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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】35.福島二本松・安達ヶ原観世寺~鬼婆伝説の巨石と猫たち~ 

安達が原入口
福島県二本松市安達ケ原の観世寺は謡曲や歌舞伎の『黒塚』の舞台です。山号は真弓山、726年に鬼婆を退治したという那智東光坊の僧侶・祐慶阿闍梨が開祖と伝えられています。
鬼婆伝説のお寺を訪ねると、丁度二本松の花火大会の日でした。まだ午前中と言うのに、近くの阿武隈川の河川敷の駐車場はすでに車でいっぱい。でもさすがにお寺に入ってくる人はあまりいませんでした。
ねこさんについて行こう
おいで、というように猫さんが歩いていきますので、中に入ってついていってみましょう。少しだけ拝観料を払わなければなりませんが……
観世寺境内
本堂側から振り返ったところです。左手には入口、そして行基作の如意輪観世音菩薩を祀る白真弓如意輪観音堂が右手に見えています。石はどこ? いや、実はねこさんについて入口を入った途端に目に入る景色には圧倒されます。
そう、巨石は、写真の観音堂の裏に集合しているのです。
入口から見ると
幾つかの本やブログさんでこちらの写真を見ていたのですが、こんな立地とは思っていませんでした。写真からは相当大きな石を想像できるのですが、そういう場合はほとんどお寺は山にあって、山を登りながら磐座を見て歩くという感じでした。しかし、ここは阿武隈川の川のすぐそばでほぼ平坦で、裏に少し丘があるけれど他には石がゴロゴロと転がっている感じでもないし……
お寺の人は「昔からこの形」と仰いますが、「昔」もいろいろ。どう見てもこの造形には作意がありますよね。そう、後にご紹介する笠石の形を見ると、これはドルメンじゃないかと思うのですよね。どこかから石が集められて(あるいは、古代には周りにもっと石がある地質だったのでしょうか)、まずはこの祭祀場が生まれ、そこに伝説が後付されて、お寺が建てられたのでしょうか。
イタリアなどでも、古いエトルリアの寺院の上にキリスト教の寺院が建てられています。以前にご紹介したいくつもの石たちもまた、原始の時代にはまず古い巨石の祭祀場があり、その後そこに神社や仏教寺院などが建てられていったのでしょう。
さて、順番に見ていきましょう。
鬼婆石像
入口を入って右手には鬼婆の石像があります。
鬼婆の名前は岩手。京都の公卿の屋敷に奉公していた乳母です。可愛がっていた姫が不治の病に侵され、占い師(陰陽師?)に「妊婦の生き胆を食べさせたら治る」と言われ、岩手は実の娘を置いて、妊婦の生き胆を探しに、東北のこの地まで旅をしました。それから長い年月が経ち、岩手はこの岩屋に住み、妊婦が来るのを待っていたところ、生駒の助・恋衣という新婚の夫婦が旅の道すがら宿を求めてやってきました。恋衣は妊娠していて産気づいたため、生駒の助が産婆を探しに出て行ったところ、岩手は出刃で恋衣の腹を切り裂いて肝を抜き取ったのです。
しかし、死んでしまった恋衣が身に着けていたお守りは、岩手が生き別れた実の娘に与えたものだったのです。これを見て岩手は狂って鬼となり、旅人を襲って生き血を吸って人肉を食う鬼婆となりました。数年後、熊野の祐慶阿闍梨がこの地にたどり着き、鬼婆の住む庵に一夜の宿を求めます。鬼婆が裏山に薪を取りに行った間に、鬼婆が執拗に「見るな」と言っていた閨の内を不審に思い、覗き見た祐慶は、累々と積み重なる死体を見て「これぞ噂に聞く安達ケ原の鬼の棲家であったか」と逃げます。途中鬼婆に追いつかれたので、如意輪観世音菩薩を懐から取りだし、経を唱えると、観音が光を放って現れ白真弓(マユミの木で作った弓)で鬼婆を射殺してくれたという伝説です。
この「見るな」は、日本の昔話によくある「見るな」の原型であると言われています。
鬼婆石像2
その鬼婆の石像も、こうして年月を経て雨風に削られ、丸くなっているようです。
如意輪観音に手を合わせ、改めて巨石を見に参りましょう。
まずは鬼婆が住んでいたという岩屋です。
笠石1
こちらがその岩屋・笠石。見た途端に、ドルメンだ、と思いました。基石となっている下段の石には『南無阿弥陀仏』という文字や仏様の御姿が彫られています。
笠石3
磨崖仏と言いますか、ちょっと見えにくいのですが線刻と立体的な彫像も見られます。
笠石2
笠石は横から見るとかなり深く庇になっているので、まさに雨風を塞ぐことができそうです。
笠石5
ちょっと落っこちて来そうにも見えますが、大丈夫そう。
笠石6
ドルメンだとしたら相当に大規模なものです。一体この造形は何でしょうか。周囲は山ではありませんし、傍には川もあります。どこかからこれだけ多くの石を運んできたのか、あるいは逆にこの辺りの石を取りあえず集めて、他が平地に均されたのか……
血の池
こちらは鬼婆が血の付いた包丁を洗ったという池。その池の上に、これもまた巨大な岩があります。
蛇石2
反対側から見ると相当に大きな石と分かります。この石は蛇石と言い、その謂れはいつの頃よりか白蛇がこの岩の一帯に棲みついて、白真弓如意輪観音の化身と崇められて、旅人の無事を祈ったと伝えられています。
休み石
蛇石の傍には、奥の細道で通りかかった松尾芭蕉が休んだとされる石もあります。
甲羅石
こちらは甲羅石。亀の甲羅に見えるからかな。いずれにしても巨岩累積、しかもこの岩の集合体の良いところは……
うしろから1
裏側に回っていきます。
うしろから3
ほら、登って行けそうでしょう?(登れるんですよ。でも、嬉しそうに石の上に登っているのは母と私だけだった…・・)
うしろ側から
しかも、潜っていけそうでしょう? この穴は「胎内くぐり」の穴です。もちろん、潜りますよ。
胎内くぐり中
あまりアップでお見せするものでもないので、ちょっと遠慮がちに……
石の上を歩く
石の隙間、上、歩いていると、何だか石たちと遊んでいるみたいです。
無理矢理潜る
お母ちゃん、そこは絶対通路じゃないと思う……
安堵石
こちらは安堵石。誰にも言えない胸の内の苦しみをこの石に託して心身の悩みを追放するという、聞き受けの石です。でもこの石……横から見たら安堵するよりもちょっと心配。
安堵石2
なんか倒れそう……とか思っちゃった不信心な私です。
夜泣き石
この石は木の柵に囲われていました(踏まれないように、かな)。「夜泣き石」……旅人が道中、この奇怪な岩屋に差し掛かると、鬼婆に殺められし赤ん坊の声と思しき泣き声が夜な夜な聞こえたと言います。
祈り石
こちらは祈り石。何か祈ったら願いを聞き届けてくれる石という謂れではなく、鬼婆に追いかけられた祐慶阿闍梨が如意輪観音さんに「助けて」と祈った石でもなく、なんと、追いかけるほうの鬼婆がこの石に封殺の祈り釘を打って「阿闍梨がそれ以上前進しないように(逃げないように)」祈ったという……え? そっち?
石たち2
名のある石、名前はなき石、こうしてたくさん、積み重なっているのです。ちょっと怖い伝説の石たちですが、その大元はやっぱり古代の石の祭祀場だったと想像され、あるいは石のアミューズメントパーク的面白さにも富み、眺めても登っても潜っても飽きない、素晴らしい石たちです。

親子猫2
さて、この観世寺、境内には猫さんがいっぱい! にゃんだかとっても可愛い仔猫が遊んでいました。
きょうだい猫
じゃれ合って戦いの練習中。そしてこちらが看板猫のチャコちゃん。
ちゃこちゃん
そう、入るときに入り口で「ついてきな」って歩いていた猫さんです。
というわけで、続きを読むから猫さんたちの写真館、お楽しみください。
さるすべりの紅葉
百日紅の紅葉も美しい秋の日でした。
(ちなみに向こうの塔はお寺のものではなく、近隣のふるさとセンターのものでした)

次回は同じく二本松市の岩角山の巨石群をご紹介いたします(*^_^*)

猫さん、続きを読むからどうぞ。
親子猫1
こちら親子は比較的一緒にいるみたいですが……
親子猫3
お母さんが移動すると……
つまかえた
きょうだいでじゃれ合って……「つかまえた~」
やめて
「やめて」
仔猫見上げる2
あら、いじけちゃった? 黄昏れてまた空を見上げています。
going may way
あれ、もう1匹、仔猫ちゃんがいました。こちら、全くgoing my wayです。
歩く猫
仔猫たちの相手に疲れたのか、お母さん、本堂の縁側を歩いています。
毛づくろい中
まったりと安全圏で、また別の猫さんが毛づくろい中。
ねこさん入り口
帰ろうとしたら、「もう帰るの?」とお見送りしてくれました。
まだいた
あれ、お寺の外にもまだ猫さんがいた。飼われているのか、居ついているのか、いずれにしても猫寺って感じで猫さんたちとの邂逅も楽しめるお寺でした。猫と巨石、絵になりますよね(*^_^*)
日蔭のちゃこ
チャコちゃん、巨石に登ろうとしているのかしら?

花火を見ていきなさいと勧められたけれど、いや、まだまだ巨石が私たちを待っているので、猫さんたちに後ろ髪を引かれる思いでこの地を後にしました。いざ、岩角山に参りましょう。
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


へえ

こんばんは。

ものすごい低レベルの驚きで恥ずかしいんですけれど、安達が原って、福島県?!
そうだったんですか。
なぜか、京都の近くのどっか寂れたところだと思っていました。無知。

ジンバブエの巨石のように、自然に不安定な形に石が積み重なってしまうものもあって、それはそれで「どうなっているんだ」と思うんですけれど、ドルメンやメンヒルのように人為のものも「え〜と、クレーンのない時代にどうやって」とか「こんな苦行をなぜしたいと思った?」とか、毎回首をひねります。

それを考えると、その跡地にちょっと豪勢なお寺や教会を建てたくらい「そんなの普通」と思ってしまうすごさが、巨石の遺跡にはありますよね。

それにしても日本にこんなに巨石があるとは。知らなかったなあ。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2015/11/13 02:48 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

こんばんは~。いや、全然低レベルじゃないですよ! 私もまるきり安達ケ原の位置など知りませんでした。みちのくのどこかとはボンヤリ知っていましたが、今回福島に行くことになって、巨石を調べてて、あら、そうだったのね! でしたよ。京都の近くのどこかの寂れたところでも全然ありですよね!
世界の巨石、自然の造形で「まさに地球の神秘~」ってのがありますよね。巨石の写真とか見ていると、世界にはあちこちに色んな面白い巨石があるんだなぁと感心します。行きたいけれど、きっと行くことは無いんだろうなぁなんてところばっかりで。でも、ウルルとアイルランドは行きたいなぁ。日本の巨石だけでも死ぬまでに行けるかどうか……
人為的になされたものも、上手く自然の造形を使って、何かちょっとしたことでできたものもありそうだし、いや、明らかに積んだよね!ってのものあって、本当に神秘ですね。いや、でもピラミッドもそうですけれど、現代人がしないような方法でやってるんですよね。えらいもんだ。苦行ではあるけれど、きっとそれで御給金も出ていたんだろうなぁ。普請事業だったんですよね。
その跡が放置されたところもあるけれど、こうしてお寺とか神社とかになって祀られていると、何だかやっぱりどれほどの時が過ぎても、人の気持ちってあんまり変わらないんだなぁと思ったりします。
日本は実はすごい巨石文化の国なんですよ。基本的にアニミズム、ですものね。
もっとすごい巨石の山、次回からご案内いたしますね。
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2015/11/13 20:47 [edit]


猫さま!!!!!!!!!!!!!!

安達原、鬼のすむ土地ということで鬼クラスタとしてはいつかは行きたい場所なのですが
こここんなに、猫様のすむ土地だなんて…おおお…!!!
子猫ちゃんにきょうだい猫ちゃん、一匹狼、じゃなかった一匹猫さま、
ああああああああああああ天使が(落ち着け)
観世寺行きたい~~~ふわ~~~~~~((((((=^ω^=))))))

みちのくの安達原の黒塚に鬼こもれりといふはまことか、平兼盛の歌にありますし
今年の1月に歌舞伎座にて猿之助さんが踊った演目にもなってて
歴史が深いですな安達原!!
あと、最初のお写真で「一隅を照らす」という最澄さんの石碑が目に留まりました。
天台宗のお寺なのでしょうか~。

鬼に会いに、胎内くぐりをしに、猫さまに会いに、すぐにでも行きたくなりました!
素敵なレポありがとうございます☆

ゆさ #- | URL | 2015/11/14 18:45 [edit]


こんばんは。

おお!猫のお尻が誘っているので思わず読んでしまいましたが、ちょっと後悔です。
なにがって、安達ヶ原の鬼婆ですよ。なんと悲惨な伝承でしょう。このお話も救いがありませんね。読んでしまってからちょっと後悔です。夜中にうなされそうな感じです。サキは安達ヶ原の鬼婆の話があるのは知っていましたが、こんなに悲惨な話だとは・・・。
昔話って、どれも結構非情で残酷ですから、こういうお話しもありかもしれませんが、可哀想、やりきれないですね。なにが白真弓だよ!とか思ってしまいます。すみません。

このたくさんの巨石はとても興味深かったです。相当大きいですね!あの岩、きっとドルメンなんだろうと思いますが、誰がどうやって作ったのか、想像するとワクワクします。それぞれ命名はありますが巨石にとっては余計なお世話かもしれないですね。彼等は(彼女等は?)ずっとそこにあるのですから。(意図的に動かされている物もあるのでしょうが)

あ、でもこうやって隙間に潜ったり穴をくぐったりは楽しいですね。サキもこういうのは大好きですが、お母様、メチャクチャお元気そう!彩洋さんは写っていないんですけれどバンバン歩き回っている姿を想像します。素敵ですね。
猫達の共演にも拍手を送ってコメントを終わりにします。
可愛かったです。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2015/11/16 22:00 [edit]


ゆささん、ありがとうございます(^^)

ゆささん、コメ返遅くなってすみません!!
はい、猫さまですよ~(^^) ゆささん好みの猫さんもいそうな安達ケ原でしたよ(*^_^*)
私はお能の黒塚は見たことがあったのですが、現実の安達ケ原がどこにあるのか(みちのくのどこか、としか知らなくて)あまり深く考えたことはありませんでした。このたび、福島に行くことになったので、下調べをしたら「あ、こんなところに!」でした。福島には埼玉在住時に結構通ったのですが(お酒のために^^;)、その頃は巨石を見て歩いてはいなくて(古墳は見て歩いていたのですが)。
平兼盛の歌も、おぉ、ここだったか、って。そうそう、そもそもそんなわけで阿闍梨もここへやってきたのですね。でもきっと、この巨石はそのもっと昔からあって、いったいどんな巨石文化の名残なのか、考えるだけでワクワクします。
埼玉からは近いですよね。ぜひとも訪ねてみてください! 仔猫ちゃんたちはすぐ大きくなっちゃうけれど、たくさん猫さんたちがいて、それぞれ印象深い猫ちゃんたちでした。中でもチャコちゃんは「背中で語る」系。鬼に猫、まさにゆささんにぴったりの場所ですね!
鬼伝説はどれも怖いけれど(お能と言えば鬼のお話ですものね)、歴史的には(時の権力に)まつろわぬ人々の存在を、文書に記された歴史とは違う形で教えてくれる貴重な証拠だと思っております。巨石って、そういう文字には残らなかった歴史の生き証人(あ、生きていることにしておいてください(^^))。見ていると想像力が刺激されます。
あ、そうそう、ここ、御推察通り天台宗のお寺みたいです(^^)
コメントありがとうございました!!

彩洋→ゆささん #nLQskDKw | URL | 2015/11/22 08:21 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

サキさん、コメ返遅くなってすみません!!
はい、猫のお尻に誘われますよね。この安達ケ原の鬼伝説、おっかない気もしますが、哀しい話ですよね。お能や歌舞伎の物語の中には多くの「なんで?」と思うような不条理なものがあって、その不条理がゆえに鬼になってしまう人間の物語が語られていますが、これもそのひとつなんですよね。人の生き死にが今よりもずっと「わけのわからないもの」に縛られていた時代、死を逃れることも命を繋ぐことも本当に難しくて、そこに悲しい人間の物語が生まれてきたんですよね。思えば私たちはいい時代に生まれていると思います。命の大切さを語ることができる時代なのですから。
あ、でも、夜中にうなされないでくださいね!

こちらの巨石の面白いとことは、周囲の風景から切り離されていることでしょうか。普通は「ありがちな風景の中」にあるのですけれど、これはどこからか運ばれてきたのか、あるいはものすごい昔はここらにはもっと巨石がごろごろしていて、ここだけ残ったのか、いずれにしても何で唐突にここにこれが?な感じなのです。サキさんもご一緒にワクワクしてくださって、とっても嬉しいです(^^)
しかも、きっと昔は子どもの遊び場だったんでしょうね。ここを登ったり、潜ったり、子どもたちと猫たちが似合う巨石の今の風景には、鬼婆の哀しい伝説は似合わない気がします。胎内くぐりはあちこちでできる場所がありますが、ここの胎内くぐりもちょっと楽しいです。次回の岩角山にも胎内くぐりがあって、それもなかなか面白いものでした。またご紹介いたしますね。
コメントありがとうございました!!

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2015/11/22 10:42 [edit]

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