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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨141] 第29章 赤い糸(2)襲撃 

【海に落ちる雨】第4節・第29章『赤い糸』 その(2)です。
北条仁には幼馴染がおりまして、これが実は美和の恋敵。もっともこれまで美和は仁に守られてきていましたので、こんなふうに誰かと「鉢合わせる」ことはなかったのですが……美和の赤い糸、実は少し先の未来に1本が切れてしまうのですが、もう1本は別の誰かと繋がっていました。その人物が2人ともここに出てきております。……え? いや、これはまだ先の話。

【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物



 真が妹の事を話すとき、その表情がいつもより少し穏やかになるような気がしていた。
 大和竹流は、真は小学生の時、初めて妹に会って一目惚れしたんだとからかうように言った。真は竹流を睨んだだけで何も言わなかったが、飲みに出た時に美和が聞くと、特に差しさわりのある話題でもなかったのか、するりと答えた。

 小学校四年生の時だった。出産を控えた馬がいて、ほとんど厩舎で寝起きしていた真のところへ叔父がやって来て、風呂場に連れて行くと、それこそ犬でも洗うように真を石鹸まみれにしたという。
 東京からお姫様がやってくる、いくら何でももうちょっとこぎれいにしとかないと臭いと言われる、と何回も真を洗って、それから真の服を見繕いながら、お前ももうちょっとましな服を持ってたらよかったのになぁ、と言った。
 真は馬のことが心配で、全く上の空だった。葉子が牧場にやってきたのはその日の昼下がりで、真っ白なワンピースを来た彼女を見た瞬間、真はお伽話のお姫様が本から抜け出してきたのだと思ったという。

 臆面もなくそんなことを言う真の顔を見ながら、美和は、この男が妹の話をするときはいつもと表情が違うな、と思った。妹っても本当は従妹なんでしょ、つまり結婚はできるわけよね、と美和が聞くと、真はそうだったっけ、ととぼけていた。
 それ以上は聞くな、というサインだと思ったので追求しなかった。真は、相手の男がいい奴だった、と一度だけ言ったことがあった。

 葉子ちゃんは俺の親友で戦友で、つまり俺の唯一無二の理解者かもしれない、と大和竹流が話していた。中学生のときから、真は妹と二人きりで暮らしていた。その時から大和竹流は彼らの保護者の役割を果たしてきたわけで、美和が後からどう頑張っても理解の及ばない信頼関係を、彼らが築いてきたことは確かだった。

 大和竹流は、真を食事に誘いに来ると、必ず美和と賢二と宝田を一緒に呼んだ。そんな時は何となく、自分こそ彼らにお姫様のように扱われているようで気分は悪くなかった。性的な対象ではなく男性に大事に扱われるという状況は、奇妙に安心で心地よかった。
 だが、彼らにとって美和はただ葉子の代わりだったのかもしれない。そして、美和を抱いたとき、真はもしかして彼女のことを考えていたのではないだろうかという考えが、美和の頭の隅に生まれてきた。

 北条の屋敷に戻ってからずっと、美和は縁側に座ったままだった。事務所に行く気分でもなく、この状況下では大学に行くのもままならず、まだ日の高いうちから北条の屋敷に戻ったのだが、逆にすることがなくて考え事ばかりする破目になった。
 大和竹流の怪我の状況も、それに対する真の様子も、思い出すと不安ばかりが募った。二人の事をちゃんと理解している、自分の立場はそれを見守ることだと思いながらも、あの傷ついた竹流の姿を直視することはできなかった。何よりもそれに対して真が傷ついている姿を見たくなかった。

 あの人はそれを見ても平気だろうか。
 強い人なんだろうな、と思った。きっと彼女は『お兄ちゃん』をとても好きだっただろうに、あっさりと自分の立ち位置を捨ててその親友と結婚した。それは兄を本当に理解しているという自信の結果なのだろうか。

 気が付くと、庭の大きな黒い石の上に、いっそう濃い染みが幾つも吸い込まれ、やがて畳み掛けるような音とともに石を深い黒に染め上げた。美和は縁側から下ろしていた足を上げて膝を立て、雨に叩かれて揺れる紅葉の青い葉を見上げた。
 廊下の端から、北条の若い衆が幾度も美和を窺っていた。彼らが義務だけではなく心配してくれていることは分かっていても、息が詰まることには違いなかった。

 美和が膝に顔を埋めた時、玄関の方から何か揉めているようなやり取りが聞こえてきた。やがて複数の足音が、雨の音と絡み合いながら近付いてきた。
「何よ、子どもじゃないの」
 高い声が美和の耳を貫き通した。見上げた先には、明らかに水商売と分かる化粧の濃い女が立っている。背は高く、肩を超えた辺りまでウェーヴした髪を茶色に染めて、丈の短い紫のワンピースに黒い薄手のストールを身に付けていた。

 女は美和のすぐ傍に腰を落とし、呆然と女を見つめる美和を真正面から見据えた。
「こんな可愛い顔して、男を手玉に取るなんて、あんたも大した玉だね」
 若い衆の一人が女の腕を摑んだところへ、後からやってきた仁がその腕を取った。
「よさないか」
 仁が低い声で女を窘めるように言ったが、女は引く気配はなかった。

「こんな小娘にあんたを命がけで守る気なんてありゃしないよ。あたしはあんたのためだったら命も身体も張るよ」
 強く、それでいてしな垂れかかるような色気のある声に、美和は勢いで立ち上がり、女を見返した。
 だが、何か言ってやろうとしたのに、声が全く出てこなかった。美和は睨みつけるという最低限の見得さえ張ることができずに、視線を逸らすと、ただ障子を開けて部屋に逃げ込んだ。逃げ込んでから、唇がぶるぶると震え、身体が痙攣したように強張った。

「仁、まさか本気じゃないだろうね。あんな素人娘に極道の妻が務まるもんか。あたしは子どもの頃からあんたと生きていくって決めてたんだ」
 わけもなく悔しくて、心が抉られたようになっていた。


 雨は降り続いていた。美和は風呂に入りにいくふりをして北条の屋敷を抜け出し、新宿まで辿り着いた。北条の若い衆に付きまとわれることにも、もう疲れてしまった。
 いつもなら本格的なこの街の時間は今時分から始まるのだが、さすがに天候のせいなのか行き交う人々の足は速く、立ち止まってビルを見上げる美和は、自分が浮き立っているような心地がした。

 心痛めるヒロインは傘を持たずに立ちすくんでいるのが似合うものなんだろうと思ったが、さすがにそこまでドラマじみたことはできなかった。美和はくるくると数度傘を回してから、調査事務所のビルの前から駅に戻った。
 こうなってみると、自分にはあまり行き場がないのだな、と思った。

 事務所にやって来たのは特別何かを求めて、というわけでもなかった。真はいつ京都から戻って来るのか分からないし、宝田は事務所の上の階をねぐらにしているが、電気が消えているところを見ると食事に出かけているのか、既に鼾をかいて眠っているかのどちらかだろう。
 真っ暗でひとりぼっちの事務所を想像すると、楽しい思い出がある分だけ、余計に悲しく感じた。そういう意味では、自分のマンションも、仁と一緒に過ごしているマンションも同じように寂しい場所だ。

 美和は中央線のホームで電車を待ちながら、ぼんやりと急ぎ足の人々を見送った。
 雨脚が強くなってきたので、皆家路を急いでいるのだろう。湿気を最大限に含んだ空気の中の慌しい気配は、美和をますます一人にした。ふと、ホームのベンチに座るサラリーマンが読む新聞が目に入り、暫くぼんやりとその『東央新聞』という文字を見つめていた。それから、急に行き先を思い出したような気持ちになった。

 新聞社を訪ねると、井出は留守だった。
 美和は堂々と、井出の妹だと名乗った。井出が福島県の出身で、妹がいることは聞いていたし、年も多分そう違ってはいないだろうと思ったのだ。案の定、疑われもせずに、忙しげな新聞社の待合で井出を待つことになった。

 こういう世界で仕事をしたい、と思っていた。それが目の前で動いている様子に美和は幾らか焦りを覚えた。今、自分はそこから離れていこうとしている。ヤクザと付き合っているということは、そして本当にその男を愛しているのだとしたら、つまりまともな世界では生きられないということだ。
 仁に言い寄っていた女の声が雑音の中から異質な波長で浮かび上がってくると、美和はそれを押しつぶしたいと思った。

「澤田のことで検察が動き始めたぞ」
 突然耳に飛び込んできた声に、美和ははっとして顔を上げた。声は誰のものかわからなかったが、空気は明らかに緊張した。

 その時、頭の後ろのほうで井出の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。振り返ると、女性は受話器の向こうの相手と話をしていた。女性は電話を切ると、美和のところにやってきて、仕事先から一度アパートに寄るからそこで待っているようにという井出の言葉を伝えた。

 美和は後ろ髪を引かれるような思いで新聞社を後にして、教えられた井出のアパートに向かった。雨は小振りになっていたが、夜になって空気はますます湿気を帯びて重く厚くなっていた。
 澤田が入院しているというニュースは聞いていたが、検察というのはどういうことだろう。真は、澤田に連絡をしているのだが全く会えない、と言っていた。

 美和はぼんやりと歩き続けた。頭の中が整理できない数多の事で引っ掻き回されたようになっている。
 その時、美和の目の前の交差点で、小柄な老人が、スピードを落とさずに右折してきた車に轢かれそうになった。粋なタイプの赤い車はそのまま走り去ったが、老人は車の尻に精一杯の叫びをぶつけた。老人の声は、行き交う車の騒音と湿度に呑み込まれていったが、彼は諦めることができないというように、埋もれそうな街の片隅で声を上げ続けた。

 歩行者用信号が赤になっても、まだ横断歩道の上で叫んでいる老人の腕を、美和のすぐ前を歩いていた肩をいからせたリーゼントの若者がつかんで、横断歩道の向こうへ連れて行った。老人は若者にも何か言っていたが、若者が説得するように話す気配にやがて叫ぶのをやめて、静かに小さな歩幅で歩き去った。
 美和はその老人の後姿と、老人が歩き去る様子を見送っているリーゼントヘアの若者のシルエットを見つめながら、自分が決して押しつぶされたいなんて思っていないことを感じた。

 仁が好きだった。
 漠然とではあったが、この街を一緒に歩き続けていたいと願っていた。まだ答えはでないままだが、その自分の気持ちを向かい合わなければならないのはよくわかっていた。

 教えられた井出のアパートは、大通りを入った道路の、更に角を曲がったところにあった。
 東京という街はつくづく面白い町だと思う。大きな通りを曲がると、そこには突然小さな世界がある。その小さな世界の中には、大通りを歩くことのない人たちが暮らしている。一体この境界、途絶感はなんだろう。東京にやってきて随分経つのに、未だに美和にはわからない。
 美和の育った山口の町とはまるで姿が違う。あの町は広くて境界線はなく、空間にも人の動きにも一連の流れがあった。

 井出の住むアパートは坂道の上り際にあって、どう見ても小奇麗なところではなかった。美和や仁のマンションとも、大和竹流の住む瀟洒なマンションともまるで違っている。薄暗くなった雨の景色の中、どこからかカレーの匂いと、子どもをどやしつける母親の金切り声が聞こえてきた。

 その時だった。突然、美和の後ろで車が止まった。ドアの開く音に、もしかして井出だろうとかと美和が振り返りかけたとき、いきなり腕を摑まれた。
 振り返って目に入ったのは、全く見知らぬ男だった。
 いや、それどころか、男は一人ではなかった。

 一瞬にして危ないと思った。
 反射的に美和は腕を捻り、男が摑んだ手から自分の腕を振りほどいた。ヤクザと付き合い始めてから、いつか役立つかもしれないと思いながら、護身術を習いに行っていて、勝手に身体が動いた。しかし、美和の反撃は相手のアドレナリンを刺激しただけだった。
 男は野球帽を深く被っていて、表情は見えなかった。このアマ、と男が言ったような気がした。もう一人の男が美和の後ろに回り、美和は一瞬その方に気を取られた。前にいた男が美和の腕をもう一度摑む。その途端、後ろの男に背中から羽交い締めにされた。

 その瞬間、美和の方でもアドレナリンが身体中を駆け巡った。気がついた時には身体が勝手に動いて、思い切り、目の前の男の股間を蹴り上げていた。男が唸りながら屈んだとき、後ろの男が美和の口を塞いだ。思わず噛み付こうとしたが、大きな男の手は美和の顔まで覆い、ぐっと指に力をかけてきた。頬に食い込む指が皮膚を突き破るのではないかと思った。
 その時、車から運転手が降りてきた。その男の暗く残酷な顔を見た時、足が竦み上がった。

 もう駄目だ、と思った瞬間、大きなクラクションの音が、母親の金切り声を潰すように小さな世界に反響した。
 男たちは手を止めた。美和は自分を羽交い締めにしていた男の手に思い切り噛み付いた。
 クラクションは明らかに近所迷惑を狙って、果てしなく大音響で木霊し続け、近くの家の複数の窓が開いた時には、男たちは車に逃げ戻っていた。
 車は直ぐに走り去った。

 クラクションを鳴らし続けていたタクシーから降りてきたのは井出だった。
 ほっとした途端、涙が溢れてきた。美和は井出に走り寄り、抱きついた。
「やっぱり美和ちゃんか。何だ、今の連中は」

 井出は雨の中ではより一層天然パーマの髪の毛をくりくりにして、長身の痩せた身体から上着を脱ぐと、美和の肩に掛けてくれた。窓から顔を出していた幾人かの住人が、文句も言わずに窓を閉め、辺りはまた雨に包まれた。
 井出はタクシーに代金を払いに行き、すぐに戻ってきた。
「とにかく、部屋に入ろう」と言ってから、井出ははたと留まった。「っても、俺の部屋、やばいかもなぁ」

 まぁいいか、と井出は呟いて、二階建ての古いアパートの鉄製の階段を、美和を先に立たせて上った。井出の部屋は階段の一番近くで、部屋の鍵を開けると、狭い玄関のたたきだった。
 玄関とほとんど高さの変わらない狭い廊下の脇に、流しと小さなガスコンロが置いてある台所があり、冷蔵庫もビジネスホテルにあるような小さなものだった。右側にはユニットバスの扉があって、ドアの隙間からバスタオルがはみ出している。井出は真面目な顔でそれを押し込んで、ドアを閉めた。

 美和は廊下にまで所狭しと積まれている本を倒さないように、井出の後ろについて行った。奥は六畳一間の和室で、開け放しの押入れには、意外にも服が整理されて吊られている。
 お袋がこの間来たからなぁ、まだましなんだ、と井出は天然パーマの頭を掻きながら言った。
「妹って言うからさ、誰かと思ったんだけど、多分美和ちゃんかなぁって、何となくさ」

 井出は万年床状態の布団を隅に押しやって、それから散らかった新聞や紙類を適当に片付け、美和の居場所を作ってくれた。部屋の壁はほとんどが本に埋め尽くされている。
「妹さん、いるって聞いたような気がしてたから、咄嗟に言っちゃった」
「そうか」それから小さな間があった。「全然いいんだけどさ、妹、死んだって言わなかったっけ?」

「え?」美和は言葉を呑み込んだ。「ごめんなさい……」
「いや、責めてるわけじゃなくてさ。きっと俺が言わなかったんだよ」
 井出はいつもの剽軽な顔になっていたが、目は笑っているようではなかった。
「酔っ払いに暴行されて、自殺したんだ。中学生のとき。俺の実家の辺りは田舎だからさ、色々噂に耐えられなかったんだろうな。妹は被害者だったのに、挑発するような格好で歩いていたからだ、初めから男を誘うつもりだったんだろう、とか言われて」

 途端に、美和の視界は全く役に立たなくなり、身体が震えだした。井出は振り返ってびっくりしたようで、慌てて美和の顔を覗き込むようにした。
「いや、美和ちゃんが泣くことじゃないって。それより、どうしたのさ。あの変な連中は何なんだ?」
 美和は暫く井出の顔を見たまま、まだ止まらない涙を放っていたが、やがて少し落ち着いてくると、井出の肩に頭を預けた。言葉にならなかった。

「もしかして、仁道組の関係じゃないだろうな?」美和は首を横に振った。「じゃあ、もしかして真ちゃんらが関わってることと関係あるのか?」
 美和はただ井出の顔を見つめた。そうなのだろうと思ったが、確信がなかった。
「そうか」
 井出は一人納得して、それからタクシーを呼んだ。

 美和はまだ呆然としたまま、井出の声を聞いていた。仁でも真でもない別の人の声が、何故か今は心地よく思えた。
 井出はその後でもう一件電話を入れた。新聞社に戻るのが遅くなると伝えているようだったが、向こうから何か情報があったようで、何度か澤田顕一郎の名前が出た。

「澤田顕一郎が検察に、ってどういうこと?」
 振り返った井出は、真面目な顔だった。
「幼女に対する性的暴力の常習犯だったというんだ」
 美和は驚いて、井出の顔を見つめた。
「本当に?」
「よくわからない。澤田の家に家宅捜索が入るって話が出ている」

 それから井出は美和の腕に優しく触れた。
「俺はどうも澤田が嵌められてるんじゃないかと思うんだ。それに、大和さんの行方が分からなくなって、真ちゃんが関わっていたことと、澤田の話は繋がってるんじゃないかという気がしてさ」
 井出は、それ以上は言えないというように口をつぐんだ。

 タクシーは直ぐにやってきた。美和はタクシーに一緒に乗り込んだ井出が運転手に伝えた行き先に驚いた。
「どうして?」
「多分、事がそういうわけなら、君にとってあそこが一番安全だろう?」
 美和は暫く井出の顔を見てから、シートに背中を預けた。井出もまた、美和が極道の男に愛されていることを知っているのだ。

 高円寺の北条の屋敷に着いたとき、玄関の外からも慌ただしい気配が見て取れた。タクシーが門の前で美和と井出を下ろすと、あ、という声と共に細身の若い衆が奥に駆け込んでいった。
 ほとんど間をおかずに飛び出してきたのは、北条仁その人だった。
 仁はまず美和を見て、それから井出を睨みつけると、そのままの勢いで井出に殴りかかろうとした。傍らの井出の胸倉が摑まれた瞬間、美和はやめて、と叫んでいた。

「俺はヤクザに殴られるようなことはしてないぞ」
 意外にも井出は落ち着き払っていた。
「美和ちゃんが変な連中にさらわれそうになったのを助けただけだ。心配ならしっかり見張ってろ」
 いつもの井出の声とは違う、底から響くような声だった。

 仁は手を離し、それから何も言わずに美和の腕を摑み、奥からやってきた大男に美和を奥に連れて行くように言った。美和が大男に奥に案内されながら振り返ったとき、仁は井出に説明を求めていたようだった。友好的な気配ではなかったが、井出と仁は真剣な顔で言葉を交わしていた。

(つづく)





まぁ、このお話にはネタバレなんて何もないのですけれど、仁亡き後、仁の忘れ形見を美和ごと(?)引き取ってくれたのは、この彼なのです。ここだけの話、ですけれど。
そういう意味では、美和の赤い糸は2本とも切れていなかったのかな。
あ、ある意味では真とも切れていなかったのかも……こちらの子孫と2代目真の子孫が……ですものね。

<次章予告>
「馬鹿を言うな。奴らはスポーツマン精神に則って試合を挑んでくるわけじゃないぞ。繰り出してくるのは全て反則技だ。何よりお前は卑怯者になれない。そしてそれが一番始末に負えない。復讐も殺人も、イタリアンマフィアの御曹司のボディガードも、どれもお前には向かない仕事だよ」

こうして見たら、結構短い章だったです。次回が第29章の最終話。仁があんなことやこんなことを言ってくれちゃいます。
その先は、第30章、竹流の怒涛の独白が待っております。
この先もお楽しみに!
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Category: ☂海に落ちる雨 第4節

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コメント


ううむ

こんばんは。

そうか。しっかりしているようで美和もちゃんと状況がわかっていなかったのですね。
狙われているのに、無防備にふらふらと外に行ったり、それに泊るあてもなく思いつきで行動したり。まあ、これでは「ヤクザの嫁になる覚悟はない」と言われてもぐうの音も出ないでしょうが、でも、もともとただの女子大生だし……。

この回は、あれでしょうか。美和がいろいろと自信をなくしている? 真にとっての自分の立ち位置や、仁にとっての自分の立ち位置みたいなものに対して。ヤクザの嫁云々はともかく、「私は仁一筋!」の確信もないみたいだし、だからといって真もまさに「美和どころじゃない」だし、さらに葉子も登場しちゃって、なんだか自分の存在意義がわからなくなっちゃうような。

井出って人、どこで出てきたんだっけ……。大変申し訳ない事に「名前だけはどこかで聞いたような」以上の事を何も思い出せなかったのだけれど、後に美和を引き取れるような結構わかめの御仁なのですね。あ〜、それは仁もむかつくかも。たとえ本当は全然そういう関係ではないとしても。あ、でも自分で「他の男とも寝ろ」とか言っていたんだから、怒れないか。

で、結局、級長夫妻は京都に行ってしまったのでしょうか。次回出てくるのかな?

次回は、北海道の後でしょうか? お待ちしています。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/08/21 04:57 [edit]


意外な人が……

更新、お疲れ様でした。

美和ちゃん、彷徨う……で、行き着いた先は、井出ちゃんでしたか~。

すみません、赤い糸うんぬんと書かれていたので、正直え~ってなっちゃいました。
なんか、真の情報屋&飲み友達、的な立ち位置だと思ってましたので、まさか美和とというのはほんとうに意外で。

美和ちゃん、濃~い人間たちの間で、ちょっと疲れちゃいましたか。
自分の存在意義とか居場所をちょっと見失いつつある状況で、ふと思いつく人物ってやはりなにかあるんでしょうね。
で、あの展開は、アレですよね。吊り橋効果&心の傷開示でホロリのコンボ。こりゃあ、効くだろうなぁ。美和ちゃん自身は、まだそれほど意識していないのでしょうけど。
部屋を片付けて居場所をつくる、というシーンがねえ、もうフラグ立ちまくりで……って違うか(笑)
美和を送り届けるシーン、井出ちゃん、なにげに漢なところもありそうで。

次話の予告、気になりますね~。
楽しみにお待ちします。

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2015/08/21 19:56 [edit]


かっこいいなあ

美和ちゃん、葉子の登場やら、いろんなあれこれもあって、揺らいでいますね。
いろんなことにバシッと強い意志で臨んでいるように見えるけど、やっぱり付き合う人間がこうも複雑だったら、さすがに・・・。
でも仁の存在の大きさを、改めて感じているようでもありますね。
うーん、それこそまた、大きな悩みだけど。

そんな時に脳裏に浮かぶ井出ちゃん。
ああ、久々の井出ちゃんだあ^^ なんか、空気感がカラッと一新されていいですね。ある意味清涼剤。
そして今回の井出ちゃんはいつにもましてカッコいいじゃないですか。
飄々としながら、美和ちゃんを落ち着かせ、そして仁にも怯えず。
え……後書きで驚いたんですが、彼は美和ちゃんと? そうなの?
なんかちょっと嬉しくなる、隠れ井出ちゃんファンでした^^

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/08/22 08:51 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

うんうん。美和も、とは言えまだまだ小娘でして、頑張って踏ん張っているうちはいいのですけれど、まだまだヤバい世界の連中と張り合っていくには幼すぎるし、それに性質的にも実は結構あかんたれなところもあって……
真や竹流がひどい目に遭っていたことを知ってはいても、それが自分の身にも及ぶとか、考えるほどの余裕もなかったし、何よりも竹流の状態は美和にもショックだったわけで、ついふらふらと~。北条の屋敷は安全だけれど、美和にとっては息が詰まるような面もあったろうし。うん、本当にただの女子大生ですものね。
えぇ、「ヤクザの嫁になる覚悟はない」と言われても仕方がありませんよね。
この回は、澤田の消息をチラ見せするのと、美和と仁のこの先の展開の予告編みたいな感じでもあります。この決着は第5節をお待ちくださいね(^^) 気持ちはね、やっぱりどうあってもぐるぐるで仁のところに帰ってきているのですけれど、肝心の仁が「いや、俺はヤクザだし、美和を幸せには出来ないし。でも好きだし」ってぐるぐるしてるからなぁ~
何でも明るく元気にかわしていく美和ですが、やっぱりね、女の子なんですよ。だから、誰かに助けてもらいたい気持ちがいっぱいあるのですけれど、今誰も彼女を気にかけてくれる余裕のある人はいなくて。

あ。井出、そうですね、影が薄すぎました。えっと、時々事務所に真を飲みに誘いにやってくる(飲めないのを知っていて^^;)新聞記者の兄ちゃんです。情報収集とか言っていますが、実は単に飲みたいだけ。ちらちらと色んなシーンに出てきておりましたが、みんな短いシーンなので、記憶に残らなくてすみません。あ、外見のモデルは大泉洋さんなのです。
このお話の要の関わりでは、この辺かな。ジャズバーの店長で水死体で見つかった田安の葬式の時。
http://oomisayo.blog.fc2.com/blog-entry-205.html
でも、今回はただのチョイ役なのですね。美和との云々って話は、仁の死後(真の死後)の大展開なので、今はまだただのチョイ役。今のところはあまり注目しなくっても大丈夫です。でも、この辺りから、ちょこちょこって美和の気持ちに食い込んでいたのかも。そうそう、親しい友だち(すごく年上の、しかもただの飲み友達だけれど)が恋人(夫)に昇格する、という。
うん、でも今は確かに、仁もムカついているかも^^; おい、むかつくなら、ちゃんとつかまえとけよ、って井出じゃなくても思う^^;

> で、結局、級長夫妻は京都に行ってしまったのでしょうか。次回出てくるのかな?
はい。この辺りからみっちり絡んでもらわないと、終わりの方で級長の愛の言葉が効いてきませんから(^^)
って、何の話だっけ? あ、級長、えぇ、親友大好きを貫いて生きています。そして、実は竹流深い因縁が次章で語られます。この先もまたお楽しみくださいませ。
いつもありがとうございます。コメント、ありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/08/22 12:10 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

いや~、行きついた先、はい、井出ちゃんでした。っても、今のところはまだまだ無意識ではありますが、美和にとっては井出ちゃんは「安全圏にいる、ちょっと年上の、一見頼りないけれど、結構物知りで(新聞記者だしね、社会面担当ですけれど)話し相手にはもってこいのお兄ちゃん」って感じでしょうか。あ、ついでに「美和と張り合える飲兵衛」というので、気も合う?
もちろん、これはもうずっと先の伏線なので、今のところはまるで気配もありませんが。
あ、井出の方は、実は少し意識していたかも……でも、まぁ、人のものに手を出すことはない、という感じ。
でも、こちらの「赤い糸」のニュアンスは、ちゃんと美和と仁の間の糸のイメージです。でもそこに将来の赤い糸の相手がちろっと出ているってのがミソではあります。
確かに、井出は「心の安らぎ」タイプ。そうそう、美和の回り、みんな濃すぎますよね。こんなのばっかり見ていたら、これが普通と思っちゃうけれど、まさにTOM-Fさんの仰る通り、「自分の存在意義とか居場所をちょっと見失いつつある状況で、ふと思いつく人物ってやはりなにかある」にちがいないですね。これこそが赤い糸の正体なのかも。

> で、あの展開は、アレですよね。吊り橋効果&心の傷開示でホロリのコンボ。こりゃあ、効くだろうなぁ。美和ちゃん自身は、まだそれほど意識していないのでしょうけど。
いやいや、やはりじれったい恋愛を語らせたら右に出るものはいないTOM-Fさんならでは、いいところを突いておられます。本当に、あの三角関係はどうなるんだろうな~。ね、智之。誰にしようかやっぱり迷っているよね……

> 部屋を片付けて居場所をつくる、というシーンがねえ、もうフラグ立ちまくりで……って違うか(笑)
> 美和を送り届けるシーン、井出ちゃん、なにげに漢なところもありそうで。
フラグありがとうございます! そうそう、井出の部屋は絶対片付いていない! 外見的モデルは大泉洋さん。でも洋ちゃんは意外に神経質だけれど、井出は絶対超アバウト。ただ、このせまっ苦しい部屋にやたらめったら本が積んであるというところはミソ。美和ちゃん、まさか将来こんなところにお嫁に来るとは思っていないだろうな~。この子、実はいいとこのお嬢さんだし、まさかのぼろアパート^^;

次話は仁がばしばし言ってくれます(*^_^*) このために出てもらっているんだし? 啖呵を切って頂きますよ。
いつもありがとうございます! この後もよろしくお願いいたします!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2015/08/22 12:37 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

はい。揺らぐ美和もこの物語の主人公の1人。これからまだ彼女にも色々とありますが、こっちは純粋に恋愛ものとして読んでいただけるはず。竹流と真の物語のややこしくもハードボイルドもどきの展開に、ちょっとした清涼剤的美和のラブストーリー。でも相手が相手だけに、炭酸量の多い展開になっていますね^^;
美和の方でも、色んなことを思いながら竹流と真のことを遠巻きに応援しているのかな。
そして、うん、なんだかんだと言いつつ、もしも仁が美和と真のことにただ怒っちゃってたら、なんだよ(`^´)ってことで切れていただけだったかもしれませんが、あんなふうに大らかに(というよりも仁の方でも自分の立場とか「仕方ないな」ってのがあって)「お前の好きにしろよ」って流されちゃったら、余計に、ね。それに仁の辛い立場も分かるから、ますます美和の気持ちは大揺れに。この先、美和にもあれこれ選択を迫られる出来事が起こってしまいますが、まだ先のことなので、今回は純粋ラブストーリーとしてお楽しみくださいませ。

そして、井出。はい、外見は大泉洋ちゃん、中身もちょっと大泉洋^_^;
登場人物設定の当初から美和ちゃんの将来の旦那と決めていたのではないのですが、前半で真を誘って飲みに行くシーンで、美和とは飲み仲間的イメージが浮かんで、そこからはその裏設定で進んでおります。
今回は物事に深く絡んでくることはありませんが、時々こんな人物で癒されてくださいませ(*^_^*)
しかも、今回ちょっとかっこいいでしょ。そうなんです。裏設定があったので、「赤い糸」という章題をつけた時に、将来の裏設定に井出ちゃんにヒーローになっておいてもらおう!なんて……いや、そこまで深く考えたわけじゃありませんが(*^_^*)
ただ、美和にとって、この日の井出のことはちょっと心の中に残ったかもしれませんね。真が仁を殺した犯人と間違えられてごちゃごちゃしていた時、実家から「お前何をやってるんだ!」ってことになって山口に連れ帰られたあと、「このままでいいのか」って迎えに行ったのは井出なんです。あ、それは先すぎる話ですけれど。

> なんかちょっと嬉しくなる、隠れ井出ちゃんファンでした^^
わ~い。ありがとうございます。私も隠れ井出ファンであります(*^_^*)
って、今回は影は薄いはずなのに、こっそり目をつけていただいてありがとうございます(*^_^*)
コメントありがとうございました!! 引き続きよろしくお願いいたします!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/08/22 14:24 [edit]


美和ちゅあん。危ない危ない。
赤い糸って、一本ではないのですね。いあ、赤ではなく、また違う、裁つことのできない糸。その色は赤でなくても、そこに確かにあれば良かったりするかも(?)

最後の井出ちゃんと仁が匂いが感じられるほどの距離に立つツーショットが意味深でした。こちらはこちらで絡み濃いっすね(^^;)

けい #- | URL | 2015/08/24 19:40 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

おはようございます。
はい。赤い糸はね~『うる星やつら』のあたるの指にもものすごい数の赤い糸が巻き付いていましたね~、ってそれは違うか。でも、手繰っていったら、途中で切れてたなんてのも結構あるに違いありませんよね。結局、思い込みが大事??
美和ちゃんは、きっと少なくとも3本は持っているはず。色が赤かどうかはともかく、仁と真と井出ちゃん。それぞれ、意味合いが違うと思うので、けいさんの仰る通り、色は赤ばかりではないかも。でもやっぱり仁さんが赤いかな。井出ちゃんは青い。真とは……真っ黒だったりして^^; いや、真っピンクかも。う~む。
美和もまだまだ状況を呑み込めていないし、まさか私がって感じなので、自分のキモチでいっぱいいっぱいなまま無謀な行動に出ちゃうようでした。これが例の連中なのか、北条にたてつく輩なのかは結局わからないままですが。

> 最後の井出ちゃんと仁が匂いが感じられるほどの距離に立つツーショットが意味深でした。こちらはこちらで絡み濃いっすね(^^;)
あ、こんなところに注目、ありがとうございます!
うん、ここは絵になっていますよね。私が挿絵描きなら、ここはいただきだわ、と思っていました。詳しくは書いていないけれど、ちょっと渋い二人(って、片一方は大泉洋ちゃん、仁は……なんか、米米の昔の石井さんのイメージが^^;)、並んで煙草に火をつけあいつつ、立ち話って感じでしょうか。
「真のやつ、どうにも手を引く気はないと思うが……」云々、って話しているんだろうな。かかないけど。
ということで、引き続きお楽しみくださいませ。コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2015/08/26 07:35 [edit]

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