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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[4] 第1章 同居人の留守 (4)(改) 

 数日前から酒の量が増えている同居人の顔を窺うと、今日も決して気分快晴とはいかないように見えた。
 つまり、女を抱いているような気分にさせる上品なコニャックではなく、今日はそういう気分なのだと言いたいのかもしれない。

 いや、やはり去年の秋以来だ。
 同居人は時々何もせずに考え込んでいることが多くなった。寝ている間は別にして、あるいは仕事にかかる前に絵やその他の美術品を前にして考え込んでいるときを別にして、時間を無駄に過ごすことが少ないように思える男が、何もせずテラスで座っていることが多くなっていたのだ。

 時々、真が気になってテラスに出ると、同居人は何も言わずに五角形の空を見上げている。
 そして、他人行儀な口調で、今夜は月が綺麗ですね、と言う。真が意味を理解できずにガーデンテーブルの向かいに座ると、同居人は木の椅子に深く背を預けた。
 ぎっと、木の合わせが擦れあった音がする。

『I love youって何て訳すか知ってるか?』
 また下らない薀蓄を話し始めるのだろうと、真は返事をしなかった。
『明治時代の日本では『愛している』という訳はなかったそうだな。夏目漱石は、月が綺麗ですねとでも訳すか、と言ったらしい。あなたなしでは生きていけない、と訳した詩人もいたそうだ』

 月が綺麗だなんて言われても、聞いたほうに想像力がなかったら聞き流してしまう、と真が言うと、同居人は真の方を見ないまま、僅かに微笑んだように見えた。
 珍しく真剣な恋でもしているのだろうか、それとも昔の叶わなかった恋でも思い出しているのだろうかと思ったが、追求してもまともな答えが返ってくるとは思いがたく、真は月を見上げる。五角形の空に、ひと際大きく、月が輪郭を浮きたてるように香っている。
 何かを聞いておかなければならないような気がするのに、言葉にならない。あの秋の日以来、真のほうもずっと身体の奥のほうに吐き出せない何かを抱えていた。

「また出掛けるのか」
 やっと形になった言葉は、分かりきったことで、今聞いておきたいことではなかった。
 一番大事なことを聞こうとすると、拙い事態を引き起こしかねないと本能的に感じている真は、今日もまた、当たり障りのない話題のほうに逃げた。
「あぁ」
 返事は短かった。

 同居人はチェアに座って、アルマニャックをグラスに残った半分ほど一気に飲んでしまうと、大きな手のひらの上でグラスを揺らせた。その琥珀の中に、幾つかの曖昧な光が浮かんでは小波のように姿を変えている。
「珍しく、乗り気がしないようだな」
「いつだって乗り気なわけじゃないさ。お前をひとり残していくのは心配だからな」
 基本的に同居人が心配しているのは、真の食事なのだ。
 もっとも最近は『大家さん』のいない間は私に任せなさい、という気合の入った事務所の『秘書』のお蔭で、それほどひもじい思いをしないで済んでいる。
 
 秘書の女の子が同居人の事を『大家さん』と呼んでいるのは、真と同居人の関係を疑う彼女に、恋人ではなく大家のようなものだと真が言ったからだった。
「どのくらい帰らない?」
「一ヶ月くらい、かな」

 あっさりとした返事の割には長い期間に、真は次の言葉を飲み込んだ。
 しばしば一週間単位では家を空ける男だったが、一ヶ月などという期間を聞いたためしがない。真は、もう一口アルマニャックを飲んだ。突然口に含むと、強烈なアルコールが舌を刺す。
 その勢いで、真は尋ねた。
「どこに行くのか、聞いてもいいのか」

 同居人は真の顔を見た。
 その青灰色の深い瞳の色を見ると、真は時々わけもなく不安になる。胸の内のどこかをかき回されるような気がする。深く重い海の色は、真の側頭葉のどこかに刻みつけられた北の海と同じだった。
 幼い頃、溺れかけた海の深みから見た光の色、それは手が届きそうで届かない、摑みかけると姿を変えてすり抜けていく揺らぎのようだった。
 同居人の数多いる恋人たちは皆、その光を何とかして摑みたいと願っているだろう。

 同居人の恋人が本当は何人いるのか真はよく知らない。
 このマンションの上の階に住んでいるブティックを経営している美人はその一人だが、真が顔も名前も知っている相手は彼女くらいだった。
 真と同居してからこの男が恋人たちにどのくらいの時間を割いてやっているのか、それを考えると真は彼女たちに恨まれているかもしれないと思う時がある。

「遠くには行かない、そのつもりだ」
 そう言われてしまうと、やはりそれ以上は聞けなかった。
「深雪さんに頼んで一緒にいてもらうか」
 期間が長いことを気にしたのか、同居人はさらにそう続けた。

 真は、突然降って湧いたような名前の意味をぼんやりと考えた。
 真の方から話したことはないが、この男が真の生活の一部始終を摑んでいたとしても、特別驚くことはない。だから、その女の名前が出ても真は不思議にも思わなかったが、腹の奥のどこかで何かが奇妙な重みを増した気がした。
 それは単純に、真がここ何年かベッドを共にしている唯一の女の名前だったからなのかもしれない。

「余計なお世話だ」
「美和ちゃんにも言っといてやるよ。尤も、どっちも他人の女だ。気をつけたほうがいいぞ」
 最後のほうは、この男らしい冗談を含んだ小気味いい調子だった。
 真はやっと会話のペースが彼らしくなったことにほっとして、あるいは自分が触れてはいけない不機嫌のスイッチを押さなかったことに安堵して、会話を繋いだ。

「人のこと言うより、自分の心配をしたら」
「俺はお前と違って、ちゃんと限度を知っているし、幸い逃げ足も速い。女たちも俺に要求してはならないことや、要求しても仕方のないことを弁えている。お前はその辺、器用とは言いがたいからな、俺のいない間に痴情の縺れで刺されたりするなよ」
 同居人はいつもの茶目っ気のある口調になっていたが、真は咽元で引っかかっている何かがどうしても取れずに気になり、また同居人の顔をちらりと見た。
 その瞬間、あまりにも綺麗な顔でこちらを見ている同居人と予想外に視線が合って、真は思わず頭の隅にあった常套句を口に出していた。
「そっちこそ、人の心配してないで無事に帰って来いよ」
 真が珍しく優しいことを言ったので、結局それが仇になってしまった。




お決まりの『月が綺麗』を出してしまいました^^;
これは張りまくった伏線の、末端の一つ。伏線というよりは、関連付け?
重要性は全くないけど、最初と最後で呼応しているという。

さて、同棲をして2年半。
ただでさえつかず離れずの二人でしたが、ここにきてもう馴染んだ夫婦のようになっております。
第2次猫かわいがり期(竹流→真)、ではありますが、まだ力関係は80:20くらい。

しかし、この話の最後には、たぶん50:50になっているはず。

*「猫可愛がり期」⇒ 参考文献『反省と方針』

アーモンド
さて、本日お届けするおまけ写真は、我が家の庭のアーモンドの花です。
桜の花を少し大きくして、ピンクを濃くした感じ。
日本の湿潤な気候には合わないのか、私の管理が悪いのか、なかなかうまく育ちません。
しかし、多少なりとも実がなります。
ただし、すぐ腐って落ちてしまう。
何とか採れたものも、殻から出すのが大変。万力で割りました。
塩を振って炒ったら、美味しかった!

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Category: ☂海に落ちる雨 第1節

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