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コーヒーにスプーン一杯のミステリーを

オリジナル小説ブログです。目指しているのは死体の転がっていないミステリー(たまに転がりますが)。掌編から長編まで、人の心を見つめながら物語を紡いでいます。カテゴリから入ると、小説を始めから読むことができます。巨石紀行や物語談義などの雑記もお楽しみください(^^)

 

☂[12] 第1章 同居人の留守 (12)(改) 

 長いと思われた一ヶ月の半分以上は過ぎようとしていた。

 あの日以来、何となく気恥ずかしいのと後ろめたいのとで、深雪にも会っていなかった。
 大体、たった一人の例外を除けば、他人と同じベッドにいて眠れたことのない真に、同居人が留守だからといって他の女性と夜を共にしたところで落ち着けるはずもなかった。
 そう思うと、左隣がどうとか言わずに、とにかく耐えるほうがましに思えた。

 時間のつぶし方はそれほど難しいことではなかった。

 共同経営者の柏木美和は、恋人である北条仁がタイに出張しているので夜は暇だったらしく、彼女と必ずひっついてくる宝田三郎と、最近ほとんど事務所に入り浸るようになった元不良少年で少年院上がりの高遠賢二とが、真の心の内を知ってか知らずか、しばしば真の夕食に同伴した。
 時には北条の親爺さん、つまり任侠一家の親分が碁の相手をしてくれといって事務所に電話をかけてきて、食事を振舞われることもあった。

 その上、誰が何を言ったのか、たまには食事でもどうだといって、名瀬弁護士や、真の不整脈の主治医で、脳外科医の伯父の親友だった斎藤医師や、以前に勤めていた唐沢調査事務所の先輩の三上司朗までが電話をかけてきた。
 美和が言ったのかも知れないと思ったが、名瀬はともかく、斎藤や三上の連絡先を美和が知っているとは思いがたかった。そうなると考えられることはひとつだった。出掛ける前に同居人が知らせていったのだろう。妙な気の回し方に、有難いと思うより何となく腹が立ってきた。

 真は食い込むような重みを肩に受け止めて、前方を睨みつけていた。その視界の中央に、黒い人影が起き上がってくる。
 実際のスピードはかなりのものだったはずだが、集中すると、的が立ち上がる時間は、その何倍も引き伸ばされて感じる。
 ライフルを構えると指は勝手に反応した。ずん、と身体に、多分心臓の真ん中に重い振動が伝わってくる。
 弾丸は視界の中心を裂いて、そのまま的のど真ん中に突き刺さった。

 真は自分でもかなり動体視力がいいと思う時がある。おそらく、子どもの頃から祖父の手加減のない剣道の相手をさせられていたからで、いつからか、相手が打ち込んでくる瞬間には、その動きがスローモーションのように感じられるようになっていた。

「そりゃあ、お前さん、有難いと思うべきだろう」
 三度ばかり、お見事、というように両手を叩いてからイヤプロテクターを外し、火をつけたパイプを美味そうに燻らせて、ほとんど白髪の老人は面白そうに言った。

 真は今でもこの老人に初めて会ったときの事を鮮明に覚えている。
 真が大学を中退したとき雇ってくれたのは、ある縁があってそれまで時々バイトに行っていた調査事務所の唐沢所長だった。
 かなり胡散臭い男で、実際、自分の事務所に爆弾を仕掛けた保険金詐欺を企んで、今刑務所に入っている。

 この老人はその唐沢所長の古くからの知り合いらしく、胡散臭いといえば所長以上だったかもしれない。しかし、どこかに人懐こい気配を持っていて、風変わりな容貌にも関わらず人を惹きつけた。
 田安隆三という名前のこの老人は白髪を肩まで伸ばしていて、大概ニットの帽子を被っていた。
 白く長い眉毛は小さな鋭い目を隠して、そこに宿る細々とした複雑な人生の来し方を見せまいとする。この老人なりの基準で整えられた長めの顎鬚も、まるで口元の何かを隠すようだ。大柄ではなく、どこかすばしこそうな気配を醸し出していて、なぜか蜥蜴を思い起こさせる。
 いつもパイプを燻らせている風変わりな老人で、どういう経歴の人物か、今でも真にはよく解らなかった。

 初めて会ったとき、この年齢不詳の老人は真を値踏みするような目で上から下まで見つめ、アサクラタケシのねぇ、と呟いた。

 あの時、真の身体の芯は、思い出してはいけない記憶を引きずり出してきて震え始めた。
 久しぶりに意識を失うのではないかと思った。
 だが、それ以来、田安隆三は、真がただ一度尋ねたときを別にして、その男の名前を真の前であえて口にしたことはない。

 田安が経営しているジャズバーは東京湾の近くで、客の半分以上は外国人だった。田安はその店の二階に住んでいたが、そこは本とレコードと変な骨董のようなもので溢れた部屋で、田安は生活しているというよりもただそこに存在しているという感じだった。

 今彼らがいるのは、そのジャズバーの地下の部屋だった。田安のほかに女が一人、一緒にいる。

「それで、その食事の誘いが鬱陶しくて、ここに逃げてきたわけだな」

 確かにそういう側面はあった。人と食事を共にすることは、それが比較的よく知った相手でも気を使うものだった。名瀬弁護士はいい親爺のようだが、エリート街道を歩んできた人間で、気が置けない相手とは言いがたい。斎藤医師は伯父が失踪した後、真と葉子の保護者を自任していた一人で、昔から自分たちを知っているが、逆に知られていることで甘える相手にはならなかった。三上司朗は良い兄貴分だったが、事務所の爆破事故で下半身不随になり車椅子の生活を続けていて、ある部分では責任を感じている真にとって、彼が優しく接してくれればくれるほど罪悪感を覚える相手でもあった。ましてや、任侠の親分と楽しく食事というわけにはいかない。

「あら、じゃあ私と行きましょうよ」
 綺麗な脚を持った派手な顔つきの若い女は、その脚を見せ付けるような短いスカートをはいている。
 あまり手を入れているとは思えない短い髪と化粧気のない顔だが、もとの作りが派手なのか、十分男心をくすぐるタイプだった。目は化粧なしではっきりするほどに大きく、唇はたっぷりと水を含んでいるように艶やかに存在を主張しているが、小振りの輪郭の中に上手く納まっていた。
 声に尋常ではない色気があるのだが、態度が素っ気ないことが勿体なく感じられる。

 どういう関係かは知らないが、田安のところにしばしば出入りしている。週刊誌の記者だと聞いているが、本当かどうか確かめたこともない。楢崎という苗字だけは知っていたが、ここで会う以外に接点もなかった。もっとも、田安がこの地下室に出入りを許しているということは、それなりの事情があるはずだった。

 真は外したイヤプロテクターをカウンターの上に置いた。
 完全に法に触れていることは知っているが、ここに来て銃を撃っていると、その瞬間には何かを忘れていられた。

 真が小さい頃、唯一の友人だったアイヌ人の老人は、よく熊の話をしてくれた。
 彼らが熊を撃ち、熊に感謝し、それを食らい、その皮を取り、魂を天に返す儀式の全てが、真には生きることと思われた。銃を握るということはそういうことだと思っていた。
 実際に祖父の長一郎は猟銃の免許を持っていて、時には狩りもする。
 もともとマタギとも暮らしたことがあり、その腕前は相当なものだと聞かされたことがあるし、熊が人里に出てきた時にはいつも借り出されているのを知っている。
 だが、それはあくまでも特殊な事情のあることだ。

 感謝し食うためでもないのに、これで人を撃ったり殺したりするのはあり得ないことだと思っている。
 だが、撃った瞬間に自分の身体に響く重い振動は、時折それだけで生きていることを実感させる衝撃となった。

 そもそもこの怪しい老人が何故自分をこの地下室に誘い銃の扱いを教えたのか、真は未だに聞いたこともないし、聞いたとしても田安が答えるとは思えない。

『こういう世界をどう思う?』

 尋ねられたとき、真は理解したくないと答えた。今でもそれは変わらないが、この衝撃を感じている瞬間だけ、自分の血の中のある一部が熱くなるのを感じる。
 だが、これが父と繋がっているからだとは、まだ認められないでいる。

 教えて欲しいと言ったとき、田安は、知らないほうがいいこともあると思わないかと答えた。
 真が逡巡していると、田安はパイプの煙を吐き出して、静かに言った。

『アサクラタケシ。アメリカの国家が飼っているスナイパーだ。多分、世界中で数えても片手のうちに入る腕の持ち主だ。仕事をしくじったことは一度もない、冷徹に淡々と仕事をこなしている。俺はあの男の親分を知っているがな、あの男には感情の起伏がないのか、あるいは極めて平坦なのだと言っていたよ。だからアメリカはあの男を手離さない。極めて精巧で、これ以上を望めないほどの道具だからだ。万が一にも敵の手に落ちることがあってはならないから、最後まで飼い殺す気だ』

 田安はその時慈しむような目で真を見た。
『坊主、その男がお前の父親の相川武史かどうか、それはわからん。確かにお前さんはいい腕を持っている。だが、お前の祖父さんは猟銃を扱うだろう。それも半端じゃない腕と聞いたぞ。お前が引いているのはその血かもしれない。人間がひとつの動物として生きていくために必要とした道具を扱う腕だ』

 真は自分の手を見つめた。もしかして真もまた銃の扱いに関していい腕を持っているのだとして、こんな技能が何の役にも立たないことを分かっているし、それを万が一にも行使するような場面には出会いたくないと思っている。だが、これが父の生業なら、せめて何かを理解したいと願っているのだろうか。

 真は、自分はあの父親に捨てられたのだと改めて思った。
 それなのにその男を理解する必要がどこにあるのだろう。




時々ブログを覗かせていただいている蓮水さん(→Water Crown)が面白いことを論じておられた。
投稿なんかでは、テーマが古い、アイディアが古い、表現が古い、と批評されるが、古いってなんなんだ、と。
物語はもう語りつくされた、と言われて久しいけれど、それでも私たちは語り続けている。
けれど、時々、読む人から『古い』と言われる。

一方で古いものを新しく感じることもある。
そういえば、流行は何年か周期でやってくる、と言われている。
日本で最も稼いでいる古本業界の人が、今売れていない本でも買い取って寝かしておく、と言っていた。いずれ必ず流行る時が来るからと。で、安く買っておいて高く売れるまで寝かしておく(だから儲かる!)。
もちろん、なんでもいいってわけではないのだろうけど。

巡り巡って新しく感じる。
結局、のど元過ぎれば……って話?
じゃあ、結局は出すタイミングってこと?
それは大いにあるかもなぁ、と思います。
結婚もフィーリングよりタイミング、というから、なんでも『時』があるのかも。
カードのゲームも、ここぞという時に出さなかったら、いいカードを持っていても屑になる。
屑だと思っていたカードが、一周回ったらスーパーカードになっている。
……こともあるかな。

古くても古いと感じさせないために必要なものは何か。
蓮水さんのブログを訪ねてご意見を!



さて、物語は少しずつ登場人物が増えてきました。
まだ行きますよ(゜-゜)
少しずつ、楽しんでください。
でもって、今日は日曜日。
しかもこのお話、あと一つで第1章が終わる!

ってことは、upしちゃえ!
(同窓会準備が大変で、頭がらりっている彩洋でした)


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Category: ☂海に落ちる雨 第1節

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コメント


NoTitle

ハワイで射撃場に行ったことがあります。
ピストルとライフル、それぞれリボルバーとオートマチックを撃ってみました。
あれってけっこう当たるのよ。
私、才能があるのかも。
特に、ライフルは当たる当たる。
紙でできた的ではものたりなくて、的を吊るしたクリップ(3センチ角くらい)を20メートルくらい離れた所から狙ってみた。
案外当たった。
ゴルゴと呼んでもらおうかしら。
今はパソコンをやり過ぎて、視力が落ちたから、無理だろうなあ。

しのぶもじずり #em2m5CsA | URL | 2013/05/07 00:40 [edit]


しのぶさん、ありがとうございます

そうなんですか!
きっと、才能があるのかも!
小さい的がよく見えるというのもすごいですね。
視力、確かに大事かも。
真は牧場育ちで、緑と馬しか見ていないので、目がいいのです。
(だから、変のものまで見える?)

こういうのって、銃の制度が問題というか、作りが問題とかもいいますものね。ライフルは体の軸さえ安定していたらわりと当たるとか言う人もいるし。
私は和弓の経験があるのですが、あれはもともと当たるように作ったとは思えん(鍛錬すれば別だけど)作りですが、アーチェリーはそもそも当たるように作ってあるし(当たったうえでの点数争いですものね)、きっと道具の合理性とか精度とか、あるんだろうなと思ったりもします。
的が動くかどうかは大きそうで、動体視力、大事ですよね。
スポーツ全般に言えることですが。

お返事遅くなってすみません(^^)
津軽から戻りましたので、またまたよろしくお願いいたします(*^_^*)

大海彩洋 #XbDIe7/I | URL | 2013/05/08 05:43 [edit]

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