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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】26.宇都宮・大谷寺~日本最古の石仏~ 

大谷資料館入り口前
大谷資料館に入っていく道を、「大谷景観公園」から振り返るとこんな感じです。
そう、地下の採掘場の上部はこんなふうに岩また岩、の世界なのです。どうしてこの部分の地質がこうなったのか、兵庫の高砂でもそう思いますが、特異な性質の岩が立ち並ぶ景色は圧巻です。
大谷景観公園全景
大谷景観公園。公園と言っても何もありません。少し車を停めるスペースがあって、こうしてただ岩が並んでいます。
大谷景観公園
地上にある大谷石の岩肌はこんな感じで、彫刻するのも比較的たやすい、柔らかい石のようです。
さて、大谷資料館からわずかに車で数分、景観公園からは1分程度。もちろん、歩いてもすぐの場所にあるのが坂東19番札所・大谷観音です。
大谷寺7
この小さな門をくぐったら、その先には素晴らしい祈りの場所がありました。
大谷寺1
少し長くなりますがが、大谷寺で頂いたパンフレットに書かれた縁起を記載しました。
「その昔、この辺り一帯は大小の岩がまるで屏風のようになっていて、その中は広く平らに広がり、大谷と呼ばれていました。岩下からは水が湧き出して川となり、自然が作った城のようでした。この中には毒蛇が住んでいて、時々毒水を流し出し、鳥獣虫魚がこれに触れると、たちまち死んでしまったため、ここを地獄谷と呼んでいました。
人間がこの水に触れると病気になり、最悪の場合は死に至り、五穀は枯れ、草木もしぼみ、人々は苦しみ、この地を捨てようとしていました。
時に大同、弘仁(810年~)のころ、弘法大師が東国巡錫の折、この話を聞き、里人の憂いを除こうと毒蛇の谷に入っていきました。人々はこれを聞いて喜びました。十余日の後、谷から大師が出てきて、毒蛇を退治したと告げて立ち去っていきました。
人々が谷の奥に入り中の様子を見ると、高い岩山に千手観音が光り輝き、その脇立ちには不動明王と毘沙門天が彫ってありました。
この三尊の光明は山谷を一面金色に変えました。人々は弘法大師の不思議な力に感謝し、大師の修行を貴み、観世音に帰依して仏教を信仰するものが増えました。これが大谷寺の始まりです。
今、池の中央に弁財天が祭られています。かの毒蛇が心を入れ替えて白蛇となり、お仕えしています。」
大谷寺3
どこへ行っても弘法大師、ですが、その信憑性はともかくとして、この岩を見たら祈りたくなります。大迫力の岩、巨石、いや、地球の一部、です。思えば、ぜんぜん規模は違うけれど、グランドキャニオンやウルルだって、地球の一部の姿なんですよね。岩というよりも地球。
でも、この感じ、どこかで見たような?→【石紀行】18.山形千手院・垂水遺跡~この奇岩のパワー~
大谷寺5
お堂の右にはこのように小さな石仏が並んでいます。
大谷寺2
このお堂の上(というより背部)の岩、もちろん大谷石ですが、ここに千手観音が彫られているのです。
右わきからお堂の中に入っていくと、一瞬、息をのみます。
もちろん、今は、縁起に書かれたような黄金の観音さまではありません。金箔は今ではすっかり剥がれ落ち、また火災に遭ってしまっために表には一部すすけた部分もあります。巨大なお姿ではありませんが、それでも、ものすごい迫力です。
大谷寺絵葉書2
中は撮影禁止なので、購入した絵葉書をお目にかけています。
先ほどの写真の、お堂の背後の岩に直接彫られており、その前を覆うようにお堂があるのです。
よく見ると、葵の御紋が目に入らぬか~って感じですよね。江戸時代の初期、徳川家康の長女・亀姫が、時の大谷寺の住職・伝海僧正による中興を援助して、今の大谷寺の基礎を作ったのですが、伝海僧正は徳川家の菩提所・上野の寛永寺の開山であるため、大谷寺は寛永寺に属することになり、徳川家の保護のもとに繁栄したそうです。日光東照宮を訪れる際の中継地点ともなっていたようです。
大谷寺絵葉書5
こちら絵葉書なのですが、上空から見たお堂の左側にはまだ何やら建物が続いていますね。
こちらも背部の岩に十躰の石仏が彫られているのです。
またまた絵葉書からお借りしましょう。
大谷寺絵葉書4
西の大分は臼杵の磨崖仏と並んで大変貴重なものとして特別史跡・重要文化財(国指定)となっています。
大谷寺絵葉書3
実はこの石仏の下、洞穴のようになっているのですが、ここには古くから人が住んでいたようで、地層の最下層からは約1万年前の土器、さらに縄文最古という屈葬された人骨が見つかっています。小さな資料館があって、その人骨を展示してあります。
大谷寺6
あ。白蛇!
そう、こちらが縁起にも記された弁天池です。この白蛇の頭を撫でるとよいらしく、この橋を渡って、弁天さんにお参りです。
(分かりにくいので解説。この弁天さんのお社には小さな橋を渡って行きます。池の中州になっていて、上の白蛇さんは中州にいます。実はこの赤い祠の右横、橋の欄干の上あたりの白いひも状のものが、上の写真の白蛇さんなのです)
大谷寺弁天
この先には御止山という(江戸時代には松茸狩りをする宮様御用山で一般の立ち入りが禁止されていた)大谷石奇岩群を赤松の景色が楽しめるそうです。しかし、まだこの先足利市まで行かなければならなかったので、登山は断念。
大谷寺のすぐ横にはこんなものもありました。
平和観音
御丈88尺(26.7m)の平和観音です。第二次世界大戦の戦死者を敵味方なく悼み、世界平和を願うべく彫刻されたものです。横まで登ることができるのですが、はい、まだこの先長いので、下から祈らせていただきました。こちらも大迫力です。
すぐ近くですので、大谷資料館だけで帰ってしまわずに、大谷景観公園を通って、ぜひこちら、大谷寺と平和観音にもお立ち寄りください。というよりも、この大谷町の中だけでこれだけ濃厚な見どころあり! ですから、1日かけてゆっくり大谷石巡りをしてみるのもいいですよね(いや、私はまだこの先、足利市に……)。
大谷石のトトロ
あ、トトロも待っているようです(*^_^*)
大谷寺チケット
骨も、待ってるそうです(*^_^*)
最後に。漢字だけになると忘れそうだけれど、「おおたに」じゃなくて「おおや」ですので、お間違えのないように。

次回は、栃木県足利市の厳島神社・名草巨石群へご案内いたします。
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


おお〜

こんばんは。

あ、前の記事では、アヤメと菖蒲と杜若の違い、教えてくださってありがとうございました。つまり、家の近くにあるのはみんなアヤメなんですね〜。カラッカラのところに咲いていますし。

さて、今回のこのお寺、すごいですね。
ちょっと怖い。いや、落ちてこないでしょうけれど、でも、ちょっと怖い。

なるほど栃木か……。失礼なことに何があるところなのかも今ひとつわかっていなかったのですが、本当にこの大谷町の中だけでも盛りだくさんなのですね。

この白蛇様は、撫でるといいと言われても、どこから? 手を伸ばしても届きそうもない感じがしますが。

彩洋さんは、この後さらに足利市にまで足を伸ばされたのですか?
相変わらずすごいパワーだなあ。
では、続きを楽しみに待たせていただきますね。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/06/11 04:47 [edit]


トトロもまってた

そうか、ついついおおたにって読んでしまいますね。
それにしてもこの上空からの写真はすごいですね。
まるであとから岩がぐにゃ~んと覆いかぶさったようで。
ここにも、弘法大師の有難い言い伝えが・・・。
それほど尊いお方だったのですね、当時の人々には。

岩に彫られた見事な観音さまや石仏。見事ですね~。
白蛇様は、最近作られたような白さですが、なんかこちらはかわいい^^

弁天様だ。
七福神の神様は仏教と神道がすごくいい感じ(笑)で集まったものだったのですね。どっちなんだろうって、よく迷ったもんなんですが。
弁天様はヒンドゥー教の女神さまでしたね。
何を祀っているかによって、その土地のその時代の人たちが、なんとなく見えてくるのかもしれませんね。
って、話がずれてしまった><

いままで興味の無かったものにもこうやって目を向けるようになれて、大海さんの記事に感謝^^
また、続きを楽しませていただきますね。

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/06/12 07:16 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

あ、いえいえ、こちらこそ、間違いに気が付くことができました(^^) ありがとうございます。ショウブは花ってもガマみたいなやつだよ~って親と話していたことがあったのに、間違っちゃった^^;
夕さんちの近くにあるのはアヤメなんですね。うちにも寒アヤメ(冬に咲くアヤメ)があります。名前通りすご~く寒い時に咲きます(^^)
でも、どれもアヤメ科アヤメ属。もう何でもいいやって感じがしますよね。あ、ホンモノのショウブはサトイモ科だっけ……植物って、博物館などに行くといっぱい標本が置いてあるのを見るのが結構好きです(*^_^*)

この大谷寺ですが、実は下調べの段階では全くのノーマークだったのです。が、大谷資料館に地図があって、お寺があるね、と何気なく行ってみたら! すばらしい石仏でした。それに、この覆いかぶさるような岩がすごいですよね。このお寺が建てられている部分はもともと洞窟になっていて、縄文時代の骨や土器が見つかっているのです。
やっぱり人間は「何かありそう」な場所に古くから住んでいて、その跡に宗教的な意味合いも付属して、特別な場所になっていっているのかもしれませんね。この岩の洞窟、いかにもそれらしい場所ですもの。

いや、私も本当に失礼なことに、私の頭の中の日本地図は巨石マップで出来上がっているので、栃木と言えば名草巨石群(*^_^*) で、他に何があったっけ?と確認した不届きものです。でも関東の人からしたら、びわ湖って京都府だっけ?な感じなのかも?
そう、栃木県と言えば何を置いてもまず日光ですよね。そして那須。超有名観光地の名前は、それ自体固有名詞としてインプットされているので、何県か分かってないこともあったりしますよね……(@_@)

こちらの白蛇さん。私も最初、どうやって近づくんだ? と思ったのですが、ちゃんと橋があって、弁天様のところまで行くことができます。その中之島?に行くと、ちゃんと背後から近づくことができます。もう1匹、とぐろを巻いた子もいました。
さて、実は今回の旅、やたらめったら弁天様に御縁のある旅で、この先もまだ弁天様が登場します。
足利市の名草弁財天、そこに名草巨石群があるのです。
次回は名草巨石群をご案内したいと思います(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/06/13 01:06 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

はい。トトロも待ってました(*^_^*) これは資料館の入り口脇にある大谷石加工物売り場?の入り口に置かれていたトトロです。その他、謎のオブジェが公園内にもあったりしますが、要するに加工しやすい石ってことみたいです。トトロ、ちょっとスマートですけれど(^^)
この上空からの大谷寺の写真は、全体像がよく分かりますよね。確かに後からぐにゃ~んと覆いかぶさったようにも見えますよね。うん、なんか想像力を掻き立てる岩場です。ここが縄文時代の人骨や土器が出土した洞窟。その洞窟に石仏が彫られているのです。人が祈りをささげていた気配が残っていたのでしょうか。祈る対象が変わっても、こうして特別な場所は受け継がれていくのかもしれませんね。
弘法大師、神出鬼没すぎてあり得ない、と思うけれど、そうかも、とも思う、有難いお方です。それなのに、私ったら【清明の雪】でひょろん、と登場していただいちゃった……あれ? えっと、あれはただの大学院生かも? 裏設定的には志明院で竹流と真が出会った修行僧(もしくは大学で水を研究している学生)は空海の生まれ変わり、というイメージで書いていたのです。
神出鬼没だから……何でもありということで^^;
こちらの石仏は、大分の臼杵の磨崖仏よりも洗練されたイメージがありますが、西と東の違いなのかしら。
一体、平安時代のこの地域って、まさに真っ暗な山の中? いや、近くに百穴という古墳(墳丘墓?)もあるので、この辺りも古代から人間が住んでいた場所なのですね。

白蛇、池の方を見たら「!」って感じにいらっしゃいまして。この場所は別の方向から橋で渡って行けるのですが、もうひとつとぐろを巻いた白蛇さんもおられました。あ、これは全然最近作られたものだと思います。
七福神は、仏教なのか神道なのか、いやもっと土着の信仰なのか、え~いい、何でも一緒にして御利益を頂戴しちゃおう!というものすご~く日本的な神様集団ですよね。この雑多な感じ、結構好きかも(*^_^*)
実は栃木県内だけでもいくつもの七福神があるようで、御利益好きの日本人にはとても魅力的なものなのですね~。今回の旅、実は弁天尽くし。名草巨石群のある厳島神社も名草弁財天と呼ばれていて足利七福神巡りの一部。そのあともう1か所、佐野七福神めぐりの弁天様を祀る出流原弁財天にも行ってきましたので、ご紹介する予定です。お楽しみに!

> いままで興味の無かったものにもこうやって目を向けるようになれて、大海さんの記事に感謝^^
うぅ。そんなふうに言っていただくと、とっても嬉しいです(*^_^*) でも、あまりにもマイナーな趣味なので、小説を読んでくださる方に押し付けるのは申し訳ないのに……そう言って読んでくださると、またやる気が出てきます(ん?と、巨石紀行……いや、お話も書かなくちゃ!)。
いや、こちらこそ、limeさんにはいっぱい色んなことを教えていただいたり、刺激を頂いています。ほんと、ありがとうございます(*^_^*)
コメント&励ましのお言葉、ありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/06/13 01:40 [edit]


子供の頃

此処のお土産の巾着使ってました。大家観音がでーんと正面に鎮座している巾着でした。千円以上入れてあげた事が無かったけど、そういえば捨てた記憶は無いが、どうしちゃったかなぁ。

miss.key #eRuZ.D2c | URL | 2015/06/14 14:34 [edit]


miss.keyさん、ありがとうございます(^^)

おぉ、そんな巾着があったのですね。というのか、そんな巾着が売っていたのですね。えっと、miss.keyさんの子ども時代が何年前だったのかは野暮なのでお聞きしませんが、最近じゃないですよね……^^;
どこか引出とか押入れの箱とか、思わぬところを開けた時に出てくるのか……それともどこかにひっそりと仕舞われたまま、静かに時を過ごしていくのか……巾着の人生、なのですね~
ずっと以前からこうして鎮座されているというのは、やっぱりすごいことだなぁと思いました。
コメントありがとうございました!!

彩洋→miss.keyさん #nLQskDKw | URL | 2015/06/14 17:38 [edit]


お久しぶりです!

お久しぶりです、蒼海です。
いつも訪問してくださりありがとうございます。足跡を見ては来てくださってることに歓喜しつつ、更新できないことに申し訳なさを感じながらこの数か月過ごしてました…。
私的都合がピークなこともあり、もうしばらくは鈍足になりそうです。

石紀行、とても素敵ですね!
写真とともにわかりやすくて、こういった場所が好きなわたしには実際観光したような気分になりました。
こういったところをみると幼いころは近所の気に入った石をいつのまにか拾ってくる子だったのを思い出します(笑)
そういえば、大野さんがまた個展を開くそうですね!芸術好きとしては純粋に行きたいなあと思いつつ争奪戦が目に見えていてとりあえず本だけ予約しようとしてる蒼海です。
いつもありがとうございます!今後もお願いします。

蒼海 聖奈 #NjDYclhA | URL | 2015/06/14 21:07 [edit]


聖奈さん、ありがとうございます(^^)

わぁ、聖奈さん、お元気でしたか? ただお忙しいのか、体調など崩しておられないかしらと心配しておりました。色々とお忙しいようですが、お身体にはお気を付け下さいね!
さて、そうなんですよ。訪問しながら、コメントを残さずにすみません。記事も拝読して何か書こうかなぁと思いつつ、つい寝落ちなどしている間に時間が経ってしまって……新たな更新があったらコメしようと思ってうろうろしておりました。五月蠅くてごめんなさい!
ゆっくり、聖奈さんのペースでまた更新してくださいね。時々覗きに行って確認させていただきますので!

『石紀行』記事、読んでくださってありがとうございます(^^)
ちょびっとライフワーク的にじりじりと書き進めています。まだまだ日本中の有名どころの石を制覇していないのですけれど、少しずつ行って、皆様にご紹介したいと思っております。日本再発見の旅!ですね。
でも、なかなか行きつけない場所にあったりしますので(いや、どうせ観光するなら、もっと有名どころに行きたいですよね~)、こうして一緒に旅をしているような感じで記事を書けたらなぁ、なんて思っています。実際に観光したような気分になったと言っていただけたら、一番うれしいです。
子どもの頃、石を拾ってくるのって、私もやっていました(*^_^*) そうそう、綺麗な石とか、あったんですよね。今見たらきっと普通の石なんだけれど……(^^) でも、子どもにはそれが宝物なんですよね。

あ、そうそう、そうなんですよね! 私も取りあえず本を予約しました。
きっと個展に行くにはあれこれ整理券ゲットとかあれこれとか、難しいんですよね。それはもうある意味仕方がないですから、うん、本を楽しみに待つことにします。
こちらこそ、コメントとても嬉しかったです。今後ともよろしくお願いします(*^_^*)

彩洋→聖奈さん #nLQskDKw | URL | 2015/06/14 23:31 [edit]

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