09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】27.栃木足利・名草巨石群~神の胎動を感じる巨石~(1)本殿巨石群 

宇都宮市から高速に乗って車で約1時間余り。足利市と言えば、歴史で日本最古の学校「足利学校」を習ったおぼろげな記憶があるのみですが(しかも今回は素通り^^;)、日本地図=巨石マップになっている私の頭の中では「名草巨石群」がメインで記載されていたわけで……
さて、この名草巨石群は国指定の天然記念物なのですが、その場所に「名草弁天」と書いてあったり「厳島神社」と書いてあったり、一体その本当のところは何なの?と思いながらたどり着きます。
厳島神社
実は巨石の多くはナビに「○○巨石群」と登録されていることはないので、近くの目印になりそうなものを目指すことになるのです。で、時にはそこからが結構大変だったりするのですが、今回は名草キャンプ場が近くにあり、ここを目指してやってきました。イワナ釣りなどをしている人たちも多くいて、川沿いの駐車場には比較的多くの車が停まっていました。
その駐車場のすぐ山手に赤い鳥居があります。鳥居には「厳島神社」とあります。
厳島神社参道
比較的整備された道ですが、見た目よりもかなり急な坂道です。
厳島神社参道2
しかも坂道が終わったと思ったら、今度は階段です。巨石には簡単には巡り合えないようです。
厳島神社鳥居
階段の先に、もうひとつ、鳥居が見えてきました。ようやくたどり着いたようです。
足利市観光協会によると……名草弁天=名草厳島神社は足利七福神めぐり社寺の一つで弁財天<福徳財宝・家内和合>の神社、と書かれています。そして、「国指定天然記念物、名草巨石群鎮座している」と。
そうなんです。始めに巨石ありき、だったのですね。
『弘仁年間弘法大師空海によって勧請されたと伝えられ、江戸時代中期には別当である金蔵院によって巨石の上に石宮、 後に弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祀られる)が造立されました。江戸時代の祭典の際には、弁財天を運び祭礼を行っていたましたが、明治維新の神仏分離により、 厳島神社となり平成元年新たに弁財天を造立しました。』
厳島神社鳥居2
鳥居のところからは、石の上に建てられた社と、ちらりと巨石の姿が見えています。
厳島神社境内1
鳥居を潜ると、まず左手に「弁慶の割石」があります。ぱっか~んと割れた巨石につきものの「弁慶が断ち割った石」という伝説付きです。単に節理に沿って割れただけなのですけれど、理屈が分かっていても、この割れの見事さに「弁慶が……」と言いたくなるのも分かります。
弁慶の割石
この石も写真に撮ると分からないのですけれど、かなり大きな石で、これだけでも巨石巡りの対象になってもいいくらいです。しかし、この先の巨石を見ると、すっかり小さく感じてしまうのです。
右手の階段を登って行きましょう。
本殿巨石群2
ここに立った瞬間、大きなものに包み込まれるような圧倒的なパワーが感じられます。しかも、そのパワーは妙に明るいパワーなのです。
実は私、最近捻挫を繰り返している右足が坂道では痛くなって(右足の片足スクワットができないのです)、山道などでは右足を庇っているうちに左足までもちょっと痛みを感じることがあるのですけれど、その痛みがす~っと消えていくような感じがしました。いえ、理屈では多分、多少違えていたスジ(腱)が何かの拍子に戻っただけだと思うのですが、何となくすっと身体が楽になったような不思議な感じがしました。
珍しいですよね。そう、巨石ファンの私ですが、「巨石から直接パワーをもらって御利益がありました」~なんてことを書いたことは一度もありません。それなのに、ここでは、そういう陽の力の生まれ出る何かが地下に埋まっていて、あたりを不思議な明るさで包み込んでいるように感じたのです。
(ちなみに、私にとって一番気持ちいい巨石は、今のところ尾道の岩屋巨石なんです。実は最初のころにご紹介しているのですが、もう一度行って、詳しいレポートをお送りしたいと思っているところです)
本殿巨石群1
弁天様が琵琶を奏でておられる像がありますね。この巨石、そんなに大きく見えないかもしれませんが、下に立つと本当に見上げるほどなのです。いつものように「大きさ比べの煙草役」の母に立ってもらいましょう。
本殿巨石群3
この一番大きな巨石の奥にある石たちも、其々がかなりの大きさのものです。
本殿巨石群4
特に、この赤く塗られた小さな橋の奥にある石、ちょっと卵の形みたいですが、水が流れ落ちていて、模様のようになっています。
本殿巨石群5
これらの巨石は花崗岩なのですが、そもそも非常に大きな塊であったものが、節理に沿って風化し、水に洗われていくつかの大きな石の累積になって残ったもの、と説明されています。いずれの石にも独特の顔があるようです。
本殿巨石群6
下から見上げると、この橋もちょっと怖いのですけれど(はい、高所恐怖症ですから……)、とりあえず上に登ってまいりましょう。
本殿巨石群8
橋を渡ったところから振り返った社ですが、後から思うと、これは拝殿に相当するものなのかもしれませんね。一応説明ではこちらの巨石の集合が「本殿巨石群」と書かれていましたが、この先、山の上にまだ奥宮があります。まだ秘められた場所、すなわち本宮があるわけです。
本殿巨石群9
今は土が載っていますが、このお社、まさに巨石の上に建てられているようです。
渡って行くと、その先に注連縄のかかった磐座のような巨石があります。この巨石、さきほど母が「大きさ比べ」をした写真の巨大な石の上に乗っている小さいほうの石なのです。
本殿巨石群10
このおにぎりのような石、人の背丈の倍ほどあります。いずれにしても、これまで写真で見たイメージよりもはるかに大きな石たちなのです。
さて、名草弁天の説明書きを読んでみましょう。
『名草弁天は、810年~824年、空海上人が水源農耕の守護として弁財天を祀ったのが始まりと伝えられている。
白い大蛇の道案内により、清水の流れる大きな石の前に出た大師は、岩の前に祠を建てられたという。
1693年、全蔵院住職が、領地検分の家来に弁財天宮の再建を願い出て、下附金三両でお舟石に石宮を建立したのが本宮である。明治の神仏分離令により、厳島神社となった。』
そうです。「お舟石に石宮と建立したのが本宮である」と書かれています。やはりここは拝殿なのです。
この注連縄のかかった巨石の傍に道標が立っていました。この先、『名草巨石群』と。
奥の宮への道
実は、名草巨石群はもう一か所、この上に『奥宮巨石群』という場所があって、そちらが本宮(元の宮)ということのようです。先ほどの弁慶の割石の手前にあった鳥居の少し手前にも奥宮に登る道があり、こちらのお社の脇にも細い道がありました。駐車場まで引き返して赤い鳥居の前の車道を登って行っても着くようです。
引き返すのは何だか残念なので、このままこの巨石の導くままにここから登っていくことにしましょう。実際にはここ『本殿巨石群』からわずか10分ほど、しかも比較的緩やかな道を登っていくだけなので、ここまで赤い鳥居から登った勾配を思えば、何てことはありません。もちろん、登り始めはいつも思うんです。
「この先、どうなってるんだろう?(また、道なき道?)」

ところで、何か忘れていますよね。そう、上の方の巨石の写真に、看板があって『胎内くぐり』って書いてありますよね。実は、先にこの奥に登っていってしまったので、胎内くぐりをしたのは戻ってきてからだったのですが、本殿巨石群の記事の中に収めておきたいと思います。
胎内くぐり入口
最も巨大な石の下はこのようになっていて、結構広い洞窟への入り口のように見えます。
胎内くぐり1
しかし、一歩中に入ると、急に狭くなっています。
胎内くぐり3
一番最後は、屈んで通らなければなりません(背中のリュックがひっかかる感じ)。上の写真の右側は潜り終えたところの出口を反対側から見たところです。
『胎内くぐり』をコトバンクから拾ってみると。
「各地の山岳や霊地の行場で、狭い洞窟や割れ目を通り抜ける場所に付けられた名称。修験者や行者、ないしはそれに率いられた信者たちは、山岳や霊地を他界または胎内とみて、その中を巡歴して修行し、いったん死んで生まれ変わる擬死再生の行を行ったが、胎内くぐりによってその観念を象徴的に実践して確認した。これによっていっさいの罪穢を捨て、肉体と魂を浄化し、新たに生まれ変わるという考え方を行動で示したのである。この考えの背景には、洞窟が一方では他界への入口とみなされ、他方では霊魂のこもる活力を復活する場として、神聖視されたことが関連している。」
生まれ変わる最後の部分が産道と同じで、一番苦しいところなんですね。

さて、それでは次回、いよいよ本宮をご紹介いたします。
神の胎動を感じる、とタイトルにつけたのは、この奥宮のイメージからなのです。
関連記事
スポンサーサイト

Category: 石の紀行文(写真つき)

tb 0 : cm 2   

コメント


質問です

こんど、行ってみようと思っています。
本殿から奥宮へは10分ほどと、書かれておりましたが道中大変では有りませんか?
車でも行かれる様ですが奥へ行く道路は幅員が狭いのでどうしようかと思っていました。

記事を拝見していて、パワースポット的な雰囲気の場所と言う事が良く伝わってきました。
是非、行ってみるつもりです。

相澤 #- | URL | 2016/09/04 14:19 [edit]


相澤さん、ありがとうございます(^^)

相澤さん、こんにちは! 『石紀行』読んでいただいてありがとうございます!!
早速ご質問の本殿から奥宮の距離ですが、行ってみたらたいしたことはありませんでした。
実は私も、現地に行くまで、相澤さんと同じように奥宮に行くのに、いったん引き返して車で行くべきかどうかちょっと迷っていました。でも実際に行ってみたら、山の雰囲気も良かったですし、歩こうかなということになったのです。うちの70代の母は、山の様子を見て、これなら歩けるとか無理そうとか、すぐに言い当てるのですが、このときも「きっとそんなに遠くない」というので……
本殿の鉄の橋を渡ったおにぎりみたいな石の奥に奥宮への道があって、最初は少し登りにくいように見えたのですが、一瞬だけで、後は比較的緩やかな登りでした。むしろ駐車場(鳥居)から本殿までの方が長いし登りもきつめの道でした! 
本殿から奥宮までは、お社の右手からも行けるようでした。逆に奥宮から本殿を振り返ると左手に砂利敷きになった比較的広い道があって、ここを降りていくと、本殿のお社の鳥居の手前に出るようでした(実は私、その道を降りてきたのですが、途中で、お社の方に戻りたくなって、いささか道無き道を進んでしまいまして)。
何はともあれ、意外に近かったのと、道も歩きにくくなかったので、歩いて正解だったかなと思いました。

素敵な明るい雰囲気があって、是非とも訪れていただきたい石神様です。ぜひ訪れてみてください。
コメントありがとうございました!!

彩洋→相澤さん #nLQskDKw | URL | 2016/09/06 23:48 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/607-7f8e0faf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)