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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【物語を遊ぼう】19.果てしない物語~『もののけ姫』に学ぶ解決できない謎~ 

今回のテーマは、宮崎駿監督の一言から始めます。
『もののけ姫』のメイキングの番組の中で、だったと思います。既に『もののけ姫』は公開されていたのですが、そのインタビューの中で「自分が何を作ったのか、まだ総括できていない」と仰ったのです。

その時、妙に安心したのを覚えています。そう言えば、宮崎監督はプロットも立てずに書き始めるのだとか。しかも『もののけ姫』では、書き終わっても何を書いたのか(作ったのか)よく分からんと。
宮崎駿作品(ジブリ作品)は、多かれ少なかれハッピーエンドとは言えない要素を含んでいるような気がするのですが、それでも、多くの作品は、起こった事件・出来事の解決はついて、主人公たちは新たな一歩を踏み出していく、または平和な日常を取り戻すという形にまとめられていると思うのです。

でも『もののけ姫』は作られた監督もよく分からんくらいだから、見る方も、何だかモヤモヤが残ったまま観終わった。
私の友人は「怖いから見たくない」と。(ん? 乙事主様が?)
でも、このモヤモヤ=嫌い、ではなくて、「もう1回観たい」「ものすごく気になる」「いや、ものすごく好きかも」「私もこういうことを常々感じている」「私が頭の中に描いている世界はこれと一緒だ」……だったのです。

ジブリの作品はそれぞれに世界があってかなり良いと思うのですが、以前にも書いたように私が一番好きなのは『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』。
『ナウシカ』は漫画の方もいいのだけれど(というのか、漫画の方はどこか『もののけ姫』に繋がっていく世界を感じる)、映画として切り取った部分はよくできていて、しかも映画館で宮崎アニメを観た最初の作品だったので、衝撃が強かったというのがあります。え、と、映画館で馬鹿笑いした後(犬のホームズの話と2本立てだったのです)、馬鹿泣きしていたことは以前にも書きましたっけ。多感な年頃だったので、本当にものすごく感動したのです。多分、台詞を空で言えるくらい何度も観た。最高に好きなシーンは、ナウシカが腐海のお化けカビの胞子を集めて研究している部屋。

一方の『もののけ姫』はかなりトウが立ってから観た作品。でも、先ほども書きましたが、「ものすごく好きかも」なのです。
これについては、先日アップしたミステリー・探偵ものとは真逆の「物語の造り」だなぁと思うわけです。

ミステリーは解決してなんぼです。それがお約束であり、最低限のルールです。もしも探偵自身が犯人であっても(これも実は反則技だと思うけれど……これについては、どんでん返しというよりも、何だか後味が悪い、と思うのは私だけ?)、まだ許そうと思うけれど、探偵もしくは探偵役が「この事件解決できませんでした!」って終わったら、コメントを下さった八少女夕さんの仰る通り、私も暴れます。2時間ドラマならちゃぶ台ひっくり返して、「私の2時間を返せ!」です。

でも『もののけ姫』は「解決できない」「解決には何の興味もない」物語なのです。
ただ、「救いがない」とはちょっと違う。「世界の構造とはこういうものだ」「神とは善悪でも是非でもない、そこにある」という、すごく当たり前のことを描いているように思う。これが救いがないということだ、と言われたらそれまでだけど、最近流行の「ありのまま」の世界は「救い」とかとは無縁だとも思うのです。
キリストの神様は善悪と罪に対する悔い改めを求めます。それが宗教の当たり前の命題です。悔い改めないと救われない、ということになっているようです。
でもこの世界は「自然(じねん)」なのです。日本に一神教が入ってきたとき、Godを神と訳しちゃったので混乱しているような気がしますが、西洋的「神」と原始的「カミ」は別物ですよね。
そもそも日本だけでなく多くの国々に原始からあった「世界の成り立ち」についての考えは「ただそこにある」、です。

(追記)
本居宣長いわく。
「さて凡て迦微(カミ)とは、
古御典等(イニシヘノフミドモ)に見えたる天地の諸(モロモロ)の神たちを始めて、
其(ソ)を祀(マツ)れる社に坐(ス)御(ミ)霊(タマ)をも申し、
又人はさらにも云(ハ)ず、
鳥(トリ)獣(ケモノ)木草のたぐひ海山など、
其余何(ソノホカナニ)にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて、
可畏(カシコ)き物を迦微(カミ)とは云なり」

広辞苑でも、神の定義については
「①人間を超越した威力を持つ、かくれた存在。人知を以てはかることの できぬ能力を持ち、人類に禍福を降すと考えられる威霊。人間が畏怖 し、また信仰の対象とするもの。
②日本の神話に登場する人格神。
③最高の支配者。天皇。
④神社などに奉祀される霊。
⑤人間に危害を及ぼし、怖れられているもの。
 イ、雷。なるかみ。
 ロ、虎・狼・蛇など。
⑥キリスト教で、宇宙を創造して支配する、全知全能の絶対者。上帝。」
キリスト教の「神」は⑥なのですね。
(追記終わり)

例えば、エボシの「神殺し」。何でそんな罰当たりなことをするんだ、だから腕を喰われちゃったんだ、と思うかもしれませんが、多分作り手の宮崎監督はその「神殺し」という行為を「悪」とは位置づけていないはず。
身を守る手段を持たない「人間」が、自然という大きな存在と闘う、ある意味では必死の行為だったかもしれません。観るほうがここに善悪を意味づけたら、きっとこの物語の値打ちは無くなってしまう。

シシ神の造形がまた素晴らしい。神は生であり死であり、善とか悪とは無縁だという感覚。人間にとっては(あるいはあの物語の中では他のあらゆる生き物にとっては)、ある側面からは(ある立場からは)「善きもの」であるし、また別の立場からは「悪しきもの」であるし、正直なところ、善悪や白黒はどうでもいい、という感じ。
まさに「奇しきもの」「稀なる力を持つもの」は全て「神」と呼んどこう、と。

日本を始め、様々な国の原始的な宗教は、「(一応)善きもの」と共に、同じくらい大切に「(一応)悪しきもの」を祀っているのですよね。祟りを成すものもちゃんとお祀りするのです。
その根源には梅原猛先生が『隠された十字架』で示されたように「祟りませんように~」ってのがあるとしても、「悪しきもの、災いをもたらすもの、でも何だか分からないけれどすごい力を持つもの、自分にとっては有難くないものだけれど、でもやっぱりすごいパワーを感じるから、取りあえずお祀りしておこうっと!」
津波がやってきてもまた海に出ていく、それは海が「怖いもの」であると同時に「豊かなものをもたらしてくれるから」。そこに善悪の感覚はないですよね。恐ろしい面も恵みをもたらしてくれる面も「有難い」。この両面性、多面性、複雑な同居が「かみ」なのでしょう。
だから、解決はないのです。
どこまで行っても、ただ「あるがままにある」。

「自然(じねん)」「あるがまま」の世界ではありますが、私はエボシの最後の一言、「みんな始めからやり直しだ。ここをいい村にしよう」は微かな光明、救いだと思いました。わが敬愛するカール・セーガン博士の『Science is a candle in the dark, demon-haunted world.』という言葉と同じ。
カールセーガン本

え。救いは求めていないんじゃなかったんだっけ?
いえ、救いはやっぱり物語としては欲しいのですけれど、「救い」としてはっきりしていなくてもいいかな。いや、救われなくても仕方ないかなという気もするし、でもやっぱり最後は救われる物語を書きたいとも思うし、書き手のそういう二面性自体が「解決できない」んです。

というわけで?、私にとっての真シリーズはまさしく『もののけ姫』。
いえ、真がサンと同じように「丸まって寝る」からではありません^^;(丸まって寝るけれどね。これは自然に「身を守る」体勢をとっているから)
そもそも、何も解決しない物語なのです。東洋的自然(じねん)の権化=真と、西洋的キリスト教的良心の権化=ジョルジョ(竹流)とは、あれほどにお互いを求め合っても、最後は相容れない立ち位置であることを暴露して終わっちゃいますし(いや、求め合う心は否定していません、それどころか、一方の命が失われるだけで、彼らの想いはハッピーエンドだったのかもしれません)、わたし的にはハッピーでもアンハッピーでもない、其々の人生を精一杯生きた、というイメージしかありません。

『もののけ姫』でもサンは「アシタカは好きだ、でも人間を許すことはできない」と言っているし、アシタカは「それでもいい。サンは森で、私はタタラ場で暮らそう」と言ってるし、それでいいんだか、なんだか、分かったような分からんような。結局は相容れないのね、とも取れるけれど、ただ「命ある限りそれぞれの生を、それぞれの場所で生きるしかない」ということのなのかも。

ちなみに真シリーズは『人魚姫』の焼き直しなのです。
人魚姫には一言物申したい。「お魚の王子はおらんかったんか(身の程、身の丈の恋もあったんじゃないの)」って……同じことを真にも言いたい。で、結果的に、無理しちゃって、恋にも破れて、泡になっちゃう。
彼女が幸せだったのかどうか、そこには何の答えもない。でもアンデルセンの原作の最後には「神様に召されて幸せだった」的なラストがくっついている。え~? そうなの~?
いや、でも何かにチャレンジした人生は、ある意味「確かに生きた」のかも。

もうひとつ、大和竹流=ジョルジョ・ヴォルテラの人生なんて、『源氏物語』の焼き直し。
あの物語も、華やかなりし人生の後半の落ちぶれようが(現実の権勢はあっても)何とも言えず、私のツボなんです。そんな物語をモデルにされちゃった竹流=ジョルジョが幸せだったかどうかは分からないけれど、何はともあれ、すごい人生だったと褒めてあげたい。

結局彼らの人生は、探偵物語のようには謎を解決できず、果てしない物語なのです。

ということで……【清明の雪】の和尚さんに最後は任せましょうか。
「正しいかどうかは問題にはなっておりませんでしての。そもそも正しいとは誰に決めることができるのでしょうかな。誰かにとって正しいことが、他の者にとっては正しくはない。今正しいと思われておることが、百年先には大きな間違いでありましょう。しかし、いずれにしても道を歩き出したものは、自ら責任を取るのでございます。大和どの、人は、人とも物とも、出会うべき運命というものがあるわけではございません。出会ってからこそ、運命も拓けるのでございます。この本堂の仏具たちも、あなたに出会い、あなたの手により修復という運命を得たのでございますよ。運命には善いも悪いもございません。善くもあり悪くもある、正しくもあり、間違いでもある」

あるいは、長谷川平蔵に任せましょうか。
鬼平
「人間(ひと)とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく。こころをゆるし合うた友をだまして、そのこころを傷つけまいとする。ふ、ふふ・・・・・これ久栄。これでおれも蔭へまわっては、何をしているか知れたものではないぞ」
(池波先生、私、あの世に行ったあかつきには、絶対先生をお探しします。鬼平の最終話の続きを聞かせてくださいね!)

おこがましいけれど、私も【海に落ちる雨】を書き終えた時、まさしく「私って何を書いちゃったんだろ?」と思いました。だから一言。
「何を書こうとしているのか、書いても書いても総括できそうにありません」
(えっと、単に計画性がないのと、総括する能力がないだけなんじゃ……(@_@))
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コメント


うむうむ。

こんばんは。

limeさんに挑戦してタイトルを付けているわけではありません(笑)

彩洋さんとは、他でいっぱい語ったし、ここで私の作品の筋運びの話や「樋水龍神縁起」を語るのはやめにして、ここでは「もののけ姫」について書きますね。

あれ、けっこう海外でもヒットしたんだけれど、どのくらい「わかって」もらえたのかなあと思う事があります。竹流と真のストーリーのテーマにもなっているんでしょうけれど、こちらで西洋の人と話をしていて、私たち日本人の中で普通に受け止められる信仰と、かれらの信仰って根本的に違うので、理解してもらえないと感じる事が多いのですよ。

それは、日本文化オタクのレベルまで日本愛が高まってしまっている人でも同じで、遺伝子レベルにしみ込んでいるので、どうやってもわかり合えないんじゃないかと。

外国であの話が受けたのは「そうだ。全くその通り」と感じたのではなくて「なんてエキゾティックな世界観なんだ、ワオ」に近いのかなあと。「千と千尋の神隠し」に近いのかなと。まあ、環境問題とか、人と自然との共生とか、それなりにシェアできるテーマも含まれていましたけれどね。

あ、「みんな始めからやり直しだ。ここをいい村にしよう」がお好きなら、ぜひ「明日の故郷」をご一読ください〜。と宣伝モードにして終わっておこうっと。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/05/21 05:41 [edit]


むむ。

(あ、前回の「うむ。」は、全然夕さんのを見ていなくて書いたので、私もあとで笑ってしまいました。)

さてさて。
そうそう。
以前もののけ姫について大海さんが書かれた時にコメントをしようかどうか迷ったのですが、実は私は、もののけ姫を一度見た時に、「ああ、見ちゃいけないものを見ちゃったな」という恐ろしさを感じてしまって、なかなか再放送を見れなかったんです。

見ないでやり過ごそうとした、人間の愚かさとか本当の自然や神の恐ろしさとか無慈悲とか、そんなものを「さあ、見ろよ」と言われているような気がして。
重かったんですよね。重い物からすぐに逃げちゃう私としては。
宮崎さんが、「教訓だから見ろ」と思ってこれを作ったんなら、いやだな・・・とずっと思っていたんです。教訓めいたお話を作る人が苦手なので。
でも、無意識の産物だったなら、本当に尊敬に値します。(いまごろ?)

そう、ミステリーには結末と解決が必須だけど、それ以外の事は結末なんてないんですよね。理由すらないかも。
自然に至っては、どこにも慈悲がなかったり。先の大災害で改めて思いました。
だからせめて、物語の中ではキラキラを感じたい。最後、納得して終わりたいと思うのに、もののけ姫だもん(笑)
だから娯楽として見るのはちょっとしんどくて・・・。

でも、妙な事に、今書いているお話って、本当にただひたすら愚かで馬鹿げていて、救いのないある過疎地のお話で。
逃げていたものに呼び戻されているようで、なんだか妙な気分です。

『清明の雪』のお話の根底にも、「恐ろしさ」が感じられて、身構えながら読んだ記憶があります。和尚さんの言葉、これが大海さんの言葉なら、すごい人だなあ~と。
人間って、自然の産物でありながら異端児。そしてその異端児を通してこの世界が語られるわけですから、創作の世界って、不思議ですよね。
うん、だんだん何を言ってるか分からなくなったんですが・・・。

まさに、書き終って、「私ったら、何をかいちゃったんだろう」というお話の中にこそ、何らかの真理が有ったりするのかも知れませんよね。

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/05/21 07:53 [edit]


オージーにいきなり、「ハヤオ」を知っているかと聞かれて、うっかり、えーしらなーい、っと答えて、あの有名な日本人をお前は知らないのか、とあきれられそうになり、ちょとまて、Mrミヤザキハヤオね、とフルネームで言い返したら、今度は相手が目を丸くした、という経験があります。ハヤオかあ。そうだよね。と思った会話でした。

私も一番好きなのは『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』なんです^^
私もメイキングを見てからVHSビデオで見ました(DVDじゃないよ ^^;)
見てから・・・いいじゃんこれで、と。

一本のビデオの中(作品の中)には、監督の思いの全てを入れきることなどきっとできない、この人は一生かけて思いを作品に残していくんだ、と思いました。
それと同時に、「もののけ姫」を見た自分の思い、も同時に存在するわけで、それは監督と同じかもしれないし違うかもしれないし、けれどもそんなことは「もののけ姫」というお話の前ではすでにどうでもよく。

解決したしない、善悪けりがついたつかない、結局のところ、わからない、でも全然良いと思うのです。そういうものや事の存在を認めて、自分の中で納得があるなら、何の問題もないと思うんです。
そう決めるのは自分であって、誰かじゃなくて。自分がイエスなら先へゴーで。
逆に自分の中でノーならばさよーなら~で^^

だんだんイミフになってきたのでやめときます(-_-;)
私は総括できることが書けてしまったら、ブログにはアップしないかもねー
つまんないだろうしー
ですかね^^

けい #- | URL | 2015/05/21 19:21 [edit]


こんばんは~。

ジブリの話題ですかぁ~。
これはコメントしないわけにはいかないなぁ。
そうですね。『もののけ姫』と言えばあの不思議な神様ですね。サキが日本人だからでしょうか、あの神様達はとても自然な感じがします。
強大な力を持っているように描かれて居ますが、その力はすべて自然に起こりうることのように思えるのです。
人間の力ではどうにもならない大きな力が作用していることが、それを描こうとしていることが、なんだかモヤモヤしたままのエンディングを作り出しているんじゃないか。そんなふうに思ってます。
この映画、クロサワがそこここに感じられて、オオッて魅入られるシーンが多いのですが、あのどうにもならない感は半端ないです。人々や動物たちが木の葉のように吹き飛ばされて死んでいくシーンは、命の重さとあっけなさを感じてしまって圧巻です。とても好きな作品です。

『ナウシカ』の“腐海のお化けカビの胞子を集めて研究している部屋”これもいいですね。宮崎監督らしい設定だと思います。こちらは第1作ですから特にいろんな事にチャレンジしていて、そこここに『ゲド戦記』(原作)が感じられるし、こちらもとても好きな作品です。自然との共生、というよりも“静かに、でもたくましく生きていこう”こんなテーマを感じています。

サキは妙にジブリびいきだと思いませんか?実は先が宮崎駿オタクなんですよ。彼のコレクションを片っ端から見てるんですよね。だからだと思います。
中でも1968年公開の『太陽の王子・ホルスの大冒険』という漫画映画はサキのお気に入りです。VHSテープがあります。
興行的には大失敗の映画ですし、はっきり言って未完成でストーリー展開もつまんないです。でも宮崎駿のエネルギーだけは感じられて、まぁ、我慢しながら見ることが出来ます。部分部分に素敵なところがあるんですね。
『動物宝島』『パンダコパンダ』そして『未来少年コナン』と辿るとジブリ作品で使われているのと同じシチュエーションなんかがあったりしてドキッとします。『ホルス』以外はみんな面白いです。何回も見てしまいました。
 そして『ルパン3世・カリオストロの城』はハチャメチャで楽しい作品でした。何回見ただろう。サキはこういうあまり考えない作品も好きなんですね。きっと。
 息子さんの吾朗監督が作られた『ゲド戦記』を見たときはたまげました。ナウシカを彷彿とさせるシーンはまだ予想の範囲内だったのですが。太陽の王子を連想させるシーンがあったのはちょっと驚きでした。吾朗さん、見てたのかな?

あ、熱くなってしまって、関係ない話で長くなってしまいました。
お騒がせしました。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2015/05/21 20:10 [edit]


今回も、いろいろと考えさせられました。

「ナウシカ」はわかりやすくて、良かったですよね。私もマンガ版、アニメ版、それぞれに良さがあると思っています。マンガ版の終わり方は、ほんとうに「お見事」の一言でしたね~。あれだけのコトをした女性なのに、年代記では「……と伝わっている」みたいな小さな扱いなのが、もうツボで(笑) 映画版では、エンドロール(?)のあたりで、ナウシカとクシャナが話し合うシーンが好きです。ある意味「王」同士で、なにを話し合っていたんだろう……。あと、クロトワさんね。
「もののけ姫」は、どうにも苦手なんですよね。いい作品だとは思うんですけど……。「ナウシカ」では、最終的には自然と人間は許容(共存)するんだよ、と描かれていた(と記憶していますが……ちと不安)のに、「もののけ姫」では、自然と人間はお互いに拒絶しあうしかないように描かれていたように感じられました。それがどうしても受け入れられず、怖かったのかもしれません。

私の書くものも、解決していない系が多いですね。意地悪な作者なので、解釈や解答は読者に放り投げて書き逃げ、なんてのもあります。「妹背の桜」とか、ミステリーなのに答えを書いてませんし。

善も悪も、正も誤も、清も濁もない。いや、一つのものの表裏か……って、なにやら短か~いお経のようですね。「鬼平」の台詞、さすがにイキだし、深いです。そういうものですよね、人って。
そういう私も、影にまわってはどんな悪さをしているかわかったもんじゃありません、ですけど。あ、だから私の書くものは、「きれいごと」ばかりなんだ(自爆)

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2015/05/22 23:18 [edit]


人魚姫だって夢を見たい

 人魚姫と言われて思い浮かぶのが、ルネ・マグリットの人魚。【グロ注意】であります。何故なら上が魚で下が人間と言うとんでもねーやつ。と言う事はだよ、人魚王子様もそんな感じ? 上が魚で下にへんなのがぶら下がった【以後検閲削除】。ま、そんな王子様ではお姫様も夢持てない罠。
 さて気を取り直しまして、ジブリと言えばやっぱり豚ですよ、豚。別格(何度言ったろう、これ)。でも今回はこれの話じゃないので脇に置いとくとしましましょうか。で、ナウシカにつきましては漫画版は素晴らしいけど、アニメ版はやや予定調和っぽいので減点。特に巨神兵が死んだ後に待ってましたとばかりに登場するナウシカの姿にガッカリした思い出ががが。時間の関係も有ったんだろうけど、ナウシカを神格化するために無理しましたね・。・;
 その辺、漫画版は偉い長い充填期間を度々挟んでいた分良く練られています。総てをぶっ壊して人間の自我みたいなものを張り通す姿がなんとも清清しい。例え間違っていたとしても他人の掌の上でなんか踊ってやるもんかーってな感じで大好きです。当に傑作です。
 そして、もののけ姫・・・迷走したまんま終わってしまったというか、人間は自我を張り通すことすら出来ずに自然に翻弄され、しかも翻弄した自然はけじめもつけずにどっか行っちゃう・・・。うーむ。たしかに自然てそんなもんだろうけど、自然を神として具現化したなら何かしらのけじめはつけて欲しかったなぁ。村を完全に埋めちまうとか、山から追い出してしまうとか、若しくは神様が負けて消し飛んでしまうとか。あまりに気紛れすぎてねぇ。いあ、確かに面白いんですよ。何度も見ましたから。でももやもやさま~ずなんだよなぁ。残念。

miss.key #eRuZ.D2c | URL | 2015/05/24 16:01 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

夕さん、コメ返が遅くなってすみません!! ようやく通常運転に戻りました。プチ仕事とプチ旅行ですっかりスケジュール通りに物事が進まなくなっちゃった。
あ、それからコメントのタイトルは偶然だったのですね~。いや、結構並んでいると面白かったので、一人でニマニマしていました(^^)
はい、夕さんとは他でもあちこちでいっぱい語ったので、こちらの記事に書いたことももう今更なところもいっぱいあるのですが、『樋水龍神縁起』を拝読した時にシンパシーを感じた部分が、もしかするとこの『もののけ姫』的ワールドだったのかもしれませんね。多分、好きとか嫌いとか、そういうこと一切越えた部分に大事な核のようなものがあるんだって、それが夕さんとのシンパシーかなって、勝手に満足しています。
でも私は、夕さんくらいにきっぱりと潔く「解決できないものを書く」とまでは言いきれていないのですが(いや、言っているのかも)、それはミステリーという、一応解決が求められるものを書いているなんて色気を出しちゃっているからなのかも。あ、なんちゃってミステリーだからいいのか! そう言えば【雨】なんて、解決とは程遠い。いえ、犯人はちゃんと出てくるので解決しているとも言えるけれど、そこに伴う人間の感情は解決していない、という。結局、事件は解決しても、人の心は解決できませんものね。

『もののけ姫』について。
うん、西洋人の感覚にはない世界かもしれませんね。逆に、一神教の世界の人たちの感覚を我々日本人がどれくらい分かっているかというのも「?」かもしれません。これって文化とかいう以前にDNAに書いてあるのかしらとも思うし(そんなわけ、ないけれど、夕さんもおっしゃる通りそうかも)。
海外でヒットする時に「理解したから」という要素よりも「ムードが素敵!」って要素は大事なのかもしれませんが、「分かっちゃないね~」って思う時には何だか残念なような、一方でちょっと嬉しかったり(それがアイデンティティなのかな)。いや、この理解できないってのは、とても残念な確執を生むこともあるけれど、一方では想像力を掻き立てて知らない世界に遊ぶ楽しさを教えてくれたりもしますね。理解しあえなくても、許容しあえたらいいんだろうな。

でも考えてみたら、西洋文明だって多神教からスタートしているし、ギリシャ神話だってゼウスなど好色なオッチャンだし、そんなのでいいの?って部分を持っていたりして、意外に懐は深いんですよね。そう考えたら、そんな人間のどうしようもない部分もいいよいいよって受け入れちゃう古い信仰を押しのけて、その後世界を席巻したキリスト教というのはすごいパワーを持ってるのですね。それぞれが何か人間の根源に触れる部分を内包しているんだろうなぁ。
あれ? やっぱりぐるぐるだ。このぐるぐるな感じ、好きなんですよね。答えが出なくてもいい。でも、「答えが出ない部分」を楽しみすぎていると、一般受けしないものを書き続けちゃうことに……なるのかも? うぅむ。
『千と千尋の神隠し』はまた、ある世代の日本人には何とも言えない世界感だと思うのですが(そもそも廃墟となったテーマパーク、って部分にものすごい「昭和」を感じる……)、西洋の人たちにとってはまさに「なんてエキゾティックな世界観なんだ、ワオ」だったんでしょうね。

> あ、「みんな始めからやり直しだ。ここをいい村にしよう」がお好きなら、ぜひ「明日の故郷」をご一読ください〜。と宣伝モードにして終わっておこうっと。
はい、またぜひ拝読に参りますね~(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 00:00 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

limeさん、コメ返遅くなってすみません! やっぱりアウェイで仕事をしたり旅を絡めたりすると、体力が持ちませんでした。歳をとったみたいです……(@_@)
そして前回の「うむ。」、偶然だったのですね~。私はもうてっきり、limeさんが遊んでおられるのかと思っていました。偶然だとしたら、ほんと、すごいシンパシーというのか??

なんてことはさておき。
『もののけ姫』が怖いってのは何だかよく分かります。これって最初から結構暗い画面だったじゃないですか。そうそう、画面が暗くて汚いと言われた某兵庫県知事がのたもうた大河ドラマに匹敵する暗さだったと思うのですが、あの感じ、私が時々巨石を見て帰った夜、寝ながら「今この時間、あの場所はどんなふうかな。あの場所だけは太古の昔とつながっているのかも」なんて思う時の感覚とよく似ていて。怖いけれど見たい、というまさにそんな感じだったのかも。あの中には、人間の哀しさ・愚かさ、生物としての残酷さと共に、慈悲の心や希望もあったかなと思うのですが、それは片一方が消えてしまう、というような話じゃなくて。
だから、limeさんの仰る通り、「ああ、見ちゃいけないものを見ちゃったな」なのかもしれませんね。丁度、右側から見た顔が天使で、左側から見た顔が悪魔……ってひとの左側をふと一瞬見ちゃった感じ?

でも、宮崎監督は、教訓だとか考えておられないようですよ。うん、説教くさいの、私も苦手です。えっと、それが理由で、あんなに好きな『戦争と平和』の最後の部分(私がトルストイの説教、と呼んでいる部分)は読んでいませんし、時々、司馬先生の作品にもそんなものを感じて……(わ~ごめんなさい~(@_@))
あれらの作品は、宮崎監督の中に共存する素晴らしいカオスなんですね。カオスすぎて、説教できないのかも(いや、良かった)。

> そう、ミステリーには結末と解決が必須だけど、それ以外の事は結末なんてないんですよね。理由すらないかも。
うんうん。ミステリーにおいても事件は解決するけれど、人の心は解決には程遠いことが多い。それが面白くもあり、悲しくもあり……でもそれがあるから、ミステリーの作品は数限りなく生まれて、「犯人が分かっている」名作は読み続けられるのですね。落語が何べん聴いても面白いのと一緒だなぁ。

> 自然に至っては、どこにも慈悲がなかったり。先の大災害で改めて思いました。
うん、私も大震災があった時に、自然とは無情だという言葉を聞いたのですが、この「無情」は「情が無い・思いやりがない」じゃなくて「そもそも情という感覚とは無縁である」という意味だと聞いて、あぁなるほどな~と思いました。人間はどうしても「情」で割りたいので、自然にも大きな感情・石があると思いたいけれど、世界は「情」では動いていない。
物語を書くものとしては「愛は勝つ」「愛は世界を救う」って言いたいけれど、でも「愛は結構負ける」し、「世界は救うものでも救われるものでもなくて、在るように在る」んですよね。
だからどうだってのでもないけれど、命がこうして途切れることなく繋がって続いていることには、ものすごく大きな力を感じます。うん、それがキラキラかな。

いつかどこかにたどり着く、あるいはどこにも辿りつかない、複雑な道を、人生としても物語としても歩いて行っているのですね。和尚さんならなんていうのかな。道を外れて奈落の底に落ちていると思ったら、いつの間にか奈落への道を「落ちる」のではなく普通に歩いていて、ふと気が付いたら下り坂なじゃくて上り坂だった、みたいな。
和尚さんの言葉は私の言葉でもありますけれど、どこかで聞いた誰かの言葉だったのかもしれません。忘れずに自分の中のどこかに嵌っていた言葉、かな。書いて表現することで、言葉にも命が宿るのかなと思ったりして、ちょっとだけ頑張って書いていたのかもしれません。

> でも、妙な事に、今書いているお話って、本当にただひたすら愚かで馬鹿げていて、救いのないある過疎地のお話で。
> 逃げていたものに呼び戻されているようで、なんだか妙な気分です。
おぉ、そうなんですね。それもまたlimeさんの中から引き出さてきた必然なのかもしれませんね~。それもまた楽しみです! いや、でも、これまでも結構、不気味な人間のサガなどを書かれていたりしましたから……楽しみに待っていますね。
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 05:36 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

けいさん、コメ返が遅くなってすみません! 変則の仕事が入ると何だか調子が狂ってしまいまして(遊びも+)、ようやく通常運転にもどりました。
あはは~、そうですよね。「ハヤオ」……誰やねん!と思いますね~。ファーストネームで呼ぶ文化、なんですよね。なんか、日本人よりもよく知っているみたいな感じ^^; でも確かに「ミヤザキ」だけでも呼ばないなぁ? クロサワはクロサワ、なんだけれど。

> 私も一番好きなのは『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』なんです^^
> 私もメイキングを見てからVHSビデオで見ました(DVDじゃないよ ^^;)
> 見てから・・・いいじゃんこれで、と。
けいさんも「いいじゃん、これで」派でいらっしゃいましたか! うんうん。「いいじゃん」ですよね。メイキングって裏事情が分かって面白いですよね。たまに退屈なものもあるけれど、ジブリの舞台裏はいつもすごいなぁと思います。というのか、宮崎駿という人の頭の中が全てなんだなぁと思ったりして。まさに、けいさんの仰る通り、「一本のビデオの中(作品の中)には、監督の思いの全てを入れきることなどきっとできない、この人は一生かけて思いを作品に残していくんだ、と思いました。」ですね。いや、どう考えてもかなり複雑な頭の中ですよね^^;
で、けいさんと好きな順序が一緒というのは光栄です(*^_^*) 一応、これが一番、と言っていますが、実際にはほかにもかなり好きなものがあったりします。でもこの「一番好き」の中には「気になる」「後に何かが残る」というニュアンスが入っていたりもして、見終わって「あ~、面白かった~」だけではない何かを残してくれたと思っています。
多分、この監督は自分の頭の中にあるものを放出したらそれでいい、というかんじでしょうね。観る人が何を思うかはもう「どうぞご自由に」なんだろうな。何となく、後を見ていないないという感じの作品群ですよね。だから誰が何を一番と思うかなんて、もうどうでもいいんでしょうね~うん、確かに。「総括できない」とか言いつつ、きっとする気もなかったんだろうな。

> 解決したしない、善悪けりがついたつかない、結局のところ、わからない、でも全然良いと思うのです。そういうものや事の存在を認めて、自分の中で納得があるなら、何の問題もないと思うんです。
うんうん。そうですよね。私も池波作品を読んで、あのシンプルな物語の運びの中にギュッと詰め込まれた想い……「いいか悪いか」じゃなくて「両方持っているのが人というもの」という単純な考えにとても惹かれたのでした。いいも悪いもないのです。始めから両方持っている。生きるために食う事だって、その1つかもしれません。いや、色々な作品の中に籠められたメッセージは深くて、そのどれかが琴線に触れた時、「私はこれが好きだな~」って思うんでしょうね。
いや、総括はやっぱり難しいですね。というのか、うちら、素人には出来ないことなんかもしれません。逆に、天才と言われる人もしないんだろうな。かの有名な画家さんたちは、きっと「自分が何を描いているのか」、言い表せないから描くんだろうし。でも、天才の「総括できない」と素人の「総括できない」は、意味が違うかも^^;
ハヤオやクロサワと同じくらいすごい世界は描けないけれど、こちらも地道に創作活動、頑張りたいですね。うん、お互いに(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 06:04 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

サキさん、コメ返が遅くなってすみません!の2回目ですね^^; ほんと、すみません。
えっと、こちらのコメではジブリについて熱く語っていただいてありがとうございました!
日本の映画など作品の中では、あの単純に善ではない神・自然のあり方というものは、他の形でも描かれてきていたと思うのですが、あのようにはっきりと「神」というものを描いちゃった作品は多くはないんだろうなと思いました。だからインパクトがあったのかもしれませんが、サキさんの仰る通り、「とても自然な感じ」がしますよね。
最近、戦争映画を見れない私ですが、やっぱりこちらの作品でも戦いのシーンは心拍数が上がってしまいます。怖いし、馬鹿だな~とも思うし。
「人々や動物たちが木の葉のように吹き飛ばされて死んでいくシーンは、命の重さとあっけなさを感じてしまって圧巻です。」……同感です。あのシーンも、本当に「正視できない」のですけれど、でも逆に、人間って自然相手に必死で戦っている、か弱くて愚かな生き物なんだなという部分に憐れさえ感じながら見てしまいます。結局、その大きな力には逆らえないのですけれど。
地震・津波・火山の噴火。最近の大きな災害、というのかテレビの画面で見る揺れなどは、あぁ、地球の上で生きているってこういうことだなぁしみじみ思う、その感じが『もののけ姫』からも伝わってきたりします。
エンターテイメント、というのなら『ラピュタ』や『紅の豚』のほうが遥かに見やすいのですけれど、何かを「突きつけられる」感覚。「奢るな」と言われている感じがして、何度も確認したくなる、そんな世界だと思いました。モヤモヤ……うん、私「すっきり」よりも好きな感覚かもしれません。割り切れないのが世界であり、人間である、という部分にものすごく魅かれるからかもしれません。

出ましたね、クロサワ。いや、クロサワですね。何だかどうしようもない人間のサガがバンバン出てきますが、あれはもう、誰も越えられない世界だなぁ。
あれ、サキさん、まだまだお若いですよね。それなのにクロサワ、とは、やっぱりサキさんは渋いです。これも先さんの影響なのでしょうか。いや、その先さんも私よりずっとお若いと思うのですけれど……
そう、それに先さんが宮崎駿監督オタクでいらっしゃったのですね。何だか分かるような気がします(なんで?)。私は古い作品をよく知っているわけではないのですが、『コナン』はリアルタイムで記憶があります。当時としてはものすごく面白い作品でした。もちろん、その頃「みやざきはやお」なんて知りようもなかったですけれど。当時は「まつもとれいじ」と「てづかおさむ」がすごい人だと思っていましたから(いや、今でも思っているけれど)。それにしても、私の年代よりもずっとよく宮崎作品をご存知のサキさん・先さんには脱帽です。
古い作品の中には、その後作られた作品の原石が隠れていることがありますね。きっと作品を作りながら、何かが自分の中ではっきりしていくんだろうな。もちろん前方視的には分からなくて、後方視的に見て初めて気が付くことなんですけれど。『カリオストロ』は私も大好きな作品です。確かに、頭をからっぽにして楽しめます。この頭をからっぽにできるところも、映画では大事なポイントですものね。

そして、サキさんはやっぱり上手く表現なさいますね!
そうそう 「自然との共生、というよりも“静かに、でもたくましく生きていこう”」……まさにそんなメッセージかもしれません。映画の最後のシーンはものすごく感動的ではありますが、あの地味な研究室のシーンが私の一番です。そのシーンだけでも1本の映画に匹敵する。特に私たち科学に携わる者の端くれ(端くれなんですけれど)には大きな意味を持つ場面でした。
コメントありがとうございました!!

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 07:05 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

TOM-Fさん、コメ返が遅くなっていてすみません! はい、宇都宮で餃子を食べてふらふらしていたのですが、土日に強行軍の旅だと、また週明けに仕事モードに戻るときのギャップになかなかついて行けません^^;
歳かしら??

TOM-Fさんの『ナウシカ』分析、うんうん、と思いながら拝読しました。私は年齢からも分かるように(って、あれ? ばれてないかな? えっと、きっと『ナウシカ』の映画の公開時に○○歳だというだけでもう……(^_^;))『ナウシカ』を初めて見た時、それはもうかなりの衝撃でした。
私の人生の中で、映像の衝撃が強かったのは、『宇宙戦艦ヤマト』の初めてのテレビアニメ放映(はい、すみません、リアルタイムで見ていました)と『スターウォーズ』の1作目を映画館で観た時の衝撃と(あぁ、またリアルタイム^^;)、そして『ナウシカ』でした。いや、他にもいっぱいあるのですが(『ゴジラ』の1作目とか、タルコフスキーを初めて見た時とか、あれこれ)これらは時代もあったと思うし、映画に関してはテレビよりも迫力が半端なかったし(今のようにテレビ画面は大きくなかったですし、写らなくなったら叩いて直したり……って、それは違うか)。
アニメの公開の後で、漫画の方の連載が再開されて、その先を読んだときに、いやもうどうなのよ、すごい話だわとアニメ以上の衝撃を受けましたが、今でもTOM-Fさんと同じように、どちらもそれぞれの魅力があっていいなぁと思っています。
でもやっぱり、カビの研究室のシーンに勝るものはありません……

『もののけ姫』が怖いのは本当によく分かります。いや、確かに画面が暗い……あの兵庫県知事に「暗い汚い」と言わしめた『平清盛』並みに……? それだけでインパクトがありますよね。爽やかに空を飛ぶようなジブリ映画の世界とは全然違う……せいぜいヤマネコ、じゃなくてヤマイヌかアカシシの背中に乗って走るくらいで爽快感まるでなし。『千と千尋……』でさえ龍の背中に乗って空を翔け、『トトロ』でさえ猫バスで走るのに……^_^;
いや、あれこれ賛否両論、面白いですね。好きな作品はみんな違うし、語ることも多くて、それがジブリの面白さだなぁと思いました。えっと……私、基本的に暗いの、嫌いじゃないんですね、きっと。

そして。TOM-Fさんも実は「なんちゃってミステリー」仲間ですね(って、勝手に決めつける)。『妹背の桜』、あ、ミステリーだったか、そう言われてみればそうかも、と今更思っちゃったけれど、確かに言われてみればそうだわ! そう、この「なんちゃってミステリー」同盟にも「書く書く詐欺」同盟と同じくらい、メンバーがいるかもしれませんね!
鬼平の中に出てくる言葉、いつもさらりと書いてありながら深いんですよね~。説教くさいことは何もないのですが、これもそれも鬼平の人となりの設定がいいんだろうなと思います。元は不良少年ですから……それこそ一歩間違えたら盗賊になっていたかも、くらいの。そんな鬼平だからさらりとした言葉の中に深みがあるんですよね~。いや、もう語り始めたら長くなりますが。
でも、TOM-Fさんの言葉も深いですね。「そういう私も、影にまわってはどんな悪さをしているかわかったもんじゃありません、ですけど。あ、だから私の書くものは、「きれいごと」ばかりなんだ(自爆)」……あはは、そうそう、そうなんですよ。反動でね、きれいごとを書く人もいる……(^_^;)
いや、それもまた人それぞれでいいじゃないですか! ね!
コメントありがとうございました!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 07:44 [edit]


おはようございます

お疲れなのに、沢山のコメに丁寧に返信してっくださってて、何だか感動です。
うんうん、改めてそうだなと思う事がたくさんで。そう、それが言いたかったんですと、自分の言葉の足らなさに歯がゆくなったり。
あ、そしてですね、改めて大海さんの記事を読んでいて、私が今度書こうと思っているお話の根幹のテーマの部分が、もうすでにここに書きあらわされてあって、また感激。
そう、それなんだよなあ~。って。

すみません、すごく漠然としたコメで。
何にしても、いつもいろいろ考えさせて下さる記事に、感謝です。
(あ、でも結局私が書くお話は、ただの娯楽作品なので、深みは無いんですが><)

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/05/26 08:24 [edit]


miss.keyさん、ありがとうございます(^^)

miss.keyさん、コメ返遅くなってすみません!! 週末がプチ仕事と旅行で潰れると、復帰がなかなか大変です(@_@) 
さてさて。人魚姫。ディズニーの『リトル・マーメイド』を見た時、わぁ、ディズニー、やっちまったか! 余程原作のラストが気に入らなかったな、と^^; 日本ならあり得ませんが(『フランダースの犬』のアニメが放映された時、ラストを変えろという投書がものすごくたくさん来たにも関わらず、断固として拒否、原作を貫きましたものね)、これこそ夢の国・ディズニーのすごさだと感心しました。
でも、そうか! 逆なものもありなのね。う~ん、そうなると、人魚姫の方も、上が魚で下がニンゲンならいいのかな? そんな問題じゃない?

ジブリについてはみなさん、いっぱい語りがあって面白いですね~。そうそう、何よりもこれがジブリのすごさかもしれませんね。ある人にとってはこれがいちばんかな、とも思うし、別の人にとってはこっちかな、いや、でもどれもそれぞれいいよね、という部分もあり、で、結果的にはジブリの底知れなさ・懐の深さ、もしくは宮崎駿監督の頭の中のすごいカオスを感じます。
『紅の豚』もいいですよね。あれを見ると私の大好きなイタリア映画『マカロニ』を思い出します。飛行艇は出てきませんが、あのノリがまさにエンターテイメントですものね。みんないい人たちで、爽やかでスピード感もあって、特に男の人はあの空を飛ぶ爽快感がたまらないんだろうな~なんて思ったりもします。
『ナウシカ』は、うん、私も記事中にも書いたように物語としてすごいのは漫画の方だと思うのですが、私がリアルタイムで映画を見た時は、確か3巻ぐらいで漫画は連載途中、しかも映画のために長期休載だったのですよね。だから、まだその凄さは全く分からない段階で。でも、私はあの時代にあのアニメが出たことのすごさを感じて、映画館で素直に感動しちゃいました(犬のホームズで笑い転げた後ですけど^^;)。映画って2時間ですからね、あの中でよくまとめたと思うし、映画としての出来はかなり良かったと思ったのでした。それに、やっぱり素晴らしいシーンがいっぱいあって(しつこいけれど、カビの研究室。科学者の端くれとしてはあのシーンには見習うべきものが多くあります)。
そう言えば同じことを『ハリー・ポッター 炎のゴブレット』でも思いました。原作の方が断然中身も面白いしすごいと思ったけれど、映画は映画でよくできていたなぁ~って。あの長編をよくあの尺にまとめて濃い映像だったと。いや、私、何でも認めすぎでしょうか?
もちろん、宮崎駿監督は映画のナウシカのラストがあれでよかったのかって、すごく悩まれたそうですし、その悩みがあの漫画の続編を描き続けるエネルギーになったのかもしれませんね。でも、あの時代の映画の中では『アキラ』も「なんじゃこれ!」と思ったけれど、『ナウシカ』の方が私の中では上だったかな。ファーストタッチの感動はやっぱり忘れられないのですね。そう、初恋、かもしれません(#^.^#)
『もののけ姫』は今回の記事のテーマですが、うん、記事の中に書いた通り、このもやもやが私は好きなんですよ~。いや、あまり高く評価していない人も多いですね。きっとこのもやもやした感じ、キライな人多いだろうなぁ~と私も思います^^; 私は善悪はっきりしない、解決できない話を嫌いじゃない、というのか、好きなんでしょうね~……いかんいかん。
このお話、神様というものに対する考え方が一神教と同じものだと誤解するとますます混沌としますよね。自然は神じゃないし、日本人が「神」と呼んでいるモノは万能者ではないし、善でも悪でもないし、顔に裏表のあるもの。う~ん、重いテーマですよね。
いや、この話は尽きませんね~。みんな好みが違っていて、違う意見を持っていて、それがジブリの懐の深さでしょうかね~。自分の好みを誰かに押し付けることもないし、それぞれがひそかに楽しむのがいいのです。かく言う私も『ラピュタ』と『豚』が一番好き、と思っていた時期もあります。エンターテイメントとしての物語を求めていた時期かもしれません。でも、やっぱり今は原点に返ったのと、そして、自分の感じる世界(あるいは神、というよりも本居宣長の言う「カミ」。やっぱりあれはGodの誤訳だよね)の在り方に一番近いと思うものに一番シンパシーを覚えています。
いやはや、これだけ語られる宮崎作品は幸せです。
私も、語ってもらえる作品を書きたいわ~(^^)
コメント、いっぱい有難うございました!!

彩洋→miss.keyさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/26 21:10 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

あぁ~、コメントを溜めちゃって、皆様に大変申し訳ないです。そもそも返事がどこにあるのか、探しにくくなっているので、一時的にコメント表示件数を増やしました^^; いつもはこんなことはないのに、どんなにためてたんだって話ですよね。
今回はこうして皆様のコメントを拝読していると、あ、ジブリって愛されているなぁと思いました。
えっと、ジブリのどの作品が好きかって記事ではなかったのですが、なんだかジブリ論議になってしまっていたり^^; 皆さん、ジブリに関しては言いたいことが沢山あるって感じで、でもそれがかなり面白くて、いや、ジブリの底知れ無さ(この単語、今回妙に使っている。気に入っているのですね^^;)を感じました。

あ、記事自体は……私って解決できない生き方とか人間描写ってのが好きだよなぁって、小説や物語でスパっと気持ちいいストーリーよりも、何かモヤモヤが残るもの、けっこう好きかも、そしてそういう中にこの世界の真実があるのかもなぁって話だったのですが^^;
ジブリを引き合いに出すと深みに嵌るなぁと思いつつ、ほんと、コメ返を書きながら、面白かったです。 

うん。人間を書いていると必然、そうなる(解決できない)ものかもしれませんね。いい面だけを繋ぎ合わせたストーリーも悪くないのですが(恋愛小説はそうなりがちかな)……『鬼平』なんて大方がもやっとしたものがあるのですが、鬼平が「人とはそういうものよ」って最後に言ってくれるのですぱっと終わる、という。
あの割り切れなさは、物語として受け入れられるかどうかは分かりませんが、私の中では割り切れなくてなんぼ、というイメージがあります。
夕さんやlimeさんも、そういうのをあちこちにちりばめていらっしゃいますよね。limeさんのお話の中に出てくる「悪い奴ら」「残念なできごと」はこの割り切れなさをかなり強く持っているなぁと思いますし、勧善懲悪じゃ説明できないものをやっぱり追い求めていらっしゃるなぁといつも思うのです。
今度のlimeさんの作品も楽しみです。娯楽の中でこのテーマを追求する、すごいことですよ。池波作品に私が傾倒するのはその部分なのですから。
私もさらりと悪い奴らを書きたいといつも思っているのですが、ついついキャラたちを甘やかしてしまう^^; でも、唐沢とか(これから出てくる)福嶋とか、とんでもないおっさんは結構いますけれど……(@_@)
放置していたところに再びのコメント、ありがとうございました!!
あ、早く次の記事をアップしろよってことですよね(^_^)/~(チガウ?)
いや、頑張ります!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/05/27 04:10 [edit]

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