09 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[5] 第1章 同居人の留守 (5)(改) 

 次の朝、真が調査事務所に着くと、既に秘書の女の子が鍵を開けていて、居ついているヤクザ志望の大男が掃除をしていた。

 この二年ほどの間に、相川真という名前は新宿ではちょっとばかり知られた名前になっていた。
 相川調査事務所というのが、堅気ではない北条グループの持つビルの一室に設けられていることもあるが、その所長がよくあるような元警察関係者でもなく、まだ二十七の若い男であること、そのバックについているのが、有名な企業の顧問弁護士をいくつか兼任している、しかし実際には少年事件でその高名を世間に知らしめている名瀬弁護士であるということ、この職業にありがちないかにも胡散臭い気配もなく、ちょっと印象的な外見を持っていて、ある筋では有名な男と同居しているということが、この若者の名前をこの町の中で一気に押し上げてしまった。

 調査事務所とは言え、最近では不良少年少女の駆け込み寺的存在にすらなりつつある。
 以前、真が勤めていた唐沢調査事務所は、所長が保険金詐欺を働いて閉鎖されたが、そこでも未成年の家出は真の担当だった。
 名瀬のような立派な経歴の弁護士に、唐沢のような怪しい男の知り合いがいることを未だに真は理解できないでいるのだが、唐沢が逮捕されてからも名瀬は真を重宝してくれていた。独立してからも、名瀬の手伝いで少年事件の下調査を続けていて、いつの間にかこの調査事務所の売りが未成年の家出調査ということになってしまい、気が付けば関わった子供や親たちのクチコミでそういう世間的な存在の意味が出来上がってしまった。
 勿論、今では未成年に限らず成人の失踪人調査の依頼も多いし、時には何を間違ってかペットの行方不明まで扱うこともある。しかも、大きな声では言えないが、実は動物関係はかなり得意でもある。人間の顔が一人一人異なるように、真には猫の顔も犬の顔も全て異なって見えるのだが、何より本来野生の生物がこの東京という都会の中で、本能的にどういう行動をとるのかということを、真自身が身を持って知っているからかもしれない。

 実際には、相川真はこんな仕事に向いている屈強で我慢強く逞しい男ではなかった。
 明らかに異国の血が混じっていると分かる外見、よく見ると真っ黒ではない髪と、左右の色が異なっている目は、月並みなことだが、物心ついた頃には苛めの対象になっていた。大柄でもなく、一見では強そうにも見えなかったことは、その状況を悪化させることになった。事情があって両親に育ててもらえなかったことが、さらに気持ちを卑屈にさせる結果になり、子どもの頃に育った北海道を出て伯父の住む東京に来てからは、微妙な方言のイントネーションが少年時代の真を苦しめた。

 様々の成り行きが真をこの仕事に就けさせたが、本人はこれを望んでいたわけではなかった。大学生の時にはロケットを飛ばすエネルギーの研究をしていて、もしも大学を辞める状況に追い込まれなければ、研究職という、有難くも他人とあまり口を利かなくて済む職業に就いていたはずだった。
 だが紆余曲折した人生は、時には思わぬところで役に立つ事がある。
 卑屈になっていた少年時代のお蔭で、苦しむ少年少女の気持ちには敏感にならざるを得ず、とはいえ慰めることは全くできないのだがそれがかえって彼らには居心地がいいらしい。
 その上、他人を肩書きや職業や学歴で判断できなくなってしまっていて、やむを得ず身に付いた平等感覚が、多様な立場の人間の気に障らない彼という人間を作り上げてきた。今の仕事はそういう感覚がプラスに働いている。
 もっとも、この真の感覚を、馬、犬、人間という程度の区別しかついていないと、同居人はからかう。確かに、人間の顔の区別がつくように、個々の犬や馬の顔の区別も難なくつけることができる真にとっては、平等という感覚が他人とは違う次元で成立しているのかもしれない。

 それに、申し訳ないが、もとヤクザか刑事かというほどに胡散臭い顔つきの同業者たちの中で、いくらかでも堅気の人間が取っ付きやすい年齢と顔つきであることは、一見ではこの手の仕事をしている人間には見えないし、仕事を依頼してもらいやすいという、ありがたい側面を生んでくれる。
 都会に身寄りのない地方出身の大学院生に間違えられることも多かったし、やや年かさの人間の保護本能をくすぐるには、この外見は大いに役立ってくれた。たまにふと、わざと北の国のイントネーションを絡ませている自分に気が付くと、真は随分阿漕になったと我ながら感心することもあった。

 そのお蔭か、決して大手でもない真の事務所は、何故か情報網の豊かさでは何処にも負けていない伝を幾つか持っている。もちろん、真の怪しい『師匠』唐沢正彰のネットワークはそのまま使わせてもらえることもあるのだが、それはかなり危険な方面の伝であって、何より市井の人間の伝という点では、真も、共同経営者の女の子も、世間知らずの田舎者の媚を振り撒いては、怖いくらいに相手の同情心と人情を煽るという技を、知らず知らずに使えるまでになっていた。

 新宿の東口を出た歌舞伎町の一角にある四階建てのビルは、表向きは不動産業だが昔気質のいわゆる任侠一家の北条グループの持ち物で、数年前の風俗店一斉ガサ入れまでは多少怪しい店が入っていたが、その後は一応まともそうに見える事務所や店舗が入っていた。

 一階は薬屋で、その奥に小さな診療所がある。主に漢方を扱っている薬局だが、この界隈の人間が利用する理由は、精力をつけてくれる類の薬やら道具を売っているからだった。店主は小太りの中国人で、真にもしばしば薬を勧めてくれる。買い求めたことはないが、無理矢理押し付けられたことはあり、どんなものかと一度だけ試してみたことはあるが、効果を実感できたという気はしていない。診療所のほうはいわゆる性病を診てくれる病院のようだが、割と流行っていることは出入りする人間の数からも想像できる。

 二階には真が使っている事務所と、隣にはどういう客層を狙っているのか分からない旅行会社がある。尤も、かなり格安のチケットを扱っていることと、ツアーの行き先が辺境地というあたりも手伝ってか、特異な格好をした若者がやってくるし、たまには青年海外協力隊のような特殊な任務を背負った団体の利用もあるようで、この二階への階段を上って来る客はこの界隈の一般的な基準からはまともな方かもしれない。
 三階は事務所と住居が一緒になったような造りになっているが店は入っておらず、四階はカラオケバーになっていた。

 ビル自体の入り口は人通りの多い表通りに面していて、それほど陰湿なムードは感じられないが、初めて訪れた客が上るには多少の勇気と覚悟が必要には違いない階段を上ると、事務所の扉の前で大柄な男が廊下を掃いていた。

「お早うごぜえやす」
 身体も顔も厳つく大きいが、気の小さいこの男は宝田三郎という名前で、大阪の出身だった。
 身体つきは、仕事を失って筋肉が贅肉に変わり始めたプロレスラー、といったところで、子どもの頃どぶに落ちて切ったという顎の傷が、後の処置が悪かったのか随分と目立って取り残されている。これが宝田を厳つく見せていて、すれ違う人はまず彼と目を合わせないようにするはずだが、よくよく見ると小動物のような可愛らしい目をしている。北条の若旦那のところに弟子入りを希望したが、性格が向かないと言って一蹴された。天涯孤独で行き場がなく困っているのを、真の事務所に紹介された次第で、北条の若旦那に恩義を感じ、真のことは先生、先生と言って尊敬してくれている。

 宝田はその尊敬の気持ちを表すべく、毎朝頼みもしないのに事務所をぴかぴかに研き上げる。宝田が育った施設は、お世辞にも愛情深く子どもたちを育てているという環境ではなく、そこで彼はいつも掃除をさせられていたらしい。お蔭で、古い新宿のビルにも関わらず、事務所は清潔で比較的居心地も悪くない。

「先生、おはよ」
 真が事務所に入るなり、奥の炊事場から元気な声が聞こえた。
 砕けた調子で挨拶をする『秘書』の柏木美和は、北条の若旦那の恋人だった。とは言え、本人は大学でジャーナリズムを勉強している写真家志望の一見普通の立派な女子大生で、あまりちゃんと聞いたことはないが、いい家のお嬢さんのようだった。それが任侠の男と付き合っていて家族問題になっていないのは、彼女の出身地が山口県というかなり地方であるお蔭だった。

 ちなみに『秘書』と本人は譲らないが、真にとっては実際は共同経営者だった。彼女なりの美意識の中で、『秘書』というのがハードボイルド的に格好いいということらしい。もっとも、探偵小説の登場人物ではないのに、ハードボイルドを求める理由はよく分からない。
 普通の女子大生よりはお洒落に気を使っている気配はないし、どちらかというと童顔なので高校生と言われても通用しそうだが、口だけは年上の人間を完全に言い負かしてしまう。だが、田舎ののんびりした金持ちのお嬢さんという出身によるものなのか屈託がなく、口だけは江戸っ子並みのきっぷの良さだが、嫌味がない。

 宝田も美和も推理小説の読みすぎだった。所長のことは『先生』と呼ぶのが格好いいと思っている。ただし、宝田が読むことができるのは、少年少女向け江戸川乱歩シリーズくらいだろう。
「雑誌、見ました?」
「雑誌?」
 美和はタイミングよく淹れたコーヒーを運んできて、大きめの窓の前のデスクに座りかけた真の前にコーヒーを置いた。
 デスクの上に美和が持ってきたらしい雑誌があって、真は表紙を見た途端、勘弁してくれ、と思った。
「ほんと、大家さんってモデルにしてもいいくらい男前よね」
 と言うのか、半分裏社会に首を突っ込んでいるような男が、こんなに堂々と全国誌の表紙を飾っていていいのか、と思った。

 雑誌は砕けた切り口が売り物の経済誌で、社会の上層の男たちが身に付けるべき教養や服装にまで言及している。その上、一流の女性の読者層も狙っていて、特集でしばしば一流の世界で成功している人物が取り上げられる。女性にも、というのは、その特集の人物が大概年寄りではなく若手で、しかも圧倒的に独身の男が取り上げられているのだ。この手の教養誌にしては発行部数も多く世間への浸透率も高い。切り口は砕けているが、奥行きが深いというのも、この雑誌の発行部数を伸ばしている理由のひとつだった。

 雑誌の表紙には、銀座の有名ギャラリーおよびレストランのオーナー、稀代の修復師『大和竹流(36) 』と、彼の胡散臭い日本名がでかでかと掲載されていた。

 知り合ってから十五年以上もたって、しかもこんな雑誌の表紙で、今更だが同居人の年齢を知った。自分よりも随分年上だとは思っていたが、大体そんな単純なことさえ知らなかったと思うと情けない気分になってくる。誕生日は四月だと聞いたことがあるが、何日かさえ知らないし、祝ってくれと言われたこともない。

「それ、アイドルの雑誌なみに売れてるみたいですよ」
 美和は楽しそうに話しかけてくる。もっとも、彼女はいつだって楽しそうだ。
「そんな雑誌が売り切れになるほど売れるなんて、普通はないでしょ。表紙だけでも買っていく女性がいっぱいいるんだって、本屋の人が言ってましたよ。最後の一冊だったんだもの」
 美和は栗色の瞳を思い切り楽しそうに輝かせて続けた。
「インタビューを読んで、先生、怒らないほうがいいですよ」
「怒る?」
 美和は御丁寧に雑誌を開いてくれた。




さて、退屈させていてすみません。
ようやく本筋に……
このインタビュー記事から、事件は始まります。
実は、改作の時点でこのインタビュー記事を冒頭にしようかと思っていたのですが、なぜかそのままにブログに載せてしまいました。

だからこのあたりから少し、ついてきてくだされば何の問題もなし、という情けないお話ですみません。

ちなみに少しだけ1回分を長くしてみました。
あまりに短いと、逆にシーンが切れすぎてぶちぶち感が強く、自分でちょっと耐えられなかったので。
しかも、長いほうので読んでくださっている方がいることを発見し、かえって申し訳ないのかなぁなどと思ってみたりして。
すみません。

『清明の雪』は(あれでも)かなりブラッシュアップしてあったので、読みやすいと思うのですが、この『海に落ちる雨』はてんこ盛り過ぎて、もういっそどこからでも読んでください、という気分です。

この事務所の面々、特に美和ちゃんは、自分たちが中学高校生の頃の『興味津々、なんでも楽しい、萌えの対象は漫画にもアニメにも三次元にも、もうあちこちに転がっている!』なんてイメージをもって書いています。
だから彼女は、事務所所長の真と同居人である『大家さん』=大和竹流の関係に萌え萌えなのです。


にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へにほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
関連記事
スポンサーサイト

Category: ☂海に落ちる雨 第1節

tb 0 : cm 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/81-84482a09
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)