07 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・あれこれ】前世回帰 

サンタフェ
前世回帰というのは、自分の前世を見に行く(感じる)セッションですが、実は一度だけ経験があります。
インディアンの世界に触れようと行ってみたサンタフェでのことです。

前世を信じているかと言われると、かなり懐疑的ではあります。
全ての人の脳の中に恐竜の脳がある、と言われると、なるほどと思います。
40億年分の生命の歴史が、自分の遺伝子の中に刻まれていることは、感覚的に理解できる。
でも、自分に直近の前世があったのかと言われると、やはり少し「?」という感覚。

それなのに、どうして前世回帰のセッションに?
実は始めから予定していたのではなかったのです。
でもあの場所に行き、大地に触れ、インディアンの遺跡を見て、何か不思議な感覚があった。
そう、簡単に言うと、地球を感じたとでも言うのでしょうか。
そして、ちょっと行ってみようかと思い立ったのです。

何かが見えたか、と言われると、そこまで明瞭ではありません。
でも、セッションではかなり具体的に導かれるのです。
アロマ香る部屋でリラックスした状態で目を閉じている。
どこか階段を下りていく……ドアを開ける……外に踏み出す……裸足の足に何かが触れる……
(かなり記憶違いがあると思いますが、こんな感じの導かれ方)

さて、懐疑心は少し横に置いて、ちょっと浸ってみます。
足に触れるのは草と風、それから森の気配と火を感じたような気がしました。

さて、そこからは……
物書きの悲しい性でしょうか。
一気にストーリーが頭の中に構築されてしまった。
アジアのどこか。村が燃えている……戦争でしょうか……兄と生き別れている……逃げている……
もしかして本当に私の前世なのか、ただの想像力の成せる技か。

でも、ある景色を見た時、なぜかとても懐かしい、と思うことがありますよね。
その景色に自分の細胞がじゃわめくみたいな感じ。
あるいは、匂いや音ということもあるかもしれません。

それは前世の記憶なのでしょうか。
やっぱり疑心暗鬼だけれど、何かがあるような不思議を感じます。

そういえば、トカゲを見ると安心していた私。
彼らが私のスピリット(魂の連れ合い)と言われたのもこの場所でした。

さて、少し話が変わりますが。
自由への逃避2
最近、年に何回か仕事関係の講演をすることがあります。
でもあまりにも専門的な話ばかりをしていてもつまらないので、色々な話題を取り入れるのですが、スライドを使っての講演なので、やはり写真は強い味方。
使うのは、旅の写真(石はもちろん)が一番多いのですが、自分にとって思い入れのある絵や写真を使わせていただくこともあります。

そういう写真を準備する時、その写真と初めて出会っときのことを思い出したりするのですが。

この有名な写真はピュリッツアー賞を取った澤田教一さんの『安全への逃避』です。
出会ったのは中学1年生の時でした。
クリスチャンスクールだったので、キリスト教(聖書)の授業があるのです。
でも中1の授業は、聖書の勉強というより、院長先生が色んなお話をしてくださる。
こんな風に写真を見せてくださったり、絵本を読んでくださったり……

中学1年生のピュアな私は、この院長先生が好きだったのです。
毎朝8時半から礼拝があったのですが、生徒は大体時間ぎりぎりに駆け込みなのです。
私も大抵駆け込みだったのですが、たまにすごく早く行くことがあって。
誰もいない講堂の壇上に、院長先生が一人座っておられて、生徒が来るのを待っておられるのです。
何回か早く、より早く行ってみたのですが、やっぱり誰よりも早くそこに座っておられた。
見守られている気がして、何だかとても嬉しかった。
ちなみに、院長先生はもともと新聞記者だったのです。

さて、そのキリスト教の授業でこの写真を見せてくださった時。
教壇の上にぱっとこの写真が出てきた瞬間のことは、昨日のことのように覚えています。
残念ながら、授業の内容は覚えていないのですが、そのインパクトは今もまだ身近なものです。

何でしょう。言葉にはしにくいのですが……
この写真の意味を教えていただくより前に、不思議な感情が湧きおこりました。
「懐かしい」というのか「この場所へ行かなくちゃ」というのか「ここで誰かが待っている」というのか。
(ちなみに、中学生の私、かなりピュアで多感でした^^;)

これはベトナム戦争の時の写真です。戦火から逃げる母子。
そう言えば、先ほど書いた前世回帰で見たような気がした景色もアジアのどこかに繋がっている気がした。
アジア、戦争、焼ける村。
繋がりがあるのかもしれないし、ちょっと思い込みもあるかもしれないし、単なる脳のいたずらかもしれないし。

時間的にはこの写真を見たのは中1の時、前世回帰のセッションを受けたのは大人になってから。
影響を受け合っているのかもしれませんね。
ただ、この写真に導かれて、若かった私は自分の道を決め、これまで(多少は、というのか、かなり曲がりくねっているけれど)道を歩いてきた気がしています。


さて、写真には後日談があります。
豐「逕ー謨吩ク€_convert_20131123205805
澤田教一さんは上の写真を撮った後、「この戦火から逃げる親子の写真を撮る前に、早く助けようとしなかったのか」と非難されたりもしました。
彼の奥さんである沢田サタさんが書かれた『泥まみれの死』の中には次のようなエピソードがあります。
「戦争が終わったら、ベトナムの農村を南から北までゆっくり歩きたい」と語っていた澤田さんはカンボジアで34歳の時、狙撃されて亡くなりました。奥さんは1989年に夫の遺志に従ってベトナムに行き、この写真の子どもたちに会われたのです。彼らは父や母となっていて、当時のことを覚えていて、こう語ったそうです。
「川をあがると、あの日本の写真家が安全な場所につれていってくれた」「目を手ぬぐいでふいてくれた」
非難されていたことが心に引っかかっていたのでしょうか、澤田さんは戦火をくぐって村を再訪問、ピュリツァー賞で受賞した写真と賞金の一部を置いていったといいます。
澤田さんの死を聞かされたこのきょうだいの方々は、写真に撮られた自分たちが戦火の中を生きのび、子や孫に恵まれた、一方澤田さんが戦場写真家として仕事中に亡くなられたことを聞いて、命の重みを強く感じられたといいます。
あの川を渡ったからこそ、彼らの命は次の世代に受け継がれていった。
それを私たちが知っている。
不思議でありがたいことだと思っています。


前世回帰の話から逸れてしまいましたが、あまりにくっきりとした物語はにわかには信じがたいものの、懐かしさを感じる風景があるということは、やはりそこに何かがあるのかもしれません。
そして、それが自分の考え方や生き方を支えているのかもしれない。
そんな気がします。

友人の一人が、ある時、ボランティアでネパールに行ったのですが、空港に降りた途端、「私はここを知っている」と思ったとか。いえ、彼女は別に変な人ではないのですが、正確には「記憶として知っている」というよりも「この空気を知っている」というのか、そんな感じだったと。
なんでしょうね。海馬に何の記憶が残っていたのでしょうか。
不思議で、ありがたい話です。


*まとまった時間が取れなくて、小説をアップできていません……すみません。
 雑記ばかりになっていますが、また頑張りますね。
 お見捨てなきよう、お願いしますm(__)m
DSCN2866_convert_20131123213441.jpg
今日は三味線の演奏会。お昼ご飯は竹で包まれた、小さいながら盛り沢山のお弁当。美味しかったです(*^_^*)

関連記事
スポンサーサイト

Category: あれこれ

tb 0 : cm 12   

コメント


 おはよう御座います。
美味しそうですねーーーお弁当!!!!!

確かに 妙に 引っ掛かる景色 引っかかる匂い 音ってありますね。
なつかしくて 凄く胸が締め付けられるモノとは 反対に 凄く恐ろしく思ってしまうモノもある。
あの感情は 不思議です。

僕の弟ですが ほんとに 言葉やっと喋れる程度 幼稚園に入る前の頃。
「僕 前は …ちゃんと呼ばれていて 東京タワーの見える処にいたの でも お眼眼が 殆ど見えなくて ご飯もあまり食べれなかった だから すぐに死んでしまったの。
空で おじさんに また同じ所に生まれるかと言われたが またお目眼がみえなかったら いやだから こっちにすると言って 此処に生まれた。」と言っていましたね。
本当に 幼くて 東京タワーが何なのかも知らない頃に…
今は そんな事言っていたの 覚えているのかどうか まったく話さなくなりましたけどね。

ウゾ #- | URL | 2013/11/24 08:51 [edit]


ウゾさん、ありがとうございます(^^)

そうなんですよ! このお弁当、枚方・寝屋川界隈では有名だそうで。
ケンミンショーに出したいくらいだわ、と思いました。多分、かなり局所的な話題だとは思いますが。
すごくコンパクトなのですが、結構いっぱい入っているのです。
京都の料亭のお弁当も、小さい竹かごとかにいっぱい入っている、あれと同じですね。
しかも安い!

> 確かに 妙に 引っ掛かる景色 引っかかる匂い 音ってありますね。
> なつかしくて 凄く胸が締め付けられるモノとは 反対に 凄く恐ろしく思ってしまうモノもある。
そうなんですよね。なんでしょうね。みんな何か持っていますよね。
前世とは思わないけれど、何か記憶が眠っているのかなぁ。例えば、教えないのに、動物の赤ちゃんが立ち上がろうとしたり、狩りをしようとしたり、そういうのと同じなのかも、と思ったりします。
それと、そう、確かに恐ろしい、近づいちゃいけない!というのもありますね。
あれは危機管理能力の成せる技でしょうか。危険へのアラートというのか。

ウゾさんの弟くんのエピソードは、前世を語る子どもさんのお話に共通の謎が含まれていますね。
やっぱりあるのかなぁ。どうなんでしょう。
自分自身は半信半疑で、前世なのか今世なのか、どの時点でインプットされた内容なのか、まだまだ疑心暗鬼です。たとえば、赤ちゃんでも、アウトプットは出来なくてもインプットはものすごくされていると思うのですよね。見えていないようでも見えている、聴いている、感じている。それが何かは理解できないけれど、その存在は知っている。それがどんなふうにシナプスで情報伝達されたのか……
そしてまた、引き出しに仕舞われて忘れている。
いつかその引き出しを開けると……
真は、まさにそんな感じのことでいつも惑っているなぁ。
なかなか深い謎の中に、私たちは生きていますね。

コメントありがとうございます(*^_^*)

彩洋→ウゾさん #nLQskDKw | URL | 2013/11/24 09:34 [edit]


ピュアで多感な大海さん、純ですね。いまだに、でしょ。

前世には興味津々です。機会があるなら、知ってみたいですね。
(↑ウゾさんの弟さんのお話も興味深いですね)
知ってからどうなるということはないと思いますが、知っているということが、何かに生かせることもあるのかもと思ったり。
前世で自分がどう死んだかを知ると、今生きている理由が見えてくる。
そうすると、今生きていることに感謝して、生ききらなくてはと思うんだろうな、とか。
ま、前世のことを知らなくても今を必死に生きていることには変わらないんだけどね。
今住んでいるところに来たのは偶然ではなく必然と思って日々を過ごしております。

大海さんの講演をお聞きしたいですね。
で、その後に打ち上げで騒ぎたい。ちがーう。

けい #- | URL | 2013/11/24 10:22 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

> ピュアで多感な大海さん、純ですね。いまだに、でしょ。
いえいえ、もうすっかり、ドロドロの世界に染まった後で???
でも、ピュアではないかもしれないけれど、多感ではあるのかもしれません。
いや、単に浮気性?? あれもこれも気になる。
小説ブログなのに、石も書きたいし、雑記も書きたいし、うにゃうにゃ……^^;

前世の話は、半分は眉唾だと思うのに、半分は納得できたりしています。
そもそも、幽霊や霊魂を信じるか、死後の世界を信じるかってな話にもつながりそうで。
そもそも生命は、個体の生命が終われば、個体としての記憶は受け継がれるものではなく、まさに地球に還ると生物学的には思っています。
でも集合体としての意識や記憶って、やっぱりどこかにあるような気もします。
人間はそれが少し薄いほうの種だと思いますけれど……動物や昆虫なんかは、その記憶や意識がものすごく強い気がするのです。生存の過酷さがあるからかもしれませんが……
そこには、前世ではなくて、種全体としての記憶が蓄積しているような……

人については、あるのかないのか、あると思うことでいいのか悪いのか、よく分かりませんけれど、何かを迷った時の支えになるのなら、それはとても素晴らしいことのように思います。
自分が決めていると思っていることも、前世が支配しているのかも、なんて考え方もあるし、全面的に肯定も否定もしないけれど、この感覚を前に向かう力に生かせたら、それはとてもいいですよね。
そう、けいさんのように、遠く異国におられる方が、この場所にいることを必然と感じる、とおっしゃると、説得力があります。きっと、何かの必然に導かれて、そしてけいさん自身が切り開いてきた運命なのだと思います。
私の講演ですか? いえいえ、これはもう、大方は専門分野のことで……
普通の人が聞いてもあんまりおもしろくないと思います^^;
でも、そのあとの打ち上げは、いいなぁ(*^_^*) ……ちがうか^^;
今日も今から、本来の仕事とはかけ離れた、三味線の大会助っ人に滋賀まで行ってまいります!
コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2013/11/24 11:33 [edit]


中学生の頃の大海さんは、今以上にピュアで多感だったのですね。
そういえば、そのころに真が生まれたんですよね。
院長先生のお話を、とっても素直に自分の中に取り入れていかれたんだろうなあ・・・。
自分の、猛烈反抗期の中学時代の記憶が、恥ずかしい><

私も、前世というのは、あまり信じていないのですが、世の中には信じざるを得ないような不思議なエピソードがたくさんありますよね。
あるのかもしれないけど、無いのかもしれない。幽霊にしても、超常現象にしても、そんな中間のスタンスで、いろいろな話を聞くのが好きです。

確かに懐かしいと思える風景って、ありますよね。
もしかしたらどこかでインプットされたのかもしれないですが、ぐわーーーっとイマジネーションが湧く場所。きっとそれらは、自分を形成するものの一つだと思うので、大事にしたいです。

前世回帰のセッションかあ・・。やってみたいな^^

lime #GCA3nAmE | URL | 2013/11/24 23:13 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

中学生の時は、田舎の子どもがちょっとお洒落な学校に行ってびびっていた状態というのもあったような気がしますが、未知の世界を教えてもらえることが楽しかったみたいです。
一応、ピュアだったということにしておきたいと思います^^;
(自分で書いておきながら、ちょっと照れている……)
真の原型は小学校の後半には存在していたのですが、形になったのはこの頃でした……
でも、今では全然ピュアじゃない兄ちゃんだなぁ。私の歳や経験と共に、小説のキャラたちもだんだん生々しくなってきているのかも。
逆に、猛烈反抗期の記憶がない私には、そのほうが羨ましいです(^^)

私も、100%信じてはいないのですけれど0%でもない、という感じです。
きっと幽霊は磁場の乱れだわ、とか思ったりもするけれど、あるいは怖いと思ったら暗闇ではシーツも幽霊に見えるんだわと思ったりするけれど、人の脳のいたずらにしてもそのように思ってしまう人の心や脳の働きには興味津々です。
そうですね、中間のスタンス、私もまさにそんな感じです。

懐かしい風景というのも、記憶が明瞭でなくても、実はどこかで見てきた(実際でも、写真やテレビの映像でも)ものに似通っていて、懐かしいと思っているだけかもしれないと思うのですけれど、自分が受けたインパクトとしては結構大きかった気がします。
本当に、脳って面白いな、と思うのでした。
どこからが錯覚で、どこまでが現実? それともみんな錯覚?
ただ、そう思ったことには理由があるのと思うので、その感覚は大事にしたいですよね。
実はもうひとつ、見た瞬間に懐かしいと思った景色が……
それはガラパゴスのリクイグアナが並んで遠くを見ているシーン。
う~ん。実は私の前世は、リクイグアナ??

> 前世回帰のセッションかあ・・。やってみたいな^^
一度チャレンジしてみてください(^^)
疑ってかかるか、それとも取りあえず信じる方向で行くか、その時の気分によって大きく結果は異なる気がしますけれど、これって占いと同じですよね。
私の場合は、サンタフェという土地にもよって気持ちが動いていた可能性がありますし……^^;

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2013/11/25 07:43 [edit]


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# |  | 2013/11/25 08:02 [edit]


こんばんは~。

デジャヴュあるいはデジャブと言うんでしょうか?
サキもそういう話を聞いたことが有ります。自分でも何度か感じたことが有ったと思うんですが、もうすでに忘却の彼方です。なんで覚えておかなかったんだろうと思うんですけど、あれ?と感じてそのまま……ということだったんだと思っています。あれ?と感じたこと、それだけを憶えているんですね。
それは前世が有ってまた次が有るんだったら嬉しいですけど、まったく記憶に残らないんだったら意味が有るのかどうか難しいです。
どなたか偉い人がおっしゃっていたんですが(どんな人かまったく覚えてないんです)人は死んだら無になる。なにも無いんだから死後を心配することは無意味だ。(そんな意味の発言だったとサキはサキなりに解釈していますが、本物はもっときちんとした発言なのでしょう)
この考え方もすごいと思いますが、ちょっと救いが無いような気がしています。
でも何も無いのだから、救いも必要無いのかな?などと思ったり。
そうやって考えていると、胸のあたりがギューンと重くなってきます。
では、さらに重くなる前に考えるのを止めます。
前や次があったらいいな……と思いながら。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2013/11/25 20:25 [edit]


こんばんは

前世はですね。
私は勝手にある事にしています。といっても自分に記憶があるわけではなくて、それを知りたいというわけでもありません。単に、なんていうんでしょう、「今やっている事は、とあるステージの学びで、それをやらないとまた留年でやり直し」みたいなイメージです。
今回の私の人生は、かなり恵まれている方で、その上、かなり波瀾万丈っぽいのですが、「楽なんだから、あれも、これも、学んでおけ」みたいな感じなのかなあと。

彩洋さんもクリスチャンスクールの出身なのですね。実は、私も小学校と中学の一年生までがカトリックの学校だったのですよ。その後は公立の学校でワイルドに育ちましたが。

お弁当美味しそうです。和食って、ほっとしますよね。特に竹に包まれていたりすると、ただの食べ物から文化になるような。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2013/11/26 04:13 [edit]


鍵コメH様、ありがとうございます(^^)

見ました!ビクスドール!
すごいですね。いや、すごいです。こんなすごいものが造るのは初めて、とかいう感じで家で(?)造ることができるんですね。びっくりです。感動的でした。Yさんは多分、創作ということに才能がおありなんでしょうね。
あぁ、でも、同じミッションスクールでも、私が通っていたのはカソリックではなくプロテスタントで、制服もなく、こんな清楚な感じではありませんでしたが^^;
「理想の女性像」の追求、いいですね。なんだか全ての男性の作家さんや画家さんは、それを求めているんだなぁと思います。現実の女性は……あれやこれやありますけれど(す、すみません^^;)。
私は何を求めているかなぁ。理想の男性像じゃなくて、理想の……何だろう?

前世かどうかは分かりませんが、あるいは記憶が明瞭ではない子どもの頃の記憶なのか、でも懐かしい景気や気配があるというのは、そしてそれが良い思い出に繋がっているのなら、それはとても幸せは感じがします(^^)
私も具体的に前世があるはずと思っているのではないのですが、初めて見たはずのものが懐かしいと思う時の感じはとても好きです。
講演は……いえいえ、本当に単なる専門分野のことなので、まるきり前世とは関係がないのですが^^;
コメントありがとうございました(*^_^*)
そして素敵なお人形も拝見させていただき、ありがとうございました(*^_^*)
Yさんにもよろしくお伝えくださいね(*^_^*)

彩洋→鍵コメH様 #nLQskDKw | URL | 2013/11/26 20:45 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

そうなんですよね。デジャヴというのは脳のいたずら、勘違いというものらしいですけれど、それにしてもなぜそんないたずらをするのでしょうか。何となく、脳の勘違いの最終目的は、死の恐怖を和らげることに違いないと思っているのですが、それが「前世がある」「また生まれ変わる」という究極の勘違いに向かわせているのかしら、とか思ったりもしています。
でも、懐かしいと思う気持ちって、とても不思議で、そして優しい感じがするのです。
まさに、サキさんのおっしゃる通り、「あれ?」と感じたそのイメージが、実は大事なのかも。

実は私も、死んだら「無」だと思っています。
つまり個としては無になるだろうと。それは実はトルストイの『戦争と平和』を読んでいて、確信したのですけれど……もちろん、周囲の人にはいささかの影響はあるだろうけれど、その人たちもいなくなれば、記憶は残らない……
でも、個ではなく生命自体としての記憶や遺伝子に刻まれた何かは続いていくのだろうと思っているのです。
これはきっと生命の40億年の不思議ですよね。だから救いはちゃんとあるのかなぁと思います。
きっと地球にとって、そして生命全体にとって大事だと思うものが残されていくのですよね。
> そうやって考えていると、胸のあたりがギューンと重くなってきます。
> では、さらに重くなる前に考えるのを止めます。
うん…確かに重くなります…・ね。何かの形できっと善きものだけが残されていくことを期待したいです(^^)
コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2013/11/26 21:20 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

>「今やっている事は、とあるステージの学びで、それをやらないとまた留年でやり直し」みたいなイメージ
これ、何だかわかります(^^)
もちろん、個としての自分に前世があったりとかは思わないのですが、人類という種としては何か大きな記憶があって、それが前世というのか、時の流れというのか、そういう大きなものが動いているような、そんな気がするのです。
で、個人としては、夕さんのおっしゃる通り、できるだけ多くを考えたり、感じたりして学んでいく、そういうことなんですよね。どんな時代も人生もすべて肯定といういうことがないので、きっと前世とか来世とか考えるのだと思うのですけれど、結局は今のこの自分がちゃんとしていないとダメなんだろうな、と。

> 彩洋さんもクリスチャンスクールの出身なのですね。実は、私も小学校と中学の一年生までがカトリックの学校だったのですよ。その後は公立の学校でワイルドに育ちましたが。
私は逆に小学校の時はワイルドでしたが(どちらかというと、世間ずれのワイルドではなく、時代が時代なので、まさに野生のワイルド)、中学・高校ではちょっとお嬢様風(あくまでも「風」)ワールドにおりました。
で、また予備校で普通に戻りましたが、あれこれ楽しかったです(^^)
でも、ここに書いたエピソードは飾り気なしのほんとの話ですけれど……

> お弁当美味しそうです。和食って、ほっとしますよね。特に竹に包まれていたりすると、ただの食べ物から文化になるような。
そうですよね~。このお弁当、実は値段を見てびっくりの安さなのです。
同じように細かく詰め込まれた京都の料亭のお弁当に比べて、食材の安さかもしれませんが……
高級感は低いけれど(結構詰め込み型)、ちょっとした工夫でお洒落に……これは値打ち物という気がしました。
実際に結構、美味しかったですし(^^)
何種類かあるみたいなので、機会があったら350円のお子様弁当も見てみたいです。
コメントありがとうございました(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2013/11/27 02:54 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/362-99250cfb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)