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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】39.福島錦町の巨石群~縄文時代から静かに時を待つ銘石たち~ 

Google mapを見て、この場所に合わせてストリートビューをみると、どう見ても思わず車を停めちゃうよね、という景色なのです。
道はこんな感じで開けていて、道端にいきなり石が立っています。
二本松市錦町
脇に道もあるので、ちょっと停めさせていただいて、周囲を覗います。
実はこの先にある「吉祥寺」を目指していたのです。カーナビはもっと先を指していたのですけれど、何よりもGoogle mapで見ても道と「錦町」という薄い文字があるのみで、何の目印もなく……でも行ってみるものです。
ただ、下調べが行き届かず、上の左のこんもりとした小山(植え込み?)の少し先の裏側にも石があったようですが、その時は気が付きませんでした。

何はともあれ、この道路脇に唐突に屹立する巨石をご紹介しましょう。
立石1
後から確認すると、この左手の巨石が「立石」、そして右手の巨石を「烏帽子石」というようです。
ところで、この石の存在はかなり「唐突」です。周囲には巨石はあるものの、この2つの石は開かれた場所に「わざわざ立てた」ように見えるのです。しばしば、ひとつの石が割れた形で祀られているのを見ますが、これはまるで別の石。噛み合うところがありません。
もともと石は3つあったという話があるのです。これについては、yo-hamadaさんという方の古代「オリオン信仰」巨大三つ石か!という記事に大変詳しく面白く書かれていますので、ご一読くださいませ。
ちなみに上の写真の、2つの石の間にちょこんと小さな石が見えますが、こちらではないようです。3つ目の石はもう少し後方にあったようで、上が破壊されたのではとのこと。
立石2
この2つだけでも、まるで扉のように見えますね。あるいは何か結界を示すものだったのでしょうか。
立石3
ね。唐突ですよね。もとは一帯が神社の敷地だったようですから、まさに結界か何か、目印の役割だったのかな。
立石4裏
裏側に回って道路の方を見てみます。こちらから見ると、何だか覗き見をしている気分に。
立石5裏
間にちょこんと見えていた石はまるで祭壇のようにも見えますが、石の表側にあるわけではないので、ちょっとイメージが違うかな。もしも3つ目の石がこれらの2つの巨石の後ろにあったのなら、この小さな椅子のような石に座って取り囲まれたら、どんな感じだったかしら。何か小さな世界の中にいるような気持ちになったかもしれません。
yo-hamadaさんはオリオン信仰(三ツ石信仰)につながるのではと書かれていました。グラハム・ハンコック氏の『神々の指紋』を思い出します。でも確かに、天に見えるものを信仰する、地上で再現する、なぞらえるというのは古代においてはありがちなこと。何か深い意味がありそうです。
ちなみに人物くらべ。
立石6大きさ比べ

さて、先ほどの道路の写真で、「山神さま」と書いたあたりから見上げてみましょう。
立石明神道路から
木々に覆われて見えにくいのですが、見上げてみると、思わず「おぉ~」と声を出してしまうような迫力なのです。
上の写真の右手よりから見ると、斜面に巨石が重なり合っているのが分かります。
横から見る
例のごとく、大きさ比べをしてみましょう。
御神楽石大きさ比べ
道路から見上げる位置になるので、余計に大きく感じられます。いや、実際には下から見上げて写真を撮っているので、もっと大きいということですよね。これは御神楽石と呼ばれているようです。
御神楽石の前には、このように石を抱くようにして欅の木が生えています。荷鞍石です。
荷鞍石
あ、全体が写っていませんでした。でも、大体わかりますね。
御神楽石2
あれこれ工夫をして、この大きな石が見た目通りに感じていただけるようにと苦心してみましたが、やっぱり私の技術とカメラでは限界があるようです。
でもこの巨石の表面、比較的平坦なのですが、また例のごとく、太陽がここに当たったら、真っ白に見えるじゃない! と思ったり、私が修験者なら仏様を彫りたくなるわ、と思ったり。行った時には、結構木々に隠れるようになっていて、車で走っていても先に目に入ったのは立石と烏帽子石のほうでした。
御神楽石3
実はあちこちに立札があるのですが、どの石を指しているのか分からないものも多く、字もすっかり褪せています。1995年ごろに整備されたようですし、平成元年と記されたものもありましたので、少なくとも20年はそのままなのでしょう。その間に錦町もいわき市の一部となり、色々と変わった面もあるでしょうし……でも下草などは刈られていてそれなりに手入れはされているように見えましたので、ぜひとも立札をリニューアルして縄文遺跡の遺構や出土物と合わせて遺跡好きの目を楽しませていただけたらいいなぁと思ったりしています。
でも、今回はっきりと確認できたものの中にこんな石も。
金たま石
あ、小さな石なのですよ。立札の字は写真では読めませんが、近づくと確認できました。車を停めた脇にありました。
立札には「金玉石」と。なるほど、いつも見るようなシンボル系ではなく、玉の方ですね。他にもごろごろ大きな石がある中で、この小さな石には名前をつけたくなった人々の気持ち……ちょっと分かる?
御神楽石の上の方へ登って行ってみましょう。
御社へ上る
この階段の手前に「鶴石」というのがありました。
鶴石
え? 鶴に見えない? そうなんですよ。これはどうやら対になる亀石というのがあるので、鶴亀で縁起でつけた名前なのでしょうか。どちらも半土中に埋まっていて、全体が分かりませんが……掘り出して山が崩れても困るので、このままで。
御社2
階段の上にはお社。右奥に御神楽石のてっぺんが見えています。
御神楽石4
近づいて見ても、やはり迫力のある石です。見下ろせる場所に行くと、結構怖かったりして。
御神楽石5
落ちそうにも見えますが、上手く組上がっているようです。もちろん、こちらは自然の形態で、決して組み上げたものではないようですが。
御神楽石の上
御神楽石の上には立石明神石塔群があります。山神、大黒天、養蚕明神、庚申石、などなど、神様がにぎやかに集っています。

さて、実はお社の前、階段の上でまず出迎えてくれるのはこの不思議な石です。
棒状石製品
「棒状石製品」と書かれています。すごく無造作に置かれているのですが、ここには説明文が。

『長さ約85cm、最大径約27cmの棒状石製品である。出土場所は縄文時代の遺跡内であり、同じく出土している土器の紋様から推定して縄文時代中期ごろ(約4500年前)の遺物であろう。形状から見て日常的用品ではなく、信仰(呪術)的なものとして用いられたと思われる。
当区域は数多くの大小奇岩から形成され、立石明神として崇敬されているが、縄文遺跡でもあることから太古より崇拝された霊岩地帯であることを示唆している。』

そうなんですよ。後から考えれば考えるほど、この区域には「巨石群」があると言ってもいいわけですね。いや少なくとも「石の遺跡区域」ですよね。縄文遺跡もあるということなら、ぜひともマップが欲しい! 
だって、お社の外に説明文があって、「戦後50年を期にこの辺りの石造物を調査して、以下のものを『銘石と石造文化財』として表示した」と書かれていたのです。そこに挙げられた石は以下の通り。

『立石明神地内 御神楽石 立石 烏帽子石 金玉石 荷鞍石 舟石 鶴石 亀石 および 奉供養勢至菩薩 親庚申 奉待大黒天成就磨崖仏 立石明神石塔群 棒状石製品 不動滝地内 達磨石 不動滝 鳥石山地内 勘定石 弁天岩 鳥石 および 庚申供養磨崖仏 塞の神地内 道陸神 血吹石 耳垂石 吉祥寺 石塔婆』

こんなにあるのか! 通りすがりの私に確認できたのは8つくらい? もったいなかったなぁ。
申石?
ちなみにこちらの明神さん、申石に囲まれている!
えっと、これは庚申石(庚申塔)ではなく、ただの申なのです。

庚申というのは道教の教えのなかにある三尸(さんし)の虫の話から、庶民に信仰されています。まさに民間信仰ですね。
三尸の虫というのは、人が生まれながらに体の中に持っている虫で、60日に一度(庚申の日)にその人が眠っている間に身体から抜け出して天に上り、天帝に「こいつ、こんな悪いことしてましたぜ」とチクるんだそうで、その罪過に応じて人は病気になったり、寿命が縮まったりするのだとか。で、庚申の日には三尸の虫が天帝のところに行ってチクらないように、寝ないで過ごすわけです。
これが健康長寿を祈念するという信仰になっているのですが、この時に寝ないように?遊戯や懺悔を行ったりするんだとか。
あら、懺悔するのね? でもこの虫はいい奴なのか悪いやつなのか……性善説か性悪説かってのにも繋がりますね。

申だけだと「病気が申=去る」ということなのかしら?

ここにもまた、太古の昔の石信仰が、形を変え、他の信仰と混じり合い、長い年月をこの土地と共に分かち合ってきた、その時間が折り重なっています。
縄文時代からの遺跡が残るこの地域に、庶民の願いが息づいている。そんな静かな場所です。
縄文時代から現代まで、石はそこに在ったんだよね。そして、人々がその周りに集っていた。そう思うととても豊かな気持ちになります。
今回、下調べが足りなくて見損ねた石たちを、またぜひ見に行きたいと思うのでした。その時には、持参の白地図に石の印をつけて行かなくちゃ……(いや、いつも結構色んなブログさんを頼りに石の場所に地図に印をつけて行くのですけれどね……現地に行くまで分からないことが多すぎて……)


次回は郡山市の不思議な岩脈にご案内します(^^)
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


うわーー!!!

すごいですね~~~!!!
さまざまな形態のさまざまな巨石が
これでもかというくらいあっちにもこっちにも!!!
これはもう石のテーマパークというか
巨石のディズニーランドと言ってもいいくらいですね!!

福島ということですが
地震でも巨石たちに被害は無かったのでしょうか・・・
大昔から地震には耐えてここに居続けていたのかな?

それにしても本当に素晴らしいところですね~o(≧∀≦)o

かじぺた #- | URL | 2016/02/10 02:17 [edit]


かじぺたさん、ありがとうございます(^^)

かじぺたさん、なんかすごい時間にコメントありがとうございます!
っても、私も人のこと言えないことがよくありますが。
はい、今回もなかなかの迫力ある石たちとの出会いがありました。こちら、福島の石たちは、平地やせいぜい小山にでん!とあるって感じで、奥深い~山の中ではないので行きやすいのですが、空間が広くて見落としたら通り過ぎちゃう^_^;
でも、存在感は特別ですね。周囲が広いとやや小さく感じちゃうことがありますが(家具屋で見る家具が小さく見えるのといっしょ……家に持って帰ったらでかい!)、それでも大きいので、相当にでかい代物だなぁと。
そうなんでよ、これは地図が欲しいですよね。ディズニーランドと同じように、入口で(どこ?)渡してほしい! 何しろ、目印が何もないのです。建物も少ないし、田畑と森くらい? 本当にその辺を車で走り回っていたら偶然見つける、みたいな感じです。
地震の影響のあったところもあるかもしれませんが、ひとまずは影響なくそこに残っているものの方が多いですね。それよりも、場所によっては山中、土や溜まった水などに残っているものが問題みたいで、今も除染作業が続いているとことがありました。こちら、いわきや二本松のあたりはあまり関係がないみたいですが、いつもそういうことを心に引っかかりながら生活している人たちの思いとか、しみじみ考えちゃう旅でした。

> それにしても本当に素晴らしいところですね~o(≧∀≦)o
はい。この広大な感じ。福島は本当に美しいところです。
まだまだ福島の石、続きます! 引き続き楽しんでやってくださいませ。
コメントありがとうございました!!

彩洋→かじぺたさん #nLQskDKw | URL | 2016/02/10 07:46 [edit]

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