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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】38.福島市の巨石~五輪石・金華山立石・岩谷観音~ 

2016年最初の巨石紀行は、引き続き福島市内の巨石たちを巡ります。
まずはオリンピックイヤーに相応しい、その名も『五輪石』からご紹介いたします。
 五輪石稲荷神社~オリンピックイヤーにはぜひ注目したい巨石~
五輪石5
目にした途端に「おぉ~」と声を上げたくなる巨石です。アプローチは比較的(車なら)容易で、国道4号線を南下してから富岡海道に入ると、途中に案内の看板を見つけることができます。そこを曲がってから、神社の入り口を見つけるのは少し迷いますが(あまりにも民家の傍に唐突にあるので)、曲がり道でちょっと覗きこむと、この赤い木の鳥居が見えます。
五輪稲荷神社鳥居
手作り感あふれる木の鳥居ですが、赤くしっかりと塗られたペンキが新しいところを見ると、地元では大事にされているのでしょうか。由緒も何も書かれいませんし、無人の神社ですので、細かなことは分かりませんが、ひとつだけわかっていること! オリンピックイヤーにはぜひ注目を集めて欲しい巨石だということです。
この鳥居を潜って、右手を見上げると。
五輪石
山の斜面にすぐにこの巨石の重なりが見えます。地震でよく崩れなかったというのか、崩れなかったのなら崩れないだけの理由があるんでしょうけれど、見事な五輪塔、と言ってもいいのではないでしょうか。
近づいて見に行きます。もうひとつ、同じような鳥居があり、これを潜って行きます。
DSC_0516.jpg
どう五段と数えるのか少し難しいですが……じっと見ていると、どうやら下の3段は明らかに自然の造形のようですが、上の2段は、たまたまどこかから落ちてきてこの形に留まったのか、あるいは敢えてこの形に重ねたのか、興味が尽きません。
五輪石6
五輪塔とは、古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた 五大(空・風・火・水・地)を象徴するもの。上から空輪=宝珠形、風輪=半月形、火輪=三角形(または笠形、屋根形)、水輪=円形、地輪=方形です。
五輪石2
下から見上げると、こんな感じの迫力です。
お稲荷さん
小さなお社の中にお稲荷さんが祀られていました。文字や布の感じから、決して放置されているのではないことが分かります。地元の人が立ち寄っては手を合わせていく、そんな祈りの場なのかもしれません。
ちなみに、見上げると、上のほうにも行けないのかと気になってきたので、ちょっと山を登ってみようと思いましたが、道はなく、さらに車で背後の山に登ってみましたが、お寺と駐車場らしき場所があるものの、石の上に出ることはできませんでした。
fukusimasi.jpg
この駐車場からは安達太良山や磐梯山が見えるようです。残念ながら曇っていて天辺は見えませんでしたが、雄大な景色ですね。裾野の広い山は雄大で、みている方も気持ちが大きくなるような気がします。
五輪石9
この迫力ある五輪石に別れを告げ、今度は市内の少し北側に行ってみます。

金華山・立石~ご婦人向きではありません?~
目的地は信夫山。西側の羽山(湯殿山)、中央の羽黒山(谷山)、東側の熊野山(金華山)の三山(信夫三山)の総称です。
そう、古今集にも登場する、源融(とおる)の「みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れむと思ふわれならなくに」で知られている「しのぶもじずり」の「しのぶ」なのです。信夫文知摺石というのは、その石に布をあてがって、その上から忍草などの葉や茎の色素を摺り付けて模様を出したという石のこと。その石が文知摺観音にあるのですけれど、今回は時間の都合で割愛。
あ、【物語とか雑文とか】のしのぶもじずりさんの由来の石……?
信夫山道
信夫山は周回道路のようなものがあるのですが、かなり細い道で、車道に車を停めておくことはできません。幾つか駐車場があるので、そこに車を停めて少し歩きます。山自体が岩場のようです。この信夫山にはいくつか名のある石があるようですが、今回は金華山の立石を目指します。
立石登り口
ここが登り口。
立石看板
以前、どちらかのブログで拝見した時はもっと古い看板に「(急斜面なので)ご婦人・子どもには向きません」って書いてあったのを拝見したのですが、綺麗な看板に代わっていて、「急な坂道ですので気を付けてください」となっていました。「ご婦人には出来ない」なんてのは、男女差別みたいで現代的ではないってことになったんでしょうね。しかもこういう場所は子どもには恰好の遊び場でしょうから、子どもこそ楽しく登っていたりするのかもしれません(震災後は簡単に外で遊べなくなっているのでしょうけれど……この信夫山も例外ではないようです)。
立石登る2
でも確かに、結構急な階段を登って(一段の高さが高い)、更にかなりの急斜面を上がります。
立石登る
坂道は急だけれど、5分ほどで頂上へ。
立石1
写真で見る印象よりも、かなり立派な立石です。斜面に立っているので、少し登って高い側から見ると、石の印象ががらりと変わります。
立石2
上から見ると、半分くらいしか地上に顔を出していないので、ちょっと小さい石に見えちゃう。
立石4
少し回っていくと、岩肌の質さえも少し違って見えます。
立石5
ひとつの石なのに、色んな顔に見える。だから、できる限り巨石を見る時は360度、其々の顔を見ようと思って周りをうろうろ回ってみたり、時には上に登ってみたりするのです。
立石7
もう一度下に降りてきて、少し横へ回ってみます。足場は悪くなるので、360度と言うわけには行きませんが、やはり下から見ると迫力があります。
立石8
横顔を見てから、もう一度正面の顔。人の顔も色々ですが、石の顔もひとつじゃないよ。だから一つの方向からだけ見ていたら、その人(石)の本当の魅力は分からないんですよね。って、思いながら、いつも石を見ているわけですが、こうして見ているとひとつひとつの石に愛着が湧いてくるのです。それにこの立石は肌の色合いもじんわりと湧き出してくるようで素晴らしいですね。
立石9
こちらで見た看板によると。
『このあたりは立石山という。切り立った巨石が連なり、丸子口から登拝する人の修行場であった。昔のこと、信夫山の神々が不思議なこの立石の形を作ったとして、山上の山の神を祭り、このあたりを聖地とした。
ここから北の方角を見ると、松川、摺上川を越して西根郷(にしねのさと)といった伊達市の西部を見渡すことができる。
江戸時代の初め(1630年頃)に西根堰を掘るために、ここの立石のひとつから見通して測量したと伝えられている。』
立石3
この立石の周辺にも多くの石たちが見られますし、また福島市の景色も……う~ん、雲がかかって残念ですが、素晴らしい。
立石からの眺め

岩谷観音~民衆が育む信仰の地~
岩谷観音看板2
磨崖仏7
どうでしょうか、この柔和な表情。ふと、大分の臼杵の石仏たちを思い出しますね。
残念なのことに、この地の石仏・磨崖仏は随分と風化しており、その姿を完全に留めているものは少ないのですが、それでも崩れながらも信仰の形の原型に近いものを残しているような気がします。だって……
磨崖仏8
何ともユニークな愛嬌のある表情のお不動さん。ここにある石仏・磨崖仏たちは、かなり完成度の高いものもありますが、中にはその辺の人が彫ったんじゃないかと思われる、ちょっと下手っぴぃな出来栄えのものもあるのです。修行者が高い信仰心を持って、そして厳しい修行の中で彫り出した石の仏たちも凛として素晴らしいけれど、こうしてもう少し市井の民衆がちょっと現世にまみれながらも彫り出した仏たちもまた素晴らしく、ごく身近な信仰の形を感じることができます。
さて、ここは信夫山の麓です。車で小さな疎水を渡り、小さな駐車スペースに車を停めて、見上げるとこんな階段。
岩谷観音階段
これを登るか、脇に九十九折の道があるので、そちらを選ぶか。
岩谷観音登る
何はともあれ登りましょう。
岩谷観音看板
こちらには看板があります(クリックすると拡大します)。桜の季節にはさぞ美しいことでしょう。
岩谷観音
登り切ると、観音堂と石に彫られた仏様が迎えてくれます。
観音堂。説明によると……
『平安時代の末に、飯坂の大鳥城に居城を構えて信夫郡一帯を支配した佐藤庄司基治は有名ですが、その叔父と伝える伊賀良目七郎高重は、ここ五十辺に館を構えていました。この子孫である春顕が応永23年(1416)10月に先祖伝来の観音像を本尊として建立したのが観音堂の始まりと伝えられています。』
うぅ、有名かどうかわからないのですけれど、そういう御由緒のようです。
磨崖仏1
この上に古峯神社と書かれた碑がありますので、古い時代から山の神様を祀る場所だったのでしょう。ここにも、原始から巨石を核とした信仰の聖地があり、後に磨崖仏も彫られるようになったという流れなのかもしれません。
磨崖仏3
全体像をお見せするのが難しいのですが、アンコールワットやボロブドゥールの仏教遺跡の原始版をイメージしていただくといいかもしれません。この観音堂のある層が第一層。
磨崖仏2
磨崖仏群についての説明によると。
『西国三十三観音本尊像をはじめ、60体に及ぶ供養仏がありますが、宝永2年(1705)の聖観音像、同7年の巳待供養弁財像が年紀の分かるものとしては古いものです。三十三観音像もおおかたこの頃から彫られたと思われますが、西国の札所名と本尊の御姿が正確で仏像の儀軌に通じた修行僧が敬虔な鑿を振るったものと思われます。』
思えば、西国三十三観音とは関西の霊場。ここ東北・福島の人々が、西国の霊場詣でに憧れ、とは言え、遠くてなかなか行けないので、そのミニチュア版を作って信仰の対象としていてくださったわけなんですね。
岩谷観音3
雨宿りもできそうです。
そして、少し階段を登ると、第二層に上がることができます。
岩谷観音2
第二層目にも、素晴らしい磨崖仏が彫られています。
磨崖仏6
磨崖仏5
一部崩れかけているようで、近づけない場所もありますが、ほとんどが間近で見ることができます。
岩谷観音からの景色
ここからもまた市内を見下ろすことができます。

内容は少し重なっていますが、看板に書かれていた岩谷観音の説明を載せておきます。
『古くから「岩谷観音」の名で親しまれてきたこの地は、民衆の素朴な霊場であります。
それは平安末期から鎌倉期にかけて五十辺の「館」に居館を構えてきた豪族・伊賀良目氏が持仏の聖観音を安置した「窟観音」に始まるものと思われますが、遠い都の貴族たちの三十三観音巡拝の風が地方の民衆にまで普及するにつれて、西国三十三観音の磨崖仏が彫られ、現在の「岩谷観音」が形成されました。その時期は宝永6~7年(1709~10)前後と思われます。
ともあれ、市内唯一の磨崖仏であり、かつ三十三観音の他60体にも及ぶ供養仏が群像を成している偉観は他に類例が少なく、そのできばえも素直で美しく、民衆の信仰の敬虔な心をよく伝えております。
桜の花時や新緑の風薫る季節、はては松林に紅葉をめでながら眺望するもよく、半肉彫りの仏像群を排し歴史をしのびながら遊歩するにたる史跡および名勝地として指定しました。』
立ち枯れあじさい
立ち枯れの鮮やかな色合いの紫陽花に見送られて、この地を後にしました。

さて、次回も福島市内~(一部)二本松市の個性豊かな石たちをご紹介していきます。
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


こんばんは~

『五輪石』も金華山の立石も、本当に大迫力です。
そして今回もなかなか険しい巨石の旅だったのですね。
もう、絶対に私にはたどり着け無さそうな場所・・・。
(いつも一緒に行かれてるお母様、すごい!)
でもこうやって辿って行くと本当に、地元の人々の信仰心がじわじわと感じられるのでしょうね。

あ、そして、アルファさんのブログ大賞、最終選考に残られていましたね!
大賞は逃したけど、すごくうれしかったです^^

lime #GCA3nAmE | URL | 2016/01/15 21:45 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

わ~い! 【石紀行】にもコメントをありがとうございます! いや、この石紀行はコメ貰いにくい記事なのに、嬉しいです(^^)えっと、そうなんですよ。五輪石。見た瞬間、わわわ、と思いました。写真では見ていたのですけれど、こんなかんじだったのか! と。金華山の立石も、写真では背の低い方の側からのを見ていたので、反対サイドの姿を見て、え!こんな迫力のある巨石だったのか! それは古代から祀られているわけだ!と思いました。
福島市は、今でも子どもたちの外出など微妙なところもあるようで、こうした山の中でも放射線量を示す電光掲示板があったりしました。所詮外部被ばくですし、人体に影響のないレベルだったのですが、それでもそういうものを確認しなければならない中で生活している人たちは大変だろうなぁと思いを馳せておりました。本当に、気持ちだけでもいっぱい応援したいと思いながら山の中に入っていたのですが……何かもっと力になれたらいいのになぁ……

うちの母、さすがに最近はちょっと「この岩に登るのはやめとくわ」ってことがありますが(あくまでも「岩」に登らないだけで、岩には行きつく)、ほとんどのところは登っております。いや、私が母の年齢になった時、同じことができるかと言うと、ちょっと自信がありません。でも、そこに岩があるから……(^^)
地元の人たちの想いが少しでも伝えられたらいいなぁ。うん!

> あ、そして、アルファさんのブログ大賞、最終選考に残られていましたね!
> 大賞は逃したけど、すごくうれしかったです^^
言われて初めて見に参りました。ほんとだ。わお、ありがとうございます!
でも、なんか最後の方、あまり気にしていなかったのですけれど、かなり下の方へ押し下げられていたような……でも、最初のうち、皆様のお力でちょっと上位にいて、そのおかげ様だったのですね。うん、ほんと、感謝です。
でも、あ~、やはり「世間受けはしない」という評価だったようで^^;
それでもしつこく、石紀行は続くのであった。これからも暇つぶしに読んでやってくださいませね。あ、お忙しいのに、すみません! でも少しでも石に癒されてくださると嬉しいです(*^_^*)
コメントと応援、ありがとうございました!!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2016/01/16 01:41 [edit]

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