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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨84] 第17節 豪農の館の事情(2) 

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さて、仁の毒舌、いよいよ全開です。
いささか色っぽい内容も、仁が言うと、なぜかスポーツみたいに聞こえてしまう、この人はそういう人なんですね。
先のことはさておき、この『海に落ちる雨』では清涼剤。時には助け励まし、時には厳しいことをずけずけ言い、時には真っ先に駆けつけて助けてくれる。そんな彼も、美和のことになると、自分をちょっとばかり見失う……というのか、自分でどうしていいのか分からないのかもしれません。
真相手なら、余裕綽々なんですけれど。

さて、余裕綽々なので、とんでもないことを言っていますね。
5年で落とす……いいのか、そんなこと言って。
あの人が化けて出るよ?(あ、まだ生きているはず……)




 お手伝いの女性が覗きに来て、お茶が入ったと告げた。
 当主は目を閉じて、今度こそ中途半端な眠りにつこうとしていた。
 真は、女性の案内で、仁と一緒に玄関近くの土間脇の囲炉裏端に座った。よく磨かれた床には、天井の梁が映ってさえいる。

「千草さんが、連絡するまでここでお待ちいただくように、と言っていましたよ」
 そう言って、女性はどこかの料亭から届られたようなお膳を並べた。
「お姉さん」仁は年配の女性に優しく呼びかけた。「お名前を教えて頂かないと、呼びにくいなぁ」
 仁の贈り物に気を良くしている女性は、まさか仁がヤクザだとは思っていないだろう。
「吉川といいますだ」
「下の名前だよ」

 何を言うの、というように手を振って照れながら、女性は弥生、という垢抜けた名前を名乗った。
「弥生さん、ちょっとこいつを横にならせてやってくれないか」
 吉川弥生という麗しい名前のお手伝いは、事情を確認して、真のために簡単な敷物と掛け布団を運んできた。
 遠慮しようとしたが、仁の強引さに負けた。仁は仁で、真を自分の側に寝かせると、やっと安心したような顔をした。

「ところで、弥生さん、蓮生家とは長い付き合いなのか」
 仁の向かいに座った、こじんまりとした姿形の女性は頷いた。
「そりゃあもう、うちは、古い時代から蓮生の本家の番頭でしたんで」
「番頭?」
「へぇ。蓮生の家が北前船を扱こうとった時代からです」
「じゃあ、親戚じゃないわけか」仁の声が、床を通して耳の骨に直接響いてくる。「今日は何やら親族会議らしいが、何か揉めてるのか」

 投げやりな言葉遣いなのに、親密さがある仁の声は、年配の女性にも警戒心を抱かせていないようだ。
「そりゃあなた、千草さんには子どもがないんで、跡継ぎを決める会議ですよ」
「蓮生千草、ってのは独り身なのか」
「旦那さんはおったですがね、結婚して直ぐに亡くなられました。その後、婿に入る者がおりませんでしたからね」
「あれだけの美人だ、引く手数多に思えるがな」
「あん人は、異人の子だ言うて、気味悪がる男が多かったですから。お可哀相ですけどね。ここの若旦那に比べたら、ずっと立派な当主だと思いますけんど、上手くいかないもんですね」
「異人の子?」

 真が横になったまま気配を窺っていると、吉川弥生は少し仁と真のほうへ膝を進めたようだった。聞き耳を立てる人などいないだろうに、秘密の話をするような、少しトーンを落とした声で話す。
「昔、蓮生の家が預かった異国の娘さんが産み落とした子どもの、そのまた子どもってわけですよ。噂ですけんどね」
「へぇ、そりゃあまあ、えらく込み入った話のようだな。で、誰がその美人の養子になるんだ?」
「時政さんとこの倅ですだ」

「時政?」
「ここの旦那さんの脇腹の子どもなんですよ。県庁に勤めてましてね、病弱なんはここの旦那さんの血ですかね、また呪いで死んでしまうんじゃないかって、ここじゃ皆心配してますよ」
 跡を継いだだけで死んでしまうのでは、割が合わない。だがいずれにしても、呪いにはやはり根拠はなさそうだった。
「それにね、ここだけの話ですけんど、女の人に興味がないんだって、噂なんですよ」

「そりゃ、つまりあっちの趣味があるってことか?」
「東京の大学で美術の勉強してたそうですけどね、芸術家っていうのはそういう人が多いそうですね」
「芸術家だけじゃない、ヤクザにも警察官にも自衛隊にも多いんだぜ。昔は寺の坊主どももそうだったって言うじゃないか」
「あら、そうなんですか」
 仁の巧みな話術にすっかり嵌まり込んだ吉川弥生は、蓮生家のあれこれを洗い浚い話してくれそうだった。恐らくこの界隈では、蓮生の家はゴシップの格好の対象なのだろう。

「寺じゃ女色は御法度だが、男色は構わなかったのよ。寺小姓ってのはその相手をするためにいたっていうからな。男ばっかりの環境じゃあ、自然師弟愛が高まるって事もある。ギリシャでもそうだ。年上の男が教育を含めて年下の男の身体を可愛がるってぇのは公認の愛の形だったんだ。それに男ってのは支配欲が強いからな、相手を組み敷くときにはそいつの身体も精神も、ものにしている満足感に浸りたいんだよ。それにあっちの方は、一度味わってしまうと、女では味わえないような気持ちよさなんだ。する方もされる方もな。女のあそこより締まりがいいし、されるほうは前立腺を刺激されるともう狂ったように気持ちがよくなる。もとから男ってのは穴があれば何でも突っ込みたいって性根なんだ、それが半端なく気持ちいいとなりゃあ、嵌っちまってもしかたがないだろう? 根っからのホモじゃなくても身体の方でたまらなくなっちまう。しかしまあ、そういうのは恥ずかしい話でも何でもないんだ。それは単なる嗜好の問題で、どういう交合いが気持ちいいかってのは、人それぞれだからな」

「いやですよ」
 吉川弥生は満更でもないように話に乗ってきていた。仁は、ちょっとした秘密を共有する印象を、弥生の頭に植え付けたのだ。
 それにしても、自分を棚に上げて、よくもそんな事を話しているものだと思った。この女性は、仁もそういう人種の端くれと知ったらどう思うだろう。もっとも、仁の場合はバイセクシュアルだが。

「で、その時政の倅には相手がいるのか」
 すっかり仁の話術に引っかかっているらしい吉川弥生は、ひと膝、仁の方へ寄った。
「そうなんですよ。それが、うちの息子が見たんだってえ。弥彦に住んでる人だそうですよ。随分年上の人みたいですけどね。何でも、フランスに留学してたことのある人だそうで。フランスにもそういう人、多いんですよねえ」
 思わず真は跳ね起きた。仁が驚いた顔をしている。

「それって、まさか」
「何だ、お前知ってるのか」
「弥彦の江田島、という人じゃ」
「名前までは知りませんけどね」
 吉川弥生は、有意義な情報を提供できないのが悔しいとでも言うように、少し残念そうに答えた。

 真は仁に布団に押し戻された。そうしながら、仁は弥生を刺激するように、わざとらしく声音を作ってみせる。
「うーん、しかし、そう聞くと、確かに呪いという気がしてきたな。うん、確かに、呪われとる。女の怨みは怖そうだ」
 真剣な表情で仁が分析する様を見ながら、吉川弥生は楽しそうに笑った。
「蓮生には女の幽霊がついてるって噂ですからねえ。私が娘の頃に、そういう地元の噂話を集めた雑誌が出てましたよ」
「弥生さんが娘の頃っていうと」
「もう二十年以上前のことです。いやですよ」
 吉川弥生は照れたように手を振る。

「地元の噂話ってのは面白そうだな。ちょっと聞かせてくれよ。他にどんな話があったんだ?」
 仁もますます身を乗り出すようにしている。仁が単純に興味を示しているのか、弥生をその気にさせて何かを聞き出そうとしてるのか、真にはさっぱり分からなかった。
 多分、どちらも本当なのだろう。
「蓮上に関係していると皆が噂していたのは、ロシアから連れてこられたお姫様の話でしたよ。足を切られて蔵に閉じ込められてるって。あとは、佐渡のどこかから古い翡翠の仏様が掘り出されて、それが家の戸口に立ったら家が繁栄するとか、どこかの祠に秘密をひとつ書いて置いておくと、その秘密と引き換えに鉄やら金やらが貰えるとか」
「傘地蔵か何かみたいな話だな」

 確かに、座敷わらしや蘇民招来伝説みたいに、よくある民話のステレオタイプの物語に聞こえる。だが、民話や噂話に紛れさせて、本当のことを残しておくというのはありがちなことだ。それはある意味では、悪質なできごとへの抑止力、もしくは脅迫に使えるからだ。
 足を切られるというのは、ある意味、恐ろしく現実的な内容だ。

「それで、弥生さんよ、本家の血筋はもう途絶えたって聞いたけど、屋敷はどこにあったんだ?」
「ご先祖はもともとは奥州藤原氏と関係があったとか、源義経の子孫だとか、言われてますけどね。鎌倉幕府の追っ手から逃れて羽黒山で山伏になったとかいう話もありましたっけねえ。江戸時代には村上に大きな屋敷を構えてて、座敷には金屏風を立てまわして、蔵も四十八、いろは蔵って言ったそうですよ。その頃には荒川の土地はほとんど蓮生の持ち物でしたからね、村上に分家を残して、いつの頃か関川に移ったそうですよ」

 そんな民謡があったな、と真は思いながら聞いていた。まさに、よくある眉唾の歴史だ。
 だが、百の嘘っぽい話の中に、ひとつだけ真実が混じっていることだってある。
 今、まさにその一つを手繰り寄せようとしている。どれが本当の話なのか、どれが贋作ではなく本物の絵なのか、あるいは全て嘘と偽物ばかりなのか、何の手がかりも与えられないままで。

 暫くすると、吉川弥生ははっと気が付いたように席を立った。
 自分の家の昼の仕度に戻らなければならないという。小一時間で戻るので、ゆっくり食事をして欲しいと言って、吉川弥生は少しの間の暇を告げた。仁と話すのが楽しかったのか、明らかに残念そうな顔だった。

 彼女が去ると、仁が伸びをして、真の顔を覗き込んだ。
「お前、何か食えるか?」
 真が首を横に振ると、仁は納得して自分は食事を始めた。
「仁さんには感心します」
「何がだ?」
 真が黙っていると、仁は刺身を口に放り込んだ後で、にやりと笑った。
「連れてきてよかったろ? 俺には絵がどうだの、戦争の歴史的背景だのはわからんからな。代わりに、人間の欲望には敏感なだけさ」

 仁の一刀両断的な話の切り取り方には、時々無茶だろうと思う面もあるが、逆にそういう割り切りが真実に近いと思う時もある。
「世の中、男と女が乳繰り合うので成り立ってるんだ。例えばな、さっきの爺さんの話もそうだ。蔵の中で男どもが綺麗な異国の女を慰み者にしてたってのも、蓮生家の呪い、って面白い話を刷り込まれた爺さんが、子どもの頃に見た僅かばかりの記憶から物語を作り上げただけかもしれないぞ。実際は、女の方も満更じゃなくて、ただ乳繰り合ってただけかもしれない。まだ子どもだった爺さんには、女が苛められて泣いたり叫んだりしていたように見えたかもしれないけどな、気持ちよくても泣いたり叫んだりするわけだ。爺さんはその後、潜在的に蔵や奥の部屋がおっかなくなって、何が起こってもそれに結び付けてしまうようになる。お前の同居人が来たときも、爺さんは『お使い』が来たんじゃないかと思ったろうよ。それでボケてるふりができなかった、って気がしないか?」

 確かに、子どもの頃に見た瞬間の場面が意識の底に残って、それを核に現実と僅かにずれただけの物語が作られてしまうことはある。それについては、真自身もそういう物語に取り込まれてしまっているのかもしれない。
 こうしてあっさりと面白そうに語る仁にも、あるいは満州での深い記憶の傷があるのかもしれない。

「それに何ですか、女じゃ味わえないような気持ちよさだとかって」
 思わず呟くと、仁がにやりと笑った。厳つい顔つきなのに、こういう笑い方をすると、この男は本当に色気がある。
「試してみるか」
「だから、遠慮しますって。俺が言っているのは、そういうことを女性に言いますか、ってことです」
「お前も本当はそう思ってるってことだな」
「何も言ってません」
「いや、あの男はノン気だからな。ちゃんとやり方を知っているとは思えん。どうせそういう場面になれば、ひたすらがっついてくるんだろう。相手の身体が女と同じだと勘違いしてやがる。俺なら大事に、痛くも苦しくもないように、ただただ気持ちよくなるように抱いてやるぞ」

 真が仁を睨んでいると、仁は面白そうに笑って、寝転がったままの真の頭を撫でた。半分はからかっているだけだと思うものの、あとの半分はそれだけではないようで、それが恐ろしい。
「お前、本当に大丈夫か」
 突然、仁が心配そうに尋ねてきた。真は頷いて、それから身体を起こそうとしたが、仁に止められた。
「悪いことは言わん。できるだけ横になってろ」

 真はそう言われて、目を閉じた。
 今いる場所が、自分自身との関わりの中で、何故かひどく不安定なものに思える。足下が覚束ないからだとはわかっていても、この土地に来るたびに感情が大きく揺れ動かされているような気がする。
 色々な出来事が、この新潟で重なっているのだ。

 何度も繰り返される地名。
 竹流が残していた唯一の手がかりは新津圭一の事件の記事だった。その事件の頃、竹流は新潟で仕事をしていた。新津圭一の残したフロッピーにはIVM、竹流の残した額縁は十七世紀のオランダのものに相応しいもので、実際には新潟県庁の会議室のフェルメールの贋作に使われていた。その絵が出たのは、蓮生家の蔵からだった。
 新津圭一は新潟の出身だ。彼自身の出身地で起こっていた事件、記者であった彼が掴んだ某かの証拠。彼は記者倫理を侵し、情報を強請りのネタに使って自殺したことになっている。
 新津圭一の愛人だった香野深雪、彼女もまた新潟の出身だ。彼女の両親は糸魚川で古い時代の収賄事件に絡んで自殺している。
 もう一人、新潟に関係のある人物がいる。村野耕治だ。

 言葉遊びのようなものだ。何から何を連想するか、赤いのはりんご、白いのは兎、そういった程度の曖昧な連想。
 他にも、この北陸の地名をどこかで聞いている。
 竹流が火傷を負ったのは佐渡だった、と聞いている。寺崎昂司を庇ったという火傷だ。だが誰も『そう聞いている』という次元の話で、現場に居合わせたわけではないので、竹流の言葉をそのまま繰り返しているという印象を受ける。竹流と寺崎昂司の間だけにある何か、それを他の仲間たちは決して面白いとは思っていない気配がある。
 佐渡にあるという竹流の隠れ家。その存在が真をある意味では傷つけている。

 何となく引っ掛かっている中に、どこかでもう一度北陸の話を聞いた気がしたが、思いだせなかった。
 キーワードになっている地名はひとつではないのかもしれない。
 もうひとつの地名、それは異国だ。

 ソ連のキエフ。ロシアの皇帝の血族の生き残り。今の体制の中では息を潜めて暮らしている。貴族という特権階級は、崩れてしまった過去の遺物でしかない。しかし、その老人が死を前に儚い夢に縋りついても罪にはならない。竹流は、死に瀕した老人に絵を返してやって欲しいと、そう蓮生の主に言ったようだった。竹流自身もまた、貴族の血統だ。イタリアの貴族、しかも以前聞いた話では、母親はスウェーデン貴族の出身だという。
 その老人からの依頼を受けた時点では、竹流の仕事はいつも通り『楽しい』仕事だったはずだった。ところが、彼がウクライナに行くたびに、事情が変わっていったという。

 でも、何故、死にかけた老人は、贋作などを返して欲しいと言ったのだろう。寺崎の言っていた、特別な贋作、とはどういう意味だったのか。
 楢崎志穂の友人、御蔵皐月は絵の勉強をしにソ連に行ったという。しかし、何故ソ連なのだろう。絵の勉強をしに行くのにメジャーな場所とは思えない。勿論、美の殿堂のひとつ、エルミタージュがあるわけで、おかしいとは思わないが、選択した理由はなんだろう。そして、彼女は『お父さん』つまり村野耕治の息子に会ったといった。
 御蔵皐月は、村野に才能を見込まれて、絵の勉強をしていた。パリに留学していた、と。
 パリに留学して絵の勉強していた人間が他にもいる。江田島道比古。フランスはフェルメールとも関わりがないわけではない。十九世紀にフェルメールを一躍有名人にしたのはトレ・ビュルガー、フランスの批評家兼美術商だ。

 だが、事件は日本国内で起こっている。竹流は、遠くへは行かないと言っていた。つまり、異国に行くわけではない、という意味だったのだろう。きっかけがソ連にあったとしても、今、事態が動いているのは日本の国の中、しかもこの新潟の地に思える。
 とすれば、竹流はここにいるのではないのか。
 それはあまりにも短絡思考だろうか。
 新潟に向かう夜行の中でも、新潟のホテルでも、ずっと彼の夢を見ていた。自分の霊感が役に立つなどと言うつもりはないが、少しばかり他人より強いという気もする。何より、彼の事に関しては、妙な勘が働くという自負もある。
 勿論、単に自分を慰めているだけなのかもしれない。少しでも彼に近づいていると思いたいだけなのだ。

 ふわりと大きな暖かい手が頭に置かれた。錯覚を捨てたくなくて、目を開けなかった。
「抱いてやろうか?」
 北条仁が、いい気分を一気に吹き飛ばす強引さを持っていることを、忘れていた。
「遠慮します」
 目を開けてそう言った瞬間、仁に抱き起こされた。そのまま抱き締められて、真は思わず抗う瞬間を逃してしまった。
「仁さん」
「心配すんな。何もしないよ」
 だが、仁の腕の力は強かった。
「だったら、放してください」
 何か言葉を継いでいないと自分自身まで流されてしまう気がする。
 仁は腕の力を緩めないまま耳元で囁く。幾分かだみ声がかった低い響きが、直接胸から伝わってきた。
「何か、急に愛しくなっただけだ」

 危ない男だ。仁がいい人間か悪い人間かは未だに判断がつきかねる。唐沢の言うように、じわじわ攻めてくる、というのはあながち間違いでもない。今日は何もしないけれど、いつかは、という根深い強引さも、仁は持っている。
「離してください」
「お前、俺に借りを作ってるはずだろ」
「分かってますけど、それとこれとは別でしょう?」
 仁は暫く黙っていた。何を考えているのだろうと思った時、真の頭を強く抱いた仁が耳元で囁いた。
「五年でお前を落とす」
「何を」

 真は漸くそれだけ言った。真剣で怖い声だった。真の身体には抗う力が残っていなかった。
「お前が今弱ってんのを知ってて、つけ込んでるんだ。恐ろしく不安で寂しい、万が一にもあいつが帰ってこなかったらどうなるか、考えたくなくても身体の奥で渦を巻く恐怖がある。それを俺にぶつけてもいいぞ?」
 そう言って、仁は真の顔を両手で包みこむように覗き込んだ。真剣で怖い目だと思った途端、仁がにやりと笑った。
「深刻に聞いてるな。いい兆候だ」
 そう言ったなり、仁は面白そうに笑った。冗談なのか、と思う反面、恐ろしい気もした。
 仁は真を抱きとめて支えたまま、頭を撫でるようにしている。
「さあ、名探偵、ちょっと謎解きの一端を聞かせてくれないか?」




あれあれ。
仁には気をつけましょう。本当に、いつか口説き落されます。
次回で第17章は終わりです。割と短かったですね……(私にしては)
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


真が頭の中で整理してくれていますが、まだまだ五里霧中な感じがします。
ロシアの女、これが何かまた、こんがらがる毛糸の一つなのかなあ。
もしかして竹流は、意外と近くにいるのかもしれませんね。
いや、もう、近くにいて竹流。
仁さんが、悪いことしてますよ~。

自分の欲望に正直な仁さんは、嫌いじゃないです(笑)
弥生さんに、あれやこれや言うのも、そばに真がいるからでしょうね。
気持ちをほぐそうとしてるの半分、単にそんな話を聞かせて反応を楽しんでるの半分。
真も、しんどいのもあるけど、抵抗するのも面倒くさい感じ、ちょっとありそう。
まあ、仁さんだから、安心していられるんですよね。

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/10/28 22:11 [edit]


むぅぅ。
大海さん…あの…。
私ッたら仁の言葉になんかドキドキしちゃってます(m´□`m)
どうしよう(>_<) 笑

ako #- | URL | 2013/10/29 01:45 [edit]


美和にいいつけてやる

「五年で落とす」とか断言するし。

新潟とか北海道とか、やっぱり近いからロシア系の血の入った人、他の地域より多いんだろうなと思います。
千草も単純にきれいな女性、切れ者、というよりは、竹流や真に共通する「所属しきれない」性を背負っているのかもしれませんね。

でも、その養子になった途端死にそうな男を養子にする意味ってあるんだろうか? これも絡んでくるんですかねぇ。

先を楽しみにしております。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/10/29 06:30 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

> 真が頭の中で整理してくれていますが、まだまだ五里霧中な感じがします。
すみません。本当にややこしくて。
でもあまりひとつひとつのエピソードに構わずに、さらりと流していただければ^^;
とは言え、一つ一つのエピソードを面白がって書いていましたので、それぞれの人の物語を楽しんで頂ければ、とても嬉しいです(*^_^*)
色んな人がいますが、それぞれ何か事情を抱えているので、この事件に関わって、その人の人生がどう動いたかと言うのが少しでも伝わったらいいなぁと思っています。
みんな、何かを選択していくのです……

> もしかして竹流は、意外と近くにいるのかもしれませんね。
お。どうでしょうか(V)o¥o(V)
> いや、もう、近くにいて竹流。
> 仁さんが、悪いことしてますよ~。
本当だ! 仁さんが悪いことしてます~(って、先生に言いつけている?)

> 自分の欲望に正直な仁さんは、嫌いじゃないです(笑)
ありがとうございます。何よりも主人公二人が時々ウザい時があって(って、なんという作者…いえ、これも愛情の裏返し!)、いらっとしたら、仁さ~ん!ちょっと来て~という感じでご登場いただいていたのでした(*^_^*)
もっともこの人も、親父さんが生きているから、比較的好き勝手やってられるのですが、親父さんの死後は大変なことになっていくので、それはまたそれでお楽しみに……
そしてlimeさんのおっしゃる通り、真の反応を楽しんでいますね^^;
いや、もう、真面目におちょくっています。そして、真面目に恋をしています。多分ね。

> 真も、しんどいのもあるけど、抵抗するのも面倒くさい感じ、ちょっとありそう。
まさにその通りです!
なんて鋭い、limeさん。面倒くさいんですよ。本当に!
真ったら、途中でもう面倒なので無視しちゃっていますね。
勝手に言わせている、というのか。

時々こういう遊びのシーンを混ぜておかないと、この話、筋だけで行くとつまんないような気がするのですね。
だからめいっぱい遊ばせていただいております(*^_^*)
一緒に楽しんでいただけなら幸いです。
続きもよろしくお願いします(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/29 22:57 [edit]


akoさん、ありがとうございます(^^)

> むぅぅ。
> 大海さん…あの…。
> 私ッたら仁の言葉になんかドキドキしちゃってます(m´□`m)
> どうしよう(>_<) 笑
akoさん、いらっしゃい!
うふふ(*^_^*) 嬉しいです!
実は、この先の【雪原の星月夜】でも仁さんとのシーンにドキドキしていただく予定です(^^)
でも、今のところは楽しみながら、バラエティ的に?楽しんで頂ければと思います。
まだまだ仁の面白さが今後も暴露されていく、予定です。
こんなに書いていて楽しい人もなかなかおりません。
これからもよろしくお願いします(*^_^*)
美和ちゃんとのラブストーリーも、お楽しみくださいね。

彩洋→akoさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/29 23:05 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

> 「五年で落とす」とか断言するし。
時々、力が入った台詞を書いていますが(決め台詞!?)、こちらもちょっと力を入れて書いちゃいました(^^)
そう、時々本気で言っているらしいのが怖いですよね……冗談かもしれませんけれど(^^)
その狭間が、ドキドキする要因かもしれません。

> 新潟とか北海道とか、やっぱり近いからロシア系の血の入った人、他の地域より多いんだろうなと思います。
> 千草も単純にきれいな女性、切れ者、というよりは、竹流や真に共通する「所属しきれない」性を背負っているのかもしれませんね。
そうですよね。十三湊という津軽にある大きな湊の遺跡を見た時、思ったのです。
あぁ、大陸に向けて、日本はこんなに歴史的に開かれていたんだなぁと。
新潟からはナホトカに行く船も出ています(した?)ものね。
それから、千草に注目していただいてありがとうございます。
こんな風に、チョイ役ですけれど、人生がこの事件で大きく動きだす人たちが絡みまくっているので、この話はややこしいのかもしれません。千草が何かを選んでいく過程、そして、事件の本筋にある人たちにどんな影響を与えていくのか、またおいおい楽しんでいただけたらと思います(^^)
そう、ピタゴラスイッチの大掛かりな装置(鉄の玉が転がっていたっりして、次の何かを動かし、その次の何かが動いて、またそれが次に伝わって~みたいな装置)みたいな話なのです。

> でも、その養子になった途端死にそうな男を養子にする意味ってあるんだろうか? これも絡んでくるんですかねぇ。
あ、これはですね、この蓮生家の血をもっているのが、もう彼しかいないんですよね。
田舎だから、そういう血には拘っていたのでしょうね。
蓮生家の人々は、千草に、蓮生家の血を絶やさないことを望んでいるのだと思います。
子がないなら、蓮生家と血がつながったものを養子にせよ、と。
でも、千草が出す答えはまた別のものかもしれません。それは先のお楽しみに(*^_^*)
そう言えば、ロシアの姫君の血も残さなければならなかったのかもしれませんね……(それはまた別の話かな)
養子になった途端死にそうってのは、呪いだとか言っている人たちの単なる噂話でしょう(^^)
病弱と言われた人の方が、長生きしたりするみたいですし。

> 先を楽しみにしております。
ありがとうございます(*^_^*)
これからもよろしくお願いいたします(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/10/29 23:47 [edit]

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