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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・小説】会話って奥深い!~『北の国から』に学ぶ、男の子って!~ 

S 「あばよ」
J 「あばよ」
S 「やっと富良野から逃げ出せるぜ」
J 「やっと富良野が静かになるぜ」
S 「あの馬鹿によろしくな」
J 「誰だ、あの馬鹿って」
S 「努の野郎よ。あいつ見てたら昔のお前、思い出したぜ。こっちに来た頃のもやしっ子みたいな、弱虫のくせに生意気で、最悪だったよな。あいつとほんと、よく似てたぜ」
J 「じゃ、今の俺はどうなんだよ」
S 「 (ここがどうしても聞き取れない)……まぁ、死なないで生きててくださいよ」
J 「おたくも、しっかり生きててくださいよ」


何なんだ、この会話! ちょっと萌えるぞ! と久しぶりに『北の国から』を見て思いました。会話をしている二人は多分、中学校1年生?位の設定。
『北の国から』と言えば、1981年からドラマ~スペシャルと制作されて2002年の遺言まで、同じ役者を使って撮られた、今考えてみれば奇跡のようなドラマ(ハリポタより断然長い!)。
残念ながら私のひいきの正吉くんは、あまりにも長い年月の間に役者さんが一般人になってしまったため、最後の方は声だけだったり手紙だけだったりしちゃいましたが……

離別と不倫と離婚が妙に多いのが気になるけれど(脚本・倉本聰氏の構想の中での続きは、まださらに離婚やら福島の原発にまつわる話もあったよう)、まぁ、よくもこの長い年月、さだまさし氏の「ああ~、ああああ、あ~あ~」や田中邦衛氏の物まね、純の語り「~しており」「~なわけで」「そんなことは全然知らなかった」なども含めて愛されてきたように思います。

でも、若い人はあまり内容を知らないだろうし、ストーリーを説明してと言われたら、結構困りますよね。
妻の不倫をきっかけに故郷の富良野に二人の子供(純と蛍)を連れて帰ってきた五郎が、大自然、厳しい社会とあれこれありながらも生きていく話、といえば、まぁそんな感じ? でも若い人が思うほど、大自然は素晴らしい!って話じゃないし、家族で力を合わせて生きていこう!って話でもない。むしろ、周囲の出来事は何もかも、自然も含めて、過酷だったりする。

ちなみに、このドラマについては、以前にも記事を1つ書いております→【物語を遊ぼう】15.名シーンを書きたい~『北の国から』'98時代~(蛍にプロポーズしようと花を贈り続ける正吉の某シーンについて)

さて、今回の会話は、そういう「シーン」の感動ではないのですけれど。
このお話、改めてみてみたら、博打で借金作って保証人の五郎にすべて背負わせて富良野から逃げちゃった正吉の母親・みどり、とか、理由はよく分からないけれど不倫して家を出て病死した母親とか、その妹も不倫相手と結婚したりとか(しかもまた離婚する)、借金だけを残して家族を捨てて富良野を出て行ったのにボケて帰ってきて、自分の山がまだあると思い込んでいるじいさんとか、あれこれ先走って結局先に死んじゃって後に残されたものが借金や経営で困ることなったあんちゃん(草太)とか、まぁ、ほんとに、結構どうしようもないなぁという人ばかりなんですよね。主人公一家も例に漏れず。
ヒーローも居なければ、ヒロインも居ないし、ものすごい悪人も居なければ、ものすごくいい人も居ない

思えば、最近の流行のドラマでも映画でも、もう少し明確な性質を与えられた登場人物が多いような気がします。いわゆる「キャラが立っている」ってことなんでしょうか。悪人にしてもかなりエキセントリックで存在が際立っていたり、ギャップ萌えが求められたり、わかりやすく角があって、記憶に残るようなキャラ。普通の高校生の女の子、という主人公であっても、学年で一番かっこいい男の子と恋愛しているってだけで、もう「普通じゃない」ですよね。そして、仲間は大事だ!家族は素晴らしい!前向きに生きよう!的な話になっていったりで、それはそれで悪くないし、面白いんですけれどね。

でも、この昔のドラマ、なんだかみんな、本当にどうしようもないんですよ。どうしようもなくて、情けなくて、悲しくなっちゃう。そしてまぁ、昭和歌謡の似合うことと言ったら! 
雨がいい人連れてきてくれたり、時代は回ったり、今はもう悲しい歌聞きたくないと言われたり、恋人よ、側に居て、と泣いたり、あのメロディと歌詞のムードは、今の物語には合わない。時代には時代の音楽があるのですね。

子供たちだって、無邪気でかわいいわけでもない(かといって、残酷なばかりでもない)。
友達にそんなひどいこと言ったりしたりしちゃダメでしょ、人のもの盗っちゃだめでしょ、みたいなことをしちゃって、でもそれも、ほんとに、あ~なんか子供ってそういうのあるわ、と身につまされるような部分が多くて、逆に身につまされすぎて見てられないときもあったりして。
でも、言葉も解説もなく、大人がどこかで見守っていて、あるいは時が味方して、罪を正すとかかっこいい展開なんてなくて、それでも結構それなりに友達と関係を築いて、それなりに大人に成長していく、何も際だったことのない、普通の子供が普通の大人になっていく、ひとつの普通の人生。
あ、このドラマで際だっていると言えば、五郎の生活スタイルかも? それにしばしばシーンに挟まれる小動物たち。

上の会話は、純と正吉の別れのシーン。
前の冬に五郎の、つまり純と蛍の家が焼けたとき、本当は自分がストーブの上の物干しに濡れたシャツを放り投げたのが火元になってしまったのに、自分はやってないと言ってしまった純は、その後「自分がやったかもしれません」と告白した正吉やみんなの前で本当のことを言えないままになっていたのですね。
正吉は、自分の母親が五郎に迷惑をかけたこと(借金の保証人にして逃げちゃった)、自分を置いて富良野を出て行ってしまったので五郎の家に引き取られて純や蛍と一緒に暮らしていたのもあって、思わず罪を被っちゃったようなのですが(二人とも慌てていたので記憶が曖昧だったのもあるかも)、どこかで純が「僕がやった」とか言ってくれるかも、と思っていたかもしれない。
でも、純は結局言えないまま。

正吉は正吉で鬱屈していて、都会からやってきた努という少年(マイコン!を持っていることを自慢したり、五郎の悪口を言ったりした)が持っていたマイコン(時代ですね~)の雑誌を物欲しそうに見ている純を見て、その雑誌を勝手に持ってきてしまう。
またある日、純・正吉・努の三人で一緒に筏下りをして、みんな川に落ちて溺れかけて、けんかになってしまって、努を雨の中に裸で放り出してきてしまう。放っておいていいのかと心配する純に、悪いのはあいつだと言う正吉。

そんな正吉の言葉の端々、お前はやっぱり卑怯者だという言葉から、火事のことで自分が本当のことを言えなかったからだと感じる純。そして、五郎に問い詰められて「全部正吉がやった」と言ってしまった純に、五郎が「そうか。悪いのは全部正吉だな」と言われても何も言えなかったのです(ちなみに、正吉と別れた後で、告白したのですが)。
何も語られていませんが、もちろん五郎は感づいていますよ。正吉だけが悪いんじゃないって。火事のことだって、多分。
そんな中で、正吉の母親みどりがなんとか息子を引き取れるようになったからと、正吉を迎えに来る。

そして、男の子って! な冒頭の会話になるわけです。
正吉だって、純が本当は申し訳ないと思っていることは分かっているし、自分だって悪かったこともあったし、一方で純だって正吉に謝りたいと思っているのです。でも、何も言えないまま別れの時が来る。
いよいよ別れの時なら、ドラマ的には、もうちょっと「ごめんな」「いいよ、もう。俺も悪かった」とかなんとか言うんじゃないの? 
(花男だって、「ど~みょ~じ~、私まだ大切なこと何も言ってないよ」ってな会話がちゃんとあったのに。あれ? 例えがおかしいな)

いや、これでいいんです。言いたいことは何にも言葉になっていないけれど、伝わっているんです(多分)。
別れの時。
一人みんなから離れて背を向けたまま、ホームの柱にもたれている純。みんなと挨拶を交わしながら、純をちょっと気にしている正吉が、ふらっとその柱に近づいていって、同じようにもたれかかって、柱を挟んでお互いに背を向けたまま、顔も合わせずに、ぽつりぽつりと交わされたのが上の会話。

伝わっているのか伝わっていないのかもよく分からないけれど、申し訳なくて皆の前に顔を出せないみどり(正吉が火事を出したと思っていて、自分も正吉も本当に五郎に迷惑をかけたと思っている。けど、懲りないところもあるお母ちゃん)に列車に引っ張り込まれて、最後に手だけ窓から出してピースサインする正吉。
何も言えなかったけれど、「しょうきち、顔出せ」と念じながら列車を追いかける純。結局、顔をまっすぐ見ることも、謝ることもなく、別れていく(この時は)。

もしかすると、ちゃんと伝わっていなかったかもしれないけれど、そんな嫌でダメなところもひっくるめて、納得していて、友達なのかも。お互いそんな奴だけれどそれでいいと思っているのかも。

何で、こんな何も名言のかけらもない会話に萌えているの、大海は、と思われているような気もしますが、これはもう、萌えるでしょ。気持ちは言葉になっていないのに、何かが伝わっている……あるいは、細かいことは伝わっていなくても、何かを共有している。
子供ってまんまで、面白いなぁ。
あぁ、映像は表情がありますからね。一方で、小説は少し分が悪い。これを小説でどう表すか。どう読み手に感じてもらうか。
ついつい、読者さんの想像力に頼ってしまうのですけれど(^^;)

男の子って!
そういえば、このセリフ、ハーマイオニーも同じことを言っていました。
ハリーとロンがけんかしていて、謝りたくても謝れないので、直接会話せずにハーマイオニーを伝言板みたいにして言いたいこと(伝えたいこと)を言う。それでもちゃんと何かが伝わっていて、なんだかんだ言っても、怒っていても、上手く謝れなくても、結局は親友である二人に対して、ハーマイオニーがつぶやいたのですね。

ハリポタでは、けんか中のハリーとロンは口もきかないけれど、純と正吉は「肝心なこと以外」ではちゃんと友達の会話をしているんですよ。でも、何かの拍子に不信が顔を出してしまったり。そのあたりもまた、なんだかもどかしくて。
でも、冒頭のような会話、表向きはただの会話なのに、その背後にある感情がじわじわと文字(言葉)からわき上がってくる。書かれていない「言えない部分」がなおさら浮き上がってくるような。

これって実は、書けそうで書けない、ちょっと高度な会話に思えたのでした。
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Category: 小説・バトン

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コメント


「北の国から」ってこんなお話だったのですね。
単純にハートフルな人情ものかと思っていたらそうでなくて
大自然啓蒙って感じでもなくて、だいぶ人間臭い部分も散りばめられた
じっとりしたお話なんだなと。
男の子って!な2人の会話ですが、こういう、全面きって語られることはないんだけれど、行間や画面の隙間から漂ってくる匂いとか空気感みたいなもの、いいですよね。
彩洋さんはそういうおいしい関係に敏感だと以前も仰られていましたが、
なるほど、こういう感性がご自分のお話にも活かされていらっしゃるのだなと
納得です。
こういうのって感じ取れない……っていうか分からない人はとことん分からないらしいです。
小説は分が悪いとのことですが、わたしはむしろ彩洋さんの小説からのほうが
映画とかドラマより匂い立つような関係性を感じられます。
わたしが単にムッツリだからというのもあるんですがこういうのも相性なのかな。
そういう意味で読み手を選ぶかもしれないんですけれど、分かる人には確実に伝わるこの不思議な「見えそうで見えない、言えそうで言えない、書けそうで書けない」感覚、彩洋さんの小説からはばっちし感じるんですよね。何がどう、て言葉で説明するのが非常に難しいのですが……

canaria #- | URL | 2016/10/11 13:44 [edit]


こんにちは~

私はこのドラマ、実は一度も見たことなくて><
深い話には対応できないのですが、大海さんが伝えたいことは、すごくわかります。
昨今のドラマや映画、アニメって、とにかくキャラが立っていることが必須条件。
そのためにステレオタイプになったり、態度が大げさでエキセントリックになったり。
確かに、そのほうが入り込め安いんだけど、どれを見ても既視感が・・・。

じんわり、リアルに、しみじみした「ああ……この気持ち分かる」「もどかしいよね」っていうのを書きたくても、作品としてはものすごく地味になっちゃうんですよね。
このへんは葛藤です。
だから、本当に書きたいものを書く(あるいは撮る)には、それまでにある程度の認知度・知名度が必要なのかもしれませんね。
この作家(監督)が書くものは、見て見たい……と思わせるもの。
……これはなかなか、厳しい現実ですが><
いい作品が世に出せるには、それなりの条件がいるんだろうな・・・。

話しは変わりますが、最近読み始めた本が、すごいんです。
名前も聞いたことない作家さんなんだけど、とにかく超上手い!引き込むし、夢にまで出て来る。
ある公募で大賞をとった作品なんだけど。もっと知名度が上がってもいい。こんな優れた文章・物語を書く人が居た事に驚愕です。
(歴史ファンタジーなんだけど)
ここ数年、引き込まれる本に出会えなかったんですが、ちょっと嬉しいこの頃です^^
読み終わるのがもったいなくてちびちび読んでいます(*^-^*)

lime #GCA3nAmE | URL | 2016/10/16 10:59 [edit]


そういや藤井青銅先生の「愛と青春のサンバイマン」というアニメ制作会社を扱ったユーモア小説に、

「『北の国から』の脚本に著しく影響を受けた脚本家が書いてきた『ロボットアニメの脚本』」というギャグがあって死ぬほど笑ったなあ……。

「宇宙人が攻めてきており、
 ぼくは知らなかったけど、
 パイロットとして戦わなくちゃいけなくなったわけで。」

なんて具合に脚本がなっているという。(^^;)

「北の国から」で知っているのはそれくらいです(汗)

ポール・ブリッツ #0MyT0dLg | URL | 2016/10/17 06:29 [edit]


こんばんは~(^0^*)ノ

相変わらずの御忙しさですね~~(;Д;)
お体壊さないように気をつけてくださいね~~

「北の国から」は連ドラ時代、
実家がドラマを視る家でなかったので
視てなかったんですけど
結婚してから再放送視て、ま~~~
嵌りましたね~~~
我が高中さんの虹伝説も出てきたし~~(^0^;)\
それ以来、ずっと視てました・・・・・・
「オレゴンから愛」も視てました(笑)

聞き取れなかった部分はですね~~~

”敵いませんよ。頭良くって。”

だそうです(^^;)ネットで調べました(笑)
そういわれてみたら、そうだった!!って思い出しました(爆)

あの二人は、ほんとうに甘酸っぱかったですよね・・・
最後の、少し苦い別れも含めて・・・・・

こずるくて小さい純と
ただただひたすら純粋な蛍・・・・・
それが、その本当は人間ってこういう小ささを持ってたり
それについて葛藤したり・・・そういう愛おしいものなんだ。っていうのが
今までになかったドラマでしたよね・・・・・・・

去年、はじめて
さだまさしさんのコンサートに行かせて頂き、
中盤で観客みんなも立って北の国からのテーマを歌いました。
実は、先日も地元に来たので行ったんですけど
その時にも歌いました(^^*)
そして、今日の生さだでも、観客とみんなで合唱してました。
どうも、定番らしいです(^v^*)

最近、バレーボールも辞めてしまったしカラオケも行かなくなって
(海に行けばいつでも「ばかやろーー!!」って叫びたいですが)
腹の底から大声を出すことが無かったので
さださんの「もっと大きな声で!!」にのせられて
超大きな声で歌っちゃいました(^▽^*)\
気持ちよく腹から「あ~~あ~~あああああ~~」って!!
そしたら、前の方にちょっと振り返られちゃいましたけど~(^0^;;)\
でも、楽しかったな~~~

大海さんとも、一緒に大声でカラオケ行ったりしたいな~
そんで、お互い好き勝手な歌いれて
思い切り大声出して
好き勝手な歌をうたいまくりたいな~~~\(^▽^*)/
大海さんとだったら、きっとお互い全然知らない歌ばかり歌ったとしても
大声で笑い合えそうな・・・そんな気がするわ~~
ラストはもちろん!!「北の国からのテーマ}で!!!

ああ!マジで行きたい!!!!!!!
大海さ~~~~ん(´Д⊂。・゜・。
うおおおおおおおおおん!!!

かじぺた #- | URL | 2016/10/30 17:49 [edit]


canariaさん、ありがとうございます(^^)

canariaさん、コメントをありがとうございます。そしてそして、コメ返が大変遅くなったことを心からお詫び申し上げます。
実は何度も書きかけたのに、いつも書き始めるのが遅くて、寝落ちして、そのまま消えてしまうという不祥事?が何度もあり、現在に至ります。ばたばたと忙しかったのもあるのですが~何よりじっくりPCの前に座っている時間がなくて(仕事以外で)。
あ~でも、ちゃんとキトゥンたちの物語もfollowさせていただいておりますよ~

さて、こちらの記事にコメントをありがとうございました。
「北の国から」、そういえば、はまった人はすごくはまっていたけれど、そうでもな人はそうでもない、って感じのドラマだったかも知れません。特に、時々長時間ドラマでやるって感じになってからは、見る人は見るけれど、って感じで。
でも、いろんなところでパロられているので、そっちの方で有名だったりするのかも。実は私も、初期のドラマは後から見たのです。それに、真の故郷が北海道と決まっていたけれど、その頃の私には北海道に行くなんて夢のまた夢、だったので、ドラマでせめて雰囲気を味わってみよう、なんてバーチャルロケハン状態もでありましたし。
それに時代もね、なんとなく、あの古くさい時代が真の時代でもあったのです。

そして、その頃のドラマって、結構どろどろだったり、あるいはおしゃれな恋愛ものって感じではなくて、結構人間くさい作りのものが多かったように思いますが、いまそんなのをやったら、きっと若者からは総スカンでしょうね。トレンディドラマが流行り始めてからは、こういうの、あんまり見なくなったような気がします。
不器用で、時々見ていられなくなるんだけれど、なんか愛しいってのか。

男の子って!な会話、canariaさんにもきっと納得いただけるだろうと思っていました(勝手に^^;)。
そうそう、最初から最後まで、照れくさくて、真正面から言えないし、回りくどいんですよね。最近の小説やドラマでこれをやったら、解説が必要になるかも知れません。この記事に書いてからも、ここだけ読んだら、なんだか分からんな~と思っていました。ドラマの流れがあって、このシーンがあってこの台詞、ってのがやっぱり必要なんですよね。でも、汲んでいただけてとっても嬉しいです(*^_^*)
この二人が、ふる~い駅のホームの柱を挟んで背中合わせに立っていて、ぼそぼそと話しているシーンがもう、それだけで「いや~、これはかなりやられた感があるわ~」って感じだったのです。
友情にしても恋愛にしても、人間関係の描写の妙ですよね。そうそう、canariaさんのおっしゃってくださったとおり、おいしい関係なのです。「友情!」って正面切って言われたら引くけど、こういう表現はほんと、いいですよね。じゃ、書けって言われたら、なかなか上手く書けませんけれど。

> こういうのって感じ取れない……っていうか分からない人はとことん分からないらしいです。
> 小説は分が悪いとのことですが、わたしはむしろ彩洋さんの小説からのほうが
> 映画とかドラマより匂い立つような関係性を感じられます。
> わたしが単にムッツリだからというのもあるんですがこういうのも相性なのかな。
おおおおおお。むっつり。そうそう、それは私も言えているかも知れません。そうか、むっつり同士で相性なのかも知れませんね。おつきあいのあるブログのお友達は、似ている感性の人たちってなんとなく分かりますけれど、そうか、みんなもしかして、むっつり系なのかもしれませんね! canariaさんの『浸蝕恋愛』に共感したのも、じつはそこかも!

でもほんと、読む人を選んでしまいますよね。万人受けしないむっつりタイプ。
大好きな映画監督がタルコフスキーなんですが、ほんと、わかりにくい映画ばかりなんですよ。でもはまっちゃって。他の人からは「よく分からん」と思われているみたいです。そして、究極が巨石。始め古墳にはまっていたのですが、もっと訳の分からないものに惹かれてしまい(ただの岩に何をそんなに興奮する?ってな目で見られているような)。
分からない人にはとことん分からない、っての、分かるような気がします。分野が違うと、自分も何か分かっていないところがあると思うのですけれど、「愛してる!」「私も!」ってのだけが愛じゃないですものね。
(くっつきそうでくっつかない、が好きすぎて)
そう言うの、もっと上手く書けるようになりたいなぁ。うん、でも嬉しいお言葉、ありがとうございます。

> 分かる人には確実に伝わるこの不思議な「見えそうで見えない、言えそうで言えない、書けそうで書けない」感覚、彩洋さんの小説からはばっちし感じるんですよね。
嬉しいお言葉です。ありがとうございます。でもね、ケイもその筆頭ですよ。そして、クルルーも(あぁ、何をだまされているんだろうなぁ~)。
コメント、ほんとにありがとうございました!
そして、重ね重ね、お返事遅くなったご無礼をお許しくださいませ。
またそちらにもコメを残しに参りますね!

彩洋→canariaさん #nLQskDKw | URL | 2016/11/08 13:21 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

limeさん、すっかりコメ返が遅くなってしまってごめんなさい!
そして、そうこうしている間に、初ご対面も果たしていまい、感動でした! しかも可愛らしい娘さんとご一緒!
声をおかけするときに結構ドキドキしたのですけれど(私ったら、仕事で30分も遅れちゃって、すっかりぼさぼさぼろぼろ状態で、お見苦しくて済みませんでした……まぁ、飾ってもあまり変わらないのですけれど^^;)、素敵なlimeさん親子にお会いできて、短かったけれど楽しい時間になりました!
また是非、ゆっくり創作のお話も!!!!!

さて、『北の国から』ですが、確かに、ドラマって見ていない人は見ていないし、見ている人は見ているってものなので、誰にでも興味を持っていただけるように紹介文とか書くのって難しいですよね。そう考えたら、本の帯とかってすごいなぁと思います。
時々古いドラマを見ると、その野暮ったさに笑えちゃうこともあるのですけれど、その野暮ったさが逆に人間くさくて、興味深かったりしますよね。今更トウシューズに画鋲とか入れないけれど、その心理的な部分ってのは今でも変わらなくて。
それでいて、人物はそんなにエキセントリックじゃないんですよね。なんとなく地味で、普通の人たち。
特にこのドラマは、舞台が都会じゃないし、あえてなのか、妙に泥臭い人物が多くて、誰しもみんな結構残念な面があって、それが時々身につまされる分、ちょっと見ていて「いやだな~」と思う人もいるんじゃないかなと思ったりもして。
でも、その中にちょっと希望が見つかるようなお話だったらと思ったりします。ただ、倉本さんの話運びは結構酷な部分も多いので、そこはお話なんだからもうちょっと(キャラたちに)優しくしてもいいんじゃない、と思うこともあるので、好き嫌いはあるかなぁと思ったりも。

でも、必要以上にキャラが立っていないとダメだと言われる昨今ですが、limeさんのおっしゃるとおり、あまりにもエキセントリックなキャラだと既視感が増えますよね。出っ張るって、だいたいステレオタイプだし。
いずれにしても、人物を丁寧に書いていくことって大事なんですよね。エキセントリックじゃなくても、丁寧に書けばその人物に深みが出てくる。でもあんまり書き込みすぎるとしつこいので、そこは多少手加減も必要で。
思えば、実はこの手加減が大変なので、みんな、わかりやすいステレオタイプに立ったキャラになっていくのかもなぁ。
そして、もどかしすぎると地味な作品に……分かります、そうなんですよね。気持ちは分かっても、ストーリーとしてはあまりにも展開が乏しくなっちゃたりして飽きてきたりして。

> だから、本当に書きたいものを書く(あるいは撮る)には、それまでにある程度の認知度・知名度が必要なのかもしれませんね。
ほんとですね。そのあたりは、上手く計算しているなぁと思える作家さんもいて、そこにプロになる根性というのか適性を感じます。好きなものだけ書いていてプロになる人が居るなら、それはものすごく運が良いんだろうけれど、どこかで躓くような気もするし。本当に書きたいものを書くために回り道をしたとしても、それは結果的にはその人の肥やしになるんだろうし。

みんなどこかで「自分を投影できる」作品を待っているのかもしれないなぁと思います。今朝のラジオ番組で『君の名は』のプロデューサーの人が出ていたのですが、みんな本当は思っているけれど、言い出しかねていたことを描く、ということがヒットにつながるのかなぁと。もしかすると、エキセントリック時代は終わったのかなぁと思ったりもしました。

いい作品、というのか、自分が読みたかった~と言う作品に巡り会うって、なかなか難しいですね。
でも、limeさんがそんなに嵌まっておられる本って、なかなか興味深いです。またいつか記事ででも紹介してくださいね! 自分の琴線に触れる、引き込まれる本に出会えた時って本当にうれしいですよね~うんうん。
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2016/11/12 05:09 [edit]


ポール・ブリッツさん、ありがとうございます(^^)

ポールさん、コメントのお返事が遅くなっており、大変申し訳ありませんでした!
そして、そんな愉快なものがあったとは! ご紹介いただいて、ありがとうございました。
あの純の独特の言い回し、あれだけ特徴があると、絶対パロりたくなりますよね。ドラマの内容を知らない人でも、あの純の言い回しとか、田中邦衛さんの物まねとか、さだまさしさんの歌で「ちょっとは知ってる」ってのは、ある意味すごいことかもしれないと思います。
私の中では、純の言い回しはアムロ系。
まさに「「宇宙人が攻めてきており、ぼくは知らなかったけど、パイロットとして戦わなくちゃいけなくなったわけで。」なんてのはアムロ? しかし、そんな脚本だと、かなり話の展開がじれったくて、いらっとしたりして。
思えば、アムロのような主人公は、ロボット・SF系ではかなり衝撃的なタイプだったかも。ガンダム以降はアニメ界でもキャラたちに工夫が出てきたような気がします。

コメントありがとうございました!!

彩洋→ポール・ブリッツさん #nLQskDKw | URL | 2016/11/12 05:19 [edit]


かじぺたさん、ありがとうございます(^^)

かじぺたさん、コメントのお返事がすっかり遅くなって済みません!
そして、何より、貴重な情報をありがとうございました!
あ~、確かにそうだった! 以前はちゃんと聞き取れていたような気がするのに(そのセリフ知ってるぞ、的な)、なんで今回は何度聞き返しても分からなかったんだろ。多分、私の耳が悪くなったか、送る側の音声が悪くなったかですね。
あ~でもすっきりしました!ありがとうございます!!

うちもあんまりテレビを見る家ではなかったので、ドラマなど「なんとなくついている」ことはなくて、結構決めて見ていました。まぁ、メインは野球だったので、ドラマなんて二の次、どころか四の次だったのですけれど。
だから私も、メインのドラマの方を見たのは、ものすごく後なのです。
ちゃんと見始めたのはスペシャルドラマになってからかもしれません。それさえも、結構飛ばしていて、再放送でみたり。
今思えば、時代時代の歌を上手く取り入れていて、何とも甘酸っぱいドラマですよね。そうそう、私の中では『百万本のバラ』です。『恋人よ』と『I Love You』も、このドラマの印象が強いなぁ。
『オレゴンから愛』気になっていたのですが、見ていないのですよ。う~ん、自然もの?は見出したら嵌まりますよね。

純と正吉、うん、ほんとに、友情でもあり、どうしようもないところもあり、たくさんのあれこれを一緒に抱えちゃって、ほんとにただの友情というのではない人間関係もあり、複雑な思いで見ておりました。
でも、私の中のピークはやっぱり、蛍ちゃんとのエピソードかなぁ~
正吉の役者さんの顔とか雰囲気とか好きだったんですよ。役者を辞められて、すっかり手紙だけの出演になって終わってしまいましたが、それだけにあの花を刈りながら夕日の中でのワンシーンは、今でも「いつかあんなシーンを書きたい」ナンバーワンのシーンです。

かじぺたさんのおっしゃるとおり、純のちょっと小ずるいところも、小さいところも、周りの自然がでっかいだけに、何もかも大きく包み込んじゃっているドラマでしたね。それぞれが一生懸命で、悔しいほどに情けなくて、でも生きている、という気がしました。

そして、おおお。さださんのコンサート。すごいファンではないけれど一度は行ってみたいコンサート、ってのがいくつかあるのですけれど、さださんはその筆頭です。あのテーマ曲はライブでそんなふうに定番なのですね~
私、さださんの『しあわせについて』がすごく好きなんです。
あ~、一度行ってみたいなぁ。
かじぺたさんの熱唱も聴いてみたい!

かじぺたさんとカラオケ! 想像しただけで楽しい!
わ~絶対、入れる曲の時代が被っていますよね。お互いに知らない曲でも盛り上がりそう、確かにそうです!
合いの手も任せてください。民謡で鍛えた?合いの手、入れまくりで?(邪魔するなって言われそう(^^;))
そしてラストには「あ~あ~、ああああ、あ~あ~」ですか(笑)! いつかきっと!
カラオケ、何年も行ってない気がする~、だって最近行くことがあっても、三味線の稽古しかしてなかった!(カラオケボックス三味線^^;)
そんな日を夢見つつ。

コメントありがとうございました!!

彩洋→かじぺたさん #nLQskDKw | URL | 2016/11/12 06:20 [edit]

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