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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨107] 第21章 わかって下さい(少し長い同居の経緯)(8) 

【海に落ちる雨】回想章、第21章のその8です。

<あらすじ(第21章)>
もともと馬と犬としか話せないような子どもだった真は、11の時に北海道から出てきて、全く都会の生活に馴染めず、学校にも行けず、周りの子どもたちだけでなく大人ともほとんど意思の疎通をできないでいた。
そんな真に、勉強を、なによりも人間と話すための言葉を、そして人として生きていくための何もかもを教えてくれたのは、当時真の伯父(真を引き取って育てていた)の秘書のような仕事をしていた大和竹流(ジョルジョ・ヴォルテラ)。

伯父の失踪により、実際の生活上でも精神的にも完全に竹流に頼りきっていたが、親子のような、兄弟のような、教師と教え子のような、親密な友人のような関係性は複雑。真は自分でも感情を持て余していた。
そんな時、19の秋に北海道で崖から転落。逆行性健忘と自分自身の中に潜む不可解な感情、そして社会での生活に馴染み切れないまま、大学を中退し、今は詐欺師のような男・唐沢が経営する探偵事務所に勤めている。

その真が妹(従妹)の結婚式で出会ったのは、人生を投げている自殺願望のある女性、りぃさ。
彼女と自殺ごっこを繰り返すような危ない恋に堕ちてしまった真は、胃潰瘍と栄養失調でぶっ倒れて入院。
介抱してくれたのは、ロシア人女性・自称冒険家のサーシャ。
つかず離れず真を支えているものの、ある程度距離を保ったままの竹流(実は修復師、かつギャラリーの経営者)は、彼女の依頼で、彼女の夫(イコン画家)の絵を取り戻しにソ連へ行っていた。

そんな時、真の勤める事務所は爆破事故に遭い(というよりも所長の唐沢の狂言?)、先輩探偵の三上が下半身不随になるという事態に。
真はりぃさとの恋愛に疲れ果て、自分自身の不可解な感情に疲れ、しかも自分が恋愛に溺れてさえいなければ事務所の事故も防げたかもしれないという思いで、ふらふらの状態。
それでも一歩離れたままの竹流は、サーシャの夫の絵の修復に一生懸命。

そんな中、持ち帰ったサーシャの夫の絵・清楚なマリアが描かれたイコン風の絵画が、少しずつ真の心を溶かしていく……(かな?)





 翌朝、竹流はサーシャと真に、一緒に銀座のギャラリーに来て欲しいと言った。
 彼らは朝食を済ませると、竹流の運転するクラウンでギャラリーに向かい、店番の若い男に迎え入れられて、二階のアトリエに入った。

 竹流が大事に抱えていたのは、ようやく搬送に耐えられるようになった、サーシャの夫のイコン画だった。いや、イコンになぞらえた宗教画というべきなのか。
 竹流は、作業台の前の椅子に真とサーシャを座らせた。そのまま淡々と、作業台の上に置いた包みを開く。今はこれが精一杯だというような修復の痕を見て、サーシャが嘆くように呟く。
「随分、酷い状態だったのね」
「サーシャ、ちょっと相談があるんだ」
「ええ?」

 二人の会話を他所に、真は描かれた女性の姿を見つめていた。
 マグダラのマリアだろうか。平面的な画だが、清らかな色使いはまだ残っていた。
 確かに、芸術的というものではなく、宗教のための絵面という感じは拭えない。マリアは清楚だが無機質な瞳で、どこかあらぬところを見つめている。座った姿勢で膝の上に骸骨を載せ、その上に己の手を添えて、祈りと静寂の中で神の世界について沈思していた。蒼い衣は彼女の心のままに清く澄んでいる。

「貴女がよければ、赤外線をかけてみたいんだけど」
「どういう意味?」
「洗浄していて、ちょっと妙な気がしたんだ」
 真は二人の会話を耳だけで聞いていたが、やっと顔を上げた。
「画に負担をかけることになるし、あるいは貴女が見たいとも思わないかもしれないし」
「つまり、下に何か描かれているってこと?」
「多分」

 真がサーシャを見た時、サーシャの方も真をじっと見つめていた。まるで真の心の中に答えがあるかのようだった。
 やがて、改めて竹流を向き直り、尋ねる。
「貴方がためらう理由は?」
「画家が下の絵を塗りつぶしてしまうということは、その下の絵を失敗だと思っていたり、あるいは見られたくないと思っていたり、つまり負の感情を持っていた可能性が高い。勿論、単にキャンバスになるものが無かったからだけかもしれないけど、少なくとも自分が残そうと思ったものなら塗りつぶしてしまうことはない。貴女のご主人が本当は人に見られたくないと思っているものを、暴くようなことになるかもしれないし」

「随分と慎重ね?」
 そう言ったサーシャの顔は、竹流の心の内を読み取っているようだった。
「いいわよ、夫の秘密を暴きましょうよ。もう死んでしまった人だし、時効でしょ?」
「貴女にとって有り難くないものかもしれないけど」
「私と駆け落ちしたことを後悔しているような何かが出てくるかもしれない、ってこと? もしもそうだとしても、それを受け止めてあげなくちゃね。それがあの人の心の声ならば」

 会話を聞いているうちに、真は不安になってきた。夫の思いがサーシャの願うようなものでなかったら、サーシャはがっかりするだろう。
 だが、真の視線に気が付いたサーシャは、例の明るい瞳を片方瞑ってみせた。
「おチビさん、あなたがそんなに神妙になることはないわよ。真実はそれだけで十分美しいわ」
 竹流はわざとなのか、真のほうを見なかった。
 竹流はそれでもまだ躊躇しているような表情をしていたが、ようやく決心したのかアトリエの奥の部屋に彼らを誘った。

 赤外線にかけてみるということは、現実の作業としては簡単なことだった。だが竹流は、絵を動かすにも、ひとつひとつの作業に意味があるようにゆっくりと行っていた。まるで儀式のようだと真は思った。
 真はちらりとサーシャのほうを見たが、彼女はただじっと竹流の手元を見つめているだけだった。相変わらず力強い風情を変えていなかったが、真は彼女が緊張しているのではないかと思った。
 竹流は多分、画の下にどういう類のものが隠されているのか、分かっているのだ。その上で竹流が躊躇っているのだとしたら、本当にサーシャが知りたくないようなことなのだろうか。

 いつか、画の下にどういうものが隠されているのかを見るために、何らかの光線をあててみるという説明を聞いたことがあった。その時に、画を洗浄するだけでもかなりの事が分かるというような話をしていた。
 竹流は淡々と仕事を続けている。赤外線をあてる瞬間だけ、竹流は一瞬の間を置いたようだったが、すぐに画をその光線の中に晒した。

 その瞬間、描かれた美しい蒼い衣の向こうに、女性の美しい裸体が浮かんだ。
 真はサーシャの表情を確認するでもなく、竹流の気配を伺うでもなく、まさに引き込まれるようにその画に見入っていた。
 どこかに淫らな気配さえ持った裸体のマリアの美しさは、それを隠す衣服の下でも匂い立つようだった。
 その姿は赤外線の下であっても、意外に明瞭な姿で真の心に入り込んできた。光線の魔法で消えてしまった首まで覆うような衣服の下では、彼女は多少両脚を開き気味にしている。艶やかな大粒の宝石をつけたネックレスだけが、裸の胸を飾っていた。
 彼女の表情は生き生きとして、この画を描いている画家のほうを見つめていた。

 随分間をおいて、ほとんど同時に竹流と真はサーシャのほうを見た。
 彼女は暫く何も言わなかったが、すぐに顔を上げて例のごとく明るい表情で言った。
「若い素敵な男性二人に見つめられると緊張しちゃうわ。でも、若い頃の私は魅力的だったと思わない?」
 サーシャはそう言って彼らに片目を瞑って見せた。
「貴女は今でも十分魅力的だよ」
 竹流は真顔でそう言って、それから赤外線を切った。
「上の絵の具を全て落とすこともできるけど、どうしますか?」

 マリアは再び蒼い衣をまとい、清楚な表の顔に戻っていた。サーシャは無表情のマリアを見つめたままだったが、静かな穏やかな声で答えた。
「いいえ、このままがいいわ。あの人がこうして絵の具を重ねておいた気持ちも、そのままにして持っていたいの」
 その翌日、サーシャはインドに旅立っていった。スケッチブックは問題がなかったが、マリアの画はそのまま持っていくわけにはいかなかったので、後から竹流が彼の持っている輸送ルートで、彼女のスイスの自宅へ送り届けることになった。

 竹流と真は、サーシャを空港まで見送りに行った。去り際に彼女は竹流に耳打ちするように言った。勿論、彼女らしく、耳打ちといっても十分に傍にいた真に聞こえるくらいの、はっきりした自信に満ちた力強い声だった。
「ねぇ、それでもあの人は、あの画を死の時まで傍に置いていてくれたのね。でも、画としてなら裏に潜む姿を隠して持つこともできるでしょうけれど、人の心はそのまま隠すには重すぎるわよ」
 サーシャはそう言って、真に向かって片目を瞑り、搭乗ゲートに向かって行った。彼女は最後に振り返って大きく手を振ったかと思うと、大袈裟なゼスチャーで投げキッスを寄越してくれた。


 聖職者であったサーシャの夫の心の中には、生身の魅力的な、そのままの彼女が生きていたのだろう。イコンの無表情な清楚な瞳の向こうで、いつも画家のほうを見つめていた生気に満ちた瞳を輝かせて。
 その一方で、どうしても自分に科した重い心の規律を緩められなかったのだろうか。
 亡くなってしまった人の感情を掘り起こしても、ただ想像するだけに過ぎない。今となっては誰にも、その感情の奥に潜めた真実を突き止めることなどできないはずだった。

 そんなことを考えながら、彼らは築地のマンションへ戻った。
 風呂と夕食を済ませてから、真は言われるままに早めにベッドに入った。すっかり回復したつもりだったが、竹流の言うように病み上がりには違いないし、つまらないことで逆らって面倒なことになるのも避けたかった。
 竹流はマンションで仕事をすることはほとんどなかったが、その日は古本屋から買い取ってきた何冊かの本を抱えていて、真を寝室に行かせてからも、長い間居間で本を広げていた。

 ひとりベッドに入った真は何度も寝返りをうったが、だいたいまだ十時前だったし、そんなには簡単に眠れるはずもなかった。結局、身体を起こしてベッドを出ると、竹流のいる居間に戻った。
「眠れないのか?」
 真は返事をしなかった。竹流の手元を見ると、彼は古い本やら日記やらをテーブルにいくつも広げていて、確認しながら、いつものようにノートに細々と書きつけていた。

「戦争画だ。太平洋戦争の時に戦意高揚のために描かれた画だよ。多くはアメリカに没収されて、酷い扱いでろくな状態ではない」
「それを修復するのか」
「こういう画は写真を元に描かれているから、かなり克明だ。人物の特定ができるものまで含まれている。戦争で写真が失われて画だけが残っている場合、遺族の人に頼まれることがある」
 竹流は手にしていた本を閉じた。本の上に手を乗せて一呼吸おく。

「明日、一緒に田安さんのところに行こう。三上さんがどう思っていようとも、所長とこのまま話をしないわけにはいかないだろう。少なくとも、三上さんがあの状態で生きている限り、しかも身内がいない限りは、誰かが彼の今後を購わなけりゃならない」
 真は黙って頷いた。

 しかし、彼らが行動を起こすまでもなく、翌朝彼らは警察からの電話でたたき起こされた。唐沢が警察に捕まり、あっさりと事情を話しているのだという。事実関係の確認に真に署まで来て欲しいという話だった。ついていこうかという竹流の申し出を断って、真は一人で出掛けた。
 真が戻ったのは夕方で、どう思ったのか、竹流はその日一日中マンションにいた。例の戦争名画展の図録を確認しながら、随分と手の込んだだしを取った料理を作っていて、真が帰ってきたときには、玄関を開けたときからいい香りがしていた。

 竹流は普段あまり飲まないビールを届けてもらって、真が帰ってくると早速ビンの栓を抜いた。
「新宿で野宿をしている浮浪者の中に隠れていたんだ。そこで喧嘩して、職務質問を受けて、あっさりと捕まって事情を聞かれ、しかもあっさりと犯行を認めたらしい」
 真は淡々と言った。
「で、何か事情が分かったのか?」
「三上さんの生命保険の受取人は所長になっていたそうだ。勿論、事務所自体の保険金も」
「保険金目当てってことか?」

 ろくな人間には思えなかったが、そこまでセコい小悪党にも思えなかった。
「理由は言わないらしいけど、博打で相当借金はあったようだ」
「しかし、あの男は博打の借金なら博打で返そうとしそうだけどな。たとえ、追い詰められて身動きが取れなくなったんだとしても」
「俺もそう思う。でも、どういう理由にしても、所長が三上さんを」真は一瞬言葉を継ぐのを躊躇ったが、一呼吸おいて続けた。「殺そうとしたのは事実だ」
「許せないのか」

 真はうつむいたままで、その質問には答えなかった。ただ、顔を上げて竹流を見つめ、その瞳に促されるようにゆっくりと言った。
「でも、どうせ逃げるんならもっと遠くに逃げてくれていたら良かったのに、新宿にいたなんて」
 竹流は黙ったままだった。
「それに、俺が許せないとか許すとかいうような話じゃないと、思ってる。三上さんに会いに行ったら、彼は笑ってた。所長も魔がさしたんだろうって。そんな簡単な話じゃないと思うけど」

「三上さんはお前に同情して欲しくないし、所長と自分との間の事に関わって欲しくもないんだろう」
「それは分かってる」
 俯いていても、竹流の視線を痛いほどに感じた。やがて竹流は徐に箸を置いて、真に言い聞かせるように言った。
「落ち着いたら所長に会いに行ってやれ。どうあっても、あの男はお前を気に入って可愛がってくれてたと、俺はそう思うけどもな」

 食事の後で少しだけ酒を飲み、真は昨日よりも早くにベッドに入った。うとうとはしたものの、ふいに耳がつんとするような嫌な感じで目を覚まし、身体を起こした。
 あのときの爆音が耳の鼓膜を震わせた、その感触だった。

 居間に続く扉から明かりが漏れていた。竹流がわざと少し扉を開けておいたのだろうと思った。ぼんやりとその明かりを見つめていると、明かりの筋はすうっと広がり、光の中に人の影が浮かんだ。
 人影はゆっくりと大きくなり、そのうち光を飲み込んでしまい、やがて扉が閉じて明かりは失われた。
 真は黙ったままベッドの端で身体を起こしていた。それから暫く空気は冴え渡って静かで、物音も感情も気配がないほどに澄んでいた。

 やがて、黒い人影はゆっくりとベッドに近づいてその端に座り、真の身体を抱き締めた。
 その身体は温かく、その手は真の頭を優しく包み込むように抱き、真は逆らうこともせず、その手に任せていた。
「お前の親友の従姉が亡くなった。もう何日か前のことだが、自殺だったそうだ」

 竹流の腕の中で真は震えた。あるいは震えていたのは竹流の方だったのかもしれない。
その震えを押し込めるように、竹流の腕はただ強く真を抱き締めていた。そこから、何かの感情が飛び出すのではないかと思うほどの力だった。
 真はそのまま石のように固まっていた。竹流の腕の中にいても、体温まで失っていくように感じた。

 だが、この時、真の感情は恐ろしく不可解な一面を持っていた。
 何よりも、自分をこの男から遠ざけようとする力が、今この現実に消え去ったことに安堵した。そして、他人の死に安堵する自分自身に怯えて震えた。今、真は気が付いたのだ。遠い昔、真の首を絞めた母の死を願っていた。確かに願っていたのだ。そして今もまた。
 りぃさを愛していたのに、同時に彼女の死も願っていたのか、それとも彼女を愛していなかったのか。今となっては、どちらも同じ事のように思えた。もしもこの世から他の全てが消え去っても、今感じているこの温もりさえ残っていたら、それで十分だと思えた。

 哀しいと思いたかった。だが、自分の中のどこを探しても、かろうじて見つかったのは彼女を哀れだと思う気持ちだけだった。せめて、愛おしいと思っていたことだけは、事実であって欲しいと願った。
 その夜、その後どうしていて、いつの間に眠ったのか、後からいくら思い出そうとしても思い出せなかった。

 朝起きると、あたりは暖かく穏やかな小春日和で、その優しい空気の中にコーヒーのいい香りが漂ってきて、不思議と幸せな気分だった。
 誰かの死によってもたらされる幸福がこれほど優しいのは何故なのか。それともこれは、ここから見る半面だけが幸福なのか。後ろから見れば不幸の暗闇がどこまでも広がっているかもしれない。平和をもたらす為の戦争など存在しないということと同じくらい、自明のことだ。それは必ず誰かの屍の上にあるのだから。
 そして、真は誰かの死の上で軽く寝返りし、暖かい光を享受した。

 ゆっくりと意識はどこか別の次元から現れて、体の中に納まっていくような感じがした。まるで身体と精神は別のもので、眠っている間は肉体から離れていた精神が、生まれ変わって昇る太陽と共にこの世に戻ってきて、新しい時間を紡いでいくように思えた。
 竹流が以前、古代エジプト人の死生観について教えてくれたことがあった。今、真が感じているのは、まさに古代の異国の人々が思い描いてきた新しい人生の瞬間なのかもしれない。他人の死によって感じる新しい光、その残酷さに震えながらも、真は不思議と静かな心でいた。

 廊下側の扉が開いて、竹流がコーヒーを盆に載せて運んできた。真は起き上がりもせずにそれを見つめていたが、竹流がサイドテーブルに盆を置くと、ゆっくりと身体を起こした。身体は自分の意志よりもずっと軽く動くような気がした。
「コーヒーを飲んだら出掛けよう」
「何処に?」
「大間」
 真は暫く相手の言うことが理解できずにぼんやりとしていた。それから、頭にその単語の実質が入り込んできて、生まれ変わって初めて、感情が蘇ってきたような気がした。
「大間?」
 鸚鵡返しに聞いてはみたものの、竹流は何も言わなかった。

 そのわずか一時間後には、竹流のフェラーリは東北自動車道を北に向かって走っていた。必要なこと以外の何の会話も交わさないまま、古川から先は一般道となり、青森の北の果てにたどり着いた時には、もう夜になっていた。
 竹流は明かりもほとんど見えないような海沿いの道に出てから、またいくらか走って、やがて少しばかり内陸の方に入り車を止めた。

 道があるようなないようなところで、明かりは一軒の掘建て小屋のような小さな建物から漏れてくるものだけだった。それほど遠くもないところで波の音が聞こえていて、潮の匂いと湿った空気が漂っていた。
 竹流が無遠慮にその小屋の戸を叩くと、随分と間を置いてから、返事もないままにその戸が開いた。

 そこに立っていたのは、無精髭を伸ばし、髪の毛は無造作に刈ってばさばさのまま、古いどてらを肩にかけた小柄な老人だった。いや、おそらくは実際の年よりも老けて見えているのだろう、日に焼けた肌の皺は思ったより多くはなかった。それでも、十分に半世紀は過ぎている顔だった。
「遅くにすみません」
 男は怒っているようでもなかったが、大概無愛想だった。彼らを招き入れると、黙ったままくすんだグラスに一升瓶から日本酒を注いで、竹流の方に差し出した。竹流は黙ってそれを受け取り、一気に飲み干して、それから男にグラスを返した。






さて、ようやく大間のマグロ漁師、頑固爺さんの登場です。
少しずつ、人間に慣れていく??真をご期待ください^^;
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


りぃさの死を知らされた時の真の気持ち、わかるような気がします。
悲しみよりも、安堵する自分に怯える気持ち。
でも、それは真がちゃんと自分の人生を生きて行こうとする再生の兆しなんですよね。臆病な真にはそれが後ろめたく感じられるかもしれないけど。
サーシャの旦那様の描いた絵は、その夫婦の愛情を示すものだったけど、真の心にも何か光を宿してくれたような気配がします。
でもまだまだ。真再生プログラムには、そのマグロ漁師さんが必要なのですね、きっと。
竹流、頼みますよ。

lime #GCA3nAmE | URL | 2014/03/15 16:50 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

すっかり間が空いてしまって、忘れられているようなお話にさっそくコメントを下さいまして、ありがとうございます! limeさんと数人の読者様のお蔭で、こうして読んでいただいているんだと思って、細々と続けていけています……地味に地味に、連載を続けて行きたいと思います……感謝しております m(__)m

この、真の人の死に安堵してしまうという気持ち、書きながら、こんな主人公ありか?って気持ちもなくはなかったのですけれど、清く正しく元気で真っ直ぐな主人公ばかりが主人公じゃないと、開き直って書いておりました。真の場合は、暗い部分が多すぎる気もするのですけれど、ま、その分、マコトになった時は、べたべたの甘えん坊になっていますから^^;
こういう暗い思いでいる時に、おひさまの光って残酷なくらいに明るいのですよね。
その明るさとの対比が上手く出たら、と思って書いておりました。
そして、limeさんの書いてくださったとおり、自分であるためには、何かを切り捨てていかなければならないのかもしれません。
清涼剤のサーシャが消えた後は、いよいよ青森県です(*^_^*)
マグロはもちろん、漁師酒場で真が弾く三味線にもご期待ください!

> でもまだまだ。真再生プログラムには、そのマグロ漁師さんが必要なのですね、きっと。
> 竹流、頼みますよ。
はい! 漁師さん、ただの頑固で無口な爺さんですが、いい仕事しています。
これも「腕に覚えあり」の年寄りが大好きな竹流の人脈なのですけれど、でも、竹流は何をしたのかしら?
え~っと、車を運転しただけ??^^;
いつもありがとうございます! 次回もよろしくお願いします!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2014/03/15 17:41 [edit]


この回は

真の抱える闇が浮き彫りになった回のように感じます。
誰かがこの世から死という形で消え去ってほしいという、意識にのぼってすらいなかった、でもとても強い願いを認めたくなかったのに、直視せざるを得ない一瞬、とでもいうのでしょうか。

わかりやすい形での極悪人ならば簡単に受け入れられる問題ですが、そうでないからこそ苦しいのでしょうね。そして、お金と引き換えに誰かを殺してしまおうとした人間に対する憤りもあって、その両方が偽る所のない彼の心なのだと思います。

イコンの中に隠れた艶画もまた、この世に存在する尊いもの美しいもの、愛する心の二面性をとても上手に象徴しているのだなと思いました。竹流がサーシャの忠告をちゃんと聞き入れるのはいつなのかな。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2014/03/16 00:59 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

真の気持ちを、あるいは真の抱えているものを理解してくださってありがとうございます。
主人公って正しい方がいいのは分かっているのですけれど、真に関してはマイナスな部分が多い。
だめ、とか、情けないとかいうのじゃなくて、実は夕さんのおっしゃる通り、闇という感じの部分の方が多いんです。
これはなかなかこの話の万人受けしないところかなぁと自分でも思っているのですけれど、こんな人だから仕方がないか……(・_・;)

竹流もそうですけれど、いい男なんですけれど、ブラックなものを背負っていて。
真も決して何もできないダメな子じゃなくて、実は逆にそこそこの力や思いを持っているだけに、悪い方に使えば悪いことができてしまう、しかも自分のオヤジは……ということで自分の遺伝子への恐怖心もあって、結局正義の味方にはなれない人なんですね……それを一生懸命隠し通そうとしているという感じです。
極端なことを言えば、世界に二人きりでもいいとか思っているかもしれない。

ただ、本当に夕さんのおっしゃる通り、この人には二面性があって、どちらも彼なのだと思います。
例えば誰かが苦しんでいたとすると、その苦しみを何とかしてやりたくて手を貸してやりたいと純粋に思うことも真実なら、世の中そんなものだと思ってしまう部分もあるし、自分の苦しみに比較したら大したことないじゃないかと思ってしまうような面もあったりして、どれもそのまま嘘じゃない真の姿なんですね……しかも時には、恐ろしいことをやってしまおうとしたりして(この『海に落ちる雨』の後半では……(>_<))
いや、こんな主人公を最愛キャラだと言っていたら、この作者大丈夫か、とか思われそう^^;

> イコンの中に隠れた艶画もまた、この世に存在する尊いもの美しいもの、愛する心の二面性をとても上手に象徴しているのだなと思いました。竹流がサーシャの忠告をちゃんと聞き入れるのはいつなのかな。
このエピソードは自分でも大好きな部分なのです。ありがとうございます(*^_^*)
あ~っと、そうですね、えーっと、竹流は真の上手意を行く天邪鬼かもしれないので、なかなか聞き入れないかも^^; そもそも気が付いていないという可能性も??
お坊ちゃまですからね~~
コメント、ありがとうございました!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2014/03/16 07:59 [edit]

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