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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【真シリーズ・掌編】ラグタイム 

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実は、【奇跡を売る店シリーズ(2)・砂漠に咲く薔薇】の第2話を書いていたのですが、carat!主催のcanariaさんのしばらく休止します記事を拝見して、悩んだ結果、書き下ろしの読み切りに変更しました。そのためにアップが遅くなってすみません。canariaさん、待っていただいてありがとうございました! しかも、実はちょっと長い……本当に申し訳ありませんが、許してくださいませ!

読み切り、と言っても、誰でも楽しんでいただけるお話かどうかは自信がないのですが(いや、背景を知らなくても何も問題ないのですが、多少知っていると「は~そんなことに~」な部分があるというだけで)、実はこれ、八少女夕さんの主催されている?【バッカスからの招待状】にも参加希望の掌編です。
語り手の「原田佳彦」はこちらのブログではまるきりの初登場人物です。実は純粋に私のキャラではなくて、あれこれ裏設定はありますが、またいつかの機会に。とりあえず、ちょっと気のいいバーのマスターという理解でなんの問題もありません。

この「ラグタイム」というお店は、西新宿の老舗喫茶バーがモデルです(名前は違う)。リアル友人でもあるsayaさんとロケハンで見いだしたお店で、この店を舞台にした未公開のお話があるのですが、人物関係がかなり際どいので、少しマイルドに書き直していつかここにアップできたらと、こそこそ思っています。
「ラグタイム」という格好いい店名はsayaさん。彼女のタイトルのセンス、なかなかなんですよ。
そしてここに登場する「客の男」、読み始めたら、あ~あの新宿で調査事務所やってるあの人ね、とすぐ分かるのですが(タイトルに書いてあるか^^;)、最後の方に「え?」な部分もあるかも。この話は【海に落ちる雨】よりも、その続きの【雪原の星月夜】よりも後の話なのです。

canariaさんのお休みは少し寂しいですが、お帰りをお待ちしようと、頑張って久しぶりに書き下ろしました。
あ~、『マルモのおきて』の残り5話を見ちゃったせいで(またバカ泣きして頭が痛い)、アップが遅くなりました。ほんとに済みません。


【真シリーズ・クリスマスイヴ掌編】ラグタイム
~バッカスからの招待状~



「いっらしゃいませ」
 原田佳彦はグラスを磨いていた手を止めて、その日、三組目の客を迎え入れた。

 組、と言っても今度の客は一人だった。
 今日は、社会的に言うと特別な日なので、早い時間に「ラグタイム」のような店にやってくる客は少ない。開店早々に、これからパーティーに出かけようという常連のカップルがやってきて、一時間後に出勤前のホステスが数人一緒にやってきて、以後は一人きりの静かな時間が流れていた。

 通常であれば客からのリクエストがない限り、店に音楽は流さないのだが、たまに開店前や開店直後、ほとんど客のない時間帯に好きなジャズのレコードをかけている。
 でも、こんな日は世の中に逆らって、思い切り演歌でも流したい。
 そんな他愛もないことを考えていた頃合いだった。

「ラグタイム」は新宿西口から歩いて数分の飲食店街の地下にある小さなバーだった。東口とは違って、繁華街も狭く、賑やかさは広さに比例して東口の二十分の一くらいだ。
 それでもコアな客が多いのもこの辺りの店の特徴でもある。佳彦は同じ新宿でも歌舞伎町とはまた違う雰囲気が好きだった。

「雨、まだ降っていましたか」
 男のコートの肩で、雨の滴が薄暗い灯りを吸い込んでいた。
「もう雪に変わりかけていますよ」
「ホワイトイヴですか。人肌恋しくなる、見事な神の演出ですね」

「特別な日」に一人で入ってきた若い男は、マフラーを外しコートを脱いだ。預かろうとする佳彦に手で合図をして、いつものように入り口から二つ目のカウンター席の椅子を引いて、その背にコートを掛ける。
 佳彦はこの物静かな男が、一人掛けのソファーのような低い椅子を引いて、すっとその内側に収まる仕草がなんとなく気に入っていた。

「そう言えば、あなたがここに来る日は雨が多い」
「おかげでここには何度も傘を返しに来る羽目になった」
 佳彦はふと微笑んだ。雨というキーワードで緩やかに客と繋がっていることが、奇妙に心地よく感じられた。
「お仕事、終わりですか」
「今日のような日にうちに来る依頼者は滅多にいません。もっとも、普段とそんなに変わりませんけど」

 この客は常連というほどこの店に足繁く通ってくるわけでは無い。そのせいか、打ち解けてくれているのかどうか分からない、ぎりぎりのラインのままで丁寧な言葉遣いを崩さなかった。
 それでも、佳彦にとっては特別な客だ。

「歌舞伎町は賑やかでしょうね」
 聞かれるまでもなく、佳彦はお湯で薄く割った赤霧島を出した。酒に弱いと言っていたので、頼まれればアルコール控えめのオリジナルカクテルを作りもしたが、ある時、この芋焼酎を出したら、これなら悪酔いしそうにないと言われたので、それ以来「とりあえずビール」ならぬ「とりあえずアカキリ」にしている。
「だから早々に事務所を閉めて逃げ出してきました。あそこに遅くまで残っていると、そのうち襲撃されるので」

 男は新宿三丁目にある調査事務所の雇われ所長だった。歌舞伎町は目と鼻の先だ。
 歌舞伎町で「襲撃」というと危ないものを想像しそうだが、もちろん、そういう意味ではないだろう。
 当然、仕事のことはあまり話さないが、言葉の端々から窺われることに、事務所には事務員を含めて幾人かの従業員がいて、さらに出入りする連中のおかげでかなり賑やかな場所となっているようだった。こんな無口な所長で、よくもあの街でもっているものだと思うが、この雰囲気が逆に人を寄せ付けているのかもしれない。
 賑やかで派手な街には、外見からでは分からない、孤独で寂しい人間が多く集まり、どこかに居場所を探しているのだ。

 男は、この店のことを、歌舞伎町の仲間たちには内緒にしているようだった。
 あの街の連中には遠慮が無いから、きっとこの男が静かに過ごせる場所なんて無いのだろう。
 さっき男が言った「襲撃」というのは、今日のような日には、パーティが終わった酔客や、店を閉めた後に行き場を無くした水商売の連中が、遅い時間に無遠慮に事務所に押しかけて来るということだろう。その場所の本来の使い方を間違えていることなど、気にしない連中だ。

 男は冷えた手を温めるためだけに焼酎グラスに触れたようで、まだ飲もうともしなかった。厚い木製のカウンターの木目模様が、薄暗い照明で濃淡を浮かび上がらせている。
 グラスと言っても、土色の陶器製なので、同じ色合いのカウンターに吸い込まれそうに見えた。
 この店の前の経営者が佳彦の恩人だったこともあるが、この厚い一枚板のカウンターが店を引き受ける最大の理由だった。もちろん、きっかけは別にあったが、最後に背中を押したということだ。

 佳彦は顔を上げて、薄暗い店内に視線を向けた。七席のカウンターと三つのテーブル席だけの狭い店には、佳彦と客が一人。客のいない店の中は、恐ろしく空虚で暗く沈んで見えるものだ。とても今日がクリスマスイヴだとは思えない、何の飾りもない空間だが、明るい世界に背を向けて生きてきた自分たちのような人間には、ふさわしい隠れ家かもしれない。
 世間が浮かれているこんな日には、特にそんなことを感じる。

 この調査事務所の所長がこの店に通うようになったのは、個人的なつながりだったので、改めて聞かれたことも話したことも無いが、おそらく佳彦の前身についてもある程度は感づいているだろう。あまり大きな声で話すことのできない仕事、という意味だ。
 佳彦自身は足を洗ったつもりでも、どうしても切り離せないしがらみはついて回ってくる。誰も佳彦を今さらどうこうしようとは思わなくても、佳彦自身がふと、今自分のいる場所を疑うのだ。
 そちら側には住んでいない客が楽しそうに語る日々の出来事を聞いているときも、公園ではしゃいで走り回る娘を妻が追いかけている姿を見ているときも。

「家に帰らないんですか」
 男は左の薬指に指輪をしていたが、家族のことはほとんど話さなかった。以前に一度だけ、妻が一人目の子どもを身籠もった時に煙草をやめるつもりだったのに、と言ったことがあったが、その後、子どもの話題が出たことは無いし、少なくともこの店では今でも煙草を吸っている。もっとも、家で吸えないので、職場や飲食店で吸っている男も、世の中には多くいるだろう。

「あなたも、こんな日は店を閉めて家族サービスをしたほうがいいんじゃないのですか」
 この男には、二歳になる娘がいることを話したことがあった。
「でも、あなたのようなお客さんがやってきて、店が閉まっていたら路頭に迷ったりするでしょう。こんな日こそ、帰りたくても帰れない人もいる」
 男は顔を上げて真正面から佳彦を見た。そしてふと笑みを浮かべる。自嘲のようなこの微かな笑みは、初めて会ったときから佳彦に好印象を与えていた。

「思えば、クリスマスなんて本来は日本人には何の縁も無いイベントなのに、いつの間にか、その日に一緒に過ごす恋人も家族も居ない人間は惨めに思えるようにすり込まれてしまいましたね。あるいは、そんな日に一生懸命働いていると馬鹿らしく思えるように」
 普段は常連客ともあまり長話をしない佳彦だったが、この男に対しては話しかけずにはいられなかった。

 もっとも、佳彦は決して話し嫌いでも賑やかな会話が苦手というわけでもない。ただ、このような店でカウンターの内側で仕事をしているうちに、自分の本来の性質とは関係なく、二通りの人種に分かれていくものらしい。
 客との会話を楽しみ、時には自分のことを語り、酒の蘊蓄を語りながら客と楽しい時間を共有したいと思う者。そして、客の話に耳を傾けながらも受け流し、自分の方からはあまり話しかけず、静かに酒を提供する者。佳彦は自分は完全に前者だと思っていたのだが、気がつくとごく一部の人間を相手にする時を除いて、後者に収まっている。

「実際には、ひたすら働いている人間の方が多いのに」
「違いありません」
 佳彦が自分も焼酎を飲んでいいかというサインを送ると、男はうなずいた。客の前で飲むこともほとんどないのに、今日は少し気分が違っていた。

「イエス・キリストも驚いているでしょうね。まさか自分の誕生日が、こんな離れた極東の国で恋人同士の記念日みたいに扱われているとは」
「でも、それをきっかけに人が集まることを喜んでいるかもしれません」
「それが鬱陶しくて歌舞伎町から抜け出してきた人が言うんですからね」
 男は意外なことに、いつもよりもずっと分かりやすい笑みを浮かべた。
「決して、こんな日のあの街の雰囲気は嫌いというわけじゃないんですよ」

 男は佳彦が焼酎に口にしたのを見てから、自分の手で暖めているグラスに酒が入っていることを思い出したように、ようやくグラスに口をつけた。そしてまたしても意外なことに、半分ほども飲んでしまった。
「ただ、なんとなく、今日は一人になりたかっただけで」

 佳彦は、客が何かを語りたいというオーラを放っている時には好きなだけ語らせてやろうと思っていたが、この客が自分のことを何でも話したいと思っているようには感じなかった。
 ただ、一人になりたい時の相棒に、この店と自分が選ばれたことは嬉しかった。

「今日は演歌を流していないんですね」
 さっきそんなことをちらりと考えていたので、まるで頭の中を覗かれていたようで面映ゆい。一人の時は、時々、演歌を聴きたくなるのだと、そんなことも話したのだっけ。
「そう言えば、あなたが二度目にここにいらっしゃった時、北原ミレイをかけていたんでしたね」

『懺悔の値打ちもない』というタイトルを二人が同時に口にしたので、思わず顔を見合わせた。
「今日は街にクリスマスソングが流れていると言うのに、『懺悔の値打ちもない』はないですね。でも、たまに聞きたくなるんですよ。日本人のソウルミュージックじゃないですか。『ラグタイム』に演歌はないよって、人からは言われるんですけどね」
「いや、ズレてる、って意味からすると、ちょうど合っているかもしれませんよ」

 二度目に彼がこの店に来た時、店名の由来を聞かれた。音楽用語ですか、という問いだったので、詳しいなと思ったことを思い出した。
 ラグタイムというのは、十九世紀から二十世紀始めにアメリカで流行した音楽のジャンルで、ジャズの原型のひとつだ。メロディーラインとベースラインの拍のずれをRagged timeと呼び、その不揃いのタイミングの中から色々なニュアンスが生まれる。この店もそういう場所であったらいいと思って名付けた。
「確かに。今度言われたら、そう言い返します」

 男がショートポープの箱を上着の内ポケットから取り出したので、佳彦は灰皿を彼の前に置き、ポケットからライターを取り出した。男はちらりとライターを見て、それから佳彦の手から火をもらい、ひとつはき出して、ようやくほっと息をついたように見えた。
 何か音楽をかけましょうか、と尋ねると、男は少し考えてから、ブルースをと言った。

 佳彦は少し考えてからルイ・アームストロングのアルバムを選び、レコードに針を落とした。ざざっという微かな雑音の後、『We have all the time in the world』が流れ始める。
 酒を勧めるのにいいタイミングだと思った。
「今日はせっかくですから、少し強めのお酒をいかがですか」
 男は意味を察したようだった。
「では、あなたがいつか作ってくださったジェームズ・ボンドの酒を」
「ジェームズ・ボンド・マティーニですね」

 イアン・フレミングの『カジノ・ロワイヤル』にはモロトフカクテルと書かれている。ジェームズ・ボンドが、ロワイヤル・レゾーのカジノで敵との大勝負の緊張感をほぐすためにオーダーしたカクテルだ。
 ボストンシェイカーにゴードンジンを三、ウォッカを一、あとはキナ・リレのベルモットはキニーネが入っているので日本では手に入らないため、代わりにリレ・ブランを〇・五の割合で加える。

 初めてこの男に作った時と同じように、彼が曲を楽しむのを邪魔しないかと一瞬気になったが、またあの時と同じように、男はカクテルを待ち望むように佳彦の手を見た。安心してシェイカーを振り、カクテルグラスにきりっと冷えたマティーニを注ぎ、オリーブではなくレモンの皮を薄く切ったもの沈める。
 ボンドはこのカクテルにヴェスパーという、恋に落ちた女の名前をつけた。この女は裏切り者だったが、ボンドは一度味を知ってしまうと他のものは飲めないと言った。
 愛とはそういうものなのだろう。

 佳彦はカクテルグラスを取りあげた男の右手から、カウンターの木目の上に残された左手に視線を移した。薬指に嵌められた指輪は、鈍い銀の光を不安定に揺らめかせている。
 この指輪を外さずにいるのは、自分が何かから逸脱してしまうのが恐ろしいからだと言っていた、その表情を思い出した。
「寒い冬なのに、こんな冷たいカクテルを出す店って、どうかしてますね」
「ご心配なく。かのスパイと同じように僕も味音痴なので」

 佳彦は思わず嬉しくなった。
 マティーニは本来ステアで飲むもので、シェイクするものではないが、ジェームズ・ボンドは「冷たいものはとことん冷たく、熱いものは最高に熱く」が主義で、カクテルもシェイクさせるほうが冷たくなっていいという。酒好きの理論では、シェイクして冷やし過ぎると舌がしびれて味が分からないから、ボンドは味オンチだということになる。
 そのように説明したことを覚えていてくれたのだ。

「でも、クリスマスイヴに強い酒を勧めてご主人を引き留める店は、やっぱり不味いでしょうね」
 男はそれには答えなかった。
 俺はこの人の前ではしゃべりすぎるな、と佳彦は思って、また言葉を引っ込めた。ただ、この男も以前やってきた時に、ふと漏らしたことがあったのだ。
 ここに来たら、しゃべりすぎる、と。

 不思議だった。名前を知っているのに、なぜか名前を呼ぶことはない。あなた、と今でもいかにも他人行儀に話しかける。他の客ならば数度も通ってくれたら、名前を呼ぶというのに。それでも、この男は他のどの店でよりも、この店でしゃべりすぎると言い、佳彦も、他のどの客にもそうしないのに、この男にはやたらと自分の方から話しかけている。

 それでもここから先は、というぎりぎりの部分で留まるだけの理性と職業倫理は持ち合わせているつもりだった。そのつもりなのだが、他に客も居ないこんな夜は、もっと話して欲しいと思ってしまう。客に深入りするのは良くないことだと分かっているし、そんなことをしても、客にも自分にも何の役にも立たないことも分かっているのだが、時折、無性に気になって仕方がない客がいるものだ。

 クリスマスイヴの夜。一緒に過ごすべき人がいるだろうに、その場所を避けてバーのカウンターに座っている。たゆたう紫煙の向こうの不安な表情。情人と会う時にも外さない結婚指輪。
 ふと、エディット・ピアフの歌に涙を流さずに泣いていた氷のような横顔を思い出した。あいつは最も大事なものと引き離されているんだ、と共通の知人が話していたことも。
 それでも、誰かが誰かを心配して、気にかけ、涙を流したり、黙って側に立っていたり、ただ一緒に音楽と酒を分かち合うことは、きっと悪いことじゃない。家族でもなく、恋人でもなく、ただの店の主人と客の関係であっても。

「今日は、帰っても本当に誰もいないんです」
 男はいったん言葉を切り、不思議な表情を浮かべた。最高に幸せそうな、それでいてものすごく不幸で不安そうな、どこかで道を間違えたことに気がついて後ろを振り返った時のような、複雑な表情だった。あるいは、ただ暗い照明が作り出した影が、そう見せたのかもしれない。
「妻は、今、まだ入院していて」
「病気、ですか」
「いえ」

 また少し間を置いて、男は続けた。
「今朝、子どもが生まれたんです」
 何がこの男を不安にさせているのか、佳彦は自分の経験に照らし合わせても、上手く理解はできなかった。おめでとうございます、と素直な言葉が一瞬喉につっかえてしまったのは、男のさっきの表情の故だった。

「そうでしたか。それは、おめでとうございます。男の子ですか。それとも」
「男の子です」
 男は冷たいマティーニを思い切って飲んで、カウンターにグラスを戻した。
「以前亡くした子どもは、女の子だったんですが」
 佳彦は言葉を失った。一人目の子ども、と言っていたのは、その子のことだったのか。

「もう性別も分かるほど大きくなっていたのに、この世界を見ることはなかった。不思議ですね。僕は、どこかでもう一度その子に会えるのではないかと思っていたのかもしれません。その子がまた妻と僕を選んで戻ってきてくれたらと願っていた。その子を失ったのは僕が」
 男は言いかけて、そのまま言葉を無くしたようだった。
「すみません。ちょっと混乱しているらしい」

「生まれてきたお子さんを、愛せないと心配しているのですか」
「いいえ。そんなことじゃないんです。ただ、置き忘れてきたものをどうしても振り返ってしまって、不安になるのかもしれません。それとも、ただ単に、父親というのがどういうものか、よく分かっていないからかもしれません」
「父親って、始めからこんなものという型があるわけではありませんよ」

「ただ、あんなに小さくて儚いものが、この世界に放り出されて、生きていゆけるのかと」
 あなたが守るんですよ、と言いかけて、この男の不安が突然に理解できたような気がした。
 娘が生まれて、初めて腕に抱いた時、潰してしまわないかと心配になった。自分の指一本よりも小さな手が、いつか何かを掴めるようになるとは信じられなかった。そんなことを、この男は過剰に敏感に受け止めてしまうのだろう。

「相川さん」
 佳彦は初めて、男の名前を呼んだ。
「子どもって意外に逞しいですよ。一年経ったら、三倍の重さになるんですからね」
 短い前奏の後に黒人シンガーの声が耳に届いた。
 男はふと顔を上げ、ずっと探していたのに届かなかった景色を見つけたような表情を浮かべ、それから静かに目を閉じた。

 曲が終わるまで、佳彦も男も、何も言わず、動くこともしなかった。
 佳彦は、不安を見いだしては震える彼の睫毛を、左右に異なる色合いが見える目を、唇の前で組まれた手を、そして彼を縛り付けている指輪に揺らめく光を、美しいと思った。狭い店の中に揺れる灯を、明るい光の下で見たら小さな疵も隠せないけれど、こうして誰かの不安を包み支えている椅子やカウンターを、佳彦が店を譲り受けるずっと前から壁に掛かっている古いアメリカの街の絵を、絵の中ですっかり色あせて消えかかった虹を、そして、ずいぶん前に誰かが忘れていってくれたおかげで、突然の雨の日には誰かを庇うことのできる傘を、今、愛しいと思った。

 そして、大都会のこんな暗い地下の片隅にいても、世界を美しいと感じることができることに、ふと感謝の気持ちを覚えた。
「今度は温かいホットオレンジのカクテルを、お祝いにご馳走させてください。その子はきっと、あなたの不安を踏み越えて、素晴らしい世界を見るに違いないんですから」
(2016/12/18書き下ろし)


『We have all the time in the world』:『女王陛下の007』に使われていた、ルイ・アームストロングの名曲。ジェームズボンド・マティーニを飲むきっかけにしました。
最後に彼らが聴いているのは、タイトルは出しておりませんが、お察しの通り『What a wonderful world』です。
ほんとのことを言うと、こんな順序に曲が並んでいるレコード(アルバム)があるわけじゃないのですが、お目こぼしください。時代が時代ですし。でも『What a wonderful world』って1967年の曲なんですね。そう思ったら、余計にすごさを感じる。

生まれた子どもは、慎一。クリスマスイヴ生まれなんですね。不良パパを許してやってね。
何しろ、真はほんとのパパには捨てられちゃったので、父親ってのがなんだがよく分かっていないのです。おじさん(功)やもと家庭教師(竹流)のような仮の父には恵まれていたはずなんですけど……
幸い、慎一は性質的には母親の血を受け継いだのか、中身はかなりしぶといかも知れません(長命だし、中年期以降になってものすごい年下の美人と一緒に暮らしてるし……いや、そういうことじゃないか)。
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Category: ☆真シリーズ・掌編

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コメント


こんばんは~

おお、慎一の生まれた日のお話しなんですね?クリスマスイブでしたか。しかもホワイトイブ。なんかロマンチック。
バーテンダー(でいいのかな?)の佳彦はもちろん「ラグタイム」というお店の雰囲気、細かい描写に現実味が感じられてとても素敵です。それに提供されるお酒、そして音楽(BGM)にも蘊蓄があってこっちも素敵です。ルイ・アームストロングはサキでもちゃんとわかりますよ。こういうお話し、書いてみたいけれどなかなか難しいです。
夕さんとこのバッカスとはまた違った感じで、行きつけの店がもう一つ増えたみたいですね。こういう行きつけの店があったら良いのになぁ。そう思います。
サキはこのお話しの本編は読んでいないので細かい事情はわかりませんが、真の不安な気持ち、ちょっとだけわかるような気がします。
彩洋さんに言うのも何ですが、何人かが簡単に、実に簡単に亡くなっていくのを目にしていますから。
でも、「子どもって意外に逞しいですよ」という佳彦の言葉もまた真実だと思います。きっと事も無げに踏み越えていくんですよ。
素敵なクリスマスイブ、ありがとうございました。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2016/12/20 22:13 [edit]


こんばんは。

へえ。慎一はクリスマスイヴの生まれですか。
街中が誕生日を祝ってくれていいのか、ケーキを一年に一回しか食べられなくて残念なのか(そういう話じゃないって)

九ヶ月かけて我が子が大きくなっていくのを実感している女性と違って、男性って赤ん坊が生まれてもまだ父親になったという覚悟ができていないことがあるって、よく言いますよね。真は、ああいう育ちだからよけい戸惑っているのかなあ。

一人目の女の子が亡くなった時の真、どんな状態だったのか、氣になりますね。
指輪をした誰かさんが絡んでいることなのかなあ。

ともあれ、真がこうやって「しゃべりすぎる」ことのできるお店があってよかったなと思います。新宿は大手町や神田とはだいぶ雰囲氣の違うところですが、どこにあっても客の居心地をよくするのは迎えてくれる主人ですよね。原田氏のお店も常連になりたくなりますね。

なんか久しぶりに真にあえて嬉しいクリスマスプレゼントでした。

『What a wonderful world』って、67年?
もっと古い曲だと思っていました。そうか、同い年だったのか……。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2016/12/21 08:00 [edit]


執筆、お疲れさまでした。

八少女夕さんといい、大海彩洋さんといい、あちこちにいい店を経営なさっていますね。
うちにも、こういう店が一軒あればいいんだけどなぁ……下戸作者では、かなわぬ夢ですな(笑)

真は結婚して子どももできたみたいですけど、物理的にも精神的にも、あいかわらず居場所がなさげですねぇ。真って竹流と一緒でないと、この世の人じゃ無くなっちゃう感が出てますよね。なんか、今にも消えそうで、ちょっと心配です。
真ちゃん、パパになったんだから、しっかりしないといけませんよ~。

でも、そういう人をそっと受け入れてくれる店(場所)って、やっぱりいいですねぇ。
ウチにも一軒……(だから無理だって!)

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2016/12/22 00:43 [edit]


ソファーに収まる際のさりげない所作や、
「何かから逸脱してしまうのが恐ろしいから」
嵌めている指輪など、描写の所々に「彼」が人に与える魅力や
彼自身の複雑な心情が見え隠れするようでした。
それはとりもなおさず【海に落ちる雨】からの流れを汲むもので、時を経ても「真」が「真」であり続けることに嬉しさを感じるのと同時に切なさも感じさせられました。
彼が表面上は通り一遍の幸せを享受していながらその「幸せ」をどこか
遠くに感じているような描写の数々に、彼が置いてきた「存在」の大きさを感じさせられます。夕さんのお言葉をお借りさせていただき恐縮ですが、指輪をした誰かさん……ですね。

真にとって結婚生活は「どこかで道を間違えたことに気がついて後ろを振り返った時のような」ものかもしれず、でも一方で「最高に幸せ」でもあって。
個人の複雑な心情とは裏腹に命のバトンが粛々と渡されていくことに心地よい目眩を感じました。
そうした大きなものと小さなものが優しく交わるのもクリスマスイヴだからなのかもしれません。

お忙しいなか、いろいろなことを後回しにされて(!)、こんなにも素敵な物語をお寄せくださり本当に本当にありがとうございました(;;)

canaria #- | URL | 2016/12/23 17:42 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

サキさん、さっそくありがとうございます!!
そうなんです。慎一はクリスマスイヴの生まれでして。あまりあれこれ考えたわけではないのですけれど、真の命日が12月25日の朝でして、その前後にしようとしていたのですね。本当は慎一の生まれた年(1983年)の12月24日は思い切り晴れてたんですけど(ほんと、今は何でもネットで調べられるから、逆に困ることもありますね……^^;)。まぁでも寒かったみたいだし、その数時間、新宿のあの局所だけ降っていたことにしよう!とかね。何しろ、「雨は夜更け過ぎに~雪へと変わるだろう~」ですから(^^)

夕さんみたいに素敵なお店はなかなか書けないのですが(どうしてもついつい居酒屋系になってしまう。しかもどちらかというと怪しい系)、お洒落じゃなくてもちょっと訳ありで意味ありげな店なら私にもちょっと書けてるかな?
このお店を舞台にしたお話は、訳ありでブログにはそのままアップできないのですが、こんな風にちょっとアレンジして小出しにしてみようと思います。もうちょっと上手く描写できたらいいのですけれど、少しでも雰囲気を楽しんでいただけたなら嬉しいです(^^) 
一時期、友人と東京のいろんな街を歩いてロケハンをしていたんです。新宿の真の事務所と場所とか、あれこれ決めながら歩いていると楽しかったです。このお店のモデルになった店に行ったら、ドライフルーツが美味しくて、このお話の前作(初めて真がこの店に行った時のお話)ではドライフルーツを食べているシーンがあるのですけれど、今回は字数の都合で端折りました。またいつか、ちょっとマイルドにアレンジしてお届けできたらなぁと思います(^^)
そうそう、音楽と酒。本当に相性がいいですよね。

サキさんは仮想世界がお得意で、たとえばシスカが歌うのだって私たちの知らない曲なのだけれど、上手にその雰囲気を描写されますよね。印象的なシーンがいくつもありました。でも私はついつい、現実の歌のイメージに頼っちゃうので、うん、その辺は曲を知らない人にでもアピールできるように描写ができたらなぁと思います。
ルイ・アームストロングはちょっと反則でしたね^^;
でもなんだか、慎一が生まれた日にはぴったりな曲な気がして。
もっと言うと、同じ歌手の歌で、前半は007(スパイ)の曲になっていて、これは真にとっては父親のこと(ほんとにその手のお仕事なので。真は父親を親とは認めてませんから)で、そこと決別して、息子へ世界を託していくお話になっていくという、地味な裏設定があります。ほんとどうでも良い話ですけれど……

そして。サキさんに少し真の不安な気持ちをくみ取っていただけて嬉しいです。真は自分が親に捨てられているので、自分が父親になると言うこと自体が不安なのだと思います。こんな儚くて弱くて、誰かを全面的に頼らないと生きていけないようなものを自分が守り切る自信がないというのか。この先も、愛しい気持ちと、何もかも投げ出してしまいたい気持ちの狭間で揺れるのですけれど(だから早死になんだな……)、幸い悪妻のど根性を受け継いだ慎一が命を先に繋いで行ってくれるようです。
読んでくださってありがとうございます。そして、サキさんにも、先さんにも、ママさんにも、素敵なクリスマスでありますように!
コメントありがとうございました!!

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2016/12/24 05:10 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

夕さん、後でコメをまとめて書きに行きますね~(って、いきなりで済みません^^;)
その前に、こちらにコメをありがとうございます!!
はい、慎一はクリスマスイブ生まれだったのですね。最初23日かな~とか思っていたのですが、天皇誕生日では恐れ多いし、25日は真の命日なので、できれば息子が2歳になるのを見てからにしてやりたいたいなぁとか、あれこれの結果、狭間の24日になったという。多分、ケーキはクリスマスとまとめて、ですね。でもこの子を途中から引き取ってたのは葉子なので、ちゃんと24日と25日と準備していたかもなぁ。ヴォルテラに引き取られてからは、どうだろう。クリスマスのケーキと誕生日のケーキは別物、ですよね。

真は、一人目の子どもが亡くなったことに責任を感じているし(これは彼の妻も同じように思っているんだけど)、生まれてきた子が男の子だということにはちょっとだけ残念だと思っていたかもしれないのです。残念というのか、女の子なら無防備に可愛がることができるかもしれないけれど、自分が男で、父親には複雑な感情があるので、生まれたのが男の子だと思うとちょっとどうしたらいいのか分からないような感じがあって。まぁ、実際には、人に隠れて(何で?)こそこそ可愛がっていたのですけれど。
しかも、夕さんのおっしゃるとおり、不良パパなので、嫁が妊娠中なのをいいことに……・あんなこともこんなこともあって(いや、それは誤解を招くか。あ、誤解ってわけでもないか。う~ん)でも、ずっと何かと格闘・葛藤している人なので、しょうがないんですけれどね。幸い、慎一は親よりも断然逞しいから大丈夫!

> 一人目の女の子が亡くなった時の真、どんな状態だったのか、氣になりますね。
これは、正確には死産なのですけれど、きっと夕さんが聞かれたら怒るだろうなぁ~なことなのです。でもまぁ、事に及んでいたわけではないので、いいことに……良くないか。真は自分でそれを根に持っているので(って、表現がおかしいですね)、自分で自分が許せないというのか。でもまさか、嫁には言えないし。でも、この嫁、かなりの根性の入った元不良娘なので、そんなしおらしい女じゃないんです。指輪をした誰かさんは直接には関係ありませんが、でも間接的には常に関係があると言えばある、のかなぁ。

新宿にある店って、ほんとかなり濃い印象ですが、西口側はずいぶんマシな印象があります。東京って町ごとに違う顔を見せるあたり、結構面白くてあちこちロケハンして歩いて、事務所の場所とかもかなり具体的に思い描いているのですけれど、それでも、行く度に町の顔が変わってきていますね。ガード下とか、なくなってくのかなぁ。ゴールデン街はずっと残ってくれるのかなぁ。
真は事務所が東口側なので、西口はちょっと縄張りからは外れているので、このお店なんかは誰にも見つからないで飲める場所なのかもしれません。少ししゃべりすぎる真もなかなか書いていて面白いですし。
この原田佳彦は実は結構元仕事はヤバい系なのですけれど、本人はいたっていい人なので、この先も客を和ませてくれる、はずです。でも田中氏ほどには人間できていないかも^^;

> 『What a wonderful world』って、67年?
> もっと古い曲だと思っていました。そうか、同い年だったのか……。
あ。同い年……う~む、でもやっぱりすごい曲ですよね。今聞いても何も違和感がない。慎一にはぴったりです。
コメントありがとうございました!!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2016/12/24 05:52 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

本当に、ブログの中ならバーを経営したり、探偵を雇ってみたり、猫を飼ってみたり、何でもありだなぁ~うふふ(*^_^*)
でも、田中氏のお店ほど健全でもないし、田中氏ほど魅力的なバーテンダーさんでもないのですけれど、まぁ、こんなのもいいかなぁって。でも、どこかでこうして共演できる機会があるといいなぁ。
それに、私もあんまりお洒落なお酒とは縁がないのですけれど、それに、日本酒ならともかくカクテルの知識なんてないにも等しいので、適当に書いています^^; これが「お話」のいいところですよね。
下戸作者さんでも、書くのはともかくとして、酒が飲めなくても田中氏みたいに素敵なノンアルコールカクテルを作ってくれる素敵なバーテンダーがTOM-Fさんを楽しませてくれるはず!

真の居場所のなさ感をくみ取っていただいてありがとうございます(^^)
【雨】の先で、いったん一緒にローマで過ごしていたのですが、結局一緒に東京に帰ってきたものの、その頃には気持ち悪いくらい理解の良い竹流のせいで、あまり会わないまま過ごしていて、結果的に真は嫁をもらうのですが……この辺り、いきなりなんでそんな女と?な話です。そう言えば、【奇跡を売る店】の蓮もそんなことになってるなぁ。私ってあまのじゃく?

TOM-Fさんが短くまとめてくださったとおり、本当にこの頃って、この人は居場所がないんですよね。中学生かって感じですが。
> 竹流と一緒でないと、この世の人じゃ無くなっちゃう感が出てますよね。なんか、今にも消えそうで、ちょっと心配です。
本当に、自分でもそう思っているんですよ。何しろ「人間らしく生きていられるのはこの人のおかげ」「今生きているのは19の時、三途の川で、どうしても彼の元に返りたいと閻魔様にだだをこねて戻ってきたから」「それなのに一緒にいないなら、生きているようでいて生きていない」とまじめに思っているんですね。でもこのお話の原作?は『人魚姫』なので、結ばれなかったら泡になっちゃう話だし……
パパになって、生まれてきたのが男の子という段階で、自分は命を譲っていくような気持ちになっていたのかもしれません。ほんとに、自分が人類って事を忘れていますよね。ユズリハ(植物)か、子どもを産んだら死んじゃう動物みたいに思っているような。

> でも、そういう人をそっと受け入れてくれる店(場所)って、やっぱりいいですねぇ。
うん。真はきっと、ここに来たら安心するんだと思うのです。原田は何も聞きませんからね。なんてのか、生活のことも仕事のこともあまり関わりがないから、ただ「バーの会話」を楽しめるというわけで。芸能人が海外でほっとする、みたいな感じで、自分のプライベートのことには無関係な場所で安心するんですね。ブログもちょっと、そんなところがあるのかなぁ。

> ウチにも一軒……(だから無理だって!)
いや、ぜひともTOM-Fさんのところにも一軒、作って欲しいです。別に酒を飲むところじゃなくても! あんな素敵なレストランを予約してくださったTOM-Fさんですから、なんだか素敵なお店が生まれそう。

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2016/12/24 13:23 [edit]


canariaさん、ありがとうございます(^^)

こんにちは~
おぉ、canariaさんったら、私がこそっと仕込んで一人で真の色気(あくまでも美青年の、じゃなくて、普通の男の色気ですけれど)を楽しんでいる一文にしっかり引っかかってくださるので、びっくりしています。これはこっそり書いている人間としては本当に嬉しい限りで。ソファーに収まる時の仕草がどうのって、読み過ごしてしまう場所ですのに、ほんと、感謝です。
そうそう、字数で切ってしまったのですけれど、この店のテーブル、低いんですよ。モデルの店に行った時、一人掛けソファーみたいな椅子がカウンターに並んでいて、なんかちょっとお洒落だなぁと思ったのでした。新宿っぽくないですよね。
そういう低い椅子に座る時って、正座をする所作もそうですが、人となりが出てきますよね。それから幼い頃から受けてきた教育みたいなのが。真のばあちゃん、金沢の芸妓の家の出身で、真にもお茶の手ほどきはしていたのですね。だからそういうのがちょっと出てくるといいなぁ、なんて。

指輪の件も、「自分を縛り付けるため」という部分を表せたらなぁと思っていたのですが、真は多分、この件だけは意識的にやっていると思うのです。指輪って彼にとってはキーアイテムなので(自分の指輪がそういう意味を持つとは思っていなくて、一番は竹流のヴォルテラの紋章の指輪なのですが)、これを「足枷にしておかないと」と思い込んでいる。おまじないにそれほどの力はないことくらい分かっているんでしょうけれど。
こんなところ、誰かさんと似ていますよね(^^)                                                                 
canariaさんはもうまるで【海に落ちる雨】を完読してくださったと思うようなコメントをくださったので、ちょっとドキドキしました。
本人は「彼(お察し通り、指輪をした誰かさん)」なしの人生とか幸福を感じられるようにならなければと分かっているのですけれど、そんなこと周りにも言えませんし、自分にも言えないし、思い込もうと必死でいるのかもしれません。でも、それはそれで、決して不幸というわけでもないし。ただ、一度自分にとっての幸福が何かを知ってそれを味わってしまったので、それ以外のものではもう満足できない身体に……
ただ、やっぱり決して不幸ではないんだろうな。人生はほどほどで十分なのだろうし。でも、そんな自分はどこか嘘くさくて、自分じゃないみたい。だから、今彼は自分を生きていないような、変な感じがしているのかもしれません。
canariaさんのご指摘のように、ちゃんと幸せで、でもどこかで道を間違えていると思っているので、時々どこかでガス抜きをしなければならないんです。この店はそのひとつなんですが、この人、そもそもあまり飲める人ではないので、本気でガス抜きをする時はこんな方法では間に合わず、ケイと同じように何とか依存症になっているような気がします。時々、ですけれど。
そして、そんな彼の事情とは関係なく、命はどこかへ伸びて繋がっているんですね。彼にとっては、慎一はかけがえのない、ものすごく大事なものであり、一方では、自分の存在の意味を失うような意味合いも持っているような、そんな感じがします。
人間って難しいなぁとこの人を書きながら思うのですが、その点慎一は悩んでいるけれど、生命的には野太いので安心していられる。死を体験しても、感覚的に死に近いわけではないんですね。

何はともあれ、クリスマスなので、やっぱり舞台はバーがいいなぁと思って書かせていただきました。
少し長くなって済みません。しかも遅くなって済みません。
読んでくださってとても嬉しいです。コメントありがとうございました!!

彩洋→canariaさん #nLQskDKw | URL | 2016/12/24 17:22 [edit]


そうか~!

すっかり遅くなってしまいましたが、とても素敵な雰囲気を味わわせてもらいました。
これは慎一が生まれた日のお話だったんですね。
世間一般の父親なら嬉しくて仕方ないはずの日。
けれど真のこの日の憂いこそ、真の半生(いやもうほとんど人生終わりかけなんだけど( ;∀;))を物語っていますね。

そうか、女の子はダメだったんですね。
もしかしてその子が生まれていたら、真のその後も違ってきてたのかな。
亡くなる前後にどんなドラマがあったのか……。

しかし、そんな過去もひっくるめて、このバーでの真は色っぽいな。
マスター(でいいのかな)の見つめる視線が優しいので、特に際立つ。
古い洋楽や演歌&お酒の事に疎い私でも、このお店の雰囲気と彼らの空気感がじわじわ伝わってきます。
原田が真の名を呼ぶところにも、なんだかドキッ。(そこじゃないだろ)

私の作品にもこんな場所がほしいなあ。そしたら真がきてくれるかもしれない。
バーは無理でも、渋い珈琲専門店とかなら来てくれるかなあ。
(なぜ真を誘う事ばかり考える><)

竹流がいない間の真は憂いがいっぱいだけど、そんな彼を見ているのも好きです(S)
素敵なお話でした(*^^*)

lime #GCA3nAmE | URL | 2016/12/28 09:46 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

limeさん、お忙しい中、読んでくださってありがとうございます(*^_^*)
久しぶりに必死に書き下ろしました(なんちゃって)。本当は連載ものの準備をしていたのですが、キリのいいところまで書く前に休刊のお話だったので、じゃ、連載よりキリのいいものでと。本当は、真が最初にこのバーを訪問したときの話を載せようと思ったのですが、そのお話はすでに60000字以上の長さで存在していて、しかもとてもこのブログには載せられないようなシーンも混じっているでの、書き直すよりも別の話を書こうと思いまして。
佳彦の店は、書いていてものすごく気に入っていて、またどこかで使おうと思っていたので、自分はちょっと満足。

クリスマスなので、せっかくということで慎一のお誕生日話にしてしまいました。といっても、慎一は出てこないけど^^;
多分「パパ・真」は病院に行って、赤ちゃんに対面して、とっとと追い出され(自分で出てきたかも)、なんだか居場所がなくてお仕事に行って、クリスマスイヴなのでお客さんも来なくて、事務所の面々はそれぞれ忙しくて(パリピ準備?)、しょうがないからここにたどり着いたのかも。
でも明日になったらまた気を取り直して、病院に行って、ちょっとだけ赤ちゃん・慎一を抱っこして、それはまたそれでかなり幸せで。でもあんまり赤ちゃんに触らないので、実はみんなには嬉しくないのかと思われていたという。まぁ、そんなのではしゃぐ人でもありませんしね~。そうそう、もうほとんど人生終わりかけだし(うぅ、limeさん、鋭い……)

はい、女の子が生まれるはずだったのですが、もうかなり大きくなってから死産となってしまったので、真にとっては(彼なりに)待ち望んでいたものに出会えなかっただけではなく、自分が「悪いものを引き込んでしまって」、そこから目を離して「ちょっとイケないことになりかけていたのをなんとか振り切って戻ってきたけど、時既に遅し」な話だったのです(全然分からんな~)。だからものすごく罪悪感があって。まぁ、逞しい嫁の方は、彼女なりに自分を責めているような、けなげな部分もあるのですが(あまりけなげじゃない女だけど)、どちらかというと、それでぐにゃぐにゃなってる夫がうざい状態になったり。
まぁ、ラブラブ夫婦には見えないのですが、決して愛し合っていないわけではないと……ほどほどにね。うん。
この辺りのドラマはまた書きたいと思いますので(書く書く詐欺?)その時はまた読んでやってください(^^)

> しかし、そんな過去もひっくるめて、このバーでの真は色っぽいな。
わは。ありがとうございます(^^) そうそう、ポイントはおっさんの色気? 
でもちょっとそういう男の色気的な部分を目指していたので、指摘していただいて嬉しいです。もう少年の色気はありませんし、あの写真集の14歳の頃は奇跡の一瞬で、その後はただの兄ちゃんでしたが、このくらいの年になって、あんなことやこんなことや色々あって、そしてにじみ出るものが……・だったらいいなぁと。
佳彦は、実はある芸能人をモデルに当て書きしていて(ドラマ化の際にはこの人に演じてもらいたい←だから、ならないって^^;)、ものすごく「いい人」設定。この人がいい人でなければならない理由は、他に守るものがあるからなのですけれど、実は以前は少しヤバいお仕事をしていたので、まだその関係つながりの出入りがあるのです(ちなみに、法律的には怪しいけれど、やくざさんではありません。正義の味方でもないけれど、まぁ、桜のマーク系? 回り回って、あの真に手を出したおっさんFに繋がっています。真はそこは分かっているような分かっていないような)。佳彦の方も、真については別に色々知っているわけでもないので、緩い関係性で、穏やかに話していられるのかもしれないなぁと思います。
でも飲み屋って、その距離感、大事ですからね! うん。
名前を呼ぶかどうかって、結構微妙なところですよね。まだ名前を呼ぶほどには親しくないけれど、何かの拍子には呼んでもいいんだけれど、でもまだちょっと……な状態から一歩を踏み出す感じ?(恋人みたいだな)人間関係でそういう隙間を埋める瞬間、物語の中では美味しいですよね(*^_^*) 
そんな舞台の小道具にはお酒や音楽はもってこいです。
実はこの前段階のお話、公開という形にはできない内容ですけど(limeさんは大丈夫だと思う^^;)、もっと小道具で遊んでいるんですよ。というのか、小道具で遊ぶというコンセプトで書いたので。その一つが傘、もう一つはライター。だから、こそこそここにも傘やライターのシーンが一瞬出てきます(文字数の関係で端折ったけど)。
小道具で遊ぶのって楽しいですよね。ある意味、お題小説的な。

ぜひlimeさんちにもお洒落なお店を……バーじゃなくて渋いコーヒー専門店! いいですね! 渋いマスターがいて、そこに美少年が通っていている……にゃは(*^_^*) マスターは曰くありの過去を持っていて……
真はそのマスターと生き別れた娘からの依頼でマスターを探して店に来る……いいなぁ、この手の話、最近よくあるような?(たまたま私がそういう系を読んでいる?)本来の街道から外れた中年のおっちゃんが、寄る辺のない若者と心を通わせていく話。そこに美少年が……(やっぱりlimeさんのお話には必須!)

> 竹流がいない間の真は憂いがいっぱいだけど、そんな彼を見ているのも好きです(S)
ありがとうございます。うん、そうなんですよ。別に竹流がいなくてもちゃんとそれなりに生きているのですけれど、何か根本のところが欠けているような、そんな真です。見えない何かにいつも心の半分を奪われているような。しかも、私もちょっとSな気分で書いています(やっぱり)。

今年もいっぱいありがとうございました。来年もlimeさんのご活躍、楽しみにしています!
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2016/12/29 08:39 [edit]

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