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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨112] 第22章 死んだ男の息子(2) 

【海に落ちる雨】第22章その(2)です。
ローマからやって来た竹流の叔父・チェザーレに会い、田安の死は自分の父親の「仕事」の結果だと知らされた真。
ここで、要になる台詞を反芻。


「あの馬鹿者は、わざと雑誌のインタヴューに応じたんですよ。どういう意味かお分かりですね。あの雑誌はヨーロッパに姉妹社があり、日本で発売されるよりも前に同じ内容の記事がヨーロッパ中で売り出される。これは些細なことではありません。あなたを愛しているなどと馬鹿げたことを言ったことは大目に見るとしても、ヴォルテラを継ぐつもりはないと、こんな形で宣言することは許されません。あれの一言が、ヴォルテラの内にも外にもどれほどの波紋を投げ掛けたか、想像したことがありますか。もちろん、あの馬鹿者はそれを狙ったのでしょうが。そして、あなたの父上は、私が次に出る行動を読んだのです」


「あなたに銃の使い方を教えるようにタヤスに言ったのは私です。私は、あなたを私の息子の夜伽の相手に雇うつもりはない。馬鹿息子ですが、いずれあなたがあれの盾にさえなってくれることを期待して、そのように頼んだのです。あなたの父上はそれが気に入らなかったのでしょう」


だから、チェザーレ・ヴォルテラはここにやって来たのだ。息子を探し出すためだけではない。後継者を傷つけた者を二度と立ち上がれないまでに叩き潰し、自分の意にそぐわない状況を覆すために。そして、彼の言葉によれば、アサクラタケシの息子を手に入れ、後継者の忠実かつ確実な盾とするために。


さて一方、真をヴォルテラの魔の手(?)から遠ざけようとする「河本」。
実は、真の父親・武史の大学の後輩だったんですよね(以前、真に告げています)。
私の予想では、きっと、憧れの先輩だったのではないかと思うのです……ま、そんな感傷に浸るオッチャンじゃありませんが。


「ご存知と思いますが、チェザーレ・ヴォルテラは真っ向勝負で来るタイプの人間ですが、彼の後継者のためなら、同じ理屈で卑怯にもなる男です。あなたを利用するなど、赤ん坊の手を捻るようなものですよ」


「大和竹流の捜索はチェザーレ・ヴォルテラに任せて、少し休まれてはいかがですか。身体がまいっていると、ろくな考えが浮かばないものです。そのように他人の言葉に簡単に踊らされたりします。全て忘れることも、あなた次第で可能なことのはずです。あなたが決心されるのなら、あなたの立場を守ることは、私には簡単なことです。元の生活に、ただし、大和竹流のいない生活にお戻りください」


頑張れ、真。こんな腹黒いおじちゃんたちに負けるな!
さぁ、腹黒すぎてかえって磨かれた黒曜石のような(?)唐沢の名調子を聞きに、ご一緒に刑務所に面会に行きましょう!
後半は、竹流と最後に一緒にいたはずの男、村野耕治の息子に会いに、怪しいファイトクラブを訪ねましょう!
(って、観光案内じゃないのに^^;)





 翌日は朝から雨だった。
 指定された面会時間に千葉県まで行くと、いつものように淡々とした手続きが進んで、真は狭い面会室でしばらく待たされた。
 コンクリートと変わらない冷たく厚い壁を通しても、外の湿気はしみ込んでくるようだった。

 座るべきかどうか考えながら暫く突っ立っていたが、真は結局安定の悪いパイプ椅子を引いて、腰を下ろした。椅子のせいなのか、落ち着かない気分になったが、目を閉じて黴臭い空気を吸い込んだ。
 目を開けると、薄暗く狭い面会室の壁が、身体を押しつぶすように迫ってくる。息苦しくなって、真は咳き込んだ。

「何だ、お前、また痩せたんじゃねぇのか」
 刑務所に入っている時の方がこざっぱりして見える唐沢が、鉄の扉が開いた途端に、例の如く無遠慮な声で言った。真は立ち上がった。
「お元気そうですね」
「そりゃあな、三食食える環境は健全でいいわ」

 唐沢が立会人に勧められて座ると、真ももう一度座り直した。
 胡散臭い目つきは変わらないが、確かに刑務所に入ってから唐沢は少し太ったように見えた。短く刈られた髪のせいで、そう見えるだけかもしれない。いい加減な性質は、時にその人間を実年齢よりも若く見せることがあるが、唐沢の場合はまさにそれだった。

「ずっとお知らせしないと、と思ってたんですが、遅くなって」
 唐沢は椅子に斜めに座って足を組んでいた。刑務官の立会人が嫌な顔をしていたが、唐沢は全く意に介していない。
「田安の爺さんのことか」
「どうしてそれを」
「北条仁が来たからな」

 真は息をついて、少し姿勢を正した。唐沢は身を乗り出すようにして、僅かな幅しかない仕切り台に肘を預けた。
「おい、坊主、何か知らねえけど、妙に神妙になるんじゃねぇぞ。あの爺さんはな、まともな死に方ができるような生き方をしてこなかったのよ。何時、どこで、どうやって死のうとも、大方変わりばえのしない人生だったろうさ。そりゃあ、俺も同じだ」

 真は唐沢の顔を見たままだった。
「俺も、爺さんも、戦争やら内戦やらという事情があったにしても、人を殺してきてるんだ。後ろにゃ雲霞の如く悪霊を背負ってんのよ。だから、どういう形で死のうとも、それは仕方がねぇ」
 一体、北条仁はどういうふうに唐沢に話したのだろうと思った。

「あなたは、知ってたんですね」
 唐沢ははぁ? というような不可解な顔をしてから、更に真のほうに身を寄せてきた。
「坊主よ、俺も爺さんも、お前を囲うのが楽しかったのは事実さ。お前が何者かを知って、うようよと寄ってくる色んな種類の虫どもの顔を観察するのは、そりゃあ面白いもんだった。だが、これだけは忘れるなよ。お前の親父が誰だろうと、お前と付き合ってる男がどんな人間だろうと、その周囲に誰が群がってこようと、お前の値打ちはそんなもんじゃ測れねぇ。お前は自分の気持ちと欲望に素直になりゃいい」

 真は唐沢の言葉をしばらく頭の中で反芻した。そして、それが、言葉は違っていても、聖職者が語る内容と同じだと気が付いて、妙におかしく感じた。この男は、坊主になると似合うかもしれないとさえ思った。
「北条さんは、田安さんが誰に殺されたと言ったのですか」
「俺は『事故』だって聞いたがな」

 真は黙って唐沢を見つめた。唐沢の目は、相変わらずどうとも取れる目つきで、何を考えているのか、全く読み取ることはできなかった。
「なぁ、坊主。事故だろうが、殺しだろうが、あるいは自殺だろうが、あの爺さんにとっちゃ同じことよ。お前がその事実を突き止めたところで、爺さんの生涯が褒められたものになるわけでも何でもねぇ。爺さんのやってきたことは、俺と一緒でどっちにしてもろくなもんじゃねぇのさ。気楽に考えろ」

 多分、唐沢はあらゆる可能性をすでに考えているのだろうと思った。
 事実をふたつ、みっつ並べれば、唐沢がちゃらんぽらんに見える爆発的な想像力で十ほどの可能性を並べることができる能力を持っていることを、真はよく知っていた。

「誰かを問い詰めたって、お前さんが幸せになれるわけじゃないぞ。なんせ、これは戦争だからよ。戦争ってのはな、坊主、反射だ」
「反射?」
「頭なんか使ってねぇ。多分せいぜい脊髄あたりまでの反射だ。目の前にきた的をただ反射的に撃つってだけのことだ。それが敵か味方か、兵士か一般人かなんてのはどうでもいい。戦争ってのはな、どんな理屈を並べてみたところで、起こってしまえば、そこには正義は一切ない」

 真は、自分が唐沢という男を信じている、と感じた。それは「信頼」ではなかったが、唐沢の言うことには嘘がない。奇妙な感覚だった。
「それより、生きている人間のことを考えたほうがいいんじゃないのか」真が何のことか、と思っていると、唐沢は先を続けた。「彼氏が行方不明だそうだな」

 唐沢に、彼氏ではないと言い訳するのは最初の一回でやめてしまっていた。全く人の話を聞いていないことがわかったからだった。
「えぇ」
「それで憔悴してるわけか」
 それには答えなかった。
「生きてるか死んでるか分からない、なーんて情けない顔すんじゃねぇよ」
 何故か、唐沢から目を逸らすことはできなかった。

「なぁ、お前さんは自分の最大の武器が何か知ってるか?」
「武器?」
「俺がお前を、失踪人調査にはもってこいだって、名瀬に売り込んだ理由さ」
 真が何も答えないでいると、唐沢は気分よさそうに笑った。

 唐沢ほどでもないが、真もまた、社会からはみ出ているからだろうか、とぼんやりと考えていたが、唐沢は思いもよらぬ言葉を言った。
「お前は鼻が利くんだ」
 その言葉だけでは、真は意味を理解できなかった。

「何も実際の臭いに対してじゃないぞ。お前は人の感情に対して鼻が利く。時々においが強すぎて気を失いそうになってるみたいだけどな。それも、良い感情や世間的に理解可能な感情に対してだけじゃない。自分にとっての悪意でも、犯罪者の常識を逸した感情でも、普通では理解できない感情にも、同じように反応する。お前の身体も精神も、それを整理しないで記憶しちまうのさ」

 唐沢はガラスの仕切りの向こうで、右手の人差し指を立てた。
「怖がる必要はない。死体を見るまで信じる必要はないさ」
 真はひとつ息を吸い、頷いた。

「ま、励むことだな。後悔って言葉を、俺は一生の間に一回しか使わないことに決めてんのさ。それももう使っちまったからな。お前も、そう考えて、でっかい気持ちでやっていくほうがいいぞ」
「何時、使ったんですか?」
「生まれたときに決まってんだろ」
 立会人がそろそろ、というような気配を見せてから、唐沢がもう十センチほど真に身を寄せた。

「三上にな、今度は嫁さんの手作りのもんより、もっと気の利いたもん差し入れろ、って言っとけ。エロ雑誌とかな、大人の玩具とかよ」
 真は一瞬呆気に取られたが、怒る気も失せて頷いた。
「三上さん、面会に来ているんですか」

 三上に直接、唐沢に会いに行っているのかどうか聞いたことがなかった。聞きにくい質問でもあったからだ。
 だが、六本木のバーのマスターが言っていたように、三上は唐沢が出所するときはきっと迎えに行く気だろうと、真も思っていた。
「いや。車椅子でここに来るのが面倒なんだろ」
 面倒くさそうに言う唐沢の本心は、真には計り知れない。

「三上さんに、会いたいんじゃないのですか」
 一度は聞きたいと思っていたことだった。唐沢は真の目を見つめたままだった。
「会おうが会うまいが、あいつは俺のもんだ」
 真は思わぬ返事に、しばらく唐沢の目から視線を逸らすことができなかった。
「だからって……」
 どう言葉を続ければいいのかわからない。だが、唐沢は淡々と先を続けた。

「お前の彼氏に聞いてみろ。お前のことをどう思っているのか、な。しかも、お前さんだって満更じゃないはずだ。身体も心も、命も、捧げてもいいと思ってるだろ。殴られたって蹴られたって、首を絞められたって、あるいは死ぬまでケツに突っ込まれてもいい。銜えろと言われたら銜えるし、飲めといわれたら何だって飲む、ケツを拭けと言われたら拭くくらいどうってことはない。そういう二人の間のことは、他人の誰にも理解はできない」
 真が呆然としたまま唐沢を見つめていると、唐沢は笑いながら立ち上がった。

「お前、成長してねぇな。ちったぁ上手くかわせ。そんな神妙な顔をされちゃあ、言ったこっちも、からかったつもりだったのか、真剣な話をしてたのかわからなくなっちまう。三上にも、名瀬にもよろしく言っといてくれ。そうそう、北条仁にな、伝えといてくれ。タイの芥子農場の元締めに、確かに日本人が絡んでて、そいつが小松と関係があったかどうかはわからねぇが、確かムラタだったかムラノだったか、そういう名前を聞いた事があった気がするってな。まあ、もう戦争の後のことだから、古い話だけどよ。それから、うちの可愛い弟子に妙なことすると、後で火傷するぞって言っとけ」

 真がいちいち言葉を理解できないうちに、唐沢は真のほうにちょっと身を寄せた。
「もっとも、お前さんがたまらなくなってケツを差し出すんなら別だけどな」


 唐沢はどこも変わっていなかった。それに妙に安堵しながら、真は刑務所を出た。
 それに、唐沢が今でも自分を弟子だと思っているのか、と考えると、奇妙なことに嬉しい気がした。
 信じるものも足がかりも失った気がしていたのに、唐沢だけは何も変わらず、そこに存在している。

 つけられているのは感じていたが、気が付かないふりをしたまま事務所に帰り着いた。
 美和も、宝田も賢二も、ごく普通に仕事をこなしている。
 夕方の早い時間に、しばしば飲みに誘いに来る新聞記者の井出が、いつもの当り前の風景のように、食事に誘いに来た。どういうわけか、ゲイバーのチーママの桜も一緒だった。

「真ちゃーん、よかったぁ。相談に乗ってほしいことがあったのよぉ」
 桜は例の如く、逞しい腕と作り物のむっちりした胸を誇張して真に抱きつかんばかりに寄ってきた。今日は休みなのか、と聞くと、遅出だからいいのだという。
 真の冴えない顔を見ると、桜はんー、と意味不明の唸りを発して、スマイルよ、スマイル、愛は貫くためにあるのよ、と言った。

 いつもの居酒屋に行くと、桜はびっちりと真に引っ付いて、ひとしきり別れた男の愚痴を言い、それから唐突に真の顔を真剣に見つめた。
 何かと思って真が桜を見返すと、桜は、どう頑張っても骨の太さは隠せない力強い両手で真の頬をつかんだ。

「真ちゃんはねぇ、本能が雄なのよ。世間がどう考えてるかは別にして、真ちゃんを見てるとあたしはすごく雄を感じちゃう。相手を守りたい、守るために狩に出る、そういうタイプなのよね。身体のほうでは相手を受け入れる側になっちゃっても、心が雄だから、待ってるだけじゃ我慢できないはずよ」
 一体、桜は誰から何を聞いてそんなことを言ったのか、半分以上酔っ払った桜に確認するのは不可能のようだった。

 その後も、入れ替わり立ち代わり知り合いのホステスやホストの誰かが顔を出し、時々真を彼らの店に連れて行っては居酒屋に連れ戻した。
 美和と井出の計画なのか、と真が気が付いたときには、真は夜の町を桃姫という源氏名のホステスと一緒に歩いていた。綺麗な顔つきの若い娘で、大学生だと言っていたが、どこかで見た面影だった。

「お姉ちゃんから」
 桃姫は真の耳元で囁いて、真のポケットに鍵らしいものを入れた。
 真が彼女の顔をもう一度見つめると、楽しそうに桃姫は笑った。
「添島清香です。車はそのホテルの駐車場に停めてあるそうです」

 それだけ言うと、桃姫は地下に潜る階段の前で足を止め、真を促すように一緒に階段を下りた。そして、真を一軒の店に案内すると、自分は地下廊下をどこかの抜け道に出ていった。
 背後を振り返る時間はなかった。

 押し込まれるように一軒の店に入った真は、狭く暗い入り口に自分がいることを認識し、人が一人やっと通れるだけの数メートル先の廊下の奥のカーテンが開くのを黙って見ていた。

 奥からは薄暗い赤い光と一緒に、パシンと鋭く何かが叩かれるような音と、歓声のような叫びが響いてきていた。靄のような煙は、煙草なのか、それ以外の何かなのか分からない。
 開いたカーテンの所に立っているのは、小柄な黒人の少年で、暗い闇の中で目だけが異様に光って見えた。

「ナンニ、客か」
 聞こえてきたのは英語だった。少年の背後に立ったのは上半身裸の大柄な黒人で、真を見ると躊躇いもなく真っ直ぐ近付いてきた。真がまだ呆然としているうちに、真の襟首をつかみあげるようにして、奥へ引きずっていく。

 カーテンの向こうは思ったより広いホールだった。
 パシン、という音が幾つも木霊している。
 大きな黒い身体、また小柄ながら機敏そうな身体がそこかしこで踊っていた。身体同士をぶつけ合うような音は、高い響きを伴ってホールで跳ね返った。踊り、というのは正確ではない。明らかに格闘技を、しかもルールのない格闘技を繰り広げているのだ。それを取り囲む幾人もが、応援というよりは野次を飛ばしている。

 男が真をホールの入り口で放すと、一斉に中にいた人間たちの動きが止まった。
 やがて幾つかのひそひそ声が交わされ、黒い大きな影が真のほうに近付いてきた。何の準備もしていなかった真のすぐ傍にやってくると、大きな影はいきなり真の背中に腕を回し、抱き上げるようにしてホールの真ん中まで、まるで荷物のように運んだ。

 からかうような叫びと口笛が上がった。あちこちで、コインの当たるような音が響いた。
 英語で叫んでいるのは、時間のようだった。何の時間なのか理解できなかったが、数分単位の時間の読み上げが、真にとって有難くない賭けのスタートだということだけは何となく理解できた。

 目の前の大柄な男は、数本の太い傷の残る黒い身体を誇示するように立っていて、幾つかジョブをすると、いきなり右手でストレートを飛ばしてきた。
 とっさに、真は身体を低くした。周囲の男たちの歓声は一気に期待度が増したように感じた。

 大柄な黒人は口の端が裂けそうなほど釣り上げて、面白そうに笑った。特別に活きのいい獲物が飛び込んできたことが分かったからだろう。
 右の拳で自分の左手掌を幾度か叩き、そのまま腕で来るのかと思ったら、いきなりまわし蹴りを披露してきた。

 不意打ちに、真は逃げ送れて足を掬われる。床に転がったところへ、ほとんど時間差なく腹に拳が食い込んできた。腹に力を入れる時間だけは僅かに残っていた。
 それでも激烈な衝撃だ。筋肉を硬くしないまま、まともに食らっていたら、そのまま意識が吹っ飛んでいただろう。いや、命も吹っ飛んでいたかもしれない。

 瞬間に転がって二発目を躱すと、相手は床を強か打って叫びを上げた。だが、悪いことに、同時に闘志にも火がついたようだった。
 やばい。真は跳ねるように立ち上がった。
 そこへ、素早く次のパンチが飛んでくる。顎が歪むような勢いをかろうじてかわした。だが、身体は背後へ吹っ飛ぶ。背中が後ろのテーブルにぶつかり、テーブルが滑って壁に激突した。二重の衝撃が背中で炸裂する。

 一瞬に逃げる場所を失った真は、衝撃で僅かに意識が飛んだようになり、そのままでかい男に組み敷かれた。
 グローブのような手で左の顔面をはたかれる。口の中が切れた。
 もう一発来る前に、反動をつけて男の股間を蹴り上げる。

 だが、男は一瞬ひるんだだけで、面白そうに笑った。
 今度は胸倉をつかまれて持ち上げられた。咄嗟に男の肩に両手をついて、弾みをつけて男の身体に膝で蹴りを入れた。男の身体ごと床に転がったが、そのゴツい体がクッションになる。

 逆に男を組み敷くと、間髪を入れずに鳩尾に一発くれてやった。時間をかけると自分が不利なのはよく分かっていた。
 男たちの歓声はますます激昂してきた。コインの音はうるさくなってきた。
 さっきの時間は自分が気を失うまでの時間か、と思い、真は立ち上がりかけた。

 途端に、頭を上から押さえつけられた。そのまま、別の男の手元に投げ込まれる。
 さっきの男よりも一回り大きな男に思えた。男は面白そうに真を抱き締めるようにし、思い切り力を入れてきた。
 呼吸ができなかった。

 そうなると、さすがに体格の小さい真は不利だった。どうもがいても腕ひとつ逃れることができない。
 苦しくて足だけで暴れると、今度はいきなり離されて、床に押し付けられた。男は舌なめずりをして、真のベルトを引き抜くとスラックスを下げ、シャツをたくし上げた。

 回りから、一段と大きな歓声が上がった。ここに来て、真はようやく男たちが強か酔っていることに気が付いた。酒なのか、それ以外の何かなのかはわからなかった。
 これはフェアな勝負じゃない。相手を失神させる方法はどうでもいいらしい。

 その時直接腹にくらった一発は、ここに入ってきてから最も強力なパンチだった。
 意識が一瞬朦朧となる。危ないと思ったときには、いきなり顎を砕けるほど強くつかまれ、殴られるのを覚悟した僅か先に、いきなり呼吸ができなくなった。

 食らったのは拳ではなく、口も鼻も塞がれるような分厚い唇の感触だった。顎を摑まれていて噛み付くこともできない。半分まで下げられたスラックスがもつれて、蹴り上げることもできなかった。腕は別の誰かの手で床に押し付けられていて、自由が利かない。次は下着の下に直に手を突っ込まれて、いきなり摑まれた。

 まじにやられる、と思った瞬間。
「それくらいにしておいてやれ」
 太い声が頭のずっと後ろのほうで聞こえた。






22章は短めなのです。次回はもう22章の最終話。
村野耕治の息子・草薙という、これまた喰えない男の登場です。
仁の代わりに、今度は彼が道案内人になります。
さて、本当に味方なのか、頼れるのか……少なくとも良好な関係にはなりそうにはありませんね……

「だから、あの男は馬鹿だと言ったんだよ。御蔵皐月も、寺崎孝雄も放っておけばよかったんだ。遠い昔の豪農の物語、あるいは本来請け負ったはずのフェルメールの絵だけに関わって、そこで手を打ってしまえばこんなややこしいことに巻き込まれなかった」
 起こっていることが小さい、というのは本当なのだ。どこかで、『河本』は気が付いたのだ。脅迫者などいない、彼が追いかけている人物はやはり形のない幻だったということに。


次回もお楽しみに!
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Category: ☂海に落ちる雨 第3節

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コメント


うはは

こんなお下品な上司のもとにいたのに真の真面目さと来たら……。普通は影響を受けて、というかお下品さに慣れて全然へっちゃらになりそうなのに(笑)
あ、竹流がお上品に揺り戻していたのか。

それはともかく、「大人しくしていろ」と言う河本の味方じゃないんですけれど、なぜ真はいつも痛くされる所に行っちゃうのか。この間の痛かったときの傷もまだ治っていないんじゃないかと思うんですけれど。それに貞操の危機(?)みたいな所にもそれこそ鼻が利くのか、よく突っ込んでいるなあ……。

こればっかりは「遅かったか……」にならないように祈っておりまする。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2014/04/25 03:02 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

うふふ……真がお下品にならなかったのは、多分、あまりにも真にとって唐沢が強烈で、多分反面教師だったのではないかと思われます。
あるいは、じっと観察するのに面白い対象だったのかも。
でも、竹流と肩を並べるくらいに、真にとっては「先生」だったんですよね。探偵を真がやっていけているのは、全て唐沢のおかげですから。下品さは学ばなかったけど、その他は沢山学んだみたい(^^)
しかも面白いことに、真の周りにある有害なものをこっそり排除してきた竹流が、なぜか唐沢を排除していないのですよ……これはある意味、不思議でもあり、なんとなくそうなのかも、と思う面もあり。
竹流はいがいにこういうおっさんが好きなのかも……???

あ~、ほんとですよね。真ったら、「痛くされる所??」には絶対に首を突っ込んでいっている……
でも、いずれもそれなりに不可抗力でして……だって、前回は女といちゃいちゃしてて、予定外に巻き込まれたし、今回もただ「気が向いたら来い」って名刺を渡されて、やっぱり竹流に繋がっていると思えば行かざるを得ませんよね~。だから、決して、真のせいでは……^^;
でも、この先第5節では、自ら痛いところに向かっていくなぁ……しかも好き好んで……
う~ん。否定できない~~~
> 貞操の危機(?)みたいな所にもそれこそ鼻が利くのか、よく突っ込んでいるなあ……。
これはもっと否定できない……う~ん。実は、この人、ある意味ではそういう方面で節操ない所があるからなぁ。あ、言葉が違うなぁ。あの……うまく説明できないのですけれど、本当に野生の仔で、単純にそういうのに弱い……後は本編で読み取ってやってくださいませ(;_:)

> こればっかりは「遅かったか……」にならないように祈っておりまする。
あぁ、「遅かったか……」いっぱいあるかも(;_:)
でも、なんとか乗り越えますね! だから、見捨てないでやってくださいませ(;_:)
(だんだん核心に近づいてきて、うろたえる大海なのでした)

いつもありがとうございます。次回もよろしくお願いいたします(*^_^*)

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2014/04/25 19:21 [edit]


手荒いお出迎え

最初に参考に抜き出されていたチェザーレさんたちの言葉、改めて読むと腹立たしいですね。
チェザーレさん、竹流が大事なのはわかるけど、真は道具じゃないぞ~。
河本さんも、真の安寧がどこにあるのか分かっていないなあ~。
真、おっちゃんたちに負けるな~。

で、やっと真を(真自身よりも)理解してるんじゃないかと思う唐沢の登場。確かに粗野だけどなんだか安心できるのは、本当に真の身を案じてるからなんでしょうね。ちょっと世間一般とはずれてるけど。
こんな牢の中にいないで、真の傍に居てやってほしいなあ。
ほらほら、真がまた、危ない空気の闘技場へ。
淀んだ空気まで感じるこの店。案内した桃姫って、添島刑事の妹??じゃあ、味方だと思うのに・・・。
でもあの緊迫感がいいですね。追いつめられたヤマネコの反撃もドキドキ。まあ、勝てっこないんだけど><

>「それくらいにしておいてやれ」
って。草なぎ??

ちょっとした、挨拶代りの演出でした、なんてことだったらヤマネコさん、ひっかいちゃいなさい。
この男も、真の味方じゃなさそうな予感かしますが・・・。
続きを待ちますね。

lime #GCA3nAmE | URL | 2014/04/25 22:44 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

いつもありがとうございます(^^)
そうですね~、チェザーレ氏はもうひたすら息子LOVEですし、組織としての問題もあるし……
イメージはゴッドファーザーで、身勝手な面もなくはないカリスマだけれど、なぜか人を惹きつけてしまう人なのです。その辺はまだ、このお話では出てきませんけれど……あ、でも、後半、なぜか妙に可愛いところも?
でも、マフィア的存在ですから、報復は怖いです(ゴッドファーザーの見すぎ^^;)。

「河本」は、組織を一番に考えるように訓練された、という人です。つまり、お役人、なのですね。でも、この人……態度に出せないけれど、結構、武史を尊敬していた学生時代の青さが抜けていなかったり、あれこれ言いつつもこっそり真を庇っていたり(そもそも、前回ヤクザにいじめられた時、助けてくれて、しかも病院から逃してくれましたものね)……
みんな、結構いいとこともあり、悪いところもあり、それは観る方向によって変わるってところがミソかもしれません(*^_^*)

でも、確かに、limeさんのおっしゃる通り、言葉だけ抜き出したら、なんていじわるな奴ら!(-"-)
負けるな、マコト、じゃなくて、真(先にマコトに変換されてしまう^^;)!
このお話、ストーリー仕立てとしては、ほとんど誰も「主人公の方を向いていない」んですよね~
普通、物語の主人公ってみんなに思われてたり、大事にされているのに……なんて不幸な主人公^^;
ま、一部の人間はちゃんと思ってくれているから、いいか!
そうだ、真、おっちゃんたちに負けるな~~~
それにしても、オッチャン率の高い話だなぁ……^^;

そして、唐沢。評価の分かれる人だとは思うのですけれど、しかも、もとは絶対真を使って何か悪いことを考えていたと思うのですけれど、真が人間社会の中に放り込むとかなり頼りないことに気が付いたのか、口は悪いけれど庇っている……のかなぁ?
でも、基本的に「いい人」じゃないんです^^;
> 確かに粗野だけどなんだか安心できるのは、本当に真の身を案じてるからなんでしょうね。ちょっと世間一般とはずれてるけど。
かなりずれてる~~(笑) しかも、真のことを案じているというよりも、自分が「面白いから」に違いない~(笑)
> こんな牢の中にいないで、真の傍に居てやってほしいなあ。
あはは~、いたらいたで、微妙に迷惑かも~(笑)

あ、このファイトクラブは、はい、とんでもないですが、そもそもは前回のヤクザとは違って、真を本当に痛めつけるのが目的ではないので(殴りあうの好きな男のサガですね……昔、よくボクシングなんかでやってたイギリスの某格調高き学校とかみたいで)、ま、これはこれで楽しんでくださいませ。
というより、私が単に格闘シーンが好きで、できちゃったシーン^^;
あんまり悲壮感なく書いたつもりだったのです^^;

> 案内した桃姫って、添島刑事の妹??じゃあ、味方だと思うのに・・・。
はい、これは、「竹流のことを知っている人間(=草薙)のところへ連れて行く」ためだから、ちゃんと味方の仕事をしてくれていますので、ご安心を(*^_^*)
> でもあの緊迫感がいいですね。追いつめられたヤマネコの反撃もドキドキ。まあ、勝てっこないんだけど><
格闘シーン、楽しいですよね~~。もう大好きなんです。
あ、実はHなシーン以上のテンションで書いているのです^^;
そうそう、コメントを頂いて気が付きましたが、この話って、本当に「完全なる味方」とか「完全なる敵」は少ないです。その中で「完全なる味方」と「完全なる敵」を探すゲームなのかも(*^_^*)

> ちょっとした、挨拶代りの演出でした、なんてことだったらヤマネコさん、ひっかいちゃいなさい。
わ、まさに「挨拶代わりの演出」だった……^^; limeさんに怒られちゃう^^;^^;
草薙は、真の味方ではないけれど、満更敵でもないのかも? どうでしょうか?
塚本みたいなもの?
お楽しみくださいませ。
いつもありがとうございます(*^_^*)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2014/04/26 08:20 [edit]

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