08 «1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 10

コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[8] 第1章 同居人の留守 (8)(改)(メロス論付?) 

 新宿駅の人混みには、ここに事務所を開いてから二年半たった今でも慣れない。
 吐き気や手足の先の痺れはあまり感じなくなったが、時々襲ってくる頭痛だけは始末におえなかった。かといって車で動くには不自由な町だ。

 新宿から有楽町まで電車に乗ってドアに凭れ、疲れた顔のサラリーマンたちや楽しげな若い女の子達のざわめきをぼんやりと眺めていると、いつものように自分がここにいる事に違和感を覚えた。

 時々、夢の中ばかりではなく現実であっても、天からの風を感じると、急に重力から放たれたような心地になる。そのまま、身体ごと北海道の雄大な緑の中に引き戻されるように感じながら、それを振り払ってここに存在している。
 この世界との関わりを重く感じる時間をやり過ごすために必要な存在が、今自分の向かっている先にある。そういう意味では女は必要な存在だった。

 ねえ、今月のプレデンシャル、見た?

 突然耳に飛び込んできたのは近くの女の子の高い声だった。
 そういう雑誌を絶対に見ない年代の女の子だ。真は、その言葉に何気なく吊広告を見上げ、不意に息を呑み込んだ。

 同居人の顔が映画スターさながらに広告の中で微笑んでいた。
 ハリウッドスターよりも遥かに品位のある顔立ちは、まさに作り物や後付のものではなく、彼の血の中に何世代にもわたって積み重ねられてきた遺伝子と環境によるものだった。
 程よくウェーヴのかかったくすんだ金の髪、青と灰色の混じった惹き込まれるような瞳の色、顔の造りには明らかに北欧系の血が感じられたが、皮膚の色には母方の血よりも僅かに父方の血が強く出ているようだ。スーツ姿の同居人の写真からは、女でなくとも惚れ惚れとするような品格と色気が滲み出ていて、その微笑には個人的に自分に向けられていると誰もが誤解しそうな親しみが込められている。
 彼に見つめられると、自分が世界の中心にいるような心地がする、と言っていた女がいたが、まさにその目が、吊広告から人々を見下ろしている。

 直視できないと思った。

 同居人には複数の女性がいて、沢山のパトロンや協力者や友人がいて、彼に才能を認められた仕事仲間がいて、それでも真は自分がその中で特別な存在であることを、どこかで小気味よく感じていることは否定できなかった。
 自分だけに向けられているわけではないことを知ってはいるが、その穏やかで優しげな微笑をこんな吊広告に晒して欲しいとは思えない。そう考えると、何やら腹が立ってきて落ち着けない気持ちになった。

 早く女を抱きたいと思った。

 行きつけている銀座のクラブは、この界隈の規模からすると随分と小さな空間だったが、古い馴染みの客も多く、客層は上品なほうだった。ほとんどの客は町や店のルールを弁えていて、余計なことを口外してはならないことを知っている。その店のママがある有名代議士の贔屓であることも皆が心得ていた。

 その店は先代のママの時代から、あまり派手な宣伝もパフォーマンスも好まなかったが、客足の途絶えることはなかった。ママが代わってからもそのムードは受け継がれたが、時代が変わったせいか、この頃は多少あからさまな物欲しげな視線をママに送る客もいる。俄かに金を握った連中だった。ママがこういった連中を客として入れているのは、彼女や彼女のパトロンが知りたい情報を得られる可能性が高いからかもしれない。

 勿論、そういう事が無ければ真が彼女の店に出入りするチャンスもなかった。
 真が彼女に会ったのはある失踪人調査の仕事がきっかけだったが、その件が落着した後も彼女との関係を切れなかった。仕事に協力してくれた彼女に礼を言いに行った日、誘われてそのままホテルに行ったのが最初だった。

 ベッドを共にした女の数からすれば、真も少ないほうではなかった。
 とは言え、ちゃんと付き合ったと多少なりとも自信を持って言えるのは、高校生のときから五年間付き合った年上の同級生だけだった。
 それにしても、真のほうはちゃんと付き合っていたつもりだったが、彼女がどう思っていたかについては、振り返ってみればかなり微妙な点もある。

 彼女と別れた後暫くの間は、引きずっていた初恋の火が燻っていて、自分の感情に始末をつけるのに時間を必要とした。それがはっきりと吹っ切れたのは、その初恋の相手である妹の葉子が、真の友人の富山享志と結婚したときだった。
 妹といっても実際には血の繋がりはあっても多少希薄で、葉子は従妹であり、父親同士は腹違いの兄弟だった。
 もっとも葉子との関係にはキスのひとつも介在しなかった。ただ一度、二人きりで流星を見にドライブに行った秩父の山奥で、葉子の手を握りたいと強く願った瞬間があった。
 もしもあの時、あの数センチが何かの間違いで物理的に消えてしまっていたら、多分その場でキスをして告白していたかもしれなかった。彼女の方でも自分に想いを寄せてくれていることには半分程度の確信があった。

 だが、その数センチは永遠に埋めることのできない数センチになった。
 その距離が何だったのか、今でもはっきりとは言えなかった。
 妹に一目惚れをして北海道から出てきたと言われても否定はできない。あの夏の日、白いワンピースのスカートの裾を牧場の風になびかせて、飛んでいこうとする麦藁帽子に手を伸ばした少女は、まさに天から降ってきた姫君だった。あれからずっと、兄としても恋をした男としても、自分は彼女の騎士だと思ってきた。

 だから、高校生のときから付き合っていた篁美沙子が別れるときに言った言葉は、葉子を指しているのだと思っていた。

 あなたが未来を共有したい相手は私じゃない、と。

 しかし、真の腹の深いところでは、それが葉子ではないかもしれないという気持ちが燻っていた。
 それがあの永遠に埋めることのできない数センチだったのだろうか。
 葉子にはいつでも自分の良い側面だけを見せていたかったし、だからこそ、そこに性的な衝動をかぶせることは侵しがたい悪徳であるような気がしていたのかもしれないが、本当にそれだけだったのか、自分でも確信がなかった。

 その頃、始めはバイトで勤め、その後はボーナスのない出来高制の正社員として働いていた唐沢調査事務所の胡散臭い所長にけしかけられて、真にしてみれば随分多くの女性とベッドを共にした。
 一度きりの女性もいたし、何度か会った女性もいた。そういった女性の一人一人を具体的には思い出せない。他の女性とベッドを共にしている時に、何かの癖が似ていたりして不意に思い出すことはあっても、顔や名前まで記憶に留めているわけではない。

 それは今この電車の中ですれ違うばかりの女たちと、大して変わるわけではなかった。ベッドを共にして身体の距離がゼロになるまで近づいた相手なのに、思い出せないような希薄な感情しか残っていない。

 そういう意味では、最後に恋をした小松崎りぃさは稀有な存在だった。付き合ったという感覚はないが、恋をしたとは思っているし、そう思いたいと願っていた。傍からは身代を持ち崩した大店の若旦那のようだと思われていたらしいが、のめり込んだのは事実だった。

 りぃさは親友の従姉で、出会ったのは妹の結婚式だった。あの日自分の感情に火をつけたのが妹の花嫁姿だったのか、それとも別の何かだったのか、今は記憶を明確にしたくないと思っている。

 確かに何かを感じていたはずの自分の心を記憶から締め出したのは、りぃさが自殺したと知った時に感じた空恐ろしい感情を、真は二度と味わいたくないと思っていたからだった。
 あんなにのめり込むように恋したのに、求めていた手は彼女の手ではなかったように思った。
 一緒に死んでもいいと心から思っていたのに、愛していたのかと言われると答えられない。

 りぃさが死んだと分かったとき、どこかに安堵している自分がいた。
 他人の死を願い安堵したのは二度目だった。三度も味わいたくない感情だった。

 だから、その後しばらくは女性とベッドを共にするようなことは避けていたが、健康な二十代の男がそのままで済まされるわけがなかった。
 自分で処理をしようと思っても、同居人と同じベッドではそれもできなかった。

 その状況でこのクラブのママの存在は有難かった。相手はそういう意味ではプロだと思えたし、恋愛という面倒なプロセスを踏まなくてもよかった。
 偉そうに言うほど女性を断っていた期間が長かったわけではない。彼女たちとの行為が、この世界で生きていくためには必要だと、ママと寝ているときにはっきりと感じている。

 それが本当に求めている行為でなくても、だ。






こうしてみると、結構遊んでいるように見える真ですが、結局本当に掴みたい手がが誰の手だったか、ということなんですね。
恋愛、というよりも、これは魂の結びつきの話。
だから4代先でもいいから結ばれたかったんです。
彼らも、私も。

…以下、追記です。

しかもこの家系、総じて女が強い。
そもそも、真のおばあちゃんがすごい。
もと金沢の芸妓の娘、のちは北海道の牧場の女主、そして民謡歌手でもある彼女は、地元のじいちゃん・ばあちゃん・刑務所でお勤めの方々のアイドル!

高校生の真が、もしかして男(=竹流)に恋をしているのではないかと最初に勘付いて、まったく動じなかったばあちゃんです。

恋、まさにこれは恋のお話。

最近、思うんですね。
『走れ、メロス』
何でメロスは逃げないんだろうなぁ、セリヌンティウスは代わりに捕えられてもいいと思ったんだろうなぁ。
友情?
何だか、嘘くさい言葉だなぁ。
そしてあるとき気が付いたんですね。

これは恋。

それなら納得。
命をかけてもいいと思う恋。
『始章』で竹流が言っていた言葉。

「どれほど激しい想いでも、恋なんてものは散るためにあるようなものだ。そういう想いの絶頂で死んでしまう人間がいたとして、それはもしかすると幸せなことで、誰かが一方的に悪いなどとは思わない。だが、いつかお前にも分かる時が来るよ。誰かを思って苦しくてたまらないような想いをして、その感情の嵐が去った後で、ふと我に返ったときにも命をかけてもいいと思えるようなら、それはきっととんでもなく幸福なことだろう」

ふと我に返った時にも命を懸けてもいいと思えるような思い。
そういう思いを、このお話に託しています。
関連記事
スポンサーサイト

Category: ☂海に落ちる雨 第1節

tb 0 : cm 2   

コメント


竹流がいない、いない、とここまで来ました。
雪と始章であれだけうんうんと聞かされてきた竹流節(?)がいまや懐かしい(^^;)。
それでも、とんでもないインタビューでその片鱗は見え隠れするのですけれども。
あれを見た後で、吊り広告攻めはないっす(-_-;) 
真が肉食系になるのがわからないでもない(?)

うん。まだ始まったばかりですね。慌てません^^
雪と始章を読んだお陰か、何となくですけど上手い具合に感覚的に入っていけるような気がします。
勝手な妄想の範囲ですけど。で、ホントに気だけかもしれませんけれども。
うんでも、だから、これから読まれる方へやはり、雪と始章を是非にお読みいただけるようお勧めしたいなあと。なんちて。

けい #- | URL | 2013/10/15 18:42 [edit]


けいさん、ありがとうございます(^^)

> 竹流がいない、いない、とここまで来ました。
> 雪と始章であれだけうんうんと聞かされてきた竹流節(?)がいまや懐かしい(^^;)。
わぁ~、けいさん、何とも嬉しい、そしてくすぐったいコメントをありがとうございます!
薀蓄たらたらの、竹流節、懐かしがっていただいてありがとうございます(^^)
「竹流節」いい表現だなぁ。今度使おうっと(^^)
そう、吊広告で竹流の顔が並んでいるのを想像して、作者自ら結構萌えていました。
この話、こういう『萌え』が誰かの気持ちを動かす切っ掛けであったかもしれません(^^)
> 真が肉食系になるのがわからないでもない(?)
これは本当にいいところをついています! ドキッとしちゃいました。
けいさん、さすがに鋭くていらっしゃいます(^^)
この話って、そう言えば竹流はあんまり薀蓄たれてないなぁ。そんな余裕はないから、なんですけれど。

仰る通り、【清明の雪】はこのシリーズの入り口として書いたものなので、感覚的に入っていきやすいとおっしゃっていただいて、ほっとしました。
始章に関しては、【雨】の始めに持ってくるか後にするか、迷ったのですが、結局始めにすることにしました。時系列をあまりにも崩し過ぎると、読むときにしんどいかなぁとか思って。
でも入口にしては、くどい話だったかなぁと反省して、【死者の恋】をアップし始めたのに、そのあとあれこれしているうちに後回しになっちゃって。
でも、もう何でもかんでも妄想しちゃってください(^^)
さて、【海に落ちる雨】ですが、【清明の雪】の裏側を見るような話になっています。あれこれ自分がしんどい時に気持ちをぶつけるみたいに書いたので、文章も荒れ狂っているし、話もハードなのですが、お気持ちが許すところまでついてきてくださると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします(^^)

彩洋→けいさん #nLQskDKw | URL | 2013/10/16 21:17 [edit]

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://oomisayo.blog.fc2.com/tb.php/87-29a6b436
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)