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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨74] 第15章 ビデオと女記者の事情(1)/ 15R・18禁 

【海に落ちる雨】第2節を終わらせようと思っています。
第15章『ビデオと女記者の事情』を全4回でお送りいたします。
転がる玉のひとつである楢崎志穂。女記者ですが、水死体で発見された元傭兵・田安隆三のところに出入りしていて、政財界のお偉いさんを脅迫して自殺した雑誌記者・新津圭一の後輩でもあった。
真に近づいて時々顔を出しては物事を引っ掻き回しているように見えますが、彼女は実は誰かを探しているのです。女なりに使える武器は使いつつ、偉そうな口も利きつつ、でも実は不安と恐怖と、そして自分の中の善意にも翻弄される。この話の中で一番複雑でややこしい女かもしれません。この多面性は、幼い頃、自分の居場所がはっきりしないまま育ったからではないかと……
どういうややこしいことに真を巻き込むか、彼女は竹流の居場所を知っているのか、第15章、お楽しみください。

なお、ここから先は、トップページに載っている間、この物語を追記の形で畳ませていただきます。
(記事が古くなったら、カテゴリから入った後、読みやすいように、戻します)
15Rやら18禁が多くなるのと、展開が、一部の人には不快であったり、拒否の気持ちをもたらすものであったりするかもしれないため、そのまま誰の目にも触れるように晒すのはちょっと問題だと思うからです。
→トップページを外れたので、戻します(2013/10/14)。

その方向へ話が行くだろうということは、以前、真と新聞記者・井出との会話でも匂っていたこととは思いますし、ヘタレの大海ですから、精一杯でこの程度かという表現かもしれませんが、何とかついてきていただけると幸いです。いずれ、私を苦しめた本をご紹介いたします。
【天の川で恋をして】であるホラーを克服する試みをしたように、これも、世界のあちこちで起こっている、恐ろしく悲しく、そして腹の立つ(などという表現では語れませんが)出来事への怒りを何とかしようと書いていたものです。
最後の結末は多分、納得よりも不満になると思いますし、どうしたらどうなるのか、何かできることがあるのか、本当によく分かりません。

少しずつ、真は追い込まれていきます。でも最後に、きっと少しだけ彼には救いがあるはず。
それは、待ち望んでいた『言葉』かもしれません。
(まだまだ先ですけれど)
では、18歳以上の、大丈夫な方だけ、お進みください……


エルグレコ1




 ビデオの背には、白い帯に赤い文字でアルファベットのNとだけ書いてあった。涼子が帰ってから、真はしばらくその赤い無機質な文字を見つめていたが、躊躇っている場合ではないと思い直し、ビデオをデッキにセットした。

 始めの十分間ほど、ビデオは砂の嵐の状態だった。音量を上げてみたが、ザーッという音だけで、何かが細工されている気配もない。
 早送りしようとした途端に、映像は突然に下から上がってきて、やがて何かふわっとしたものが映し出された。薄暗い映像で、古い映画のフィルムのようだった。フィルムに細工してあるのか、そういう撮影条件なのかは、真には分からなかった。

 始めは何が映っているのか、はっきりしなかった。
 暫くして、そのふわっとしたものが風に揺れるカーテンだと分かった。白っぽく見えるのは、実際の色なのか、曖昧な明かりのためなのか、分からない。

 隠し撮り、という印象ではなかった。それは直ぐに映像の視点が変わったことで確認された。視点が変わったのは、風以外の力で大きくめくれたカーテンの向こうの窓から、大きな長い物体が入ってきた後だった。
 その物体は窓の下方から入ってきて、床にすべり落ちた。音はなかった。
 映像は、窓の方からその物体を見下ろす視点へと変わっていた。

 一瞬にして気分が悪くなった。
 始めに映し出されたのは、足だった。足はすらりとしたスラックスを履いていた。やがて、映像はゆっくりと体を舐め上がり、ベルトのない腰の部分、白っぽいシャツを身につけている胴、濃い色のネクタイ、そして首を順番に映し出した。

 首で暫く映像は止まっていた。その理由は直ぐに知れた。
 首には何かが巻きつけられていて、その部分をアップで映し出している。比較的濃い色でやや幅のあるそれは、どうやらベルトのようだった。
 その瞬間、目が見続けることを拒否したが、そういうわけにもいかなかった。
 この死体、もしくはこれから死体になろうとしている人間の顔を確かめなければならなかった。
 だが、映像は首の部分で長く止まっていた。

 代わりに、ガタガタという音が聞こえていて、アップの首に重なる影が行き来していた。それが、首を吊る場所の準備だということは、想像に難くなかった。
 やがて映像は顔を避けるように頭の上の方に回りこみ、重いものを引きずるような音と共に移動し、ずるずると空中を這い上がるように見えた。

 少なくとも、ビデオを撮影している者、死体を移動させている者、それに重さを考えると、男の力でも一人で意識の無い者や死体を吊り上げるのは難しそうに思えるので、あるいは他にも誰か共犯者が、つまり複数の人間がこの現場にいるのだ。

 再び映像は首に固定され、さっきとは異なり、体重がかかっていくのに合わせて、ぐんぐんとベルトの端が食い込んでいく様が、延々と続いた。
 そして、ついにガタン、という派手な音と共に、ブン、と映像がぶれ、男の顔が映し出された。
 真は思わず目を逸らしたが、見ないわけにもいかなかった。
 口を開け、見開いた目の持ち主には見覚えは無かった。いや、知っている人物であっても、それが即座に誰かなどとは分からなかっただろう。

 だが、真が震える指でビデオを止めようとした瞬間を遮るように、何かの音と同時に大きく映像が動いた。
 一瞬、自分が叫んだのかと思った。

 映像が捉えたのは、まだ幼い女の子だった。
 新津千惠子だ。
 会ったことも見たこともない少女だが、頭は勝手に理解を進めていた。こういうシチュエーションがどこにでも転がっているわけがない。この死体はやはり新津圭一なのだ。
 少女の目は、死体の目と同じほどに大きく見開かれ、飛び出しているように見えた。少女は動きもせず、叫んだまま凍りついていた。

 だが、この気分の悪いビデオはこれで終わりではなかった。
 太く大きな腕が少女のか細い腕を引っつかみ、床に引きずり倒すと、声も出ないまま口を大きく開けたままの顔を、ごつく毛の多い手が撫で回すようにした。
 少女が倒された床は、父親の死体のすぐ近くのようだった。時折、何かが揺れている影が、少女の小さな体に重なった。少女の濃い色のスカートがめくり上げられ、水玉のような模様が散った下着が下げられ、細い足が思い切り広げられた。恥毛も生えていないその部分が大映しになる。やがて太い指が、濡れるはずもないその部分にねじ込まれ、ちらりと少女の腕ほどもある男のいきり立ったものが映った時には、真はこみ上げてくる吐き気を止められなくなり、寝室を突っ切って、トイレに駆け込んでいた。

 最後にどこで何を食べたのか思い出せなかったが、ろくなものは胃袋に残っていなかった。ほとんど液体ばかりの胃液を吐き出し、そのままトイレの壁に背中をつけてヘタりこんだ。
 温度も、臭いも何も感じなかった。視界までぼやけているようだった。体はどんどん冷たくなり、自分も一緒に死体になっていくような気がした。
 目を閉じると、自分の息遣いが、さっきのビデオの中で興奮した男の息遣いと同じような気がして、さらに呼吸が苦しくなった。

 瞼の内側の景色の中では、迷子になっているような小さな自分自身の影が動いていた。一人で『蕗の下の人たち』と遊んでいて、いつの間にか辺りは真っ暗になっている。
 闇に対する恐怖はなかった。
 子供の頃、闇を怖がっていた真に、アイヌの老人は優しい声で語り聞かせた。

『完全な闇というものはない。耳を澄ませてごらん。遠くに聴こえるはずだ。あれは、カムイの声、森の守り神だ。お前が正しい行いをしている限りは、お前を守ってくれる。だからどんな闇の中にも、光が全くないということはない。木の影も、山の影も、心を澄ませてみれば分かるはずだ。その温度、湿り気、僅かな星の光をはね返した光、お前は五感の全てで感じることができる。だがひとつ、完全な闇のある場所がある。それは人間の心の中だ。人間の心が造り、育ててしまう。真に恐ろしいのはその闇なのだよ』

 だから、いつも夜を怖がることはなかった。時々、首の周りに巻きつく何かの気配で目を覚ますとき以外は、自分が正しくないとは思わずにいられた。
 小さな真の唯一信じられる友人であり師でもあったアイヌ人の老人は、日本語を話したはずだが、真に語りかけるとき、彼の部族の言葉を使っていたような気がする。あえて思い出そうとしても思い出せないのに、無意識のときは、頭の中で繰り返す言葉は彼が話していたアイヌの言葉そのままだった。そして、真は日本語という他の言語を介さなくても、それをそのまま理解していた。

 がさがさという音を耳にした時、鹿かリスか狐か、悪くてクマでもいるのだろうと思った。彼らは、真が気付かないふりをしてやる限りは、向こうも気付かないふりをしてくれた。だが、その日のそれは、気付かないふりをしても、放っておいてはくれなかった。一瞬に、闇が襲い掛かってきたのだと分かった。

 記憶はずっと曖昧だった。たった今、そのビデオを見るまで、自分にそんなことがあったことも忘れていた。
それから先の記憶はカットフィルムの重なりだけだった。複数の手、太い腕、時々遠くで嘶く馬たちの声、耳元の虫の声。
 その翌々日だったか、隣に住む祖父の兄弟がやって来て、ヒッピーのような若者が数人、辺りに潜んでいて、若い娘に乱暴をして捕まえられた、という話をしていった。

 真は意識の底に沈んでいたものを突きつけられたような気がした。あるいは、これも例の側頭葉の混乱で、他人の記憶や体験が、実際のことでもないのに浮かび上がっているだけなのか。その証拠に、体には実体験の感覚がない。真は、その娘が乱暴されているところを見ただけだったのかも知れない。明らかに、その場面を離れた場所に、自分の視点があるような気もする。

 それは、ビデオを撮影している誰かの視点だった。
 だんだんわけが分からなくなってきていた。
 このままでは狂う、と思った。それが、同居人がいないせいだということは分かっていた。他人や死者の記憶が、脳のどこかに映像を結ぶ。それなのに、この混乱を掬い取ってくれる親鳥がいない。
 気持ちの悪いものが胃の中に残っていて、まだ吐き足りないような気がする。
 何度か空えづきを繰り返したが、もう何も出てこなかった。

 洗面所から出て、ふらふらとオーディオ・ルームに戻った。頭の中にあるかろうじて冷静な部分が、あれは新津圭一の『自殺』が他殺だった証拠だと、必死で自分に説得していた。
 あのビデオを安全な場所に隠しておかなければならない。
 だが、戻った真を迎えたのは、更に残酷な場面だった。
 いつの間にかカラーがかかっていたのか、画面の中の血の色だけが浮き上がるように見える。男の黒くいきり立ったものは、不釣合いなサイズの犠牲者の赤く滲んだ肌の奥に捻じ込まれていた。

 真にできたのは、コンセントから電源を引き抜くことだけだった。
 ビデオを触るのも恐ろしかった。それに、今は身を隠している状況であることも、もはや頭の中からすり抜けてしまった。何より、この部屋自体が自分を押し潰していくように思えた。


 どうやって部屋を出て、マンションの敷地を出たのか、覚えていない。
 外はまだ午後の明るさは失われておらず、うす曇りの空から雨は落ちてきていなかったが、空気に含まれる蒸気の量は増幅し、肌に気持ち悪くまとわりついた。それが自分の外部にある空気なのか、自分自身の内の水のせいなのか、境界がよくわからなかった。

 警察に捕まろうが、竹流の敵に身を晒そうが、今度こそどうでもいい気がした。足は地についていなかったし、まだ気持ちが悪かった。冷や汗が出て、指の先には温度も痛覚も、何も残っていないようだった。
 マンションを出たところは、狭い二車線の通りで、その両脇に歩道がついている。歩道には槐の木と電信柱が、それぞれ一定の間隔で並んでいる。真は槐の植え込みに足を取られ、そのまま木に体を預けるように靠れ掛かった。

 視界の隅に、大きな黒い車が入ってきた。それが、『河本』のところの誰かが運転しているものだろうと、頭の隅の冷静な部分が分析しているのも分かっていた。黒い車は、一定間隔以上は近づいてこない。時々、他の車が脇を通っていく。もともと人通りの多い地区ではないが、急いで目的地へと向かう足音が時折通り過ぎていく。

 外界を認識しながらも、まだ胃の中は戦場のようだった。
もう自分は分裂しかかっているような感じがした。
 何かのきっかけで、またぐう、と胃に痛みが走った。こみ上げてくる嘔気を処理できず、真は暖かくさえ感じる槐の幹に手をついたまま、地面にしゃがみこんだ。

 不意に、右肩にふわり、と暖かいものが触れた。
「大丈夫?」
 聞き覚えのある声だった。真は苦痛の叫びを上げている鳩尾から左脇を押さえたまま、顔を上げた。
 その相手を認識するまでに、たっぷり数分はかかったような気がする。
 この女が偶然ここを通りかかったとは思えなかった。

「あなた、真っ青よ。大丈夫なの?」
 改めてそう言うと、楢崎志穂は真の腕を握った。既に、そのときには女にも自分にも実体と幻影の区別はつかなくなっていた。志穂はふっと顔を上げ、辺りを見回した。それから真を覗き込むようにした。
「立てる?」
 頷いたのかどうか自分でも分からないまま、志穂の腕にしがみつくように立ち上がった。

 少し歩いたのだと思うが、足には力が入っていなかったし、自分の足という感じがしなかった。志穂は路駐した軽自動車の助手席側に真を立たせて、ジーンズのポケットから鍵を出した。そのまま助手席のドアを開けると、真を押し込む。
 運転席に乗り込んだ志穂は、後ろを確認して直ぐに車を出した。

 真は、現実味のない自分の声を、自分自身から僅かに離れたところで聞いているような気がした。
「マンションを見張ってたのか?」
 志穂は真の質問には直接答えなかった。車は、直ぐに四車線の大通りに出た。
「まさか素で出てくる馬鹿がいるとは思わなかったわ」

 志穂は形のいい胸を強調するような黒いタンクトップにデニムの上着を着て、綺麗な脚をジーンズに隠していた。真は志穂の足を一瞬見て、顔を上げた。志穂はちらりとバックミラーを見た。
「あの後ろについてくるのは、知り合い? 撒いたほうがいいなら、そうするけど」
 真は振り返りもしなかった。
「いいんだ。放っといてくれ」
 もうそれが警察でも『河本』でも、いっそ竹流の敵でもいいと思っていた。もしも自分を付け狙っているなら、さっさと捕まえて彼のところへ連れて行ってくれ、と思った。

「あなたの護衛?」
 志穂が何かを確認しようとしたのか、そう尋ねた。真はそう言われて、ふと顔を上げて志穂を見た。そういう言い方はある意味、適切かもしれない。
 志穂はその後、黙って運転を続けていた。時々後ろをつけてくる白いカローラを確認している。真もカーブでサイドミラーに写る車を確かめて、確かにこういう目立たない車を使うのは『河本』だろうと確信していた。勝手にしてくれ、という気持ちだった。

 体の後ろの皮まで突き抜けそうな胃の痛みはまだ去ろうとしない。冷や汗が背中を這うのが分かると、真は思わず唸るように助手席の背に凭れた。
「病院に行かなくても大丈夫? そんな恵まれた立場じゃないかもしれないけど」
 真はただ首を横に振った。時々胃が痛むことくらいはある。
 だが、これで入院する破目にまでなったのは、りぃさが自殺する前だけだった。それ以後は、ずっと同居人が傍にいて、いつも体の心配をしてくれていたお蔭で、風邪も含めて病気の類にそれほど苦しめられた記憶がない。
 どんなに切羽詰ったことがあろうとも、あの手が守ってくれていたからだ。

 不意に、真の冷えた手に、乾いた手が重なった。
 志穂は何も言わなかった。その手の感触から、彼女の感情が伝わってくるわけでもなかった。まるで、それはなんでもないもの、この世に存在していない手が異次元から現れただけのようでもあった。
 どのくらいどこを走ったのか、少なくとも半時間は経過していたと思うが、時間の感覚さえ曖昧だった。志穂はやがて、車のスピードを落とし、左折すると、地下の駐車場へ入っていった。

 車を停めてから、随分と長い間をとって、志穂はエンジンを切った。真は思わず彼女の顔を窺ったが、志穂は無表情だった。
 促されて車を降りたとき、何となく新宿の近くなのだろうとは思ったが、確信はなかった。駐車場には十台ほど、昼間のせいか疎らに車が停まっていたが、大きな車ばかりで、ナンバーを隠すように板が立て掛けられている。

 結局、いわゆるラブホテルのようだが、自動ドアの建物の入り口はゆったりとして、高級感さえ漂っている。真が志穂の顔を見ると、志穂は既に当たり前のように歩き始めていた。
 受付は通らなかった。志穂はエレベーターに真を乗せると、三階のボタンを押し、三つ目の部屋に入った。部屋番号が穏やかに点灯していて、ここだと示している。部屋には鍵は掛かっていなかったし、志穂は鍵をかける気配もなかった。

 ラブホテル、というよりは、普通のシティホテルのような内装だった。ドアを開けて入ると、左手にはトイレらしいドアがあり、右手にクローゼット、その奥がテーブルとゆったりとしたブルーのソファ、その右には小振りだが上品なダイニングテーブルを挟んで二脚の椅子、マホガニー調の装飾棚に酒の瓶が並んでいる。窓には完全にブラインドが下りていたが、大きな窓で明り取りの役目を果たしていた。左には寝室に向かうと思われる扉がある。

 志穂はバッグをブルーのソファに投げ出して、真のほうを振り返りもせずに奥の扉に向かった。扉を開け、奥の部屋の電気をつけたようで、扉の隙間から向こうで光が乱反射しているのが見えた。
 志穂は半分だけ真を振り返った。その表情は見えなかったが、さっさと来るようにと言われている気がして、そのまま彼女の側に行った。

 光の乱反射、と思ったのは間違いではなかった。
 さすがに内装をみれば一目瞭然、ここはまさにそういうホテルのようだった。
 円型の大きなベッドを取り囲んでいるのは、細かく向きを変えてはめ込まれている鏡だった。幾つも幾つも、真自身と志穂の姿が分裂し、あるいは重なり、どれが実体か分からなくなる。

 一瞬、眩暈に襲われたような気がした。
 誘われるままにベッドに横になると、志穂は真のスラックスのベルトを緩めた。それから、寝室を出て行って、となりの部屋で何かごそごそと音を立てていたが、からんという音に水の注がれる音が重なり、やがて志穂は寝室に戻ってきて、真にコップを差し出した。

「飲める?」
 真は体を起こし、志穂からコップを受け取った。さすがに、胃に直接染みる液体は、二口で断念しなければならなかったが、冷や汗は引いていく気がした。
志穂は真からコップを受け取り、枕の上のサイドラックに置いた。
「ここは?」
「ラブホテル」
「そういう意味じゃなく」
「自分のホームグラウンドに、まだ知らない場所があるのは気に入らない?」

 志穂の声は高飛車な女のものにも思えるが、どこかに精一杯の背伸びのような気配が残されていた。
 彼女の説明では、隣のレストランからルームサービスが来るということで、高級感が売り物のホテルらしかった。真は寝室の真横にあるガラス張りのバスルームに目を向けた。
 高級なラブホテルの定義が分からない。ベッドとバスルームは、ありきたりのラブホテルの作りだった。
「少し眠ったら?」
 志穂の声が、現実のものではないように乾いて聞こえいていた。





ちなみに、子どもの犠牲に関しての描写をしつこくする予定はありません。
書いていても不快で腹が立つからです。
(あらゆる犯罪の中で、弱者をいたぶるものほど卑劣なものはないと思う……あれこれ書きたいけど、言葉が追いつかないのでやめておきます)
もちろん千恵子ちゃんには救いがあります。それは同じ犠牲を乗り越えようと闘っている人が、やがて彼女に手を差し伸べてくれるからです。
犠牲者の置かれた状況は、現実にはもっと厳しいものと思いますけれど、小説の中ではせめて……
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Category: ☂海に落ちる雨 第2節

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コメント


そうだったんですね

竹流が、このビデオを厳重に保管したかったわけがわかりました。これは、扱いに困る情報ですね。
重要な真実(証拠)と一緒に、更に卑劣な犯罪が刻まれてる。これは証拠物件として扱うには、あまりに問題が大きいです。
しかし竹流、真が見てしまうことを想定してなかったでしょうね。・・・ですよね?

大海さんがずっと公開を迷っていたのはこのシーンなのですね。確かにショッキングではありますが、物語の流れの中で重要であれば、読者としては受け止めて先の展開を求めるのではないでしょうか。
そして大海さんは自分の中のやり切れない想いを、同時にここに込めているのですね。リアルな犯罪への憤り。それがきっと、このあと自体を動かす原動力になるのでしょう。
こういう犯罪への憤りは、言わずもがななので、ここでは書きませんが、小説の中での表現として、なんの問題もないと私は思います。
コメディタッチで殺人事件の謎を解くミステリーの方が、私は苦手です。もう、これは好みの問題になるのかもしれませんが。
重い展開になってきましたが、この先を楽しみにしています^^

で、志穂はちょっと性格の読み難い女性だったけど、今は彼女しかいないので(笑)真を癒して欲しいな・・・って思います。

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/09/06 19:13 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

> 竹流が、このビデオを厳重に保管したかったわけがわかりました。これは、扱いに困る情報ですね。
はい。竹流はすごく女たらしですけれど、基本のところでは女性を神聖視しているのですね。
(そして、母親に捨てられたこともあって、逆に畏れもある)
だから、一度契った女を見捨てられないのですが(って、言い訳^^;?)、ついでにこういう女性や子供という弱者をいたぶる犯罪には強烈に反応するのだと思います。チェザーレおじちゃんと一緒で、お山の大将なので、自分の身内が傷つけられたら倍返しする気持ちがなくもないのです。

とはいえ、こういう犯罪が、いくら潰しても潰しても、もぐらたたきみたいなものである、という現実も分かっているし。ただ自分が関わったことに対しては120%でかかる、という姿勢ですね。力がある人だけに、その力を使おうと思えば使えるのだけど(真がやられた時は牙をむき過ぎて、寺崎や昇をビビらせたという…)、今回の場合は被害者も傷つけることが分かっているので、扱いが難しかったのです……
ちなみにこのビデオも二重構造……千恵子ちゃんと深雪は、実は同じ傷を持っているのですね。
彼らに救いがあるようにと思いつつ、書いています。

> しかし竹流、真が見てしまうことを想定してなかったでしょうね。・・・ですよね?
はい。まるっきり頭になかったと思います。
でも、深雪のことがあるので、深雪については、真が一緒に彼女の傷を背負ってやる気なら、それはそれでいいかもしれないと思っていたみたいで……(実は、身を引く覚悟もしてた?)

> 大海さんがずっと公開を迷っていたのはこのシーンなのですね。確かにショッキングではありますが、物語の流れの中で重要であれば、読者としては受け止めて先の展開を求めるのではないでしょうか。
ありがとうございますm(__)m
でも、実は、公開を迷っていた(いる)のはここではないのです(ここだけではない、が正解かも)。
いえ、こういう部分も、少し読んでいて気分が悪い、ショックだ、という方もおられると思いますので、ある意味では、同じように迷った部分のひとつではあるのですが……
この先、第4~5節が、いささかハードな展開で、結構、禁/18シーンが多いのですね……
ちなみに、子どもに対する犯罪の描写はありません。書くのは気分が悪い、というよりもとてもとても書けませんので、せいぜいこの程度の「こういうことがあった」的な書き方だけでです。
でも、代わりに犠牲になっている人が……(・_・;)
で、また、それへの怒りを半端ない形で出す人が出てくる(もしかしたら、それは主人公かもしれません…)。

多分、私の、やりきれなさをその誰か(実は複数)が代わりにやってくれちゃった。
limeさんのお話の解決方法を拝読すると、いつも最後はとても優しくて、怪しそうな人も実は結構いい人だったんだっていうことが分かって、読んでいる人もホッとするっていうのが多いですよね。
私もそういう感じにおさめたい、とは思うのですが、この話だけはそうはならなかったのです。
【清明の雪】と【海に落ちる雨】が対になっているのは、そのためなんです……
陽と陰のコントラストみたいな感じで。
解決のしようがないことなので、物語の中でも解決できないままですが、少しでも前に進むことができたらと思ったりもします。
で、実はまだ迷っているのです……ぼかすか、以前書いたままだすか。
疾走感がなくなる気がして、本当はそのままがいいのだとは思うのですが、痛そうな(肉体的にも精神的にも)話って、読む人はしんどいかなぁと思ったり。書いている本人がしんどかったので。でも、疾走感は半端なかったので、それはそれで、なのかなぁとかも思ったり。
第3節は、そのすべてを某やくざの跡取りが緩和してくれるので、ラクチンだったのですけれど(*^_^*)
また、考えながらアップしていきます。

> コメディタッチで殺人事件の謎を解くミステリーの方が、私は苦手です。もう、これは好みの問題になるのかもしれませんが。
それは同感です。コメディタッチなら、殺人事件以外がいいですよね。物語の軽さと文章の軽さが合うようにしてほしいというのか。あ、軽いというのはダメというのじゃなくて、ライトなタッチの文章、という意味です。
> 重い展開になってきましたが、この先を楽しみにしています^^
ありがとうございます…って、実はもしかして追いつかれてしまったのですね!?
まずい……頑張らなくちゃ^^;

> で、志穂はちょっと性格の読み難い女性だったけど、今は彼女しかいないので(笑)真を癒して欲しいな・・・って思います。
す、すみません……実は、志穂、私も最後までよく分からん女のまま書いていたので、それがもろに出ちゃった^^;
でも、実は真とはすごく似ている面がある……育った環境が良かったら、もう少し素直でいい女だったんでしょうけれど。
慰めてくれるのか、追い落とされるのか。
それもお楽しみに(#^.^#)
いつもありがとうございます(*^_^*)
引き続きよろしくお願いいたします(*^_^*)(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/09/07 12:30 [edit]

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