屋敷に住むようにと言えば、そうするだろうか。
 毎日本が読めるし、誰にも遠慮せずに練習ができるぞ。そう提案してみるのも悪くない。

 少なくともこの数週間は良かった。慎一の食事の世話や練習の面倒も見ることで、ヴィクトルの生活は充実していた。細切れの時間に書く評論や、頼まれていた本の章節は驚くほど進んだ。夜はベッドの中で、何時間も音楽論を闘わせた。最近はドイツ語を話すことに躊躇がなくなった慎一は、不器用ながら音楽の話だけは一生懸命で喰らいついてくるようになった。時には辛口評論家のヴィクトルを論破してしまうこともある。

「語学の習得にとって一番いいのは、その言葉を話す恋人を作ることだって知ってたか?」
 言い合いに負けそうになると、ヴィクトルはそう言って慎一をからかった。
 慎一は枕を武器にして応戦するほどの余裕も出てきた。
 この手のコンクールや試験には片っ端から出させてやるのがいいのかもしれない。適度な緊張感と練習に入る熱、実戦で修正されていく音の癖、そして他人から受ける刺激。それが若い音楽家を成長させていくことだろう。
 そうすれば少しはやる気になるはずだ。醜いあひるの子に、お前の羽根は実は真っ白どころか黄金色だぞと気が付かせてやるのは、実に骨が折れる。


 慎一が屋敷に戻ってきたのは夜の八時を過ぎてからだった。
 心配していたヴィクトルはおろおろし過ぎて何ひとつ仕事が手につかなかった。本当なら、今日の特待生試験の評を仕上げてしまうつもりだったのだ。慎一の顔を見てしまって、公平さを失わないうちに。それが、一行も打ち込まれていない。

 それなのに、食事を済ませてきたと聞かされては、心中穏やかではない。思わず突っかかってしまった。
「誰と食事だって?」
 慎一はちょっと躊躇ってから答えた。
「テオドール・ニーチェ」

 あれこれ下心もあり、それに思いつめた表情の彼の姿を目にしていたヴィクトルはギクッとしたが、表情を変えずに言った。
「おぉ、憧れの君とお食事か」
 慎一はしばらく例の困ったよう顔でヴィクトルを見ていた。慎一を待っていたために遅くなったヴィクトルの食事にワイン一杯で付き合っている慎一の頬は既に赤かった。

「……妬いてるの?」
 全く、こういうことには立派に巻き返すようになった。それもこの数週間に彼が習得したことだ。
「そうだ」
「ごめんなさい」
「何で謝る?」
「だって、お腹がすいていたから、腹を立ててるんでしょ」
 それも多少はあるが、どうにも気に入らないだけだ。あの若造が、自分の音楽に実力通りの自負心を持つのは構わないが、それだけではなく、他人の音楽を聴き分ける耳を立派に備えていることに、嫉妬している。
「でも、どうして彼は僕なんかを食事に誘ったんだろう」

 だから……!
 ヴィクトルは怒鳴りそうになるのを辛うじて踏みとどまった。
「シンイチ、お前、醜いあひるの子の話を知っているか?」
「アンデルセン?」
「いや、もういい。で、何の話をしたんだ?」
「モーツァルトのオペラをどう思うかって。驚いたなぁ。ピアノのことしか考えていないと思ってたのに」
 あの天才はピアノで終わる気はないんだよ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。

「他には?」
「他?」
 慎一は首を傾げる。
「たとえば今日の試験の話とか」
 そう言われて初めて慎一は今日が試験だったことを思いだしたように見えた。こいつは、あの時その天才がどんな目で自分をを見ていたのか、全く知らないだろう。
「うん、手ごたえはどうだったかって聞かれたけど……やっぱりアネット・ブレヴァルかなぁ。音も華やかで、色が豊かで、あなたの言う通り透明感があって、音に触ることができるみたいで、それに何より厭きなかった」
「厭きない?」
「時々、他人の弾くモーツアルトを聞いていると、眠くなっちゃうんだ」
 全く、辛口評論家のヴィクトルのお株を奪うようなことを、よくもしれっと言ってくれる。

「お前、何か忘れてないか?」
「何を?」
 全く、文句を言う気も失せる。
「自分が弾いている時は何を思っているんだ?」
「え?」
 慎一はまるで何を聞かれたのか分かっていない顔をした。
「何にも考えてないけど……強いて言えば犬たちのこと」
「犬? 飼ってたのか?」
 慎一は突然顔を伏せ、何も話さなくなった。

 ある一定の思い出話になると慎一は口をつぐむ。たとえば、五歳までいたという日本の叔母の話は喜んでする。だが残念なことに、音楽が楽しかったこと以外はあまりよく覚えていないらしい。ウィーンに来てからのこともよく話すようになった。苦労話はあれこれあるのだろうが、下宿の女主人であるマルグリットや下宿仲間、ホイリゲの主人のロルフのことなどはよく話題になる。
 彼が話さない十数年には、一体何があったというのだろう。

 ヴィクトルは今日中に原稿を上げなければならないからと、先に慎一を休ませた。
 書斎に閉じこもると、ヴィクトルはまず葉巻の端をカットして、ロッキングチェアに腰かけた。
 彼はアネットのことを考えていた。

 確かにあの華やかな外見と気高さと愛らしさの同居した顔つきは、ピアニストとしてだけではなくモデルとしてだってやっていけそうだ。腕もいい。テオドールとはまた違う、女らしい繊細さと、逆に女にしか出せない大胆さと、そして常に前進しようとする克己心が表れている。

 だが今日、彼女は一瞬、第二楽章の冒頭の部分で、危険な綱渡りのような不安感をのぞかせた。あの時、ふと顔を上げて彼女を見つめたものがヴィクトル以外にも二人いた。テオドールと慎一だった。
 なぜあの二人が死に反応したのだろう。ヴィクトル自身は幼いときから魔王と道連れだった。だが、慎一とテオドールは一体どんな死を知っているというのだろう。

 少なくとも、慎一が知っている死は、観念の死ではない。
 ヴィクトルは葉巻の煙を繰り返し吐き出し、身体から魔王の痕跡を消し去ろうとしてみた。
 アネットがテオドールに恋をしているというのは大いに結構だ。だが彼女は幸せではないのか。何を思いつめているのだろう。確かに、誰かが言っていた。恋というものは、時に誰かを殺してしまうほどに恐ろしいものだと。

 ヴィクトルは原稿用紙に向かった。
 今年も音楽院に於いて新しい才能を発掘する特待生試験の日がやって来た。若さと力、古きものと新しきもの、これまで積み重ねてきた練習の一秒一秒、憧れや理想、それらが最も色濃く出る試験だ。若者にしか描き出せない音楽の魂、それが強く迸って聴くものを震わせた。だが、中に二人、生に対する仄かな諦め、生の中にある深い死の哀しみの色、どうしても越えられぬ絶望感を、その楽の魂の底に潜ませている者がいた。一人は、自身すら知らぬ心の奥底に、そしてもう一人は今やそれを取り出そうと手を触れた形で。では、何が彼らにそうさせたのか。人間が生への美しい諦めを覚える時、人や事物、小さな木の芽、一羽の蝶、夕陽の茜、せせらぎの音、空に射す一条の光に対する激しい愛情を感じているものだ。だが、今はそれが観念の死であることを願う。

 死には二通りある。観念の死と現実の死だ。アネットは、観念の死を潜ませている。だが、若者にとって、その二つの死の境界はあまりにも浅く不明瞭だ。
 死の背中に貼りついているものは愛情だろう。言葉にすると軽くなるが、実際には重くて苦しい愛情だ。
 愛情……アネットのそれはテオドール・ニーチェに向かっているとしても、慎一のそれはどこへ向かっているのか。

 寝室に入ると、慎一は『ドン・ジョバンニ』のスコアを広げたまま眠っていた。
 死。人間は誰だってそれを遺伝子の中に潜ませて生まれてくるのだ。この子も、あらゆる地上の生きものはすべからく、その運命から逃れられない。
 その短い運命の中で、シンイチ、お前は一体誰を捜している?

「ん……ヴィック?」
 そっと髪に触れると、慎一は身動ぎした。
「あぁ、起こしちまったか。悪かった」
 ベッドに潜り込むと、ごく自然に傍に擦り寄ってくる。仔猫が母親を探しているようなものだ。
「もう書けたの?」
「疲れてるんだろう。おやすみ」

 ぱらぱらとスコアをめくってみる。テオドールと話していたことを思いだしていたのか。あるいは、眠りという観念の死に向かう旅の友を求めたのか。
 額にお休みのキスをくれてやると、慎一はゆっくりと目を開けた。
「ほんの一瞬だけど、あなたは気が付いていたんでしょう?」
「……アネットのことか」

 ヴィクトルは慎一の頭にそっと手で触れた。
「他人には踏み込めない部分があるさ」ヴィクトルはそう言って、慎一の目をしっかりと見つめ返した。「お前にもな」
 慎一の目には生と死が同時に宿っていた。そこには絶対的な孤立が同居し、それらをすべて受け入れて尚、立とうとする奥底に秘められた炎に、否応なしに惹きつけられる。慎一の繊細さ、臆病さ、謙虚さ、卑下、これらはすべて自信と生命への激情の裏返しなのだということは、ヴィクトルはとっくに気が付いている。

「知りたい?」
 静かに慎一は問うた。ヴィクトルは答える代りに彼を引き寄せて抱き締めた。
 お前の音楽がすべての答えであることは知っている。お前がもし百万の言葉を並べても、何気ない一小節の方がどれほど雄弁であることか。
「知ればいいってものじゃない」
 だが、ヴィクトルは優秀な探偵を雇っていた。そのことを慎一には知られなくなかった。

 慎一はヴィクトルの胸に頭を押し当てていた。
「あなたが好きだよ、ヴィクトル」
「……二番目にな」
「ヴィック」
「分かってるさ。何も言うな」
 慎一はそっと目を伏せ、やがて静かに閉じた。

 俺がもっと大きな人間なら、お前の全未来を受け止められるのだろう。今や遥か高みへ向けて開いてゆこうとするこの儚くも尊い魂の運命を、不安と恍惚のうちに潜むすべての感情を、こうして自らをお前が飛び立つための大地にして、支えてやれたらと願う。




このお話は、いわゆる神様視点になっているのですが、ここまではほとんど三人称を借りたヴィクトル視点。
原文は慎一のつぶやきもずいぶん入っているのですが、抜きました。
何だかやっぱり気持ち悪くて……
他の人の書いている神様視点は気にならないのに、自分が書くと違和感が…
でも、次回からは視点は若者たちに移ります。
おっちゃん視点はなかなか良かったですが(実は夕さんと同じで、オッチャン好き)、そろそろ青い子供たちの面倒を見なければ……

あ、でも、いつものような三人称型視点固定ではありませんで、よく見ると、神様視点。
ローマイヤー先生のツイッター(つぶやき)も混じっていますから(^^)
う~ん、自然にやりたいけど、意識してしまう(ぶつぶつ……(..))

追記は、音楽コーナーです。






まずは前回登場したリスト『ラ・カンパネラ』
なかなかイメージに近いのがなくて、でも辻井さんの音は結構近いかも。


次はベートーヴェンピアノソナタ第32番第2楽章
何故かばらばらになっていますが(前後編?)、15分ほどあるので、後半だけでも。
この方、フランス人のピアニストさんだそうです。
トリルが綺麗なので、選びました。

この前半の最後30秒。

こちら後半の4分くらいから……天国への上昇だったかな。

トルコ行進曲は、ま、いいですね^^;
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Category: ♪死と乙女(連載中)

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コメント


このお話は

完全に音楽のお話ですよね。私が書いているものは、音楽は出てくるんだけれど、実際にはあってもなくてもいい程度にしか書き込んでいないのです。机の上に置かれた写真フレーム程度の位置づけ。でも、このお話における音楽はもっとずっと深いですよね。写真フレームのたとえと比較すると、机の上にあるものとしては遺言状とか契約書くらいの重みがあるかな。この書き込みの深さが彩洋さんの小説の特徴でもあるんですが。

実は、私は音楽家の両親のもとに生まれたのですが、本人が落ちこぼれた(努力の大変さに恐れをなして逃げた)ので、本当にわかっているわけではないのです。だから自分の耳で感じられる感性の部分は別として、技術面ではつっこまれても逃げられる上っ面しか書かないというのはあります。

このお話のちょうどこの回の感じは、先日書いた蝶子のミュンヘン留学時代に似ているかもしれませんね。リーツマン教授の眼に留まるかどうか、学費と生活費とか、かなり重なっていて、ちょっとにやりとしました。

それと、最後のシーンを読んでおおっと思ったんですが、慎一はすでにそっちワールドにいっちゃっているわけですね。音楽の世界は多いですからね〜。ま、バチカンをはじめとするカトリック系にも多いですが。ものすごく。

視点の移動は、私の小説へのコメントで彩洋さんに指摘していただくまで考えたこともなかったのですが、自分が氣にしていないせいなのか、これまでの彩洋さんの小説と違うようには全く感じませんね。というか、ここまでは全部ヴィクトル視点だからか。

うむ。若者のお話も、楽しみにしております。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/08/19 04:24 [edit]


気になるヴィクトルw

醜いアヒルの子(?)の慎一は、まだ自分が白鳥の子だと気づいていないのですね。
でも、ヴィクトルの視点からの考察で、その眠れる才能の凄さが伝わってきて、ワクワクしますね。
いつか、ライバルにも羨望のまなざしを向けられるのでしょうが、それまでにまた、ひと波乱あるのでしょうか。
魔王は、やはり一度聞いたら、記憶に焼き付きますね。神曲というか・・・魔曲。トラウマになってしまう子供がいても、不思議はないほど。死、そのもののような曲です。
ヴィクトルは、この時何を恐れたのかな?慎一を奪われるって?
ヴィクトルも、竹流とは別の意味で、慎一を大事にしてくれそうですね。

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/08/19 18:57 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

うぅ~ん、やっぱり書いているうちに(正確には書き足しているうちに)だんだん細かいところに拘り始めてしまったんでしょうか……音楽談義を始めるつもりではなかったんですが、ついつい、あれこれ思っていることが頭を出してきて……これって、結構退屈ですよねぇ…^^;
どうりでなかなか前へお話が進まないわけですね。

でも、夕さんのお話も、全くもって立派な音楽の話です。
エピソードも、音楽についての表現も…とても素敵ですし、全然、写真フレームには思えません。

私の場合こそ、なんちゃってクラシックなので、あまり書くとばれますね^^;
いや、いかにそれらしく書くかってのがポイントなのですが、私も、技術的なことはよく分からなくて、かなり適当です。これを書いたころはまだ知識があったかもしれませんが……といっても、中村紘子さんの本とか、コンクールの裏側話とか、そんな程度の本からの知識を適当にアレンジして使っていただけなのですが。
今はもう、すっかり真っ白です^^;
夕さんと同じで、まさに感性の訴えるままに、適当に書いているなぁ。
あ、でも、きっと夕さんの「技術面では突っ込まれても逃げられる上っ面しか書かない」の上っ面部分だけでも、多分私の大法螺よりも遥かに立派なはずです^^;

逆に、自分がちゃんとやっている楽器については書きにくいこともあります。
何故かと言うと、ただの「説明」になってしまうんですよね……
だから夕さんが稔の空気三味線シーンを書かれていたのを読んで、逆におぉ、なるほど、とか思ったりして。
そういうのって、想像の世界のほうが物語の中ではより現実っぽい気がします。

> このお話のちょうどこの回の感じは、先日書いた蝶子のミュンヘン留学時代に似ているかもしれませんね。リーツマン教授の眼に留まるかどうか、学費と生活費とか、かなり重なっていて、ちょっとにやりとしました。
うん、確かに、言えてます。まったく似ていない苦学生2人。結構対比が面白いかもしれません(^^)
でも、蝶子のほうが絶対に必死だったと思うんですよ。
慎一って、そもそも世間知らずすぎて(本当にガラスの塔の中で育てらてますから、あ、もちろん、あの人と一緒のときはコンサートにも酒場にも行ったと思うのですが)、で、ウィーンに来て初めて一人であれこれやっていて、結構いい人に出会って助けられているけれど、それも無意識に「あまりにも頼りないので放っておけない」作戦なのです。この作戦は父親譲りですね^^;
で、この子、多分「いいとこの坊ちゃん」的要素を育て親から受け継いでいて、「最後は誰かが助けれくれる」とか思っている可能性があります^^;
蝶子は自分一人が頼りで、ちゃんと自らの意志で自力で切り開いていましたものね(方法はともかく)。
もちろん今は仲間がいて、愛する人がいて、少し違うんだろうけれど。

> それと、最後のシーンを読んでおおっと思ったんですが、慎一はすでにそっちワールドにいっちゃっているわけですね。音楽の世界は多いですからね〜。ま、バチカンをはじめとするカトリック系にも多いですが。ものすごく。
おぉっと、そ、そうなんですね^^; 警察と「や」のつく自由業さんにも多い、みたいな話ですね。
そっちワールドに行っているわけではないのですが、極めて「無邪気な残酷」で生きています。
だからあのモーツァルトが弾ける。この子の無邪気は、ある意味怖いんです。まさに底なし沼の二面性。
でも、特にそっちに偏っているわけではなく、無邪気に女性に恋をしています。
それも結構複数。これから娘を産んでくれた女性と最後まで人生を共にした女性を含めて、最低4人の女性に恋をしていますから^^;
あ、妹も含めると5人か。妹は別の意味で特別な存在なんですけれど。
この話、実は昔「そのシーンを真正面から描写せず、どうとでもとれるように書いてどこまで色気を出せるかにチャレンジ」という試みをしていたころの話。
よく見ると、あちこちにそれらしいシーンが……^^;

> 視点の移動は、私の小説へのコメントで彩洋さんに指摘していただくまで考えたこともなかったのですが、自分が氣にしていないせいなのか、これまでの彩洋さんの小説と違うようには全く感じませんね。というか、ここまでは全部ヴィクトル視点だからか。
はい、読みにくくなかったらいいなぁと思いまして…自分が気にするほどには、皆さんが引っかかっておられないということなら、いいような気もします(*^_^*)
意識しすぎてゴルフのイップスみたいになってしまいそうな時も……
昔のノート時代は、本当に自由だったなぁ。

出も次回からはもう少しさっさとお話を勧めまする(^^)
これからもよろしくお願いいたします(^^)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/08/20 00:14 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

> 醜いアヒルの子(?)の慎一は、まだ自分が白鳥の子だと気づいていないのですね。
> でも、ヴィクトルの視点からの考察で、その眠れる才能の凄さが伝わってきて、ワクワクしますね。
本当に、この子はきっと、白鳥になった自分の姿が湖に写っているのを見ても、まだ気が付かない可能性があるので、困ります。
競争と言う概念に対する感覚が低いのですね。
それでもこれも、あの人が超過保護に育てたからです。ぼーっとしていたら食われるということを全く知らずに、草原のど真ん中に放り出されている赤ちゃん状態。
それがどうやら他人の気を引くらしくて…^^;
昔友人が、「あまりにも自分では何もしないので周りが世話をしてしまう」と言っておりましたが、そういう子です^^;
才能……眠りすぎて動かなくなることもありますものね^^;

> 魔王は、やはり一度聞いたら、記憶に焼き付きますね。神曲というか・・・魔曲。トラウマになってしまう子供がいても、不思議はないほど。死、そのもののような曲です。
そうですよね、あれ、高校の音楽(だったかな)で初めて聞いた時、「いや、これはいかんでしょう」と思いました。多感な歳の若者にあの曲は……
同じように、『死と乙女』も怖い、と思ってこの話ができました。
魔王は激しくて怖いんですけれど、死と乙女に出てくる「死」は妙に優しい猫なで声なんですよね。
乙女が死を怖がっていると、お嬢ちゃん、そんなことないんだよ~、ほら、おいで~……(;_:)
やっぱり怖い……
この青春時代の子どもたちの死への憧憬みたいなものの危うさが出たらなぁと思います。

> ヴィクトルは、この時何を恐れたのかな?慎一を奪われるって?
> ヴィクトルも、竹流とは別の意味で、慎一を大事にしてくれそうですね。
うふふ(^^) 本当に、心酔してますからね。
理由があるのですが、それはまた出てきます。ベートーヴェンの『熱情』にまつわるエピソード。
そしてそれ自体が、実は慎一にも関わっていて……
慎一にとっては死はすでに自分の中にあるもの。彼はそいつと二人連れなんですね。
だから、魂が抜けだしたみたいな演奏をされると……ね……(..)
ヴィクトルは、何もしなくても食っていける有閑貴族ですが、精神的には庶民。
その「暇人」だからこそ、この子の面倒をみていられる、という設定…^^;
大事にしてくれています、はい。ちょっと抑えきれなくて、手を出しちゃってますけれど、それはあまり気になさらずに^^;^^;(あ……^^;)

コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/20 06:10 [edit]

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