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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨83] 第17章 豪農の館の事情(1) 

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【海に落ちる雨】第17章です。
フェルメールの贋作を巡って行方が分からなくなっている同居人、大和竹流を探してたどり着いた新潟。
問題の贋作が蔵から見つかったという豪農の館には、複雑な歴史もあったようです。
さて、この章ではその歴史を紐解いていきます。
このあたりから、前半のエピソードを拾って行きます(=謎解き篇。謎というようなものはでてきていませんが)。
前半を読むのが面倒くさいときは、ここから入ってくださっても、意外にいけたりするかもしれません。
前回から、真の旅に付き合ってくれている任侠の男・北条仁の毒舌、全開です(次くらいから?)。

写真の解説。
IL DIVOと嵐の新譜と一緒に並んでいるのは、この物語を書きあげるのに力になってくれた本たち。
内容とは関係ありませんが、頑張って最後まで書こうと思わせてくれた、そんな勇気をくれた本。
『雨月物語』はたまたま並んでいるだけです^^;
この中の『菊花の契り』をテーマに【百鬼夜行に遅刻しました】第3話(秋物語:菊)を書くつもりだったのですが、結局、今、お能の『菊慈童』をテーマに書いています。Stella/11月号に間に合うはず……





 村上まで降りると、駅前で花屋と洋菓子屋を見つけて、薔薇とケーキを買った。意外にも甘党の仁は、ケーキの注文ひとつでさえうるさいほどだった。
 こういう妙なこだわり方は、確かに女がこだわるより男のほうがしつこいこともある。
 同居人の料理全般へのこだわりも同じだ。

 賢二を引き取っていた頃、晩秋にマグロがあがったと大間から連絡があって、早朝から叩き起こされて車に乗せられた。賢二は一体この男は何なんだ、と思ったようだ。
『うるせえオヤジだ』
 思わず呟いた賢二には、真も同感だと思う面もある。

 同居人に言わせれば、食材にはその時、というものがある。それを逃したら本当に旨い物は食べられない。だから、万難を排してその場所に食べに行く、というわけだ。
 うるさいオヤジだと言っていた賢二は、大間で生マグロを口に入れた瞬間から、態度を変えた。一気に尊敬の念が湧き起こった、と言う。

 いくら何でもそれは大袈裟だと思ったが、家族の愛情に恵まれなかった賢二は、本当に旨いものを、つまり心の籠もった旨いものを食べたことがなかったのかもしれない。竹流は、他人を口説くときはまず胃袋を抑えろ、という信念を賢二に対しても実行したわけだ。

 千草から連絡が入っていたらしく、お手伝いの年配の女性は、何の疑問も持たずに真と仁を下蓮生の屋敷に招き入れてくれた。
 門を入るときに改めて周囲を見渡したが、どこに元々蔵が建っていたのか、今となっては分からない。
 空を見上げると、鈍い色の空から細かな雨の粒が降り落ちる。身体が熱っぽいのは仕方がないとしても、それを冷やしてくれるほどの効果はなさそうな曖昧な温度で、ただねっとりと纏わりつく湿度に、身体が一層重くなる気がした。

 お手伝いの女性は仁の差し出したプレゼントに感激したようで、いやに愛想よく、そのまま主の眠る部屋まで案内してくれた。
「しかし、ごっつい家だな」
仁は玄関を入ってすぐの土間から天井の梁を見上げて呟いた。
「こりゃあ、ろくなことはしてねえな」

 耳元に囁かれて真は、え、と思った。仁が不思議そうに真を見る。
「どうした?」
「いや、左耳、聞こえにくくて」
「お前、だいぶ殴られたりしたんだろ。鼓膜でもやられてるんじゃないのか」
 そうかもしれない。
 さりげなく、仁が真の右側に回った。

 お手伝いの女性は、仁と真を蓮生の当主の部屋に通した。家の南の端で、サンルームのような広く明るい部屋だったが、生憎の雨では太陽の恩恵も感じられなかった。
 当主はその部屋の大きな寝椅子に横になっていた。七十と言えばそうかも知れず、八十と言われればそうかもしれない。十分に戦争は二つ、彼の生涯に起こっていただろう。

「旦那様、上の千草さんのご紹介で、お見舞いに見えられたですよ」
 主人の耳元で大きな声を出して、お手伝いの女性は言った。当主はお手伝いの女性の方に顔を向け、それから仁と真に曖昧な視線を向けた。

 真は仁につつかれるように、前に出た。
「私は向こうにいますからね。御用があったらお呼びください」
 女性は真と仁に愛想のいい笑みを見せて、出て行った。せっかく美味しいお菓子を貰ったのだ。ここに長居する理由もなかったのだろう。

 暫く、誰も何も喋らなかった。
 小雨が縁側のガラスの向こうで、穏やかな音を重ねていた。小降りだからか、雀の鳴く声も混じって聞こえてくる。軒下から滴る水音だけが、時々大きく反響した。
「千草の奴め」
 ぼそり、と当主が呟いた。真は思わず仁と顔を見合わせた。
「もっとこっちに来るだ」

 恐らく、蓮生千草は真と美和と話をしてから、この当主が本当はぼけていないことを確認しに来たのだろう。
 その時に、千草とこの当主の間でどんな会話が交わされたのだろう。
 真と仁が側に寄ると、当主は脇の椅子に座れというように、僅かに右手を上げた。取り敢えず言われるままに真は座り、仁は多少離れて真の後ろに立った。

「お前は何で首さ、突っ込むだ」
「友人を探しています。彼はこの家から見つかった絵のことで、行方不明になっています。あなたが何かご存知なら、教えて頂きたいんです」
 暫くの間、当主は視線を宙に浮かせていた。その沈黙の間に、やはりこの人はボケている、と言われたらそうかもしれないと思い始める。

「絵か。あれがみんな悪さをしとる」
「誰が絵を欲しがっているんですか。本物か、もしくはそれに近いものが?」
「本物? あれらはみんな贋物だ。そう言われてわしの親父が預かったんだ。今更、本物かどうかは知らん」
 仁が落ち着けというように、真の肩に手を置いた。

「あなたのお父上に預けたのは誰なんですか」
「わしは子どもだったし、よう知らん」
「ロシア人の女性も、ですか」
 下蓮生の当主は皺に埋もれた目を開けた。

「わしもよくは知らね。ロシアで革命が起こった時に、国から逃げ出さなければならなかった人間もおったんだろ。下にも置かない扱いだったんだ。けど、約束の日が過ぎても迎えは来んかった。蓮生には預かり物がそのまま残ったんだ」
「他にもロシア人がいたのか?」
 質問したのは仁だった。

「あぁ。戦争の後、暫くして、どういう種類かは分からんが、大層偉そうな人間が出入りするようになった。連れて行かれた人もようけおった。捕虜や処刑された者もおったかもしれん。女は残されたけんど、扱いに困ってそのうち蔵で生活するようになった。あれは座敷牢みたいなもんだった。綺麗な顔して、綺麗な服を着ておった。時々」
 当主は何かを言いかけて留まり、絡んだ痰を吐き出すような咳をした。そして一息ついて、続けた。

「その頃から、蔵にまた預かりもんが増えだした。女は時々妙な歌を歌うようになったり、急に泣き出したりするようになって、ある時から姿を見んようになった。それから、昭和になって蓮生の血筋の男子は、次々に死んでしもうた。呪いだ、皆、そう言っとるべ」
 呪い、と言われて、なるほど、とはさすがに思えなかった。

「預かり物の中に、絵があったんですね」
 当主は暫く口の中でもそもそ言っていたが、暫くして多少はっきりした声で言った。
「絵だけではなかった。けど、十年ほど前、絵を見せてくれと言ってきた男がいた。どこで聞いてきたのかはわからんけんど、しばらく絵を調べてから、売ってくれないかと言いよった。売ると言っても、親父も亡くなっとるし、元は誰のものかも分からん、それは無理な相談だと言った。けんど、七年くらい前から県の文化教育課だの、どっかの大学の先生だのがやって来るようになった。新潟の古いものを集めて美術館を作るだの、どこかに寄付できるものはねぇかだの、煩くなった。そうしたらまた、蔵で夜になると女が泣き始めた。恐ろしいなって、火を点けることにした」

 当主は疲れたのか、一旦黙り込んだ。
「けども、全部は燃えんかった。幸い日誌やらは皆燃えてしまっていたし、もうあん頃のことを知っとるのはわしだけだ。例え何か見つかってもうちの者は知らんかったことで済む。それでええと思った」
「その、十年ほど前に絵を売って欲しいとおっしゃった方は、幾つくらいで、何を売って欲しいと言ってこられたんですか」
「若い、あんたよりももう少し年を食ったくらいの、三十になるかならんかの男だった。絵は、詳しくは分からんけど、オランダの何とか言う画家の絵が欲しいと言うとった」

「フェルメール」
 真がその名前を出しても、当主は首を横に振っただけだった。違う、というようではなく、分からないという様子だった。
 当主はうつらうつらとし始めたように見えた。ボケているというのが芝居であっても、年齢を考えれば十分に現世と夢の世界を行き来してもおかしくない。
 真は、まだ何か大事なことを聞き出せていないような気がしたものの、どう切り出していいのか分からなかった。

「ところで、爺さん、あんたわざわざボケたふりまでして隠し通そうとしたものを、何でまた急にしゃべる気になったんだ?」
 突然、仁が強い語気で言った。真は思わず振り返って仁を見上げる。
 当主は目を開け、それからまた閉じた。一瞬、笑ったようにも見えた。
「墓場に持って行くだけじゃあ、面白くないと思ったわけか?」

 仁の更なる突っ込みに、当主はもう一度目を開けた。
「千草は言いよった。もう家には継ぐものもいねえ。村から若い者は皆都会に出て行く。蓮生の家では跡継ぎの男子はもう、時政んとこの倅しかいねぇ。千草は時政んとこの倅を養子にするつもりだったけど、それはなんねぇと言いにきよった。千草はわし等に恨みを持っとる。蓮生が滅びたほうがええ、と思っとるんじゃ」

「千草さんは御結婚されていないのですか」
「千草の婿は死んでしもうたんだ」
 真はほんの少し息をついた。
 実のところは息苦しくなってきていた。身体が熱っぽく、脈が速くなっていた。仁がその気配を察知しているように、真を支えるように直ぐ後ろに移動してきた。

「お前さんが探しとる、いうのはどんな人だ」
 蓮生の当主の質問は、奇妙に優しげに聞こえた。真は思わず身体を乗り出した。
「美術品の修復師です。日本人ではありませんが、主に屏風絵や浮世絵、それに宗教画を扱っている」
 暫くの時間を置いて、当主は真の方を見た。

「半年ほど前、背の高い綺麗な青い目をした男が訪ねて来たべ。その男が来たのは二度目だった」
「二度目?」
「始めに来たのは、三年か四年ほど前だ。お前さんが今言った、なんとか言う画家の絵を元の持ち主に返したいと言ってきよった」
「元の持ち主に返したい?」
 そういうことだろうと思っていた言葉が投げ掛けられて、真は何故かほっとした。

「ソ連のどこぞかに住む爺さんが死に掛けとって、絵をもう一度見たいと言っとると、そう聞いた。けんど、火事の後で、結局うちの馬鹿息子が蔵の中のものを処分した後だった。ほとんどは上手く丸め込まれて寄付したり、二束三文でどこぞかの蒐集家に売っ払ってしもうとった」
「その絵は、県に寄付された絵だったのですか」
「何処へ行ってしもうたかはわしも知らん。そのように言ってやった」
「それで、何故もう一度、彼は訪ねて来たのですか? 何と言って?」

 当主は更に躊躇ったようだったが、漸く決心したように尋ねた。
「その人は、あんたの何だ?」
「何、とは」
「あんたは警察でもないのに、何故その男を探しとる」
 真はどう答えていいものか、考えた。だが、その返事は仁が横から掠め取るようにして、強い語気で答えた。

「その男はこいつの親兄弟も同然だ。この世のどんな絆より深い縁で結ばれてんのさ。だから、ヤクザに無謀に突っ込んでいって、身体は傷だらけ、薬で頭は朦朧としてる。爺さんが協力しないんなら、下手すると、どっかに化けて出るかもしれん。そうなったら、あんたもあの世でも寝覚めが悪いだろうよ。なんせ、こいつは霊感が強くて、小さい頃の遊び相手は伝説の小人ときてる」
「仁さん」
 何故仁がそんなことを知っているのだろうと思った。大体、竹流にもそんな話をしたことがない。その理由の一部は、竹流がオカルトや幽霊の類を嫌っているし、信じてもいないからだ。

 仁の言葉は相手をおちょくっているようで、半分は脅しに近い。だが、意外にも効果は覿面だった。
「もう一枚、同じような絵があるはずだと言ってきよった。それは、第二次大戦の前後で、蓮上が預かったはずだ、と」
「同じような絵?」
 この話は、寺崎の言っていたことと一致する。絵は、二度日本にやって来た、と。だが、もう一枚、とはどういうことだろう。同じ絵が二度、海を渡ったという意味ではなかったのか。
「同じオランダの画家の絵だと言っておった。知らんと、答えた」

 真は何となく引っ掛かっていた事に漸く自分で気が付いた。
「あなたは、その時にはもう、ボケたふりをしていたんじゃないんですか? 彼とは話をしたということですか? 何故?」
 当主は少し、引きつったような顔をしたが、答えなかった。迷っているのか、何かが引っかかったのか、目を閉じて真の質問をやり過ごしたように見えた。

 だが、真の後ろに立っていた仁が、断定的に言った。
「青い目に金の髪を持っていたからだな」
 真は思わず仁を振り返った。振り返るなどという余計な動作をすると、身体がふらつく。その真の肩に仁の手が触れた。
「俺は絵の事はよく分からんが、どうもその女の事が気になる。あんたの話を聞いてると、俺と同じで絵の事はよく分からん、けど女の話は随分具体的だ。何というか、あんたが気にしていたのが分かる。そのロシアの女は、大方金髪碧眼、つまりこいつの探している男と同じ髪と目の色をしていた。あんたは、その目の前では、ボケたふりをし通せなかった」

 当主は長い息をついた。
「呪いを解きたきゃ、事実を話すことだな」
 仁と一緒に来てよかった、と思うのは不謹慎かもしれないが、自分ではここまで威圧的にはなれないだろう。真はそう思って、仁に倣って暫く黙っていた。
 仁の手が肩に乗って、僅かに真を支えるようにしてくれている。
「女が埋められるところでも見たか?」

 真の肩の上に置かれた仁の手に力が入った。真はびくっとして、思わず老いた当主の目の奥を見つめた。
「爺さん、世の中そうそう呪いなんてあるわけがない。けど、あんたはそう思っている。理由があるはずだな。それもかなりインパクトのある理由がな」
「呪いを解く方法が分かるべ」
 当主の力のない言葉に、思わず真は彼の長年の苦悩を払ってやりたいと思った。

「蓮生さん、昭和になって男子が亡くなって、跡継ぎがいなくなったとおっしゃいましたけど、大きな戦争の時代です。呪いでなくても、多くの男性が戦争で亡くなっている。しかも残された子どもや老人も、衛生状態の悪い状況の中で、病気になることも多かったはずです。蓮生家に限ったことではありません。それにあなたの言うとおり、生活のために古い田舎の家を捨てた人もいたのでは?」
 それから下蓮生の当主は長い間黙っていた。

 再び雨足が強くなった。真の脈は、自分ではっきりと感じるほどに速くなってきた。身体が熱く、震えていた。やがて下蓮生の当主は、ゆっくりと語り始めた。

「わしは子どもだったで、その女に何が起こっとたのかは、よう分からんかった。時々、大きな見たこともねぇ車で人がやってくると、奥の部屋が騒がしくなっとった。それから急に静かになって、皆が薄暗いところで話し合っていたりもした。暫くすると声が聞こえてくるんだ。女が泣くような、叫ぶような声だ。何人もの男が女を取り囲んでいた。暗うて小さい明かりの中で、女の髪の毛がきらきら光っとった。見たのは一度きりだが、何やら恐ろしゅうて、あとは分からねぇ。何年かそんなことが続いとった。ある時、夜中に便所に起きたら、蔵の中から明かりが漏れとったんだ、覗いたら、穴を掘っとった。黒い布団みてえなものから、きらきらした髪が見えとった。次の戦争のときには、わしの親父も、上蓮生の伯父も、みんな死んでしもうた。蔵にはいつも女がいたんだ。年も取らず、いっつも娘のようだった」

 真は古い家の歴史を背負ってしまった当主の、薄く白くなった髪の毛を見ていた。子どもの頃に見た正体のはっきりしない幻影。それに縛られたまま大人になり、老人になり、常に恐れて生き、そしてこのまま亡くなっていくのだ。自分の一族が高貴なロシア人女性を慰み者にしていた羞恥に満ちた歴史を、背負ったまま。
「大方、呪いを成就する秘密の儀式でもあったんだろうな。実際、女の死体が蔵の下に埋まってる可能性はあるだろう。掘り出して供養してやったら祟らないだろうよ」

 真は思わず仁を睨んだ。言い過ぎだと思った。しかし、仁は真に意味深な視線を送っただけだった。それから、聞きたいことを聞けよ、という顔をした。
「第二次大戦の前後にもう一度絵を預かったときの事を、何か覚えていませんか。あなたは戦争へは行かなかったのですか?」
「結核を患っとって、家から離れておったから、その間のことはわからんべ。親父がもう老いて、家に残っとったから、どうにかしたかもしれねぇ」

 仁が椅子を引っ張ってきて、どん、と音を立てて座った。
「おい、爺さん、本当のことを言ってやれよ。お前さんの見た幻の話で十分だけどな」
 隣に座った仁が、さりげなく真の腕を握っていた。身体が辛いのは分かっている、というようだった。
 暫くの沈黙の間、雨の音が何かを訴えかけるように天から落ち、地面に沁み入り、深い地中で何か得体の知れないものを育てていた。真は思わず込み上げてきた嘔気を飲み込んだ。

「わしが子どもの頃までは、蓮生の家の子どもは、本家も分家も皆、本家で暮らしとった。わしは体が弱くて病気ばかりしとったんで、よう分家の離れに閉じ込められとった。昭和の戦争の時、結核で出征できんかったわしは、その時も離れに隔離されとったんじゃ。家のものはみな、わしのことを長くはもたねえと思っとったろう。寝込んでたわしのところに親父が見舞いに来て、そん時、親父が布に包まれた四角いもんを持っていたのは覚えとる」
「四角いもの? 中はご覧になったのですか?」
 当主は、宙を見ていたが答えなかった。真は、その目に一瞬、怯えのようなものが走ったのを認めた。

「その時も、蔵には女がいたのか?」
 仁が畳み掛けるように聞いた。
「いっつも女はあそこにおったんだべ」
 現実と妄想がない交ぜになっている話は、半分は差し引かねばならないだろうと思ったが、宙を見つめたままの当主の目は、彼にとっての真実だけを語っていたのだろう。

 不意に、その宙を彷徨っていた目が、真の方に向けられた。
「あんたが探しとる男は、綺麗な目をしとった。これだけの歴史を背負った家を守るのは大層なことだろうと、わしの手を握ってくれよった。だが、国も文明も家も、滅ぶべきときに滅ぶもんだと、そう言っておった。あんたはロシアから来たんかと聞いたら、そうじゃない、南の国だと。けど、自分には北の血が混じっているんだと、だからどこにいても中途半端なんだと、そう話しておった。みな誰もが、自分の居場所を求めてさまよっているんだと。わしはついぞそんなものは見たことがなかったけども、天使か綺麗な悪魔か、もしかすると神かも知れねえ、そう思ったんだ。だが、よく使われたえぇ手をしておった。昔、蓮生の家に出入りしとった大工と同じ、誇りを持った職人の手じゃった」

 真は黙ったまま、膝の上の手を握りしめた。
「何故、絵を探してるのかと聞いたら、一度目に来たときは、哀れな老人のためだとそう言っとった。二度目に来たときは、絵のためじゃと」
「絵のため?」
「どんな絵にも、そこに描かれた理由があり、魂があるんだと。この世に現れた理由がちゃんとあるんだと、だからその魂の還る先を見つけてやらにゃあならないと、そう言っとった」
 竹流らしい、と思った。
「あんたにとって大事な人だったんだべ」真はただ頷いた。「早く見つかるとええな」
 厭味ではなく出た言葉に思えた。



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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


おはようござます。
先ほどはたくさんのコメント有り難うございました。
大海さんて本当に多趣味ですね。
私は一冊の本もかなり時間が掛かってしまっています。
三味線の大会いかがでしたか?

小説もすごく書いておられましね。
なかなか読む暇がなくてゴメンナサイ。
「麗しのサブリナ」復習したいです。

ペチュニア #- | URL | 2013/10/26 05:04 [edit]


ペチュニアさん、ありがとうございます(^^)

コメントのまとめだしをしてすみません。
今週忙しくて、皆さんのブログ訪問ができなかったり、読み逃げしていたりで…
まとめ書きしちゃいました。別の記事のところに別の内容を書くのもなんかなぁと、複数書いて、複数にお返事いただいて、ややこしくてすみませんm(__)m
でも、『源氏物語』も古い映画も、あれこれ思い出して楽しかったです。
また続き、期待していますね(*^_^*)

多趣味というのか……どうやら拘りたい性格のようで、嵌ると追求するみたいです^^;
で、そのうちいくつかにはどっぷり嵌ると。
でも、流行りのものとか、何も知らないんですよ……
本を読むのは私も遅い方で、速読の勉強したいくらい…だけど、まぁ、自分のペースがいいですよね(^^)
三味線の大会は~~~撃沈しました。
私はビビりで、個人戦なんてとてもとてもなので(発表会だけで十分^^;)、団体戦に出ているのですが、う~ん。でもずいぶんこなれてきました。今度は大阪です。頑張ります。

小説の方は気になさらず!
このブログ、最近雑記ブログになっていますし^^;
いえ、雑記にもかなり力が入っているので、気になった記事だけ覗いていただければ十分に嬉しいです!
> 「麗しのサブリナ」復習したいです。
この話、いいですよね~。そうなんです。長男とくっつく。そこが私の嵌ったミソでして。
不器用な二人に次男が見せる心遣いが何とも憎くて、三人三様、本当に魅せられたラブストーリー。
シンデレラを下敷きにしたというけれど、なんのなんの、です。
私もまた見ようっと!
コメント、ありがとうございました(*^_^*)

彩洋→ペチュニアさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/26 09:30 [edit]


ハラハラ

やっぱり仁さんと一緒に来たのは正解でしたね。
と、いうより、真一人だったら絶対どっかで倒れてる。
仁さんの的確な質問攻めで、少しこの家の黒い背景が見えてきましたが、でも妄想と事実が絡まり合ってて、もう一つはっきりしませんね。
このロシア人の女は、この物語に関わってくるのでしょうか。それとも、ここだけの話?
まだもう少しこの老人に話を聞き出したほうがいいですよね。
眠らせないようにしなきゃ。
で、真は大丈夫なの? もう、膝に抱っこして聞いてあげてよ、仁さん><
そっちがハラハラ。

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/10/26 18:19 [edit]


こんばんは
なんともハラハラどきどきしました。
呪われた一族ですか・・・
人間って綺麗ごとばっかりでは無いですからね。
私もやっと釣りの呪縛から解き放たれた感じです(笑
なんて・・・ちょっと油断すると心を持ってかれてますけどね(^^

かぜっぷ #- | URL | 2013/10/27 03:15 [edit]


あらあ

ロシアの少女(もしかするとあの有名なお方かもしれなかった)はそんな扱いを! そして穴を掘っちゃったんですね。うわあ。二重に恨みが籠っていそう。

「北の血が混じっているんだ だからどこにいても中途半端なんだ」
そっか、そういう風に思っていたのですね。だから真に対してもすごく思い入れが出来たのかもしれませんね。真も見かけもそうですが、「単一民族の一員です」って確固としたものがなく、さらに「○○の子供です」という想いもなく、所属する国家も民族も家族もあるんだかないんだかわからないまま、コロボックルと遊んだりしちゃっていたのが、もしかしたら竹流の中の「中途半端さ」と呼応したのかもしれないと。

limeさんのおっしゃるように、仁のひざの上に抱っこされたら、え〜と、別の意味でハラハラな展開になっちゃいません?

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/10/27 06:35 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

> やっぱり仁さんと一緒に来たのは正解でしたね。
はい(^^) 「一人で何にもできない子」状態の真です。
でも、旅も、事件解決への道のりも、相棒は必要ですよね。
十津川警部にも亀さんがいるし(って、関係ないか^^;)。
だからこの話は、最初は美和→仁→事件関係者(一応?)というように「道連れ」が変化していって、最終的にたどり着く、という感じかもしれません。
そう、真一人だと危ないかも。色んな意味で。

この豪農の家の歴史については、完全なるフィクションですので、しら~っと読んでくださいね。
ただ、北前船が往来していた昔、日本の表玄関は日本海側だったのですよね。
しかも、陸移動よりもはるかに海上の移動のほうが楽で速かった時代。
だから、ロシアや中国、韓国とは、古い歴史の中ではもっと密接な関係があったということを、ちょっとフィクションにしてみました。
実は、将来いつか書きたいと思っている話(戦国時代)もそれがテーマのひとつ。
(民謡の「江差追分」好きが発展して、こんなことに……)

> このロシア人の女は、この物語に関わってくるのでしょうか。それとも、ここだけの話?
う~ん。ここだけの話ではありますが、もう少し絡んでいただきます(^^)
真を危機から救ってもらわなくちゃ!
この家の人々も、みんな少しずつ、事件の本筋に絡んでいるのですが、そのゆる~い絡みがこの物語の本体なので、じわっと存在をかみしめておいていただければと思います。
でも、老人は寝ちゃう……^^;

> で、真は大丈夫なの? もう、膝に抱っこして聞いてあげてよ、仁さん><
> そっちがハラハラ。
いや、それは危険すぎる~~~!!
(仁は本気だから~~~!!!!!!)^^;^^;^^;
でも、次回をお楽しみに! 仁さん、口説いてますし^^;

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/27 11:58 [edit]


かぜっぷさん、ありがとうございます(^^)

今、すご~くびっくりしています^^;
まさか、かぜっぷさんが読んでくださったとは……
この話の中に出てくる北陸の人々は、みんな一癖もふた癖もあったりして、なんだか申し訳ないのですが、他意はありませんm(__)m
その当時としては普通のことでも、歴史が積み重なると、どんどんおどろおどろしくなっていくこともあるのだろうな、と思って書いておりました。ちょっと横溝正史の世界ですよね…・
北陸とか東北、大好きなのです。で、愛情表現が変な方向へ??
(でも、寒いのは……((+_+)) 雪が下から降るのは……((+_+))
この話の展開は、けっこう強烈なので、今後も片目を瞑って、お付き合いくださいませ((+_+))
まだまだ、北国に蠕く人々の複雑で重い心が顔を出してきます。
【清明の雪】で綺麗ごとばかりを書いたら、なんだか「陽」の部分を出し切った感が強すぎて、今度は「陰」の部分を出してしまいたくなった、なんとも我儘なお話です。
ただ、最後には救いを、と思っているのですが……
(って、もう書き終わっているので、今さら変えられないのですけれど…)

> 私もやっと釣りの呪縛から解き放たれた感じです(笑
> なんて・・・ちょっと油断すると心を持ってかれてますけどね(^^
いえいえ、きっとまたおさかなさんから呼び声が~~
かぜっぷさんは逆らえないに違いありません。
おさかなさんの呪縛、多分、蓮上家の呪縛の上を行っていると思われます(^^)
コメント、ありがとうございます(*^_^*)

彩洋→かぜっぷさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/27 12:12 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

> ロシアの少女(もしかするとあの有名なお方かもしれなかった)はそんな扱いを! そして穴を掘っちゃったんですね。うわあ。二重に恨みが籠っていそう。
あ、あくまでも、フィクションということで~~~^^;
あ、穴は、えっと~、じいちゃんの見た幻想だったかもしれない、ということで~~^^;
でも、この家の名前が「蓮上」というのは、あれこれあっても蓮の上に座す、というイメージを出したかったのです。千草という女性は、ロシアと日本の混血ですが、さて、どのような形で歴史を作っていくのか、少しだけ彼女の人生が動くのを見ていただけたら、と思います。そしてそれは事件の中でどのような位置づけになるのか、実は全く無関係だったりして? それとも?

> 「北の血が混じっているんだ だからどこにいても中途半端なんだ」
> そっか、そういう風に思っていたのですね。
はい。多分ですね、竹流はどうして自分がヴォルテラの跡継ぎなのか、納得が行っていないと思うのです。
ヴォルテラにはちゃんと正当な長子がいて(竹流にとっては従兄)、バランスのとれた賢人です。なぜ、彼じゃなくて自分なのか、その答えの一端が、この物語の途中で明かされます。
でも、竹流は知らないまま、多分、一生を終えると思うので、この中途半端感はずっと持ち続けるんだと思うのですね。

> 真も見かけもそうですが、「単一民族の一員です」って確固としたものがなく、さらに「○○の子供です」という想いもなく、所属する国家も民族も家族もあるんだかないんだかわからないまま、コロボックルと遊んだりしちゃっていたのが、もしかしたら竹流の中の「中途半端さ」と呼応したのかもしれないと。
うぅ、ありがとうございます。真が聞いたら、きっと泣いちゃうに違いない!
さまよっている二つの魂が、出会っちゃって、惹かれあったのにはきっと意味があるんですよね。
意味っていうのは、始めから定められたものではなくて、自分がどのように感じて意味を見出して、あるいは意味を作っていくのか、ということなんだろうと思っています。
夕さんが書いてくださったとおり、「自分は○○のこどもです」という足元がはっきりしないままで、不安の固まりみたいな状態で暗闇を歩いている真にとって、竹流は唯一のろうそくの光みたいなもの。
それが今、消えそうですから、真がこの後、ちょっと豹変していく(マコトは豹になりたくてもなれないけれど、こっちはもうまさに豹変)過程には、そういう心の執着、必死さがあったりしています。
これが伝わるのかどうか、とても不安ではあるのですが。
でも、こうして、夕さんに言葉にしていただけると、ものすごくホッとします。
ありがとうございます(*^_^*)

> limeさんのおっしゃるように、仁のひざの上に抱っこされたら、え〜と、別の意味でハラハラな展開になっちゃいません?
それはもう、まさに!
ハラハラ過ぎて、困りますね^^;
え~っと、第17章(2)ですが、仁に口説かれて困る真、お楽しみに!
(って、どんな話やねん、って感じですね。いえ、そんな話ではないのですが)
コメント有難うございました(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/10/27 12:29 [edit]


ゆっくりと進んでいます。
実はこの爺さん、ぼけた振りしているのではないかと思っていたのですよ。けんど、長い年月の中で、背負ってしまったものが大きいみたいですね。絶対に言わない時期と、言いたくなる時期のタイミングって微妙ですね。ここは仁さんの目ぢからの巧もありそうだべ。

一人は主観でやみ雲に(?)突っ込む、一人は第三者として理で突っ込む、この両方があって、話しが表に出てくるのでしょうか。

おっと、話し終わっていないですね。また参ります^^
えっと次回、ひざだっこに改稿・加筆修正、されてます?

けい #- | URL | 2014/07/14 20:16 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

いつもありがとうございます(^^)
爺さん、半分は本当にボケていて、半分はボケた振り、なんでしょうね……
でも、背負ったものが大きいとかいうことも自覚していないのかもしれません。そういう中に生まれて、そういう中で育っていて、慢心もあるような気がするし。ものすごく悪人でもなく、善人でもなく、って感じの人のようです。
仁さんは……えーっと。突っ込みどころを心得ているようで、有無を言わせぬ!って感じですね(^^)
本当に、このお人、身も蓋もない感じなのですけれど、なぜか人気者? そもそも、今の組長=仁の叔父は、仁さんを堅気にしようと思っていたので、大学に行かせいていたし、仁さんはオールディーズを聴かせる店で働いていて店を繁盛させていた経営の腕も確か、自分も歌っていた(しかもプロにというスカウトもあった)という芸達者。でもこの道を選んじゃいましたから……この『海に落ちる雨』では比較的いい立場なのですが、次からはちょっと怖くなっています。
でも、少なくとも今は、真といいコンビになっていますね^^;

> えっと次回、ひざだっこに改稿・加筆修正、されてます?
あはは~~~(*^_^*)
えーっと、ひざ抱っこはやっぱりまずいか、と^^;
取りあえず、貞操は守って頂かないと(#^.^#)
(いや、そんな話じゃないって)
コメントありがとうございました!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2014/07/17 00:51 [edit]

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