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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨95] 第20章 ローマから来た男(2) 

【海に落ちる雨】第20章その2です。
美和は、代議士・澤田顕一郎の故郷、大分・国東半島にいます。
澤田と、その秘書・村野の過去・人間関係にはずいぶんと複雑なものがあったようで……
そんな話を聞いて、村野家の墓を見に行った美和。そこである男に会い、警告されます。
「首を突っ込むな」
さて、お楽しみください。





「ね、澤田先生の名前を出したら、誰も何も言わないでしょ」
 確かに、地元では澤田の名前は絶対の武器みたいなものらしい。
「若い芸術家を古い温泉地に住んでもらって村興しを提案したりしてね。何しろ、若い人が出て行くようでは駄目だって、私もそう思うのよね。ほら、フランスの南西部の古い村も、誰も住まなくなった家を若いアーティストに安く貸して、芸術の村みたいにしてたりするんだけど、ああいうイメージなのかしら。確かに日本は地方の色がもっと残ってもいいはずよね。東京に偏り過ぎなのよ。まぁ、仕事もないんだけど」

 家族と話しているときは、地元の言葉で話している清美も、美和と二人になるとほっとしたように方言を使わなくなった。そもそも東京で生まれ育ったのだから、むしろ方言の方が後で身につけなければならなかった言葉なのだろう。もっとも、方言と言っても、根本的なイントネーションはその土地で生まれた者と同じようにはならない。
「時々私も、ずっと村にいた人間じゃないから、お前には分からない、なんて言われることもあってむっとするのよね」

「澤田代議士も、そういう意味では若いころからずっとこっちにいた人じゃないですよね」
「そうなのよ。でもあの人はバランスのいい人だと思うの。考え方がスマートっていうのかしら。拘りがないわけじゃないし、理不尽は許せないってところもあるけど、人の話はよく聞く人だし、揉めてたら双方の言い分を聞くタイプ。さすがに元記者ってのあるわよね。情報収集の時にはプラスの話とマイナスの話をバランスよく集めてくるってのかしら」

「やっぱり昔からモテたんでしょうね」
 清美は炬燵机に身を乗り出してきた。
「興味ある?」
 美和も身を乗り出す。
「もちろんですよ。ご結婚は遅かったそうですし、若いころは色々あったのかなぁって。九州日報の元記者さんに昔の写真を見せてもらったんですけど、いい男だし、女性がほっとかなかったでしょうね」

「それがねぇ、意外に堅い人なのよ」
 少し声を潜めるようにして清美が言った。
「こんな小さい村だから、みんな他人の家の事情もよく知ってるんだけど、多分うちの夫や姑に聞いても、地の人は言わないと思うわ。言いたくないってのでもないけど、お前には関係ないだろうって感じかしら」
 清美は更に美和のお猪口に地酒をなみなみと注いでくれた。何でも、清美の母親の親戚にあたる家が地酒の杜氏だという。おいしいです、と本気で美和が褒め称えると、本当に嬉しそうに次々に純米、吟醸、大吟醸と格が上がっていった。

「澤田先生、若いころに失恋して、今の奥さんと結婚するまで仕事一筋って感じだったのね。その失恋の相手ってのが、そもそもこの村の人でね。ま、狭い村だから顔と名前くらいはお互い小さいころから知ってたんだろうけど、親しく話をする間ではなかったみたい。その女の子、村でも評判の美人で、それが隣村だかもっと町のほうだか知らないけど、どこかから噂を聞きつけて来た若者に乱暴されそうになって、助けたのが澤田先生だったんだって。澤田先生が高校生で、その女の子が中学生。淡い恋の物語よね。でも、澤田先生はやっぱり男子たるもの身を立てなければ、って人で、大学は東京に出ていったでしょ。遠距離恋愛になったけど、それでもちゃんと関係は続いていたみたいよ」

「でも、澤田先生は卒業されてからは博多にいらしたんですよね」
「そうなの。一旦東京の出版社に勤めて、しばらくしてから九州日報に入社されたのよね。それから記者としての仕事は、まさに油に乗り切ってたから、本当に日本全国飛び回ってらしたでしょ。残された恋人は寂しかったんでしょうね。で、彼女はこの村の別の男と結婚したわけ」

「澤田先生、ショックだったんでしょうね」
「自業自得なんだって、おっしゃってたわよ。彼女をほっぽり出して仕事に夢中だったって。で、私たち事務員やアルバイトの若い連中を飲みにつれて行って下さると、人生って短いんだから、この人と思ったら迷わずに飛び込んで、できる限り手を離すんじゃないって、おっしゃってらしたわね。もちろん、その若いころの失恋話を引きずってるなんて話はされなかったけど、私たちの間ではそういうことなのかなぁって。でも、もちろん、奥さんの事はちゃんと愛してらしたと思うのよ。これは私の願望だけど」
「澤田先生には愛妻家であって欲しいという?」

「そう。私たちのヒーローだからね。でも、私もだんだん歳を取ってきて、やっぱり澤田先生は奥さんよりその人を愛していたんじゃないかって思うようになってきた。自分のそれなりに人生経験を重ねて、そう言う複雑な愛の在り方が不快じゃないってのか、人生ってそういうこともあるのよね、って思えるようになったのね。ま、奥さんは元首相の親戚の人でしょ、悪いように考えたら、澤田先生の野心の表れって感じがするから、逆に奥さんとの間がちゃんと恋愛であって欲しいって思ってたのよね」
「わかります」
 美和がすかさず相槌を打つと、清美は頷いて、また自分と美和のお猪口に酒を注ぎ足した。

「その女の人は今もこの村に住んでらっしゃるんですか」
 ちょっと顔でも見ておこうかと思って聞いたら、清美は少しの間聞き耳を立てるかのように黙って、目だけで周囲を気遣い、また美和の方に身を寄せた。
「九州日報で何か聞かなかったの?」
「もしかして、村野さんって人の話ですか? やっぱりこの村の出身で、九州日報の大株主で、澤田先生の後援会の会長だった人」

 清美は頷いた。
「余所から来た人に言う話じゃないって、うちの人たちは言うだろうなぁ。別に村の誰かが好ましい人物じゃないからって、村の責任でもないのに、って私は思うわけなの。でも村って、やっぱり閉鎖的だからね」
「わかりますよ。うちも山口県なんですけど、昔からの人はやっぱりかなり閉鎖的です。いい意味でも悪い意味でも」
 お猪口を傾けながら、清美は少し遠い目をした。

「澤田先生の家と村野さんの家は元々親戚なのね。古い時代の話はお年寄りも言わないから細かいことは分からないけど、どうやら澤田先生のお父さんと村野さんのお父さんの間で、女の人を間に挟んで揉め事があったみたいで、村野さんはまだ小さい時に父親と一緒に一度村を出て行ったの。村野さんにはお姉さんがいたんだけど、まだ若かったのに自殺か事故かで亡くなって、そのすぐ後らしいわ。後から聞いた話では、村を出てから新潟にいたんだってことだけど、村野さんが高校生の時に村に戻ってきた。それも大金持ちになってね。村野さんのお父さんが戦争中からやっていた事業が大当たりしたんですって。福岡あたりの不動産も随分所有していたらしいし、大分の村の土地も、澤田家の土地も含めてあっさりと即金で買い叩いたわけなの。もちろんその時には、澤田先生の家はすっかり零落してたから、お金が手に入っただけでも良かったのかも知れないし、二束三文にもならないような土地にボランティア的にお金を出してくれたみたいだから、村にとっても有難いというわけなんだけど、何だか嫌味っぽいでしょ」
「それって、つまり、自分たちを追いだした澤田先生の家や村に復讐した気分ってことでしょうか。あ、追い出したってのは私の想像ですけど」

「多分想像通りよ。でもね、村野さんって、私が澤田先生の事務所でアルバイトし始めたころはまだ秘書をされてたんだけど、何だか不思議なムードの人だったわ。表面的にはあんまり自分の主張を押し通したりするようなことはなくて、言い方も優しいし、人をよく見ていて結構フォローが上手くて、時々自分は損をしている、って感じの人だったの。でも、なんてのか、何を考えているのか分からないところがあって、人の話はよく聞くけど、実はあんまり興味はないみたいにも見えた。それに、ちょっとややこしいことが起こると、ふと気が付いたら村野さんの思うようになってるってのか。裏で結構お金が動いているんじゃないかっていう噂もあったわね。でも、澤田先生の傍は離れなかった。だから、事務所の事務員やアルバイトの間では、村野さんはすごい澤田先生のシンパなんだってことになってたわけ。ほら、代議士と秘書って、ちょっと女には言いにくい言葉だけど酔ってるからいいことにしてね、先生のケツを拭けるくらいの間柄でないとって言うじゃない。比喩であっても、言葉通りであっても。そういう意味では、澤田先生と村野さんって、家同士の確執や愛憎を乗り越えて、傍目には恋愛関係じゃないかって思えるくらいの仲だったのよ。それが高じてなのかどうか、澤田先生の元恋人と村野さんが結婚したのかしらって」

 男と女の三角関係というものは、どれも似たり寄ったりなのかもしれない。結局、最後に女が何を望むかという事なのだろうか。ふと真の顔を思い浮かべ、それから少し遠くに離れている仁を思う。
「その女の人は何を考えてたのかしら。お金に惹かれたってこと?」
「どうかしらねえ。でも、村野さんと結婚してから、その人、すぐに失踪しちゃったのよ」
「失踪?」
「でも、ここからはミステリーよ。その人のお墓はあるわけ。失踪って格好悪いからお墓だけは作ったのかしらね」
「戸籍は? もともと村の人ですよね」
「それがね、母親と二人きりで、そもそもは親子でどこかから流れて来たらしいのよ。当時は戦争直後で戸籍なんてしっちゃかめっちゃかだったらしいし、母親はどこかの金持の二号さんか長崎の花街の人だったとかで。噂だけど」

 清美はふっと息を吐いた。
「でもまぁ、色々あったわね。時々、澤田先生は妙に落ち込んでらっしゃる時があったのね。そうしたらいつも村野さんが何時間も話を聞いてお酒の相手をしてあげたりしてて、で、しばらくしたら心配事の種が消えてなくなってたりするようなこともあって。なんてのか、村野さんあっての澤田先生って印象を周りの人間に植え付けてたってのか。ヤクザとの関係を詮索されたときだって、澤田先生は小松組の幹部だって知らずに少しの間付き合ってらしたと思うのよ。でもあの時は、ちょっと私たちの間で、あれって村野さんが澤田先生を嵌めたんじゃないかって噂になってた。そのうち、澤田先生を追い込んで、自分が後を継ぐつもりなんじゃないかとか。そうなってたとしても、うちの村の人は、誰も村野さんには投票しなかったと思うけどね。でも、お金がものを言ったら分からないかな」

 また清美はふっと息をついた。酔いと睡魔が適当に襲ってきているらしい。
「確かに、村野さんの個人的な支援がなかったら、澤田先生は代議士になってもいなかったし、続けてもこれなかったし、って面はあるのよ。でも、澤田先生は、もし代議士じゃなくても何某かの世界でちゃんと輝く人だったと思うから、だからこそ、村野さんが亡くなった後でも、以前に増して立派に仕事をされてるわけだしね」

「村野さんって癌で亡くなられたんですよね」
「うん、秘書を辞めてこの村に戻ってきた。介護婦兼家政婦として雇った女性と、一応戸籍上は結婚したみたいだけど、でも村の人は誰もあの家に近づかなかったから最後の方の事情はよく分からないのね。他にも若い女が出入りしていたって話も聞いたけど。結局最後は村野の家は火事で焼けて、焼死したのか、病死してから焼けたのか、よく分からないみたいね。事件性はないってことで、あまり調べた気配もなかったし」
 もう寝ましょうか、と言われて、美和は素直に頷いた。


 翌朝、美和は敷島家の人々に何度も礼を言って、駅まで送って行こうという申し出を何度も断って、ちょっと辺りを歩いてから帰りたいのだと告げた。バスの時間を確認してから、昨夜寝る前に清美に聞いていた村の墓地に出かけた。夜のうちに雨が降っていたらしく、水を含んだ空気も、木々の葉も、照り輝いて見えている。
 墓は村の山手に幾つかかたまっていて、おそらく集落の何軒か分の墓が集まっていたのだろう。美和が墓地に辿り着いたときも、山手の深い森からは雨の香りが強く匂っていた。足下の地面もたっぷりと水を含んでいる。木の葉で足を滑らせながら、美和はその墓石にに辿り着いた。

 墓石に刻まれた『村野家之墓』という文字はくっきりとは浮かび上がらず、土埃を吸い込んでくぐもっているように見えた。美和は墓石の側面に回り、文字を確かめた。年齢から村野の両親と思われる人物と、幸という村野の姉らしい人の名前と、村野自身と、それに小さく花、と書かれているのが村野の妻の名前だったのだろう。村野の姉らしい人は、十四で亡くなっていた。墓にはもう訪れる人もいないのか、供えられる花の影もなく、墓石はひびが入っていた。

 村野耕治の亡くなった日付は彫られていなかった。名前だけが記されている。誰も供養する人がいなくて、日付さえ彫ってもらえなかったのか。それにしては名前だけは彫り込まれている。あるいは墓に入れるべき骨がなかったのか。これがミステリーなら、あるいは実は生きているのか。

 美和がその名前を見ている時、背後に湿った地面を踏む重い音が聞こえた。
 美和は慌てて振り返った。
 そこに立っていたのは、大和竹流の病室で見かけて跡をつけていった男だった。
 つまり、村野耕治の息子だ。
 これは危険な状況で大声で叫んだ方がいいのか、いや、ここはすごい田舎でもはやどうしようもないのか、とりあえず考えがまとまらないまま美和は突っ立っていた。

 男は最初にわざとらしい溜息をついた。古いコートを着て、幾分か髪に白いものが混じっているが、機敏そうな身体つきは、まだ男がそれほどの年齢ではないことを物語っている。
「あんたもしつこいな。忠告したはずだぞ」
 男は厳しい声で言った。しかし、ここで引き下がるわけにはいかないと思い、思わず胸を張ってしまった。
「残念でした。そうは簡単に引き下がれないのよ。私たち、大家さんが帰ってこないと困るの」

 美和がそう言うと、男は小さめの頭を振った。さすがに極道の女だな、と呟いて、男は地面に唾を吐き出した。
「大家さんがどこに居るのか知ってるんでしょ。大体あなた、何でこんなところをうろうろしてるわけ?」
 男は面白そうに笑った。
「あんたんところの先生も大概しつこいみたいだが、あんたも得にならないことに首を突っ込んで何が面白いわけだ? そのうち本当に危ない目に遭うぞ」
「面白くてやってんじゃないわ。大家さんを返しなさい」

 美和が息巻いて言うと、男はもうひとしきり笑った後で、美和に名刺を差し出した。青い艶のある紙に、歌舞伎町『シャッフルズ』という店の名前が書かれてあった。
「相川真に渡してやれ。その気になったら来い、ってな」
 え、と思って何か言いかけた時には、男はもう美和に背を向けていた。
 墓地を出ると、きらきらと光っていた朝の地面も、随分艶を失っていた。時計を見て、バスの時間が近いことを確認すると、今度は早く真の顔が見たくなって、歩いても十分に間に合うはずなのに、走ってしまった。

 それでも博多に戻ると、もう一泊して図書館に籠り、澤田と村野の関係が分かるような記事をできるだけ探した。だが、核心に触れるような記事はほとんど発見できなかった。
 実家に寄る気分にはなれなかった。だが、電話をしてあったし、母親は料理を作って待っているだろう。弟にも約束していた時計を届けてやらなければならない。
 墓地で受け取った名刺を取り出して見つめていると気持ちは焦ってくるのだが、ヤクザと暮らしていることを気取られないようにするためにも、時々は家族の顔を見てさりげない会話を交わしておく必要があるのだと思っていた。

「遅かったね」
 母親の声を聞くとほっとして、手料理を食べると、急に東京が遠くなった。弟二人と馬鹿話をして、半年前の喧嘩の続きをして、それでも時計を出すと彼らの態度はコロッと変わった。下の弟が空手の県大会で二位になったというので褒めてやると、上の弟は強豪校のテニス部のレギュラーになったことを自慢した。どっちが偉いのかで揉める二人を宥めるのではなく、更に火をつけて遊ぶのが美和の楽しみだった。

 やっぱりほっとする、と思う。思うのだが、何かが足りない気もする。
 真と仁にこんな場所があるのだろうかと考える。そしてふと、真にとってはやはり大和竹流の傍らこそ、その場所なのだと思った。
 じゃあ、私にとってすべてを満たしてくれる場所はどこなのだろう。それともそんな場所があると思うのは、幻想にすぎないのだろうか。





さて、美和は東京へ戻ります。
そして、仁と再会。そこに待っていたものは……
お楽しみに(^^)
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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