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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【8888Hitリクエスト・短編】人喰い屋敷の少年・(7)飽和状態~重い夕闇~ 

limeさん
【人喰い屋敷の少年】第7話です。間が空いてしまってごめんなさい。
多重視点って書き慣れていないので(長編ではあるのだけれど、シーンがコロコロ変わる短編ではあまりなくて)、右往左往してしまいました。今回は特に真視点のないままになりそうだったのですが、それではちょっと主役の面目が?と思って、ねじ込んじゃった。
やっぱりサービスシーンは必要だよね、と思ったけれど、何のサービスもなかった。『水戸黄門』における由美さんの入浴シーンみたいなサービスシーン、やっぱりお話には必要な気がしてきた。

今回は色んな人物がそろそろ動き始めようとしているようです。それも、探偵がうろうろし始めたから、みたいですね。裏で糸を引いているのは誰か、そう、もちろんあの人?

ちなみに第1~6話はこちら→(1)カグラの店(2)夫の死を願う女(3)人を喰らう屋敷(4)女の事情と猫を抱いた少年(5)役者は揃った(6)白い猫を抱いた少年
*冒頭のイラストの著作権はlimeさんにあります。

登場人物
相川真>大学を中退し、唐沢調査事務所に勤めている私立探偵見習。子どもの頃の遊び相手はコロボックルという不思議青年。3年ほど前に崖から落ちて生死の境をさまよってから、ますます霊感に磨きがかかっているという噂もあり。
カグラ>真の上司・唐沢が出入りする三畳酒場の女主人。本人がホラーのような存在。
作家>カグラの店の常連。本当に小説家かどうかは不明。真を観察して小説のネタにしようとしているらしい。
教授>カグラの店の常連。何の教授か、本当に教授か不明。おっとりとした声で理屈を言うのでそう呼ばれている。
窓さん>カグラの店の常連。いつも酔っ払っているサラリーマン。
松岡綾>真の依頼人。7年前に失踪した夫・松岡圭吾の生死を知りたいという。
ルカ>「人を喰らう屋敷」で真が出会った、白い猫を抱いた少年。
唐沢>真の勤め先『唐沢調査事務所』の所長。戦時中は十代、その後アメリカにも長く住んでいた、傭兵あがりのおっちゃん。ギャンブルと酒と女が好き。ちゃらんぽらんだが、どこか憎めない。
三上>真の勤め先『唐沢調査事務所』の先輩。真のいいアニキ。
田代>7年前、綾の夫・松岡圭吾の失踪事件を調査した班の元刑事。若くして警察に嫌気がさし、今は喫茶店をやっている。
真田>綾の夫・松岡の元同僚の刑事。松岡は、綾と真田の関係を疑っていた。



【人喰い屋敷の少年】(7)飽和状態~重い夕闇~


「ねぇ、シャーロック。あの人のことを信じてもいいと思う?」
 白い猫は何も答えずにじっと少年の顔を見つめている。
 ルカは猫の背中を撫でていた。いつも「あの子」がしていたように。
 正直なところ、少し混乱していた。「味方」がいるとは思ってもみなかったのだ。

 味方? ルカは自分が思いついた言葉を少し不思議な気持ちで反芻した。
 これまで、他人に対して味方とか敵とか、そういう言葉を当てはめて考えてみようとは思っていなかった。大人がズルいとか悪いとまでは思っていないが、信じるに値するとまでは思っていない。だから、ルカにとってそこにいる人たちはただ「そこにる」だけで、それ以上の意味はあまりなかったのだ。

 でも、あの人はちょっとだけ、これまで会った人たちと違っていた。
 ルカはもう一度白い猫の背中を尾まで撫でた。白い猫の背中は夕陽の中でも真っ白のままで、穢れも染みのひとつもなかった。
「お前のこと、ちゃんと見える人がいるなんて」

 先生たちはルカのこの奇妙な能力について、非難はしないし否定もしないが、ルカを信じているようにはみえない。子どもには一時的にそういう時期があるのだと思っていて、ルカを傷つけないようにしてくれているのだろう。
 ルカがまだ小さい時は、周りはただ話を合わせていてくれているだけのようだったが、そのうちに他の子どもたちがルカのことを少し気味悪く見るようになり、やがてルカの方が学習した。
 こういうことはあまり他人に言わない方がいいのだということを、だ。

 でも、あの探偵はシャーロックとちゃんと視線が合っていた。
 思いがけず門倉家で会った時にも、ルカはそれを感じたのだ。
 ルカ、とドアの外から雅美先生の声が聞こえる。もう七時なのだ。この施設の朝食と夕食はどちらも七時と決まっていた。

 太陽は大きく傾いていたが、夏の闇はまだ地球の自転の角度からずれていて、ここには届いていないようだ。四人部屋だが、今ここにはルカしか残っていない。皆食事までの時間を共同スペースで過ごしているのだろう。
 白い壁、その壁に張り付くように置かれた二つの木枠の二段ベッド、今日取り替えられたばかりの白いシーツと枕カバー、窓際に置かれた四人分の机、ランドセルや鞄、靴入れ、机の上の教科書。

 ルカは二段ベッドの上段で膝を抱えた。ベッド柵に小さな蜘蛛が歩いていた。ルカはそっと手を差し伸べた。蜘蛛はルカの手を避けるようにして、ベッド柵から飛び降りた。
 蜘蛛の糸がふわっと風に煽られて、黄金に照り輝いた。
 あの子がいたからあの家の子どもになった。あの子が一人ぼっちで困っていると思ったから、友だちになろうと思った。

 ルカは一歳の時に『かなえ養護施設』に来た。もちろんその頃のはっきりとした記憶はない。他の子どもたちと自分が少し違うと思ったこともなかったし、両親がいないことを寂しいと思うこともなかった。ルカには友だちがたくさんいたからだ。後で気が付いたことだが、少しだけおかしいのは、その友だちが他の誰にも見えないことだった。
 施設の他の子どもたちがルカのことを少し変だと思っていることに気が付いたと同時に、どうやら友だちの方もルカ以外の人には会いたくないらしいと感じたので、それからはあまり施設のみんなに友だちの話はしないようにした。

 七年前、門倉の「お父さん」と「お母さん」がルカに会いに来た。ルカには二人がとても歳をとっているように見えた。彼らは小さな男の子を連れていた。ルカと同い年くらいの男の子だった。
 どうして「お父さん」も「お母さん」も佳苗先生たちもこの子のことを紹介してくれないし、話題にもしないんだろうと思ったが、すぐにその事情は呑み込めた。

 きっとこの子は「友だち」なのだ。この子も他の友だちと同じように、ルカ以外の人間とは話をしたくないに違いない。だから黙っていることにした。
 ルカにしか見えない友だち。
 それが死者たちだと気が付いたのはもっとずっと後になってからだったが、その時はただ新しい友だちがルカを必要としていると感じたので、門倉の家に行き、いつの間にかルカは門倉の子どもになっていた。

「お父さん」も「お母さん」も優しかったし、友だちとの秘密の時間は楽しかった。だからルカは何の疑問も感じずに門倉の家に馴染んでいた、はずだった。
 あの女の人が戻って来てから、少しだけ様子がおかしくなった。

 いや、初めからおかしかったのだ。何故なら新しい両親はルカに別の名前を与えた。だからルカは混乱した。彼らがルカに与えた名前は、友だちの名前だったからだ。
 どうして「お父さん」と「お母さん」は友だちの名前で僕を呼ぶのだろう?
 ルカはその疑問をいつものように飲み込んだ。これは聞いてはいけないことだ。大人に質問したり確認したりしてはいけないことがあることを、ルカはもうずっと前から知っていた。

 あの女の人はルカのことを友だちの名前で呼ぶことはなかった。「お父さん」と「お母さん」の前では呼んでいたかもしれないが、彼らのいない時、彼女はまるでルカのことが見えないように振る舞った。
 それでも、あの人がじっとルカのことを見ていることは分かっていた。
 彼女は絵を描いた。それはルカの顔であり、あの子の顔でもあった。ルカは自分が「ルカ」なのか、あの子なのか、時々分からなくなった。

「ルカ」
 雅美先生の声が聞こえる。ルカは我に返り、慌てて二段ベッドの梯子を半分まで降りた。それからシャーロックに、待ってて、と話かけ、梯子から飛び降りた。ルカの髪は、窓から差し込む光で、蜘蛛の糸と同じように金に光った。
 明日、あの探偵が訪ねて来る。彼が「味方」だという確信はない。もしかすると大人たちがやって来て、本当のことを覆い隠してしまうかもしれない。

 ルカは決心した。
 今夜、あの家に行こう。あいつがあの子を殺した証拠は、僕がきっと探し出す。


 綾はその扉を開けるべきかどうか、躊躇っていた。
 細い廊下はずっと果ての方まで続いている。その先の小さな窓からは夕陽が紅の光を注ぎ込んでいるが、長い廊下のこの場所までは届かない。油をしみ込ませた黒ずんだ木の廊下は、時折ガタガタと振動する。電車が脇を通っていくのだ。

 黒い廊下の染みが足元から昇って来て、綾の白いワンピースを染め変えてしまった。ゆらめく衣が微かに素足に触れている。生暖かい風が両脚の隙間を撫でていく。綾はふるっと身震いした。
 街は確かに動いている。だがこの廊下だけが異次元に繋がる別の空間に変わってしまったのか、今ここには誰の気配も感じられない。

 でも、この小さな扉の向こうには真実を知る者がいる。
 綾の前で扉は固く閉ざされている。もう何十年も一度も開かれたことがない、沈みこんだ暗い影の塊のように見える。鈍い銀色のドアノブに触れたら、きっと氷のように冷たいのだろう。
「綾さん」
 誰かが綾に呼びかけている。
「松岡綾さん」
 綾は顔を上げる。

 重い音をたてて扉が開く。向こうから、能面のような顔をした白い影が綾に近付いてくる。
 この影はついに罪人の襟首を捕まえに来た。私は、捕まってしまう前にどうしても知りたいのだ。あの時、あの人が「彼」を殺してくれたのかどうか。今でもあの人が私を愛してくれているのなら、きっと私は少しだけ救われる。
「綾さん」
 影がもう一度呼んだ。

 そう、この影は知っているのだ。私があの子を殺してしまったことを。何故なら私はそのことをこの影に打ち明けてしまったのだから。
 影に腕を掴まれそうになって、綾は慌ててその手を振り払った。

 階段を駆け下りながら、綾はあの占い師の言葉を思い出していた。
 ほらごらん。『悪魔』が逆位置で出ている。どう解釈するかはお前次第だが、これだけは言っておくよ。お前が求める愛を与えてくれる男はいない。何故ならお前の方は与えていないからだ。お前は、男が他の誰かよりもお前のことを愛しているかどうか比べようとする。だが、本当に愛する者は、その愛を何かと比べたりはしない。自分の全てをかけて愛するから、比べようがないのだ。

 綾は答えた。
 私は決して断罪されることや死ぬことを恐れているわけではないの。でも愛を確かめずには、生きていくことができない。
 占い師はもう一枚、カードをめくった。

 それなら、死者を呼び出して聞いてみるかい。探偵を雇うんだね。お前の夫は元刑事だったんだろう。昔の知り合いに、そんな仕事をしている連中がいないか、聞いてみるんだね。探偵に会ったら必ず聞くんだよ。「死者の口寄せができるか」ってね。肝要なのはそのところだ。
 占い師がテーブルに残したカードは、正位置の『死神』だった。

 夏の太陽は傾くまでには時間がかかるのに、傾いてしまってから姿を消すまでの時間は意外に短い。一瞬に闇に閉ざされようとする街を綾は急いでいた。影は長く、駅の階段を夕闇に沈めている。人々の顔はその影で全く実体がないまでにかき消されていく。山手線のホームに続く階段を上り切った綾の白いワンピースの裾は、黒い影と残照の茜を纏いながら風に身を任せていた。

 あの探偵はもしかすると死神なのかもしれない。誰かが彼の元へ私を誘ったのだ。
 山手線は東京の街を巡っている。闇に沈もうとする街の景色は、少しずつ色を失って行く。幾つものホームが並び賑やかな光を纏う街も、大きな木々に覆われる森のある街も、静かに家路を辿る人を受け入れる街も、ゆっくりとモノトーンに落ちていく。

 そのどこかの駅で、綾は不意に他の乗客に押し出されるようにしてホームに降り立った。
 降り立った途端に、時間が逆戻りした。あるいは乗っていたのは、過去へ戻る電車だったのか。足は自然に人の流れを追いかけて、ホームの階段を上っていく。

 綾はいつの間にか、もう長く訪れたことのない道を歩いていた。
 この道は七年前から綾にとって存在しない道だったのに、今もこうして現実のものとして確かにここにある。
 やがて綾は立派な門構えの一軒の家の前に立ち止まる。
 薄闇の中で街灯がジジと音を立て、幾匹もの蛾が作る影が淡く踊っている。
 固く閉ざされた門。門の向こうには、すっかり手入れされなくなった木々が屋敷を覆って、一塊の黒い魔物のように見える。

『人喰い屋敷』という名前に相応しい家だ。
 ここで、一緒に死ぬこともできたのに。
 綾はそっと門に手を触れ、軽く押してみた。ぎっと木が擦れるような音がしたが、門はびくともしなかった。
 その音に重なるように、声が聞こえた。

「綾さん」
 一瞬、あの影が追って来たのかと思った。やはり逃げきれないということなのかもしれない。
「お嬢さん、門倉綾さん」
 綾ははっと顔を上げた。
「やはりあなたですか」

 恐る恐る振り返ると、街灯の下に男が立っていた。夏というのに、まるで暑さを感じないようにきちんとスーツを着て、背を真っ直ぐに伸ばしている。風の中に微かに整髪剤の香りが漂っていた。
 一体、何故この男がこんなところに。
 男が一歩近づいてきた時、綾は一歩下がり、その背中に閉ざされた木の扉の気配を受け止めた。背中に何か重いものが圧し掛かってくる。

 綾はその重さを振り切るように、駅とは反対の方向へ走り始めた。
 死神はあの探偵ではなく、別の男だったのか。
 男は追いかけてはこなかった。だが、別の死神が綾の背中にぴったりと貼り付いていた。


 そろそろ日が暮れる。いい加減に非番の日に飲み歩くのは止めにしないと、普段の仕事にも差し支えるようになる。何より、そのうち本物のアル中になって身体を壊すに違いない。
 真田は駅前の商店街で買ってきた、コロッケと串揚げの茶色い紙袋を見て溜息をついた。

 田代の言う通り、嫁でももらって落ち着くのがいいのかもしれない。いや、こんなくたびれた、見かけはすっかり中年の刑事のところに嫁に来る奇特な女性はいないだろう。
 それに、俺も年甲斐もなく溜息なんぞつくようになったかと思うと、我ながらジジ臭くなったものだと感じた。まだまだ若いと思っていたが、十年も若い世代が新しく入ってくるようになると、時間の流れを嫌でも感じさせられる。

 嫁か……
 真田の脳裏には一人の女性の顔が浮かんでいる。
 哀れな女だと思う。彼女はいつも愛を求めていた。愛だけを求めていて、身体が傷つく事よりも、愛されていないと感じることに恐怖を覚えているようだった。愛さているという実感を得ることだけが、彼女を生かしていたのかもしれない。

 真田にとって、彼女はあくまでも先輩刑事の妻だった。だが、時には哀れという感情の中身がぶれることもある。人の心ほど確認し難いものは無い。今でも、これが恋か愛かと聞かれたら、憐憫以上の何もでもないと答えることはできる。だが憐憫が愛情ではないという分類もできない。
 愛情は複雑な成分でできている。純粋さではなく、憎しみや嫉妬も、その中には入りこんでいるのだから。

 ただひとつだけ分かっていることがある。
 このことが片付かないと、自分の中で踏ん切りがつかない。
 真田はポケットの中身を探りながら、アパートの階段を上りかけた。錆びた鉄製の階段に、低く傾いた夏の夕陽が作る長い複雑な影が交錯する。
 鍵を探していた手が、ポケットの底に小さな穴を探り当てた。

 こんな小さな綻びがやがては大きくなって、大事なものをとり零していくんだろうな。
 最近は全く酒が抜けきったことのない頭を振って、ポケットの穴という現実的なものから哲学めいたことを思いついた自分に感心していたら、階下から呼び止められた。

「ちょっと、真田さん」
 アパートの大家のおばさんだ。寮を出た時に、結婚して引っ越した他の刑事から紹介された。口が堅いから安心だと言われたのだが、本当にそうなのか、真田は基本的に他人を信用していないので、自分からはあまり話しかけないようにしている。
 むろん、アパートの他の住人には「特に愛想の悪い奴」と思われない程度に挨拶をする。目立たないことが肝要で、警察官であることを知らさないようにしているが、さすがにこの大家だけは知っていた。

 大家は太ってはいるものの機敏な動きで真田の傍までやって来た。
「今日あんたを訪ねて人がやって来たよ」
「俺を?」
 大家は二度頷いた。
「刑事を調べようなんて、変な探偵事務所もあるもんだね」

 大家の方では、刑事である真田に協力したい気持ちは大いにあるのだろう。戦利品を自慢するように、スカートのポケットから名刺を取り出した。
 真田は思わず舌打ちした。

 いつかはやって来ると思っていたが、ついに俺のところまでたどり着いたとなると、そうそう悠長にもしていられない。
 真田は田代の喫茶店にやって来た二人連れを思い出した。若い探偵だけならともかく、あの中年の方はどう見てもきな臭い顔をしていた。いい加減さを纏っていたものの、あの顔の下からは獣の臭いがしていた。百戦錬磨、あらゆるやばいことを潜り抜けてきたという顔つきだ。

 名刺を受け取り、大家に礼を言って背を向けてから、真田は胸の前で名刺をくしゃりと握り込んだ。
 探偵などという胡散臭い連中に物事を引っ掻き回される前に、何としてでも先輩を見つけ出したい。たとえそれが遺体であっても。
 それは決して、綾のためではなかった。

 門倉家の屋敷。『人喰い屋敷』などという奇妙な噂を振り撒いた奴が誰かは分かっている。そいつが「犯罪現場」に人を近付けないために振り撒いた噂だ。
 敷地内に入り込んでみたことはあるものの(それで十分不法侵入で罪なのだが)、いくらなんでも現役の刑事が窓を割って家に侵入するというわけにもいかないと思っていた。だが、あそこには絶対に何かがある。

 松岡圭吾。
 その男に真田はけりをつけなければならなかった。


「やはり来ましたね」
 真は意識して肩の力を抜いた。開け放した窓から風が吹き込んで来るが、決して気持ちのいい風ではない。じっとりと熱気と湿気を含んだ風だ。それでも重く湿った風が木々の葉をこする音は、少しだけ気温を下げてくれる。
 だが、その音が気持ちまでも落ち着かせてくれるわけでは無い。
 隣接する門倉家の木々のざわめくような音だ。不安と緊張の色を帯びている。

「そんなに怖い顔をなさらずに、ね、座りましょうよ、探偵さん。そうそう、冷たいお茶でもいかがですか」
「お構いなく」
 和室の床に薄い絨毯を敷いて、そこにテーブルと椅子を置いてある。
 まだ外はほんのりと明るかったが、既に陽は落ちていて、部屋の中で相手の表情を見分けるのは難しかった。テーブルの白い布に、スタンドの灯りが作ったオレンジの光の輪がぼんやりと反射して、あたりに濃淡の深い影をいくつも浮かび上がらせていた。
 真が座ると、相手の男は満足したような顔になり、自分も椅子を引いた。

 唐沢の「教育」は徹底していた。出先で出された飲食物は絶対に口にするな、というのだ。唐沢がそう言うのにはもちろん理由がある。毒でも盛られていたら、ということだ。もちろん、世の中にそうそう他人に毒を盛ろうという連中がいるとは思えないが、唐沢はニヤニヤ笑って下品な一言を付け加えることを忘れない。
 女だったら毒じゃなくても睡眠薬だけでも、何をされるか分からないだろ。いや、男だからって、お前は気を付けた方がいい。お前を眠らせてやっちまおうって奴は、俺が知ってるだけでも片手では足りないからな。
 まったくあのおっさんは。

「さて、探偵さん、我々が情報を共有することはとても有意義なことだと思いませんか」
 事実はある程度分かったつもりだった。だが目的は何だ?
 真は相手をじっと見つめた。他意はないのだが、こうしてじっと相手を見つめるだけで、相手は「怖い顔」だと言う。真には自覚はない。

「まずは、探偵さんがここを突き止めた理由をお聞きしましょうか」
「僕が確認したいのは、どの時点からあなたが関わっているのかということです」
「先に俺は探偵さんの名推理を聞きたいですね。迷探偵の謎解きシーン。今度の作品に使えそうだ」
 そう言いながら、すっとアルミの灰皿が差し出した。真は動かなかった。

「僕の方の理由は簡単です。あなたは、門倉さんの屋敷に入る裏道を知っていた。それも、普通の通行人には分からないような道を。僕が『人喰い屋敷』の話をした途端に、待っていたように僕を案内した。もしやと思って駅前の不動産屋に当たりをつけてみたら、門倉さんのお屋敷の隣の家を指定して借りたという人物がいた。写真で確認したわけではありませんが、印象はあなたに一致した。そして最後に、三上さん、先日カグラの店に一緒に行った僕の先輩ですが、彼は古くからのあの店の常連だ。でもあなたたちはお互いを知らなかった」
 相手は嬉しげに手を叩いた。

「大いに結構。では、もうひとつ答えてください。今日はここに来るまでにどちらを回ってこられましたか」
 別に手の内を見せたら損をするというものでもない。
「養護施設、それから病院へ」
 いつも着崩した背広姿だが、今日は家で寛いでいたのか、明治の大作家のような和服姿だった。普段被っているスキャット帽は、壁際の衣桁のフックに掛けられている。しかし、トレードマークのような丸眼鏡と、その奥の他人を観察する目だけはいつもと同じだった。

 真の答えに満足したのか、「作家」はにたりと笑った。
「では隠しっこなしにしましょう。俺がシナリオを書いたんですよ。いや、シナリオというほどのものでもないか。少しばかり指でつついてみたら、後は転がり出した、とでも言いましょうか。それでね、探偵さん、俺はじっとあの男が尻尾を出すのを待っていたんですよ」

【人喰い屋敷の少年】(8) に続く。



田代の喫茶店『モーツァルト』に綾の絵が掛けられていました。サインはAya「K」だったのですね。
さて、次回は「作家」の語りを聴きましょう。
そして、一人で夜の屋敷に真実を掘り起こそうとやってきたルカの身に危険が?

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Category: ★短編(1)人喰い屋敷の少年

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コメント


あら。

こんばんは。

久しぶりだったので、忘れてしまっていたのか、ルカはリアルで猫がコロボックル・ワールドでしたか。で、旧ルカ(?)もコロボックル・ワールドかな?

で、真は、いよいよ本丸に近づいたのかしら。
それともまだまだ、なのかな?
結局の所、読んでも全く何の推理もできない私という事を認識させていただきました。
いいんだもん、私、ミステリー読みじゃないから。
最終回が理解できれば、それでいいんだ。(開き直り)

竹流もでてくるのかしら? そこまで過保護じゃないか。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/05/12 03:23 [edit]


じわじわと

核心に近づいてきましたね。
私は多重視点を多く取り入れるのですが、そう言えば大海さんは短編の場合一視点が多いですよね。
でもそれぞれのその時の心境が見えてきて、サスペンス的にはこっちの方が面白い場合もあるかも。今回。わくわくしましたもん^^
ミステリーやサスペンスって、何視点で書くかできっとまるで違ってくるんだろうなあ・・・。

で、今回は4人の視点ですね。
今まで分かりにくかったルカや綾の心情が見えてきて、いよいよ感が大きいです。ルカが言う男の子と綾のなかの「あの子」というのは同じ子なのかな? この子のポジションが、(なぜか死んだ松岡より)気になるのはなんでかなあ。
綾は結局何をしてしまったのか、何に怯えているのか。
ちょっと忘れている部分もあるんですが、もう少し真が紐解いてくれるのを待ちます。
あと、やっぱり作家さん、怪しかったですもんね。なんか関わってるとは思ってましたが。この人がシナリオを書いたのは、どの部分なのかな。そして、あの男って・・・。

いやいやもう、すごい本格ミステリーになってきてる~><(たったあの一枚の絵から)
大海さんが本当にミステリーを書いたら、すごく重厚感があってキャラに魅力のある、大作が出来そうな予感がします。
今回のこれは、怪しい人が自ら語るのか、真が突き止めるのか、どっちかなあ。

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/05/12 06:47 [edit]


こんばんは~。

混乱していますが、それでもなるほど。それぞれのキャラクターの立ち位置が少しずつ分かってきました。しばらく間が開いていたので行きつ戻りつして混乱していますが、おおむねこんな感じだったろうか?と考えながら読ませていただきました。
ルカ視点では真を信頼し始めているようなので、2人は事件の解決に向かって協力していくのかな。ルカの能力が引き起こした門倉家の事件、門倉の「お父さん」と「お母さん」はルカに何を求めたのか?ルカはそれをどう感じたのか?ルカの視点から読ませていただいて、ルカの思いを知ることが出来ました。門倉家の小さな男の子が見えているルカにとって、その子と同じ名前を付けられるのはどういうことだったのか、不思議な感覚でした。あの女の人?どう繋がるのだろう?シャーロックについてもです。あの子を殺したあいつって誰?
いったい門倉家で何が起こったのか。すごく気になってきました。
松岡夫妻や作家がこれにどう関わっているのかも気になってきます。綾の行動がとても不思議な文章で描かれていて、読んでいるサキも彩洋ミステリーの世界に飲み込まれてしまったかのようでした。綾はあの子を殺してしまった?あの子って?影って?やっぱり上手く繋がりません。
いったい何が真実なんだろう。作家はどこまでかかわっているのだろう。
謎が謎を呼んでいます。
彩洋さん、みんなにそれぞれの結末をちゃんと与えてやってくださいね。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2015/05/12 22:55 [edit]


もお。みんな最初はばらんばらんにいたくせに、だんだんと寄ってきているじゃないですか。いいぞ(?)
少しづつなのか、一気になのかそれは大海さんの采配しだいなのでしょうけれど、近づいてくるところにドキドキしますね。

視点読み(?)には慣れていないのですが、ゆっくりと読んだぶん、じわじわときました。
中心はどこの誰なのでしょうかね。ルカなのか、真なのか・・・
次回を待ちます^^

けい #- | URL | 2015/05/13 20:11 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

すっかりお返事が遅くなってすみません!
あぁ、やっぱり久しぶり過ぎて忘れられていますよね。本当に申し訳ないです。えっと、そうです、ルカはリアルで、立ち位置としては「不思議ちゃん」? 猫のシャーロックはコロボックルですね(*^_^*) えっと、旧ルカは?? 少なくとも真が目撃している範囲のルカはリアルで、猫はコロボックル、だったかな。
真が本丸に近づいたか……はい、まぁ少なくとも、尻尾の1本は捕まえたみたいですね。さて、尻尾は何を語ってくれるのか……このさき、まだまだもう少し物語の背景が語られていきますので、お楽しみに!
いや、これはきっと夕さんの推理の問題ではなく、間が空きすぎちゃっているのですよね。本当にすみません(@_@)
でも何とか、最終回は皆さんに納得していただけるようにと思いまする。

> 竹流もでてくるのかしら? そこまで過保護じゃないか。
お。イモリに化けて……はないので、今回は何に化けて出てくるやら。
いえ、多分……出て来ないんじゃないかと……いや、しかし……(^_^;)
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/05/15 23:44 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

コメ返、遅くなってすみません!
はい、ちょっとだけ尻尾を出した怪しい奴に真が食い付きましたね。本当にね、怪しさ満点で出てきていましたものね。そうそう、「常連」「いつも見かける」のはずが、実はって話でした。
こうして見てたら、なんてことはないのですけれど、決して「愉快な仲間たち」ではなかったのですね。作家の怪しさについては、次回にまた少し持ち越していますが、次回は彼の話を楽しんでやってください。

ミステリーの多重視点ってのは、結構難しいですよね。きっとlimeさんは漫画などで鍛えられていて、スムーズな切り替えをなさっているのですけれど、私の場合は、えっと、これがここでこうなって、こっちではこうなって、とやっているうちにどんどん話がややこしくなり過ぎちゃうという……今回はまさにそれを暴露しているような気がします。
でも、場を盛り上げるためには、誰かの「危うし!」のシーンと、それを何とかしようとする側の「急いで!」のシーンを交互にちりばめるのがクライマックスの常套手段ですよね~。これが上手く使えたらいいのですけれど。
今回は、皆がそれぞれお化け屋敷に集まってくるような感じを出してみましたが、あんまり盛り上がらないままでした……もうしばらく、こんなグダグダに付き合ってやってくださいませ。

ルカは子どものくせに、割と冷静に色んな分析をしているようです。でも所詮子ども。詰めが甘いのですよね。しかも情報量が少ないし。いえ、情報ときたら幽霊からのものしかなくて、大人たちの事情は見えていませんものね。
綾は……どうでしょう。結構壊れているかもしれません。
そして真は、何やらじわじわと核心に迫っているように見えて、実はあんまり事情が分かっていないのかも。だって、綾の依頼と幽霊屋敷の関係については彼の中では真っ白ですものね。
今回の真、あんまり役に立っていないダメ探偵みたいですね。そもそもまだ見習いですから、少々大目に見てやってください。

> ルカが言う男の子と綾のなかの「あの子」というのは同じ子なのかな? この子のポジションが、(なぜか死んだ松岡より)気になるのはなんでかなあ。
うぅ(~_~;) えっと……そうですね。基本的にルカはオバケはよく見えていると思いますが、それ以外のものについての興味はあまりないかもしれません。この辺りの捻りはあまりないので、はい、つまり、ここにはルカ以外の子どもがいるのですよね。で、多分、死んでいる、と。綾がそれについてどういう立ち位置なのかは、何となく想像されている通りかもしれません。今回のルカの独白で何となく事情が見え隠れしていましたしね。

ほんと、いつの間にか冗長な話になっていてすみません。もう少しすっきりした話が書けないものか……困ったものです。長々とお付き合いいただいてすみません。しかも間が空きすぎるし。もう少し我慢して付き合ってやってくださいませ。
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/16 00:09 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

コメ返が遅くなっていてすみません!
そして、もう一つおまけに、混乱させてしまってすみません。間が空きすぎているうえに、ちょっとだけ複雑に入り組んじゃってて……あぁ、もっと分かりやすくサスペンスが書ければいいのに、私の場合、どんどんややこしくなって深みに嵌る一方で(@_@) 
はい、もう、おおむねこんな感じだったっけ?で読んでいただいて、ほとんど差支えない話なので、呆れずにお付き合いいただけましたら嬉しいです。
ルカは、真に興味は持っているようです。少し変わった大人がいるぞ、と。ただ、どうやらまだ信頼しているわけではないみたいです。だって、「大人たちが物事を覆い隠してしまう」と思っているようですから。だから、一人で解決したいと思っているみたいで。もっとも、ルカが真と二人三脚になったとしても、この頃のマコトじゃあんまり役に立たないかも^^;
ルカ視点で語られたことで、サキさんがあれこれ推察してくださっているように、門倉家の秘密が明かされていくと、事件が自ずから見えてくる、って構造になっています。はい、綾の本名(旧姓)が分かった時点で、あぁ、なんかね、そういうことね、なんて、感じがしてきたかも……いや、まぁ、ネタバレってほどの内容でもないのですけれど、次回にはある程度事情が分かると思いますので、お楽しみに(*^_^*)
ルカは……え~と、とは言え、まだお子ちゃんなのですね。オバケよりも人間の大人の方が怖いということは、まだ分かっていないかもしれません(>_<)
次回は「作家」の立ち位置がはっきりすると思いますので、彼の語りを聞いてやってください。真はまだまだ素人探偵の域を出ていませんので、今回は翻弄されているだけかもしれませんね……
綾は、ちょっと危ないギリギリにいますので(精神的に)、もう少し彼女の事情も紐解いていきたいと思います。「作家」はね、あくまでも「作家」なのかもしれません。作家って、ほら、興味本位で首を突っ込んで話を引っ掻き回すようなイメージじゃありませんか?

> 彩洋さん、みんなにそれぞれの結末をちゃんと与えてやってくださいね。
はい(^^) それぞれにそれぞれの事情があるので、それはちゃんと紐解いてあげたいと思います。
コメントありがとうござました!! 

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/16 01:15 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

コメ返遅くなってすみません!
はい、みんな近づいてきていますね~。そうそう、お化け屋敷に近づいてきているのです。あくまでもこの物語の主役は「幽霊屋敷」ならぬ「人喰い屋敷」かもしれません。皆がそこに引き寄せられて、そして……(きゃ~(@_@))
視点が沢山移動するのはあまりやらないのですが、今回は敢えて事件関係者の立場をそれぞれ追ってみました。そうしたら、やっぱりみんながちょっとずつ「幽霊屋敷」に寄っていってる気配が出てきましたね。中心はルカでも真でもなく……
裏で糸を引いているのは実は誰? って言うほど悪人が出てくる話でもないのですけれど、引っ掻き回している奴は複数いるみたいで。最後には気持ちよく絡まった糸が解ける予定です。あ、気持ちよくはないかもしれませんが^_^;
というわけでも、もう少しお付き合いください(^_^)/~
コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/16 01:22 [edit]


ブログを拝見しました

こんにちは。
スペースお借り致します。

お友達がたくさん出来て、投稿に参加する度ごとに直筆のカード式のファンレターが3~30枚以上届く文芸サークル(投稿雑誌)をやっています。
ネットでのやりとりも楽しいですが、ぬくもりが伝わるアナログでの活動は温かい気持ちになり、楽しさや幸せをより感じられます。
イラスト・詩・漫画・小説・エッセイなどジャンルを問わず何でも掲載しています。
月刊で150ページくらい。全国に約180人の会員さんがいます。
あなたがブログで発表している作品を雑誌に掲載してみませんか?
東京都内で集会も行っています。お友達や創作仲間作りにご活用下さい。

興味を持たれた方には、現在雑誌代と送料とも無料で最新号をプレゼントしています。
よろしかったらホームページだけでもご覧になって下さい。
ホームページにある申込フォームから簡単に最新号をご請求出来ます。
http://m-pe.tv/u/?hapine1961

これからもブログの運営頑張って下さい。
失礼致しました。

つねさん #- | URL | 2015/05/16 11:19 [edit]


つねさん、ありがとうございます(^^)

コメントをありがとうございます。
ブログの方にも書いておりますが、実生活の仕事及びあれこれとブログの運営で精一杯の状態で、これ以上の活動を追加することはできません。
つねさんの創作活動の今後のご発展をお祈りいたします。

彩洋→つねさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/16 12:02 [edit]

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