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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

【ピアニスト慎一シリーズ】Voltaste~あなたが帰ってきてくれて~(scriviamo! 2021参加作品)  

scriviamo.png

 【八少女夕さんのscriviamo!】に今年も参加させていただくことにしました。夕さん、今年も(来年も?)お世話になります。
しかも、見事にフライイングしてるじゃありませんか(まだ2020年)! 最近の私にはない快挙ですね。
実は、なかなか仕上がらなかった「勝手にコラボシリーズ」の「22と23に捧ぐ」、書きかけていたので、一気に終わらせてしまいました(で、scriviamo!に転用、狙っていたわけではない)。

 しかし、ここに至るには結構な紆余曲折があり、何とか22と23に音楽のプレゼントをしようという試みには障壁が多くて(何しろ、塀の外にはでてこない人たちなので。って、誤解を招く表現だな)、夕さんに確認しながら二転三転。最終的に、全く別のキャラを仕立て上げてしまいました(ラーラは押しかけ女房だし、この新キャラは押しかけ○○)。
23は塀から抜け出していたことがあるというのを使えましたが、22に捧げたあたり、夕さんは分かってくださったかしら? 確か、そういう手法をアントニアが使っていましたよね。誰が頼んだか? さぁ? 
ちなみに結依はヴォルテラ家とは縁もゆかりもない顔をしていますが、あの人の実子ですから、裏ではいろいろとね。

 このシリーズにはいつも、メインテーマになる曲がひとつ絡んでいるのですが、今回はたまたま自分が練習中の曲を持ってきました。
はい、超絶高望み、ひよこなのに超ド級鷹用楽曲に手を出して、はや半年近く経ちました。ええ、撃沈してながらも頑張っております。これと『悲愴』第1楽章を並行しているって、馬鹿じゃない?と自分でも思いますが、ベートーヴェンが250歳の間に『悲愴』を3楽章揃えたいので(第3楽章の完成度を上げるのと、第1楽章の攻略。まだ先は長いなぁ)、頑張ります。

 さて、このショパンのノクターン13番op.48-1
まさに今、ノクターン13沼に嵌っています。ノクターンの最高峰、本当は1番をするつもりだったのに、勘違いで13番になって、先生も私も半分「なんでこうなったんだっけ?」状態で突き進んでおります。とにかく素晴らしい楽曲で、好きすぎて抜けられない。まさに「沼」なんです。

 ところがこの曲、なぜかいろんな演奏を聴いてもしっくりこないものが多くて、最初に聴いた「この人の演奏」(続きを読む、に潜ませました)に戻って、それを理想とするあまり、撃沈するというおバカな私。ルービンシュタインの演奏はなんだかあっさりしすぎているように思うし、あんまり中間部をガンガンする演奏も好きではないし、アシュケナージの演奏はお手本なんだけれどやや優等生すぎるし。
これたぶん、ショパンコンクールの本番演奏なので、なんだか鬼気迫るものがあるのかもしれませんね。
あ、練習していると言っても、私のレベルですからね、おそろし~~~く低いのですよ。

 しかも、なぜかタイトルは全然関係ないファドの曲
Voltasteというのは、Voltar(戻る)の活用形ですよね(多分)。そしてこの曲は「あなたが帰ってきて私は嬉しい」とひたすら繰り返しているだけではないかと思うのですが(歌詞がいまいちわからないので、たぶん)、物語の後半で二人がいるお店で歌われていたファドがこの曲だったという設定。
実はタイトルに「私は嬉しい」まで入れようか迷ったのですが、夕さんがコメントに書いてくださったように、うれしいと言いながらもファドですから、なんかすごい力任せに悲哀があるんですよ(しくしく、じゃなくて、ど~んと悲しい?)。だから、あいまいに放っておきました。
前回はジャズの名曲だったので、今回はファド。

 実は前回(What a Wonderful World)は作中にはタイトルの音楽も何も出てこないのですが、物語全体のイメージでつけました。
今回のタイトルは、主人公(かな)がこのPの街に対して思っているイメージ、正確には、彼が自分が街や街の人、特に父親からそう思われているであろうと感じている→まさに、表面上は喜ばれているけれど、本当はそうでもないかもしれない、そして自分もここには留まらない、という印象をタイトルにしてみました。

 ところで。
実は、誰とか何とか具体的には書かないので、時間軸がとち狂っていますが、気にしないでください。何しろ、以前、詩織が23(かもしれない)に靴を作ってもらっていたような気がしたり、トト(サルヴァトーレ)がクリスティーナやアントニアにご迷惑をかけていたりしましたが、あれはあれでscriviamo!あるあるで許してください。
本来の時間軸では、今回の話が正解。慎一は詩織のひいおじいちゃんですからね。と言っても、この家系、reproductionのタイミングが早いので、詩織が生まれた時、慎一はまだ70くらいなんですよね(なっていないかも)。
それはともかく、夕さんにいただいた年表によると『黄金の枷』が2011年~2012年あたり。このお話は現在、ロックダウンされていない2020年ごろということで(何なら2019年でもあり)、慎一と新キャラが出会った8年前というのが、2010年のショパンコンクールの後くらいですね(何しろオリンピックよりレアなコンクール)。23が抜け出していたころに合っているはず、かな。ちょっと1年くらいずれがあるかもしれませんが、そこはscriviamo!あるあるで、お許しください。
ここに出てくるホールの完成が2005年というので、まぁ、なかなか良い時間軸でしょうか。

 とはいえ、話の中身はそれほど裏設定を気にしなくても大丈夫なはず、です。
慎一のタイミング的には、一度ピアノから逃げてプラハの小劇場でオペラやオペラもどきを手掛けていた2年間、決意を新たに?ピアノに戻ってきたのが2011~2012年くらいなので2020年と言えば8年ほど経っているところです。
8年前のその時、と言えば、実はこの前作【What a Wonderful World】のタイミング。そう、あのバルセロナでジャズ夫婦と出会って頑固調律師ヨナスに再会した後、「諸事情で」Pの街に寄ったのですね。
ポイントは、相変わらずの、この人の「人たらし」のあざとさですよ
音楽以外のことでは、小学生か! みたいな頼りなさですから。

 今年はベートーヴェン生誕250年だったけれど、ベートーヴェンは12月生まれらしいので、来年も250歳! 来年も生誕250年だよ~
ベートーヴェン弾きという設定の慎一が来年も頑張ってくれるよう、私も頑張ります。
というわけで、このお話を持って年末年始のご挨拶に変えさせていただきます
♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪
来年もよろしくお願いします。



【ピアニスト慎一シリーズ】Voltaste~あなたが帰ってきてくれて~


 ルシオ・オリベイラは、カーザ・ダ・ムジカのコンサートホールSala Suggiaのステージの上から客席を見ていた。ステージから見るホール背面は一面ガラス張りで、自然の恩恵で余すことなくホール全体を包み込んでいる。
 今はただ二人の観客をのぞいて、残り1236席は無人だ。

 二人の観客は光を背にして客席の後方に座っているので、表情はよく見えないが、年老いた男は、多分いつものようにきわめて無愛想な顔をしているに違いない。もう一人の若いほうの男は、いつも派手な服装でいかにも軽薄そうに見えるのだが、気難しい老人相手でも何ひとつ気遣いもせずに懐に入り込んでいく性質らしく、意外にも気に入られて、今回も大事な仕事に同行している。

 ステージ上には向かい合った2台ピアノ。今日は明日のリサイタルのために響きを確認することになっていた。もっとも、観客が入れば響きはすっかり変わってしまうだろうし、天気だって分からない。だが、あの無愛想な男と派手男に任せておけば、何も問題は無い。
 明日はきっと特別な日になるだろう。

 Pの街の中心近くにあり、きわめて近代的な外観でランドマーク的役割を果たしているこの建造物は、伝統的なヨーロッパのコンサートホールとはまるきり顔つきが違っている。外観はどこから見ても非対称で、入り口の階段などはまるで宇宙船に乗るタラップのようだ。音響はよく計算尽くされているが、伝統と格式を重んじるクラシックの演奏家たちの受けはあまりよくないのかも知れない。

 このホールが建造中だったころ、ルシオは母と一緒に留学先のパリに居た。実際にはパリで暮らしたのは2年あまりで、教師を替える度にワルシャワ、モスクワ、ベルリン、ウィーンと住む街を替えた。
 母はこの街があまり好きではなかったのかも知れない。息子の教育に一生懸命なふりをしたのは、この街と、金は出してくれるがあまり家族には興味の無い父から逃れたかったからなのだろう。

 それでも、生まれ育ったこの街で、リサイタルを開くことが出来るようになったことは、誇らしい気持ちだった。決して順風満帆な音楽人生ではなかったし、実際、この年齢になってようやく少しは名前を知ってもらえるようになったばかりだった。
 でも、「先生」に出逢わなければ、今の自分はなかっただろう。

 「先生」はまた道に迷っていないだろうか。約束の時間にはまだ半時間ほどあるが、それでもいささか心配だ。昨日、ボアヴィスタ通りの楽器店で別れるときに、やっぱり迎えに行くからホテルで待っていて欲しいと言えばよかったかもしれない。でも、「先生」は街を歩きたいからゆっくり行くよ、と言った。
 あの人の頭の中は大概、音符や楽譜で埋め尽くされているので、万が一、強盗に襲われても気がつかないで歩き続けているような気がする。そう思ってルシオはふっと笑った。

 ボアヴィスタ通りの楽器店は、ルシオが、母方の従兄弟たちと一緒に初めてピアノを習い始めた場所だ。数年もすると、家の方に先生が来てくれるようになったので、その後は楽譜を探しに来るときと、ピアノの整備の相談、そして特別な週末以外には来ることはなくなった。
 店の1階は楽譜や書籍、2階は楽器が置かれ、3階から上には練習室がいくつか入っている。2階の一角には開放的な小さなサロンがあって、週末に、そのサロンではきわめて小さなリサイタルや公開レッスンが行われていた。幼いルシオにとって、その場所は世界への小さな窓で、まさかその窓から出て行く日があろうとは、あの時は思いもしなかった。

 その楽器店のサロンでの特別な週末を、今度は自分が先生と一緒に、子供たち、もちろん大人たちにも、提供できる立場になったということは誇らしい気持ちだった。もっとも、相変わらず父親はルシオの音楽には何ら興味を示してくれないし、息子がこの街のコンサートホールでリサイタルを開くことができるようになったことにも関心を示している様子はなかった。
 母が生きていたら、きっと喜んでくれただろうに。あるいは、まだ母の望んだ理想像には届いていないのかもしれないが。

 そう言えば、あの従兄弟たちともすっかり疎遠になっている。
 ルシオの母が亡くなってから会う機会が無かったからなのか、いやその前からあまり交流がなかったのか、それすらよく思いだせない。そもそも一般的に、従兄弟というのはその程度の関係だからかも知れない。

 ここ数年は、毎年、リサイタルと公開レッスンのためにこの街に帰ってきているが、父とは相変わらずあまり会話の弾まない再会をするだけで、あの従兄弟たちのことが話題に上ることも無い。弟のジャコモは一度パリに訪ねてきたことがあるが、その後、アメリカに留学して、何か事業を始めたと聞いていた。兄のダリオのことは、もう顔もぼんやりとしか思い出せない。

 それなのに、今、彼らのことを思い出しているのは、昨日、その楽器店である曲を演奏しているときに、不意にサロンの中に懐かしい顔を見たような気がしたからだ。いや、それは何年も前の記憶で、昨日のことではなかったのかもしれない。ルシオが演奏を終えた時には、サロンの中にはもうその気配もなかった。サロンは解放されていて出入りも自由だったので、もしかして本当に誰かがそこにいて、ルシオが演奏している間に出て行ったのかもしれない。

 それは、記憶の霧の中から予測せず具体的な形が表れたような感じだった。暗い影を背負ったような表情と、手首の腕輪に青い石。霧の中に、その部分だけが妙な存在感を持って現れる。
 もっとも、今思い返してみても、あれが現実にあったことの記憶なのかどうか、確信が持てない。

「先生、思ったより早かったですね」
「ルシオ、君はきっと僕を信用していないんだろうね。ヨナス、いつもありがとう。ダニエル、今回も頼みます」
 先生は、客席に座っている調律師の師弟に声をかけて、ステージに上がってきた。

 日本人である先生の背丈は、ルシオや調律師のふたりに比べても一回り小さいが、ピアニストは体力勝負だからかどうか、他に適切なスポーツがないからなのか、驚くような距離を毎日のように走っているというので、その機敏さは、9歳年下のルシオにも真似ができない。アジア人は若く見えるからというのもあるが、時には、ルシオのほうが年上にみられることもある。何より、もうすぐ成人するという娘がいるようには到底見えない。

「仰るとおりです。先生はこの街で常に迷子になっていませんか? こんなに小さな街なのに」
「迷子になっているんじゃないよ。街を楽しんでいるんだ。それから、何回も言うけれど、先生はやめてくれないか」
 そう言いながらも、先生の気持ちはもうとっくにピアノの方に向かっている。すぐに奥の方のピアノに座って音を確認し始めた。指ならしのようにスケールを全調弾いて、それから手前のピアノの響きも確認する。
「じゃあ始めよう」

 ルシオは慌てて手前のピアノの前に座った。大屋根を外してあるので向かい合ったお互いの顔はよく見える。先生は安心させるようにルシオの顔を一度見て頷いた。ルシオも頷き返す。
 ラフマニノフのピアノ協奏曲2番、第1楽章。

 街の管弦楽団と共演してもよかったのだが、ルシオはどうしても先生のセコンドピアノと一緒に弾きたかった。先生が自分でアレンジしたオーケストラパートは、細かな音を驚くほど完璧に拾っていて、本当にオケをバックにしている気分にさせてくれた。弾いていて本当に気持ちがいいのだ。これを、ぜひともこの街の人々に聴いてほしかった。
 それに何よりも、先生とデュオリサイタルという夢がようやく叶ったのだ。

 先生が定期的に1年に1度デュオリサイタルをしているテオドール・ニーチェが、学生時代の話をしてくれたことがある。先生の最も得意だった課目は、ピアノ曲をオーケストレーションに変えたり、その逆をしたりというアレンジだったというのだ。作曲科の教授が何度も、本格的に作曲をするべきだと彼を誘っていたとも聞いている。

 そのテオドールと先生との2台ピアノでは、二人が目を合わせているのを見たことがない。その事を先生に聞いたら、意外そうな顔をした。考えたこともなかったけれど、息づかいだけでもう相手が分かるのだという。
「ピアノが教えてくれる、というのかな」
 そこまでの関係になれることはないだろうが、楽器店のサロンで聞いた音に魂を惹きつけられたあの日、弟子にしてほしいと話しかけたものの、あっさりと断られ、それでも諦めきれずにウィーンまで押しかけていってから8年、少しずつルシオも、そして先生も、変わっていっているような気がしていた。

 第1楽章を終えると、2台のピアノのバランスに何か気になるところがあったのか、先生は弾くのをやめて、ヨナスとダニエルの座る席のそばに行き、二言三言、言葉を交わしてから、少し離れた場所に座った。
「ショパンがいいかな。ノクターンop.48-1を。二台とも弾いてくれないか」

 Lento。歩くよりもゆっくりと、しかし、魂は常に前に向かうように。
 先生の言葉を思い出し、強くもなく、弱くもなく、最初の左手のCのオクターヴに腕の重みを落とす。
 弾き始めて、突然合点がいった。

 人間の記憶中枢と最も強く結びついているのは匂いだというが、どうやら音楽家には別の記憶の引き金があるらしい。
 あの日、先生はこの曲を弾いていた。そして、ルシオは突然沼に引きずり込まれたような気持ちになった。
 実際、先生はまだあの時、深く濁った沼の中であえいでいたのだと思う。ここにいる調律師のヨナス・シュナイダーが、先生の妹に頼まれてスペインとポルトガルの旅に同行していたのだが、その時、何か頼まれごとがあってこのPの街に寄ったのだという。

 もしもあの日、先生がこの街に立ち寄らなかったら、いや、先生があのままピアノに戻らずにプラハのオペラ劇場で音楽監督を続けていたら、そして、またもしもあの日、ルシオが完敗だったショパン・コンクールの痛手で故郷の街に帰っていなかったら、先生とこうして出会うこともなかったのだ。
 深い悲しみを映したようなこの曲の底に潜む熱情。静かな夜の闇の中、閉ざされた部屋の中に大きく揺らめく炎。
 そして、この曲を弾いていた先生を、別の場所からルシオと同じようにじっと見つめていた瞳。あの瞳の持つ言いようのない暗さは、遠い日に見た従兄の瞳と同じだったのだ。


 テーブルの上ではガラスに閉じ込められた小さな炎が揺れている。その炎が、マデイラワインの中にさざめく波を震わせている。
 店の隅にある小さなステージの上では、ポルトガルギター奏者がかき鳴らす弦に吸い付くような声で女性が歌っている。若くない容姿には見合わないほどの腹に響いてくる歌声。
 ファドを歌うにはただ良い声の持ち主というだけではだめだ。ファドの名前の通り、宿命を背負い、宿命を受け入れ、そして一つの人生を生ききる決意がなければならない。

「待たせたね」
 ピアノの確認を済ませた後、先生はヨナスと一緒に協奏曲のオーケストラパートを録音するために教会に行ってしまったので、ルシオは明日のリサイタルの練習をするためにホールに残った。
 ピアノの確認と練習の後は、毎年、簡単な夕食を兼ねてこの店で少し飲むのだが、今年は、ヨナスは教会での仕事を終えた後は人混みが疲れるといってホテルに帰り、ダニエルはこの街に来てから知り合った女の子とデートというので別行動になった。

「迷子にはなっていないよ。さすがにこの店は覚えたからね」
 先生はルシオに先を続けさせまいとして言い切った。ルシオはそこにこだわっているんだなとおかしくなった。この人はいつまでたっても、ピアノと音楽以外のことでは、全く子供のようなのだ。
「今日はベートーヴェンですか」
「うん、協奏曲の4番をね。今回の教会はなかなかいいようだ。ヨナスが気に入って、もう1曲録ろうと言って、結局、ヴァイオリン協奏曲もね」
 先生とヨナスは、どこかのレコード会社に頼まれているとかで、演奏の録音に適した教会を探して、毎年この街に来る時も時間を作っては録音に行っている。なぜ協奏曲のオーケストレーションのピアノアレンジが多いのかは不明だけれど、先方からの依頼だという。音が多いほうが判断のためにいいのかもしれない。

「op.48-1」
「え?」
 別のことを考えていたので、突然数字を並べられて、ルシオはとっさに反応できなかった。
「今日はずいぶん感傷的だったね」
 感情は音に現れる。それを読み取ることのできる耳の中でも、特別なものを持った人に聞かれたのでは仕方がない。

「先生に初めて会った時のことを思い出したんです」
「あのね、ルシオ」
「はいはい、先生と呼ぶな、でしょう。でもね、無理ですよ。僕は先生の一番弟子であることを誇りに思っているんですから。あの時、先生に出会わなかったら、と思ったら、今でもぞっとすることがあるんです」
「それは買い被りだよ。でも、ありがとう、ルシオ」
 先生はルシオに頭を下げた。
「何ですか、急に」
「君が、その、弟子にしてくれないのであれば、家政夫でいいと言ってウィーンに来てくれて、それから、君と一緒に僕もいろんなことを学んだと思う。もちろん、先生といわれるような大そうなことは何ひとつできていないと思うけれど」

 こういう時に思うのだ。モデルとしてもプロデューサーとしても一流のところに上り詰めている先生の実妹のアイカワユイが、まさに全身全霊をかけて兄をサポートしている、その気持ちが分かる。先生の音楽に惚れ込んでいるからでもあるだろうけれど、何よりもこの人、放っておけないのだ。自称弟子の立場で言うことではないかもしれないが。

「そうですね。レッスンに行っても、先生は何も言わないで自分が弾き続けていたり、逆に僕がずっと弾き続けていたり、ってこともありましたね」
「出会ったとき、君はすでにもう立派なピアニストだったんだ。僕に何を教えることができたと思う?」
「その立派なピアニストである先生だって、今でも、師と仰ぐ先生方の薫陶を受けに行っておられますよね」
「僕はどこまで行っても不完全で未熟なんだ。どこに行きつくべきか迷い続けている」
「だから僕もついて行けるんです」

 先生は不意に黙り込んだ。それから、テーブルの上に乗せられた小さなランプをしばらく見つめ、注文したヴィーニョ・ヴェルデとトリパスに取り掛かった。
 ファドのステージは終わっていて、店の中には食器の音、人々の囁き声と大きな声の混成、椅子やテーブルが何かにあたるような音が無遠慮に交じり合っていた。雑然としているが力強い音たち。計算されつくしたホールで、微妙な音の変化や違いにこだわる一方で、こんなにも身近にある人生の音は豊かだ。

「初めて会ったとき、先生は、頼まれてあのサロンで子供たちにレッスンをされていた。先生はなんだか困ったふうでしたね」
「オペラの仕事を断って退路を断ったつもりだったんだ。でも、何をすればいいのかわからなかった。スペイン旅行のついでに、ユイがどこかから頼まれて、あのサロンで子供たちにレッスンしてやってくれと。でも、子供と言っても、立派なリトルピアニストたちだ。僕に特別な指導ができるわけがなくてね」
「でも、その合間に弾いておられたあの曲に、僕はどこかに引きずり込まれたような気がしたんですよ」
 先生はヴィーニョ・ヴェルデを一口飲んで、申し訳なさそうに言った。
「あまりよくない場所に、だね」

「そうかもしれません。果てのない孤独な戦いの中に。でも、その日まで僕がいた場所は、ずっと同じところをぐるぐる回っているだけだった。同じ戦いでも、僕には先生が常にどこかへ向かって出口を探しているように思えたんです。あんなに苦しくて、そして美しい演奏を聴いたのは初めてだった。あの時」
 ルシオはランプに閉じ込められた炎を見つめた。先生も同じ炎を見ていた。

 始まりのLento、低音が切なく悲しいメロディを支え、徐々に昂る悲哀。そこにふと降り注ぐ神の光のようなPoco piu lento。C-durの和音の暖かみが1音で全ての苦しみを溶かしてゆく。だが、抑えきれない感情がオクターブの連打で高まり、Lentoと同じ主題が、時に嵐のように、時に慰めのように繰り返されるDoppio movimento。ぎりぎりまで追い込まれた想いは、悲しみなのか苦しみなのか、あるいはもっと別の感情なのか、ただどこにも行きつかないまま大きな波のうねりの中に揺られ叩かれ、やがて突然すべてを受け入れたかのように覚悟がつき、次の扉のための階段をゆっくりと上ってゆく。
 そして、何もかもが過ぎ去った後に響く静かな鐘の音。

 演奏が終わったとき、生きるとは、こういうことかと、突然了解し、その諦念に安堵したような気がした。
「僕と同じように、先生を見ていた青年がいたんです。いや、いたような気がしただけかもしれない。それが、僕の古い記憶の中にある霧の中にいる少年と重なって、なんだかはっきりないので気持ち悪いんですけれど、子供心にそこには触れちゃいけないような気がしていて、あえて目を背けてしまっていた。この街のどこか身近なところに、異次元のような閉鎖空間があって、その中でこんなふうにどこへも行けないまま、閉じ込められた炎が揺れているんです。でも、これは単に、僕の心象風景なのかもしれないですね。ずっと母の期待に応えようとピアノを弾いてきて、この窮屈な街から抜け出して世界に出て行ったのに、コンクールでの失敗で先生たちや母を失望させて、また窮屈な檻の中に閉じ込められたような気持になって、何かを表現しようとするとさらに苦しくなっていた」

 ルシオの網膜の片隅に、金の腕輪が残っていた。あれはやはり従兄だったのだろうか。いや、ただ疎遠になって彼の現在を知らないだけで、記憶を神秘的なものに取り換えているだけではないか。幼少期の記憶というのはたいていそういうものだ。明日のリサイタルを無事に終えたら、父に会って聞いてみたら、あぁ、彼は今、学校の先生をしているよ、とか、役所で働いているよ、とか、他愛のない返事が返ってくるかもしれない。

 でも、あのサロンに通っていた時、教えてくれていた先生は、僕よりも、従兄弟のうちの弟のジャコモよりも、従兄のダリオに特別な才能を感じていたのだ。本当は、あの先生はダリオを教えたかったのではないかという思いが、小さなとげのように刺さっている。そして。何かに躓くたびに、ピアノを続けているのはどうして彼ではなかったのか、と誰かが耳元でささやいていたような気がする。この街から出てピアノを学ぶことができたのが、どうして彼ではなかったのか。結果はともかくもショパンコンクールへの切符を手に入れたのが、どうして彼ではなかったのか。

 時々、不意に湧き出してくる黒い塊のようなもの。
 けれど、人の記憶というのは、後からいろんなことで塗り替えられて、それが本当のことかどうか分からなくなるものだ。
 僕に従兄がいただろうか。ダリオなどという従兄はいなくて、従兄弟はジャコモ一人ではなかったか。あるいは、誰かほかの友達のことと勘違いしているのかもしれない。
 それとも、もしかすると、僕は、自分の影のようなものを見ていただけではないのか。この街に残って、生涯ここで暮らしていたかもしれないもう一人の自分。うまくいかなかったことへの言い訳のために準備されている心の影。

 もちろん、8年前のあの時、先生のノクターンを聴いていた青年は、「ダリオ」ではなかった。記憶の中にあるその人と、髪の色も瞳の色も違っていた。ダリオよりもたぶん背は低かったし、少し背中が曲がっていたように思う。
 あの時、一瞬、ルシオは彼と目が合ったが、不自然ではない程度の間合いを置いて、視線は外された。だが、彼が自分と同じように、先生の演奏に何か腹の底のほうにあるものを突き動かされていると、ルシオはそう感じていたのだ。

「僕はね、この世界に戻ってきて最初のリサイタルを終えた時に、すぐにまた、逃げ出したくなった。やっぱりここはとてつもなく孤独な場所だと。聴きに来てくれた人たちにあんなに暖かく迎え入れられても、ステージでピアノを弾く僕はどこまでも孤独で苦しい。君の言う通り、こんなふうにガラスに閉じ込められた炎みたいにね。ステージが終わった後、舞台袖に引き返しながら、叫びだしそうになっていた。客席にたくさんの懐かしい顔があって、あんなにも幸福だったのに、その一瞬先には闇に放り込まれてしまう。あれから8年経った今もずっと、それは変わらない」
 先生の表情が時々、悪魔に憑りつかれたような影を見せる。演奏の途中でもそんな瞬間がある。鬼気迫る何かが、先生の内側にあるのだ。それを感じる時、恐ろしいと思いながら魅せられる。同じ景色を見たいと願ってしまう。

 だが、先生は、小さく息をついて、幼子のように無垢で、いつか見た観音像のように柔和な表情を浮かべた。
「でも、こんなに小さく苦しい場所に閉じ込められていても、時に炎は大きく揺らめいて、真っ暗な闇の中を歩く人に勇気を与えることもあるし、どれほど儚い光になっても、不安で彷徨っている誰かの道しるべになることもあるかもしれない。時には、その人の凍える手をほんの少しだけ温めて、傍にそっと寄り添うこともできるかもしれない。僕の恩師が卒業の時に言ってくれたことをいつも思うよ。『君は今日まで、君自身と、君の身近にいた大切な人のために弾いてきた。これからは、未だ会ったことのない人のために、その未来の友の想いに寄り添うために弾きなさい』と。その言葉の通り、君という友に出会えたのかもしれないね」

 先生。
 ルシオは言葉に出さないまま、呼びかけた。
 あの幼い日の少年が幻であっても、8年前にあの楽器店で見かけた青年が記憶の混乱であっても、それらがもしかして自分自身の影であっても、自分は弾き続けなければならないなのだ。先生が、何か重いものを抱えながらも、ずっとそうしてきたように。
 それでも、こうしてこの人に出会えた僕は幸運だった。
「明日はきっと素晴らしい日になるだろうね」
 ガラスの中の小さな炎が揺らめき、ヴィーニョ・ヴェルデの中の小さな泡を、真珠の玉のように光らせいていた。
 ルシオはあの青年が、今この時、幸せであってくれたらいいのに願っていた。

(2020/12/31)書き下ろし

ノクターン13エキエル
私が今使っているのはパデレフスキ版なのですが勢いでエキエル版も買ってしまったのでした。

 あ、そうそう、もうひとつ。
がんこじじい調律師・ヨナスと一緒にいる軽薄調律師。どこかで見た覚えありませんか?
そう、ヴィルんちのベーゼンドルファーを調律することになった、チャラ男2号です。使わせていただきました。
(確か、名前なかったよね)

ほんの少し補筆しました。分かりにくいところがあるなぁと。でも分かりやすくなったわけではない(2020/12/31/11:00)
ルシオが幸福でいてくれたらと願った相手は、従兄のダリオなのか、23かも知れない青年なのか、それとも彼自身なのか、って、ちょっと感慨深く思いました(自分で書いておいて、ちょっと深いかも、なんて、しょ~もな~)。


 ショパン:ノクターンop48-1(13番)
チョ・ソンジンさんの2015年のショパンコンクールの際の演奏。緊張感バリバリながら大好きな演奏。

しつこいけれど、もう1回言っとこ。私はこのピアノの鍵盤になりたい~\(//∇//)\
ノクターン13エキエル2
後半の難所。死にかける(私は)。

 Gisela Joao:Voltaste

ええ声やなぁ~(*´~`*)
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Category: ♪慎一・短編

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コメント


こんばんは。

うわぁ、ありがとうございます。旧年中の第1弾、ありがたい〜。
そして、のっけからいるのは、あのチャラ男ですか! 名前もらってよかったねぇ。しかも、何ナンパしてんの、師匠のお付きで来ているのに! らしすぎて笑えます。

ということは置いておいて、なんかずっと誤解していましたが、慎一、現在は傘寿とかではなくて壮年ぐらいなのですね! そして、なんと結依さんに依頼されて、あのヨナスさんまで巻き込んで、カラオケ制作させられているんですか? ひえ〜。 なんか、もうしわけないです。

読んでいて、もしかしてと思ったのですけれど、従兄弟のダリオは、もしかして《星のある子供たち》だったりします? 猫背の別のひとは23(抜け出して)みたいですが、その従兄弟の「才能があろうがなかろうが名声はあげさせてもらえない」感じがちょっと引っかかりました。

さて、ここまでが、うちの子絡みですけれど、それは置いておいて、このショパン、この作品の空気にぴったり合っていますね。(これを練習していらっしゃるのですね! すごい!)
技術的に、これを弾けるマエストロは多いかもしれませんが、個人的にこれは「どうだ、俺ってこんなに弾けるんだぜ」的な顔をするピアニストには弾いてほしくない曲。別に、芸術家だからといって苦しい人生を歩かなくちゃ行けない決まりはないんだけれど、この曲に関しては、本当に人生に痛みを抱えている方に弾いてほしい……。そういう意味では、慎一が弾いたらきっと、名演になりそう。

ポルト、めちゃくちゃ素敵な街であるのですけれど、カーサ・デ・ムジカのような開けっぴろげの新しくきれいな建築がある一方で、1つ裏道に入ると、暗く哀しい錆びたバルコニーの見える小径もあって、その感じがルシオの表現しようとしている「ガラスの中の炎」に重なりました。

私の作り上げた「黄金の枷」設定は、特殊ですけれど、見方を変えてみたら、誰も彼もがなんらかの枷を填められていて、出て行けないところから出ていこうともがいているのかもしれませんね。慎一や、ショパンコンクールの切符を手にしたようなルシオですらそうなんだから、凡人はなおさらかもなあ。いや、ショパンのこの曲を聴いていたら、かのショパンですら、そうした何かを抱えていたんじゃないかと思いました。

「Voltaste」はじめて聴く曲でしたが、歌詞みたら、めっちゃ演歌……。「帰ってきてくれたのね、嬉しい」といいつつ、自分でも「どうせ長くいてくれないんだろうな」と感じているのが透けていて、嬉しいといいつつ、本当はめっちゃ悲しい。これこれ、これがファドよ。とおもいつつ聴いていました。

素晴らしい作品でのご参加、ありがとうございます! さて、どうしよう。考えますので、少々お待ちくださいね。

八少女 夕 #9yMhI49k | URL | 2020/12/31 08:28 [edit]


夕さん、ありがとうございます(^^)

夕さん、いろいろとご指導ありがとうございました。
前回のトト事件(深入りしすぎてやけどする系)の轍を踏んではいけないと、今回は絡みすぎず、「目撃したけれど、記憶違いかも」「頼まれたけれど、全然関係ない筋からかも」でとどめるように努力しました。とはいえ、裏設定的にはバリバリ絡んでいるつもりなので、スルーされないように、「実はあの人なのよ」「実はあの筋から頼まれたカラオケなのよ」が、読む人が読めばしっかり分かるようにしたいというのもあって、あれこれお聞きしておったのでした。
実は最初、慎一視点で書き始めていたのですが、Pの街には何のゆかりもない彼があれこれやっていても、ただの旅行記状態になりそうで、なんか違うなぁと。というわけで、急遽、この街出身の、自称弟子をでっちあげました。
会話の中の師弟関係には、ベートーヴェンとツェルニーのような、お互い尊敬しあった間柄が醸し出されるようにと思っておったのですが、ほとんど兄弟のようですね。
まぁ、きっとこの新キャラもレギュラーというよりは、コラボで使いまわしキャラ系になる予感。適当に遊んでやってもらって大丈夫です。

そして、気が付いていただけるかどうか、もちろん、夕さんはぜったい気が付いていただけると思っていましたが、瞬間出演のチャラ男。調子よく師匠にくっついてきて仕事もまじめにするけれど、遊ぶ時も真剣。師匠はもうかなりのお年なので、勝手にやってろ、まじめに仕事するなら良しって立ち位置でしょうね。ここも、立ち入りすぎず適度な距離感でよい師弟関係なのでは。

はい、ご指摘通り、「幻の」従兄ダリオ。思い切り《星のある子供たち》設定で書いておりました。要するに、お母さんのお姉さんが、《星のある子供たち》だったのでしょうかね。星の数はあえて書いていませんが、市井の男性なので1つか2つ程度?
そう、「えっと、そんな人いたっけ? あ~従兄、最近会ってないけれど、どうしてるんかな? ま、いいか。」って立ち位置からのお話になるようにしました。夕さんから頂いた「注意ポイント」にあった「才能を見せかけたら、さりげなく邪魔が入って、その道に進めなくなる」というのをやってみました。でもこれをその当人視点で私が書くわけにはいかないので(どうやって邪魔が入ったのかとか)、詩織と同じように「なんか変だけれど、わかんない」という立ち位置のルシオが、あれは幻~?って惑っている^^;
なんかちょっと可哀そうだけれど、要するに、ルシオからすると、「誰かわからないけれど、もっと才能のある身近な誰かがいたはず。それなのに、その人ではなく、うまく親の敷いたレールに乗れた自分が街を出てその道に進むことだできた。でも、結果的にうまくいかない。あの『誰か』だったらうまくいったんじゃないか」というぐるぐる思考の出発点になっている。
でも、ぐるぐるながらも鬼気迫る理由でピアノを弾いている「先生」に出会って、少しは出口が見えたのかな? 
ぐるぐるを持ってぐるぐるを制す。(なんの標語?)

裏設定その2ですが、実は楽器店でピアノを聴いた23がアントニアにその話をして、アントニアが誰かに確認したら、なんとヴォルテラの所縁の人物。しかも飲んだくれていた時、パリでは覆面作曲家でアレンジ曲書きまくり、オケ演奏もピアノで弾いちゃっている(何しろ、オペラの演出してましたから)のを知って、ちょいと裏から手をまわしたかも~なんて。

「ノクターンop.48-1」はほんとに名曲ですよね。これぞショパン。甘いショパンじゃなくて、すごく男性的で人間的で、そして神がかっていることを端的に表している曲だと思うのです。夕さんがおっしゃる通り、気に入った演奏にたどり着けないのは、ただ上手な綺麗な演奏を聴きたいんじゃないから、なんですよね。
ベートーヴェンもそうですが、なんというのか、土臭い本気度がないと、なんとなく「いいけど違うんだなぁ」と思っちゃう。
何の因果か練習しています(*'▽') いやもう、手ごわいのなんのって。いつか演奏をアップできる日が来ますように。

そして、「Voltaste」、たまたまファドの聴きたい曲っての検索してて出てきました。でも、歌詞見てもわからん~ということで、内容的には「帰ってきてうれしい」と言っているのは分かったんだけれど、細かいところは不明のまま、持ってきちゃいました。でも、夕さんのおっしゃる通り、うれしいと言いながら、この悲哀感バンバン漂うのが、さすがファド。
素っ頓狂な曲選択じゃなくてよかったです。

そしてそして、何より、「ガラスの中の炎」に閉じ込めたイメージをくみ取っていただきありがとうございました。
まぁ、書いたことに対して語るなんて物書き(一応)の風上にも置けないと思ったので、そのままにしておりますが(って言いながら、気が付いて~とばかりに何回も描写しとる^^;)、まさに夕さんの『黄金の枷』をイメージしたものです。
暗い店のテーブルの上に置かれた小さいガラスのまるっこいランプね。中でろうそくの炎が揺れている。炎はガラスのせいで外からははっきりしなかったり歪んで見えるんですよね。でも内側では、小さくなったり大きくなったり、少しの風で大きく揺らめいたり。
おっしゃる通り、かの一族でなくても、だれしもこういう場所に閉じ込められて、あがいているのかもしれませんね。

あのホール、ちょっと唐突な設計ですよね。ポルトの街の航空写真を見ていたら、この場所と、街の路地裏のギャップ、確かに感じます。でっちあげた楽器店はその中間どころ、というイメージかなぁ。表には開かれていて、裏はなんだか暗い、みたいな。

とりあえずは、さっそくのコメントをありがとうございました。
久しぶりに1本書いたので、なんだかまとめ方が下手になっているなぁと思いました。いや、前からうまくはなかったけれど、やっぱり文章を書くのは筋トレと一緒だなぁv-91。さぼると筋力低下。しみじみ感じました。
ちょっとずるしてるけど、作品アップ1番乗り、久しぶりに気分いい~~v-20

彩洋→夕さん #nLQskDKw | URL | 2020/12/31 12:31 [edit]


あけましておめでとうございます~o(^^*)o

遅くなっちゃって
ごめんなさい~~~~(;m;)

【ピアニスト慎一シリーズ】Voltaste~あなたが帰ってきてくれて~
拝読させて頂きました~~
ヨーロッパの空気感が行ったことないですけど(悲)
こういう感じなのかな・・・ってわかるような素敵な文章でした。

師弟関係って凄いですよね。
孤独で灯明を探すような人生の中で
中島みゆきさんの「二雙の舟」のように
もし仮に二人が袂を分かつことがあったとしても
きっと同じ場所を目指している同士であることは
生涯変わらず
どちらかがこの世を去って
雙が隻になってしまったとしても
心の片隅にお互いが居続けるんですよね、きっと・・・

この素敵な作品の夕さんの返歌
楽しみにしています(^^*)

遅くなりましたが
今年もよろしくお願いいたしますm(^^*)mv-238

かじぺた #- | URL | 2021/01/02 12:58 [edit]


あけましておめでとうございます!
昨年中は、いろいろとお世話になりました。本年も、どうぞよろしくお願いします。

さて。
旧年中にscriviamo!2021の作品をアップなさるとは……大海彩洋さん、ここぞというときのパワーはものすごいですね。

ルシオはいい弟子なようですね。師匠の慎一のいいところもだめ(笑)なところもわかっていて、ちゃんとついていこうとしている。慎一も、弟子からも学ぶところがある、とか、すごく謙虚でいい師匠だし……って師匠呼ばわりは苦手か。きっと演奏技術とかじゃなくて、もっとちがうものを教え教わっているんだろうな、この二人。うん、なかなかの師弟コンビですな。

音楽や演奏にかかわる蘊蓄は、やはり実際に楽器を演奏なさる方ならでは、という気がします。クラシックに限らず、楽曲が演奏家や歌手によってニュアンスが変わることはわかるのですが、歌曲はともかく器楽曲は、その演奏に込められた情念のようなものを感じ取ることは、私にはできないようで……。ショパンのノクターン13番も、アシュケナージのものとご紹介の動画のものを聞き比べましたが、白状しますと、違いがわかりませんでした(残念) このあたりがわかるようになれば、聴く楽しみも増えるんでしょうね。

そして、本筋とはあまり関係はありませんが、ピアノ協奏曲第4番とヴァイオリン協奏曲のコンビって、ちょっと嬉しいなぁ。これ、22とアントニアが演奏したりするんだろうか。

ランプに閉じ込められた炎の話。
誰しもが、自由に生きられるわけではない。自分の置かれた場所で、限定され閉じ込められた場所で、燃え上がったり消えそうになったりしている。夜想曲というにはいささか激しすぎるこの曲から、そういうイメージを持たれた大海彩洋さんの感性に感心することしきりです。
そして、そのストーリーの合い間に、八少女夕さんの『黄金の枷』シリーズの人物をチラ見させるなんて、上手いなぁ。
八少女夕さんのお返しも楽しみです。

TOM-F #V5TnqLKM | URL | 2021/01/02 13:08 [edit]


鍵拍手コメC様、ありがとうございます(^^)

拍手コメ、たくさん頂いていてありがとうございます! 今頃認識しました。すみません!
(まとめてお返事しててすみません)

京都・奈良、C様もお庭だったのですね。私も、巨石ファンになった最初のきっかけは古墳。奈良はもう山=古墳状態で、歩けば古墳に当たる、なんて幸せな~でした。京都に住んでいる間は、特に永観堂~哲学の道~曼殊院あたりが私のお気に入りの散歩道で、そう言えばこの辺りが『清明の雪』の舞台のモデルでした。小説談義in古都、ってのもいいですね!
嵐のいない2021年。私にとっては大野くんのいない日々が始まったなぁです。松潤は裏方目指しそうなので露出が減るかも知れないですが、他の3人はテレビで見れそう。でも大野くんは……(;_;) でも、彼を好きなのは、そういう「芸能界ではすごく違和感」と思っているという部分でもあったので、このままほんとに楽しく自由に過ごしてもらったら良いなぁとおっています。彼の笑顔が私の幸せ。ほんとに心からそう思います。
いつか戻ってきてくれたら嬉しいけれど、このままでもいいよ、うん。ほんとにいい。

さて、そして今回、真の息子のお話も読んで頂いてありがとうございました。
真は偏屈な人ですが一般人っぽく生きていたほうです。でも、この息子は育ての親(竹流=ジョルジョ)が育て方を間違えたのか、持って生まれた性質の問題か、そこに芸術家という後天的な環境も災い?して、すっかり変なやつです。それがまた始末の悪いことに、音楽以外のことに対して、特に生活能力に関しては大いに欠けているといってもいいかもしれません。おかげで、この人は父親とは比べものにならないほどの人タラシ。これで生き抜いているという得な人物です。

音楽をテーマに書く。確かに難しいです。説明しすぎたらくどいし(『蜜蜂と遠雷』とか、このミステリがすごいの某シリーズとか、たまに描写がくどくて、キライじゃないけれど半分飛ばして読んでしまう^^;)、でも、曲のイメージは伝えたい、そして、のだめではありませんが、その曲を聴いて好きになってもらったらいいなぁと思って書いています。うちの姪などは、完全にのだめの曲を追い掛けて?ピアノを弾いていますし。
書きながら色々勉強にもなります。今年はマイベートーヴェンイヤー。頑張ります(^^)
拍手コメ、ありがとうございました!
またそちらにお邪魔いたしますね!

彩洋→鍵拍手コメC様 #nLQskDKw | URL | 2021/01/02 19:17 [edit]


かじぺたさん、ありがとうございます(^^)

おおお、かじぺたさん、お久しぶりです。ブログ、拝見しています。あ、ツィッターも(^^)
そして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!

そしてまさかのわかりにく~い話を読んでくださってありがとうございます。
コラボであること、文字数の限界(決められているということではなく自分の中の尺)などで、わかりにくいことがいっぱいあるのに、済みません。しかも、夕さんのワールド、踏み込みすぎて危険なことになる場合もあるので、裏事情を読み取れるかどうかのぎりぎりのラインで留めたので、余計に難しかったかも。ほんと、済みません~
Pの街は行ったことがないのですが、全体的にこんな感じかなぁ~で書いていました。Googleの航空写真って結構役に立ちますね。ヨーロッパの匂いがするかなぁ? もう少し踏み込んで描写したかったのですが、今回は私も筋トレと言うことで、このくらいでご容赦ください。

師弟関係、特に藝術の世界ではなんか面白い気がします。職人って(私、職人好きですが)やっぱり親方のほうが絶対上って気がしますが、藝術って、時にはというのか、しょっちゅう、すごい下克上があるじゃないですか。どっちが上とか分からなくなって。でもだからこそ藝術なんでしょうね。
ルシオはでっち上げのキャラなので、今後出てくるかどうかは分かりませんが、楽しく書きました。ショパンコンクールのドキュメンタリーを見ていると、勝ち残った人よりも、途中で去って行く人、負けた人に興味津々になりますね。高校野球もそうだけれど。ルシオはファイナルまでは行けなかったのかな。でもある程度まで行ったらもう、審査員の好みの世界じゃないかと思いますしね。行き詰まっていたときに、コンクールで勝つこととは全く違う種類のピアノを弾いている「先生」に出逢って、ってな感じで、出逢いもタイミングなんですよね。きっと。
『二隻の舟』、どんな曲だったっけ?と探してみたら、あ、夜会の曲ですね。うんうん、この二人よりも、テオドールと慎一の方に当てはまりそうだけれど、芸術家同士ってきっとこんな感じでしょうね。一緒の舟じゃないんですよね。そして、ひとりずつなんですよね。でも同じ方向に向いていて。で、それぞれの旅はそれぞれの責任なんです。うんうん。
ありがとうございます。素敵な例えを頂いて。

でも、この人タラシな師匠は、だいぶお弟子さんを翻弄していそうですけれどね。道に迷うし(しかも言い訳するし)、ほっとくと一人でご飯も食べれないかも、な人。よくもまぁ、ひとりでローマからウィーンに来て生きていたものだと思います。
あまりにも他に何も出来ないから、その代わり、その音楽をもって許してもらっているのかも。
読んでくださってありがとうございます。
これを書いて、『死と乙女』の後半戦を書く気力が出てきました。

今年もまたよろしくお願いいたします(^^)

彩洋→かじぺたさん #nLQskDKw | URL | 2021/01/02 19:47 [edit]


TOM-Fさん、ありがとうございます(^^)

あけましておめでとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします!
いやいや、なんだかんだとちゃんと堅実に作品をアップしていっておられるTOM-Fさん、いつも楽しませて頂きありがとうございます。お仕事も大変な中、見習わなくちゃ~と思っています。

今回は、あれこれ吟味して書きかけていたので、ちょっとフライイングです。
でも、書きかけては、冒頭から書き直すというのを数回繰り返しておりました。最初、シンイチ視点で書いていましたが、ただの旅日記状態で夕さんワールドに近づけないし、慎一が全く縁も所縁も無い人たちの微妙な気配を読み取れる可能性は低いし、ううむ。ということででっち上げました。あんまり近づくと、トト(サルヴァトーレ)みたいにアントニアに怒られるし、「近いところにそういう人が居たけれど、あれ? ほんとにいたっけ? 昔の記憶だからはっきりしないなぁ~」的立ち位置の人物なら、あまりご迷惑をおかけすることもないだろうと。はい、チラ見せに留めました(^^) 最悪、気のせい?でいけそうなように。
にわかキャラなので、もうでてこないかも知れませんが、なかなか好人物でもありそうなので、コラボなどでは使えるかもなと思ったりしています。

この二人、多分、一般的な先生と生徒という感じではないんでしょうね~。だって、もう、ショパンコンクールに出ているあたりで、それが最低年齢の16歳とか17歳であっても、立派なピアニストですよね。そんな相手に何を教える? だったと思うのです。しかも慎一は自分のことで必死な時期。だのに、ルシオはPの街を(正確には父親のところを)出たい一心で、行き先を求めていたから、ウィーンに押しかけて来ちゃった設定。慎一には押しかけ女房がいるから(もうちょっと先の話だけれど)、さすがに一緒には住めませんが。
まぁ、慎一は、ある程度の年齢から、かなり作曲もするし(なぜかピアノ曲は書かない)、晩年はローマやミラノの音楽院で先生もしているので(ピアノは教えないってダダこねてたのに? いえ、実はオペラの指揮・制作、そして作曲・アレンジの先生なのです。頼まれて数人は教えていたみたいですが)、ルシオとの出逢いが、この先の可能性を広げてくれたのかも知れません。
生活能力的には、慎一の何倍もルシオが上ですけれど。

あ~なんか分かります。私もオケはなんだか迫り来るものを感じますけれど、人数の違いなのか、弦楽器だけの四重奏曲とかになると、良いのか悪いのか、何が違うのか、よく分かりません~。
確かに、ピアノも、自分が弾くからあれこれ思うようになったというのはあるかも知れません。ほんのちょっとした間合いとか音の持っていき方とか、かなり違うんですよね。でも、これもやっている曲だからというのもあるような気がします。まぁでも、藝術はすべからく個人的感覚なので、分かる分からないじゃないので、いいのでは~と思います。うんうん。

あの協奏曲は、夕さんがカラオケの話をどこかで書いておられたのを思い出して、一石二鳥的に理由をこじつけtみたらこうなりました。多分、チャイコ1番、ラフマニノフ2番、ショパン1・2番、ベト5番、プロコ3番あたりの有名どころはすでに録音したんですよ。で、今年はベートーヴェンのその他。となればやっぱり4番ですよね~。
ピアノとヴァイオリンのデュエットなら22とアントニアが2人で出来そうなので、どうしても協奏曲でないとだめだったのですね。慎一の得意分野です、この人、自分でセコンドピアノ全部書き起こしていますから。テオドールがもう他のアレンジには戻れないと、2台ピアノではいつも慎一の曲を使ってやっておりまする。
22は何も知らないでしょうが、アントニアは調べたかもですね。ヴォルテラの関係者だって。

ノクターン13番をこのイメージに重ねたのは、まさに偶然今練習中というのか、苦闘中だからかもです!
いやもう、弾けば弾くほど沼に嵌まるような曲です。最後の2ページ半、ものすごく音が多くてまさに泥沼。そこに咲く蓮の花みたいにメロディが浮き立つように弾きたいんだけれど、これが簡単にいきません。そして、練習って、まさにランプの中で消えそうな灯を消さないように必死!な感じなので、もう体感そのままです(@_@) そう考えたらあまり情緒はないかも^^;
でもこのノクターン13番、ショパンのノクターンの中で最高傑作ですよね。そして情念を感じる。

いずれにしても、読んで頂いてありがとうございました!
今年もよろしくお願いします。今年はこれをきっかけに『死と乙女』から終らせたいと思います。

彩洋→TOM-Fさん #nLQskDKw | URL | 2021/01/02 20:27 [edit]


こんにちは。

え?もう発表しちゃうの?と驚いたのは去年の年末でした。これってたしかscriviamo!2021だったのでは・・・なんて。

それにしても一芸で身を立てる事の困難さには頭が下がります。サキはNHK番組の『駅ピアノ』で演奏されているアマチュアの方々の演奏でも感心してしまうくらいの耳しか持っていないのですが、それでもプロの方々の演奏を耳にすると、ましてや生演奏なんかを耳にすると、その音の違いを思い知るのです。
まぁ、駅ピアノに期待するレベルと、プロの演奏に期待するレベルが違っているということもあるのかもしれませんが、プロの方が精神的にも肉体的にも半端なく追い込まれながら、曲を極限まで解釈し、己の脳内で消化し、途方もない練習量を熟し、リサイタルで聞くことが出来るのはその成果だという事を考えれば、これも当然のことなのかもしれませんね。

物語の中で語られる音楽や演奏の描写は、やはり彩洋さんがアマチュアとはいえピアノに実際に向き合っておられるから書けるものだとは思うのです。
最近ピアニストを目指す青年を主人公に据えた物語を読んで、サキも面白いと思ったりはしているのですが、やはりこういうテーマは付け焼き刃では書けないと思います。

慎一とルシアの師弟コンビは、よく見かける師匠と弟子とは大分違って、微笑ましくすら感じられる関係ですね。慎一の謙遜する態度も、ルシアの慎一に対する接し方もとても素敵です。レストランで描かれるピアニストの苦悩は鬼気迫るものがありました。彼ってきっと23なのでしょうね。上手く絡められるなぁ。

大晦日は第九を聞きながら過ごしていました。

旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
新しい年もよろしくお願い申し上げます。

山西 サキ #0t8Ai07g | URL | 2021/01/04 11:44 [edit]


サキさん、ありがとうございます(^^)

えへへ。我ながらすごい(*^_^*) 最近、TOM-Fさんよりもコメントが早かったとか、しょうもないことで喜んでいます。そうなんですよ、2020年最後にフライイングしちゃったという。何しろもともと準備していたので(scriviamo!向けではなくて、そもそも書きかけていたので、丁度よかった!)、ちょっとしたズルです^^;

確かに、藝術というのは、望めば誰でもその主体になれるかというと、楽しむ側には簡単になれても、自分が発信する側になれるかどうかと言うと、かなりハードルが高くなると思いますよね。昨年、大野智作品展に行って思いました。彼は確かにアイドルではあるけれど(アイドルらしからぬけど)、あの細かい作品をひとりで黙々と描き続けられるというのは、一種の変人(良い意味。少なくとも作品を作るという面からは)でないと出来ないなぁと思ったりしたのです。
その自分の描く世界が必ずしも人々に、特にその時代の人々に受け入れられるかどうかも分かりませんし。ゴッホもフェルメールも、まさにそうですよね。後世の人がたまたま見いだすことはあるけれど、そのままって人もいるだろうし。特に音楽は、今でこそ、そうでもありませんが、残すのが難しいものですしね。

『駅ピアノ』の感動は、また別種のものだと思うのです。発表会でも、頼りなさそうなちびっ子が、失敗しても舞台の上では一人きりで何とか対処するんですよ。その姿に、親でもないのに泣けてくるんですよね。弾き合い会でも、別に上手くないけれど、妙に感動する演奏ってあります。
つまり感動するかどうかは、その演奏がその分野で技術的には高度かどうかでは決まらないってことですよね。その人の背景に何があるかを見てしまう。ちびっ子も、おとなピアノ弾きも、ここまで出来るにはどれだけ練習したんだろうとか、この曲を演奏する背景にはどういう人生があったんだろうとか。
(物書きにはこっちの方が美味しい)

でも、これを職業とするとなると、まるで話が変わってきますよね。彼らはそれでお金をもらっていますから。私の三味線の姉弟子が言っていましたが、たとえ三味線弾きの端くれでも、お金をもらって演奏するときは、それが微々たる額でも気合いを入れないといけないと思うと。それが礼儀なのだということなんでしょうね。
そう考えると、プロの演奏家は本当に大変。まさにサキさんの仰るとおり、身を削ってやっておられるんですよね。

うちの慎一も、生活していく上では完全に落伍者です。ピアノ弾くこと、曲を書くこと(彼の場合はオペラですが)以外にはなんの能力も無い。そして、自分を世の中にアピールすることに関しては、全て人任せです。結依がいなかったら、多分、何も出来ない。藝術って、やっぱり、アピール能力がないと、人から認められるチャンスも無いと思うのです、そこはもう現実的です。
そうそう、ルシオのような弟子もね、この師匠だからよかったんでしょう。弟子だっていっぱしのピアニストですから、人によっては師匠よりも俺の方が!って人もいるでしょうし。ここは実は、ベートーヴェンとツェルニーの師弟関係を少し意識しています。お互いに尊敬している様子が、残された手紙からも感じられるんですよね。多分、ツェルニーが良い弟子だったんだろうな~

サキさんが読まれたのはもしかしたら『革命前夜』? あれは良い小説でしたね。他の音楽系小説よりもかなり筋立ても音楽についてもプロフェッショナルなものを感じました。あの作家さんの他の作品も読んでみたいと思って、買ったけれど、まだ読んでいないや。
私はまぁ、そこまではかけませんが(←あたりまえ)、好き勝手に自分の音楽ワールドを広げてみたいと思っています(*^_^*)
また、読んで頂けましたら幸いです。
年末第九、私も聴きましたよ。何せ、山のようにベートーヴェン記念番組の録画が残っていましたから(*^_^*)

23の気配とか、夕さんワールドの気配、かすかに感じて頂けてありがとうございます。
以前、うちのサルヴァトーレがご迷惑をおかけしたので、今回は静かに触れるくらいにしました^^; 分かる人には分かるけれど、もしかして?程度で、ご迷惑をおかけしないようにと。

コメントありがとうございました!!
サキさんも、お身体お気を付けて! 今年もよろしくお願いいたします。

彩洋→サキさん #nLQskDKw | URL | 2021/01/06 09:13 [edit]

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