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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・小説】 題材とテーマ 


まるで太陽のような、でもいささか幻想的で不穏な印象のこの写真。
昨日は綺麗な月でした。雲がちょうど横切ったのですね。
DSCN1570_convert_20130821061439.jpg
一眼レフではないのですが、ズームが良くて購入したデジカメ。
割と綺麗に月もアップになります。

カテゴリのNEWSを雑記コーナーとしてカテゴリ別にすることにしました。
過去の記事も少しカテゴリを整理する予定。
今回は【物語を遊ぼう】ほどにはまとまった内容じゃないので雑記にしました。
【雑記・小説】というカテゴリにしてみました。


さて、ただ今連載を始めてしまった【死と乙女】
言わずと知れた、シューベルトの歌曲が題材になっています。
これはマティアス・クラウディウスという人が作詞したもので、シューベルトが曲をつけたもの。
内容はこんな感じ(内容だけです)。
(歌の前半:乙女)恐ろしい死神よ あっちにいって 私はまだ若いの 触らないで
(歌の後半:死)手をお貸し 私はお前の友 乱暴なことはしない 私の腕の中で安らかにお眠り

『魔王』のイメージする死よりも優しい印象なのですが、妙に猫なで声でふわんと巻き込んでしまう、別の意味でちょっと怖い死。
こんな不穏なものをなぜ題材にしちゃったんでしょう?
2○年前の自分に聞くしかありませんが……^^;

あの頃、ちょっとシューベルトの歌曲に嵌っていました。
『菩提樹』と『セレナーデ』が好きだったのです。
そして、その時のノートの隅に、交響曲の9番(グレート)がものすごくいい、と書いてある……^^;
あの頃の私って、誰? みたいな感じですが。

この【死と乙女】のテーマは、『死』です。
それもどちらかというと、現実的ではなく、観念の中の死。
若者が時に、自分のこれから先の人生と引き比べて、今この命を惜しくないと軽率に言ってしまう、その死の危うさ。
でも、死んだらそこまでなのよ、と思うのですけれど……
実はこの死というテーマは【死者の恋】(ちょっと中断中ですがそのうち必ず)にも一部共通しています。
(ただ、読後感は、どちらもそんなには悪くないはずです。ハッピーエンドかどうかは別にして…)

で、この死というテーマを書くために選んできたのものが、音楽家の卵たち。
これは『題材』です。
今回の場合は、音楽家の卵たちや、お話の中であれこれ使っている曲などは題材、ということになるのですが……

ちなみに私の場合、この小説群にはある二つの家系の壮大な(ということにしておこう^^;)歴史が絡んでいて、テーマより先に題材がある、という感じなのですね。
相川の一族とヴォルテラの一族……という題材。
もっともこの家系自体が、東洋的なものと西洋的なもの、野生と理性のぶつかり合い、あるいは魂の連れ合いには出会えるのか、みたいなテーマのようなものではありますが…

で、この題材を生かすテーマをそれぞれ個別のお話の中で考えているのですが。
テーマは意識しないで書き始めてしまうこともあります。
敢えて言葉で言えば『愛』とか『友情』とか『赦し』とか、言ってしまってもいいのかもしれないけれど、それはちょっと(言うのも恥ずかしいわ)……というようなテーマの場合もありますし。

ちなみに【海に落ちる雨】のテーマは……先日アップした第70話のあとがきに載せた、ボストン科学博物館のでっかいピタゴラスイッチ。
それは題材じゃないのかって?
いえ、これは私にとっては壮大なテーマなのです。

そして『題材』なのですが。


そもそもなぜこんなことを言い出したのと言いますと、クラシックの音楽家という題材が、自分にとってそんなにファミリアではないということなんですね。

題材を選ぶとき、安全なのは自分の身近なものを選ぶこと、という気もしますし、よく『小説の書き方』とかいう本にもそのように書かれています。

おっしゃる通り!
と思うのですが。

でも、多分、私は自分の職業を題材にした小説は書かないと思います。
というのか、書けないんですよね。
自分の中での職業倫理的なものもあるのですが、知りすぎていることって、自分の書いていることが「ここ、そうじゃないんだよな、そういう面もあるけどこういう面もあるんだよな」とか「具体的な誰かをイメージしているとか誤解されたくないな(その人が読むわけじゃなくても気持ち的に)」とか「こんなこと書いて、この仕事がこんな風に誤解されたらいやだな」とか、書きながら自分でダメだししちゃうんですよね。
もちろん、その職業の人が出てくることはあります。
でも、それは脇役(というより通りすがりの人?)であったり、状況的に出てこざるを得ない場合のみ。
ま、引退したら、書くかもね!とか思いつつ(多分書かない)。

それに、自分がよく知っていること、特に仕事とか実際にやっている楽器とかは、そうやって「ちょい」で出てきても、妙に説明臭くなるんですよね。
小説というより、説明。
これをやってしまうと、どうも小説の流れの中でその部分・シーンが浮いてしまう。

三味線もそう。【死者の恋】で三味線シーンを書いて思ったのですが、説明臭い!
実は、八少女夕さんの【大道芸人たち】のお一人が津軽の演奏家なのですが、夕さんは三味線をされているわけではなく調べて書いておられるということなのです。でもその演奏家さんが、楽器を持たずにイメージで弾いているシーンに、う~ん、と唸りました。
そうなんですよ。そういうことなんです(?)。
イメージで書いても、すごく「それっぽい」というのが、流れを壊さずに溶け込むシーンになっていて、いいのです。


だから……題材はむしろ、「あなた(自分)の知らない世界」のほうが多いです。
もちろん、好きだから題材にするので、調べたりして、まったく真っ白ではないのかもしれないのですけれど。

というわけで、クラシック音楽。
昔、本当に大好きで、ある指揮者さんを追っかけていたこともあり……
(ということで、夕さんにリクエストを頂いたのですが)
もう亡くなられましたが、若杉弘さんという指揮者さんで、ケルン放送交響楽団やドレスデン国立歌劇場で音楽監督も勤められたことのある、多分日本でよりもドイツでの方が知っている人が多いかもしれない人。
ものすごくきれいなドイツ語を話されたそうです。
ケルンのじゃじゃ馬たち(楽団員)を懐かせたのは、その言葉の力が大きかったとも。
常に、話し合っておられたそうで。
それに、昔仕事がなかった時に世話になったという某管弦楽団(お世辞にも上手いとは言えない)に、偉くなってからもちゃんとお礼参りみたいにしばしば指揮をしに帰って来ておられた。
びわ湖ホールの音楽監督を務めれらた時、日本初演のヴェルディのオペラをいくつも手掛けられました。
それもすべて日本人の出演者で。
合唱も(びわ湖ホールには専属の合唱団がいますし、他からもお手伝いの有名どころが来ていた)ソリストも本当に素晴らしく、あ、日本にもこんな素敵な音楽家がいたんだ、と思わせてくれた。
今でも忘れられないのは『群盗』のコーラス。鳥肌が立ちました。
(あ、長くなっちゃった)

でも私自身は、昔ピアノをやっていただけで、好きで聴きに行っても、いわゆるクラシック通ではありません。
カラヤンの最後の来日公演は、並んでチケットを買いましたけれど……(ミーハー?)
(あ、別に、特にカラヤンが好き、というわけではないのです。あの人は、ある意味でものすごい人と思いますけれど)
予備校時代にはオケ部の人たちとかなり交流があったり。
友人は某大学の音楽部ピアノ科だったり。
その程度です。

なのに書くのか、クラシック音楽や音楽家の卵たちを題材にして……
と、今自分に突っ込みながら書いています^^;
知らない方が、イメージを走らせるにはいいという面もあり。


精通しているわけではないけれど好きなこと。
そういうものを題材にするのは、自分としては楽しいし、筆も妙に進むことがあるのですが。
あくまでも「なんちゃって」なのですよね。
きっと突っ込みどころ満載なんだろうなと思うのですが、物語の中で上手く使えたら、それはそれでいいのかな、と。
もちろん、悪意のある誹謗中傷になるようなものはダメですけれど(あくまでも上品に、いきたいものです)。
だって、誰もフィクションに書かれたことを100%信用はしませんよね。本当に興味を持ったら、もっと信用できる筋から調べますよね。
(と、願いたい)

刑事ドラマも医療ドラマも弁護士ドラマも、その職業の人から見たら突っ込みどころ満載わけだけれど、あまりにもあまりなことはともかくとして(いや、あまりなこともあるのだけれど)、突っ込むのも楽しい面もあり、ただ、
それを見た人・読んだ人が冷静な判断をしてくださることを願いますよね……^^;

とは言え、何でもバーチャルな昨今。
見ている人が現実とフィクションの区別がつかないのは困りますけれど。


ということで、今回はなが~いいいわけでした。
クラシック音楽につきましては、皆様、ご自身の耳を信用されてください。
そして、この音楽院のイベントや、生徒たちのあれこれなどは、まったくのフィクションです。
あくまで題材、ということで、ご容赦ください^^;


ちなみに、皆さんは、どのように題材を選ばれますか?
身近なこと? あるいはまるで知らないことを調べる?

題材が先にあるのか、テーマが先にあるのかも興味深いです。


今日の話題は、作品のテーマと題材でした。
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Category: 小説・バトン

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コメント


いつも思いますね

知識がないと、やっぱり小説って書けないんだろうか・・と。
わたしなど、自分の興味のない分野の知識は乏しいし調べたとしても、専門分野の人から見たら、きっとお粗末。
だけど、時々思うのです。読者は、専門知識の薀蓄を聞くために、小説を読むのではない・・と。
ある程度の知識があれば、あとは自力の勉強、そして物書きの想像力で補えるのでは。
そう思って・・・自分を励ましているのですが。知識はあったほうが絶対いいですよね^^;
側近ブレーンが欲しいです。

以前、ブログ友達に、「私はなるべく自分の経験したことから、書いていこうと思ってる」って言ったら、「え! じゃあ、limeさんは、殺し屋だったのね」と言われ、二人で大笑いしました。あそこまでぶっ飛んでたら、もういいか(笑)

大海さんは、いろんな分野に知識が広く、そして正確で深い。本当に羨ましいです。私ももっと昔から小説を書いていたら、貪欲に情報を集められていたかも・・・なんて思いますが、時すでに遅し。これから、日々勉強です^^

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/08/21 17:04 [edit]


 こんばんは。
確かに 自分に近い所って書きにくいかも…
僕 中学生の学生生活 恋愛ものを書けと言われると 激しく困惑するかも。
現実離れした少年ならば書きやすいが リアルな処は書けない。
おそらく 僕がリアルな少年書いても 面白くない!!!!

ウゾ #- | URL | 2013/08/21 19:21 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

そうですよねぇ。
あくまでもフィクションですから、なけなしの知識と想像力を駆使して、「それらしい」話を書けたらいいなぁと思います。
私も時々思うんですよね。あまりにもかけ離れた世界のことを書こうとすると「身近なことを書きなさい」と言われたりするのですが……身近なことって書けないんですよね。
知りすぎていると、あれこれバランスを取ろうとするのです。
色んな立場が分かりすぎるので、身がすくんで?書けなくなってしまう。
小説ってある意味、一方的な話運びがないと前に進まない面があるじゃないですか…
だから、あれこれ考えると書けないような身近な話は、逆にしんどくて……
じゃあ、知識はイマイチだけど、そこはちょっと勉強して、で自分のワールドを作っちゃおうと……
とは言え、ファンタジーの世界のように何もかも一から作らなければならない世界も、私にとってはしんどいのですよね^^;
昔、ファンタジーっぽいものを書いていましたが、その世界の秩序を作るだけで、かの『銀河英雄伝説』の冒頭のような膨大な歴史を書きそうになってしまって。
これは、少々のことは無視して書ける人と、かなり悩む人がいて、私の場合はついあれこれ設定してしまって、辻褄合わせをしようとする性格が災いします。よって、ファンタジーは基本、諦めました。
少しは現実の世界に近づけたい。まんまではなくても、「そうかも」と思ってもらいたい。
それが小さな野望です。

知識は……もちろん、必要なんでしょうね。
でも、自分が精通している必要はないのかもしれません。
専門分野から見たら、何でやねんてこと、たくさんありますけれど、きっとお互い様的なところがあって、でもそこに伴う人と人との関係とか、心の動きとかをリアルに見せるための材料としての『題材』なのかなぁと思います。
でもでも、難しいですよね。
さすがに興味のない世界は書けないなぁ。

> だけど、時々思うのです。読者は、専門知識の薀蓄を聞くために、小説を読むのではない・・と。
私もそう思います。一部の読者さんは薀蓄を喜ばれるみたいですけれど。
でも、さりげなく、自分の関係する分野のことを小出しにすることはあって、それは結構気を使います。
「説明」にならないように。薀蓄なら、専門書を読んでくれ、と^^;
できるだけ、公平で一般的な視点から見ようと思いながら書くのです。

limeさんは、専門的な知識が必要なことも、そうではなく想像を膨らませるようなことも、うまくバランスを取って書いておられますよね。
きっとそのバランス感覚が大事なのだと思います。
物語を回す歯車としての題材。
小説らしくあるためには、知識のひけらかしではだめで、その題材をいかに自然にストーリーの中で動かしていくか、物でも登場人物の属性(職業とか)でも、「らしく」書けたらいいなぁ。
「殺し屋」エピソードは笑えますね!
なるほど、そりゃそうだ^^;

> 大海さんは、いろんな分野に知識が広く、そして正確で深い。本当に羨ましいです。私ももっと昔から小説を書いていたら、貪欲に情報を集められていたかも・・・なんて思いますが、時すでに遅し。これから、日々勉強です^^
いやいやいや、滅相もありません。
正確ではなく、本当に適当なんですよ。
ただ色んなことに興味はあります。でも、小説のために情報を集めているわけではないので、その90%は小説には役に立ちませんけれど……^^;
しかも私が小説を書いていた時間の長さは、単に書き始めた時はもう何十年も前だけれど、書くことに費やした時間はかなり短めかも……ブランク、長いですから^^;
でもきっと、遅いことはないのですよ。
好奇心のアンテナと想像力、ものを書くことってそういうことかもしれません(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/21 23:09 [edit]


ウゾさん、ありがとうございます(^^)

そうですよね~
ウゾんさんが中学生の学生生活を書いたら、こっちは興味は津々だけど、ウゾさん的には「なんか書きにくいなぁ」でしょうね。
時々『現役○○が書く……』ってのがありますが、ある意味、ルール違反的なイメージがあったりもします。
たとえフィクションですと断っても、『現役○○』が書くと、実はそうなんだとか思われてしまうものだと思います。それは何か、その業界の人・仲間に失礼なんじゃないかと思うのですよね。
いや、職業とか内容によるのかもしれませんが……
逆にこいつ、なんも知らないな、と思われることで、大目に見てもらって救われているところもあるのかなぁと思うこともあります。いやもちろん、大きく外れるものはダメですけれど。

三味線の大会でもよくあるのです。
ある程度上手な人たちって、実力ではもう差がなくて、そこから先は審査員にとっても「好き嫌い」の世界なんですよね。
で、審査員の中には、民謡も三味線も分かっていない(耳は肥えていても、それを職業にはしていない、いわゆる「横好き」系の人)が混じっていたりするのです。
そうすると、負けた方も何だか納得できる部分があったりして。
って、話が逸れてる?
つまり、ちょっと知っているけれど、よくは知らない、でも好き!ってのが大事で。
逆にわかりすぎていると選べないし、動けないし、ってことになるような気がしたりして。

微妙に近い、そしてイメージは膨らむ、そういうのが理想的な気がします。

> 現実離れした少年ならば書きやすいが リアルな処は書けない。
> おそらく 僕がリアルな少年書いても 面白くない!!!!
うん、面白くなくはないけれど、書くほうは微妙ですよ、きっと!
想像だから、楽しいという面もありますしね。
コメントありがとうございました(^^)

彩洋→ウゾさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/21 23:31 [edit]


どうでしょうねぇ

私は経験したこととしていないことを混ぜまくっているのですが、実際に経験したことを書く時の利点は裏を取らなくてもすらすら書けることですかね。私はフラフラした人生を送っているので、たぶん日本国の真面目な方達に較べていろいろな世界をちょっとずつ見た事があるような。でもねぇ。本当に経験しただけのことを書くとしたら散文的な私小説になってしまうし。そういうものを書きたいわけでもないんですよね。

私はサーカス団に居たこともないし、大道芸人をしたこともないし、神社に奉職したこともないです。稔のやっちゃったことも、彩洋さんの記事を読んでかなり「げげっ。知らないで書くのって怖い」と思ったように、もし神社関係の方が読まれたり、サーカスの方が読まれたら大笑いしているかもしれないですよね。

でも、書いちゃっています。これって悩みだしたら書けなくなってしまうと思うんですよね。私小説的な作品で華々しくデビューなさったプロの作家さんが、二冊目以降「?」ってことあるじゃないですか。経験したことでないと氣魄をもって書けない、みたいなことになっちゃうともの書きとしてはつらいんじゃないかなあと思います。

あとですね。現在ちょうどどっぷり浸かっていることは書きたくないというのはみなさんと共通しているのですが、私はのど元過ぎると書けるようになります。中学高校大学時代の話や、昔働いていた職場の話、それに既に疎遠になってしまった友人の強烈な体験など、しれっと書けるようになりました。時間も空間も離れると、私自身のこだわりが薄れていることや、物事が俯瞰できるようになったこともありますし、「これ絶対あたしのことだ」と当人が思う感じも薄れるんですよね。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/08/22 03:39 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

夕さんはあれこれ、皆とは桁の違う、スケールの大きな経験をされていると思うので、その中から紡ぎだされる(想像も混ぜた)物語であるというのが、大きな強みですよね。
もちろん、サーカスも大道芸もされたことがないのは知っているけれど^^;
その事象周りにあることに夕さんのご経験が生きているので、みな、なるほどと思って読んでいるのだと思います。これは夕さんの大きな強みですよね。
そう、弱点を克服するよりも、強みを生かすほうがいいという、王道の技術論になるのかもしれません。夕さんのご経験は、夕さんの筆で膨らまされて、よりリアルに感じられる作品世界にちゃんとなっています。
これは私の目指すところでもあるのですが……なかなか思うようにいきません^^;

経験したことだけを書くと、私小説、ですね。
私小説の良し悪しは、ある時代の作品群であれこれ語られていたような気がしますけれど、面白くない、という読者が多いような気がします。
作家の私生活をとうとうと語られてもねぇ…なのかもしれませんね。
そこにエンターテイメント性があれば別ですけれど。

> もし神社関係の方が読まれたり、サーカスの方が読まれたら大笑いしているかもしれないですよね。
本当に、笑ってくれたらそれはそれでいいのかも^^;
私の仕事も比較的小説やドラマの題材になるのですが、もう本当に、時々見ていられないんですが、最近は笑えるよな気がしています。そう来たかとか、いやそれはないよ、とか。
でもそこに、時々、ちゃんと人物の「気持ち」が描かれていて、自分が経験したこととか思いとかに近い形に出ていると、実際の細かい描写が「それはないで」であっても納得させられちゃいます。
きっと、そこが物語の面白さなんでしょうね。

> でも、書いちゃっています。これって悩みだしたら書けなくなってしまうと思うんですよね。私小説的な作品で華々しくデビューなさったプロの作家さんが、二冊目以降「?」ってことあるじゃないですか。経験したことでないと氣魄をもって書けない、みたいなことになっちゃうともの書きとしてはつらいんじゃないかなあと思います。
そうですね。私小説であっても、エンターテイメントとして面白くなっているかってのは大事だし、よく「小説技術としてこんな風に工夫してみました」的な話で、文学部とか専門家の人には面白いのかもしれないけれど、一般の読者が読んだら「?」ってことはよくあるし……
きっと、アレンジしていく能力、世の中の一般の人が読んで、自分の経験に少し照らし合わせて納得したり励まされたりする、そういうのが大事なのかな、と思ったりします。
それは実は題材の問題じゃなくて、そこに伴う核のようなもの、つまり人物の「こころ」なのかな、と思ったりします。題材が自分の知らないことであっても(もちろん、最低限のことは調べるとして)、気持ちがリアルかどうかで、題材のリアルさの印象は変わってくる気がします。
でなきゃ、心中物の道行きで泣かないですよね。
主君の子どもを守るために、自分の子どもの首を差し出す家来の話で泣きませんよね。うん。

> あとですね。現在ちょうどどっぷり浸かっていることは書きたくないというのはみなさんと共通しているのですが、私はのど元過ぎると書けるようになります。中学高校大学時代の話や、昔働いていた職場の話、それに既に疎遠になってしまった友人の強烈な体験など、しれっと書けるようになりました。時間も空間も離れると、私自身のこだわりが薄れていることや、物事が俯瞰できるようになったこともありますし、「これ絶対あたしのことだ」と当人が思う感じも薄れるんですよね。

そうかもしれませんね。確かに、中高時代の話なんかは、リアルタイムのウゾさんは書けないという一方で、結構自分たちは書いているのかもしれませんし。ま、忘れちゃってるので、それが正しいのかどうか思い出せない部分もあったりするのですけれど。
逆にデフォルメが利いて、いい形(とは限らないけど少し面白い形?)で出せるようになるのかもしれませんね。
と考えると、「今知らないけれど興味があること」と「昔経験したけど大筋は忘れちゃってること」は似たようなものなのかも。そこにあるのは、想像力ですし……^^;
まぁ、でも、一般的に経験したことってのは忘れないのかな。心の部分で。
だから気持ちが大事なのですね。気持ちをきちんと書けているかどうか。

でも、やっぱり、その職業の人を主人公にした話は書きづらいなぁ……^^;
辞めたとしても、なんだか、やめた人の勝手みたいな話になりそうで。ただ、リアルタイムで頑張っている人がたくさんいるので、その人たちを励ましたい気持ちとかが芽生えていって、それを形にしたいと願う時がくるかもしれませんけれど。
まだまだどっぷり渦中なので、何とも言えません^^;

私の使っている題材は、好きだけどその世界のことは実はほとんど知らないということが多くて、いい加減な部分だらけなのですが、想像で補って、できるだけリアルに感じていただけるように、感情をきちんと描いていけたらなぁと思っているのです。きっとリアルに感じるのは、そこに登場人物の確かな「気持ち」があるからですよね。
夕さんのお話はいつもとても刺激になります。
これからもよろしくお願いします(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/08/22 08:02 [edit]


すべて自由に、妄想の赴くままにやってまーす^^
すみません、こんなお気楽で。

題材は身近な場合は、もの凄く近いです。友人のだんなさんが、メインキャラの一人をやっています。お借りしているのは名まえなのですが、イメージもちょっと。お借りしてます、と事後で使用許可取得済みです。

まるで知らないことはググッています。知っているつもりのことも、確認の意味でやはりググッています。この、調べるという作業は大変なときもあるのですが、楽しいですね。勉強になるし。あなたの知らない世界をちょっとだけ知る、程度ですかね。

題材が先か、テーマが先か。興味深いトピックですね。
大海さんの作品は題材もテーマも深くて、丁寧で、読み手の技量も問われているようで、ちょい緊張しつつ拝読させていただいています。
私の方のテーマはたいしたことないです。題材もテーマもその他色々もPCに入れておいて、まとめながら同時に進んで行きます。ものすごく遅筆な理由はそれだけではないのですけれど。

けい #- | URL | 2013/08/22 19:07 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

> すべて自由に、妄想の赴くままにやってまーす^^
> すみません、こんなお気楽で。
いえいえ、基本はそこですよね。
楽しくなくちゃ、書いている意味がないように思ったりします。
知らないことでも、興味があって自分が楽しいから、調べたりして書こうと思うわけで……
でも私の場合、結構説明したりつじつま合わせをしたりする傾向にあって、自分で墓穴を掘っていることが多くて……^^; 妄想のままにやっていても、あれこれ気になってしまうんですよね。
でもそれもまた楽しいのかもしれません。

> 題材は身近な場合は、もの凄く近いです。友人のだんなさんが、メインキャラの一人をやっています。
なるほど、それはかなり近いかも。
私の場合は、今のところ現実に比較的近い人って…いるかなぁ?
あ、相川調査事務所の秘書・美和ちゃんは、中高時代の私の友人たちのちゃんぽんイメージです。
でも、それもちゃんぽんなので、あまり関係なさそうだなぁ。

> まるで知らないことはググッています。知っているつもりのことも、確認の意味でやはりググッています。この、調べるという作業は大変なときもあるのですが、楽しいですね。勉強になるし。あなたの知らない世界をちょっとだけ知る、程度ですかね。
そうですね、私も、ちょっとしたことはググっているかな。
題材に重くのしかかることは本を読むのですけれど(ネットは正しい情報かどうか、今一つはっきりしないときがあって)、ちょっとしたことはネットですね。本当に便利になりましたよね。
例えば、私が今連載しているメインの話は、実は時代が昭和60年前後だったりするので、その時代になかったものを書かないように気を付けています。ちょっとしたものでもないんですねぇ。
例えばビール。スーパードライも一番搾りもない。私の大好きなハートランドもない。ただのキリンビール、アサヒビールなんですね。例えば風/俗。間違って、その時代にないタイプの店を書いちゃったりするとアウト。
携帯とか、割と記憶に明瞭なものはいいのですが、正直なところ十年ひと昔で、もうすっかり覚えていないことってありますよね。
こういうのはネットで調べるのって便利ですよね。

> 題材が先か、テーマが先か。興味深いトピックですね。
例えば、お芝居なんかで、作者が気に入った役者さんに宛書をしたりするじゃないですか。
始めからこの役者のために作品を書きたい、とかいう感じ。
あれはまさに題材が先にあるんですよね。
物々しい本には、テーマを決めて、それにしたがって、そのテーマを描出するのにふさわしい題材を揃え(登場人物、その職業、背景、舞台)、そこから起承転結を組み立てないさいと書いてるあるけど…本当にそんな真面目にやったことはないなぁと思います。
でも、実際には、テーマも題材も起承転結も、一気に湧きあがって来ることもあるのかもしれませんね。

> 大海さんの作品は題材もテーマも深くて、丁寧で、読み手の技量も問われているようで、ちょい緊張しつつ拝読させていただいています。
いえいえいえ、とんでもありません!
題材は始めから好きなものしか選んでいないので、深いというより単に好み^^;
けいさんが今読んでくださっている【清明の雪】なんて、好きなものてんこ盛りで、書きながらあれこれ調べたこともあるけれど(どちらかというと、もともと小説のためじゃなくて調べていたことを使ったという感じ。ただの歴史好きなんです、それも自分勝手解釈の)、結構アバウトなんです。京都の果てのお寺に行くところも、ただの実体験ですし。
全然技量なんて必要ないので、気楽に気楽にお読みくださいね!

> 私の方のテーマはたいしたことないです。題材もテーマもその他色々もPCに入れておいて、まとめながら同時に進んで行きます。ものすごく遅筆な理由はそれだけではないのですけれど。
PCに入れておくのとノートに書きだしておくのと、流派?がありますよね。
けいさんはPC派ですか。私はどちらかというと、ノートに書くかなぁ。ノートというより、その辺の紙^^;
PCに入れておくと、後で使いやすいかなぁと何度かトライしたのですが、どこに入れたかすぐ忘れちゃうんです。頭がアナログなのかなぁ。
でも、実際にPCで書き始めたら、どんどん変わっていって、どんどん長くなって、本当に収拾がつかなくなっていることも^^;

テーマは……結構ダサいことって多いんですね。友情!なんて時もありますし^^;
それはそれでとてもいいと思って、開き直っております。
けいさんのお話も、割と直球勝負ですよね。わかりやすいテーマで、皆に受け入れてもらいやすくて、すごくいいと思うのです。大事なことって、結構ストレートなことですものね。

コメントありがとうございます(*^_^*)

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/23 00:29 [edit]


題材先にありきですね。

「テーマ」については、相原コージ先生と竹熊健太郎先生の不滅の名著「サルでもかけるまんが教室」で、ギャグとして描かれていた分析に、付け加えることはなにもありません。あれを読んでから、テーマについて語るのは不遜な行為のように思えています。

ポール・ブリッツ #0MyT0dLg | URL | 2013/08/23 01:06 [edit]


ポール・ブリッツさん、ありがとうございます(^^)

> 題材先にありきですね。
うん、やっぱりそうですか(*^_^*)
私も大概、こんなことを書きたい!とかいうテーマを思いついてから題材を考える、などということをしない、というよりできないのですが、ものの本にはそのように書かれていることもあり……「?」だったのです。
イメージとして、同時にそれ(テーマ)らしいものが降ってわくこともありますが。
しかも、私の場合は、書き始めて話が展開することも多々あったので(ラストは決まっているのですが、そこに至る過程がしばしば書いている最中に変化するという、いい加減な奴です)、途中でテーマというのか、このお話はこんなことが伝わったらいいな、と思うことが変化していることも……。
【死と乙女】に限らず、そもそも先に登場人物と切っ掛けになるもの(物、状況)がある(この場合は音楽家の卵とあるクラシック音楽)→ちょっと書き始めてみる→物語が走り出す→テーマらしきものが湧いて出る、という感じです。もっとも、この場合はクラシック音楽を選んだ時点で、中身が決まってしまったようなことになりますが。
う~ん、だんだん、何が言いたいのか分からなくなってきた。
そうなんです。要は、お題小説の書き方みたいなものですよね。
この題材を如何に処理するか、どこへ落とすか。そんな感じなのかな。

> 「テーマ」については、相原コージ先生と竹熊健太郎先生の不滅の名著「サルでもかけるまんが教室」で、ギャグとして描かれていた分析に、付け加えることはなにもありません。あれを読んでから、テーマについて語るのは不遜な行為のように思えています。
その本は拝読しておりませんが、確かに、偉そうにテーマだ!って言うよなものではないのかもしれませんね(*^_^*)
ただ、何が書きたいのか分からない「?」なものもたまにあり、テーマとまでは言わないけれど、伝えたいことってのはあるのかなぁ、あって欲しいなぁ、何か伝わったらいいなぁと思いながら、書いているのです。あるいは拝読している時も、伝えたい気持ちが伝わってくるものは気持ちよく読めたりします。
ま、大したことではないんですけれど^^;
この間書いていた【天の川で恋をして】などは、嫌いなホラー映画を克服するための「名作のラストを変えよう」遊びみたいなものですし。こうやって恐怖は克服しよう!的な。

コメントありがとうございます(*^_^*)

彩洋→ポール・ブリッツさん #nLQskDKw | URL | 2013/08/24 07:04 [edit]


拍手コメP様

え~と何を察知されたか、ちょっとドキドキします^^;
この話題が出てきたのは、単に「音楽家の卵のこともクラシック音楽のことも実はあんまりよく知らない世界だけど、書いていてボロが出ないかしら」という趣旨の記事なんです^^;
ちょっと内容がボケすぎましたよね。
でも、皆さん、結構知らない世界でもあれこれ調べて書いておられるというので、安心しました(^^)
ますます、あなたの知らない世界について、意欲的に?創作していきたいと思います(^^)
音楽の力を借りてですけれど……
これからもよろしくお願いいたします(*^_^*)

彩洋→拍手コメP様 #nLQskDKw | URL | 2013/08/24 08:12 [edit]


・・・職業柄、人の死を結構見てきましたが。
ドラマみたいに上手くいくのも沢山ありますが、その中で失敗もあるわけであって。ドクターも神ではない。失敗はある。
手術に失敗して泣いているドクターも見ましたし、それを気にしないでくださいと言う遺族の方も見ました。その関係上、私は未だに「失敗しない」のドクターの話は見れない。。。。

LandM #- | URL | 2013/10/27 21:55 [edit]


LandMさん、ありがとうございます(^^)

う~ん。難しいですね。
えっと、医療者の話につきましては、外科手術において「失敗」という言葉は誤解を招くような気がします。
簡単な手術をうまくできなかったら、一応失敗と言っていいのかもしれませんが、難しい手術の場合、うまくいかないからと言って「失敗」という言葉はどうかなぁ、と。
世の中の要求の程度が高くなりすぎているし、技術や方法論は一応進歩しているので、10年前には「不可能」だった手術が一応「可能」として教科書にも載るようになっている。でも、決してどんな患者さんにもうまくいくような手術じゃなかったりする。
さらに、もとの病状が悪ければどんな簡単な手術もうまくいかないのですよね……
ましてや、そもそもが悪い病気を、なんとか手術できたとして、あくまでも「何とか」であって、その後内科管理が平易かというと決してそうではない。手術自体は無事に終わっても、その後の経過ですぐに亡くなったりすることもある。
悪いけれど、治らない病気はいくらでもあります。LandMさんのおっしゃる通りです。
それがドラマなんかで「スーパードクター」が出てきて、手術が成功する。
それを見た人は「100%、治るんだ」と勘違いする。うまくいかなかったら、失敗?
そういう部分の微妙なニュアンスを理解できないマスコミが「ミス」とか言っちゃっていることがあって、ビックリする。
そもそも、よく言われる神の手なんてものはある意味では幻想。
大体、神の手でしかできないような手術は、手術の方法自体に問題があるとも思ったりしています。
そこそこ上手な外科医はいくらでもいて、スーパーじゃなくてもちゃんとした外科医ならだれでもできる、そういう手術方法こそ素晴らしいと、思ったりしています。
あるいは、本当は恐ろしい○○の病気……みたいな重箱の隅つつき番組。
ありえないほど低い確率の出来事が積み重なって、極めて低い確率の病気が発見される。
正直、見るに堪えない番組がいっぱいありますね……
ま、目くじらを立てるわけでもなくて、観る方はただ冷静に、そういう番組があくまでも、ただの漫画みたいな話・華美なドラマであったり、確率の低い話であるという、冷静な頭を持たなければならないし、番組や物語を作る方も、それを意識していないといけないと思うわけでして。
でも逆に、とことんありえない話に仕立ててあったら、それは気持ちいいかも。
少し前、東山紀之さんがやっていたドクターの話、あれはもう「ありえないから笑いなさい」姿勢でかえって良かったような気がします。

あれ、なんだか、話が変な方向へ??
> その関係上、私は未だに「失敗しない」のドクターの話は見れない。。。。
そんな言葉を、某女優が叫んでましたね。「私、失敗しませんから」
でもまぁ、ありえない部分を差し引いて見れるなら、面白かったりもしますけれど。
イライラする可能性があるなら、見ない方がいいのかもしれませんね……
私も、自分の職業の番組・ドラマはみません。
たまに見るときは、よしもと?だと思って(お笑い番組)、笑うことにしています。

彩洋→LandMさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/28 19:45 [edit]

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