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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【お誕生日記念掌編】君のために 

お誕生日、記念掌編です。いわゆるサプライズですが、こんなことしてもらったら、結構嬉しい?
けれど……この二人の組み合わせではどうなのよ、って気がしますね。
そして、真のお仕事の一端も少し覗いてみていただけるようになっている、かも?
(いや、どんな仕事してるんだって話になるかも^^;)
そして、かなり珍しい、真の一人称です(*^_^*)(二度とないかもしれない)




 ここのところずっとすれ違っている。
 などと言うと美和ちゃんがあれこれ深読みして喜ぶので、事務所ではそんな話をすることはないが、ふとした拍子に手を止めて考えてしまう。
 もっとも、特別に勘所の働く美和ちゃんに隠し事をしていても無駄だというのは、この一年で学んだことのひとつだ。

 一応俺が所長ということになっている調査事務所は、今は刑務所に入っている俺の元上司のあることないことの宣伝と、残していってくれた情報網のお蔭で、開業以来約一年、今のところ順調にやっていけている。主として失踪人調査、特に未成年の家出やらトラブルを請け負っている関係上、年末が近くなり、人々の心の隙間に風が吹き込むようになると、下請けに使ってくれる弁護士事務所からの依頼も増えて、自然と忙しくなった。

 喧嘩した覚えはないが、もともと多いとは言い難い会話は、互いの仕事の状況によってはほとんど皆無になる。
 誰の話って、つまり、同居人のことだ。
 この季節には、俺は朝出かけて、そのまま夜通し、朝方まで家出少年に付き合うこともあるし、事務所でそのまま寝てしまうことも多い。今日は帰れないと電話をする手間を惜しまなければいいのに、あれこれと忙殺されているうちに機会を逸してしまう。ややこしくならないうちに謝ればいいのだが、こっちだって仕事なのだから、という思いがあると、どうしても素直に言葉は出てこない。

 まるで熟年夫婦のようだと言われそうだが、単にきっかけが掴めないだけなのだ。
 大体、忙しいのは向こうも同じだ。美術品の修復師で、ギャラリーのオーナー、加えて銀座でちょっと有名なイタリアンレストランのオーナーである彼は、この間からはまたどこか北陸の山奥の寺に籠っている。襖絵の修復に出かけているのだ。いつものようについでに趣味の岩登りをしてくるに違いないし、あるいはどこかにいる大切な女のところにも寄っているのかもしれない。

 同居しているとはいえ、特別な約束事があるわけでもない。いや、同居と言うよりは、俺が居候をしているだけなので、向こうの仕事に俺がとやかく言うことは何もない。飯の面倒を見てもらっているだけで、十分に感謝しなければならないのだ。

「先生、聞いてる?」
 ふと気が付くと、目の前に美和ちゃんの顔があった。まだ中学生と言っても通るような童顔だが、都内の名門女子大に通うお嬢様だ。何を間違えて、ヤクザの持ちビルを間借りしているこの事務所の「秘書」などをしているのか、いや、そもそもヤクザの「彼女」になどなってしまったのか、運命というのは彼女にも俺にもままならないものらしい。
 彼女はここ数日何となく落ち着かないようで、珍しく夜はそそくさと帰っていく。彼氏と何かあったのかもしれない。

「え、っと、なんだっけ?」
 俺は別に先生でも何でもない、ただの調査事務所の雇われ所長だ。彼女が俺のことを「先生」と呼ぶのは、そのほうがハードボイルド的にかっこいいから、というだけの理由だ。それに彼女は俺にとって共同経営者であって、「秘書」ではない。これも、ハードボイルド的にかっこいいからだそうだ。……いまひとつ、理解できないが、あえて否定することもないのでそのままにしている。

「今夜、十一時にハチ公前ですよ」
「え? あ、そうか」
 そう言えば、何日か前から「十一時、ハチ公前」と、しつこく繰り返されている。
「で、明日は八時には事務所に戻っていてくださいね」
「あぁ、わかった。で、今日は何だっけ?」
「行けば分かります」

 俺のスケジュールはほぼ百パーセント、美和ちゃんに握られているので、特に気にも留めなかったが、スケジュールの内容を教えられないのは不思議だ、と思う余裕さえなかった。見知らぬ依頼人との待ち合わせがハチ公前ということはないだろうから、見知った情報屋か誰かが待っているのだろう。

 呪文のような「十一時、ハチ公前」をお題目のように繰り返して、美和ちゃんは今日も早々に帰っていった。俺は報告書の仕上げに取り掛かり、問題の時間が近づいてきたので、少し早めに事務所を出た。
 外に出ると思った以上に寒かった。十一月と言えば、陽が落ちるのも早くなり、まだ夕方と思っていたらいつの間にか真っ暗になっている。とは言え、冬というにはまだ抵抗があり、つい薄着で出かけてはあまりの寒さに震える。真冬以上に人肌が恋しいと思う、不思議な季節だ。

 夜の十時。歌舞伎町はこれからが本番だ。この街に生活を合わせていると、二十四時間の感覚がおかしくなる。子どもの頃、北海道の浦河で育った俺は、今でも人類という種としては真っ当な体内時計を持っていると自覚しているので、この街での暮らしがかなり精神を侵しているのではないかと思わなくもないのだが、慣れとは恐ろしいものだ。今では、仕事で地方に出かけると、時々この喧騒が恋しくなる。

 そして逆に習性というものも恐ろしい。どんなに遅く眠っても、五時過ぎには目を覚ましてしまう俺は、仕方がないので居候中のマンションを早朝にこっそり抜け出して、隅田川沿いを走っている。おかげで同居前とは打って変わった健康的な暮らしになっているわけだ。

 知り合いの客引きやホステスと挨拶を交わし、寄って行かないのという声には「また」という曖昧な答えを返して、新宿駅の東口から国鉄に乗り渋谷で降りた。
 駅を三つばかり移動するだけなのに、街の風景や雰囲気はまるきり違ってくる。
 それが東京の面白い所だ。北海道は、隣町に行っても大概は同じような景色だが(少なくとも俺が育った辺りは)、江戸時代には世界有数の人口を誇った街は、それぞれの区域で、古い時代から脈々と受け継いできた独特な雰囲気を培ってきたのだろう。

 渋谷や原宿は得意先(というのも妙な言葉だが)にもあたるので、土地勘はかなりあるほうだ。それでもハチ公にお目にかかるまでに遭遇するトラブルを回避するのは難しかった。
「わ~、マコトちゃんだぁ!」
 東京の謎のひとつは、こんなに広くて、こんなに人が沢山いるというのに、時々思わぬところで思わぬ知り合いに出会うということだ。

「ね、ね、どっかいくの? あ、そうそう、この子、こないだ言ってたミカちゃん」
「ミカで~す。ナナ、このひとって、もしかして」
「ほら、こないだ言ってたタンテイさんだよ。カッコいいでしょ。あたし、カノジョ候補なんだ。あ、マコトちゃん、いまひま?」
 暇というわけではない。ただ少し早めに事務所を出たので、約束の十一時までには小一時間ばかり間があるというだけのことだ。
 それにしてもこの子たちの台詞は、どうして平仮名と片仮名ばかりに聞こえるのだろう。それなのに、妙にインパクトと強引さがある。いや、放っておけない感じ、というのか。

「あのさ、うちのガッコのともだちが、さっきへんなオトコといっしょにちょっとアヤシイお店に入ってったんだ。マコトちゃんのカオ見たら、やっぱり気になってきた。ね、ちょっとつきあってよ」
 そして、一見の印象よりも根はかなり素直で、大人が思う以上に賢明で、友達想いだ。いや、友達と言っても一度話しただけ、という場合すらある。それでも、意気投合して話をしたなら、もうトモダチというわけだ。
 ちなみに、この元家出娘ナナは、かつて依頼を受けて俺が何度も東京の街中を捜しまわったこと複数回、という高校生だ。もちろん、俺は彼女のカレシ候補でもなんでもない。
「ここでマコトちゃんに会えたってことはウンメイだね」

 いまひとつよく分からないが、怪しい店に入っていたというだけなら、相手の男を確認して話をつけるのに半時間もあれば十分だろう。俺はナナの案内でスクランブル交差点を渡り、その先の路地に入り、彼女たち曰くの「アヤシイ店」に付き合った。

 アヤシイ……って。怪しすぎるだろ。
 喫茶店兼パブと称して営業をしているが、中は個室ばかりで、もちろん従業員は個室で何が行われているかを知っていても何も言わないというタイプの店だ。知りませんでした、お客さんのプライバシーですから、と言えば済むが、個室使用料金はそれなりについている。ホテルに入ると目立って困る男女にとっては、有難い場所かもしれない。
「どうする? マコトちゃん」
 どうするって、学校のトモダチってことは高校生だろう。
「アイテ、ちょっとコワそうだったよ」

 選択の余地はない。俺は店長を呼び出し、「警察にばれたら困るだろう、いや、俺は君たちの味方だから、警察沙汰にはしたくないんだけど、ちょっとワケアリの女子高生がここに入っていったのを見たんだ、その子の親はある代議士の関係者らしくてね」などとあることないこと言って(こういう技は、全て元上司の受け売りだ)、ナナのトモダチと相手の男が入っていった部屋に乗り込むことになった。

 しかし、相手の男は「コワそう」どころか、ナナのトモダチの塾の教師だった。確かに一見は強面だが、話を聞くと学生運動の時に顔に傷を負ってしまって、それ故に中身は別にして怖がられてしまう、ということだった。
 何より、二人は本気の恋仲だというのだ。結果的に、薄い壁の向こうから微かに男女の営みの気配が漏れ来る狭い個室のテーブルで、ナナとミカちゃんと俺は、許されぬ恋に嘆くカップルの悩み相談を受ける羽目に……なっている場合じゃない。

 はっと気が付くと、とっくに十一時を回っていた。
 何より、高校生をこんな時間まで遊ばせておくわけにはいかない。俺は教師にとくとくと常識を説明し(一体、何故俺が常識を説かねばならないのだ)、とにかくも今日は家に高校生たちを帰すべきだという結論を突きつけた。ついでに、ナナの提案で、今度「マコトちゃんの事務所でゆっくり話し合おう」ということになった。

 一体なんで俺の事務所だ? きっと美和ちゃんが、まずは呆れてため息をつき、その後で、あの子のことだから、また親身に(あるいは興味津々で)話に首を突っ込んで来るに違いない。
 などと思いを巡らしている余裕はない。
 渋谷駅まで戻り、彼らが改札に入ってくのを確認したうえで、俺は急いでハチ公の元へ行った。冗談じゃない、すでに十一時半になろうとしている。

 ハチ公前はこんな時間でも、待ち合わせらしい人でいっぱいだ。
 だが、俺は思わず足を止め、一瞬だけパニックになった。

 待ち合わせ相手に謝らなければならない、とか、いや何より待ち合わせ相手が誰なのかも聞かされていなかったのだから、とか、そもそも相手を見分けられるのだろうか、などというあれこれは全て吹っ飛んだ。
 人混みのど真ん中にいても、決して紛れてしまうことのない男が、忠犬ハチ公の横に立っている。
 そしてこの状況で、俺の待ち合わせ相手が彼以外の他の誰かである可能性は、ほぼゼロパーセントだった。
 しかも。

 この長身で、絵から抜け出したような金髪碧眼、どこから誰が見てもその美貌で人目を惹く男を、忠犬ハチ公さながらに待たせているのはどんな女だと、周囲の視線が彼に釘付けになっているのは明らかだった。
 まずい。
 とは言え、引き返すこともできない、どうしようもない状況だった。

 すぐに彼は動けないままの突っ立っている俺に気が付いた。
 ……怒っているのではなさそうだが、その後の行動はあまりにも唐突だった。彼はいきなり突っ立っている俺の方へ歩いてきて、腕を掴んだ。
「急ごう」

 え? と思う間もなく、彼、つまり俺の同居人は俺をほとんど引きずるようにして、スクランブル交差点へ急いだ。
 いささか周囲の視線が怖い。誤解を招いてはいけないので断言しておくが、一緒に住んでいるからと言って決してそういう関係ではない。
 以前は俺の家庭教師で、父親の失踪後は俺と妹の保護者でもあり、妹が結婚して家を出てからは、一人でまともに飯を食えない俺を居候させてくれている、そういう関係だ。

 ただ、彼が俺のことを、放っておくと人間社会でまともに生きていけないと思っていることは明らかだった。
 一度は大学一年生の秋、北海道で崖から落ちて生死の境を彷徨った。事故だったのか、あるいは自殺未遂ではないかと言われているが、当の本人である俺には、ある期間の記憶が、今でも抜け落ちたままだ。微かに思い出すのは、彼との間の複雑な感情と、自分がこの世には生きていないような妙な感覚に捕らわれていたことだ。あの時、二週間ばかりも意識がなく、意識を取り戻してからも記憶が混乱していた俺を救い上げてくれたのは、彼だった。

 あと一度は、妹の結婚式で知り合った、少し変わった女と恋に落ちた時だった。彼女には自殺願望があり、俺はその願望と彼女へ憐れみと偽りの愛情に流されて死にかかっていた。あの時も、この男が助けに来てくれなかったら、今ここに俺は生きて存在していないかもしれない。そして、まるで一昔前の芸術家のようなこの恋愛事件が、同居の直接のきっかけだった。
 要するに、放っておくと危ない、ということなのだろう。

 人々が無秩序に行く先を求める交差点を渡り、説明と会話もなく早足で向かいのビル群に向かった。暗い路地に入って、あるビルの勝手口らしいドアで警備員に挨拶をし、誰かに連絡をつけてもらっているようだった。
 この時間にはほとんど営業を停止しているようなビルだ。

 わざわざハチ公前などという目立った待ち合わせ場所で、わざわざ同居している者同士が待ち合わせをしなければならない理由は何だ? そもそもどこかの山奥の寺に籠っているんじゃなかったか? いや、あるいは女のところか。
 と思う間もなく、警備員はビルの中に入れてくれて、従業員用のエレベーターの場所を教えてくれた。薄暗い灯りの中を、急ぎ足のままの彼についてゆき、エレベーターで最上階へ上る。遅れたことを怒っているのかどうか、エレベーターの中でも目を合わすことはなかったが、彼はただ時間を気にしているようで、ひとつずつ大きくなる数字を見つめている。
 やがて最上階に着くと、そこにきちんとスーツを着た男性が待っていた。

「お待ちしておりました。どうぞ」
「済みません。時間が」
「いいえ、明日までにはあと十分ありますから」
 男性は彼に微笑みかけ、そして俺の方にも爽やかな微笑をくれた。
 どう考えてもおかしなシチュエーションなのだが。

 それにここは……
 丸い廊下の内側の扉のひとつが開けられた。
 薄暗い空間だが、従業員通路を通っている間に目は慣れていた。すり鉢状の丸い空間には椅子がずらりと並んでいる。真ん中に大きく真っ暗な無骨な器械が見えている。そして天井は大きなドーム。
 プラネタリウムだ。

 説明も何もなく、二つだけ白い印のある椅子に案内された。もちろん、ドーム内には彼と俺、それに案内の男性以外の誰もいない。
 座った途端、一気に真っ暗になった。
「本日はようこそ当館へお越しくださいました。これから皆様を二十八年前、十一月十六日から十七日の空へ、ご案内いたします」

 始めはその日付けが何なのか、理解できなかった。多分たっぷり数十秒、俺は簡単な引き算を考え込んでいたはずだった。答えが出た時、俺は思わず彼を見た。
 と言っても、真っ暗でほとんど輪郭しか分からないのだが、彼はただ、人工の空を見上げていた。

 そうか。すっかり忘れていたけれど、今日、いや、あと十分ほどで俺の誕生日だったのだ。でも、これは何の演出だ? 女なら喜ぶのだろうが、男の俺にするのはどうなんだ。それにそもそも、こんな時間に一体この男はどういう裏の手を使ってこのプラネタリウムに話をつけたのか(いや、単に金を積んだだけなのかもしれないが)。
 だがそんなあれこれも、真っ暗なドームの天井に星が映し出された途端に、飛んで行ってしまった。

 頭の上を東から西へと渡る天の川。西の空には、低い位置に夏の大三角形が沈み、天頂近くにペガサスの大四辺形が見えた。天頂にはアンドロメダ、南の空にはフォーマルハウト、そして東の空には冬の星座が上がってきている。オリオン座、おうし座、ぎょしゃ座。おうし座の一等星アルデバランが輝いて、その傍らには昴。
 そして、記号しかない満天の小さな星々のひとつひとつ。そのかなりの数を、俺は子どもの頃から伯父に教えられて知っていた。

 昔、この満天の星空はいつも身近にあった。
 北海道の牧場育ちの俺は、夜空には空自体が真っ白に輝くくらいに星があることが当たり前だと思っていた。東京の空を初めて見上げた時、俺はまるきり異世界に来てしまったような感覚になった。それでもこうして長くここに住んでいると、星の少ない空がすっかり当たり前だと感じるようになっていたのかもしれない。いや、そもそも、この街では空を見上げなくなっていた。

 そう言えば、こんな空を、この男と一緒に見上げたことがあった。
 あれは俺が高校を卒業した年だった。アドリア海に浮かぶクルーザーのデッキから見上げた白く輝く星々に満たされた空。空はそのまま海に連なり、波となってクルーザーを包み込んでいた。どんな場所であっても、この男が傍にいれば、俺はこの世に命を繋ぎ止めていられる、そんな気がした。

 案内の男性は何も話さず、すでに気配さえも分からなくなっていた。
 どのくらいの時間、そうしていたのかは分からない。時はゆったりと急ぐこともなく静かに流れ、いつの間にか星座は十一月十七日へと移り変わっていた。

「浦河じゃ、天然のプラネタリウムで、もっとたくさん星が見えるのにな」
 彼が囁いた。俺が答えないままでいると、すっと、彼の手が俺の頭に触れた。
「でも、お前が生まれた日には、東京でもこのくらいの星は見えていただろう。……誕生日おめでとう」
「一体何のまねなんだ?」

 少しだけ沈黙がある。
「お前の生まれた日の空を、一緒に見たかっただけだ」
「そんなことは女に言え」
「馬鹿を言うな。女が相手なら、こんな寒い所には連れてこない。ホテルの最上階、温かい部屋でシャンパンを開けて、星の代わりにネオンの灯った夜景を見ながら乾杯をする、部屋中を薔薇で埋め尽くして、もちろんバスルームにも……」

 勝手に言ってろ。俺はわざと少し音を立てて座り直した。隣で彼は少しの間黙り込み、やがて耳元に囁くような優しい声で言った。
「いや、単に、どうしてお前が生まれた日、お前が小さな子どもだったころ、もしかしてお前が孤独で小さく震えていた頃、俺はお前の傍にいなかったんだろうな、と思って」

 俺はやっぱり答えなかった。
 ……いったいどう答えろというのだろう。

 やがて彼が立ち上がり、俺もそれに続いた。魔法が切れたようにドームの天井から星は消え、案内の男性がドームのドアを開けた時には、世界はまた外へと向かって開かれた。
 通って来た従業員通路を戻り、エレベーターで一階に降りて、警備員に礼を言って外に出る。外ははっとするくらいに寒くなっていて、思わずコートの襟を立てた。もっと暖かい恰好をしてくるんだった。

「でも、少しだけ、感動したろう?」
 自分で言ったら値打ちがないだろうが。
「お礼のキスとかないのか」
 何を間の抜けたことを。
「お礼はあんたの誕生日に考える」
「いつ生まれたかなんて、忘れたよ」
 ほら、自分の誕生日の話になると、そうやってすっとぼける。祝ってくれと言われたこともないし、そもそも四月生まれとは聞いたような気がするが、何日とも聞いたことはない。

「飲みに行こう。ビルの最上階のバーに。ホテルの部屋はとってないけれど」
 俺がほとんど飲めないのを知っているくせに。しかも、部屋もどうでもいい。
「少しくらい、付き合ってくれてもいいだろう」
 そりゃまぁ……たまには……

 彼が路地を歩きだす。
 いつもこうしてチャンスを逸してしまうのだ。たまには、言葉にしなければならないのは分かっているけれど。

 ありがとう。
 俺は聞こえないと思うぎりぎりくらいまで彼が遠ざかってから、ようやく言った。

 彼は、後ろ姿のまま、ほんの少し足を止めたように見えた。いや、それは古い映画のフィルムが一瞬から回りしたくらいの僅かな瞬間で、やはり聞こえてはいなかったかもしれない。聞こえていなくてもいいし、できればその方がありがたい。
 と思ったら、彼が本当に足を止め、半分だけ振り返った。
「早く来い」
 俺はひとつ白い息をついて、彼を追った。少し離れて後を追うくらいが丁度いい距離感なのだが、この頃は彼は並んで歩きたがった。少しは一人前だと認めてくれているのかもしれないけれど。

 路地を出ると、日付が変わった時間とは思えないくらい、通りにはまだ多くの人がいた。スクランブル交差点で交錯する人生の一瞬だ。それぞれの生活と人生を背負って、この交差点に引き寄せられ、また離れていく。小さなエネルギーが交錯し、煌めいては消える。空の星と同じように、この街にも微かな星のきらめきが灯る。
 信号が青になった時もまだその不思議な光景を見つめていたら、彼がすっと俺の肩を抱き寄せるような仕草をして、それから軽く叩いて先を促した。
 俺たちは一緒に、その年の十一月十七日の交差点を渡った。

追記:美和ちゃんがここの所そわそわしていた理由は、翌日、というよりも十一月十七日の夜、判明した。夜八時、事務所に戻ると、有無も言わさず新宿の街の中へ連れ出され、某ショウパブへ(ゲイバーなのだが、ここのチーママ・サクラは事務所のお得意さんでもある)。俺の誕生日会とやらを計画してくれていたのだ。美和ちゃんまでも出演のショウがあり、ゲームがあり、常に誰かが騒ぎまわっていて、正直なところ途中から記憶が曖昧だ。要するに、ただどんちゃん騒ぎする理由が欲しかっただけとしか思えないが……この街で一年、俺も少しだけここに馴染んできたのかもしれない。


 ある仔猫のつぶやき
「おたんじょうびのお祝い、いいなぁ。ぼく、じぶんのおたんじょうび、知らないの」
「そうか……じゃあ、俺と一緒ってのはどうだい。おなじ名前だし、これも何かの縁だから」
「ほんと?」
「あるいは、君が一番大事な人に、初めて出会った日でもいいんじゃないかな」
「う~ん。じゃ、りょうほう、おたんじょうびにする!」
……え?

* 渋谷にあった、閉館してしまった某プラネタリウムがモデルです。
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Category: ☆真シリーズ・掌編

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コメント


ハチ公前w

なんだかこの二人のこういうシーンは、にまにましてしまいますね。
なんだろう、いつもよりもホットな感じがするのは、真の一人称だからでしょうか。
普段、本音をあまり言わない真の一人称、いいですねえ。
3割増し、かわいいです^^
そしてハチ公前でこの色男を待たせるなんて、さすが。
こういう時、ギャラリーにとって、美女が現れるのは何とも癪。(笑)そこにすらりとした好青年が・・・とか、下手な映画を観るよりも目の保養ですよ。(一般論のつもり)

真が生まれた日の星空の下で乾杯。なんて粋なお祝い。
竹流だからこそ、ですね。
触れそうで触れない距離感で歩く交差点。
とっても甘い余韻のSSでした。

美和ちゃんのどんちゃんパーティの真も、気になるけどw
あ。竹流の誕生日って真は知らないんでしょうか。
お祝いしてあげたら、竹流感激しそう。

lime #GCA3nAmE | URL | 2014/11/23 12:44 [edit]


真の一人称。素直でなさそうで素直なところがまーる見え。
君のために、っていうことに、未だに慣れないのですかね。
こーんなに、君のために、なのにねー。

ハチ公前なんて、メジャーなところで待ち合わせなんて。
そこにいる一般人の目、引いちゃいますよねー。

そこからプラネタリウムですか。
ドームの空間に二人だけ。さすが策士竹流。
自分が生まれたことに共感してくれる、嬉しいですよね。
ありがとう、きっと聞こえているよ。

けい #- | URL | 2014/11/23 22:45 [edit]


ああ

あのプラネタリウム、昭和の思い出になっちゃったんですよね……。
そうそう、子供の頃、「いつかハチ公前で待ち合わせて、あそこでデートして」というのが、あのあたりの夢みがちな純朴おばかさんたちの定番でしたよ。竹流、外さないなあ。

そうですね。はじめに一緒にいられなかったなら、せめて最後まで一緒にいたいって思うんだろうけれど……ああ、世の中って、上手くいかないことばかりだなあ。でも、こんな素敵な一夜があったら、それでもう、いいのかな。

途中で言っていることは、「こら、そうやって素直じゃないから……」と、つっこみまくりでしたが、「ありがとう」が言えたのは、彼にしては上出来だったかな。美和も頑張っているしな。うん、ハッピーバースデー。いい一年を。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2014/11/24 03:31 [edit]


Re:

Happy Birthday Dear Makoto♪

ako #- | URL | 2014/11/24 08:57 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

はい。何だか、こちらも妙に照れながら書いておりました。
これが普通の恋愛小説なら、あるいは素直にBLなら、あまり照れずに書けるのでしょうけれど、微妙な距離感だからこそ、書いていると逆に照れてしまいます。恋愛ではなく、でも大事に思い合っていて、という感じが上手く書けていたらいいなぁと思ったのですけれど、後から読んだら、何だかやっぱり恋愛に思われるのかしら、とちょっと自分でがっかり。
真の一人称は、やっぱり変な感じがします。しゃべらない奴に無理やりしゃべらせたら、実は多弁だった的な状況になっていて。気持ちを書きすぎないように、でもチラ見せありか、というイメージで書いておりました。気を使って、逆にしんどい一人称(変なの)^^;
でも「3割増し、かわいい」と言っていただいてよかったです。あ、可愛いとかいったら、怒られるかも。

そうそう、もうこれはですね、お約束の舞台をたんまり使った、実はやっぱりかなり恥ずかしいお話だったのですね。ハチ公にプラネタリウム、なんて。出来過ぎの舞台に、どうにもそぐわない二人です(^^)
> こういう時、ギャラリーにとって、美女が現れるのは何とも癪。(笑)そこにすらりとした好青年が・・・とか、下手な映画を観るよりも目の保養ですよ。(一般論のつもり)
あはは~(#^.^#) そうそう。そうですよね! で、またあれこれ妄想するギャラリーなのであった!

このプラネタリウムネタ、実は生まれた年のワインとかブランディのプレゼントというありがちなイメージから思いついたのですが、真は飲めないし、酒は有難迷惑だろうから、やっぱり星かな、と。真はそもそも宇宙工学やってましたし、プラネタリウムは実はお父さん(伯父さん)との大事な思い出。手作りのプラネタリウムを息子のために作っていたんですよ(で、これが次作『雪原の星月夜』の大事な小道具)。
それに竹流は、真が子供の頃孤独だったというのを知っていて、どうして自分がその時彼の傍にてやれなかったんだろうっていつも思っている(親心(^^))。
で、こんな話になりました(^^)
しかし、いくらつぎ込んだんだろう。多分、すごく金をかけているに違いない。

> 触れそうで触れない距離感で歩く交差点。
> とっても甘い余韻のSSでした。
はい……やっぱり照れちゃうなぁ(#^.^#)

> 美和ちゃんのどんちゃんパーティの真も、気になるけどw
> あ。竹流の誕生日って真は知らないんでしょうか。
> お祝いしてあげたら、竹流感激しそう。
美和ちゃんのショウタイム、どんな出し物だったんだろ。あの子は本当にいいキャラです。
そして、そうなんですよ、竹流は自分が生まれたのをあまりいいことだったと思っていなかったので(一応の「実の両親」からは疎まれていたから……)、あまり誕生日は目出度いと思っていなくて、他人の誕生日は目一杯祝ってあげるのに(大間の漁師のオヤジとか、佐渡の鍵番のバアちゃんとかも含む)、自分のは祝っていらん、という人。だから、真にも誕生日は言っていないんです。真も、あえて聞けないでいるし。
ま、「何気ない今日が記念日」ってことで?
コメント、ありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2014/11/24 23:09 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

> 真の一人称。素直でなさそうで素直なところがまーる見え。
そうなんですよ。意外でしたね! 私にとってもお初の真一人称だったので、ちょっと緊張しながら書いておりました。もともとあまりしゃべらない人なので、心の声的一人称になったらどうなるのだろうと思っていたら、意外にも多弁? でも、何となく自分のキモチは誤魔化し誤魔化し……でも「しのぶれど……」って感じでしょうか。
> 君のために、っていうことに、未だに慣れないのですかね。
> こーんなに、君のために、なのにねー。
はい、そうなんですよ! このタイトル、かなりいい加減に付けたので、ちょっと反省。竹流の気持ちなのか、あるいは? 「君のために書いたよ、大海は」という作者の声なのか?? もうちょっと捻ればよかったんですけれど、プラネタリウム関連のタイトルをつけると、始めから「あぁ、プラネタリウムに行くのね」ってことになったらしょうもないし……
いやぁ、タイトルって難しいですね。
でも、けいさんにこうしてコメに使っていただけると、ちょっと嬉しい(*^_^*)
そうそう、真は自分のために人が何かしてくれるってことに慣れないんですよね。一歩引いてしまうというのか。竹流はそれを「してあげたのに返してくれない」とは全然思わない人なので、問題はないのですけれど。そもそも見返りなど求めない自己犠牲(?)が「ヴォルテラの当主たる者に最も必要な素質」なのですし^^;

> ハチ公前なんて、メジャーなところで待ち合わせなんて。
> そこにいる一般人の目、引いちゃいますよねー。
ははは~。そうそう、この話、そこがミソです。ハチ公前を設定したのが、グルだった美和ちゃんなのか、竹流の方なのか、そこは謎ですけれど、いつも人目につかないふたりのシーン、どうせ他人の目に触れるならばいっそ派手に触れて欲しい、という作者の親心??
で、ここは、忠犬ハチ公の前でじっと待つ超美形、というのがポイントです! いったい誰だ、この美形を待たせているのは?? 私もきっと見かけたら、相手を確認するまで自分も誰かを待っているふりをしちゃいそう。あ、それで、いっぱい人が待っていたのかも??

> そこからプラネタリウムですか。
> ドームの空間に二人だけ。さすが策士竹流。
うふふ。これ、いいネタだと思いませんか?
プラネタリウムで結婚式とか、で、2人の生まれた日の星空を映すとか。いや、やっぱりプロポーズかな。しかし、断ろうと思っていたら重いなぁ^^;

> 自分が生まれたことに共感してくれる、嬉しいですよね。
> ありがとう、きっと聞こえているよ。
はい。聞えてますね(#^.^#) でもね、竹流は竹流で、けっこう照れてるんですよ。まさか真が(小さい声だけれど)ありがとうって言うなんて思っていなかったので、照れ隠しの「早く来い」です。
ふたりのラブラブもあと1年半。せいぜいいちゃいちゃしていただきましょう!(って、誤解を招くようなことを……)
コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2014/11/24 23:36 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

> あのプラネタリウム、昭和の思い出になっちゃったんですよね……。
あ、やっぱり夕さんはさすが東京下町っ子ですね。そうそう、閉館しちゃったんですね。長いこと渋谷に行くことがなかったので、忘れかけていたのですが、この話を書く時にふと思い出し……そうかぁ、もうないんだよなぁと。私も行ったのはずいぶん昔に一度きりなので、細かいことは覚えていないのですけれど。
プラネタリウムって、やっぱり心ときめきますよね。
> そうそう、子供の頃、「いつかハチ公前で待ち合わせて、あそこでデートして」というのが、あのあたりの夢みがちな純朴おばかさんたちの定番でしたよ。竹流、外さないなあ。
うふふ。そうだったんですね! 大阪や京都だったら、どうなんだろ。京都なら「いつか鴨川で等間隔」って感じかしら。
このハチ公前待ち合わせ、竹流とグルになっていた美和ちゃんの企みに竹流が乗ったのではないかと思うのですが(美和ちゃんの企み→どこから見ても完璧な美形をハチ公前に待たせて、そこに先生が……で、周囲の女たちの妄想を煽る……ってことは、まさかナナちゃんまでもグルか??)、竹流も分かっていて乗ってしまいそうな人。これで花束でも持って立っていたら……(^^)

> そうですね。はじめに一緒にいられなかったなら、せめて最後まで一緒にいたいって思うんだろうけれど……ああ、世の中って、上手くいかないことばかりだなあ。でも、こんな素敵な一夜があったら、それでもう、いいのかな。
おぉ、夕さん、この部分に引っかかって下さったとは……(てのか、夕さん、何かありました??)
いえ、そうなんですよね。心ってままなりませんよね。竹流は、真の子どもの頃が孤独だと知っているので、自分がどうしてその時傍にいてやれなかったんだろう(って、仕方ないだろうと思うけれど)、なんて思っていて、時々本当に親鳥状態になっています。
そう、こんな一夜があれば、それでもう運命は決まった、みたいな夜。そんな物語ってやっぱり書いてみたいですよね。実はこの二人の「こんな一夜」は、真の受験後のあの時だったのかな……う~んi-6
やっぱりキャンディーズかぁ。人は誰でも一度だけ、全てを燃やす夜がくる……

> 途中で言っていることは、「こら、そうやって素直じゃないから……」と、つっこみまくりでしたが、「ありがとう」が言えたのは、彼にしては上出来だったかな。美和も頑張っているしな。うん、ハッピーバースデー。いい一年を。
ありがとうございます! そうそう、素直じゃないから。いちいち何か言い返してましたね^^;
でも、小さい声でも言えてよかった。竹流も聞こえていながら照れ隠しで「早く来い」です。
美和ちゃん、相当に策士じゃないかと思われます。何しろ、この子、「うちの先生ったら素直じゃないんだから、ほんと、これは私が一肌脱がなくちゃ。あ、大家さん(竹流)をハチ公前で待たせるってのはどうかしら……(以下、略)で、私、サクラちゃんと一緒にショウに出よっと。え~っと、出し物は? 『眠れる森の美女』? サクラちゃん(ゲイバーのチーママ)が美女で私が王子?」ってな感じで。
あと1年半はハッピーなはずのふたり。時々この頃の素直じゃないけれど何となく幸せな真の話を出しながら、本編のくら~い部分を乗り切りたいと思います!
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2014/11/24 23:59 [edit]


わぁ、akoさん、ありがとうございます(*^_^*)

> Happy Birthday Dear Makoto♪
わ~、akoさんだぁ! ありがとうございます!! 真のことを忘れないでいてくださって。
はい、真も生きていたらもう62なんですよ……でも、こうして私が生きている限り、まだ歳を重ねていただこうと思っています(*^_^*)
またお便りしに行きますね!
ありがとうございました!!!!

彩洋→akoさん #nLQskDKw | URL | 2014/11/25 00:03 [edit]

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