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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨98] 第20章 ローマから来た男(5) 

【海に落ちる雨】第20章(5)です。まだまだ続きます、チェザーレ・ヴォルテラの与太話……^^;
真はどこで巻き返すことができるでしょうか。

ちなみに、少し間が空いてしまっているので、登場人物確認は以下のページで……
→→真シリーズ・登場人物紹介





「つまり、その絵に何か特別なことが記されているというわけですか」
「さぁ。具体的にはわかりません。しかし、ロシア帝国の秘宝、本来ソ連邦が受け継ぐべきだと考えられていた宝、大戦のときに行方不明になったあらゆる貴重な財産。行方のわからないものが多すぎる。世界にはそういうものを咽から手が出るほど欲しがっている連中がいる。どれほどの金を積んでも、手に入れたいと願っている。一方では、自分たちの理念を貫くために、現実の世界でもっとも確かなものを求めている連中がいる。そういう利害は簡単に一致するのでしょう」

「現実の世界で最も確かなもの? その連中が欲しがっているものは金ですか」
「金は、彼らの理想を実現するための手段に過ぎない。しかし、勘違いしないで下さい。私が話しているのは、それが現実に進行している陰謀だという話ではありません。裏に偉大な力を持つ黒幕がいて、そいつが全ての糸を操っているというような、世界征服物語を語っているつもりもありません。どれほど偉大な力を持つ黒幕でも、不死の体を手に入れることはできていないはずですから。もしも、最初の球が転がり始めたら、あとは僅かな動力だけでいい。符号が一人歩きしていても、もう誰もそのことをわかりません。知らずに動力に油を注ぐ手伝いをしている。だが、私はそんなものに興味はない。それに対してセンチメンタルな感情を抱く気もありません。そういうcellのひとつひとつを潰していくような暇潰しをするつもりもありません。私がここに来た理由はひとつだけです。私の後継者を取り戻すために来た。彼に僅かな傷でも負わせた者には、それ以上の傷と倍以上の苦しみで贖ってもらわなければなりません」

 真はその言葉に全く同感した。その時、自分自身がどれほどの残虐な感情を抱いていたか、全く気にもならなかった。どこかで警鐘を鳴らしているはずの、親切で思い遣り深い平和主義者は、自分の中のどこにも見出せないように思った。
 そう考えてみれば、優秀な兵士やテロリストを作り上げるのは簡単なことだ。どうしても揺るぐことのない信念を、つまり復讐の確固たる意思を確認すればいいだけのことだ。美しい世界を作ろうなどという絵に描いた理想ではない。自らの命を差し出し燃やし尽くすための狂気は、理想ではなく、ただ呪いと復讐、憎しみの感情だけによって支えられる。

「絵は、二度日本にやって来た、と聞きました。つまり、同じ絵が来たのではなく、同じ意味を持つ符号としての絵がやって来たと、そういうことだったんですね。符号の裏に、何かが隠されている」
 竹流は絵を調べているうちに何かに気が付いたのだ。だから、絵をどこかに隠した。そしてすり替えるための絵を描いていた御蔵皐月も何かに気が付いたのだ。

「でも、もしもあなたのおっしゃるとおり、その秘密結社だか何だかが絵を取り戻そうとしているとして、この現実の世の中で一体何ができるというのですか。本気でスラブ民族純血種の国を作ろうとしているわけではないでしょう。すでにナチスが同じようなことで失敗したのに、もっと上手くやる算段でもあるのでしょうか」
「きっかけとなる欲望など、ほんのちょっとした事でよいはずです。あなたにも、私にもそれがあるように。物事が複雑に見えるのは、それぞれのcellが既に一人歩きしているからでしょう」

「絵の後ろには」真はしばらく注意深くチェザーレの顔を見つめていた。「宝の地図が隠されている、ということですか。そして、それを複数の人間が、それぞれの目的ゆえに求めて、探している」
 ついにチェザーレはスーツの上着のうちポケットから三枚の写真を取り出し、テーブルの上に広げた。真はその写真を見て、やはりそういうことなのか、と思った。その三枚の写真には、全て同じ絵が描かれていた。
「あなたはこれをどこで?」
「一枚はレニングラードの蒐集家の手元に、別の一枚は南アメリカの某国の革命家の遺族の手元に、もう一枚はスイスの資産家の手元にあります」

「そして、さらに二枚が日本に、しかも同じ新潟に? 竹流は、いえ、あなたの後継者は同じ絵が何枚もあることに気が付いた。そしてそのうちの一枚、もしくは複数枚の後ろに何かが隠されていることを知った。多分、御蔵皐月という贋作者もそのことに気が付いたんです。恐らく、レニングラードで。だから、絵をすり替えて仕事が終わる、という種類の話ではなくなってしまった。ただ、それでも僕にはまだ納得がいきません。その秘密があなたの言うとおり一人歩きしてしまっているのなら、竹流を捕まえて命までどうこうしようという連中の目的はなんですか」

 暫くチェザーレ・ヴォルテラは真の目を真っ直ぐに見つめたままだった。その青灰色の目のうちに自分の姿を認め、真は更にその目のうちにチェザーレの姿を認めた。
「あれの母親はスウェーデンの王族の血を受け継いでいます。ロヴェーレ、すなわち私と兄の生まれた家は、没落していますが、ローマ皇帝の末裔の血筋だと言い伝えられています。ローマ教皇、また枢機卿も幾人も輩出している。勿論、そんなものは眉唾ものですが、貴重な血であると思う人間はいるかもしれません」

 真は理解のできない話を、どう收めるべきか、少なくともたっぷり一分は考えなければならなかった。
「命ではなく、血を欲していると、そういう意味ですか」
「絵の秘密を握った程度で殺さなければならないほどの秘密ではないと、あなたが言うのなら、他に理由を探さなくてはならない。あなたの言うとおり、敵を出し抜きたいような秘密が隠されているかもしれないが、殺す必要はないかもしれません。他にあれの価値を考えるとすると、そういうことしか思い当たりません。もっとも、今のはあなたをからかっただけです。命に値する秘密であると、相手は思っているかもしれません」

 からかったようには思えなかった。だが、チェザーレは淡々と事実を話すだけで、そこに感情をこめていなかった。
 真が黙り込んでいる間、チェザーレが辛抱強く待っているような気がした。混乱していることを、今相手に知られたくないと思っていた。真はしばらく自分の手を見つめ、皮膚の奥に隠された血の流れが見えないものかと目を凝らしていた。
 そして、もしかしてこの男が自分を試しているだけなのではないかと考え始めた。
「あなたが僕に会おうとされた本当の理由を聞かせてください。あなたが手の内を十分に尽くせば、僕の力など必要ではないはずだ」

 チェザーレを見返すことができず、真は視線を自分の手の上から動かさなかった。あれほど殴られたり蹴られたりしたのに、手だけは幸いにも無事だった。その無傷の手を見ていると、この手を切り取って彼に差し出してもいいと思えた。
「始めに言いませんでしたか。私はどうあってもあれを連れ戻す気で来ている。あれがあなたを必要と言うなら、あなたも一緒に来てもらわなければなりません」
「だが、それは彼を取り戻してからでもいいはずです」
 真は漸く少し顔を上げて、やっとチェザーレの手元を見た。
 チェザーレは組んだ脚の上に左手を載せて、右手には葉巻を持ったままだった。左手の薬指に嵌められた指輪の輪郭は、目を瞑っても浮かび上がるほど鮮明な光を纏っていた。

「なるほど、あなたは妙に勘が働くのですね。おっしゃるとおり、その秘密結社が現在も活動していてあれを傷つけたいと思っている、などと非現実的なことは考えてもいません。それはただ符号のひとつに過ぎなかったのですから。ただ、その組織の重要な人物の一人であった男が、もう死に掛けているのに、どうやらまだ世界を動かせるかもしれないと妄想を抱いているのかもしれません。だからあれに絵を取り戻して欲しいと、死ぬ前に『フェルメールのマリア』に一目会いたいとでも言ったのでしょう。あの馬鹿者はそう言われてみれば純粋にその気持ちに応えてやりたいと思うような人間です。だが、その絵は日露戦争以来、旅をする間に、色々な人間の欲望を煽り立ててしまったのでしょう。そう、同じような絵は幾つもある。この符号は、決して絵が抹消されないためのマークです。絵の下には、宝の地図が隠されているのですから」

 真は漸く顔を上げてチェザーレの顔をまっすぐに見て、もう一度、言葉を確かめるように繰り返した。
「あなたの、本当の要求を教えてください。僕に会おうとされた理由です。あなたは僕に奇妙な秘密結社の話をしたいわけでも、フェルメールの絵の話をしたいわけでもないはずだ」
 チェザーレは実に小気味いいというような顔をした。
「さすがに、くだらない『お話』にはごまかされない、ということですね。気に入りました。私があなたにお願いしたいのは一つ、あなたの父上にワシントンに帰るように説得してください。残念ながら、これ以上彼に獲物を差し上げるわけにはいかない」
「どういう、意味ですか」

 チェザーレは葉巻を灰皿へ落とした。その間、彼は真から目を逸らさなかった。
「あなたは彼が何をしに来ているのか、知っていますか?」
「いいえ。あなたがそれを知っていると?」
 チェザーレはその答えを、直接的には避けたように見えた。

「第二次大戦の直後、実に多くの美術品が闇に消えた。多くはナチス絡みですが、連合軍がそのうちどれほどのものを持ち去ったか、今となってはわかりません。だが、消えたのは美術品ばかりではない。ずさんな管理の元に置かれたままの貴重なエネルギーの原料、武器の類、さらには科学者たちまでも姿を消している。あなたの父上は戦後間もない頃に、東京で戦後処理に当っていたアメリカ軍の将校と接触している。正確には友人付き合いだったようですが、その後その将校の誘いで渡米している。だが真っ直ぐにアメリカに下ったわけではない。長い間、ソ連の科学アカデミーにも在籍していたのです。彼が優秀な科学者であったことは、誰もが認めている。そして、彼がその後米ソのどちらからも貴重な存在として扱われていた事実をどう解釈すればいいのかは分かりませんが、ある意味公認の二重スパイのようなものだったと理解しています。アメリカ側は戦後、明らかになっては困る事実を隠匿するために彼の腕を欲した。特に朝鮮戦争の時、彼が生業としてその腕前を十分に披露をした事を、この世界のものは皆知っています。ベトナム戦争の時には戦争を引き止める力を挫くような仕事もしている。はっきりしていることは、その戦争のどちらについても、米ソは自分たちの国力を完全に削ぐことのないように努力していることです。ソ連はアメリカが彼の使い方を間違えない限りは放任した。ソ連側が彼を放置したのは、彼に負い目もしくは恩義があるからでしょう。アカデミーの中での動きについては、むしろソ連側に有利になるように動いていた節もある。恐らくはそれぞれの天秤の調整をさせられていたのでしょう。更に、南米での革命・内戦の際にもかなり際どい仕事をされている。あの頃、あなたの父上は随分際どい、言葉はよくありませんが、ある意味卑怯とも言える仕事を幾つもこなしておられるのです。まるで何かに憑かれているようにね」

 真はその言葉の間、チェザーレから目を逸らさずにいた。父の生業について、自分に意見や異議があるわけもなかった。国家の事情が優先すれば、卑怯だとも際どいだとも表現されるような仕事もあるだろう。
 だが、チェザーレ・ヴォルテラという男にはそれがない。
「ある事件が、戦後間もなく起こった。アメリカから貴重な実験結果がソ連に持ち出されるという事件です。もっとも、それについて責任があるのはあなたの父上ではなく、あなたの父上のパートナーだった工作員です。だが結局その尻拭いをしたのはあなたの父上だった。正確に言えば、あなたの父上はソ連と某かの取引をして、その実験結果を公表しないという約束を取り付けたと思っています。だが、随分後になってからそこに何か横槍が入った」

 真はチェザーレを黙って見つめていた。感情をできる限り排除しようとしている目だったが、チェザーレが相川真という人間を見定めようとしていることは伝わってきた。
 真はこの事件に関わってから、全ての人間が自分を相川武史にくっついているおまけのように見なしていることを感じていた。
 だが妙なことに、チェザーレだけは真自身を値踏みしている節があった。
 もっとも、それは彼の後継者の側にいる人間として相応しいかどうかという値踏みに違いない。

「その横槍を入れたのが、あなたが先ほどおっしゃった妙な秘密結社ですか」
「そのようです。しかもその当時彼らと協力関係にあった日本人がいました」
「資金繰りに関与していたという日本人ですか? そこに日本人が関与した必然性は何ですか。いや、戦後間もなくということは、それが日本にも関係した『貴重な実験結果』ということだったのですか」
「そうでしょう。その実験はある面から見れば日本人のためにもなったのでしょうが、当時の時勢では米国に対する憎しみを煽り立てることになる可能性もあった。いえ、はっきり言えば、ナチスにも匹敵する行為だと思われたことでしょう。国際的な問題とされれば、困る事態にもなり得た」

 真は息を吸い込まなければならなかった。
「原爆ですか」
 そもそも戦争を終結さるために原爆は必要だったのかという議論はしばしばなされる。そして、米国人医師たちによる膨大な被爆者たちのカルテが物語る、ある「実験」の噂は、真実はともかく、まことしやかに語られることがある。
 だが、チェザーレは思いを巡らす真を、淡々と見つめていただけだった。
「その日本人は国家を相手に大掛かりな恐喝を思いついたわけですか。バックに奇妙な秘密結社を得て、ソ連と米国を相手に。だが一旦は片付いたかに見えていた問題が、再度浮上してきた。ソ連が絡んでいる可能性のある武器が出回るようになった。だから父は、いえ朝倉武史は事情を確認しにきたというわけですか。あるいは明確にその人物が誰であるか分かっていて、止めを刺しにきた、と」

 チェザーレはまだ黙っている。葉巻は灰皿の上であの刺激的でいて、かつ精神を宥めるような強い香りを漂わせていた。
「いや、一旦は片付いたように見えたのは、その恐喝者が亡くなったからですね。ところが、まるでその人物が生きているのではないかと思われるような事態が浮上した。恐喝者は村野耕治という男だったのですね」
 ようやくチェザーレは満足そうに笑みを浮かべた。
「ムラノ、というのは私が随分昔にその秘密結社を調べていた頃、よく耳にした名前です。秘密結社のほうは先ほども言ったように、確かに組織として存在しているのかどうかはわかりません。だがcellの構造を持っていることだけはわかった。ムラノという男は、原爆だけでなく、戦時中の麻薬使用についても、大国の軍部を恐喝していた気配があります。私が受けた報告でも、ムラノという人物は確かに癌で亡くなっています。だが今でも、ソ連は社会主義国家としての弱体化の種を内に抱えていることをあまり表には出したくないでしょう」

「妙な秘密結社や宗教団体なら、米国にもいくらでもあるのでは」
「米国は自由主義国家ですから、そういうものも含めて米国という国を支える礎のひとつです。要は自由主義・民主主義という理念が立っていればよいのです。だが、ソ連邦はそうはいかない。国家として成立するためには、異分子は潰す必要があるのです」
「では何故、その可能性のあるキエフの元貴族を消してしまわないのですか。貴族の隠匿財産など、国家の名の下に召し上げてしまうことは可能でしょうに」
「それが目の前に示すことのできるお宝、もしくは金銭であるならば、その通りでしょう。だが、そうではない」

「つまり、ソ連の国家組織は、『符号』が何かを知らない、ということですか」
「そういうことでしょう。しかもソ連邦にとって、その人物が異分子であるとは限らないのです。彼らは賢明だ。お互いに生き延びるためには、身体の半分につけた同じ色の側だけを見せながら話をする。他の場所に行けば、また別の色の面を見せる」
 真は暫くチェザーレの言葉を頭の中で確認していたが、結局そのことが竹流の居場所を知るために確かに必要な情報なのかどうか、よくわからなかった。





頑張れ、真。まだ続くのか、与太話……^^;
いえいえ、次回で終わりのようです。
字が多くて誠に申し訳ございません(>_<)

狐と狸の化かし合い。次回はタヌキも登場です。
次回で第20章は終了です。
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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