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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【石紀行】46.和歌山新宮・ゴトビキ岩~熊野信仰発祥の地~ 

ゴトビキ岩8
ゴトビキ、というのはヒキガエルのこと。この岩の形がカエルに見える、といわれてみればそんな気もしますが、微妙? 上に乗っかった岩が見えると、確かにそう見えなくもないかな。
ここは和歌山県新宮市、神倉神社です。
この岩が初めて記録に登場するのは『日本書紀』。イワレビコ(磐余彦、のちの神武天皇)が東征中、もともとは難波から大和国に入ろうとしたのをナガスネビコの反撃にあい、その後、熊野から大和国に入った時の記述の中に出てくるのです。
「熊野の神邑に到り、即ち天磐盾に登る」……神邑は神倉山一帯の集落、そしてこの「天磐盾」こそゴトビキ岩で、即ち神武天皇が初めて紀伊半島に入った地ということなのです。現在では熊野三山のひとつ、熊野速玉神社の摂社ですが、御由緒では熊野の神が最初に降臨した場所がこのゴトビキ岩ということになっています。
つまり熊野信仰の発祥の地といっていいのですね。

まずは熊野速玉神社の神さまにご挨拶に伺いましょう。
熊野速玉神社1
以前、熊野に来たときは、余り時間が無くて本宮にしかお参りしなかった不埒な私でしたが、ようやく不義理の半分をお詫びできました。那智は子どもの頃行ったきりだから、こちらはまだ不義理中。
熊野速玉神社2
こちらにはご神木の梛の木(ナギ)があって、お守りにもナギの葉っぱの形を模してあったり、実が使われていたりします。そのナギの木がこちら。
ナギの木
(limeさん、お庭に植えたナギの木が育たなくて良かったかも^^; そういえば昔、「この木何の木、気になる木」で有名な木の苗を通販で売ってて、注意書きに「直径30メートルになります」って書いてあった……小さい字で。)

ゴトビキ岩を祀る神倉神社は速玉神社から少し離れています。住宅地の中を進んでいって、小さな駐車場に車を停めると、結界のような小さな橋を渡ります。橋の脇には立て看板。
「高齢の方、足腰のバランスの悪い方、飲酒している方、小さい子どもを連れた方は絶対に登らないこと。」
「階段の端は絶対に歩かないこと。バランスを崩すと大怪我をしますので、必ず真ん中を通ってください。」
などなど。え~っと、高齢の方って、うちの母も入りますかね? そう言えば鳥居の近くのベンチに近所の人っぽい人たちが座っていて、むっちゃ心配そうに声をかけてくださいました。
神倉神社鳥居
鳥居から階段を見上げます。説明によると538段。かなり変形した階段なので、何段と言っても正しいのかどうかよく分からないんですが、源頼朝が寄進したという鎌倉造りの石段です。
神倉神社階段
「鳥居から見えてる部分がしんどいけれど、あのカーブ越えたら、たいしたことないから」と言われましたが……
地元の人っぽい、毎日登ってるよ風のおじちゃん(おじいちゃん?)たちが軽装でひょいひょい登る中、母と私はゆっくり。でものぼりながら思ったのは、これ登るのは這ってでも登れるとして、降りるの怖くない?ってことでした。
神倉神社階段2
写真の撮りようで大げさに見えるかも知れませんが、まさにこんな階段なのです。
神倉神社階段4
カーブを曲がったら確かに多少ましになりますが、いや、それでも十分気合いの要る階段が続きます。距離にしたら200メートルくらいだそうですが、ヒキガエルくんに会うのは骨が折れます。
たどり着いた
それでも、最後の方は「まだあるのかも」という不安を一気に払いのけて、無事にたどり着きました。鳥居を潜ると岩の脇を細い道があって、その先が開けて見えています。
ゴトビキ岩へ
これを見ると、ゴトビキ岩だけがぽつんとあるのではなく、そもそも山自体が岩だということが分かります。
ゴトビキ岩2
足元の岩盤となっている岩の方が大きいので、このアングルから見上げるとゴトビキ岩さえ小さく見える。でも、見上げても「ヒキガエル?」と首を傾げちゃいました。
それにしても見事な陽石。磐座は陽石(男性)と陰石(女性)の対になっていることがよくあるのですが、やはり、近くにある花の窟神社(次回ご案内)を陰石と見なして、こちらを陽石と見立てる説もあるようです。
ゴトビキ岩5
どんなアングルから写真に収めたらいいのか迷いながら撮っています。
ゴトビキ岩1
この見えている岩は高さ8メートル。
熊野灘を見下ろす
社殿の前から見下ろすと、新宮市の街とその向こうに熊野灘が見えています。やはり、海からこの岩が見えるのですね。噂によると、海から見たら後ろに那智の滝が見えるんだとか。海から見てみたい。
ゴトビキ岩4
アップでもう1枚。接写すると足場の関係で近すぎて上手く撮れないので、少し望遠で。別アングルから見上げると、実はこの岩の上にもうひとつ載っているのが見えます。
ゴトビキ岩7
2段構えの岩なのですね。上の高さは3メートル。でも全体像はよく分かりません。もう少しいいアングルで見たら、確かにヒキガエルかも。
ゴトビキ岩3
階段の脇からゴトビキ岩の手前の方へ引き返します。岩の裏手に近づこうと岩盤の上を歩いてみると。
ゴトビキ岩の後ろ
真ん中辺りに写っている木の右手になにやら薄暗い場所が。近づいてみると。
神の窟
自然の岩の祠がありました。ゴトビキ岩が陽石で、こちらが陰に当たる部分ともとれるように思いましたが、社殿がなかった昔には、ここが祈りを捧げる場所だったかもしれません。
神の窟2
奥の方に小さな真っ白い石が、依代として祀られていました。まさに神さまの窟です。
ゴトビキ岩の手前
岩盤を降りてきました。こうしてみるとたいしたことが無いように見えますが、これが結構(年配者には)足場の悪い岩登りです。
神倉神社の御祭神は天照大神とタカクラジ(高倉下命)。タカクラジは神武の戦いを助けた神ですが、そもそもは神武以前の大和を治めていたニギハヤヒの弟ということになっているようなので、実は寝返り組?

さて、問題はあの階段を下ることなのですが……地元の方とおぼしき参拝客が何人か登ってきておられたのですが、高齢の母を見て「帰りは女坂のほうへ回ったらいいよ」と。
あの一番きつい部分を回避するルートがあるようです。で、行ってみたら……階段ではなく山道です。一部はなだらかなのですが、一部滑り降りるようなところもあり、それはそれで結構な斜面なのでした。

実は、あのものすごい階段を駆け下りる火祭り(2月6日の「御燈祭」)があるのだそう。松明を持った白装束の「のぼり子」さんたちが、上の鳥居=神門から一気に石段を駆け下りる……らしいけれど、聞くだけでも恐ろしい。けが人、出ないのかなぁ。

次は『花の窟神社』と『獅子岩』を訪れます。
(訪問日:2018/06/22)
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Category: 石の紀行文(写真つき)

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コメント


こんばんは。

熊野速玉神社、比較的新しく塗り直したのでしょうか。とても色鮮やかですね。
そういえば、和歌山に旅行した時、那智の滝には行ったのに熊野神社へのお参りをしていなかった……。パンダは行ったのに。

そして、なんというか、修験道の世界でしょうか。
私なら見ただけでありがたく頭を下げて、そのまま回れ右しそう。
お母様も登られたというのがすごい!

登るだけでも大変なのに、ここに社殿を建てられた方がいらしたということで、信仰はすごいことを成し遂げてしまうものだと、改めて思います。

すごい……。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2018/08/11 02:57 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

熊野三山では本宮はかなり渋い雰囲気ですが、速玉大社と那智大社はもしかすると世界遺産ということで少し整備されたのかも知れませんね。でもきっと、神社というのは「古式古めかしい」よりも「常に新しくして神さまに居心地よく過ごして頂く」方がいいということを考えたら、この綺麗なお社もいいですよね。
那智の滝は私も記憶があるのですが、那智大社の記憶が無いのですよ。行ってるはずなのですが。よく考えたら、三山一気に巡ればいいのに、と思いますが。つぎはそうしようっと。
あ、夕さんも、パンダには行かれましたか。そうそう、私もパンダが予定を左右しておりました^^; だって……ぱんだ、大事ですよね。

そして、この階段。確かに、鳥居の前に立って見上げた瞬間、「噂には聞いていたけど、まじか……」と一瞬引きました。けどまぁ、ここまで来たしね。うちの母、基本チャレンジャーですから。でも、それ以上に、もしかすると私よりもパワフルかもしれません。普段から畑仕事してますし。それに、地域の人たちでしょうか、結構年配の人も登ってましたね~
上のゴトビキ岩のとこに社殿を建てるのもたいへんだったでしょうけれど、思えば、そもそもこの階段作るのも大変だったろうなぁ。鎌倉時代、なんですよね。ほんと、すごい。社殿自体はそんなに大きなものでもないのですが、この朱色が岩に映えて、このコントラストが素敵だなぁと思いました。

次回は、陰の巨石の登場です。
コメントありがとうございました!

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2018/08/11 11:30 [edit]


こんばんは。

小さい頃は毎日夕方になると犬を連れてコトビキ岩まで登ってました。
写真の1枚1枚が懐かしいです。
当時は岩の名前すら知りませんでしたけど、単に“神倉さん”と呼んでいました。
夏休み中一週間から十日程度、祖母の家で過ごすことが年中行事でしたので、その間犬の散歩が私の仕事でした。
登り口の階段が急だったことはよく憶えています。
ぱっと見は、階段じゃなくて崖のようにも見えましたから。
登るべき段が目の前にある感じですね。
お母様、良くお登りになったと感心しています。お達者ですね!
たぶん今と違って社殿等はもっと汚れていたんだと思います。岩と階段以外はあまり記憶に亡くて、朱色の記憶が全くありませんから、
ただ岩の所から新宮の町、その向こうの熊野川の河口や太平洋を見下ろしていたことだけは記憶に有ります。

「御燈祭」は時期的に見たことがありません(この時期に里帰りできなかったのです)が、母が懐かしそうに御燈祭の歌を歌っていましたからかなり印象的なのでしょう。
今と違って、大怪我をする人もたくさんいたようです。
今はわかりませんが母の話によると、火の付いた松明を持ったまま岩の所の鳥居内に閉じ込められるんだそうです。女性は登れませんので町から眺めていたようですが、「開けてくれ~熱い~」という声が下まで聞こえてきたそうです。
神事が終わると鳥居の門が開いて一斉に階段を駆け下るのですが、その様はこの世の物とは思えないくらい美しかったと申しておりました。
炎の列がスウ~ッと流れるように降りて・・・と表現していたような。
すでに私の記憶が曖昧になってますね。すみません。
また行ってみなければなりません。
「御燈祭」の時期に。

山西 先 #0t8Ai07g | URL | 2018/08/11 19:02 [edit]


先さん、ありがとうございます(^^)

先さん、以前にゴトビキ岩には毎日登っていたことがあるって言われていたので、もしかして懐かしがってくださるかしら、と思ったり、いや、随分新しくなっている部分があるだろうから、変わったなぁと感じられるかなぁ、どうっちだろうと思っていました。犬の散歩道でしたか。いや、犬にもなかなかハードな道だったでしょうね。って、こともないか。犬はランランラン~って感じで登ってたことでしょうね。
地元では単に「神倉さん」と呼んでいたって、なんか地元の人にとって親しみのある名前がてらいもないシンプルな名ってのがいいですね。私が行ったときも、地元の人らしき人たちが鳥居近くのベンチで数人寛いでおられました。

それにしても子どもの身長から見たら、あの階段、確かに崖ですよね。って、大人が見ても、これ、登れるんかいな、って一瞬気持ちが萎えるような傾斜ですもの。よく考えたら、あの高さまで500段程度で登らせちゃうんですから、そんな簡単なわけないですね。
写真にあるように、うちの母、部分的には文字通りよじ登っていました。私などはもうしばしば休憩しておりましたが、のぼりながら「これ、降りるの?」って心配をしていました。
先さんのご記憶にあるように、見下ろす街・海・空は素敵な景色で、きっと昔から変わらないんだろうな。

「御燈祭」ですね、そうそう、松明持って駆け下りるんですよね。って、まさかあの鳥居(神門)の中に閉じ込められて神事がとり行われているのですか。決して広くない空間ですし、あそこで松明炊いていたら熱いだろうなぁ。なんか「開けてくれ~熱い~」なんて声が麓まで聞こえてくるって、ある意味、ちょっとこわい……^^;
松明持って駆け下りてくる景色、松明の明かりが流れる火の川みたいで素晴らしく美しいといのは、何かの本にも書いてありました。でも、あの階段を、松明持ってといっても、足元は全然見えないでしょうから、しかも見えたとしても段々は規則正しくないし、すごいスピードで駆け下りてくるなんて、ほんとに危ないですよね。
これが日常ならこんな危険なことは禁止されるだろうに、神事においては危険性が云々されることがないって、ほんと不思議な世界だなぁ。岸和田のだんじりにしても、祭でしねたら本望的な、妙なムードがあって。
今よりも昔の方が怪我をする人が多かったのですか。ということは、駆け下りるスピードが変わったのかしら。せめて安全におりましょう、とか。

先さんがこの神事を御覧になられたらぜひともレポートしてください。
コメントありがとうございました!!

彩洋→先さん #nLQskDKw | URL | 2018/08/11 23:33 [edit]


うう、白状しますと、私も那智大社と本宮大社にはちゃんとお参りしましたが、速玉大社にはお参りしていないという不義理ものです。南紀にはよく行くのですが、なかなか新宮までは足を伸ばす機会が無くて。

で、ゴトビキ岩。
登りの階段がめちゃくちゃ急勾配ですね。縦アングルの写真で見るだけでも、わかります。巨石ツアーは、いつも道中が大変ですね。
熊野三山の発祥の地というと、なんかイメージとしては山中にひっそりという感じでしたが、すごく眺望のいいところにあるんですね。
鳥居とか社殿がすごく色鮮やかで、再建か修理でもされたのかな。岩とのコントラストがいいなぁ。

下りの迂回ルートがあって、良かったですね。登りもそっちを通ったら……なんて言ったら不届きなんでしょうねぇ。

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2018/08/13 23:51 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

夏休みのかき入れ時ピークのためにお返事が遅くなって済みません!
そうそう、昔って今ほどに熊野古道ブームじゃなくて、熊野三山みんな巡るなんて気合いもなく、特に速玉神社は何となくちょっと離れてて隅っこで行かずじまいってことはよくあるように思います。かくいう私も同じ。那智は滝があるし、那智黒買わなくちゃならないし? 本宮はなんか一番大事そうな名前だから行くとしても、速玉大社? ま、いいか!ってことになりそうですし。かくいう私もゴトビキ岩がなかったら寄らなかったかも、な不義理ものですが、いつかちゃんと熊野詣でをしたいですね。

そして、今回もなかなかハードな道のりでした。でも、距離はそうでも無いのですよ。一気に山を登るって感じでしょうか。おかげで短時間でかなりの絶景に巡り会えました。問題は、あの鳥居の前に立ったときに階段を見上げて「やめとこ!」って思いそうなことですよね。
ここは熊野灘が見晴らせる素晴らしい場所です。巨石信仰の中には目印としての巨石を崇めるものもありますから、この巨石などは海から見えると言う点からも、古い信仰の名残を感じますね。陸路よりも海路がメインだった昔には、海から見る目印は灯台代わりに大切だったと言うことじゃないかと思います。
でも、もう少しなだらかな道つけてほしかったなぁ~~~(;_;) 迂回路の女道も、階段じゃないってだけでそんなになだらかでもなかったんですよ。あれって「下る」のは滑ってでも降りれるとして、「登る」には決して登りやすい道ではなかったです。それならまだ階段の方がましかなぁと。

何はともあれ、今回もひとつ巨石をご紹介できました。
また次なる巨石にご案内いたしますね! 次回はアプローチ超簡単な、年寄りに優しい巨石です(^^)/
コメントありがとうございました!!

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2018/08/19 11:06 [edit]

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