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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

[雨168] 第36章 I LOVE YOU(2)姫君の本音 

【海に落ちる雨】第36章その(2)です。
孫タイトルはもう、気にしないでください。姫様トーク炸裂です。

 登場人物などはこちらをご参照ください。
【海に落ちる雨】再開に向けてのキーポイント
【海に落ちる雨】登場人物



 京都に着いて、病院までもあっという間だった。
 だが、大和竹流の病室が近くなるにつれ、美和の足はうごかなく重くなってきた。やっぱり距離は実測ではないのだと思った。詰所にも近づけず、美和はエレベーター前の待合に戻りかけたが、病室を出てきた葉子と目が合ってしまった。
 葉子は、あ、と小さく声を上げて、一旦病室の中をちらりと覗くと、美和のところまで早足でやってきた。

「竹流さん、今眠ってるから」
 葉子はそう言って、美和を待合のベンチに誘った。
「大家さん、どうですか」
 葉子はうん、と曖昧な返事をしてから、美和を見た。
 葉子はほとんど化粧っ気のない顔で、背中の真ん中辺りまで届く髪をひとつに束ねて、いかにも病気の家族を看護している、それも決して悲壮感だけではない、必ずその病人を良くしてみせる、という決意を漂わせていた。

「肺炎のほうはもういいみたい。肝機能とか骨髄機能が少し弱ってるけど、そのうち戻るだろうって」
 葉子は息をつく。
「相変わらず精神的には辛そうだけど、それについては何も言ってくれないの。夜はずっと魘されてるし、昼間も時々起きたまま冷たい汗をかいてる時もあるし」
 美和は、この人はやはり可愛らしいだけではなく、強い人なのだと考えた。苦しむ人の傍にいて、その人をちゃんと見つめて、守ろうとしている。
 私は、仁さんからも先生からも目を逸らそうとしている。
 真が魘される声が耳の中で小さく唸っていた。
「先生と一緒だ」
 葉子は顔を上げた。
「お兄ちゃん、ずっと意地張ってる?」

 美和は暫く葉子の顔を見ていた。意地を張っている、という言葉が適切なのかどうか分からなかったが、この人が言うと、ただそれだけの事に思えてしまうから不思議だった。
 一刀両断のしかたが間違っているけれど、切ってしまえば案外断面は単純だった、ということを、この人は分かっているのかもしれないと思う。
「先生も、毎晩魘されてる」
「どうせ魘されるんだったら、一緒にいたらいいのにね」
 それもそうだ、と美和も思った。
 やっぱりこの人はかなり変わっていると思いながら、美和は葉子の顔を改めて見つめた。可愛らしい日本人形のような優しい風情なのに、どこか素っ頓狂な側面がある。多分、私と同じで同い年の女の子達と上手く話が合わない、合わせるのは下手ではないかもしれないけど、どこかで少しずれているような人だと思った。

「葉子さんは、どうして先生を諦めたの?」
 美和の突然の質問に、葉子は少しの間美和の顔を幾らか驚いたように見ていたが、やがて少し微笑んだ。
「竹流さんがいたから」
 やっぱり、一刀両断の方向が間違っているような気がするけれど。
「じゃあ、先生はどうして葉子さんを諦めたんだろう」
 葉子は行儀良く揃えていた足を少し斜めにした。
「そっちは多少複雑かもしれないけど、大筋は同じことじゃないかな。竹流さんがいるから」

 美和は暫く葉子の顔を見つめたままだったが、幾らかおかしな気分になって少し笑った。
 この人は不思議な人だな、と思う。
 さすがに真と竹流のお姫様だけのことはある。そもそも「お姫様」という人種はかなり抜けていて、世間常識からはずれているものだった。この人はナイトたちに、平気な顔で、あのお月様を取ってきて、と言うのかもしれない。そしてナイトたちは大真面目な顔で、その命令を果たすべく月にだって飛んでいく。あり得ないことだって、このお姫様が命令すると実現可能な願いに変わってしまい、ナイトたちはちゃんとお月様を手に入れてお姫様に差し出すのだ。まさにお伽噺のように明瞭であっけらかんとして、複雑な感情の膨れ上がりや行き違いも、科学的な可能不可能も、完全にどうでもよくなってしまう。
 こういうタイプの人は同性からはあまり好かれないのだろうと思ったが、今の美和には新しい視点に触れたようで心地よかった。

「普通、自分のお兄さんがそんなふうだったら、嫌だったりしませんか?」
 え? そうなの? と不思議そうな顔見せてから、葉子は笑った。私、普通じゃないかも、なんて彼女は思ってもいないのだろう。
「そうなのかしらね。でも、私にとってお兄ちゃんは天から降ってきた騎士だったから、ちょっとばかり人間離れしていたのかも。ちっちゃいときは一緒に暮らしてないし、初めて会ったときは小学校の高学年で、場所は浦河の牧場。お兄ちゃんは馬に乗って登場して、手を引いて馬に乗せてくれて。ね、絵に描いたような王子様の登場じゃない? その頃から中学くらいまで、お兄ちゃん、異様なくらい綺麗だった。あ、世間で言う美少年って感じじゃなかったけれどね。線の細い危なっかしい美少年ってのじゃなくて、すばしっこい野生の生き物みたいで、今よりずっと異国の血が色濃く出てて、誰もが振り返るって感じじゃなかったけど、見つめちゃったら目が離せなくなるみたいだった。私も、正直うちの兄はどうなっちゃうの、っていうくらいどきどきしてたのよ」
 葉子は美和に微笑みかける。
「でも話してると、単にちょっと常識のずれた、都会に戸惑っている田舎もので、あの頃は気を抜いたら凄い北海道弁だったし」

「北海道弁?」
 真の北海道弁、それはかなりアンバランスな組み合わせでかえってすとん、と納得のいく面もある。
「そう、北海道の沿岸部って、札幌とか内陸部とは違ってほとんど東北弁に近い感じなの。はっきりって何言ってるのか分からない時もあるし。それに、東京に来た頃、ものすごいわけの分からない言語も呟いてたの。竹流さんとお父さんが、アイヌ語だろうって」
 アイヌ語、と美和は素直に素っ頓狂な声を出して、それからまた妙に安心した。

「つまり簡単に言うと凄く『ずれてた』のよ。だから、そのずれついでに、お兄ちゃんの好きな人が一番身近にいる男の人だって言われても、別にそうなんだ、って感じだったのかな。それに、中学の頃って私たちもちょっとそういうのに興味があったりもして、いささか常識を超えた恋愛を美化してたかもね。しかも、私たちにとって竹流さんは特別な人だったから、この人ならしょうがないか、どころか、もう積極的にこの人とくっつけちゃえ、って感じだったの。お兄ちゃんはお父さんと、つまり私の叔父さんだけど、一緒に暮らしてないから、ものすごいファザコンだと思うし。竹流さんはお兄ちゃんにとって、お父さんであり、兄貴であり、先生であり、目の前に世界を広げてくれたたった一人の人だった」
 そんなに短絡的でいいのか、何よりこの人って物語と現実の落差とか常識と非常識の線引きを分かっているのかしら、でも、ちょっとだけ、何だか分かってしまう、と美和は思った。

「でも、今は少し違うかな。大学生の頃は、時々おっさんくさいって思うこともあるくらいで、お兄ちゃんももう普通の若者だったし、相変わらず多少ずれてたけど、見てるだけでどきどきするような感じでもなかったし。だけど、竹流さんとの関係は、その頃からのほうが気持ちは切羽詰ってたのかもしれない。お兄ちゃんが高校生の頃はね、本当にどうなのってくらい、いちゃいちゃしてたのよ、あの二人。正直見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。お兄ちゃんたちはそんなふうに周りが見てるなんて、これっぽっちも思ってなかったと思うけど」
 葉子はまたにっこりと笑った。そしてちょっと告げ口をするような、噂話を楽しむような顔になった。あのね、あなただけに教えるけど、誰にも言わないでね、という顔だ。美和は思わず耳を寄せた。

「竹流さんはいつもお兄ちゃんに勉強を教えてたから、二人はよく訳の分からない数式がいっぱい並んだ小難しい物理学の本を広げて、何でそんな数字や記号の羅列にそこまでヒートアップできるのかっていうような喧嘩みたいなやり取りをしてたんだけど、その距離はないだろうって思うくらいお互い近くに座ってるし、竹流さんが灯妙寺に泊まりにきたら、いっつも一緒に寝てたし、時々、どこかで他人が見てるのを全く気にしないふうで竹流さんはお兄ちゃんの腰を抱くし、お兄ちゃんも何だかんだいいつつ全然身体が逃げてないし。でもその時は、見てて恥ずかしいって面は置いといて、それに多少はお兄ちゃんたちもそういう自分たちの感情を持て余したくらいのことはあっても、切羽詰ってるようには見えなかったかな」

「それはつまり、キスくらいはしてても、身体の関係はなかったってことですよね」
 葉子は美和の呟きに少し驚いたようだが、微笑んで頷いた。
「そうだと思う」
「どこかで一線を越えたから、今はあんなに切羽詰ってるんだ」
「多分、お兄ちゃんの大学入試の前後かな。凄く異様なムードだったから。でも直ぐに二人は会わなくなっちゃって、それからお兄ちゃんは北海道で崖から落ちたの」
 美和は葉子を見つめた。真の身体に残る傷跡を思い出した。

「誰も、お兄ちゃんが助かるとは思っていなかった。でももし、あの時お兄ちゃんが死んじゃってたら、竹流さんはどうなってたか分からない。ううん、あれは竹流さんがお兄ちゃんをあの世から引きずり戻してきたんだと、みんなそう思ってる。それからずっと、二人は微妙な距離を保って生きてるような気がするの。私、結婚するとき、ちゃんとお兄ちゃんを見ててね、って竹流さんに言ったんだけど」葉子は少しの間、自分の指を見つめる。その指に光る結婚指輪を、美和は違和感を持って見つめていた。「竹流さんは、お兄ちゃんを壊してしまうのが怖いと思ってる。お兄ちゃんは、竹流さんがまだるっこしいから自分も煮え切らないのかな。他にも少し理由があるかもしれないけど、こっちから見るとどっちもどっちに見える」

 美和はふと自分の手を見つめる。
「葉子さんは、先生に自分の気持ちを伝えた?」
 葉子は俯いたままの美和を見つめている、その気配を美和は感じながらずっと手元を見ていた。
「お兄ちゃんが好き?」
 その葉子の問いは、責めるようでも、興味本位でもなかったが、美和は答えなかった。葉子は少し時間を置いてから、美和の問いに答えた。

「結婚式の前の日に、本当はお兄ちゃんのお嫁さんになりたかった、って告白したの。別に答えて欲しかったわけじゃなくて、ただ言っておきたかったのかな」
「先生は、今も葉子さんのこと、想ってると思う」
 美和は顔を上げて言った。半ばろれつが回らないほどの早口になっていた。これに答えた葉子の声は、ゆったりと落ち着いて自信に満ちて聞こえた。
「うん、多分ね。私も、今でもお兄ちゃんが大好き。本当は竹流さんにも取られたくないくらい。でも、あの人たちは引き裂いたら死んじゃうかもしれない。生きているかもしれないけど、別の生き物になっちゃうかも、そんな気がするから、私は私で今はこれでいいと思えてる。それに、私は竹流さんのことも大好きなの。あの人は私たちのお父さんで、お兄さんで、私にとっては大親友で最高の王子様。だから大好きな二人が一緒にいてくれたら嬉しいし、他の人なんかと一緒になって欲しくないと思ってる」

 やっぱりこの人はずれてる、と美和は思う。
「告白したら、すっきりするもの?」
「そうね、女ってずるいから、結構言っちゃったらすっきりして、言われた男のほうがうじうじ思うのかも」
 美和は少し葉子が妬ましくなっていた。そんなふうに達観して二人の仲を認め、自分は簡単に他の人と結婚できるものだろうか。一体、どうやって自分の感情にけりをつけ、あるいは思い切り、その決意の中へ飛び込んで行けるというのだろう。
「私、先生と寝たの」

 私は嫌な女だな、と美和は思った。だが、どこかで自分のほうがこの女性より優位にあることを示しておきたかったのかもしれない。だが、言ってしまってから顔を上げられなくなった。
 そして、どこかで、真と寝たことが真への執着になっているのかもしれないと考えた。考えてみれば、真と寝てから、仁とは一度も、キスさえも交わしていない。そのことに思い当たったとき、美和は急に悲しくなってきた。
 葉子は長い間黙っていた。その沈黙の間に美和の手は震えだし、自分が放ってしまった言葉の重みを、自分で味わう破目になった。情けなくて涙が出そうになったとき、葉子が優しい声で問いかけた。

「美和さん、恋人がいる?」
 美和は頷いた。
「北条さん?」
 美和はもう一度頷きながら、涙が零れてしまうのを止められなくなった。

「私も、お兄ちゃんが大好きだったけど、別の人と結婚した。プロポーズを受けたとき、思ったの。女には、一から百までこの人でなければならない、というのはないんだろうって」美和は微かに震えていたが、そこに被せられた葉子の声は凛として逞しかった。「どうして私が享志さんと結婚したのかって思ってるでしょ。女にとって愛は大事だけど、その人が自分のものであるという事は、もっと大事。お兄ちゃんは始めから私のものじゃなかったの。でもね、享志さんはお兄ちゃんの親友で、お兄ちゃんのことが大好きなのよ。彼は、私と一緒にお兄ちゃんを守るって言ってくれた。さっきこの人でなければならないってのはない、って言ったけれど、私にとって、享志さんと結婚するのは必然だったわけ」
 美和はようやく顔を上げた。葉子は美和の涙を溜めた目を見て、それから幾らか穏やかな顔になった。

「男の人たちは、お兄ちゃんがもしかしたらこの世の人ではないかもしれない、なんて幻想みたいなこと信じてる。でも、そんなことはあるはずがないの。だけど、竹流さんも享志さんも、もしかして私のお父さんも、お兄ちゃんが手を離したらこの世から消えてしまう蜻蛉みたいに思ってる。お兄ちゃんのことを、守ってあげなければならないお姫様みたいに思ってるのよ」
 葉子は自分の言葉に自分で頷いて、先を続けた。大事な論説を説明する研究者みたいだと美和は思った。

「つまり、男の人って守る対象が必要で、誰かを守るって構図が好きで、そのことで自尊心が満たされていないとだめなのよ。カップルの相手が自分より強いなんてありえないわけ。でも本当は女のほうが潜在的に強いし、社会的にもどんどん逞しくなってるから、女相手に男らしさを主張する場所がなくなったのかもね。そこにたまたま一見頼りなげでちょっと放っておけない、適応障害みたいな人間がいたから、あとはもう守らなきゃってことになって。そもそもお兄ちゃんって、何でか分からないけど、保護者意識を煽るのよね。私なんて、小学生の時から、うちの兄を守らなきゃ、って思ってたんだから」
 葉子は美和に笑いかけた。
「でも、お兄ちゃんはかなりズレてるけど、ちょっと確かめればあれで結構その辺の男なんかよりずっと男気もあるし、逞しいとこもあるし、少なくとも蜻蛉ってわけじゃないのがわかるのにね。もちろん、たまに驚くような弱点があって、そこを責められると一気に崩れるような脆さを持ってるのは認めるけど、それは人間誰でもそういうとこがあると思うし」

 葉子は美和を見つめてまた微笑んだ。
「男の人ってみんな馬鹿みたいでしょ。女はどの馬鹿に一生付き合っていくのかを決めるだけ」
 美和はごめんなさい、と言った。
「どうして?」
「嫌なことを言って」
 葉子は微笑みながら首を横に振った。

「大家さんは、私が先生と話してると、よく言ってたの。葉子ちゃんと一緒にいたときのことを思い出すって。私は、自分が葉子さんに似てるんだって思ってたけど、会ってみて似てるなんて思わなかった。じゃあ、きっと先生から受ける印象がそうなんだろうって思ったの。先生は私を抱きながら葉子さんのことを考えてたんじゃないかって」
 葉子は少しの間、何かを考えていたようだったが、やがて確かめるような調子でゆっくりと話した。
「それは違うかもしれない。お兄ちゃんは私をお姫様のように大事にしてくれたけど、性的な対象とは思っていなかったと思う。お兄ちゃんが、高校生のときからずっと付き合っていた女の人と別れた後、私、ちょっとの間賭けをしていたの。お兄ちゃんがもし、一度でも私の手を握ってくれたら、どうあっても、押し倒してでもお兄ちゃんをものにしちゃおうって。その頃、お兄ちゃんはとても優しくて、私のことを一番にしてくれて、映画にも買物にもドライブにも連れてってくれた。秋の日に秩父の山奥まで流星を見に行ったの。少し離れたところに車を停めている人がいたけど、真夜中の山の中でほとんど二人きりだったのよ。私たちは手を握ってキスをしたっていいような状況だったと思うし、ほんの数センチのところにお兄ちゃんの手があったのに、お兄ちゃんは私の手に触れなかった。その時、私はこれまで通り、お兄ちゃんのお姫様のままでいよう、それしかないんだって思った」

 葉子は美和を見てにこっと笑った。お姫様スマイルって、本当は裏があるかもよ、って顔で。
「本当は『お姫様』を演じ続けるのも結構大変だったんだけどね」
 美和は俯いて、もう一度小さな声でごめんなさい、と言った。

 この女性と真との間には、多分沢山の時間と沢山の想いの交錯があったのだろう。それを全て超えて、葉子は兄の親友と結婚し、真は彼自身さえ分からないほどの深い想いに身を焼いている。その長い時間は、美和には決して届かないものだと思えた。
 急にこの人に嫌われたくないと思った。
 そしてそう思ったとき、美和は自分自身と北条仁との間にあった時間が、決して他の誰とも共有できない時間だったことを考えた。それは二人の間でしか流れていない時間で、多分誰かに聞かれても説明のできないものだった。

「仁さんが好きなの。でも怖い。だからどこかに逃げ道を探してしまう。先生のことは逃げ道にしているつもりじゃなかったけど、でも今もよく分からないの」
「ねぇ、美和さん」
 急にはっきりとした声で葉子は呼びかけた。
「きっとその人にとってとても大事な、真実の瞬間がやってくるのよ」
「真実の瞬間?」

「そう。時々、あの時の出来事が私の行く先を照らしてるって思うことがある。私にとっては、お兄ちゃんに初めて会った日、お兄ちゃんに告白もしないまま振られちゃった日、享志さんにプロポーズしてもらった日。それから、お兄ちゃんが崖から落ちたとき、病院でほとんど飲み食いもせずにお兄ちゃんの傍に座っていた竹流さんを見ていた日々。享志さんが、君たち兄妹を守りたいってプロポーズしてくれた時に、あの辛かった時の竹流さんの姿を思い出して、考えていたの。私もお兄ちゃんと竹流さんを守ろうって。何だか変だけど、自然にそう思ったの」

 葉子はエレベーターの横の時計を見て、立ち上がった。
「そろそろ病室に戻らないと。竹流さんに会っていく?」
 美和は首を横に振った。今、大家さんの顔を見たら泣いてしまいそうだと思った。葉子はそれ以上強制はしなかった。
「美和さん、お願いがあるの。あなたからもお兄ちゃんに伝えて。竹流さんの叔父さんが来たって。叔父さんはもう飛行機の算段をしているんだって。今ついていくかどうかは別にして、竹流さんに会っておかないと後悔するよって、脅しといていいから」
 美和は急に与えられた大事な使命に思わず跳ね上がるように立ち、強く頷いた。
 この人と、これから先ももう少し話したいと、そう思った。


(つづく)





お姫様はやっぱりちょっと壊れていますが、彼女の無理難題は王子も騎士も聞かざるを得ません。
「お兄ちゃんをお願いね」
この一言が、竹流の首を繋いでいる……そう、裏番(ラスボス)はやっぱりこの姫君でした。
もう一人のラスボスの登場はもう少しお待ちください(^^)

<次回予告>
「騙されたんじゃありませんよ。自分から抱かれに行ったんだ」
「お前、どうしちまったんだ」
「どうもしません。あなたの言うとおり、福嶋の言うとおりですよ。俺は福嶋と寝て、福嶋に狂うほどに感じさせられて、おかしくなったんだ。でも、普通ならそれだけのことで人を殺したくなんかならない。寺崎孝雄を刺したとき、俺は無茶苦茶に興奮していた。今でもまだ興奮している。あの時と一緒だ。俺は今までも二度ほど人を殺しかかっている。いや、一緒じゃない。何のために殺したかったのかも今はわからなくなっている。今でも福嶋に抱かれて、今でも寺崎孝雄の体にナイフをつきたてている。この身体に、この手に感触がはっきりとある」
「あいつが苦しむ姿を見せられて、お前がおかしくなっても仕方がないよ。けど、それは正当な理由だ。頼むからしっかりしてくれ。お前、永遠にあいつを失うことになって、耐えていけるのか。お前とあいつのことに、お前の親父や福嶋鋼三郎は何の関係もないだろうに。真、俺を狂わせんでくれ」

……なんだかあちこちでやけくそが続いているぞ?
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Category: ☂海に落ちる雨 第5節

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コメント


ああ・・・ガールズトークだあ。良い感じです。
葉子はずーっといろんなことを見て、聞いて、感じてきたのですね。
疑問を持ち、答えを探し、今は理解して受け入れている。
姫であり、女神でもあるような。神々しいです~。
あ、でもそうして来るのも大変だったのね。そうよね。

美和ちゃんにも、一番大切なもの、一番守りたいもの、そうしなくちゃいけないもの、それがわかっているはず。後は行動に起こすのみ(?)
あ、行動に起こせない人もいるようですが。
起こせないというより、起こさない?
ややこしいそこの君。駈けだすのはいつかな。
駄々を聞いてあげよう。なんちて。

けい #- | URL | 2016/02/27 14:56 [edit]


更新、お疲れ様でした。

葉子と美和ちゃんのガールズトーク、たっぷりと楽しませていただきました。
素っ頓狂ってよく書かれていますけど、葉子はなんだかナナメ上というか、大物感がすごすぎですね。彼女の肝の据わり方に比べたら、まわりのオトコどものなんとも頼りないこと。
竹流は、真のみならず、このお姫さまとセットで、実家と天秤にかけることになっちゃうんですね。こりゃあ、しんどいわ。
美和ちゃん、真先生を選んだら、もれなくこの女性が「義妹」になってくっついてきますよ。最強の小姑ですよ。真のヨメになるのは、たいへんだよ(笑) もっとも、これなら真という選択肢は、確実に消えましたね。おとなしく仁を選んだ方が……って、そういう話じゃないだろ!

次話予告の感じだと、まだ真はぐずぐずしているようですね。美和ちゃんからの伝言は、もうすこし先になるのかな。竹流パパの動向を気にしつつ、次話を楽しみにしています。

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2016/02/27 22:54 [edit]


こんばんは。

誰もツッコんでいないけれど、なんてところでなんて話を(笑)
看護師さんとか通ったら耳ダンボになってあとでナースステーションで……。
ということはさておき。

「切ってしまえば案外断面は単純だった」というのは、けっこう本質をついているのかもしれませんよね。二人ともいろいろと理屈を付けて、いや、この小説の多くのかっこいい人たちがカッコ良くこねくり回していることも、本質的には「また意地張っている」という問題なのかもなあと。真、竹流はいま動けないんだから、さっさと京都いこう。

この話に慣れると、いろいろとレベルが上がって美和ですら少し心もとなく思えるけれど、この人まだ大学生ですよね。私がそうだった頃のことを考えると、すごいです。

で、次回も「いったいどこで何を話しているんだ」な予告ですが、そんなことはもうどうでもいいから、さっさと京都に……くどいって感じでしょうか。お待ちしております。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2016/02/28 02:24 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

ガールズトーク、楽しんでいただけましたでしょうか。
私がふつーの女の子のトークを書くのは無理なので、葉子はちょっと変わった子設定です。というよりも、始めはもう少しただの「カワイイ系」だったのですが、なんかイメージが違うなぁと思っていたら、ある日、ある漫画で素っ頓狂な女の子(主人公の妹で、兄と自分の親友をくっ付けようとしているブラコン……最終的には女でも男でもいいかぁって。しかも行動が危険極まりない)を見て、あ、私が求めていたキャラはこれだ!と思った次第。「危険」は差引しましたが……
彼女は、自分の実の母親が精神的な疾患を持っていて、育児ノイローゼで赤ん坊の真の首を絞めたって過去があって、そのことを知っているんですよね。色んな思いが2人の間にあって、お互いに何も言わないけれど、お互いの気持ちは分かっているというのか。おかげで「兄には幸せになってもらいたい」気持ちが強くて、相手については彼女なりの「選りすぐり」? 多少(大いに?)曲解もあるかもしれませんが、ま、いいことにしましょう! 幸せならば??

美和ちゃんは……ま、大丈夫でしょう! っても相手が相手なので、そう簡単にはいきませんが、基本的に前向きな子なのでぐるぐるの程度も知れています。
問題は……主人公ですね。ほんとに行動に起こせないというのか……いや、いくらなんでもローマになんかついていけない、非現実的だと思っているんでしょう。相手がどういう人間かはよく分かっているので、そんな簡単にいけるかって気持ち。
駆けだす? どうでしょう。ぐるぐる……まだ続く(@_@)
ダダこねこの言うことを聞いたら日が暮れるかも?? でも、この先もう少し見守ってやってくださいね!
コメントありがとうございました!!

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2016/02/28 21:41 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

ガールズトーク、お楽しみいただけましたでしょうか? って、なんてことを話しているんだって気もしますが、何しろ世界は手のひらの上っていうようなお姫様ですから、自然に上から目線(あ、ナナメですか! うん、そうかもしれません)……
そうそう、竹流はこの子のことを可愛がっていますからね~、というのか、上から思い切り押さえつけていたパパがいなくなっても、東京には女帝がいて頭を押さえつけている感じ? なんだ、どっちにしても竹流って誰かに頭が上がらない構図になっているのですね……やっぱ意外にMなのかも(今回の話ではシャレになりませんが)。

この話は、見返してみたら、そもそも女たちは結構強気ですよね。添島刑事も珠恵も葉子も……美和は一応常識の範囲かな。深雪もあれこれあるけれど、最後は強い選択をすることになりそうだし、涼子だけはちょっとダメな女だけれど(そもそもそういう設定)、う~む。やはり女は強し、歴史は女が動かしている、のかもしれませんね……
TOM-Fさんちも、女強い系、じゃありませんか?
そして……確かに、真の嫁になったらこの小姑がついてくる! それはかなりしんどいかも……普通の女だったらこりゃ大変だ。実際に真の嫁は葉子以上に世間のことなど関知せずの、ちょっとばかり悪妻なので、葉子とはタメを張ることができちゃう。うしし^m^
世の中上手くできてるわ~
でも、仁は仁で困った男だし……美和ちゃんは、最終的には波乱万丈の上で終わり良ければすべて良し系の人生を送ってくれる予定なので、ここはもう、井出ちゃんに感謝しなくちゃな~

あ、次回予告、不味いですね^^; そうそう、ぐるぐるぐずぐず。
でも、竹流パパは切り札を出すタイミングを知っているから怖いんですよね。どうなるのやら。
もう少しぐるぐるにお付き合いくださいね。一体夕さんちとどっちがぐるぐる長いのか……
コメントありがとうございました!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2016/02/28 22:20 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

あ、確かに……微妙なところで話をしていますね(^^)
そうそう、古い時代の病院なので、待合の位置なんて絶対人通りがありそうだな。看護師が通ったら……うん! 耳ダンボの「やっぱりあの患者さんたちって!」ってなことになって……いやぁ、私が看護師だったら絶対に担当にさせてもらいたいわぁ。
しかもあの人ら、なんだかんだって結構開けっぴろげですものね。ちょっとは人の目を気にしろよって言いたいのですけれど……きっと看護師たちの間では「外国人だから仕方がないか!」ってことになっているに違いない。今なら、病棟の決まりは多そうだし、こんな楽しい場面には遭遇しにくいですけれどね。

物事って、飾り付けたところで、一皮むいてしまったら……ってこと、ありますよね。考えたって答えが出ないなら、切ってしまおう! 切ったら大根はやっぱり大根。それに気が付いたら、どう生きたって所詮は一生、もしくは一笑かも(いや一升? ってそれは飲みすぎ!)。
葉子は難しく考えるのが苦手、というよりは、考えないようにしていると思うので(彼女は自分の母親のことがあるので、突き詰めたら不幸になると思っていて、とにかく大局からでっかく捉えようって彼女なりに努力はしていると思うのです)、ダメな男どもに代わってちゃきちゃきっと一刀両断、してくれると思います(それでもあいつらは手ごわい……^^;)。
昭和って、生き方がもう少しファジーで必死で、でも何とかなった(反面、ならないことも多かったけれど)って感じの時代。美和もその時代だから成立するキャラかも。平成の話には出てこないタイプの女子大生ですよね。今みたいにネット情報なんてないから、怖いもの知らずって面が大いにあるのかも……でも、うん、頑張りますよ、きっとね。主人公に比べたら、ぐるぐる程度も大したことないし^^;

> で、次回も「いったいどこで何を話しているんだ」な予告ですが、そんなことはもうどうでもいいから、さっさと京都に……くどいって感じでしょうか。お待ちしております。
ほんとだ。でも次回は大丈夫。北条家ですから、人目は思い切りありますが、内輪の事情通ばかりなので、問題なしってことで! いや、いつになったら京都に行くんでしょうね。もうね、真は踏ん切りがつかない(つけられない)し、みんなが言えばいうほど頑なになっているかもしれません。ぐるぐるって、書いている方は楽しいものだって気が付きました^m^
でももうあと少し、かな?
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2016/02/28 22:45 [edit]


うう~ん

確かにガールズトークなんだけど、なんとハードでほの暗い・・・。
でもそれをさらっと、物語を語るように話しちゃう葉子って、すごい。

ここではずれてるという表現が何度も出て来るけれど、ある意味達観してるという感じがしますねえ。
『一から百までこの人で無いといけないってことは無い』って言ってますが、そうそう。それこそ女の本質で、人間の本質なんですよね。
だから美和ちゃんのようにこんなに悩んでしまうし。

葉子はその辺を割り切って、これはこれ、それはそれ、って感じで行動で来てしまう、達人なのかな。
美和ちゃんはその辺、まだこのファミリーには敵わないのでしょう。
(いや、美和ちゃんはそのままでいいよ)。

結婚って言うのは葉子には一つの決まり事でしか無くて、すべては「お兄ちゃんを守るため」の計画の一つだったりして^^
享志もグルで^^

ああもう、なんて愛され体質な、罪作りなマコト(にゃ~。違う)真。
さあ、ついに叔父さんがそこまで来てしまいました。
時間が・・・。
真、もう時間がないよ! でも次回予告ではまだそんなことを言ってるし。
うううん、どうする??


lime #GCA3nAmE | URL | 2016/03/01 23:30 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

ガールズトーク、楽しんでいただけましたでしょうか。
そうそう、ガールズと言ってもすでに既婚者と、恋人がや~さんという女子大生じゃ、やっぱり根性の入ったトークになりますよね。葉子はそんなに社会経験もないお嬢ちゃんなのですけれど、兄貴といっしょでかる~くアスペルガー要素があるのかもしれません。いわゆる最近話題の心理学的サイコパスってやつですか。だから知らず知らずに裏から牛耳っているのかぁ。
葉子は多分、母親が精神疾患で長く入院していたので(しかも亡くなった後で知った……でも、逞しく乗り切ったのは、兄を救わないといけないって思ったからかも……うん、ある意味アニキのストーカー?
この人の場合、ずれてるけど、ずれ度が微妙で分かりにくいんだけれど、ちょっと考え方が飛び越えているんですよね。そして、きっと女友達はほとんどいない。なにしろ、親友は竹流だし(お互いにそう思っている)、それほどに心強い親友がいたら、他にトモダチなんていらないって思っちゃいそう。

> 『一から百までこの人で無いといけないってことは無い』って言ってますが、そうそう。それこそ女の本質で、人間の本質なんですよね。
そうなんですよね。運命の出会いとかお伽噺みたいな展開とか、それはもう「どう思うか」って話で。人魚姫だって海の国の王子様と出会って幸せに暮らすって展開もあったわけで。でも、命を賭けた恋もまた、悪くはなかったってことなんですよね。
美和の場合も、仁でなくちゃならないわけもないのですけれど。でも、ここで仁を諦めるのも何だか自分らしくないし。
葉子は割り切りましたね~。でも理由が変。兄貴と親友はくっつけといて、兄貴に惚れている王子と結婚して、自分はちゃっかり輪の中心からすべてを牛耳ろうという……そもそも「くっつける」「惚れている」の基準自体もちょっとおかしいし……
だって、竹流も真に執着しているようだけれど、高みから見たら「葉子に嵌められた」のかもしれません。あんた、うちのアニキを見捨てたら祟るよ、って感じで。
そう考えたら、limeさんの仰る通り、美和は極めて普通です。このファミリー、ちょっとおかしいかも^^; でも、この「何が何でもくっつけてやる」って気持ちが、世代を越えて「割れても末に」ってこともつながった……のかな?

> 結婚って言うのは葉子には一つの決まり事でしか無くて、すべては「お兄ちゃんを守るため」の計画の一つだったりして^^
> 享志もグルで^^
そうそう、それですよ。結婚はね、通過点。計画の主旨は「アニキを守る」=「アニキに女を近づけない」? そう言えば、真が結婚したのは葉子が子どもを産んで子育てに忙しかった時だわ……隙を狙われたか~。本来なら竹流がアニキをがっしり掴んでいるはずだったのに、その竹流が力不足で……←と、葉子には見えていたかも……

> ああもう、なんて愛され体質な、罪作りなマコト(にゃ~。違う)真。
あはは~。なんかちょうどいいところで「マコト」に変換されますよね^^; マコト、狙ってるな(^^) あ、今いじけて家出中だった。探さなくちゃ。
真、愛される時は深く、でもほとんどの人からは敬遠されている感じで。嵌ると深いけれど、とっつきが悪くて、好かれているわけでもない、こまった人です。しかも、まだそんなこと言ってる……^^;
彼の態度は、高瀬のところに行った時に言っていたように「とてもローマまでついてはいけない」で決まっていますしね。
叔父ちゃん、来ますよ。さて、どう展開するのか。もう一人の黒幕の動きが最後を締める??
コメントありがとうございしました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2016/03/06 12:08 [edit]

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