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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・あれこれ】もしも絵が描けたなら…… 

にじ
この間の記事で、「うちの子描いてもらえたら」なんてことを書いておりましたが、それについてあれこれ思うことを。
曲がりなりにも小説を書いている者は、どこかで自分の書いた文章の視覚化を夢見ているような気がします。でも、その「夢の内容」って、絵を描かれる方と、私のような絵を描かない者では、少し異なっているのかもしれない、って思ったりします。

絵を描かれる(しかも小説も書かれる)人って、きっと文章を書きながら、頭の中で視覚化された映像の輪郭がある程度明瞭なのでは、と思ったりするのですけれど、いかがでしょうか。
もしかすると、同じように絵を描かれる方でも、自分で文章を書いて絵も描いて読み手にこんな感じの人なんだよというイメージを伝えたいと思っている方と、絵は描けるけれど自分の作品を視覚化してしまって読者のイメージを固めたくないので敢えて考えない(描かない)ようにしているという方がおられるのかもしれませんね。
そして、ご自身が絵を描かれるからこそ、絵のインパクトをよく知っておられて、他人様の作品のキャラを描くとなると、イメージを壊さないかなぁと、強く心配されるんだろうなぁ、と想像するのです。

ところが、自分で絵を描かない私のような輩は、多分文章を書きながらも、「明確な輪郭」を頭の中に描いていないような気がします。あ、風景は時にはかなり明瞭ですけれど、ここで言うのは、人物の顔についてです。
いえ、そんなことはない、写真のように明確だよって言われる方もいるかもしれませんが、少なくとも私は「ぼや~ん」としています。長年付き合っている、うちのメインキャラ2人にしても、何となくこんな感じ……というだけで、あまりはっきりとイメージを描いているわけでもないのです。
あ、昔、彼らの顔を描いたこともありましたが、その証拠に毎回全然顔が違う……いや、これはどちらかというと技術の問題だったかもしれません。
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(むかし描いた絵。左は竹流、右は竹流がオッチャンになってからの物語の登場人物)

真などは目の印象を描写することはよくあります。彼は「野生」なので(野性的ではない)、目はヤマネコです。でも、ヤマネコの写真を持ってきてこんな顔だよ、というわけではありません。あくまで、書いている私の頭の中でも「イメージ」「印象」でしかないのですね。
竹流に至っては、誰が見てもゴージャスな美形、程度の描写しかしていないかもしれません。彼の場合は、文章で書く時には、外見よりも中から迸るような神がかりなオーラの方が問題……ただ、こんな救世主みたいなオーラを持ちながらも、結構自分の嗜虐性に苦しむこともある、ただのオッチャンになっていきますが……(えぇ、どこか残念な人を書くの、大好きなんです)
マコトはうちのむかし猫をそのままイメージしているので、かなり明確な顔をしていますけれど……って、猫の場合は違うかな。


大好きな原作が映画化されたりドラマ化されたりすると、「イメージが違う!」といって怒っている人もよく見かけますね。
その気持ちも分からないでもないのですが、私は結構、「あ、これもありか」と思っちゃう。
百舌シリーズの倉木なんて、いや~西島秀俊さんは男前すぎるやろ~とか思ったりするし、浅見光彦は今でも榎木孝明さん以外に考えられないけれど、他の俳優さんがやっているのが嫌というのでもないし、あれこれあれこれ。
自分の想像以外のところから降ってきたその人物を楽しんでしまうのですね。

だから、絵を描かない私のような書き手は、きっとこう思っているはず。
絵を描いてもらってイメージが違うってことはない……そもそも元のイメージ自体がぼや~んとしているから……
え? 私がいい加減すぎます?
でも、描いてもらうって、本当にとっても嬉しいんですよね。
私は今結構limeさんにおんぶに抱っこですが(!)、初めてlimeさんが真を描いてくださった時は、小躍りしていました。何だか、私の頭の中の「ぼや~ん」に初めてスポットライトが当たったような感じで。
今でも私のPCの壁絵はリク・春樹・真のスリーショットですし、お尻が引けているマコト(かな?)などは、気に入りすぎて、常に表紙絵にロゴ風に使わせていただいております。
リク・春樹・真
(クリックすると大きくなります。著作権はlimeさんにあります。無断転用お断りします)


実は、絵を描かない私ですが、そもそもは確かに視覚人間で、目から入って来るものにものすごく刺激を受けます。
絵を鑑賞することにものすごく情熱を注いだころもありました。レニングラード(当時)では3日間、エルミタージュに通い詰め、毎日ダ・ヴィンチの聖母像の青に魅入っていたこともあります。『海に落ちる雨』のモチーフはフェルメールで、主人公の片割れの竹流(ジョルジョ)は絵画修復師で、失われたフェルメールの宗教画のマリアが、真シリーズの血脈を繋ぐ鍵にもなっています。

それに、高校では美術を選択していたのですが……う~ん。なぜ描かなくなったのか。祖父も父も絵は上手ですし、描けなくはないと思うこともあるのですけれど……でも何だかなぁ、なのです。

DSCN3035_convert_20140126200928.jpg
なんだかなぁにはあまり明確な理由はないのですけれど、もしあるとすると、あれかな?と思うことはあります。
高校の美術の時に、観音菩薩をモチーフにした銅版画を彫っていたのですが、仏像の写真集を図書室で借りて下絵を描いていたのです。そうしたら、先生が、自分で実物を写生したものでないと値打ちがないとか何とか仰ったのですね。
えぇ、ごもっともかもしれません。でも、他の人も実物を自分で写生していたわけではなかったと思いますし、同じように写真から絵を起こしていた他の人のことは褒めたりもしておられました。
そう、何だかなぁ、だったのです。
写真であろうとも、そこから私がインパクトを受けたことは確かだし、そもそも私が今の仕事につこうと思った原因だって、ピュリッツアー賞を取ったあの一枚の写真だったのですし……

なんて、複雑な想いはありまして、絵からは遠ざかっております。
いえ、たまにはね、描いてもいいのかもしれないと思うこともあるのですが……
絵手紙とか旅行先でスケッチもカッコいいから、絵を習おうかなぁなんて思うこともあるのですが……
今は三味線を弾くほうが幸せ(決して聴覚人間ではないのですけれど、和楽器は絶対音感は必要ないし、民謡大好きだし)。
そして、何より、おんぶに抱っこが幸せ(^^)


え? つまり、イメージなんてぼや~んだから、いつもで練習台になるから描いてね~っておねだりなの?
いや、そういうわけではないのですけれど……ごにょごにょ。
むしろ、絵を描かない輩は、「絵を描くのって時間がかかるんだろうな。それに、面倒くさいことに小説を読んで貰わなければならないし、それも申し訳ないし、お礼もできないし……」なんて悩んでいるのです。
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Category: あれこれ

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コメント


そうそう

こんばんは。

「絵を描くのって時間がかかるんだろうな。それに、面倒くさいことに小説を読んで貰わなければならないし、それも申し訳ないし、お礼もできないし……」
これ、そのまんまですよ。いつもそう思っています。

彩洋さんのように「実は描けるけれど描かない」のではなく、本当に描けないわたしは、もうそのグルグルばっかりです。

最初は、いろいろなブログで見かける「イラスト描いていただきました!」を読んで指をくわえて「いいなあ」と思っていたんですけれど、途中から素直に「誰か描いてください」といっちゃいました。

「樋水龍神縁起 Dum Spiro Spero」のイラストを描いてくださった羽桜さんは、「イラスト描きます」みたいなコミュニティで知り合って、お願いして描いていただいたのですが、それでも最初は一枚お願いするのも申し訳なくって、出来るだけ簡単に状況を説明しなきゃって一章だけ読んでいただいたのです。が、質問があって、全部お見せしたら、興味を持ってくださってあんなに描いていただけたのです。その度に、下絵と本塗りのいくつかを作ってくださったり、ものすごく時間のかかる作業をしてくださったり「ええ〜、この下絵だけでも十分!」と慌てていました。だから下絵も使わせていたりします(笑)

scriviamo!を主なきっかけに、いろいろな方に描いていただくことになり、どのイラストも宝物です。彩洋さんにも素敵なイラストをいただきましたよね。イラストをお描きになる方には頭が上がりません。scriviamo!は「描いて」と半分は私が強制しているようなものですが、例えばユズキさんのように、ご自分からたくさん描いてくださった方もいらして、嬉しくて踊ってしまうと同時に、毎回、「本当にいいの?」とオロオロしています。すこしでも簡単に描けるようにと設定をまとめたりしていますけれど、それにも限界がありますよね。

わたしのところの登場人物は、脳内でもかなりはっきりとした顔をしていたりします(へのへのもへじではない程度にです)が、描いていただいたものが違っても大丈夫です。というか、描いていただくとあっさりそっちに吸収されちゃいます。それに、わたしの脳内パターンには、じつはあんまりバリエーションがなくて、この作品のヒロインと、あっちのヒロインがあまり区別つかなかったりするぐらいだから。さすがに蝶子と瑠水は全然違う顔ですけれど。

「お願いして描いていただくイラスト」とは関係ないですが、「夜のサーカス」で、毎回自分のイメージのフォトレタッチをくっつけていたじゃないですか。あれ、わりとキャッチになっていたようで、文章の中身が「今回は大して面白くないなあ」という章でも、フォトレタッチにインパクトがある回は、なぜか拍手が多かったような……。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/01/28 05:54 [edit]


おはようございます

あ~そうそう、私も、自分のキャラたちはすごくボンヤリなイメージなんです。映像やシーンは、鮮やかにあるんだけど、キャラたちの顔はものすごくぼんやりで。
だから、たまに自分のキャラをイラストに起こす時も、みんな顔が違ってしまっていて、焦ります。これは絵が未熟なせいもあるんですが。

うん、そうなんです。実は、皆さんのキャラを描きたくてうずうずしてるんですが、きっと皆さんの中では大切なイメージがあって、違っていたらがっかりされるだろうなと強く思うんですよね。
そして、致命的なのが外国人キャラを描けない><
どうしても日本人顔になっちゃって。最近は外人さんの画像を見るたびに、根本的にどこが違うんだろうと研究してしまいます。夕さんのマイアも、本当はもっと掘りの深い子のはずなんだけど、許してもらおう^^;

イラストを描くとき、ポーズはどうしよう、背景は、服は・・・とか、いろいろ考えすぎてタイムアウトになることが多いのですが、単純に胸像のイメージ画で良ければ、いろいろ描いてみたいなあと思っているのです。

ああ、でも、竹流と真のツーショットは、いつかちゃんと描いてみたい。問題は竹流だなあ。美しすぎるって罪><(そしてひそかに竹流とリクの『グリッド』の表紙も、描いてみたいんだけど(笑))

大海さんの、美術の時間のエピソードは、かなりショックですよね。けっこう美術の授業で言われることって、どこか疑問に感じること、多かったです。絵に決まり事や正解はないのですもん。
遠近感を持たせるのが目的のクロッキーや風景画ならば、自分の目で見たものを描くのが練習にもなっていいんでしょうが、版画の目的はそうじゃないし。大海さんの気持ち、よくわかります。

絵って、描けば描くほど自分の未熟さに気づかされます。ハッキリと言ってしまうと、自分には絵の才能がないと思ってるんです(これは、謙遜で無くて、本当に思うんですよ、毎回><)。デッサン力もないし。でも、描きたいと思う気持ちがあれば、四苦八苦の末なんとか完成系に近いものが出来上がるのが、絵の面白いところで。
小説は、そうじゃないんですよね。思いが強くても、最後までつながらないものが多くて。
どちらも、それぞれで楽しい^^

大海さんも、ぜひまた絵にチャレンジしてみてください。時間がなかなか取れないと思けども。読者に、大海さんの世界観が更に伝わると思うので!!

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/01/28 08:39 [edit]


 こんばんは。
ああっーーー ありますね 僕も僕の小説の登場人物の姿 凄くぼんやりしています。
特に顔の部品は… 何となく表情とか 仕草とか 口調とかは定まっているのですが…
顔の部品は この人物の目の色 何色に決めていたかなぁと もう一度 自分の小説で探していたりします。

うんうん 憧れますよねーーー 自分の小説の登場人物を描いて頂ける 嬉しいですよねーーー
僕は 描いてもらえそうにないので 自分で描こうと 最近イラストの練習中です。

ウゾ #- | URL | 2015/01/28 19:38 [edit]


たぶん納得していただけると思いますが、私は高校で音楽を選択しました^^
あとで、作品の残る、そして先生がゆるかった・・・書道にすればよかったとちょい後悔(^^;)

私は妄想係。それを実体化していただけるなら、どんな形でも嬉しいですね^^
えっと、よろしくお願いします^^ (←って、どなたに -_-;)

その後の腱鞘炎、捻挫、本日の眩暈、そしてお腹の具合はどうですかー?
一体何重苦なんですか。お大事になさってくださいねー^^

けい #- | URL | 2015/01/28 19:47 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

そうですよね~。絵を描くのにかかる時間とか労力って、自分自身では昔のことしか覚えていないけれど、かなりのものだと思うのですよ。あ、でも確かに、文章を書いていると寝落ちするけれど、絵を描いたり版画を彫っている時は寝落ちしなかったなぁ。手を動かしているからでしょうか(いや、字を書いている時も手を動かしてはいるんだけれど、何かが違う? 使っている脳の場所?)。で、作業をしていると、寝不足にもなったりして。それを思い出すにつけても、描く人の労力を考えてしまうんですよね。
私の場合は「描く」というレベルではないので(って、あの去年の絵なども……何を血迷ったんだ的な絵でしたよね。いや、もうあれを描いて、私には無理~~~!と思いました)、絵を描く方の状況は思い遣るしかないのですが……いや私は「実は描けるけれど描かない」なんてレベルじゃないんですよ~。本当にもう○十年も描いていないので、広告の裏の落書きの域ですよね……

そう、「描いていただきました!」っての、すごく羨ましいですよね。
いえ、夕さんのところは素敵なヒロインがいっぱいいて、絵を描かれる方に描いてみたい!って思わせる引力があると思うんです。だから、羽桜さんも読んで興味を持たれて、お願いされたという域を超えて自発的にぜひ描きたい!って思われたに違いありません。うん、夕さんちは、私がイラストを描けるなら、描きたいなぁって思えるキャラたちばかりですもの。
あぁ、でも私の場合は、お願い、って言えるような作品やキャラはあまりないかも……とふと気が付いたりもしました。あ、でも、石屋の話はいつか誰かに描いてもらえたらいいなぁと思ったりもします。
うん、でも、limeさんが真を描いてくださった時は、とてもとても嬉しかったです。真については私もかなり気持ちが入り込んでいるようなことを書いているので、絵を描いていただくハードルを上げているような気がしてならないのですけれど、それを乗り越えて描いてくださるなんて、と、もうありがたくてありがたくて……(足を向けて寝られない)

いや、何だかぐるぐる回るだけの記事を書いてしまったと今更ながらに反省。
眩暈のせいかしら?
もう少し小説の方を精進して、私も大きな声で「うちの子描いてください!」って書けるようになろうと思います。あ~、でも、自発的に描きたい!って思ってもらえるのって、ほんと、書いてよかったぁ~って思いますよね。

それにしても、scriviamo!は本当にもうすごい企画ですよね。描いてください(書いてください)と相手の人にお願いするだけじゃなくて、夕さんがそのすべてに応えておられるんですものね。それはとても真似のできないことです。双方向性の企画だからこそ、みんなうれしくなるんですよね。
夕さん側の努力が見えるから、みんなそれぞれに一生懸命に考えちゃうんですよね。
あ、私も、あれこれ考えてはいるのですが……もう少しお待ちくださいね。でも、もうイラストは描きません^^;

でも、夕さんは「ぼや~ん」じゃないのですね。
そうかぁ、私はみんな「ぼや~ん」なのかと勝手に合点していました。私の中ではシーンの中で動く姿はあるけれど、顔は「ぼや~ん」……想像力が低いのかしら。
で、夕さんと同じで、描いていただくと、あ、そうそう、この通りをイメージしていたわ!と思ったりします。いや、きっとどのイメージも自分の想像から飛び出して素敵なんですよね。

あ、「夜のサーカス」のあの絵?ってフォトレタッチというのですね。←無知。
確かにちょっとしたイメージ画がついていると、アトラクティヴですよね。ちょっと見てみようって気にもなりますもの。でも、拍手は、やっぱり読んで良かったから、じゃないかなぁ。
何はともあれ、絵にはものすごくコンプレックスがあるので、こうしてあれこれ自分のできないことに想いを馳せるのって、ぐるぐるするけれど楽しいような気がしました。
なんかまとまりのないコメ返になってしまった。それこそぐるぐるで。
ということで、コメントありがとうございました!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/01/28 21:39 [edit]


こんばんは~

サキの場合、いえサキは元々がイラストを描いたり、コミックを描いたり、学生時代は同人誌のようなものを仲間内で回し読みしたり、そんなことをして過ごしていたんですよ。
そんな中でシスカの原案が出来てきていますから、もちろんシスカのイメージも描いたりしています。でもどうしても上手く描けないという事態に陥ってしまい、ついにはイラスト関係の筆を折ってしまうということになりました。コミックを描くには画力がまったく不足していたんです。我ながら酷いもので、たとえ仲間内にでも発表できるような代物ではなかったということです。
ただ彩洋さんがおっしゃるように、イラストを諦めて文章で書くようになって、イメージ的には以前よりずっとボヤッとしたものになっているように感じています。確かに文章に書き上げていくだけのイメージは持っているのですが、写真のようにはっきりとしたイメージではないですね。実際にイラストを描きながら、その過程でイメージが固まっていくのだと思うんです。きちんとした画力があって初めてそのイメージを具体化出来るんだろうな・・・。
無い物ねだりです。
絵が上手に描けるということ、それは素晴らしい文章が書けるということと同じぐらい、いや・・・それ以上にサキが求める能力です。
絵が描けるって、とっても羨ましいです。
サキの場合、文章にするということはやむを得ずの事なのですから。
何言ってんだ!というお叱りを覚悟で言ってしまいます。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2015/01/28 21:59 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

わ~、何だかすみません!
limeさんにはおんぶに抱っこなので、もうただただ頭が上がりません!!
でもって、limeさんもキャラの顔がボンヤリというのはちょっとはっけん驚きでした。てっきり、いつものlimeさんの素敵なイラストのような顔が(多少、そのたびに違っていたとしても)浮かんでおられるのだとばかり思っていました。
あぁでも、分かります。書いている時、映像やシーンは鮮やかにありますよね。私もそうです。キャラの顔はいい加減だけれど、舞台の上の人物みたいに動きなどは明確だったりします。
イラストを描く方は皆さん、写真みたいに鮮やかなシーンをあたまの中に描いておられるのかと思っていました。limeさんのコメントを拝読して、何だか妙に安心しておりました。そうか、ぼやーんでもいいのかぁ、と。
いつも疑問なのは、イラストを描かれる方は、自分の物語のキャラを描きたい!と思っておられるのか、それはそうでもなくて、やっぱり読み手のイメージに任せる!って思っておられるのか……自分のキャラを描くことと他人のキャラを描くことの違いって何だろ……他の人の書いたものを読んで、あ、この人物書きたいなぁってのは自然にわいてくるものなのか……などなど。
私の場合、人物イラストが描けるわけではないので、他人さまの物語を拝読してイラストを描きたいと思うことはないのですが(描けるなら思ったかも……)……
絵を描く人の頭の中のイメージ画がどんなふう何だろってのはすごく興味があります。

> 実は、皆さんのキャラを描きたくてうずうずしてるんですが、きっと皆さんの中では大切なイメージがあって、違っていたらがっかりされるだろうなと強く思うんですよね。
おぉ、きっとこれはないと思うのですよ。描いていただいてがっかりは無いだろうなぁ……って。
記事にも書きましたが、基本的に「ぼや~ん」としているので、そのぼや~んの部分に顔が嵌るだけというのか、たとえば2人の方が全く違うある人物を描かれても、どちらにも「そうそう、こんなイメージだわ」って思うんですよね。イメージって、全体のイメージはあるけれど、あまり輪郭のないイメージなので、流動的というのか……

あ! そして、そうか、外国人キャラですね!
でも、お尻の引けたマコト?と竹流を描いてくださったじゃないですか。十二分に外国人キャラでしたよ! あのイラストは超お気に入りです。あぁ、ほんと、足を向けて眠れません……・
思えば贅沢な話ですよね、こうして、limeさんあれこれ描いていただいて……(うるうる(;_:))
いや、漫画も、外国人キャラだかどうか分からないものが多いけれど、読んでいるうちにそんな気がしてくるので、劇画でもない限り気にしなくてもいいような……う~ん。でも確かに、limeさんは和ものが似合う気はするけれど……そうそう、あの半にゃ、じゃなくて般若のお面を持った少年のイラストを見た時に思いました。あれは良かったなぁ~。するすると妖艶なる物語が湧いてきちゃいましたよ。

そうかぁ、顔だけならそうでもないのかもしれませんね。物語も主旋律だけならすぐに書けるけれど、背景描写をするから時間がかかるのですよね。絵も同じなんだ……
うち、単純に胸像のイメージでも何でもありがたいです(;_:)
そうそう、いちばん羨ましいのは、あのボタン? えっと、ポチってするやつ……あのデザインイラストがとても羨ましいのです~

> ああ、でも、竹流と真のツーショットは、いつかちゃんと描いてみたい。問題は竹流だなあ。美しすぎるって罪><(そしてひそかに竹流とリクの『グリッド』の表紙も、描いてみたいんだけど(笑))
わわわ。これはもう、心静かに待っています。竹流は……えっと、そうですね、ハードル上げてますよね。でも美しすぎるって罪なのはリクもね!『グリッド』の表紙は私も見てみたいわぁ~

美術の時間のエピソードは、その後私が全く絵を描かなくなったというほどの深刻な話でもないのですが、まぁ、こういう世界ってそうなのね的な印象を持っただけで……
ただ、教師って大変だなぁとか思っていたのです。生徒ってどんなところで「なんだかなあ」って思っているか、分かったものじゃありませんし。
しかも高校生ですから……写生っても、一人でお寺行ってするなんて歳でもなかったのですよね~何しろ、町で遊んだことのない高校生でしたから。一人で遠出なんて滅相もないし、大体その部分から要求するなら、授業時間だけじゃ足りなくね?

limeさんはある程度絵の世界を自分のものにしておられるので、余計に高みを知っていて、だからこそ才能がないと思われるんですよね。私などから見ると、絵というのはその人の世界感の一部が表れていたらそれだけで素晴らしいと思うので、limeさんはlimeさんの世界を見事に表しておられるなぁと思っています。
完成形はその人なりの気持ちが籠もっていたら、それで十二分にOKですよね。

> 大海さんも、ぜひまた絵にチャレンジしてみてください。時間がなかなか取れないと思けども。読者に、大海さんの世界観が更に伝わると思うので!!
うぅ……絵は、去年ものすごく久しぶりに描いて、恥っさらしだったので、もう断念しました。描いた分、世界観が遠ざかっていくような気がして(;_:)
でも、絵手紙くらいは描けたらいいなぁ……(って、なぜ絵手紙に拘る??)
コメントありがとうございました!!そして、素敵なイラストをいっぱい描いていただいて、ありがとうです。さらに、これからもおんぶに抱っこを……(こらっ!)

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/28 22:49 [edit]


こんばんは~(^0^*)ノ

私も絵を描かなくなった輩です(^^;)\
まあ、私の場合は描かなくなった理由は
ちょっと違うんですが(後で書きますね(^^;))
似たような経験はありましたね~~~
中学の頃に
エッチングで、まず自然の木をスケッチして来て
それを元にエッチングをする。って授業だったんですけど
私ってば子供のころからすんげえイイカゲンな奴だったので
スケッチに行くのがめんどくさくて、ついつい放置・・・
スケッチの期限の前日になって
『やべえ!』とばかりにガーーーッと想像で描いた木の絵を
翌日、持って行きました(^^;)
(ちなみに、禿山の一夜の山に生えてそうな(禿山だけど(笑))
おっそろしい感じの大きな枯れ木の絵(爆))

先生、
「うん、迫力のある木だね。
でも、これ想像で描いたでしょ??
木の枝って横からだけでは無くて四方八方から出てるはずよね?
これは枝が横からしか出てないよ。」

ハッΣ(゜∀゜;)ごもっとも!!!(笑)

実際には想像の木ですから
スケッチをやり直す訳にも行かず
まあ、想像で前や後ろから生えてる枝も描き足して
なんとかOKを貰いました(^0^;)\

今でも、それはとても心に残っていて
あの時、先生に指摘してもらって良かったな~!!
って、ホント感謝しています(^^*)
まあ、実生活に役立ってるかどうかは謎ですけど(爆)

写真から絵を描くとしんだ絵になる。
みたいなことも聞いた覚えがありますね・・・
きっと私の”横からしか生えない枝”みたいなもので
平面は平面だから目で見て感じた物とは違う。
って意味なんでしょうけど
でも、実際に本物を見ることが難しいものもあるし
そういうのは、どうしたら良いんでしょうね??
50年に一度しか御開帳が無いとかねえ~~
先生も、否定的な言葉は
どこでどう、その人の人生に影を落とすか分からないから
良く考えてから言って欲しいですよね!!!

で、さっき言ってた自分が絵を描かなくなった理由は
たぶん、子供たちでしょうね~~
よく、夢を娘に託す母みたいな話ってあるでしょ?
女優になりたかった。とか歌手になりたかった。とか
ピアニストになりたかった。とか・・・・・

子供に夢を託すってことは
自分にも何かしらの才能的なものがあって
それが子供にも受け継がれてるのが、まず あって・・・・
この子は自分より可愛いから、とか才能があるから。
とか言って託す・・・

でも、以前はよく分かんなかったんですよね~(^0^;)\
なんで託しちゃうの?
自分の夢だったのに??
子供だって迷惑じゃないのかなあ???
とか・・・・・・

だけど、家は女の子二人が絵が上手くて
上の子は写真の方に進んだから描くのやめちゃったけど
下の子は美大に行ってめきめき上手くなって・・・
さささっ!!っと描けちゃうんですよね~~

そしたら、分かったんですよ(^^*)v
”託す”の本当の意味が!!!
まあ、『私は』ですけど・・・
あれって、夢を代わりに実現してもらうのではなくて
実感?みたいなもので・・・
『あれ?この子がこんなに絵が上手いんだったら
私はもう、描かなくても良いんじゃね??』
って感じに、すーーーっっと
描かなくなっちゃった(^^;)\

昔は漫画家になりたい。って思ってたくらいだったので
もう、暇さえあれば絵を描いてたのに
めっきり描かなくなっちゃって
絵って描かなくなると一気にヘタクソになるし
描けなくなるんですよね(;∀;)
もう、今じゃ年賀状の絵を描くのも気が重い・・・・・
(実は、一昨年は描くのが嫌過ぎて
その美大娘に頼んでみたんですけど
超超超断られて泣く泣く今でも自分で描いてます(泣))

ああ、大海さんのとこにコメント書くと
いつも超長文になっちゃうなあ~~・・・・・
すみません(^0^;)\i-201

情景とか景色とか人物とか
やっぱり、文章から絵的に脳内に浮かびますねえ~~
でも、どうだろ?顔はリアルには思い浮かんでないかも・・・
これからは、ちょっと意識して
想像してみることにします(^0^;;)\(笑)

かじぺた #- | URL | 2015/01/29 19:02 [edit]


ウゾさん、ありがとうございます(^^)

あ。良かった(?)、ウゾさんもぼや~んのチームですね。
でも、ウゾさんのところは、物語によってはすごく輪郭の明瞭なキャラもいらっしゃるのではないかと思っているのですが……少しファンタジックな物語の場合は、結構アニメ風にシャープな印象があったりします。
でもそれはシーンとか、情景のことかな。顔となると……特にパーツはぼんやりかもしれませんね。
そして、目の色とか、その他の色の描写とか、主役級で迷うことはないけれど、脇の時は、確かに「前に描写したけれど、何色だっけ?」っての、私にもよくあります。
もっとも、うちの場合、大筋日本人なので、あまりややこしいことにはならないのですが。
そう言えば、プロの漫画家さんも、読み切り連作であまりにも間が空いていると、髪の毛の分ける方向を間違えて書いてたってなことを言っておられました。さりげなく徐々に戻していった……と。

ウゾさんちのファンタジックなキャラたちは、ぜひウゾさん自身にイラスト化してほしいですね。あれは誰にも描けないかも……で、イラスト化された世界でまたウゾさんのワールドを感じることができるような気がします。
コメント有難うございました!!

彩洋→ウゾさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/29 19:04 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

うん。納得です。ぜったいけいさんは音楽系ですよね。
私も音楽だっていいなぁと思っていたのですけれど、楽器ができるわけでもなく(ピアノは中学校までやっていましたが)、合唱にすごく興味があるのでもなかったし(でも仕事を始めてから第九の市民合唱団に参加したことはある)、美術を選んでおりました。
書道も……今思えばいいですよね。学生の時に選ぶことって、後から考えたら、こっちの方が良かったかなぁ~ってことは色々ありますが、やっていたことを否定するほどの後悔もないので、「なんだかなぁ」はあっても、こんなものさとも思っております。

頭の中のものを絵にする才能がないと言えばそうなのですが、今から精進してもそんなに進化するとは思えないので、今はもう絵を描く方々の素敵な作品を見てため息をつくだけにしております。
アンパンマンのお絵かきくらいならできるのだけれど……そもそも絵を描く人って線からして違いますよね。

幻暈は回転性のものはなくなったので、あとは浮遊感だけです。捻挫は少しずつましになって、まだ引きずってはいますが、平地はかなり早く歩けるようになりました。階段はまだまだ微妙です。で、今は振り出しに戻って、左手首の腱鞘炎が瞬間的にひどく痛くなったりしています。忘れてて、無理に使ってしまうからかもしれません。踏んだり蹴ったりなので、だんだん慣れてきました……^^;
でも何とか乗り越えていきます……
コメント有難うございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/29 21:12 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

わ。サキさんはイラストを描いたりコミックを描いたりなさっていたのですね。
確かに、分かるような気もします。サキさんはアニメやイラストなど、ビジュアルの分野から出発されたんじゃないかなぁと思うときがありました。書かれているシーンも、なんとなく輪郭・色彩がくっきりしているような気がして。
私も小学生や中学生の時って、結構お絵かきを(私の場合、お絵かきのレベルですが)していた気がします。その時から文章を書く方がメインだったので、お絵かきはそれ以上にはならなかったのですが、もしかして文章を書かないでいたなら、もっとイラストやコミックなどを描く方向に努力をしたかもしれません。
その頃から、自分は文章を書いて、友人に挿絵を描いてもらったりしていたので、やっぱり絵を描くのは自分の仕事ではないと思っていたのかも。

でも、イラストなどを書きながら、物語の主人公の原案ができるってのはなんだかわかる気がします。私も学生の頃は、人前に出せるレベルのものではありませんが、絵を描いてイメージを生み出していたような気がします。決してイラストを描くことが目的ではなくて、文章の添え物としてのイラストだったので、描く方で発展することはありませんでしたが。
サキさんがその中からシスカの原案を考えられたというのは、とても興味深いです。
絵を描くと、イメージがしっかり固まるのかもしれませんね。一方で、絵を描くという作業中は、頭の中は割と真っ白なので、色々新しいイメージが湧いたりして、物語が生まれる時間ができるのかも。
文章の場合は、書いている最中に明確にシーンは浮かんでいるのですが、人物の表情はイメージや印象でぼんやりとしてしまっていて、そこから逆にまた明確な映像の世界(映画やドラマ、漫画)になっていく余地が生まれるのかもしれませんね。この「印象」や「イメージ」の余地が、逆に小説の楽しみなのかもしれません。

どちらがいいとか悪いとかじゃなくて、補い合ったり、反発しあったり、また癒合したり、いろんな形になるんですね。小説と小説の合作もそうですし、小説とイラストの場合もそうですし、コラボってその「余地」つまり行間から生まれてくるのかな。
小説は……他の人の頭の中に、新しいイメージを湧き立たせることができる部分が、もしかしたら素晴らしいのかもしれません。でも、どうだろう。絵を描けるのなら、文章は書かなかったかなぁ? うん、そうかもしれませんね。技術的にはやはり特別な能力という気がします。でも、視覚はもっとも鮮烈な感覚器なので、想像の余地は文章のほうが大きいのかもしれませんし……。
でも、絵が描けるのってやっぱり羨ましいですよね。
あら、ぐるぐるしちゃった。コメント有難うございました!!

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/29 21:37 [edit]


かじぺたさん、ありがとうございます(*^_^*)

コメ返が遅くなってすみません(>_<)
週末に向けて思ったよりも忙しくて、ばたばたしておりましたら、寝落ちが激しく……
ようやく週末のゆったり出勤モードになりました。
いっぱいいっぱいのコメント、ありがとうございます!!!
かじぺたさんのエピソードは家族愛に満ちていていいですよね~v-238

うちの母も(すごい昔)美術の時間に木の写生に行って、何だか面白くなくなってきて、木の色を塗るときに赤とか黄色とか、それこそゴッホかピカソかって色を塗っていたら、怒られたそうです。
こういう、芸術系の感性を求める授業って、ほんと、教える方も難しいんでしょうね。
今、うちの母は特に絵を描くということはしませんが、たまに手作りのジャムとかを作って、瓶に蜜柑とかの絵を描いていますが、なかなかのものです。沖縄でシーサーを作った時も、シーサー屋さんが参考にしたいと褒めていましたので、なかなか芸術的ではあるのかもしれません。

うん。想像の世界のものを描いたからって悪いことはないんだろうけれど、それは授業ではあり得ないのかもしれませんね。美術学校ならありか。
木の枝がどの方向から出ててもいいじゃないかと私などは思うけれど。
私の周囲にいる子供たちも、なかなか想像力豊かでして。時々謎の絵を描いていますが……
「これ何?」
「モンスター」
「何か漫画かアニメのキャラ?」
「ううん。そこにいる」
はぁ???? そこはただの壁だよ~~!!
……いや、こんなお子ちゃんたちが、まわりにようけおりまして。
本当はこうだよって教えてもらうのは大事なことですが、想像の根は摘んでしまっているのかもしれませんね。
え、と、うちのお子ちゃんたちは、想像の根を放置されております。役には立たない根ですけれどね、いつか山下清が誕生するかもしれませんし。
……かじぺたさんの想像の木も、決して悪くなかったんじゃないかなぁ。

そうですね~。いや、私だって、実際に見て描くのは大事とは思いますが、写真からだって、想像の世界からだって、いいものが生まれることがあると思ったりもします。
でもね、それならそれでみんな平等に見て欲しいと思ったりしたわけですね。
いや、結果論的に私の作ったものの出来栄えが良くなかったってのもあるのかもしれませんが。

お子さんが自然と選んだ道が「昔自分がやりたかったこと」だったらすごくうれしいですよね。
かじぺたさんのところは、お子さんが自然とその道を選ばれたのでしょうから、きっとおうちの中で、もともとそういうさりげない環境があったのかもしれませんね~。いいなぁと思います(*^_^*)
夢を託される子どもも、かじぺたさんちのように自分から望んだり、あるいはそれをやっていくうちに自分が主体的に望むようになっていけばいいと思うのですけれど、あまりやりたくないのになぁ、というのだったら可哀そうですよね。親としてはその匙加減?が難しいんだろうなぁと思います。

ちょっと話は変わるけれど、伝統芸能なんてのを見ていると、始めは子どもが別の道を行きたいと思っていたり、見る方も始めは二代目や三代目なんて今ひとつと思っているけれど、年月を経て、だんだん自分にはこの道しかないと思うようになって、しかもだんだん脂が乗ってきてすごくいい役者さんになったりする。それってもう、生まれた時からその環境の中にいたからこその責任とか、他の人には真似のできない歴史と年月の積み重ねゆえのものだろうなぁと思います。
継続にまさる天才はなし、でしょうか。

あらら。またコメ返がぐるぐるしちゃいましたが、うん。かじぺたさんちのお嬢さんの美大記事、とても素敵でしたものね。卒業されてこれからどんな活躍をなさるのかも楽しみです(*^_^*)
それに、もしかして、かじぺたさんも、お子さんが独立されたら、また書きたくなるかもしれませんよ! 昔漫画家になりたいとまで思っておられたのですから……(*^_^*)
そんなかじぺたさん記事もまた見てみたいと思います(*^_^*)

> 情景とか景色とか人物とか
> やっぱり、文章から絵的に脳内に浮かびますねえ~~
> でも、どうだろ?顔はリアルには思い浮かんでないかも・・・
うん、そうですね。書く時だけじゃなくて、読むときも確かに顔がくっきりじゃなくて、ぼんやりかも~
私も読むときに少し意識して想像してみようかな。書く時はきっとそんな余裕もないだろうし^^;
コメントいっぱい、ありがとうございました!!

彩洋→かじぺたさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/31 09:52 [edit]


私は結構ぼんやりですね。
ファンタジー小説を書くときは絵師に依頼をかけますが。
結構詳しく指示します。
・・・でないと絵師も困るので。
絵と文章は似て非なるものですね。。

LandM #- | URL | 2015/01/31 11:56 [edit]


LandMさん、ありがとうございます(^^)

こんにちは。LandMさんも「ぼや~ん」型でいらっしゃいましたか。
やっぱり書いている時は、シーンとしては完成していても、顔となるとなかなか細部まで頭には浮かんでいないものなんですよね。
でも、確かに絵を描いてくださる人に依頼する時は、はっきりとしたものをお伝えする必要があるんですね。なるほど……。私は今のところ「依頼」ということをしたことがないので(あ、学生の時に友人にかいてもらったのは、かなり口頭でのやり取りがあったのかもしれませんが、何となく阿吽の呼吸的なものもありましたね)、その辺り少しアバウトでした。
確かに、絵と文章はまるで違うものですね。でも補い合って、単独の時よりも素敵なものを作り上げられるなら素敵ですね。
コメントありがとうございました!

彩洋→LandMさん #nLQskDKw | URL | 2015/01/31 14:16 [edit]


こんばんは。先日は弊ブログにコメントありがとうございました!
実はわたしもこっそり通って少しずつ記事読ませていただいてまして、豆腐メンタルでなかなかコメントできず、失礼しておりました。
リンクのお申し出うれしかったです~~ぜひよろしくお願いします。
わたしの方からもつなげさせていただいて、相互にさせていただいてもよろしいでしょうか?

お絵かきする人間ですが、よそのお子様描かせていただくこともあるのですが
どんなにどんなに作品を読みこんで描いてても
お気に召さなかったら、イメージと違っちゃったら、大切なお子様だしああどうしよう…ともやもや考えつつも
最終的には愛じゃー!とてんこ盛りに描いてお渡ししちゃってます(笑)。
みなさんお優しい方ばかりで受け取ってくださるので報われますが…。
あ、お話めいたものも書きますが、書いてる時はわたしも丸かいてちょんのような顔のキャラクターと
ぽや~んな背景が浮かんでます(笑)。
絵にして初めて「ああこういう人(風景)だったのか」とわかる感じですね。

ううむ、本物を見て描くのは確かに大切ですが、
飛行機や新幹線に乗らないと見に行けないものもありますしね…(;´∀`)。
てかわたし、ほとんど資料ですよう。。
本物を見て描くことも、資料を見て描くことも創作の養分になると思うので
両方とも否定せずにお絵かきしたいですね。

三味線弾かれるのですか!すてき!(和楽器大好き)

これからも時々お邪魔いたしますので構ってやってください~。
あと、あと、記事それぞれのお写真がとてもすてきです…きれいなお写真撮れる方尊敬します☆

ゆさ #- | URL | 2015/02/09 23:18 [edit]


ゆささん、ありがとうございます(^^)

ゆささん、コメント有難うございます!
そちらにも書かせていただきましたが、ゆささんの記事、結構系統的に私も好きなもの・気になるもの・興味深いものが多くて、こそこそとお勉強させていただいていたのです。こうして交流ができることをうれしく思います。私も、新しくコメントをするのは気後れをしていて、でも勇気をもってコメントをしてよかったです。あれこれ至らぬことも多いですがよろしくお願いいたします。相互リンクも有難うございます(*^_^*)

ゆささんのイラストも、とっても素敵ですよね!ちょっと可愛らしく和風感溢れる感じ、牛さんと道真公など、とてもいい感じでした。
このお絵かきに関する記事ですが、イラストを描く人って、どんなふうに悩まれるんだろうと想像しながら書いていたのですが、やっぱりイラストを描かない人間にしてみたら、思ったほどに「イメージじゃない!」ってことはなくて、「ぼや~ん」に色がついたみたいで「わ、そうそう、こういうイメージだったのよ!」と納得し、次に別の方が描いてくださったとしたら「あ、これもイメージ通りなのよ!」って感じで、かなりいい加減^^; どんだけアバウトなんだってくらい、アバウトなんですよね。それよりも、書いていただけた喜びの方が大きくて、見るたびにニヤニヤしちゃうのです。

> 最終的には愛じゃー!とてんこ盛りに描いてお渡ししちゃってます(笑)。
これ、きっと物書きには何よりもうれしいことなんじゃないかなぁと思いました。
そう、愛、大事ですよね。それが一番なのかも……でも、絵の描けない私は、愛の表現が上手くできぬ……(うぅむ)

> あ、お話めいたものも書きますが、書いてる時はわたしも丸かいてちょんのような顔のキャラクターと
> ぽや~んな背景が浮かんでます(笑)。
> 絵にして初めて「ああこういう人(風景)だったのか」とわかる感じですね。
おぉ、そうかぁ、書くときは「ぼや~ん」、そして描くときに風景や姿かたちが明確になるって感じなのですね。うん、やっぱり登場人物って、書いたり描いたり、描いてもらったり、更に書いてもらったりして、育っていくものなのですね。

> ううむ、本物を見て描くのは確かに大切ですが、
> 飛行機や新幹線に乗らないと見に行けないものもありますしね…(;´∀`)。
> てかわたし、ほとんど資料ですよう。。
> 本物を見て描くことも、資料を見て描くことも創作の養分になると思うので
> 両方とも否定せずにお絵かきしたいですね。

絵を描く方にこう言っていただくと、ちょっとほっとしました。と言っても、もう描かなくなって随分と立つので、今から描くってことがあるのか、というとう~ん、なのですが、旅行に行ったときなどにさらさらスケッチなんかできたら楽しいだろうなぁと思います。でも、最近、デジカメが有難くて、記録ならカメラがしてくれちゃうんですよね。困ったことに……

写真は、私の場合何も極めていなくて、旅行の時も「記録」として活用しているだけなのです。もちろん、石の写真を撮る時は気合いを入れていますが、それにしても藝術を求めているのではなく、「この石を見た瞬間の感動を、如何に臨場感を持って後で写真を見た時に脳内に再現できるかを目指す!」って感じです。でも、なかなか見た瞬間の感動は写真には納められませんね。巨石はなかなか見れない場所にあることもあるので、ブログを見てくださる方に少しでも伝わったらうれしいなぁと思いながらアップしています。
でもやっぱり、写真ブログさんの素晴らしいお写真を見るたびにため息が零れます……

> 三味線弾かれるのですか!すてき!(和楽器大好き)
おぉ。和楽器好きでいらっしゃいますか! 嬉しいです。私、もともと鼓がやりたくて(お能に歌舞伎大好きっ子だったのです)、でも結構ハードルが高い(先生を探しにくい)楽器で、そうこうしているうちに、実家の近くで「津軽三味線」の看板を発見。ちょっと見学に行って、もともと祖母の影響で民謡には興味津々だったことも手伝って、あっさりと始めちゃいました。始めてからは紆余曲折ですが。楽しみ程度ながら、十分に楽しんでいます。津軽なので……三味線と言っても打楽器みたいですが……^^;

こちらこそ、よろしくお願いいたします!! コメントありがとうございました!

彩洋→ゆささん #nLQskDKw | URL | 2015/02/11 15:59 [edit]

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