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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨101] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(2) 

【海に落ちる雨】第21章の(2)……久しぶりの18禁です。
大海の18禁は大したことがないのですけれど……18歳以下の方はご遠慮くださいませ。
妹(従妹)の結婚式で出会った女性、小松崎りぃさと「恋」におちる真。この恋はまがい物?
何だかムラカミハルキワールドに出てきそうな女性ですが、皆様の評価は……ちょっと気になります。
(この女性との関係は、実は第4節の竹流の「罪の告白」まで持ち越されます。)
さて、どんな女性か。ちょっと覗いてみてください。




 泣きたいのか、どうしたいのか分からないまま目を閉じると、きらびやかな結婚式場の明かりが眼瞼の中でも踊っていた。
 結婚式の全ては、まるで雲の上を踏んでいるような心持ちだった。
 後で、竹流だけではなく友人たち(と言っても真には自覚はなく、享志の友人だと思えた)からも、お前の結婚式じゃないんだから、とからかわれた。確かに、自分は葬式みたいに浮かない顔をしていたかもしれない。

 葉子のウェディングドレス姿は、兄の真から見ても眩しいほどに美しくて、彼女の友人一同にとっては結婚式第一号であったことも手伝って、さらに花婿の友人たちにとっては羨望の結果として、溜息の的になっていた。
 少なくとも、富山家の親戚にしてみても、花嫁の『素性』はともかく、若くて飛び切り愛らしい娘で、それだけのものを準備できる親戚か後ろ盾がいることだけはアピールしたようだった。

 室井涼子の名前はその頃雑誌で紹介されてもいたし、その新進気鋭のデザイナーのウェディングドレスを注文できるという人脈が、親戚中の自慢のお坊ちゃまに相応しいとはとても思えない身分の花嫁にあるということは確かだ。さらに、竹流が加賀友禅の有名作家に特別に作らせた披露宴の打掛の見事さは、式場の着付け係のベテラン女性を唸らせた。少なくともそのことは、富山家の親戚一同の満足の足しにはなったようだった。

 しかもこの日、竹流は何を思ったのか、本名のジョルジョ・ヴォルテラを名乗っていて、堂々としたヨーロッパ貴族のネームヴァリューと風格で回りを圧倒していた。その彼が花嫁の親戚のテーブルに座り、花嫁の祖父と親しげに会話している様は、その名前の意味を知っている富山の取引先会社のそうそうたる面々を、相当威圧していたようだった。
 もっとも、実際には竹流に「特別な名前」など必要がなかったかもしれない。きちんとスーツを着て立っているだけで、ただ者ではないことは誰の目にも明らかだったのだから。

 二次会に出席する気はさらさらなかったが、竹流につかまって、いかにもこの結婚に不満があるように人に思わせるな、と言われて、真は仕方なく会場に足を向けた。
 二次会は有名な作詞家の経営するレストランを貸切っていて、出席者は結婚式を上回るほどだったが、堅苦しい大人たちは一人もいなかったので、打ち解けて華やかなパーティだった。
 葉子は、やはり涼子がデザインした優しいムードの淡い桜色のドレスを着て、まるで映画から抜け出した姫君のようで、特に彼女に初めて会った享志の友人たちを目一杯羨ましがらせた。
 
 葉子がこういう場所で自分の役割をきちんと認識していて、周囲に気を使いながらも、十分にお姫様の役割を演じきっていることを、真はよくわかっていた。勿論、花嫁は今日の主役なのだから当たり前なのだが、若い娘にありがちな無知の横柄さも愛嬌で覆いながら、客を迎えるホストの立場をきちんと果たしている。
 葉子には、無邪気で愛らしい外観からは想像しがたい、どこかで冷めた計算をしているところがある。世の中から脱落してしまいそうな兄を助け、これ以上家族が失われてしまわないように闘ってきたのだ。それは多分、真の親友との結婚を決めた時も、この結婚式当日にも、変わっていない。

 ドレスに合わせた桜色の口紅は光に輝くようだ。真はただの一度もどうしてあの唇に触れなかったのだろうと、さすがに勿体なく思って、男としての単純な自分の感情に新鮮な気分にさえなった。
 ほんのたまに、葉子は伏目がちにちらりと真の方を窺っている。兄が帰ってしまわないか、本当のところ、彼女も心細いのだろう。
 小学生の時から、父を失い、家庭教師に助けられながら、時には祖父母の手も借りながらにしても、ほとんどずっと二人で生きてきたのだ。明日から別の場所で暮らすというを、今もまだ真も信じられないでいる。

 そのうち、高校の剣道部で一緒だった同級生が、真を見つけて声をかけてきた。
「ずっと可愛いとは思ってたけど、お前の妹、本当に嫁に行っちまうんだな」
 そう言って、真のグラスにビールを注いでくれた。
「お前、どうしてこんな隅っこに座ってんだ。まあ、昔っからこういう華やかな場所は苦手だったもんな」
 真は相手にもビールを注いでやった。同級生は興味津々という顔で身を乗り出してくる。
「大学、途中で辞めたんだって?」
「ああ」
「留学の話を断って、教授とやりあったんだって聞いたよ」
 そんな噂になってるのかと思った。
「しかも、えらく突拍子もない仕事してるそうじゃないか」
「そうでもないけど」

 突拍子もない仕事。
 そう言われて、享志の友人たちに限らず、ここに集まっている人間は全て、社会で真っ当に生きている人間たちだと気が付いた。
 中高時代は、真にしても登校拒否は別にして、あるいは東京に馴染めなかったことは別にして、決して社会からはみ出して生きていたわけではなかった。複雑な両親の事は別にしても、育ててくれていた伯父の職業は医者で、通っていた学校も上流の人間が通うようなところで、衣食住全般に困ったことなどない、そういう中で暮らしていた。
 だが、今は違っている。

 今、自分がもともと属していた真っ当な社会からは既にはみ出しているのだということに、突然思い至った。少なくとも、あのまま大学を続けて、研究生活を送り、もしかして高校時代からの同級生だった美沙子と結婚していたら、自分もその真っ当な社会の一員でいられたのだ。そして、その真っ当な社会との唯一の架け橋だった妹を送り出したら、後には何が残るのだろう。
 突拍子もない仕事と、まともではない心の奥の感情だけだ。

 真が何も話さなくなったので、声をかけた同級生は幾らか気まずそうな顔になっていた。そのうち、別の友人に声を掛けられると、ほっとしたように席を立った。
 そのとき、葉子がついに我慢ができないかのように、あるいは一人で飲んでいる兄を気遣ったのか、真のほうに寄ってこようとした。真は葉子のその気配を察して、目が合った瞬間に首を横に振った。
 葉子は直ぐに立ち止まる。そこへ、葉子の音大の友人が数人、彼女を取り囲み、写真を撮ろうというようにカメラを示していた。葉子は弾かれたように幸せいっぱいの笑顔を作って、享志を手招きしている。

 その今日の主役たちの笑顔を中心に置いた真の視界の隅に、不意に異質な気配が入り込んで来た。
 真は視線を動かし、自分と同じように一人で座って飲んでいる隣のテーブルの女性に気が付いた。
 つまらなそうに周囲を見ている彼女は、肩を露にした紫のドレスを着ていて、髪を何色かのマニキュアで染めていた。大人っぽい外観とは釣り合わない子どもっぽい手つきで爪を噛んでいて、その視線の先には今日の主役の二人の華やいだ姿があった。

 見つめているうちに彼女から目を離せなくなった。
 そのうち、彼女が真の無遠慮な視線に気が付いた。
 彼女は爪を噛むのをやめて、微笑んだような怒ったような、どちらともつかない曖昧な表情を真に向けた。目は猫のように光を跳ね返し、少し吊り上げ気味に描いた細い眉と綺麗なコントラストを作っている。細い鼻と、少し上を向いた上唇には、パールの混じる紫がかった色合いの口紅をつけていた。
 似合わない、と真は思った。

「あなた、花嫁のお兄さん? それとも、元彼?」
 それが彼女の第一声だった。印象に残ったのは、その一見派手な外観からは程遠い、澄んだ天女のような透明な声だった。
「そんなふうに花嫁と視線で会話すると、勘ぐっちゃうわ」
「あなたは?」
 彼女はくすくすと笑った。笑ったのかどうか、それは真の思い込みだったかもしれない。
「あなた、なんて」
 自分に似つかわしくないとでも言いたげに彼女は捨てるように言った。それからグラスに残った赤いワインを飲み干す。
「花婿の従姉。それとも元彼女だったりして」

 不思議な女だと真は思った。どう不思議なのか、ただバランスの悪さが、真自身の心に重なって気になったのかもしれない。
 気が付いた時、今日の主役である花婿が目の前に立っていた。
「りぃさ」
 花婿は彼女に呼びかけた。
「おめでとう、御曹司」
 りぃさと呼ばれた女性は、花婿の享志に他人行儀な声で挨拶をした。
「どうして結婚式に来なかったんだ」
「だって、あなたの母親の顔を見たくなかったんだもの」
「親父が心配してた」
「私が結婚式を引っ掻き回すことを?」
「馬鹿言うなって」

 りぃさはすっと立ち上がった。時々『猫のような仕草』という表現を見かけるが、まさに寸分違わず猫の動きだった。享志が慌てたような声でりぃさを呼び止める。
「何処行くんだ」
「ワインのお替り貰うだけよ」
 彼女の後姿を暫く享志は見送っていた。その横顔には、真が見たことのない表情が張り付いていたが、やがて花婿は気を取り直したように真の隣に座った。
「従姉?」
「うん、母方のね。あの通り、破天荒なところがあって、母とは折り合いが悪くて」
 享志は珍しく歯切れが悪く、それ以上は言わないまま、真にビールを注いだ。

「あっちでみんなと飲まないのか」
「勘弁してくれ。ここに来ただけでも、自分じゃ精一杯だ」
 享志も、それはそうだと思ったようだった。
「もうちょっとしたら帰るよ」
 真があっさりと言うと、享志は珍しく複雑な顔をした。
「葉子が寂しがるよ」
 夫婦になったから当たり前のことなのだが、享志が妹を呼び捨てにすることには、まだ納得がいっていない自分に気が付くと、真はたまらなく情けない気分になった。未練を感じるなど、ずうずうしいもいいところだ。

「ずっと一緒にいるわけにもいかない」
 真が時々、他人がびっくりするくらいストレートな言葉を口にするのは、婉曲とかいう表現が苦手なせいもあった。享志はそれを受け止めたのか、しばらく黙っていた。
 随分長い沈黙の後、享志が何か言おうとしたようで顔を上げたが、酔っ払った友人の集団が目の前に迫っていて、その言葉を飲み込んだようだった。
「なーに辛気臭く二人で座ってんだ。あっちで飲むぞ」
 そう言って集団は花婿を連れ去ってしまった。真は暫くそれを見送っていたが、煙草を一本だけ吸って、両のこめかみを指で押さえた。
 飲みすぎたかもしれないと思った。

 煙草を揉み消すと、真は立ち上がった。
 最後に葉子のピンクのドレス姿が目に留まったが、昨夜の彼女が自分を見つめた美しい瞳をまた思い出してしまって、視線を逸らせた。
 これは、自分が選択した結果だと知っていた。

 会場を出掛けに、手洗いの脇で煙草を吸っている女性と目が合った。
 りぃさ。
 不思議な響きの名前が耳の中に残っていた。女性というよりも女の子のように不安な気配を背負った彼女は、真の今の感情の何かに触れるようだった。
 りぃさは真と視線が合うと、体育館の裏で煙草を吸っているところを見つかった女子高生のように慌てて煙草を消した。
「帰るの? 元彼さん」
 真は否定もせずに頷いた。
「じゃあ、送って」
 りぃさは真の腕をとって、自分のほうから歩き始めた。

 明らかに多少酔っていたのだ。勿論、それは言い訳だったかもしれない。
 向かったのは彼女の家ではなく、会場から一番近いラブホテルの一室だった。
 部屋に入った途端、玄関口で狂うように彼女を求めた。
「靴、脱がなきゃ」
 りぃさの声はどこか無邪気な響きがあって、少女のような幼さが真の気持ちに火をつけた。肩紐を外すと、紫のドレスの下に彼女はブラジャーもつけていなかった。一気に感情がエスカレートした。背中のファスナーを引きちぎるように下ろして、ドレスを床に落とすと、ベッドにもつれるように倒れこむ。
「ね、先にシャワーしないの? 私、汗かいちゃったし、臭うかも」

 言っている言葉には猥褻な内容があったのに、彼女の声は鈴のように軽やかだった。真は彼女の抵抗など簡単に無視して、パンティの紐を外して彼女の茂みの中に手を突っ込み、濡れていることを確認すると、すぐに舌で這うようにかき回した。汗と尿の臭いが入り混じって篭っていた。
 自分の何もかもを、どこかに捨ててしまいたいような衝動だった。

 ちゃんと二次会に行って、その後で気が向いたらマンションに来い。
 そう言った竹流が、花嫁の着付けの手伝いも兼ねて招待されていた涼子と去っていった後姿が、自分の感情を狂わせていると知っていた。竹流が、その後涼子とどのような時間を過ごしているかという事は、まるでその現場でそれを見ているかのように明瞭な出来事として感じた。
 あの唇で涼子の身体を慈しみ、あの指で涼子の秘部に触れ、彼自身を涼子の中に埋めて優雅に優しく、時には激しく打ちつけ、時にはあの親しげで身体の芯まで震えさせるような声で、涼子の耳元に愛を囁いているのだ。
 マンションに行って、涼子と抱き合った後の彼の姿を見る勇気はなかった。今は、狂ってしまいそうだと思った。

 普段身に付けることのない真っ白のネクタイも、焦っていて結び目が解きにくくて苛ついた。葉子のためを思って自分はこの結婚に賛同していたと理性では分かっていたはずなのに、このネクタイの色の意味合いを感じて、更にたまらない気分になった。
 りぃさは少し笑ったように見えた。細い指を真の手に重ね、優しくネクタイを解き、それから真のシャツのボタンをゆっくりと外していった。

 露わになった真の身体を見て、りぃさは少なからず驚いたようだった。
「怪我したの?」
「崖から落ちて死に掛かった時の手術の痕。頭にもある」
 りぃさは少しの間、真の顔を見つめていた。怪我したの、と聞いたときとは既に違う、不思議な意味合いをもった顔つきだった。
 りぃさの指は愛おしそうに真の傷をなぞっている。それから、りぃさは真の上になって、傷をひとつひとつ舌で確かめるように舐めていった。どこか羨ましそうな、恍惚とした表情にも見えた。そしてそのままスーツのズボンのファスナーを下げると、熱く硬くなっている真のものを、あの涼やかな声を出す唇で包み込むように咥えた。

 慣れた舌の使い方だとその時は思ったが、一瞬のことだった。
 あっという間に我慢ができなくなって、りぃさを組み敷いてその中へ分け入った。彼女の方も同じだったのか、その中は熱く溢れるように湿っていて、包み込まれる気配に自分が何をしているかの判別もつかなくなった。
「ピル飲んでるし、中に出していいよ」
 もっとも、そんなことを考えている余裕はなかった。まるで初めての経験の時のように、何度か腰を動かしただけで真は簡単に昇り詰めてしまった。
 そもそも慈しむ必要はなかったのだ。ただ体と心の内に溜め込んでいた欲情を処理してしまえばよかったのだから、相手の反応を確認さえしなかった。

 真が仰向けになったまま天井を見つめているうちに、りぃさはするりとベッドを抜け出してバスルームの方に行った。しなやかで軽く、まるで人間の気配を感じさせない動きに、真は一瞬彼女の存在を忘れてしまうほどだった。りぃさは暫くすると戻ってきて、真の上に身体を重ねた。
「ね、一緒にお風呂、入ろ」
 真は少しの間、りぃさを見つめていた。結婚式に参加するにはやや薄すぎるような化粧だったが、目は大きく猫のように潤んで、見るものを惹き入れてしまうようだった。この部屋に入ってから、初めて彼女の顔をしっかりと見たような気がした。

 こうなってもまだ自分の感情がよく分からないままだった。
 真はりぃさの頬に手をやって引き寄せ、それから随分と長い間口付けを交し合った。身体はもう一度反応していた。手で彼女の中心を弄ると溢れるように湿っていて、さっき自分が彼女の中に出したものも一緒になって混沌とした感情をかき回すようで、その中に指を入れていくと濃くねっとりとした粘液が絡みついた。彼女のほうもまた自分を求めていると思った。
 りぃさは上になったまま、上手く彼女の中に真を導いた。ピルを飲んでいるということは、それなりに経験も多いのだろうと、真は漸く冷静になってきた頭の中で考えていた。りぃさの腰を強く自分の方に引き寄せ、自分も強く彼女の方へ突き上げた。

 喘ぐような声は一切出すことなく、りぃさは身体を仰け反らせていた。真は彼女の腰を強く抱いたまま上半身を起こし、今度は座ったままの姿勢で彼女を求め続けた。りぃさは深く腰を落とし、真が突き上げる度に踊り狂った。
 自分自身があまりにも猛々しく興奮しているので、このままか細いこの女を殺してしまうのではないかと思ったが、止める気はまるでなかった。目の前にある彼女の両の乳房は硬く、幼くさえ感じる。それでも、真が唇でその突起を捕まえると、つんと突き立った。たまらなくなってその乳首にむしゃぶりつき、壊すほどの強さで豊かとは言い難い乳房を揉み、りぃさの背中をベッドに押し付けると何度も腰を強く打ちつけた。
 最後は後ろから彼女の腰を抱き、身体の芯から痙攣するように彼女の中にもう一度自分自身を吐き出すと、真は誘われるままに一緒にバスルームへ行った。

 湯船に向かい合って浸かると、りぃさは真の顔をうるんだ瞳で見つめた。
「どうして崖から落ちたの?」
 りぃさは、抱き合ったことよりも、まるで真が崖から落ちたことのほうに興味があるようだった。
「覚えてないんだ。馬に乗って走ってたことしか」
「死にかかるって、どんな感じ?」
「さぁ」

 初めて会ったばかりの女性と交わす会話の内容には思えなかった。しかも、真の周りの人間はこの話題を避けていて、誰かとあの事故の話をすることなどなかった。
 誰よりも、竹流はこの話題を決して口にしなかった。それが辛い思いを引き起こすからだろうと、真は単純に考えていた。
「三途の川とか、お花畑とか?」
 真は少しの間、りぃさを見つめていた。随分子どもっぽい発想だと思えた。
 真面目に答える必要はないはずなのに、何故か嘘はつけないような気がした。
「銀、かな」
「銀?」
 りぃさは身を乗り出すようにして聞き返してきた。抱き合ったことよりも、遥かに自分の身に関係のあることだとでも言うようだった。

「海か、宇宙か、すごく懐かしいイメージ。風景とかではなくて、イメージに包まれている。気分が良くて、苦しいことから全て解放されていた」
 それは嘘ではなかった。ぽっかりと宇宙空間のようなところに浮かんでいて、寒くもなく苦痛でもなく、穏やかで安心だった。これでよかったと、心も身体も感じていたはずだった。りぃさはそれを感じたのか、不思議そうに問いかけてきた。
「じゃあ、どうしてこの世なんかに戻ってきたの?」
 確かに、あのままあの世界を漂っていたなら、こんふうに胸を締め付ける苦悶を味わうことはなかったはずだ。それなのにどうして戻って来たのか。答えは単純だった。
「呼ばれたから、かな」
「誰に?」

 だが、それには真は返事をしなかった。
「元彼女?」
「そうじゃない」
 自分でも意外なほど早く、強く返事をしていた。りぃさは不思議そうな顔で暫く真を見つめていた。そして、表情を変えないまま、鈴のように軽やかな声で続けた。
「呼んでくれる人がいていいわね。それとも、そんなものは無いほうが幸せだったと思うことはない?」
 確かに、あの時竹流の声を聞かなければ、懐かしいその銀のイメージに抱かれたまま、この世には帰って来なかっただろう。
 あの時、飛龍が迎えに来てくれていたのだ。あのイメージは暖かくて平和で、もしもあの時あそこに行ってしまっていたら、おそらく、真はこんなふうに己の腹のうちにある分類不能の感情に身を焼かれることもなく、今頃すっかり穏やかな世界に包まれていたはずだった。

 やはり、自分はあの時に死んでしまっているのかもしれない。それなのに、彼の悲しい瞳を見てしまって、この世に帰って来ざるを得なくなった。そして誰にも、誰よりも竹流自身に、もうこの世のものではない自分の本当の姿を説明できないでいる。
 りぃさは、真が本当は死んでしまっていることを知っている、この世の唯一の証人のように思えた。





さぁ、イケナイ女に捕まってしまいました。
これからちょっと、真は堕ちていきます……

少し余談ですが。
実はこの頃、竹流は一歩引いた形で真を見守っていたのですね。
高校生の時猫可愛がりしすぎて(そう、まるでマコトみたいに?)、大学受験前に道を踏み外してしまいました。
その頃、竹流には祇園に「生涯この人を不幸にしない」と誓った芸妓・珠恵がいて、気持ちを確かめ合ったばかり。
なのに、真を大事に(ちょっと違うかな)思う気持ちが暴走していたりもして。
でも、イタリア旅行中にはっと我に返って、しばらく(年単位で)放置していたら、マコトが、じゃない! 真が(どうしても「マコト」に変換される^^; マコトウィルス)ある日、北海道で崖から落ちるという事故が。
(実は自殺未遂という噂もあるけれど、それこそ「この事故の話はタブー」ムードがある。)
生死の境から戻ってきた真に、竹流はまた関係を作り直し、微妙な距離を保ちながら、つかず離れず、でも離れすぎないように、いつも見守れる距離で、ただし引っ付きすぎたらまた精神的にのめり込んで泥沼になるも不味いので、ある程度距離は保って……
という時期に、ついに葉子が結婚。物語と関係性が次の段階に行かざるを得なくなります。
そう、これは実は「葉子の策略」という声もある……私がいたら、いつまでもこの二人、収拾がつかないわ??
ある意味、最も素っ頓狂な女とも言える、不思議ちゃんの妹です。

さて、このお話、もしかして壮大なお伽噺かもしれないと思っているのです。
そう、最後の部分にあるように、「真はあの事故の時、本当はもう死んでしまっているのかもしれない」……
それを竹流があの世にまで行って奪い返してきた、という説が。

オルフェウスの物語か、イサナギ・イザナミの神話か。
もしかしたら腐って不細工かも知れない^^;
あれ、でもちゃんと生きているから、いいことにしようっと。

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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


出会ってしまった

これこそ、事故のようなものですね。
その場りぃさが、いてしまったんですもんね。これはもう真、逃れることは出来なかったんでしょう。
真にとって雄が出てくる瞬間て、激しい現実逃避のような気がします。逃避したまま抱いた女性と幸せになる確率は、いかほどなものか。
真はこのときの感情を愛情だとは思っていなかったと思うのに、情に変えてしまったんでしょうか。それとも手放せない何かがこのりぃさにあったのか。
とにかく、これは、事故ですね。
真にとって葉子は、守るべき存在を超えて、もっと深いところでつながっていた女神だったのかなって、改めて思いました。葉子、もしかしたら真の傍にいながら、竹流との関係を見守り続けたほうが、うまくいったのかな?
少なくともりぃさと接触しなくてすんだかも。
りぃさ、麻薬のような女性ですね。真にとっては。

lime #GCA3nAmE | URL | 2014/01/18 13:10 [edit]


うわ。ありがとうございます!

limeさん! さっそく事故(!)の目撃者になっていただき、ありがとうございます!
確かに、事故ですね^^;
逃れられない状況での出会い……ですから。
あ~あ、竹流も意地を張らずに?真をお持ち帰りしていたら、二次会に行かなかったのになぁ~、とか、葉子ちゃんももっとがっしり「アニキはあたしのものよ」的ガードをしていたら、引き離せたのに、みんなが目を離した隙に、マコトは逃げ出しちゃったのですね。あ、違う、真はオンナの毒牙にかかってしまいました^^;
でも、このりぃさという女性、ある意味とても悲しい女なのですよね。
これは第4節の最後に竹流の独白で明らかになりますが。
でも今回はこのまま、堕ちていく真と、そして這い上がる情景をお楽しみください。
きっとlimeさんはこういうの好きかも……Sだから……?なんて、勝手に思っているのですけれど。
真が性的にはかなり野生であることを証明するみたいな出会いです。そうですね、性的に雄である時、彼は確かに「人間社会から逃避している」かもしれません。あぁ、そう言えば、『雪原の星月夜』のファーストシーンで、のっけから友人をおののかせた「真の意外な一面」に繋がるお話で。先のこととはいえ、limeさんに見抜かれているような気がします。健全なお話じゃなくてごめんなさい(・_・;)
でも、真を見捨てないでやってくださいね。こんなのですけれど……根は純粋な奴なのです。純粋すぎて、嵌っていくのかも。

> 真はこのときの感情を愛情だとは思っていなかったと思うのに、情に変えてしまったんでしょうか。それとも手放せない何かがこのりぃさにあったのか。
う~ん、鋭すぎて、本当にコメントできませんが……愛情ではないと知っていたのに、何で嵌ったのか……
情はあったかも。というよりも、自分自身と重ねてたのかなぁ。りぃさが麻薬、というのは本当にそのまんまです。今深夜更新の続きに、びびらないでね^^; えーっと、18kIN に^^;
でもこの時、真はある「事情」に気が付いていません。気が付いたのは第5節になってから。
あの天然バカ級長、頑張りましたよ(*^_^*)
そうか、隆也に玉ちゃん、うちの級長(享志)、どうやら同種類の生き物っぽい。
主人公にホの字であることも含めて。今度対談しませんか??

> 真にとって葉子は、守るべき存在を超えて、もっと深いところでつながっていた女神だったのかなって、改めて思いました。葉子、もしかしたら真の傍にいながら、竹流との関係を見守り続けたほうが、うまくいったのかな?
いや~、そうですよね。でも、①自分がいたら2人はいつまでも引っ付かない(料理を作るとか、ね)、②自分もやっぱりちょっと亨志とは離れたくない(玉の輿に憧れた? その辺はいささかシンデレラ願望もあったかも)
結果的に、王子も騎士(×2)もみんな手に入れた女傑と言えるかもしれません。
恐るべしは女の欲望…だったりして。
葉子は、母親が精神の病で入院していたことも知らなくて、ある時死んだって聞かされたわけで、その辺りからちょっとシニカルな考えを持っているような気がします。彼女の素っ頓狂な独白、いずれ美和との会話になって登場します。こちらもまたお楽しみに!

さて、ますます堕ちる真は、limeさんの好みかどうか、ちょっと気になります(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2014/01/18 14:26 [edit]


さほど「トンデモ」でもないような

少なくとも「嫌い」ではないですね、この女性。
むしろ真にはお似合いかも。
少なくともこの時点で真の必要としているものを全て理解して満たしてあげている、そう感じましたね。
この時点で酔っている真はりぃさのことなど何も考えていなくて、葉子や竹流のことで頭がいっぱい。普通の「常識的」な女だったらこの扱いには怒って当然ですが、彼女は全てわかって受け入れているようです。

前のコメントでも書いた記憶がありますが、真はものすごく死に近いところにいて、それがこの女性と共鳴したんでしょうね。

近寄らない方がいいことは間違いないでしょうが、たぶん真が自分で引き寄せたんじゃないかな。

バトンで「あれ?」と思ったんですけれど、「共通の知り合い」でタタラと竹流って同じ源なんだって。で、ここでも「飛龍が迎えに来てくれ」たという文を読んで「ああ、そうか」って思いました。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2014/01/19 01:28 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

わ、よかった。夕さんの評価はとても気になっていました。
そうかぁ、このタイプは大丈夫なんですね。
真には似合っている、というわけにはいかないのですが……この女性自身が成熟した精神を持っていて誰かを受け止める懐があればよいのですが、それはまるでなく、ただ誰かを一緒に引きずり落とす方向へいってしまったのですけれど……真みたいな危ない状態の人間には危険極まりない、ということに。
この人は実はかなり古いキャラで、真と関係した女性の中では、一番の古株です。
真の人生の中では大きな位置を占めていますが、出演時間は短い、という……
ただ……今深夜更新の3話目で夕さんの評価がどうなるか……ちょっと気になります^^;
酔っ払っている真は他のことで頭がいっぱいですが、彼女もまた、実は他のことで頭がいっぱいだったのかも……頭の中身の秘密が解けるのは、第4節の終わりの竹流の告白までお待ちくださいませ(^^)

> 前のコメントでも書いた記憶がありますが、真はものすごく死に近いところにいて、それがこの女性と共鳴したんでしょうね。
> 近寄らない方がいいことは間違いないでしょうが、たぶん真が自分で引き寄せたんじゃないかな。
まさにおっしゃる通りです! 真がどうして死に近いのか、それは多分、彼自身が崖から起きて死にかかった時の記憶が完全に飛んでいて、どうしても思い出せない(思い出したくない……その秘密はまた次作『雪原の星月夜』にて)。変な話ですが「自分は実はあの時死んでしまっているのではないか」なんて変な思考に取りつかれているのです。だから、死にはものすごく敏感に反応する一方、ものすごく冷たい(「ヒトはいつか死ぬから仕方ない」という諦念)一面もある。
りぃさとは、おっしゃる通り、共鳴し合っていたのです。拙い私のエピソードからそこを感じていただけて、さすが夕さん、ありがとうございます(^^)
引き寄せちゃった……ですね。次話でまた探ってやってください。

> バトンで「あれ?」と思ったんですけれど、「共通の知り合い」でタタラと竹流って同じ源なんだって。で、ここでも「飛龍が迎えに来てくれ」たという文を読んで「ああ、そうか」って思いました。
わ。あれはですね、共通の知り合いというので、無理矢理こじつけたのですが……^^;
ただ、書きながら、でも確かに似ている!と思ったのでした。タタラの立ち位置もそうだけど、性質も、結構似たところがある。
「飛龍」は馬ですが、龍のような性質(ってどんなん?)で、はぐれ馬になりかけていたのを真のじいちゃんの牧場でとらえていたのですが、他の馬のボスみたいな存在になっていた一時期があって……気性の荒い馬でした。でも真の守り神。

このあたり、夕さんのコメントをものすごく気にしていたのです。
ありがとうございます(*^_^*) 引き続き、よろしくお願いいたします(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2014/01/19 13:59 [edit]

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