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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨97] 第20章 ローマから来た男(4) 

【海に落ちる雨】第20章、続きです。
竹流の行方を捜して佐渡に行った真は、竹流のものと思われる血の跡と、竹流の愛車・フェラーリの爆破を目撃してしまいます。彼の身によからぬことが起こっていることだけは確かだと思い、焦りと怒りに取りつかれている真。
真の事務所のオーナーである仁道組の跡取り息子・北条仁は「(真が)危なっかしい、おっかない目をしている」と美和に告げます。
真はついに、ローマから竹流を奪還しに来た彼の叔父、チェザーレ・ヴォルテラと対峙します。
さて、チェザーレの話を注意して聞いてみてください。もしくは、話半分に聞いてください。
頭から言っていることを信じてはいけません。
多分、真面目に読むと騙されます。この男は、真を値踏みしているのです。
ただ、言葉の端々に、この事件の糸口は見え隠れしています。
「cell」はある意味、物語全体の仕組みを解くキーワードかもしれません。





 真は帝国ホテルの最上階の部屋で、黙って座っていた。
 リビングのソファには真以外の誰も居らず、さっきから遠くのほうで何かの機械音が響いているだけだった。部屋の窓は少しだけ開いていた。風が吹き込んで、時々頬に当たる。
 目を閉じると、心の中は空っぽだった。

 昨夜、高瀬がホテルニューオータニにやって来た。用件はひとつだけだった。
 ローマから、チェザーレ・ヴォルテラが来た、と。そして、相手は躊躇うことなく、真に会うことを選択した。
 とにかく、一晩は眠るようにと言われ、高瀬が差し出した薬を抵抗なく飲んだ。眠りは泥の中を這い回るようで、一晩中生と死の間の僅かな隙間を彷徨っている感覚だった。足は既に死神に掴まれているのか、それとも自分が死神を捕まえているのか。体は重く、全ての細胞が、暗い色の水を含んで重量を増している。

 本当は外の世界は随分と明るいのだろう。しかし、今真のいる場所には、色も光も上手く届かない。
 テーブルの上には、ルームサービスで運ばれてきた朝食がそのままだった。何も口に入れる気がしなかった。
 やがて、真は立ち上がった。さっきから異様な緊張感で、実際に鼓膜には何の音も届いていないのに、ドアの外の気配までも分かるほどだった。
真はドアを開けて、外に立つ男を迎え入れた。


 チェザーレ・ヴォルテラ。
 以前会ったときは熱に魘されていたからなのか、真にしては珍しく、その人の顔をはっきりと記憶していない。本心とは思えないが、竹流が会いたくないと言っていた彼の叔父は、ローマで熱を出していた真に対して、むしろ心配そうな気配さえ示してくれた。真は予想外の暖かく親密な気配に戸惑った。

 しかし、真は全く別の気配も覚えていた。
 東京に戻る前、竹流は教皇との面会に呼び出された。一緒にサン・ピエトロ寺院に行き、小さな礼拝室で竹流を待っていたとき、隣に座った男の気配は重く苦しかった。真は顔を上げることもできず、静か過ぎる礼拝堂の冷えた空気に怯えた。周囲の人々の囁くような会話、潜めるような足音は、もうすっかり別の次元のものとなり、真の周囲からは消え霞んだ。覚えているのは、あの時見つめていた自分自身の手と、左の耳に残る穏やかで是非を問わない声だけだった。
 今はあなたに預けますが、いずれはここに戻します。

 それ以上関わったわけではないので、どういう人物なのかは想像と噂話でしかない。
 時々夜中に、マンションに電話が掛かってくる。竹流はその電話を決して寝室では取らない。リビングで交わされる会話は、真には半分しか聞こえないが、しばしば熱を帯びている。そのうち相手と揉めているのがはっきりと分かる。イタリア語の言葉の勢いのせいもあるのだろうと思っていたが、電話を切った後、ほとんど煙草を吸わない竹流がいつも葉巻を吸っている。ベッドに戻ってきた彼から、葉巻の強い香りがする。

 その同じ香りが、今チェザーレから香っていた。
 頑強な身体、竹流よりは幾分か背は低く、緩やかにウェーヴのかかった髪は灰色だったが、意思の強そうな眼は、全く同じ青灰色をしていた。
 この男が彼を愛している、それは叔父が甥に向ける以上のもので、まさにわが子を思い遣るような愛情だった。

 そのことを竹流自身は知らないのだろうか。傍が見れば明らかに分かる同じ面影、惹きつけられるような整った顔立ち、そして人間的なよく使われた手。何気なく目に入った左手の薬指に、竹流と全く同じ指輪が嵌められていた。
 もし年齢が近ければ、そして見ているだけならば、真はこの手と彼の手の区別がつかないかもしれないと思った。もちろん、触れてみればきっと彼の手は分かると思いたかったが、正直自信がなかった。それほどまでに、血の繋がりは明確だ。

 だが、その手を見つめているうちに、身体の震えは収まっていた。カッとするような熱さえも、体の奥深く押し込められて冷たく固まっていた。
 リビングのソファに向かい合って座ると、チェザーレは真が全く手をつけていないテーブルの上のコーヒーのポットに手を触れ、直ぐに立ち上がった。デスクの上の受話器を上げ、綺麗なクィーンズイングリッシュでコーヒーと暖かいミルクを注文している。
 竹流が話すイントネーションと全く同じだった。

「手を引くつもりはありませんか」
 注文を終えてソファに戻ると、チェザーレは穏やかな、そして艶やかな声で真に話しかけた。血の繋がりというものは、これほどまでに残酷なものなのか、と真は思った。
 目を閉じると、聞き違えるかと思うほどの声。
「ありません」
 そして、自分の話す英語も、竹流が教えてくれたものだ。チェザーレは真の言葉の調子にそのことを感じたのか、少し頬を緩ませたように見えた。
「それならば、覚悟が必要です」
「覚悟なら、十分にしています」

 チェザーレは真を見つめている。同じ青灰色の、吸い込まれそうな瞳だった。
「これはあなたの今いる場所とは違う次元で起こっている。私が覚悟と言ったのは、あなたが場合によっては一生、こういうものと付き合っていく覚悟があるかと聞いたのです」
 真は返事をせずにチェザーレを見つめ返した。
 二度と堅気の世界には戻れませんよ、と言われているわけか、と単純に理解した。武史も、仁も、どこかでこういう一線を越えたのだ。

 チェザーレはほっと息をつき、深くソファに凭れた。
「あれの事はよく分かっています。自分の身は自分だけのものだと思って、こうして無茶をする。あれがいつまでもこんなことをして、自分の命を危険に晒すようであれば、いつまでも遊ばせておくわけにはいきません。言っている意味はお分かりですね」
 真は暫くの間を置いてから頷いた。
「あなたが覚悟していると言うなら、私に異存はありません。あれがどうしてもあなたを必要と言うなら、あなたの身は私が引き受けます」

 さすがにそれには真は驚いた。自分がこの男に受け入れられることは絶対にないと思っていた。
 この男と自分が竹流を間に挟んで、相容れることなど不可能だ。だが、それをこの男は簡単に乗り越えてくる。あの破廉恥な雑誌の記事でさえ、それをカトリックの総本山を後ろで支えている大きな組織のトップが、事も無げに受け入れるのか。
 義理や人情などというもののために命を掛ける、そういうことに目的を見出すタイプの人間。『河本』がチェザーレに対して語った言葉だ。

「どちらにしても、予言に従えばもうタイムリミットですし、私の中でもあなたのことは以前から覚悟ができていたことです。あなたのお父上はこれで完全に私の敵になってしまうでしょうが、やむを得ませんね。彼とて、愛するもののため、馬鹿げた世界に身を投げ出した。しかもその結果として、愛するものを取り戻せたわけではない。アイカワさん、ここは酷く孤独な世界です」
 真はそれには答えを返した。
「僕は、ただ彼を見つけたい。それだけです」
 暫くの間、チェザーレは何も言わなかった。

 呼び鈴の音がして、チェザーレは真を見つめたまま立ち上がった。ドアの方へ向かい、短い会話を交わしている。直ぐにホテルの従業員がミルクとコーヒー、ブランディを持って入ってきた。
 二人きりになると、チェザーレは温かいミルクにブランディを零し、真に勧めた。真が動かないでいると無理矢理手に持たせてくれる。
「食事が咽を通らないなどと、子どものようなことを仰られては困ります。あなたは戦場に行こうとしている。鉄則は、食えるときに食う、眠れるときに眠る、です」
 息をひとつついて、真はミルクを飲んだ。ブランディの香りが鼻腔を刺激した。
 穏やかに暖かい言葉なのに、有無を言わせぬ調子。真の同居人が持っているリズムと同じものだった。

 暖かいものが食道から胃に落ちていくのがわかった。竹流の最後の消息を確かめてから、初めて口にしたものだった。
 途端に、手が震え、視界が曖昧になった。身体の中では怒りと焦りが黒く重い渦を巻いていた。握り締めているカップでさえ、手の中で壊れそうなほどに突き抜けてくる感情。それを目の前の男に悟られるのは、とんでもなく拙いことだと思えた。
 しかし、気が付いたとき、真は隣に座った男に頭を抱き締められていた。その身体からやはり強い葉巻の香りがした。
「あなたが彼の姿を見たら、そんなに平静ではいられない」
「今も十分に私も平静ではありません。そいつらの体を生きたまま割くつもりです」

 残酷な言葉を男は淡々と、当然の権利というように言い切った。
 もうこの世にいないかもしれないとは、到底口にできなかった。そして、それはお互い同じ感情なのだと理解できた。あなたにもそれができますか、と問われている気がしたが、答えなど簡単だった。
 やがてチェザーレはその大きな手で真の頭を包み込み、額に口づけた。
 それはいつか、ローマの教会で穏やかな神父が、あなたには神が見えていると言って祝福してくれたのと同じ口づけだった。
 真は、今、自分が神に捕まったのだと、そう思った。

「さあ、とにかくミルクを飲んで、温まりなさい」
 真がミルクを飲みきり、チェザーレはコーヒーを飲んで、少し落ち着くと、チェザーレは懐から葉巻を取り出し、自ら端をカットして真にも一本勧めた。真は有難く受け取り、火をつけてもらった。
 チェザーレはひとつ大きく吹かし、息をつく。
「スィーニャヤ クローフィ」
 真は顔を上げた。呪文のような言葉だった。

「帝政ロシア時代の皇帝の親衛隊から生まれた秘密結社です。今でも活動を続けているのかどうかはわかりませんが、世界中に溢れている懐古趣味の秘密結社のひとつです。言葉の意味はロシア語で『青い血』、つまり高貴な血を持つ人間という意味です。こういう手の秘密結社でもっとも有名なものはナチスだ。つまり私が言いたいのは、そういう馬鹿げたことを本気で考えている連中がいるということです」
「それが、何の関係が」
「最近、中東や南米の戦争にソ連製、またはその改造品と思われる武器が大量に出回っています。彼らが本気で、高貴な血を持つ人間だけの国を作り上げようとしているのかどうかは知りませんが、世界各地の紛争に喜んで武器を提供している。勿論、世界の大国にもそうやって金儲けをしている国や組織はありますが、その秘密結社は実際、下品な血を持った人間たちが殺し合って滅ぶことを望んでいるのだとか」
 チェザーレはまた言葉を切って、暫く葉巻を吸っていた。

「そして、そういう組織には資金繰りと、異質ではあるが何らかの形で役に立つ協力者が必要です。資金繰りに日本人が一人、絡んでいるという噂がありました」
「日本人? 青い血を持っていなくても構わない、ということですか」
「金を持っているものは別です。協力者には特別な加護があるという話になります。もっとも日独同盟のとき、ナチスは随分回りくどい説明で、日本人はゲルマンの民族と血の友であると証明していたようですから、理屈などいくらでも作られるのでしょう。それにこういう組織の多くは、中東のテロ組織と同じ仕組みを持っている」
 淡々と話すチェザーレのいう言葉は、まるで異次元の物語だった。
「同じ仕組み?」

「cellという概念をご存知ですか? 少人数のグループがあり、その中の者同士はお互いを知っている。しかし、隣のグループの構成員の顔は知らない。グループのリーダー同士は両隣のリーダーのみを知っている。そういうふうに組織が層状に積み重なっていて、ある部分が露呈しても、それが上層部まで及ばない仕組みになっている。被害を最小限に留めるのです。だが、こういう組織には弱点もある。組織を長く持たせるには良い方法ですが、統制がとれない。命令が行渡るのには時間がかかるし、もしかして組織そのものが瓦解していても、下の方の構成員はそれを知らない可能性もある。戦争が終わっていることを知らずに、ジャングルの中で銃を撃ち続けているかもしれないのです。だから、こういう組織には、絶対に揺るがない理念と符号が必要だ」

「理念と符号」
 真は言葉の意味を履き違えないように、ゆっくりと繰り返した。
「つまり、それを見れば、それが組織にとって重要なものであるとわかる記号、もしくは暗号です。以前ロシア全体主義の時代に活躍した作曲家の音楽の一節が、その記号になっているという噂がありましたが」
 真はしばらくチェザーレの顔を見つめていた。頭の中に無残にばら撒かれたパズルのピースが、ところどころで上手く数ピースずつ形を作る。けれども全体像は全くわからない。目指すものがどのような完成図なのか、青写真を与えられていない。だが、部分的に合わさったパズルには、見たことのある光景が浮かび上がる。

「符号」
 もう一度真が繰り返したとき、チェザーレは葉巻の灰を落とした。
「時代を超えても価値があるとわかる符合です。もしもそれが多くの文書や情報の中に埋もれても、残されるべきであると考えられるもの」
「絵、ですか」
 真は言葉にしてから、咽がからからになるのを感じた。チェザーレはゆったりと答えた。
「その可能性があります」
「あなたは、それがどのようなものかご存知なのですか?」
 チェザーレは、おや、という顔をした。
「私は、あなたに教えてもらえると思って来たのですが。あれがどのような絵を探していたか、ご存知ですね」





さて、次回もチェザーレの話にもう少し付き合ってください。
頭にも書きましたが、そう「話半分に」聞いた方がいいと思いますが……^^;
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


話半分

チェザーレとの会話。何やら核心をつく話にも思えますが、大海さんが話半分に聞けというし・・・。さて、どっからどこまでが真意?
真に好意的な所が、一番怪しく思えるんですが。
なかなか食えない男のようですね。
でも竹流に似てるのかあ。血ってやつは・・・。

ここで、絵との関係性が見えてきましたね。
これは信じてよさそうな気がします。
竹流はcellという組織系を、強化しようとしたのかな?
それとも逆?
うーん、・・・ますます分からなくなってきました。
次回もこのチェザーレさんの話、話半分で聞いてみます。
なにか、わかるかな?
そして、真はなにか、ピンときてるのでしょうか。

lime #GCA3nAmE | URL | 2014/01/09 22:08 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

はい、すみません^^; ややこしい前置きをしておりまして^^;
でも、これを信じちゃうと、混乱するんですよねぇ。
紙ベースで一気読みすると、さらりと流せるのですが、ブログってそのあたり不便ですよね。
間もあいちゃうし、何やらわからなくなりそうだし。
なので、ちょっと茶々を入れてみました(^^)
はい、全く話半分に聞いておいてください。ただ、厄介なことに、このオジサン「嘘は言っていない」のです。
事件の核心はどこか、それは分かっていて、真を値踏みしています。

そして竹流は……ものすごく単純な理由で動いているのです。
それは多分、遠からず分かることになりますが。
「義理と人情、そういうもののために命を懸ける」というのがヴォルテラの血筋です(^^)
本当に、この人は真よりよほど無邪気な人なのですよね。
真は……・実はチェザーレが思っているよりは賢いみたいですが、まだ今のところ半分?です。
あと2回分、ちょっとチェザーレと遊んでやってくださいませね。
それが終わったら、回想章。楽しい楽しい「同居に至る過程」です(*^_^*)

いつもありがとうございます(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2014/01/10 01:41 [edit]

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