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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・映画】映画公開初日に行くなんて初めて!~『忍びの国』~ 

生まれて初めて映画館で観たのは父親に連れられて行った『ゴジラ対○○』(もう何と戦っていたのかも覚えていない、エビラだったか)、その後は友人のお母さんに付き添ってもらっていった『スター・ウォーズ』(うわ~、まだナンバリングも付いていない。I love you. I know.でしばらく盛り上がったなぁ)、初めて保護者なしに行ったのは『風の谷のナウシカ』(映画館でバカ泣きして後ろの席の人に「大丈夫ですか」って聞かれた)……大学生の頃は祇園の怪しい映画館で3本立ての白黒映画を見続け(ハンフリー・ボガードに嵌まったあの頃)、タルコフスキーに嵌まり(イタリアまで撮影した所を訪ねていった、今で言う聖地巡礼ですか)……・でも仕事を始めてからは、映画館で映画見るなんて1年に1回あるかどうか、一番最近観たのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』だったか『探偵はバーにいる』だったか……という残念な私ですが、このたび、生まれて初めて、映画公開初日に映画館に足を運びました。
ほんとは、舞台挨拶中継も見たかったけれど、ピアノの調律の日だったし(7年ぶり! でもそれまで何十年も毎年やってもらっていたので、驚くほどは狂っていなかったらしい^^;)、夕方は京都で研究会もあったし、で、新幹線で神戸に帰ってきて、レイトショーに飛び込みました。いやもう、待てないわ!って。
おおのくん
以前からこそこそと公言(ん?)しておりますように、私、大野くんのファンでして……何が、と一言で言うのは難しいけれど、多分、才能ある職人が好きなんです。まぁ、あんまりのめり込みすぎることはない分、息も長く、少々のマイナスエピソードは気にならないタイプでして……おかげで、毎年きっちり、フミヤさんのお礼参り(え?いや、私の青春でしたから)に通い、親戚のおばちゃんとしてはKinKiの2人の顔を見なくちゃ落ち着かないし(剛くん、ほんとに心配です。何とか治療が上手くいって回復して欲しい)……
え? 洋ちゃん? 洋ちゃんは私の心の泉です(大泉~)。

そして、大野くん。ヒガシ(東山紀之)からも天才と認められて、うん、彼の絵とかフィギュアを見ると、確かに天才的だとも思うけれど、歌もダンスもさらっと上手いけれど、努力してないわけないじゃん、と思うんですよね。
今回映画の予告や宣伝のあちこちで、彼のいいところの素がいっぱい出ている気がして、ファンとしては嬉しい。というのか、最近、文句なしにかっこいいなぁ、と日々惚れ直しております。
嵐の他のメンバーも、ダンスの練習で、「リハーサル室で踊らないで本番でばしっと決めるから、天才なんだと思っていた」なんて、今更言ってるし。でも本人、家ではむっちゃ練習してるんですよ。
「俺、天才じゃなかったんだよ」
何で、人前で練習しないの? と聞かれると。
「恥ずかしいから」
もうね、「これだよ、これ」なんです(これは映画の中の無門の台詞。いつも厳しくて家にも入れてくれない妻=お国が、いよいよな場面では「無事にお帰りを」と言ってくれたので)。

「家で練習していた」のは、鈴木亮平くん(来年の大河『西郷どん』、幕末もののジンクスを打ち破って頑張れ~)とのアクションシーン。亮平くんは撮影現場でも一生懸命練習していて、大野くんは当時ツアー中。合流しても練習してる気配なく、でも撮影に入ったらばしっと決めてくるので、「すごい、天才だ」と思ったと。
多分、運動神経はいいし、さらっとできちゃう部分もあるんですけれど、その分見えない努力もひとりでいっぱいしている人。一人が好きなのは、こういう作業(アートもダンスの振り付けも練習も)って一人でなきゃできないから、ですよね。創作ってみんなそう。小説もね。
さて、この300手もあるアクションシーンの話から入りましょう。
(予告や宣伝で出ている以上の明確なネタバレの意識はありませんが……というのも、ここに書いてある程度のことは私は映画を観る前に知っていたことばっかりなのですが、いささかも知りたくないという方は先に映画館へ御願いします)

このシーンは、映画の後半で、人をあやめることなんて何とも思ってこなかった無門(大野智)と、そんな忍者の社会は狂っていると気がついて織田方に寝返った平兵衛(鈴木亮平)の最後の戦いのシーン。
原作者・和田竜が考案した、忍者が遊びでやっている「川」という戦いは、線を2本引いて、その狭い中で2人が戦う(土俵みたいなものですね)んだけれど、その線の幅は二人並んで向かいっていられるぎりぎりくらい。そこから出てしまったら、周りを取り囲んでいる見物人(もちろん人の生死なんて何とも思っていない忍者たち)に襲われそうになって線の内側に戻されちゃう。そして、負けた側はもちろん、線の内側で死んじゃうわけで、その転がった姿が、両端の2本の線と併せて「川」という文字になるという。

この長い戦闘シーン、見ている方も結果は分かっているのに、すごい力が入ってしまって、残忍なんだけれど、何だかもう訳が分からなくなっていく感じ、脳が無酸素になっている感じが2人の役者から伝わってくるんですよ。中村監督はそのぎりぎりまで、カメラを止めなかったらしいし。
憎み合っている2人が(いや、無門は何も思っていないか)戦う中でお互いを理解していくという、すごい深いシーンなんだけれど、刃物と自らの身体で戦いながら、別の何かもぶつけ合っている感じ(それが魂なのかなぁ)。「理解し合う」というのは語弊があるかも。それは好意でも納得でも何でもないんだけれど、そこにあるのは、当事者として居合わせた者にしか分からない何か、なんですね。魂と血肉だけが感応するもの。
お互いに、忍者の国で、血で血をあらう世界で生き残ってきて、結局、孤独だった。

全然違うけれど、スポーツの試合でも、音楽のコンクールとかでも、相手に勝とう、相手を越えようとする戦いの中で、敵なんだけれど、決して相手に好意を抱くんでもないけれど、その中で何かをつかんでいくのってありますよね。周りで見ていたら、時々、火花が見えるんじゃないかという。あれって、当たり前かもしれませんが、見ている者と当事者では全然意識は違うんだろうなって思うんです。
その相手が、好意とか理解とかを超えて、自分の一部になっていく感じかも。しゃみせんコンクールをみていてもそれを感じることがあるのですが、コンタクトスポーツでは尚更かもなぁ。自分と相手の境界が不明になっていく、汗も血も混じり合うような感じ。
それが無門と平兵衛にもあったような気がしました。
(実は、本日またもやレイトショーで2回目を観てきて、確信しました。そうだ、あれはあの戦いの中で、平兵衛が無門に乗り移ったんだって。少なくとも、平兵衛の何かが無門を動かしたんだと、しっかり確認してきましたよ。だって台詞も同じ……そう思って観たら、いっそう感慨深い。)

このシーンがあって、この後の数シーンが生きてくる。
お国相手にはあんなにへらへらとしていた無門が、平兵衛との戦いの後、織田の城から帰ってきて、一言も発せず怖い顔でお国の側をすり抜けていくシーン(あの表情、役者の石原さとみもどきっとしたらしい大野くんの顔! 「あれは反則だ」って……私も堪能しました)、その後、どう見ても悪人揃いの十二家評定衆に啖呵を切るシーン(この十二家評定衆の悪辣ぶり、嫌いじゃないけど)、そして、お国を失うシーン。
ラストシーン、自分と同じように他国からさらわれてきた子ども(妻のお国が気にかけていた)を、織田軍との戦闘の中に探しに来た無門が、こどもを連れて草原の中の道を海の方へ去って行くシーン。

今回、石原さとみちゃんとのカップリングもよかったですね。実家が徒歩2分だったそうで、そんなのもあってよい雰囲気で映画が撮れたのでしょうか。石原さとみ、といえば、大河ドラマの『義経』で静御前をやっていた記憶が……(いや~その時は正直、大丈夫かこの子、だったのですが。私はあの時、子役だった神木隆之介くんに惚れた。えっと滝沢くんを観るためじゃなくて、中井貴一が好きで観ていたのです。あの哀愁漂う頼朝、思い出すだけで素敵だったなぁ)

本当の名前を教えて欲しい、と死の間際に無門に言うお国。まだ言葉も話せないような子どもの頃、この忍びの国にさらわれてきて、無表情のまま人を殺める殺人兵器のように育てられた無門は、「知らんのだ」と答える。その無門を可哀想な人だと言ったお国も、きっと初めて、自分が無門にとってどういう存在だったか、本当に理解したんだろうな。
可哀想といったのは、自分の本当の名前を知らない(持たない)ことに、というのではなくて、そんな無門にとって唯一帰る場所だった自分=お国が死んでしまった後、また孤独に返ってしまう無門のことが哀れで仕方がなかったんだろうなと。

実は、以前どこかで書いたけれど、書く書く詐欺の戦国時代の話のために、当時の雑兵たちのことや、ムラ同士の小競り合いなどを歴史書で読んでいたら、結構むごいんですよ。今の感覚で読んだら、人の命がそんな軽くていいのかって感じで。
多分、子どもの平均寿命なんて恐ろしく低かったんじゃないかと思うんです。1歳まで生きるかどうか、みたいな。病気や飢え、貧困、そして当たり前のように行われていた人狩り(小競り合いは女・子どもを盗むための絶好の場所だった)……戦争なんかなくても、どっちみちそんなに長く生きないのです。そんな時代の人々の感覚を、現代の物差しで測って理解したふりをしちゃいけないと思いながら歴史書・民俗学の本を読んでいるのです。
彼らにとってはそれが浮き世、人生だったのです。

だからこの映画も、原作を読んだときから、忍者の世界の残忍さ、というのではなくて、もっと別の感覚で見ないといけない思っていました。
もしもこれを現在の社会に当てはめたら……そんな社会の中で育てられた子どもがどういう感覚になっていくのか。それを時々ニュースの画面で見るこの頃、過去の出来事を知ることで何かを感じておかなくてはならないと思いました。
以前TED(アメリカのスピーチ番組)で聴いた、アフガニスタンで教育の場を提供し続けている女性の言葉を思い出します。
あるとき、彼女を取り囲んだ銃を持った男たち、「お前が女たちに教育を施しているのを知っているぞ」(女をもののように思っている男たちです。彼女は殺されるのを覚悟した)と言って、こう続けたそうです。「それじゃあ俺たちは?」……自分たちは銃の撃ち方しか教えられてこなかったと。
教育、子どもへの教えというのは本当に世界を変えるのですね。いい方へも悪い方へも。

ラストで子どもを連れて歩く無門、その子ども・ねずみが育って、年を取って語る思い出話(ナレーション)。その穏やかな語り(山崎努!)からは、きっとその子は父(無門、血の繋がりはないけど)に大事に育てられたんだろうと、そう思うのです。
「母は美しく、そしてたいそう怖いひとだったそうです」(母=お国も血の繋がりはない)
最後に、笑わせてくれるけどね。笑い……といっても、「あはは」じゃなくて、こうして無門は生きて、お国の思い出を語りながら、ねずみを大事に育てたんだというほっとした思い、です。「名前さえ知らない人間たち」を数え切れないほど殺してきた無門が、たった一人の子どもを捜して戦の現場にやってきた、それは本当にわずかな希望だけれど、向こうに見える海に何かを託したくなる、そんなラストなのです。

あと、思わず泣いちゃうのは、知念くんの織田信雄。おやじ=信長には何をしても簡単には認めてもらえない二世くん。
自分を慕ってなどいない家臣たちに本音をぶつけるシーンでは、思わず泣いちゃいましたよ。
自分が情けなくて、自分とは違って豪腕でおのれの力で戦ってきた強い家臣たちに向かって、「でもお前たちは、何をしても叶わない天下一の父親を持ったことなどないだろう」って泣くんですよ。こっちも泣いちゃいました。
全然出てこない織田信長の気配さえすごい。
そして、伊勢谷友介。いやもう、始めのシーンから文句なしにかっこいいです。映画で観てください。大野くんに夢中でなかったら、こっちをガン見しちゃうかっこよさです。

でも、やっぱり最後に大野くんで締めなくちゃ。
実は『世界で一番難しい恋』で色んな表情を見せてくれた大野くんですが、私が「それは反則だわ」と思ったシーンは、実家の旅館に帰った時、恋する女性の宿泊記録を確認していたのですが、その時、秘書の女性を振り返ってふとものすごく優しく笑ったんですよ。
彼女は以前、不倫騒動でこの旅館を逃げるように辞めていて、申し訳なくてここの敷居はまたげないという気持ちだったんですね。そこへ、気のいいお父さんが「もう昔のことを知っている人はいないよ」って入っておいでと勧める。その時、まるきり自分の事しか考えていないのかと思えるワンマン社長である大野くんが、そのお父さんの言葉を追従するように微笑んだ顔。
あんな顔をされたら、ファンはどうしたらいいの(どうもしないけど)、です。

やっぱり、役者は顔で演じなくちゃな~。そして、観ている者に、思わず一緒に叫びたくなっちゃう衝動を起こさせて欲しい。
お国に「絶対助けてやる!」って叫ぶ無門と一緒に叫んじゃうよ。
そういや、探偵の大泉洋ちゃんが、列車に「もっと速く走ってくれよ~!」って叫んだときも一緒に叫びたくなっちゃったなぁ。

今回も、情けなくて怠け者の無門、へらへら笑いながら人を殺す恐ろしい無門と、ラストに向かってどんどん真剣に深刻な表情になっていく無門、そして、泣き崩れる無門の全ての表情にやられまくりでした。戦いのシーンの怖い顔にもぞくっとするけれど、必死でお国を救おうとするシーン、泣きながら「(自分の本当の名前を)知らんのだ」と答える顔にはもう、ぼ~っとしちゃいました。
あと2回は見たいな。劇場で(え? 映画館に滅多に行かないって言ったじゃん)。
映画館で観て、後悔はしない作品ですね。もちろん、大野くんのファンでなくても(ひいき目じゃないと思う)。映像の効果もあるけれど、ワイヤーアクションの撮影シーンなんて、高所恐怖症の私が見ると、「ひえ~」なんですけれど、そんなのも含めて99%はスタントなしのすごいアクションの連続。さすが大野くん、これだけれでも結構楽しめます。

剛くんの回復を祈りながら……大野くん記事、お送りしましたm(_ _)m
突発性難聴、治療が遅れると治癒しないということですが(そう言えば、中山七里『さよならドビュッシー』に始まる一連のシリーズの探偵役・ピアニストの岬洋介もそうだったな)……音楽頑張ってる剛くんだけになんとか乗り越えて欲しいです(私は役者の堂本剛が(も)好きだけどね)。
(うわ、長文。最後まで読んでくださった方がいたら、ひたすら、感謝です(;_;) さ、選挙にいってこよ!)
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コメント


ああああ、膨大なコメントをまたもや消しちゃった(;_;)
大海さんの熱い記事に、感化されて熱く語ってたんだけど・・・。

そう言う訳で、(いや、消えたが)、昔は何故時代劇がこんなにモテるのかと疑問だったんだけど、やはりこれほどまでの理不尽や、残酷な戦いや死別、葛藤はもはや、ファンタジー以外では無理で、そしてそんな時代がリアルにあったんだとしたら、そりゃあもう時代物の中に描くしかないですよね。(くっ。これを現代でやれたらなあ)

そうそう、あの、予期せずふっと柔らかく笑うというシーン。私もあれで、洋ちゃんに落とされました(ハケン)。なんでしょうね。ほんとうに反則技。(でも最高なの。けど、単なる顔だけのイケメンがそれをやってもきっとダメ)
まあ今では熱い時期を終え、幼馴染を応援するような、そんな気持ちで見守っているんですが。

しかし、何度も見たくなる映画に出会えたというのは本当に幸せな事です。最近はどうも、ガッツリ感動できる映画(小説)に出会えなくて、不完全燃焼気味。

ああ、もうずるい!っていう作品に出合いたいです><

とにかく今回は、大海さんの熱いメッセージが読めて、とても楽しかったです^^

lime #GCA3nAmE | URL | 2017/07/06 11:24 [edit]


limeさん、ありがとうございます(^^)

やっとコメントのお返事を書く余裕ができました。遅くなって本当にごめんなさい。
> ああああ、膨大なコメントをまたもや消しちゃった(;_;)
> 大海さんの熱い記事に、感化されて熱く語ってたんだけど・・・。
わ~それは大変でした。でも私もよくやります。これってほんと、残念すぎて、でも、どうすることもできませんよね。あ~あの私の情熱はどこかへ行ってしまったのね!としょぼんとなりますよね。
limeさんの熱い語り、またどこかで味わう機会があると信じて。

確かに、そんな理不尽な、な話ってありますよね。現代で書いたら、もうまさに戦争の話にしかならないし、それは自分たちには書けない世界で。でも時代劇・時代小説なら、その辺り、自分たちの今いる場所とは違う場所の出来事ってので残忍さとかが薄まって読めるものかもしれません。
ただ、『忍びの国』の映画評ではその残忍さに気分が悪くて、みたいな感想文(失礼)がたくさん出ていました。あ、書評でもですね。いや、書評じゃなくて、感想文です。少なくともプロで書評を書く人はそんな部分には引っかからないと思うのです。つまり、limeさんの仰るとおり、そもそもテーマが理不尽なんですよね。でもその理不尽を現代人の感覚で読む・見ると「気分悪いから」になっちゃう。その理不尽を学ぶことが本当は大事なんですけれど。そしてもっと大事なのは、人間にはそのどうしようもない理不尽があったり、自分はそうでは無いと思っても、環境によってはそうなりうる(戦争とはそういうものですから)ということを知っておかなくちゃならない、誰かに感情移入できるとかできないとか、そういう話じゃないと思うのでした。
あ、なんか、過激に語っているかもしれません……でもlimeさんはきっと同じように思っておられるんじゃないかと思うから。
現代ものじゃできませんよね、うん。そうか、だからファンタジーがあんなにモテるのか。

> そうそう、あの、予期せずふっと柔らかく笑うというシーン。私もあれで、洋ちゃんに落とされました(ハケン)。
ああ、懐かしい、『ハケンの品格』ですね。あれはほんと、面白かったなぁ。反則技、あの頃の洋ちゃんの役どころ、ちょっと三枚目過ぎる使われ方しかしてなかったじゃないですか。でもある瞬間、出ちゃうんですよね。うんうん。
> けど、単なる顔だけのイケメンがそれをやってもきっとダメ
そうそう! そうなんですよ!! それが洋ちゃんや大野くんだからいいのです(いや、私の中では二人ともイケメンなのですが、それに大野くんは最近ものすごくかっこいいと思うのですが、でも世間的には通常のイケメンじゃないですよね)。
> まあ今では熱い時期を終え、幼馴染を応援するような、そんな気持ちで見守っているんですが。
それも分かるわぁ。でもやっぱり顔を見るとドキドキわくわくしますよね(*^_^*)
あ、でも、確かに、KinKiの二人は親戚の子みたいな気分だなぁ。それからフミヤは神の域?

そうですよね、がっつり感動する小説や映画……確かに少なくなっているかも、というのか、感動の閾値が変わってきているのかなぁ。まさかここで、というところで泣けてきたり(割と現実的で、え?底?というところで泣けちゃう)わりに、いかにもお涙ちょうだいになると白けちゃったり。きっと経験値が上がると、感覚も変わってくるんですね。
あ、この映画に関しては、私、多分単にファン目線で語っているので、当てにならないかも^^;

> とにかく今回は、大海さんの熱いメッセージが読めて、とても楽しかったです^^
うふふ。limeさんのプチ熱いメッセージも拝読しましたよ! 『子供の情景』……limeさんにしてはすごい行動力で行かれましたね! 時には熱くなること、忘れちゃ行けませんね(*^_^*)
コメントありがとうございました!!

彩洋→limeさん #nLQskDKw | URL | 2017/07/30 14:20 [edit]


拍手コメk様、ありがとうございます(^^)

わ~、ちょと恥ずかしいですが、愛に溢れていましたでしょうか? そうなんですよ。あれこれありますが、多分イマイチな部分とか残念な部分も含めてファンなのですね。といっても、熱さは若い子に負けるかもしれませんが、きっと根強さがあるのかも(ファン歴30年以上のフミヤさんとか、デビュー前からのダブル堂本とか、勝っても負けても阪神とか結構根強い。あ、そうか、きっとこれって阪神ファンの血なのかも)
最後まで長い文を読んでくださってありがとうございました!

彩洋→拍手コメk様 #nLQskDKw | URL | 2017/07/30 15:00 [edit]

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