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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨129] 第26章 戻り橋(2)そして京都 

【海に落ちる雨】第4節・第26章『戻り橋』の2話目です。
この章は戻り橋という名前の通り、竹流が帰ってくるはずなのですが、彼の状態は前話によると、風前の灯のような感じです。果たして真は間に合うのか……そしてキーパーソンとなるあの人は今?

新潟の蓮生家、そして弥彦の江田島のところに行き、竹流の手掛かりにもう一歩で手が届くところまで来ていた真。江田島が竹流を「誰かに売った」ことを知り混乱しています。
「あなたは竹流を誰かに売ったんだ。違いますか? 契約の手形は、あなたが世間に晒されては困る事実を伏せておくことだった」

新潟駅まで迎えに来てくれた北条仁からもたらされた情報と、真が突き止めてきた幾つかの情報を突き合わせてみれば、大和竹流が今、とんでもない連中の手にあることだけは分かったのです。
「やっぱりな。なぁ、真、どうやらこいつは随分ケチな話のようだぜ。ビッグ・ジョーにちょっとばかり脅しをかけたら、白状しやがった。お前をさらった時に、お前が犯されているところを撮影していたんだとな。ただ楽しむためか、あるいは後で憎っくき大和竹流に見せて、苦渋に歪む顔でも見たかったのか。それを高い値で買い取った奴がいる」
 真は仁の顔をぼんやりと見ていた。屈辱とか羞恥とか、そういう類のものは流れ出したまま、今、真の身体の内側にはなかった。
「寺崎孝雄」
 真はその名前を呟いた。自然に、忌まわしいという感情が声に擦れて絡んだ。
「そうだ。お前に、いかがわしいビデオを作っている連中のことを教えてくれと言われたろう。その業界じゃ最悪の部類のものを作っているのはあの男だと、誰もが口を揃えて言った。子どもを犯したり、生意気で活きのいい綺麗な顔をした女や男を、言うことをきくようになるまで犯りまくる、それも途中で死んだって構わないときてる。カメラは死ぬまで回ってるんだそうだ。それを見ながら新しい獲物をいたぶるようなパーティをする」
 真は仁の顔を睨み付けた。唇が震えて痺れていた。
「しっかりしろよ。大和竹流は、いや、ジョルジョ・ヴォルテラは彼らにとってまたとない獲物だ。あの雑誌の写真を見れば、綺麗な有名人好きの連中は、身代を持ち崩すくらいの金を積んででも、嬉々としてあいつを嬲るだろうよ。考えてみろ、あの高貴で綺麗な顔が苦痛で歪むのを見ながら、身体にありとあらゆる痛みを刻んで、許してくれと泣き叫ぶ姿を見ては、もっともっと痛めつけてやるんだ。お前にはあいつが切り刻まれて犯されてる姿なんぞ想像もできないだろうがな、本物のサディストにとっちゃ、たまらんだろうよ」

[雨127] 第25章 佐渡に横たふ(4)佐渡の天の川より)

【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物



 突然息苦しくなって、真は跳ね起きた。
「大丈夫か」
 仁の声が左隣から投げ出された。真は目を見開き、サイドミラーに写る自分自身に驚いた。目が血走って麻薬患者のように飢えていた。
「すぐ高円寺だ」

 真はもう一度シートに身体を預けた。身体とは裏腹に脳はアドレナリンをぶちまけていた。悪い夢だ、と何度も口の中で呟いた。腹の奥から込み上げてくる嘔気を呑み込んだが、自然と呼吸が荒くなった。身体中から汗が搾り出されている。信号で停車した時、仁の手が心配そうに唇に触れたが、煩わしくて頭を振った。触れられること自体が異常に不快で気持ち悪かった。
 北条の若い衆の動きは機敏だった。真と仁が高円寺の屋敷に着いたときには、美和は屋敷の大広間で東吾を相手に詰め将棋をしていた。真は、隣で仁が美和の名前を低く呟いたのを、身体の振動のように感じた。

「仁、このお嬢さんは強いなぁ。簡単には勝てん」
 東吾は呟いて席を立った。仁と美和を二人だけにしてやりたいと、真も東吾の後をついていきかけたが、仁に先を越された。仁は美和と視線を合わさないまま、さっさと踵を返して東吾を追いかけ、厳しい顔で何か話しかけていた。
 結局取り残されたのは真と美和だった。仕方なく、対戦するのでもなく将棋版を間に挟んで向かい合って座った。
「よかった、君が無事で」
 美和は少しむくれたような顔をした。

「大学にいきなりでかいベンツを横付けにされて、教室にヤクザみたいな、ってヤクザだけど、男が飛び込んできて、姐さん、ご無事でしたか、よ。言い訳するのに丸々一時間、どうなることかと思った」
 真は屈託のない美和の顔を見つめた。そして無事でいてくれて本当によかったと思った。恋人であるかどうかは関係なく、この子が愛おしく大事なものだと自然に思えた。

「しばらくここを出ちゃいけないってどういうこと?」
「寺崎孝雄が捕まるまでだ。君もターゲットに入れられている」
「私?」美和がきょとんとした顔で首を傾げた。「意味わかんない」
「ひとつだけはっきりしたことがある。奴らはケダモノだ。正統な理屈もなく、したいようにする。君はとにかくここにいるんだ」

 美和は真を見つめていて、その瞳が周囲の明かりを跳ね返して揺れていた。そこには強い光が宿っていた。彼女は明らかに、狙われているという自分自身の身よりも、真を心配しているのだ。
「先生、顔色真っ青だよ。大丈夫?」
 真はとにかく頷いた。この北条の屋敷ほど、美和にとって安全な場所はないだろう。そう考えて、真はようやく息をついた。それと同時に、美和に何かを説明し、彼女の心を確かめなければならないような気がした。

 美和ちゃん、俺はやっぱり蠍の星に支配されていて、君の言うとおり死と性の地獄を歩いている、君に好いことをもたらしてやれるような男ではないんだ。
 言葉は頭の中ではスムーズに紡ぎだされたが、唇の境界を越えてくることはなかった。真が言葉を失ったまま顔を上げて美和を見たとき、彼女のほうも何か言いかけて、一瞬、口をつぐんだ。

 その時、廊下側の障子が開いて若い衆の一人が顔を出し、仁が呼んでいると告げた。真は『その時』が今でないことに感謝するような気持ちで立ち上がった。真が新潟駅の駐車場に残してきた車は、組の者が取りに行っていると教えられ、真は若い衆に礼を言った。
 真が東吾と仁のところに行くと、そこには葛城昇が立っていた。

 真は思わず昇から視線を外して、それを誤魔化すために会釈をした。昇の唇が、男のものとも思えないほどに妖しく湿って見える。東吾が革張りのソファにどっしりと座ったまま、真と昇に座るよう促した。
「テスタロッサの走行距離とドライビングレコードの記録が一部噛み合わなかった。記録を追ってみたら、テスタロッサは明らかに一度、甲府よりも遥か西に移動していることが分かった。車は走っていないけれど、移動しているということだ」

 真が座るなり、昇が極めて仕事モードの口調で言った。真は顔を上げて隣の昇を見つめ、そして何かに惹かれるように、その首筋に目を移した。鎖骨の上に赤い痣がまだ残っている。真は息を呑み込んで、一度呼吸を整えなければならなかった。
「津々浦々ってわけにはいかないが、あちこちに仲間がいるんで、テスタロッサが近くに来たらレーダーが反応するようになってるんだ。もちろん、竹流が居場所を知られたくない時には感知されないようにはできるんだが、あいつ、その辺は開けっ広げというのか、気にしてないんでね。反応したレーダーをテスタロッサのドライビングレコーダーが記録していく仕組みになってる。それで、点を繋ぎ合わせていくと、完璧ではないが線が繋がっていく」

 昇と竹流の間のことをあれこれと考えても仕方がない。昇と仁とのこともだ。真は乾いた唇から、ようやく言葉を紡ぎ出した。
「何のためにそんな仕掛けを?」
「半分は実験。半分は、まぁ、あいつが無茶をしないようにというお守りみたいなもんだ。そう言ってやったら、あいつは苦笑いしてたけど」
 不意に、昇の言葉の端に竹流への深い想いが滲んだような気がして、真はまた視線を落とした。考えてみれば、自分と竹流との間にあった長い年月と同じだけの時間が、竹流と昇の間にもあるのだ。真は、もう一度頭を冷やした方がいいと、自分自身に言い聞かせた。

 それから、ようやく昇の言葉を冷静に分析し始めた。
「西……」
 真が呟いた言葉を、昇が拾ってくれる。
「正確にはわからないが、移動距離から考えても多分、京都か大阪あたりだろう。いや、最後に反応したレーダーからは、正確に京都と言っていいのかな」
「京都?」真は昇を、それから仁を見つめた。「寺崎孝雄が今住んでいるのが、京都だと」

 真は、身体がかっとしてくるのを感じた。身体の内側に得体の知れない石のような塊がある。それは怒りとも悲しみともつかないながら、行き先を求めて真の身体の中でのたうっていた。もしその行き先がはっきりすればその一点に向かって噴出し、相手を突き殺してしまうような感情だった。真は、その先のひとつに昇が含まれてしまうような嫌な気分を押し殺した。
「東光運送ってのは主に美術品の運送を請け負う会社だ。新潟の贋作事件の時、鑑定のために絵を東京まで運んだのは、寺崎孝雄の会社だった。色々と足が付きかけたんで、今は名前を寺崎運送に変えて、京都に移ってるってのは聞いただろ? 調べたら、二十年以上前のヒスイ仏の運送も東光運送が絡んでいた。香野深雪の両親が関わっていた事件だ」

 真は、昇の言葉を聞いてから、ゆっくりと一呼吸置いて尋ねた。
「竹流は、寺崎さんも、寺崎孝雄が何をしているかを知っていたのか。ビデオだけじゃなく、運搬している美術品で詐欺を働いているようなことがあったんじゃないだろうか。もしかして、江田島という弥彦の役人と寺崎孝雄もぐるだったのでは」
 真は淡々と言葉を続けた。何か話していないと、感情の箍が外れそうだった。

「もしも寺崎の父親が例の絵の件で始めからぐるだったなら、東京に絵を運ぶときに車ごとトンズラすればよかったんだ。それからゆっくり中身を吟味すれば済むことだ。むしろ、表の仕事としては真っ当なことをしてたんじゃないかと思う。裏でとんでもないことをするような連中は、表の顔はむしろ極めて常識的なものだろうさ」
 昇のほうも、淡々と言葉を繋いでいる。

「表の仕事をしながら、可愛い女の子を物色してたんだろうよ」仁が相も変わらず無遠慮な口調で言葉を挟んできた。「香野深雪も、新津千惠子も別嬪さんだからな」
 真は思わず仁を睨んだ。
「ヤクザと泥棒が手を組むには悪くない仕事だな。だが、仁よ、こういう胸糞の悪くなるような話はオチの付けどころが難しいぞ。どうするつもりだ。戦でも仕掛けるか」

 東吾の顔が何時にも増して艶っぽく見える。戦争の準備を始めるような嬉々とした気配を感じて、真が不安に思いながら東吾を見ると、東吾はわしらに任せろ、というような不敵な笑みを浮かべていた。一見静かで優しくも見えるが、彼らにはここまでという制限はない。だからこそ、東吾と仁道組を巻き込む事は、あまり望ましいことではない気がした。
 だが、既に別の種類のヤクザが何組か絡みついている。東吾にしてみれば、真のような素人の手ではどうにもならないということかもしれない。

「オチなんぞいらねぇよ。俺は真に、この件から手を引かせたいだけだ」
 真は、今度こそ混乱して仁を見つめた。
「こいつはヤクザにも人殺しにも向いてない。それなのに殺気立ってやがる。危なっかしくて見てられん。本当なら座敷牢にでも繋いでおきたい気分だよ。数年も閉じ込めときゃ、辛くてもいずれ忘れるだろうよ。俺が夜な夜な慰めてやってもいい。そうしているうちに、いっそ大和竹流が死体で見つかってくれたらと思ってるよ」

 真は思わず腰を浮かしかけたが、昇の手が真を制し、言葉を無くした真の代わりに仁に告げた。
「こいつは手を引いたりしない。ヤクザがそんなお優しいとは驚きだ」
「昇、これは俺の仁義だ。こいつを人殺しになんぞさせやしねぇ。こいつみたいな人間がまかり間違って人を殺してみろ、まともな精神状態でいられるわけがない」
 仁の言葉は、真の頭の中では半分も形を成していなかった。ただ、仁は身体を許した相手にはこんなふうに呼びかけてやるのか、と真は原因不明の不快感を覚えていた。

「手を引く気はない。あんたの慰み物になる気もない」
 胃の辺りで何かが叫びながら訴えていた。仁は厳しい顔で真を見ていた。
「真、俺が言ってるのはな、あいつがどうなってても覚悟しとけ、ってことだ。奴らは楽しいっていう理由だけで、あいつを縛り付けて死ぬまで突っ込んだ後で、あいつの剥製でも作って、さらにそれを犯しているかもしれないような連中だ。変態で残酷で理屈もない。そんな連中に筋が通ると思うなよ。だから、お前はあいつが死体になってまで犯され続けてるのを見たら、もう何もかも諦めて、それっきり忘れちまうほうがいい」

 弥彦からずっと真の身体の一部を蝕んでいる寄生虫が蠕き、叫びをあげたようだった。昇の制止は、今度は役に立たなかった。真は向かいに座る仁に摑みかかろうとした。
「狼狽えんじゃねぇ!」
 突然、雷のような東吾の怒声が振り下ろされた。普段は甥の仁よりも温和に見える東吾の一喝は、実際に修羅場を潜っている数を思い知らせるようなものだった。

「仁、お前もいい加減にしろ。何をそんなにいきり立っとる」
 仁は革張りのソファに深く背中を預け、そしてポケットから煙草を取り出して火をつけた。天井を見上げるようにひとつ吹かすと、仁はぽん、と投げ捨てるように言った。
「こいつが可愛いんだ。それだけだよ」

 それからしばらくの間、誰も何も話さなかった。静かで、僅かに身体を動かしても音が響き渡るような気がした。真は自分だけが興奮し、呼吸がままならなくなっているような気がしてきた。手の先に温度がまるでない。
 視界の中に、東吾が差し出した煙草が霞んでいた。真は黙って霞んだままの煙草を受け取った。まだ自分の手が動くのだと思った。だが、それはもう自分自身の手ではないように思えた。

「寺崎孝雄が京都でじっとしているなんてことはあり得んだろう。移動を続けているんだとすると、見つけ出すのは困難だな。いくらイタリアのマフィアが圧力をかけてきても、サツが本気になっても、全てのトラックを止めて中を改めるってのは、実質不可能だ」
 東吾の声が淡々と事実を並べる。真は火をつけてもらった煙草を何度か吸った。煙は気管を息苦しいほどに攻撃したが、真は構わずに肺に送り込んだ。
「死体が出てくるのを待つしかないってのが本当のところだ」
 今日の仁は妙にしつこいと真は思った。

「京都に行ってみるか?」
昇が、今度は明らかに真に向かって尋ねた。声は穏やかで、反面どこか冷たく感じた。
「お前が、いちいちショックを受けないんなら、案内する」
 真は顔を上げて昇を見つめた。もうこれ以上ショックなことなどあるはずもないと思っていた。


 東名高速を西へ走る車内で、昇はずっと黙ったままだった。運転手になってくれたのはイワン・東道だった。相変わらず無愛想な顔のまま、元プロボクサーは真を後部座席に、昇を助手席に乗せて、大した会話もなく、ついでに言えば嫌がらせのような安全運転で京都への道を走っていた。
「寺崎から連絡はないままか」

 寺崎昂司のことだ。父親の寺崎孝雄と絶交渉の状態だという。それもそうだ、昂司は、子どもの頃から父親や周囲の大人から性的な虐待を受けていたのだ。竹流は、そのことを知っていたのだろうが、どう感じていたのだろう。
 ふと、江田島の言葉が頭をよぎった。
『大和竹流は、どうしても手に入れたいものがあったんですよ。そして、私はそれを持っている相手に会う算段をつけてやっただけのことです』
 あれは一体、どういう意味だったのだろう。

 防音壁の流れをぼんやりと見ていた真は、ふとミラーに映る東道を見た。東道は昇の問いかけに頷いたように見えた。
「連絡してくるわけがないか」
「一応、ジムには伝言を残しておいた。万が一連絡があれば、京都の姐さんのところに電話しろってな」
 昇は黙って窓の外を見ている。東道の太い声が重く響いた。
「寺崎こそ、生きてるのかどうかわからんぞ」

 真は自分の手を見つめた。車の中で手に刻まれた皺と傷を見ていると、酔いそうになった。そこには、まだ寺崎昂司の流していた血の温度が残っているような気がした。
 だが、致命傷になるような出血ではなかった。きっと生きている、と真は願った。
 あの時、寺崎昂司は竹流の行く方は知らないようだった。行動を共にしているような気配もなかった。あれから彼はどうしただろう。真はぼんやりと別れ際の昂司との会話を思い出していた。

 あるいは、寺崎昂司は真がテスタロッサのことを言ったとき、何かに気が付いたのではないだろうか。昂司も運送屋だ。大型のトラックを『撮影所』にしたり、車を積み込んで移動させて足跡を消したりするといった、父親の手口は知っているだろう。テスタロッサにドライビングレコードが搭載されていることを寺崎昂司は知っていただろうし、あるいは弱いながらも発信機の役割を持っていることも分かっているはずだ。もっともテスタロッサは佐渡で爆破されてしまったし、昂司を竹流のところへ導いてくれたかどうかはわからない。

 だがもしも、いつか寺崎昂司が真を救い出しに来てくれたときのように、昂司が竹流を助けてくれていたら。それは唯一の希望のような気がした。真たちと竹流の居場所を繋ぐ唯一の架け橋は寺崎昂司しかいないように思った。
 寺崎昂司は、けだもののような大人たちの慰みものにされた新津千惠子を助けてくれようとしたのだ。それに、例の内調から盗まれたというフロッピーも彼の手元にあるのかもしれない。もしかして、彼は深雪の居場所も知っていないだろうか。
 だが、どうやって彼を探し出せばいい? 第一、寺崎昂司自身が安全な場所にいるという保証はない。

 京都市内に入ると、ほとんど夜中に近い時間にも関わらず、車の数は市内の中心街に入るほどに多くなっていった。若者たちにはまだこれから、という時間なのだろう。賑やかな大通りを幾つも避けるようにして、東道は勝手知ったる道という様子で淡々と車を走らせている。
 中心街を抜けると、突然、太古の昔の魑魅魍魎が濶歩していてもおかしくないような静けさが、暗い木々の陰から滲み出し、辺りを包み込んだ。やがてヘッドライトの中に赤く浮かび上がる大きな鳥居をくぐって、さらに狭い道を進み、塀に囲まれたかなりの大きさの数軒の屋敷の玄関を通りすぎて、その内の一軒の前に止まった。

 昇が車を降りて呼び鈴を押すと、低い唸りと共に入り口の門が開いた。東道は車を塀の中に入れた。すぐ後で門が、また唸りと共に閉まる。
 入口から考えると驚くほど広い敷地だった。車が大きな木々の間の砂利敷の空間に収まると、真は東道に促されて車を降りた。木々の香りが芳しく匂っている。目に見えぬ鳥が空を舞っているのさえ感じられるようだった。
 平家の屋敷の玄関から和装の女性が出てきた。

「昇はん、思ったより早うおしたな」
 それほど若い女ではないが、暗がりの中でも相当の美人だと思えた。凛とした冴え渡るような気配がある。一目見て、竹流の数多の恋人の一人と分かった。
 そして、改めて灯りの元でその人を見たとき、真はこの女性がただの恋人の一人などではないことを、一瞬で嗅ぎ分けてしまった。

 真は足を止め、真正面からその人を見つめ、言葉もなく立ちすくんだ。女性は穏やかで厳しげな、それでいてどこまでも優しい風情で目の前に立っている。
 綺麗に結い上げられた艶やかな髪、薄化粧の額からは知性が溢れるように見える。少し上がり気味の眉と真っ直ぐに耳へ伸びた瞳には、愛する男に守られている満足と自信が宿っていた。
「よう、お越しやす。どうぞ奥へ」

 古い日本家屋だが、玄関の中は意外にも新しい木の匂いがした。ゆったりとした玄関を奥へ進み、人が二人、十分余裕を持ってすれ違えるほどの廊下を通っていくと、少しずつ柱の木が年季を感じさせるようになった。玄関の付近だけ、改築か増築したもののようで、二間続きの広間のような座敷にも、古い時代から変わっていない立派な細工の欄干と床の間があった。
「珠恵姐さん、ご無沙汰しております」
 東道が、彼にしては珍しく丁寧に挨拶をしている。たえ、という名前の女性は、丁寧に答えた。
「東道はんも、お変わりのうて安心しました」

 そこへ、深い茶色の小紋を着た、手伝いと思しき年配の女性が、盆に湯呑みを載せて入ってきた。女性は無言のまま湯呑みを客人に配り、真は緊張したまま会釈だけでそれを受けた。
「お嬢はん、お風呂とお部屋、用意しましたさかい」
 感情の読み取りにくい、淡々とした声だった。こんな夜中にやって来る客人に、気分を害しているのかもしれない。
「おおきに。後は私がしますさかい、和枝はんは先に休んどおくれやす」
 和枝と呼ばれた女性が出て行くと、少しの間沈黙があった。始めに口を開いたのは昇だった。

「珠恵姐さん、こいつが相川真です。竹流があなたにどう話してるかは知らないけど」
 珠恵は穏やかな表情のまま真を見つめていた。
「お母はんから聞いとります」そう言って、珠恵は真に頭を下げた。「珠恵、と申します。どうぞよろしゅうに」
 真はどう返事をしていいのか分からずに、ただ頭を下げた。





さて、大和竹流の妻と言ってもいい女・東海林珠恵の登場と相成りました。
少し影もある女性ですが、「もしも愛する男に何かあったら代わりに戦場に立つ女」です。
真にとっては「気配は知っていたが、やっぱりこんな人だったか」というところでしょうか。

<次回予告>
「寺崎さん」
 真は搾り出すように呼びかけた。微かに血と汗と、土臭いにおいとが入り混じって真の鼻腔を刺激した。
「竹流を、頼む。結局はお前にしか、あいつを救えない」
「寺崎さん」
 真の頭は押しつぶされそうになっていた。唐突に寺崎昂司の手が、真を塀の蔭に押しやった。
「お前はその場所を知っている。青龍の境界を辿れ。十分待って、タクシーを拾え」

次回もお楽しみに!!
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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コメント


ついに

真と、男3人のピリピリしたやり取りが、緊張感あっていいです。
仁も、ものすごく自分に正直な物言いで、真を心配してるんですよね。昇はもっと真を気遣う形で。東吾は、更に場をまとめるように。
これだけ心配され、愛されていても真の中のアドレナリンは、鎮まるどころかどんどん溢れそうで・・・。
じりじりしますね。

でも、ようやくあの悪党の輪郭が・・・。昂司も、辛いね。
って・・・予告でなんだかすごく意味深な。
え。何がどうなるんでしょうか。
大きく進展するのかな。ドキドキです。

そしてついに珠恵姐さんの登場!
ううん、やっぱりいい女のオーラをビシビシ感じます。
そりゃあ、竹流の奥さんなんですもん。・・・うん、わかるけど、なんか妬いてしまう。
なんでしょうね・・・。真が少しでも、「この人がいれば・・・」なんて思わないでいてほしいと。
(だめですね。いい女に妬いてしまう性格って)><

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/06/20 18:22 [edit]


ちょっとだけ

こんばんは。

「狼狽えんじゃねぇ!」って東吾さんに惚れそうになりました。
やっぱりいざっていうときは本物の男ですよねぇ。
仁や他のメンバーの真への心遣いも並ならぬものを感じますが、きっと今の真にはそれを感じる余裕などはないのでしょうね。

美和とこういう形で再会して、「ごめん。いま、仁と君をめぐって修羅場しているような場合じゃないんだ」という感じがそこはかとなく感じられました。「それどころじゃない」なんて言ったら美和に失礼かもしれないけれど、きっとそれが真の本音じゃないかな……。

ようやく目指す相手のことがはっきりしてきて、読解力に乏しく、ミステリーにも弱くて、いつも「?」で追いかけていた私としては、ある意味で宿題が減ったように感じているのですが……。

そして、珠恵さんがようやく登場しましたね。あれですか? 紫の上と明石の上の対面みたいな感じ? いや、そういう穏やかなものではないか。源氏の君の命が風前の灯じゃ、火花を散らしている場合でもないのかもしれませんね。

次回予告によるとハードそう。
どうなるのか、心してお待ちしています。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/06/21 04:10 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

いつも読んでいただいてありがとうございます m(__)m
今回は男4人での会話、それぞれがそれぞれの事情と立場と思いを持っているので、噛み合っていませんが、その中で緊張が生まれているのが伝わったならとても嬉しいです(*^_^*)
仁はもともとストレートな人間なので、あまり裏表ってのはありません。ちょっとストレートすぎるので、時々火種になっていますが、こうして言いたいことを言ってくれるので、ちょっと暗くなりがちなこの話の潤滑油になってくれています。
昇は複雑なんですよね。心から信じているボス=竹流に受け入れてもらえないながらも、もうこの人に命は捧げると決めているので、そこには迷いはない。でも、間に真が挟まるとあれこれ複雑な感情になっていまうのです。昇から直接真に対しては辛辣なときもあるけれど、誰かが真を責めると庇いたくなる、複雑なアニキ心を持っているのです。
東吾は、戦争で色んな物を失いましたから、今自分が抱えている組の構成員、そして甥の仁のことを本当に大事にしてるんですよ。猿山のボス? チェザーレとはまた違う意味でコワイ親分です。ちょっと楽しんでるかもしれないし……
真は自分が必死なんだけれど、ちょっと東吾が本気になると怖いのも知っているし、微妙に困っていたりして。仁の気持ちについても、いつもは軽くかわしているのだけれど、この事件で結構気持ちがぐらついている(あ、惹かれているという意味じゃなくて、相手の意味合いが変わっていくというのか)。
これからも、それぞれの人物の立場をお楽しみいただければと思います。

悪党たちはもう、どうしようもない感じですが、其々が何かにとらわれていてこうなっちゃっているんです。
それがのちに分かりますが、またその辺りの事情も楽しんでいただければ嬉しいです(*^_^*)
次、ですね、えっと多分、かなり大きく動きます!
しかもようやっと、真のへんちくりんな能力が活躍するかも??
「龍が来た~!」って……どうにも真は龍に好かれているようです。あ、ジョルジョ(竹流)は守護聖人・サン・ジョルジョの申し子だから関係あるのか……(ドラゴンを退治した聖人)
えっと、そんな話じゃないか。とにかく、この章で竹流が帰ってきますから、楽しみにお待ちくださいね(*^_^*)

はい、そしてついに珠恵姐さんの登場です(*^_^*)
実はもともと真の嫁のイメージを珠恵さんふうにイメージしていたのですが、何だかしっくりこなくて悩んでいました。このイメージは竹流好みなんですよね。しかも、真は体質的に不幸な女に惹かれるみたいだし^^; 
竹流と珠恵のラブラブ話は、もう照れ照れで書けそうにないので、ちょっとお預けです。二人で手を繋いで哲学の道を歩くなんて、結構バカップルなのかも……(珠恵が繋ぎたがったというよりも、竹流ですね)。
そして真との闘い? その中身はともかく、真の死後、慎一が珠恵のことを「母さん」と呼んで慕っていたので、自ずと二人の関係も何となく分かるのかも。あ、慎一にとっては竹流がパパみたいなものだからかな?

> なんでしょうね・・・。真が少しでも、「この人がいれば・・・」なんて思わないでいてほしいと。
> (だめですね。いい女に妬いてしまう性格って)><
うふふ。真、比較的諦めの早い人ですから……でも、珠恵って真よりも一枚も二枚も上手で、度量があります。
この先の人間関係、ぜひご注目下さい(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/06/21 21:39 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

あ、そうかも!(って、何に反応してるやら)→これです→「東吾さんに惚れそうになりました。」
う~ん、あんまりこの世界を美化してはいけないと思うのですが、昭和な時代ですから、もっと任侠映画を地で行くような人もいたと思うのですよね。素人さん(カタギ)に迷惑をかけちゃあいけねぇって感じで。東吾は昔気質なヤクザで、そもそもが華族(低い身分だけれど)という出自。それが戦争で何もかも失って、闇市から身を起こした人。男気ばんばんです。
でも、上部組織の跡目相続問題に巻き込まれて(仁もね)行くんですけれど……いいことばかりの世界じゃありません。
仁は、真に対して気遣ってもいますが、実は竹流にも気遣っている面もあったりで……本当に親分肌なんですよ。懐に来るやつはみんな可愛いし(いまは昇も可愛がっているようです……(~_~;))、「無理をしている奴」が大好きですから。
そして昇は、立場的にすごく複雑で、常に二面ありのことを言ったりしたりしています。それでも真に対してはアニキだと思っている面もあるんですね。このキャラは、結構美味しいんです。

そして真は……今、確かにそれどころじゃないですね。
でも、真は美和には完全に甘えていますね。
真の「ごめん。いま、仁と君をめぐって修羅場しているような場合じゃないんだ」という感じ、美和はもうちゃんと分かっていて、それはもう認めちゃってるんですよね。そもそも美和って真のことを好きだとしても、「真と大家さん」をひとくくりに考えている節があるので……「いや、私とのことより大家さんとどうなのよ」とかいう気持ちはばっちりありそうだし。
実はただのミーハーな娘だったりします(*^_^*)

> ようやく目指す相手のことがはっきりしてきて、読解力に乏しく、ミステリーにも弱くて、いつも「?」で追いかけていた私としては、ある意味で宿題が減ったように感じているのですが……。
はい。枝葉を全部取り払ったら、なんだ、それだけのことなの?って話なんですよ。この話、すごい枝葉なんです。いや、そもそもがピタゴラスイッチなので、造りが複雑なんですが、書きながら「どれだけ複雑にできるか」にチャレンジしていたような。
でも答えにたどり着いてしまったら、枝葉が全部落っこちていく。ただし、枝葉の部分も影響はしているのですよね。そう、ピタゴラの部分のように。
でも、こうしてようやく「犯人」は分かったので、夕さんの「?」も少し解消していただけて良かったです。
後は「犯人たちの事情」ですよね。えぇ、一応五分の魂(五分もないかもしれませんが)、聴いてやろうじゃないですか。あ、それは第5節ですね。

> そして、珠恵さんがようやく登場しましたね。あれですか? 紫の上と明石の上の対面みたいな感じ? いや、そういう穏やかなものではないか。源氏の君の命が風前の灯じゃ、火花を散らしている場合でもないのかもしれませんね。
わはは~。あ~~~そ、それは、どっちが紫の上で明石の上ってことに……あぁ、でも結局どっちも正妻じゃないんですよね。それがまた、なんとも悲しい。そうそう、この話、竹流側からするとまさに『源氏物語』の焼き直しみたいなものですものね。
えっと、どうっちが紫の上……(しつこい^^;)

> 次回予告によるとハードそう。
はい(^^) でも、ようやく竹流に近づきました! そして、皆様に愛されているあのキャラがちょっと登場します! もう少しお待ちくださいね(*^_^*)
コメント、ありがとうございました!! 次回もよろしくお願いします。

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/06/21 22:21 [edit]


昭和のレーダー機器もなかなかの高機能ですなあ。
って、ここに来て先に進むことを勿体つけてたりして・・・(-_-;)

新潟から東京に戻って、美和ちゃんの安全を確認して、京都へ、ですね。
一息つく間もないですね。真、寝てるか? あと、食べているか?

京都のどこに連れて行かれるのかと思いきや、ご対面!
物静かな中にも空気の動きが・・・
進みます・・・

けい #- | URL | 2015/07/26 13:17 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

うふふ。昭和のレーダーは、今みたいに衛星経由ではないので、地上のレーダーでいくつものポイントを重ねていくパターンです。戦時中から使われているようなものですが、やっぱり軍事目的となると技術が進む、恐ろしい現実ですよね。竹流たちは日本全国に網の目のようにキーポイントとなるアジト(ショッカーか!)を持っているので、その近くに来た時だけ、レーダーが反応するようになっているのです。あ、テスタロッサの方に、信号を発する装置がくっついているからです。もちろん、竹流がテスタロッサ以外で動いていたらお手上げです。だからみんな、昇も昂司も「テスタロッサか!」で盛り上がっていたのです。それなら、もしかしたら足取りを追えるかもしれない、と。
で、この点と点を繋いでいくと、線ができる。だからこの辺は手作業になるので、ちょっと解析に時間がかかる。今みたいに自動解析はありません。衛星じゃないので、まさに手作業。それを一手にやっているのが昇なのです。あ、これは今の高速道路や町のカメラも同じですね。点と点を結び合わせていく。
もともとは竹流が好き勝手に動くのを防止する目的だったりもしたようですが(ただし先に書いたようにテスタロッサでないと意味がない)、彼らは実験的にこれをやっていたのですね。
そう、昭和の機器、アナログですが、アナログの強さもあるのです。高機能じゃありませんけれどね。

ここから先は、真の知らなかった竹流の世界が……
京都には前から「何かある」ことは知っていたのですが、まさかの御対面でしたね。昇たちは真が「いちいちショックを受けないなら」と言っておりましたが、まさに傷口に塩を塗るような展開。
取りあえず、この先の展開はスピードアップします。そして、なぜこういう展開になったかという事情は、実は第5節になって分かるような仕組みになっています。
早々に続きを読んでくださってありがとうございます(^^)
そしていつものように真の睡眠も心配してくださってありがとうございます(^^) はい、もう京都はご飯には困りませんし、もうすぐコロボックルも子守唄を歌ってくれます。
コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2015/07/26 13:55 [edit]

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