09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】32.高知足摺岬・唐人石巨石群(2)~古代の祈りと再生の場~ 

蚊取線香は必須
この季節、山の中に入るときに必須のもの、と言えば、何を置いてもこれ。そう、蚊取り線香です。
10月以降はそうでもありませんが、9月くらいまでは蜂の活動も活発で、あまり黒い服を着ていかない方が良かったり、また頭には白い帽子を被っている方がいいわけです。そして、何よりも蚊です。とにかく「エサ!」とばかりに寄ってきます。
そこで大活躍なのが蚊取り線香。母は毎日畑仕事をしているし、私も庭仕事の時には、この蚊取り線香をぶら下げているのですが、石紀行の際にも持って行くわけです。これが消えたら大変。どわ~っと蚊が寄ってきます^^;
虫除けスプレーなどもありますが、やはり蚊取り線香に勝るものはありません。
ボクジョウ
唐人駄馬遺跡の近くにはこんな素敵な牧場がありました。あれ? 牧場? 実は最初に通りかかった時には、ここに牛やポニーがいっぱいいたのです。でも写真を撮ろうと戻ったら……もうおうちに帰っていました。岩が沢山顔を出していますね。素敵な場所です。唐人岩の近くにも休憩中のポニーたちが。
ポニー発見
この有刺鉄線からこっちが唐人岩巨石群の遊歩道です。呼びかけたけれど、無視されちゃいました……
名前はないけれど岩はごろごろ
ポニーたちの近くにも、名もなき巨石が山のようにゴロゴロ。というよりも、これは地上に顔を出している一部ですから、地中にはからに大きな部分が潜っているわけですね。ここはやはり、木を払ったら、もっとすごい岩山なのです。
さて、余談は置いて、さらに唐人石巨石群を登って行きます。千畳敷岩を降りて、分岐点の看板まで戻り、丁度裏から唐人岩を見る方向へ上がって行きます。
更に登る
岩の隙間を歩いていきましょう。
石が顔を出している道
写真で見ると、あんなとこに登れるの? と思っていましたが、いつもと変わらない巨石紀行の風景です。岩登りというよりも山登り。
石たちの間を更に登っていく
もちろん、名前もない岩たちですが、多くの岩がこうして角が取れて丸くなっている中に、ちょっと特異な岩がありました。丁度唐人石巨石群の一番裏手になるあたり、です。
ストーンスクレイパー
ストーン・スクレイパー(鬼の包丁岩)です。加工の後はないということなので、自然のままの形のようです。それにしても見事な尖り方ですね。あ、何かの間違いで人の手が(母、大きさ比べ係、今回は手のみ!)……心霊写真ではありません^^;
ストーンスクレイパー2
少し斜めから見ると、かなり大きな石であることが分かります。
さて、「亀の背」という看板が現れました。少し平たい石があるので、それのことかもしれないと思ったのですが、あまりカメっぽくない。実は後から表から見て納得するわけですが、どうやらこの岩のこと、のようです。
子亀を背中から見る
いや、ここから見ても亀には見えないのですが、そして前から見ても、カメというよりは……
再生のエリア
もったいぶっても仕方がないので表に回ってみます。ん? 左右に大きめの石、真中に小さめの石の3つの石のセットです。小さめの石、木の陰に隠れて形が見にくいですね。まずはこの小さめの石をご覧ください。
子亀
「亀石」と書かれています。確かに、先にご案内した「亀石」すなわち「亀頭石」に比べると、亀と言われたら亀かもしれませんが……私にはでんでん虫に見えます……
つまり、この3つの石の組み合わせは、真中に子どもを挟んで、お父さん(向かって右)とお母さん(左)なのですって。
左の大きな斜状立石はお父さん石です。
お父さん
と思って写真を載せてみたら、何だかお父さん、あまり大きくなくて、ちょっと面目がありません。斜面に立っている石なので、見る位置によってずいぶん印象が変わるのです。上の3つの石がセットの写真では、やはりお父さんはがっしりと構えているように見えます。しかしそれにも増して迫力があるのはお母さんでは?
お母さん
こちらの方が立石で屹立して見えるのですけれど、一見して2つの岩の組み合わせ、というよりは割れ目があることが分かります。巨石セオリーとしては、この「割れ目」が陰石である母石のイメージなのでしょう。
お母さんと子亀
こうして子亀と並べてみると、いかにも母から生まれ出た、というイメージを醸し出しているのかもしれません。説明の看板には、子宝や子どもの健やかな成長を祈った場所(再生のエリア)で、この巨石群最大のパワースポットとされている、と書かれています。
どの時代からそういうイメージが付随したものかは分かりません。きちんとした歴史・考古学の世界に巨石文明もしくは巨石文化が取り入れられないのは「物証」がないからですが、やはりここはイメージを逞しくするしかないようです。
いずれにしても、この「でんでん虫」はなかなかユニークな姿をしています。
でも、私がこの巨石群の石たちの中で「パワーを感じる」と思った石は、こちらです。
(あ、亀頭石もね、すごいパワーがあると思いますが……)
祭壇石1
象かマンモスが伏しているように見えたのです。それに石に入り込んだ少し異質なマグマの成分の痕が力を感じさせます。と思ったら、この前に双子のように仲良く並ぶ石がありました。
祭壇石3
ここだけでまるで神殿のようですね。この前に並ぶ2つの石は、まるで門のようです。ここには「祭壇石」と説明がありました。石の性質からも他のところから運ばれて並べられたのでは、ということのようですが。でも、命名通り、ちょっと手を合わせたくなる石の組み合わせです。この石たちの左手にも印象的な立石があります。
線入りの石
以前、奈良・山添村にある見事な十字の線が入った岩をご紹介しましたが、こちらにもやはり線が入っています。花崗岩にこのような線が入るのは珍しいことではないようですね。何か意味を求めてしまいますが、自然の造形なのでしょう。
それでもシンボリックであることには違いがありません。
唐人石から駄馬を見る
このあたりは前回ご紹介した千畳敷岩の後方・上方あたるので、千畳敷岩に登っている人の姿、その向こうの太平洋が見えています。
唐人石の小さな石たち
巨石ではなく、このような小さな石たちもまた支え合うように立っていて、この巨石群を作り上げています。
石の集まる場所
巨石群の上の方に、道なき道を上がってみました。相当大きな石から、ストーンサークルというよりもスローンロードと思われるような石の並びに見える場所もあり、またこのように石が集まっている場所もありました。ここは何だか石たちが生まれ出ずる場所みたいに光が注いでいました。もちろん、名もなき場所ですけれど。
磐と木
また、こうして石と木が寄り添っている場所もあります。というよりも、木が石を避けて、まるで石と同化するように生えてきているのですね。以前、コメントを下さった方のどなたかが、写真で見ると石と木は一体化して見えますね、と書いてくださっていましたが、まさにそんな感じです。
うしろから見た唐人石
実際に目で見るともう少し石と木は異質なもの同士、色も質感も違っているのですけれど、私の写真の腕も悪いので、こうして出来上がった写真は時々混じり合って分かりにくくなっているのです。でも、もしかすると、その本質は深いところで繋がっているのかもしれませんね。
別方向から千畳敷岩を見上げる
降りていくと、千畳敷岩を別方向から見上げることになりました。何だかここから見ると仏教の寺院(仏塔)みたいです。
石手寺の仏塔
似てない? 石手寺(四国八十八箇所霊場第51番札所・愛媛県)の仏塔でした。
東のサークル
最後に遊歩道へ降りていくと、東のサークルがありました。南のサークル同様に、まるでサークルには見えないのですけれど、石が沢山集まっています。
この唐人石巨石群の全体像、それにこの近隣の山の中にも多くの特別な石があり、まだまだ神秘なるものが隠されているように思えます。でも、こうして顔を出している部分だけを見ても、素晴らしい場所であることは間違いがありません。

日本は小さな島国でありながら(いや、島国だから)、4つの海流に囲まれています。黒潮、対馬海流、千島海流、リマン海流。足摺岬はその中でも最も大きな海流・黒潮の流れが吸い寄せられるように海岸線に近づいてくる場所。こうした潮の流れに乗って多くの漂流物が海岸に打ち上げられます。時にはそれが船であったり人であったりしたかもしれません。古代の交易範囲は現代人の想像よりもはるかに広かったと考えられています。そもそも陸路の方がよほど移動困難だったのですから。

今は大都市から離れた辺鄙な場所と思われるここも、古代には大きな集落だったようです。縄文時代の石器・土器片・矢じりなども多く出土しているそうです。そこに住んでいた人々は、この場所で海を舞台に大活躍していたかもしれませんね。魚を獲り、大陸と交流し、また駄馬を拓いて農耕を行い、この巨石群の中に特別な祈りの場所を持っていたのかもしれません。

今は島国で、国境という見えない境界に囲まれていますが、古代にはそれはありません。いま日本人と呼ばれている民族のルーツも大陸や南の島々との関係なしに考えることもできないし、逆に地続きであるはずの現在の東北・北海道地方には大和朝廷とは異なる大きな文化圏(もしくは王朝)があったともされます。
一体、古代はどんな場所だったのだろう、やはり浪漫は尽きません。

さて、次回は足摺岬の思わぬ石スポット? にご案内いたします。
金剛福寺の岩1
道を歩いていると、唐突に不思議なものが目に入ります……ここは38番札所、金剛福寺です。
関連記事
スポンサーサイト

Category: 石の紀行文(写真つき)

tb 0 : cm 4   

コメント


こんばんは^^

やっぱり蚊取り線香は必須ですよね。
秋の蚊は、とくに必至だから痛いです><

あ、ポニーしゃん♪(巨石紀行なのにまたそこに食いつく)
かわいいな。ちょっと牛柄^^

この鬼の包丁岩、すごい!なんでこれだけこんなに殺気立ったかたちなんでしょうね。それも自然界の不思議だなあ。
ツボだったのが・・・でんでん虫(笑)
うん、たしかに、カタツムリそっくり。でもやっぱり亀のほうがきっと「なんか良さげ」なネーミングなんでしょうね^^
たしかに「でんでんむし岩」とか、なんか弱そう。

そうですよね、岩を通して、この陸が出来た当時の地球に想いを馳せるのもまたロマンですよね。古代、今立っている場所は、どんな大地だったのかな。
巨石たちだけが知っているんでしょうね。

そして次回は・・・。ん? なんだろう、あの白い物体!
石??

lime #GCA3nAmE | URL | 2015/10/05 23:50 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

> やっぱり蚊取り線香は必須ですよね。
> 秋の蚊は、とくに必至だから痛いです><
そうそうそう、そうなんですよ。少し涼しくなってからの蚊! 何だかやる気満々ですよね。
以前は11月ごろに行くことが多かった山登り、ある時9月に行ってみたら大変な目に遭いまして……以来、蚊取り線香は必須です。ちょっと山の中に入る程度、なんてなめてたらえらいことになります。

> あ、ポニーしゃん♪(巨石紀行なのにまたそこに食いつく)
> かわいいな。ちょっと牛柄^^
>うん、ちょっと牛柄でした(*^_^*) 近づいて呼びかけてみたけれど、完全に無視でした。有刺鉄線の向こうなので、あちらも気にしていなかったのかな? 少し離れたところにある牧場のポニーたち、だったのかしら。暑かったので、木陰でお休み中だったようです。
巨石紀行、石だけでは終わらせません(^^) 今回は無かったけれど、基本は美味しいものも併せてご紹介。もちろん、ポニーちゃんもお楽しみくださいませ~!

> この鬼の包丁岩、すごい!なんでこれだけこんなに殺気立ったかたちなんでしょうね。それも自然界の不思議だなあ。
> ツボだったのが・・・でんでん虫(笑)
周辺の石がみんな丸いので、えらく唐突に見えますが、ほんと、殺気立ってますね^^;
花崗岩ってのは摂理に沿ってぱっか~ん、と割れるので、たまたまこういう形に割れたのでしょうけれど、それにしてもそんなに尖らんでも、って感じに見えますよね(^^)
そして、でんでん虫。どう見ても、でんでん虫、ですよね……いや、確かに後ろから見たらまだカメっぽいのですけれど。亀は吉兆だけれど、でんでん虫はあんまり有難くないんでしょうかね~
でも、やっぱりでんでん虫……(..)

> そうですよね、岩を通して、この陸が出来た当時の地球に想いを馳せるのもまたロマンですよね。古代、今立っている場所は、どんな大地だったのかな。
> 巨石たちだけが知っているんでしょうね。
そう言えば昔、兵庫県に来た頃、山の中を「石博士」や「植物博士」と一緒に歩く会、に参加しておりました。あれ、楽しかったな~。岩の性質などを学ぶと、こんな身近なところにも地球の歴史が刻まれているんだと感動します。ほんとに、地球は動いてるんですよね。あ、回っているというのではなくて、この地面が動いている。

> そして次回は・・・。ん? なんだろう、あの白い物体!
> 石??
そうなんですよ。これ、夕刻にてくてくと歩いていたら……「なんじゃあれ?」でした。夕刻なので、この白いものが、写真よりも妖しく浮かび上がっていて……実は確かめたわけではないので、正体不明(ある種の石ってのは分かるのですが、なぜここに?という謎は解けないまま)。でもご紹介しちゃいます。
次回もお楽しみに!! コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2015/10/06 07:13 [edit]


こんばんは。

ストーン・スクレーパーですか。この岩が良いですね。サキは跨がったら拷問だなぁ、などと不謹慎なことを考えてしまいました。
でも、自然に出来な物だなんて思えない形です。たまたまこういう具合に割れたのでしょうか?
この岩達、自然のままにここに集まっているのかと思っていましたが、人工的に配置された物もあるのですね。何らかの集落(文明)が存在し、儀式が執り行われていたというのは間違いないことなのですね。
考えてみれば、太古の日本、まず最初にやってくる人類は海からやってくるでしょうし、流れ着いたところにまず住もうと考えるでしょうから。
現在の都市を中心の発想ではなかなか理解できないですが、視点を変えると何だか納得です。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2015/10/07 19:52 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

> ストーン・スクレーパーですか。この岩が良いですね。サキは跨がったら拷問だなぁ、などと不謹慎なことを考えてしまいました。
あ、確かにそれは痛いかも……この石、結構大きいのですよ。跨るにはちょっと頑張ってよじ登らないといけないのですけれど、まぁ、よじ登ったりはしませんよね^^; 自然のままの形で割れる、というのはあまり珍しいことでもないみたいで、割れた後風化して丸くなっていくみたいですね。でもこの石、形は自然かもしれませんが、周囲の石たちの中では結構異質な感じがします。
大きな岩ですが、基本的には花崗岩なので、節理があるとぱっか~ん、って綺麗に割れちゃうのですよね。だから、「鬼が割った」とか「弁慶が切った」とかいう石があちこちにあるのです。理屈が分かっていても不思議ですよね。

> この岩達、自然のままにここに集まっているのかと思っていましたが、人工的に配置された物もあるのですね。何らかの集落(文明)が存在し、儀式が執り行われていたというのは間違いないことなのですね。
う~ん、どうなんでしょうか。この石たちの周囲を見てみると、露出している部分以外にも相当埋もれている石があるようで、基本的にここは岩山。自然に集まったものを少し手を加えたのかもしれませんね。駄馬は明らかに人の手で拓かれていて、土器や石器なども沢山出土しているそうなので、大きな集落があったことは間違いなさそうですが、この石たちがどのように使われていたかはあくまでも想像の世界なんですよね……だから浪漫も大きい。

> 考えてみれば、太古の日本、まず最初にやってくる人類は海からやってくるでしょうし、流れ着いたところにまず住もうと考えるでしょうから。
> 現在の都市を中心の発想ではなかなか理解できないですが、視点を変えると何だか納得です。
うん。今とは交通手段がまるで違いますものね。もちろん、山には山の民がいたとは思いますが、大きな集落は移動手段が容易な海や川に近いところにあったと思われます。もちろん昔のことは分からないことだらけですが、自然発生的に歴史には残っていない集落があちこちに存在していたんでしょうね。私たちは文字に残されていない時代の歴史については、知っていることはあまりにも少ないので、歴史で多くを学ばずに来ています。だからこそ、想像力が必要なんですよね。
また石紀行、お楽しみいただければと思います。
コメントありがとうございました!!

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2015/10/09 02:11 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/655-ba478b96
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)