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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】36.福島本宮市・岩角山(1)~マイナスイオンを浴びながら歩く巨石の森~ 

岩角山入口
今回ご紹介するのは、山が丸ごと花崗岩の巨石という聖地です。福島に岩角山あり、と言ってもいいのではないかと思えるほどの巨石の山。しかもひとつひとつの巨石が相当に大きく、密集しており、山を巡ると巨石の杜を歩いているようでした。多くの巨石には磨崖仏が彫られており、西国三十三観音を巡ることができるようになっています。
岩角山案内図
案内図を見るだけでも結構なトレッキングであることが分かりますが、岩の隙間を登って行ったり潜ったり、山道を辿ったりしながら巨石を巡る間、ずっとワクワクしていられる素敵な場所でした。ちなみにこの案内図(地図)、あんまり役に立たないかも……
岩角山六地蔵
入口では六地蔵さんが迎えてくれます。庫裏のような建物(あるいはご住職さんのお住まい?)はあるのですが、もちろん、例のごとく何の入山料も拝観料もなく、そのまま山に入っていきます。
弁財天の池
境内の入り口には七福神の像も祀られており(新しいものです)、弁天様の御池もあります。そしてもうひとつ不思議な現象がごくたまに起こるという金花水(金華水)の小さなお池があります。
金花水2
一体どんな現象? こちらをご参照ください。→福島みんなのNEWS~11年ぶりに黄金の花「金華水」蘇る 今も正体不明の現象 本宮の名刹・岩角寺~
金花水1
もちろん、私が行った時にはただ普通の池でしたけれど……こうして巨石に囲まれた池というだけで何か神秘的なものが漂っているような気がします。
さて、山に登って行きましょう。
説明文によると、こちらは天台宗比叡山延暦寺の直末寺にして、仁寿元年(西851年)天台宗第四組慈覚大師が開創されたお山で岩角寺と言います。現在の岩角山は、江戸時代当山の中興の祖である豪伝和尚と親交が深く、当山を篤く信仰し祈祷寺としていた二本松城主丹波光重公が火災にあって荒れ果てていたお山を再興せられ現在に至っています。
岩角山(1)如意輪観世音
巨石には磨崖仏が彫られています。ちょっと写真では分かりにくいのですが、1番ですから載せておきましょう。
岩角山(2)11面観音像
二番は毘沙門天堂脇の小さな建物の裏になっていました。観音像の彫られた巨石以外で名前のついている巨石は少ないのですが、とにかく見上げるような立派な巨石が、自然のままに積み重なっているのです。
毘沙門天堂
こちらは毘沙門天堂。木彫りの彫刻が素朴ながら見事です。思えば東北にはこうした素朴で見事な彫刻が施された寺社がたくさんありますが……何となく「その辺にある」感じ。いえ、悪い意味ではないのですけれど、素朴感がいっぱいというのか、都会だったらもっと大仰に扱われているだろうなと思ったりして。信仰の篤さとは無関係ですけれど。
岩角山(3-4)岩窟弁天
こちらには3番と4番の観音像が彫られています。鳥居には岩窟弁天の文字。鳥居ですから、もちろん人が悠々くぐれるわけで、そこから考えてこの巨石の石組の大きさをイメージしてくださいませ。
この少し形の変わった鳥居は山王鳥居。仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一を表しているとされます。この鳥居が象徴する山王信仰は、最澄が比叡山に天台宗を開いた折、唐の天台山の守護神「山王元弼真君(さんのうげんひつしんくん)」にちなみ、既に比叡山の守護神として鎮座されていた日吉大神を「山王権現」と称したもので、神仏習合の信仰です。
ちなみに日吉神社の総本山・日吉大社は滋賀県の神社ですが、全国に勧請された日吉神社は東北地方に群を抜いて多く、中でも一番が福島県。山王信仰と言えば山、巨石はつきものですから、やはり古い信仰を引き継いできた証なのかもしれません。
この石組の中は洞窟のようになっていて、短く細い階段から登ることができます。
岩角弁財天
「岩角」という名前の起源が、この洞窟の中にある幅15㎝、高さ75㎝の角状に突き出した岩で、寺宝であると書かれています。えっと……この弁財天が彫られた石(写真真ん中の五角形に見える石)のことでしょうか。「これです」と書かれていなくてよく分からなかったのですが、うん、寺宝もあっけらかんと扱われている感じで……(これは少し上方から見下ろしたところ)
岩角山(5-8)
さて、巨石散歩を楽しみましょう。観音様が彫られている石にはそれぞれ「西国〇番△△観音」と立札が掲げられています。
とは言え、写真に収めると観音様の御姿はあまりくっきりとは写らないので、何はともあれこれまで通り、巨石自体の姿を楽しんでいただければと思います。
この巨石たちの隙間を歩くのはなかなか楽しい。
岩角山(5-8)2
ひとつの巨石に幾つかの観音様が彫られているところもあります。このあたり、5~8番。
岩角山5-
光と紅葉との競演が美しい巨石たち。
岩角山(5-8)3
ふと振り返るとこんな光景なのです。道はそれほど険しいわけでもありませんし、これまでの巨石巡りみたいに道なき道を行く、ってことはないのですが、安心していたら「え? ここ?」みたいな狭いところや石・斜面登りもあったりして、アスレチック的にも楽しめます。
岩角山(10)千手観音
こちらの巨石などは別の側面から見ると、相当緊迫感のある重なりになっています(10番)。でも少なくとも何百年かこのままってことなんですよね。
岩角山(11-12)
こちらは写真では分かりにくいのですが、下から見上げていた時も相当に大きく斜面からせり出していて、落っこちないかなって心配になるのですが、そう思いながら覗き込みに行ったり写真を撮ったりしている自分の方が危険だったりすることのあるのが巨石巡り。これまで2度ほど落っこちて年単位で足を引きずっていたこともある私です……さすがに最近は学習して用心深くなりました。
岩角山(13)
そうそう、12番まで行ったら何故か次は14番だったのですよね。途中で那智観音堂などが修復中だったりしたので、通り難い場所があったのかもしれません。でも写真では順番に載せておきます(こちらは13番)。
こちらの写真を載せてしみじみ思いました。これ、実はかなり大きな石なんですよ。もちろん、人の背丈よりも全然大きい。でも写真ってやっぱり比較対象が無いとだめですね。今度からメジャー持って行こうかしら。
岩角山(14へ)
ほら、周囲の木々と小さな祠、石たちの大きさは一見分かりにくいですが、この「巨石の森」ではもうこの辺り、普通サイズです。
岩角山山中
境内入口にあった案内によると……
『東北本線本宮駅より8km、二本松駅からは10kmの南に位置し、標高337mの全山花崗岩を以って形成され、累積された巨岩奇石はわが国に於ける花崗岩浸食風景の代表的なものと言われ、またその昔は巨杉7-800年、欅の大木がうっそうと茂り、まさに幽谷の地であったと伝えられております。』
本当に幽谷。
岩角山(14-15)
14と15番で那智観音堂にたどり着きました。右端の緑の覆いは修復中の観音堂。
こんな山中の巨石群の中に、立派な寺社の建物があるというのは意外に少ないのではないかと思うのです。だって、ここ、「ちょっと巨石があります」なんてレベルではないのですよ。やはり東北の地、信仰の歴史は相当に古く、もともと人々が信仰していた原始の宗教の聖地に重ねて、当時の新興宗教(仏教だって巨石から見れば新興宗教ですよね)の聖地が積み重ねられていったのですね。
途中に興味深い石があります。
天岩戸2
さすがにこれは唸りますよね。自然の形でしょうか、人為があるでしょうか。その名も『天岩戸』。なるほど、です。もしかすると、古代の住居でしょうか。土器とか落ちてないかな、あるいは焚火の痕とかないかな、と思ったけれど、さすがにありませんでした。立地的には結構な斜面にあるので、入口はあまり安定した足元ではありません。
中に入ってみます。結構広いんですよ。見上げてみたら……
岩戸の中
狩人の休憩所にはもってこいかも。雨漏りはしますけれど。
更に進んでいきます。
岩角山(休息石の脇)
このように花崗岩の節理に沿ってぱっくりと割れている様子もしっかり観察されます。地質学的にも楽しめるところです。
この写真の足元に小さな石があります。これが……
休息石
そう言われたら座らざるを得ませんよね。ちょうどいい感じに腰かけられます。いや、わざわざ書いてくれてありがとうと思ったけれど……どなたか偉い方がお休みされた石でしょうか? 大師様とか領主様とか……
胎内くぐり遠景
さて、さらに登って行きますと、見えてきたのがまた素敵な石組です。近づいて石たちに対面すると……
胎内くぐり1
全体が写真に納まらないので、とりあえず『胎内くぐり』の部分をアップにします。なんと、男道と女道が分かれているのですね。もうお年頃ではないので、もちろん両方通りましたけれど^^;
男道は立ったまま通れますが、女道は屈んで膝をつかないと通れない感じ。
胎内くぐり2
母に向こうから覗いてもらいました。多少の遠近感はありますが、石の大きさが実感されます。この石組を反対から見るとまた風情があります。こんなふうに割れた石が間に挟まっている姿も、巨石紀行では定番となってきました。これがまたいい感じの留まり方ですよね。
胎内くぐり裏3
下の道から見たらまた石の違う側面が見られます。花崗岩は基本的に割れて崩れて崩壊していくものですが、この地中にはまだまだ巨石が埋まっているわけなんですね。
胎内くぐり裏
地上に顔を出している石たちの中には角ばったものも、こうして自然に丸みを帯びたものもあります。この長い丸みのある石を見ると、ついつい王蟲もしくは砂虫(DUNE砂の惑星……)を想像してしまう私です。
胎内くぐり裏2
さて、この胎内くぐりの場所から少し斜面が急になります。
舟石遠景
見上げると、少し大きな板状の巨石が見えます。下部にはいくつもの割れ目が見えています。
舟石
こちらは舟石で、上面は結構広い平面になっており、ここで雨乞いの祭事が催されたようです。
舟石から見上げる
その舟石から見上げると、巨石が迫ってきます。頂上が近いんですね。
かぼちゃ石?
あれ? 丁度この日はハロウィーンの翌日。1日遅れだけれど、カボチャだ~と喜んでいた私です。
かぼちゃ石2
ね? 絶対カボチャですよね! いや、チキンラーメンのひよこかも?

さて、この岩角山、まだまだご紹介したい巨石が累々……につき、前後編。その(2)に続きます。
案内板の続き。
『山間中腹には毘沙門堂、聖観音堂、大日堂、白山堂、新宮薬師堂、那智観音堂などがあり、山頂には奥ノ院阿弥陀堂、愛宕地蔵堂、日本三鐘のひとつで有名な鐘楼があります。
山内至る所に巨石が露出し、それぞれの形に即した名がつけられ、所々の石面には西国三十三観音と種々の仏、菩薩、天王、天神など八百八体の仏が刻まれております。
殊に山頂西端の眺望は素晴らしく那智火山から吾妻連峰に至るまで一望され俗塵を離れた仙境であります。
昭和30年に毘沙門天王と脇侍、吉祥天女、禅尼童子が県重要文化財に全山が名勝天然記念物に指定されました。』
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


金色の華、保健所に調べてもらっても解らないなんて不思議ですね。
たしかに、石ってなにか不思議なモノが宿っている感じがしますよね。
ウチの畑にも明らかに加工したような石があったりするので
何に使っていたんだろうと、想像を膨らませたりしてます。
(畑の近くに石器時代の住居跡があります)
ハロウィンのカボチャの石って、上に木が生えてるんですか?
これも不思議ですねぇ。

かぜっぷ #- | URL | 2015/11/25 19:08 [edit]


かぜっぷさん、ありがとうございます(^^)

かぜっぷさん、お久しぶりです。ご訪問いただきありがとうございます(^^)
> 金色の華、保健所に調べてもらっても解らないなんて不思議ですね。
そうなんですよね。いや、これはもしかすると科捜研の女に調べてもらった方がいいのかも……(^^)
しかも、たまにしか起こらない現象というのが尚更不思議ですよね。一度機会があれば見てみたいものです。
そして……え~、かぜっぷさんの畑にそんな不思議なものが?? しかも近くに石器時代の住居跡、だなんて、なんて羨ましい! そうですかぁ。私の夢は石の家または遺跡の横に住むことのなのですが、いいですね~。毎日ワクワクして過ごせそうです。そう言えば、有名な遺跡のいくつかは、畑を掘っていた農家の方や化石採りの少年が発見したりしていましたね。かぜっぷさんもそのうちすごい発見をなさるかも……
何か加工したような痕がある石……本当にどんなことで使っていたのでしょうか。石って、他の部分が朽ちても残っていることが多いし、それが何千年も経って私たちの目の前にあるってことなんですものね。もちろん、石だって崩れていくこともありますが……文書や文字として残されていない時のものが、こうして石の記憶に残されているんですね~
カボチャが乗っている石ですが、多分石を割って木が生えてきているんですね。あちこちに「石割○○」って木があったりしますが、他の写真にあるように日本の石の多くは花崗岩で節理に沿って割れたりするんですね。その一部は砕けて土になって、もちろんそこに木が生えたりして。木が大きくなると、根が石を割ることもあるようです。自然の力を感じますね。
次回も岩角山、続きます。また遊びにいらしてくださいね(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→かぜっぷさん #nLQskDKw | URL | 2015/11/28 02:51 [edit]

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