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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【雑記・近況】沢田教一写真展と都会の花見 

沢田教一写真展1
怒濤の春休みが終わって、今週末はようやく脱力しています。
うちの職場は、お客様の都合上(?)、学校の長期休みになると、いつも吐きそうなほど働く羽目になるのですが、特に春休みは短いのに、夏休み以上に濃くて、しかも人事異動の時期で人では少ないし、毎日泣きそうになっていました。
しかも、これは自分で首を絞めたのですけれど、4月1日にちょっとした実家絡みのイベントを抱えてしまい、準備に結構時間を費やする羽目になって。

そんな中、こちらの写真展の開催を知り、終了直前に無理矢理行って参りました。8月に大阪に巡回してくるというので、そこまで待っても良かったのですが、なんかいても立ってもいられない気持ちになっちゃって。
京都に行くのって、もう最近は体力が持たなくて、すっかり新幹線に頼っていますが(ひどい…)、とは言え昔の住処。デパ地下で大学の同級生に会ってびっくりでした。

ご存知の方も多いと思うのですが(と信じたいけれど、行ってきたよ、と言っても、周囲のみんな「誰それ?」でした)、日本で戦場カメラマンというと、やはりこの人を置いてはいない。ピュリッツァー賞やロバート・キャパ賞を受賞している写真家・沢田教一さんです。もっとも本人は「戦場カメラマン」と言われるのを嫌っていたし、ピュリッツァー賞をもらった時も、写真の中の親子のことを気にしていたという優しい人だったと言います。
(そして、その後、彼らを探しにベトナムに行って、賞金の一部を渡している。常に生死の境にある人々の写真を撮ることへの疑問と戦っていたといいます)

今回、故郷の青森(!)時代の作品から、亡くなる直前までの作品を全て通して観ることができて、ようやく自分が憧れていた人の全体が分かったような気がしました。
憧れ? というのか、今私がこの仕事をしているのは(あ、写真の仕事じゃありませんよ。まさかね)、沢田さんの写真を見たからなのです。つまり、人生においてターニングポイントにあったのは、中学1年生の時に見た『安全への逃避』(上の写真の左上、ベトナム戦争の最中、川を渡る親子の写真)でした。

中学校から通い出したのは、クリスチャンスクールだったので(うちは、毎月お坊さんがお経をあげに来てくださる、めいっぱい浄土真宗の家なんですけれど)、聖書の授業があったのです。中学1年生の授業担当は院長先生。聖書の解説じゃなくて、いつも紙芝居とか絵本とか写真とかを持ってきてくださって、色々お話をしてくださったのです(中2からは聖書のお勉強でした……)。
そう言えば、私は演劇部だったので、指名されて絵本の朗読をさせて頂いたことがありましたっけ。毎日朝8時半から礼拝があったのですが、この院長先生は、いつもまだ誰も来ていない講堂で座って生徒が来るのを待っておられました。一度、むっちゃ早く行ってみようと思って8時前に講堂に入ったら、もう座っておられました。元々毎日新聞だったかの記者さんだったと記憶していますが、尊敬する先生でした。

この写真を教壇の机の上に出された瞬間のことは、なぜか昨日のことのように思い出せます。
もちろん、世界史の知識は皆無の中学1年生。その瞬間にベトナム戦争の写真だと分かったわけはありません。でも、瞬間から釘付けだったのです。
その時の気持ちが、この親子をなんとかしなくちゃ! だったのか、あそこに助けに行かなくちゃ! だったのか、何なのか、今でもよく分かりませんが、よく入信する人が雷に打たれたような、といいますが、そんな感じだったのかもしれません。
あの時、(たぶん)純粋だった中1の私が感じた使命?は半分も果たせていないけれど、少なくともそこから始まった道の上に今もいると、信じています。

そして、この度、多くの写真と年表を見て、ますます沢田教一さんを身近に感じました。
沢田さんが青森出身だということも含めて(え? っと、第二の故郷の気持ちなので)。そして、この『安全への逃避』の写真を撮られた年に私は生まれて、私が生まれた日は、自費でベトナム入りしておられた時でした。そして、いつか平和なベトナムを旅したいと願いながら、カンボジアで殉職されたのですが、もう戦場や最前線に行くのは止めようと、通信社からナショナルジオグラフィックへの転職を希望されていたといいます。
ナショナルジオグラフィック……実は日本版が発刊されてから今もずっと定期購読しているのです。もしかしたら、この雑誌で沢田さんの写真を見ることができたのかもしれないのに……
沢田教一写真展3
本も買い込んできました。何よりも、現場からサタさん(年上の奥さん。恋女房ですね。ご存命です)に送った手紙の数々も展示されていて、その文面からにじみ出るお人柄、あれこれに深く感じ入るものがありました。
戦場の写真はどうしても目を引きますし、中には辛い写真もいっぱいあるのだけれど、その中にいつも人々を見つめる優しい視線があって、その暖かさを、あの『安全への逃避』を見た瞬間にも感じたのかも知れないと、改めて思いました。子供たちの笑顔も不安そうな顔も、全てまっすぐに捉えている。
今回、沢山の市井の人々、子供たちの写真を見ることができて、本当に良かった。
大阪に巡回してきたらまた行くだろうな。
沢田教一写真展2
ベトナムの女性たち。私は、フェルメールの絵の世界かと思いました。

そして。その翌日、仕事絡みで大阪の中之島に行きましたが……なかなかこの辺りは交通が不便で、帰りはぶらぶら大阪駅まで歩いていたら、街中に見事なお花見スポットが。
大阪中之島の桜1
というわけで、『続きを読む』から大阪の街中の花たちをお楽しみください。
毎年恒例の我が家の桜といつも見に行くお花見スポットの桜は次回に(^^)


nakanosimanoharu.jpg
そう言えば、いつも花ばっかり撮っていましたが、こうして背景と一緒に撮るってのはなかなか乙なものなんですね。
もっとも、この日私が持っていたのはNikon COOLPIX S7000というコンパクトカメラ。すでにスマホのカメラの方がものがいいんじゃないか、って感じですが、敢えてデジカメで。
って、沢田さんのことを書いた記事の続きにカメラの話をするのは、あんまりですね^^; しょ~もない写真で済みません。構図とか光の加減とか、なにも考えていません。あ、そもそもカメラがね、アレですから(アレ?)。
nakanosimanoharu3.jpg
夕方だったので、空は既に半分オレンジでしたが……ビルを背景にすると、桜の味わいも変わってきますね。
もっとも、写真に撮ると、オレンジは吹っ飛ぶので、あんまり夕方っぽくないのですが。しかも、夕方って光の加減が微妙で、ピントが合いにくい。ばかちょんなのに(ばかちょんだから、か)。
中之島の桜2
花が満開になったのは、この次の週だったので、この時はまだ梅もこぶしも一緒に咲いている状態で、桜は満開ではなかったのですが、種類によっては見事な状態。
中之島の桜3
そして、こぶしの花。ピンクと白。いつもこぶしの花を見ると、『北国の春』を鼻歌している私です。木蓮よりも可憐で好きなのですが……
中之島のこぶし
ピンクの方は半分終わりかけていたので、夕陽を背景にちょっと花を暗くぼかしてみました。
中之島のこぶし2
白は、枝によってはまだまだ盛り。背景の茶色の古いビルが良い感じで。
中之島の木蓮3
木蓮の白も終わりかけ。というわけで、ぼかし作戦。
こぶしが可憐ですき、と書いた舌の根も乾かぬうちになんですが、春、木蓮の白が咲いていると、圧倒されて感動します。ゴージャス美人系ですね。あのちょっと背景が暗い時間帯に、白い木蓮がぶわっと浮かび上がる時の感動は、桜よりも鮮烈です。ソメイヨシノよりも先に春を教えてくれるからかな。
中之島の木蓮2
木蓮は白が好きだけれど、この赤も迫力があります。
ただ、花が落ちるときは、同じように迫力があるけれど、ちょっと綺麗さに欠けるというのか……地面にばたばた落ちている花の残骸が浅ましいというのか……^^;
中之島の木蓮1
もうひとつおまけ。
中之島の春
都会の中って、けっこう一生懸命に緑を増やそう作戦をやっていて、時々こんな空間があるとほっとしますね。山の中や大きな公園で見る「これでもか~」な花もいいけれど、この都会の隅っこの小さな花見も堪能しました。
nakanosimanoharu2.jpg
もうカエデの新緑が美しい。うちのカエデもすでに新芽が芽吹いています。今年は一気に4月と5月が来たみたいだ。ハナミズキの花がもう開いているんですもの。

我が家の桜は、今年は「如月の望月」といっしょに撮ってあげることができました。そう、かの西行法師の「花の下にて」の歌の如月の望月です。旧暦にあてはめても、現代の気候では、なかなか「如月」の「望月」に満開の桜はないようでして、今年は桜が早かったのでかなったのかな?
っても、バカカメラで望遠でもありませんので、なんのこっちゃですけれど、次回お楽しみに(^^)
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Category: あれこれ

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コメント


すみません、私も「誰それ?」状態でした。
あかん、カメラマン女子とかジャーナリストとか書いているくせに、知らなかったとか恥ずかしいです。
ピューリッツァ賞やローバートキャパ賞を取るような写真って、たいがい被写体と撮影者の関係が話題(問題)になりますよね。写真なんか撮ってないで助けろ、みたいな。でも、助けてしまっては、真実(悲惨さ)を伝えられないんですよね。これは深刻な問題ですね。皆、多かれ少なかれ、悩むんだろうな。

で、なんと、大海彩洋さんの人生を決めた人だったんですか。それで今の尊いお仕事に就かれたわけで、一枚の写真とはいえ、その威力というか影響力ってすごいなぁと感心するばかりです。職業に貴賤なしといいますが、大海彩洋さんのお仕事は私なんぞに比べると、その動機も内容も、とても尊いものだと思いますね。
ご無理を重ねていらっしゃるので、これ以上頑張ってとは言いにくいのですが、頑張ってくださいね(言うんかい!)

で、今年の花見。あっという間でしたね。
桜、一気に満開になって、さっさと散っちゃいました。あとは、造幣局くらいか。
報道写真もいいけど、花の写真はほっこりとさせられます。

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2018/04/09 18:06 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

> すみません、私も「誰それ?」状態でした。
あ、やっぱりですか。自分の中ではすごい有名な人かと勝手に決めていたので、後から考えてみたら、接点がなかったら、誰それ?になりますよね。
そう言えば、今日、猫の番組で、猫の島でカラスに襲われそうな子猫の映像を見ていたゲストが「カメラ回してるんだったら、なんで助けないの~」って言い出して、司会者が「それはまた別の番組で。ジャーナリズムとは何かという問題になりますからね~」って、答えてました。ちょっと話題が逸れちゃうけれど、事の大小や内容は別として、真実をそのまま伝えること、特に報道写真ってのは難しいですよね。
戦争の現場で写真を撮るということでは、太平洋戦争の時、日本の新聞は戦意高揚にならないような記事は全て伏せて、当時、東海で起こった大きな地震の報道も伏せられたとか。地震のような天災は「戦意を削ぐ」からだと。遠くの安全な場所にいた私たちが、真実を知ることができたのは、それではいけないと奮起した当時のジャーナリストたちのおかげだったのですが……
「なんで助けなかった」と言っている人間たちも、安全域にいて言ってるんですものね。なんか、議論の権利を持っている当事者じゃないという気がします。写真を撮る方も、命がけになっている、というのは、実際に沢田さんが(別の場所と状況ではありますが)殉職したことからも確かなのですが。う~ん、カラスから子猫を守ることができたとして、カラスの生存をかけた戦いの邪魔をしているし、助けても助けてもきりが無いし、24時間見張っているわけでもないし。
戦場では、きりが無いということ以前に、カメラマンの方もかなり危ない状況なんですよね。なぜそこに行く?ってほうが大きいような気がするのですが……使命感にしても、ほんと、どうしてなのかな……カメラマンのサガなのかしら。

ピュリッツァー賞を取った後、この川を渡る家族(正確には2家族)を探し出して、賞金の一部を渡しているのですが、その時、この家族は「あの時、川から上がるのを助けてくれた人」とうぃて覚えていたそうです。
この写真のシーンはまだしも、戦場の写真の中には直視できないものもありますよね。戦場から遠く離れている私たちに訴えかけるものがあるという意味では、彼らの仕事は偉大だと思うのだけれど……命がけでそこに行くのは、やっぱり控えて欲しいなぁ。もっとも、沢田さんは他のカメラマンから「どこに行っても沢田がいる」と言われていそうで、しかも「望遠レンズを使え」と何度も言われていたそうです。つまり、その場所まで本当に行って撮っているんですね。
なんか、今回、写真を全部見て、しみじみ、すごい仕事なんだと思いました。撮ってるくらいなら助けろとか確かに言われますけれど、そういう言葉で片付けちゃいけないと。

ま、そんなこと、中学1年生の私には何も関係なくて、本当に「直感」だけでしたから、背景なんて、ベトナム戦争さえ分かってなかったという。あの時、ほんとに、何か降りてきたかなぁ~
いや、仕事はね、TVとかドラマで見るようなかっこいいものじゃなくて、普段ほんとに、引きこもりみたいに夜中まで書類書いて、トイレにも行けない状態で朝から夜までしゃべり続けたりしてるだけなんですけれど……^^;

桜はあっという間でしたね~。
なんか、思ったよりも早くて、ちょっと戸惑っている間に、最速の時期にハナミズキが開いちゃいましたよ。
花の記事が間に合わなくて~でも果敢に今日アップします。御覧いただけますと嬉しいです(^^)/
コメントのお返事、遅くなって済みませんでした。
コメント、ありがとうございました!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2018/04/15 18:17 [edit]

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